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2009年12月

2009年12月31日 (木)

中曽根康弘氏との対比で鮮明に示された日経新聞社総知性の劣り。 利用しようとの魂胆が裏目に。 鳩山潰しをもくろんだはいいが、剛刀中曽根対ナマクラの差でとん挫。

            ほんしつ屋新聞
中曽根康弘氏との対比で鮮明に示された日経新聞社総知性の劣り
利用しようとの魂胆が裏目に
鳩山潰しをもくろんだはいいが、剛刀中曽根対ナマクラの差でとん挫


2009.12.31
編集委員 宝庫守 一郎

 2009年12月28日(月)の日本経済新聞第1面、「2010年日本と世界」と題する大きな囲み記事が載った。編集委員「内山清行」の署名がある。元首相中曽根康弘氏、91歳へのインタビュー記事だ。
 社の知的威信を賭けたともいうべき、大見出し一面トップ連載記事、腰を据えて読み込んでみた。インタビューに同席したつもりで、記事を分析する。

*******本紙による資料*******
中曽根康弘
 東京帝国大学法学部政治学科を卒業後内務省に入る。海軍短期現役制度により海軍主計中尉に任官。広島の呉鎮守府に配属され第二設営隊の主計長に任命される。終戦時は海軍主計少佐。終戦後、内務省に復帰。(Wikipediaから引用)
*******日経紙上の顔写真に付された人物説明文*******
 1982年から87年まで首相。「戦後政治の総決算」を掲げ、国鉄民営化などの行政改革に尽力する。当時のレーガン米大統領と「ロン・ヤス関係」を築くなど、積極的な首脳外交を展開した。91歳


(一)総括
 大御所を担ぎ出して鳩山潰しに利用しようともくろんだが、卑しい意図がみえみえ。尻馬には乗ってくれず、自民党の狗新聞と揶揄される日経の5段差知性劣りだけが目立った。
 中曽根氏の、鍛えぬかれた鋼のような本格保守派知性の前で、いま風ペラペラ記者の劣りぶりが鮮明に浮き出る。劣り知性新聞屋の貧相イメージ。誹謗報道だけに明け暮れる者の運命だろう
 それにしても、快なるかな中曽根老、筋金入り武士知性は終始本道姿勢を崩さず、淡々と所感を述べた。

(二)以下、記事に沿って所感、批評を述べる。
  (日経記者からの問いかけ、中曽根氏の返答、本紙の所感/批評の順番)
■――多極化する世界で日本の針路が問われています。
「2010年は寅(とら)年。虎は千里を------中略------世界秩序は先進国中心の時代からG20の時代に移った。米国でさえ存在感を低下させるなかで、日本はどうするか。外交の実力が問われる年になる」

[本紙]
(1)優れた洞察である。というよりも、見識のある関係者なら当然そのように考えるところだ。
 世界において、国際社会において、日本はその地位、位置づけといったものをどのように志向し、どのように展開していくのか。これを考えるとき、独立国家として生きていこうとするかぎりは、展開過程の基本的姿勢として、独自の思考、思想に基づき、独立した外交展開を推し進めていくことが当然の前提となる。そのことは、古来の、まあ明治維新までのことは脇に置くとして、明治以来、第二次世界大戦敗戦まで、我が国が普遍的に前提としてきたところである。
 ポツダム宣言受諾、無条件降伏によって、日本は連合軍に占領されて独立を失ったが、サンフランシスコ平和条約によって独立を回復した。しかしその後は、まことに情けないことに、独立姿勢を失ったまま、いわば自虐的に失ったまま、経済大国などといわれるようになった後ですらこれを失ったまま、今日まで、鳩山政権交代まできている。

 中曽根氏の返答には、まず第一に、自主外交、対等外交を旨とすべし、という中曽根後内閣のだらしない外交姿勢に対する苦言、諌言(かんげん)がその底辺にある。
 参考までに戦後歴代内閣を掲げておこう(Wikipediaから)。
 どう考えるかは読者の判断によるが、筆者のみるところ、中曽根までとその後では、知的水準の差が3段ぐらいあるような気がする(宮沢さんは除外しておくか)。なかには、筆者はよく知らぬが、「サメの脳」だとか、「漢字の鉄人」だとかの異名をとる猛者もいるとされる。

------鳩山一郎、石橋湛山、岸信介、池田勇人、佐藤栄作、田中角栄、三木武夫、福田赳夫
鈴木善幸、中曽根康弘    
------竹下登 、宇野宗佑、海部俊樹、宮澤喜一、河野洋平、橋本龍太郎、小渕恵三、森喜朗、小泉純一郎、安倍晋三、福田康夫、麻生太郎、谷垣禎一

(2)さて、次に、独立姿勢を維持していく必要性は、国際社会におけるアメリカの地位がどうであろうと、上昇期であれ、最盛期であれ、衰退期であれ、基本的には変わらない――ここで断っておくが、「変わらない」というのは、あくまで、独立姿勢を維持していくということだけについて述べていることであって、その姿勢の上に立って具体的に外交をどう展開していくかということ、アメリカ寄り、アメリカ離れなどということとは別問題である。

 しかしながら、アメリカの存在感が相対的に低下していく現下において、いまこそ――本来はこれまでにすでにやっていなければならなかったことなのだが――いまこそ、日本が国際社会において、独自の立場で、力強く発言し、世界を支援し、リードしていくときである、と主張することは、誤りではない。つまり、「今こそ」という主張は誤っていないということである。

 どういうことかというと、アメリカ一国支配、軍事経済政治面での一国支配が終わり、地球防衛軍的な存在感が薄れた今の世、地球上には、この30年世界各地を席巻した新自由主義経済によって引き起こされた激しい貧富の差、その南北差、宗教対立、環境破壊、環境保護政策を巡る争い、まだ絶滅したわけでない政治イデオロギーの対立、北朝鮮その他の危険独裁国家、中南米をはじめとする反米感情の強い諸国の存在、数万発に上る核爆弾、国際テロ集団など不安材料が山積みされている。
 群雄割拠の時代になると、政治的安定面、治安面での不安が増し、国際社会の進むべき指針に乱れが生じ、軍事的恫喝がはびこり、小競り合いが続くといった状況が発生するおそれがある。

 中曽根氏はこのようないわば激動、多様化の時代において、日本は世界発展のために貢献し、もって自国の存在感を高める外交、世界をリードするような外交を、真の自主独立外交によって進めていくべきであると提言している。そうみる。
 中曽根氏の考えには、その人柄からして、「世界のトップ級」、「世界で何番」というような「日本の威信」、国威高揚」といった思想が内在しよう。
 こう理解したうえで以下は問題に対する本紙の所感である、表現が粗野に流れるところもあろうが、真剣味の表れとして乞宥恕(許されたい)。

(3)さて、この数十年、経済面の先頭集団として走ってきた日本は、そこで培った幅広い産業実務能力と体力を利用して、今後は、別の質的次元でも大いに威力を発揮すべきである。では、どの分野で発揮すればいいのか。国際政治をリードせよといっても、その面での歴史的遺伝子がなく、マキャベリズム的泳ぎが生来的に不得意な日本には無理だろうから、まあいうならば「世界哲学をリードする」といったようなところか。
 
 だが、この場合、決して「世界で何番」みたいなことに捕われる必要はない。世界には、地理的にも経済規模でも小国でありながら、思想面、哲学面で世界をリードしている国がいくつもある。さらには、「リード」なぞしなくてもいい。悠々と、泰然自若で、地道に暮らしていけばいいのだ。名声は後からついてくる

 そのためには、なにはともあれ、まず出発点として、対米追随、従属、追従(ついしょう)をすっぱりと切らなければならない。従来の自公政権にこびりついた、ひいては国民一般に浸みこんでいるこの体質、感覚、姿勢をきれいに洗い落さなければならない。

 アメリカに媚びへつらい、揉み手で擦り寄り、服従する。右を向けといや右、左に金を出せといわれりゃ総額数千億円もの金をポンと出す。そうしたあげく、「金しか出さない、卑しい日本」なぞとけなされる。バカにされる。そうされても、自虐気味に、「みろ、ああいわれたではないか。だから自衛隊イラク派遣だ。インド洋給油だ」なぞと、バカの追い打ちをかけて、究極のバカぶりを世界に示す。

 上記の「バカにされる」とは、「金しか出さない、それでよしとしている、国際貢献感覚がない」からバカにされるという意味ではないよ。「アメリカに言われりゃ、握りつぶしたクラゲのような脳みそで、何も考えずに金をだす」、この痴呆ぶり、以前にブッシュ大統領との関係で「モーロン」ということばを紹介したが(第3回記事-12.16)、この究極のモーロンぶりを嘲笑されているのだ。ベロを出しているのだ。
  
 中曽根さんも、基本的には、あくまで基本的にだが、途中で枝が分かれるところもあるのだが――特に自分の政権時代は対米追従ではなかったと考えているようなところ――とにかく概ね上記のように考えているのだ。
 アメリカ追従しか念頭にない日経新聞では思いつかないであろうが、中曽根氏はそう考えているのである。

(4)対米独立とは、アメリカを軽視しろとか、敵視しろとか、仲良くするなということではない。友好関係はあくまで維持していくのだ。しかし、「有効関係維持」ということは「媚びへつらう」ことではない。この点を明確に意識すべきである。

 自民党は、アメリカにいいように利用されていることに、バカにされていることに気づかないのだ。あるいは、多少そういう認識はもっていても、基礎勉強がなってないから、中曽根さんのような「基礎学問」が備わっていないから、自分なりの信念がもてない。そこで、外務官僚任せになる。外務省連中はアメリカのいいなりになっている方が楽だから、しかも、おいしい思いができるのだから、敢えて事を構えるようなことはしない。結果として、追従外交になる。
 (外務省職員にとって、アメリカという国は、とにかく「おいしい」存在なのである)

「注」中曽根さんのような「基礎学問」
 東京帝国大学―内務省―陸軍主計少佐(予算、財務、会計などについての軍隊での徹底勉強、おそらく)といった経歴と、氏の発言内容から容易に推測できる。こういう人たちの勉強は「筋金入り」だ――「基本書」勉強の意味に関する第5回記事-12.26参照。
 なお、上記のように推測しているが、筆者は中曽根氏の著作を読んだことはない。ついでに触れておくと、氏の思想に傾倒しているわけでは、まったくない。

 なによりも、自民連中には、日本国をよくしよう、子孫のことを考えようなんてことは念頭にないのだ。まあ、いくらかは例外的人物もいるのだが、概ねそうなのである。金もうけ、姑息な名誉欲、そんなことで政治をやってきているのだ。党内部での地位奪い合いのための綱引き、泳ぎ。そして、そういう世界での振舞いが「うまい」連中が、優れた政治家といわれてきたりしたのだ。小泉さんという人の場合は、この人物を駆り立てた要素については少し調が違うのだが、それはそれとして、この人にも、日本国をよくしようなんて意識はなかった。本紙はそうみている。

 であるから、子孫の将来のために、ここはアメリカに対してこう要望しなければならない、などということは考えない、そういう発想はしないのである。「国益が」だの「国益を損なう」だの、自民要職者こぞってバカの一つ覚えのように言っているのだが、国家のため、子孫のためなんてことは、爪の垢ほども、いや、垢ぐらいしか考えてないのだ。それが証拠に、時期尚早だとする内外の反対を無視してブッシュが北朝鮮テロ国家指定解除をしたとき、文句いったか

 ――著しく日本の国益を損なう行為であって、長年歩調を共にしてきた相手国、すなわち日本国に対してこういう態度を示すことは、見識ある国家としてはあるまじき行為である。強く抗議する。将来の友好関係維持は保障できないこともありうることを警告する――
 これぐらいのことをいわなきゃいけないのだよ。格調高く。文章のことじゃないよ、急ごしらえだから、その格調のことはいうな。そうではなく、中身だ。こういうことをいうのだ。それが外交というものなのだ。(アメリカは痺れるよ、こういうと。日本を尊敬のまなざしで見るようになる。間違いなく)

 読者よ、日本政府は国民になんと説明したと思うか。覚えている人もいるであろう。
「遺憾である旨を強く抗議した。しかし、このことが拉致問題解決に悪影響を与えるとは考えていない。アメリカ側からは、引き続き解決を支援していくという返答を得ている」
 概ねこういう趣旨のことをいったのだ。いつものことだ。アメリカは呆れてらあ。なんとバカな国かと。抗議してこそまともなカウンターパートとみなしてくれるのだよ。
    (カウンターパート = ここでは、「外交同僚としての相手国」といった意味)

 日本の政府は、自民党政府は、何事につけても、アメリカに文句をいうのではなく、国民に対する弁解、多くの場合は、「文句をいえ」と怒る国民を脅したり騙したり懐柔したりすることに勢力を傾けるのだ。アメリカ以外の国、特に中国なんかの場合は異常なほど噛みつくのだが、アメリカに対しては、追従一辺倒なのである。

 忘れないあいだにいっておくが、もちろん、張本人当事者国である北朝鮮に対して、アメリカの顔色をうかがいながらではなく、「国を賭しても一人の国民を救う」という観点から最適の外交を展開すべきことが第一にやるべきことである。
 政府はこれをしない。お茶を濁して国民を騙すだけである。要は、「アメリカの鼻息窺い」から離れた外交は絶対にしたがらないのだ。
 では、それはなぜか、私利を肥やすためである。汚い私利を。

(5)アメリカと対等外交をすすめていっても、通常の市場経済活動、貿易から得られる利益はあがるのである。「言うべきことは言う」という姿勢で臨んでも、それによって、効果が異常に減じるわけではない。私利を肥やすというのは、軍産学官政複合、すなわち、軍隊、産業界、学者、官僚、政党、政治家といったものが複合的につるんで甘い汁を吸うという構図、これを本紙では「カトルシ」構図と名付けているのだが、軍事発注、談合、賄賂、天下り、政治献金、といった要素から得る利のことである。
 上記「軍産学官政複合」の「学」とは、権力迎合狗学者による、お抱え学説、政策支援、批判封じ、天下りといった要素である。
 
  カトルシ(quatre si、4つの「しい」)
  ---- 卑しい、さもしい、あさましい、みぐるしい(醜いの同義)----
   この4つが合わさった究極の卑しめ形容詞、またはそのような存在のこと。

 さて、こういうことはどこの国にもあることだ。もちろん。しかし、日本はひどいのだ。なぜか。一言でいうと――こういうことは経営的視点からすれば言いたくないのだが、良心に恥じぬ新聞をもって任ずる本紙、敢えていうが――国民の意識が劣っているからだ。自民党独裁を50年も続けさせてきたからである。適当な間隔ごとの政権交代によって、政治の傾き、偏りが揺り戻されて矯正されるという現象が起きないからだ。

 そうそう、忘れるところだった。ここでいっておこう。かように国家だとか将来の子孫だとかいうことをまったく考えない自民だから、「アメリカとの対等外交」問題でさえ「ピン」とこない連中だから、世界を舞台にした外交、そこでどういう役割を担っていくべきかなどということには、自民党本部会館の屋上から空のステルス戦闘機を探しているようなもので、まったく思いが及ばない。文章がえらく長くなったが。

(6)日経新聞、NHK、テレビ朝日、TBSなどは次のような報道をする。すべてが真偽不明の噂、あるいは、これら各社による推測、つまりは端的に「嘘」なのだ。

   *普天間移設問題で、アメリカ大使に怒られた。
     関係者の話からそのことが判明した。
   *鳩山迷走で、日米関係に亀裂が入った。
     アメリカ政府高官がそう発言した。
   *危険水域に達した。
     アメリカ関係筋によると。
   *駐米大使がクリントンに呼びつけられて剣突くを喰らった。
     大使がそう語った。
   *オバマ大統領に対して「私を信頼してほしい」といっておきながら年内決着をはか
    らなかった。アメリカ政府は、鳩山はいいかげんな男だと認識している。
     アメリカ政府高官がそう発言した。

(上記4つの社名/団体名を挙げたのは、言い換えれば、それしか掲げていないのは、この4つは、購読や視聴で日常直接接しており、風聞ではなく自分のマナコで偏向と確認できる媒体だからである。

 日本の、マスメディアこぞっての偏向報道振りは、もう理知理性の土俵で批判しても意味がない、何をいっても無駄だ。端(はな)から「聞く耳もたぬ」なのだから。
 とにかく、「鳩山つぶし」、「民主政権壊し」を至上命題としての報道だから、報道というよりもメディアという道具を使っての破壊活動だから、何を言ってもはじまらない。国民に対して「なにごとかを知らせる、報じる」という気持ちはないのだ。民主政権を引きずり倒して、もう一度総選挙にもちこみたい。これしか目的はないのである。ただ、「報道機関として存在が許されている」という元来の生い立ち上の制約が存在するために、なんでもやっていい、たとえば朝から晩まで「鳩山誹謗90分ドラマ」を連続して流し続けるといったようなことはできないから、「ニュース」、「報道」といった蓑をまとっているだけなのである。
  公共放送NHKが先頭に立ってやっている。こんな国ないよ、ほんとに。

 鳩山さんは、この点を、国民にしっかりと訴えなければならない。口調は「怪しげへりくだり調」でいいから、しっかりと、強く「アジ」らなければならない(should agitate.)。国民の目を覚まさせなければいけないのである。目が覚めさえすれば、事の本質を見抜きさえすれば、放っておいても国はよくなっていくのだ。

 現在の姿をみると、何もやっていないに等しい。なにを考えてるのかハトヤマはブレーンは、菅は、平野は。
 偏向報道マスコミ陣にこれだけ密に包囲されていると、生半可なことじゃできないよ。国民の目を覚まさせることは。
 
(7)下にひとつ提案を掲げてみるが、少なくとも、これぐらいのことをしないと目的成就(じょうじゅ)はかなわないであろう。

 日本人は、アメリカのいうことならなんでも信じるし、いうことをきく。悲しいことだが。ここまでの記述でさんざ批判してきたことだが。これを一般的に「逆輸入現象」と呼んでいる。「日本国内で、なにか政策やなんかを決めたければ、アメリカ側からいわせろ、そうすれば一発で決まる」、こういうことだ。
 そこで、この際だ、よくないこととは知りつつ、緊急避難だ。「禁反言」倫理を無視して、批判を逆手にとって、この国民性を利用しよう。(禁反言、エストッペル、estoppel = 前言を翻してはいけないという倫理)
 
  自民政権のアメリカ追従外交、それを死守せんがための腐り公共放送機関NHKによるまことにひどい偏向報道について、アメリカの国民から、良識のある国民から、「あんたら日本人はなにしてるのよ、目を覚ましなさい」と日本のマスゴミに対する批判を逆輸入するのである。

さて、前置きが長くなったが、 
 アメリカの大手新聞社数社に、一面広告を出すのだ。そして訴える。アメリカ国民にこう訴えるのだ。

親愛なるアメリカ合衆国国民へ
 ――日本国は、終戦後の苦しい時期に、60年前に、日本国民に対して与えられたアメリカ合衆国政府、合衆国国民による温かい支援を深く感謝し、それを忘れることなく今日まで生活してきたところである。そして、今後も、これまでどおりの、いや、より以上の友好関係維持を望んでいる。
 しかしながら、両国間の関係構築、維持、外交折衝において、日本国側が貴国への従属、追従(ついしょう)、追従(ついずい)に流れたきらいがあった。長期50年にもおよぶ世界異例の一党独裁政治を許してきたせいである。

 しかし、国民が目を覚まし、政権交代によって自民党独裁から脱却したいま、鳩山政府はこの点を見直し、真の意味での対等外交、対等な友人としての立場での付き合いを進めていこうと決意した。
 いうまでもなく、これはアメリカ嫌い、反アメリカ的立場をとるということでは決してない。長期的視野に立って両国の友好関係維持、相互発展というものを考えた場合、真の意味でそれを促進していくためには、この姿勢矯正が必要なのである。
 賢明なるアメリカ国民、アメリカ政府におかれては、親密良好な対米関係を維持促進し、そのことを通じて国際社会に貢献していきたいと願うこの新日本国政府の意のあるところを汲まれたい。そして、絶大なる支援と協力を願いたい。
 ここに、この紙面を借りて、謹んでお願い申し上げる。
   2010年1月1日
                                   日本国、内閣総理大臣 鳩山由紀夫


 さて、まことに長くなってしまった。
 この項に対する本紙感想の結論として、次のように述べよう。
 中曽根氏は、見事に本質を突いた返答をしている。もういちど掲げよう。
 
 ――世界秩序は先進国中心の時代からG20の時代に移った。米国でさえ存在感を低下させるなかで、日本はどうするか。外交の実力が問われる年になる。

■――政権交代の副作用なのか、日米関係がきしんでいます。
「来年は日米半歩条約改定50周年だ。維持か、改革か、廃止か。激論が起こるだろう。しかし国際情勢を踏まえれば、日米安保条約は見渡す限りの将来、継続されなければならない。沖縄の米軍普天間基地の移設も、日米合意を軸に進めるしかない。「日米同盟は日本の国際的地位の安定を担保する。アジア・太平洋地域の平和維持の基本にもなっている。アジアのみならず、世界の財産だ。この『世界性』をもっと強調する必要がある」

[本紙]
 日経記者は、誹謗的誘導によって、中曽根御大から鳩山誹謗を引き出したかった。
小ずるく、直接的誹謗から入らずに、つまり、「鳩山首相の指導力不足のために」とはいわずに(いいたくてうずうずしているのだが)、「政権交代のせいか」と逃げたうえで、つまり、「政権交代時にあって当然のことという」反論に予め予防線を張ったうえで、「きしんでいる」とあくまで自己の見解でしかないことを、中曽根氏の前に、事実のように並べてカマをかけた。「お、そうだね云々」を引き出そうとしたのだ。例えば次のように
 「だめだね、ああうろうろしては、決断力、統率力がなくて、一国の首相たる資格に欠けるね」などと。
 
 ところが、中曽根氏は見え透いた誘いにはのらなかった
「改革か、廃止か。激論が起こるだろう」とまことに敬服に値する正論を述べた。そのうえで、日米安保条約は継続されなければならず、米軍普天間基地の移設も、日米合意を軸に進めるしかないと氏の見解を述べた。
 さらにそのうえで、大局的な見地からの、局面評価を述べた。
 日米同盟は日本の国際的地位の安定を担保するものであり、アジア・太平洋地域の平和維持の基本にもなっているものであり、アジアのみならず、世界の財産であるとして。その「世界性」をもっと強調する必要があるとした。
 ひとつの立派な見解である。
 はたして、日経記者にその深い意味が理解できたであろうか。

■――台頭する中国とどう向き合いますか。
「日米中の関係を正三角形という人がいるが、日米は同盟関係で、日中は善隣友好関係。いわば二等辺三角形で、両社は明確に違う。そこをはっきりさせたうえで、中国も同調する『東アジア共同体』という理念を堅持すべきだ。中韓や米国と共通の長期目標を持つこと自体、意味がある」

[本紙]
 「堅持すべきだ」は、「構築していくべきであろう」という趣意にすべきところではないか。あるいは、「鳩山氏が『東アジア共同体』というものを説くのなら、そこをはっきりさせたうえでの、中国も同調する「東アジア共同体」という理念に固執すべき、そういう理念範囲に限定すべき」こういう趣旨の発言だったのではないか。

 その後の「中韓や米国と共通の長期目標を持つこと自体、意味がある」は意味不明である。もしかして、次のようなことか。
 「中韓や米国と共通の長期目標を持つという土俵を創造することは、今後各国がイデオロギー的にどのような姿勢でその構築に臨んでいき、どのようなものとして完成させることになるかは別にして、創造それ自体が意義のあることだ」。

 日経記者の、対話結果を正確に読者に伝達する能力、文章力、筆致力が不足しているように思える。稚拙だ。
 場に同席していたのだが、このとき脇見をしていて、よく聞いていなかった。反省している。

■――外交内政とも鳩山由紀夫首相の指導力が乏しいようにみえます。
「まだ慣れないところがあるのだろう。私が首相だった時の官房長官、後藤田(正晴)君のような側近がいないね。『友愛』は祖父の鳩山一郎元首相の理念を継承しているのだろう。尊重はするが、千変万化の時代にヒューマニズムだけで耐えうるのか、疑問に思う」
「民主党の政権公約(マニフェスト)には、野党として、そうありたいという政策がかなり載っている。現実の政権運営で変更せざるを得なくなるのはやむを得ない。柔軟性こそ政治であって、有権者もそこは認めてあげなくてはいけない」

[本紙]
 日米関係のところで失敗したので、ここでまたしつこくカマをかけてきた。「指導力が乏しい」と。しかし、中曽根氏は誘いにのらず、見事に外された
 後藤田官房長官のような側近がいないと語っているのは、直接的に平野官房長官を批判しているわけではなく、平野氏も含めてのことであろうが、平野氏にとっては耳の痛いことだ。同様の声があちこちから聞こえていることでもあるし。

■――小沢一郎幹事長との二重権力が指摘されています。
「小沢君は割合、自制してやってきたと思う。今後は内外の課題で鳩山君にどう適切な助言をするかが、彼の政治生命にかかわってくる。チャンスがあれば、首相をやりたいだろう」

[本紙]
 誘いは外された。短い返答しか載っていないところをみると、もっと誹謗めいた話をしてくれるのではないかと、物欲しそうに待っていたのだが、中曽根老はそのような記者の顔つきを見て、ギュッと唇を引き締めたまま黙り込んでしまった
 こういうことだったのであろう。たまたまこのときもよそ見をしていたので、見逃した。反省している。

 小沢さんが首相をやりたいと考えているのではないかと中曽根氏は推測しているが、驚きだ。千里眼の老がいうのだから、そういうことなのかね。

■――鳩山政権の脱官僚主導」については。
「官僚と同格みたいに考えるから、そういう言葉が出る。政治家は官僚を駆使する立場だ。官僚に温かい情を持つ一方、峻厳(しゅんげん)に理性的な政治判断を下す。
 そうすることで官僚は政治家を信用する。その呼吸が大事だ」

[本紙]
 ちょっとピンボケ気味の返答か。「政治家は官僚を駆使する立場だ」は、まったくそのとおりのことである。しかし、中曽根氏個人はそういうタイプだったかもしれないが、現象として、官僚の思うがままに、官僚に操られるがままに動いてきたという事実があるわけで、だからがゆえに鳩山政権では「脱官僚主導」を掲げているのである。
「オレは違ったぞ」という中曽根氏の気の昂り(たかぶり)が論調を鈍(どん)にしたか。

 駆使したくてもできない自民政治家もいる、というよりも、ほとんどがそうである。演壇の膝元に指導役の黒子をしゃがませて演説に臨んでいた、前代未聞、空前絶後、世界最高のお笑い総理大臣がいたが、中曽根さんはあの風景見なかったのかね、テレビで。

■――今回の政権交代をどう評価しますか。
 「二大政党制が安定的な政治制度として続くかどうかのスタートラインに立ったということだ。----中略----。来夏の参院選では民主党勝利による『巨大政党』が誕生する可能性がある。自民党はそれを全力で阻止しなければならない」

[本紙]
 中曽根氏は、民主勝利の感触を抱いているようにみえる。
 「自民党はそれを全力で阻止しなければならない」。
 ネットで安全保障条約資料調査をしておって、60年安保闘争の記事を目にした。岸信介首相は反対デモに手を焼いて、右翼や裏世界に手を回したとされる。怖い話だが、自民党が現在、その類似路線上でなにか画策しているということがあるのだろうか。小沢秘書国策逮捕もあったことだし(本紙では、だれがどう弁解しようと国策逮捕だとみている)、ないとは言えぬ。
 それはそれとして、腐りマスゴミは、これでもか、これでもかと、ますます誹謗攻勢をかけてくるだろう。

■――自民党が分裂し、政界再編が起きる可能性はありますか。
「選挙後の政治情勢を見据え、大きな亀裂が起こらないとも限らない。激変のマグマは底流に充満している」

          ――「注意」――
 以下は、日経記者の問いを「民主党が分裂」と勘違いして書いたものである。送信する前に気づいたのだが、「政界再編」についての所感として載せておく。

[本紙]
 マグマを噴出させないようにしなければならない(「注」--「民主党を分裂させるマグマ」の意味である)。少なくとも、この先2年余、会計年度が2回廻るまでは。

 2回廻れば、政権交代の味が出る。国民がマスゴミ偏向を、特にNHK偏向を悟るようになる、糾弾するようになる。報道中立がいくらか戻る。社会の各分野におけるシステムにおいて、内閣に任命権、承認権のある人事などを通じて、例えば、裁判所検察庁、中央省庁、独立行政委員会、各種諮問委員会などにおいて自民癒着層が、わずかだが、2年だからほんのわずかだが、それが剥がれ、清風がよどみを吹き抜けはじめ、相乗効果的に癒着浄化が進み、独裁50年で壁や天井、床にドロドロ、ベタベタにこびりついたヘドロ状物質の溶解が始まる。
 その後は、民主分裂が起きても、自民単独で過半数を握るということはこの先考えられないから、これまでのようなひどい癒着は起きない。

 だが、それまで保つか。そのカギは、細かい抵抗には目をつぶりながら、ビシバシと正道を突き進むことにある。そのような気がする。ウダウダ不満にいちいち耳を傾けていたら、残念ながら短命に終わるであろう。自民が多少なりとも勢力を盛り返すようなら、日本は深手を負う。のたうちまわることになる。国民はその愚を犯してはならない。後世に詫びようがない。
 八場ダム廃止、高速道路無料化、スパコン、普天間など、ウジウジを相手にしていたらきりがない。100%賛成なんてないのだから。何事にも10や20%の不満分子はいるのだ。

 思い出したが、高速道路無料化問題で、NHKが反対分子ばっかりを映して鳩山潰しをやっていたが、こういうアホ例を「潰し応援」に使っていた。
 トラック運送業者の、大型トラック数台を背後に映した設定で、社長に話をさせる。
 曰く、「無料化になると、運送コストが下がるという。コストが下がるどころか、かえって経営が悪化する。道路が渋滞するからだ」
  これにはメシを噴き出したね。文字通り噴飯ものだ。素人判断でも、こじつけだとわかる。そんなことがあるものか。NHKが使嗾(しそう)したとは言わぬが、まったく特異な例を探し出してきたものだと分かる。もしそういう事態が起きるとしても、それは特定の地域に限定した例であろう。車庫の場所、運送テリトリーの立地条件などがからむ。さらにいうと、仮にだ、もし仮に一般的例としてそういう事態が起きるとしてもだ、それは高速道路無料化が悪いのではなく、社会システム全体が悪いのである。別の点から策を講じるべき問題である。
 鉄道事業者の経営悪化につながるから反対というのもあった。
 排気ガスによる環境悪化を理由とする反対も含め、すべて「泥棒にも三分の理」だ。
屁理屈でなくクソ理屈だ。(柄が悪いね)


(三)編集委員「内山清行」氏を糾弾する。
 記事の最下段右側に枠で囲んだ「まとめ」のような記述がある。

--------------------------------
選ばれた者の責任問う
 淡々とした口調に力がこもったのは「政治主導」を語った時だ。「国家の必要がある場合、自らの責任において行う。それが政治だ」。公約順守にこだわるあまり、選ばれた者の責任を放棄してはいないか。そんな問いかけである。
 普天間基地移設や消費税を挙げるまでもなく、公約は重い。連立相手への配慮も必要だ。しかし民主党は「政治家は歴史の法廷に立たされている」という中曽根氏の言葉をもっと意識する必要があるのではないか。野党に転じた自民党は、なおさらだ。
(編集委員 内山清行)

---------------------------------

(1) ------「政治主導」を語った時だ。「国家の必要がある場合、自らの責任において行う。それが政治だ」------
  そう語ったのなら、なぜ本文に載せないのか。しかも、この言は、「公約順守にこだわるあまり、選ばれた者の責任を放棄してはいないか。そんな問いかけである」という、内山氏による、「中曽根発言の意図に関する――鳩山批判的な意図――に関する推測――中曽根氏が実際にそう発言したかどうかは不明の、あくまでも推測」と対(「つい」と読む)になっているところである。
 くどくもう一度いうと、内山氏がここで書いていることは、「中曽根氏が鳩山首相を批判している、あるいは批判的に評している」(つまり、「選ばれた者の責任を放棄していないか」ということだが)という内山氏の推測にしかすぎない

 なんで本文に載せないのだ。しかも、「淡々とした口調に力がこもったのは」という前置きをして、中曽根氏がその点を強調した風情を描写しているのである。そういう大事な個所なら、なんで本文に載せないのか。載せていけない理由などなにもないだろう。
 もしかして、「嘘、ウソ、うそ」ですか。ホントは、中曽根氏はそんなこと語っていないんじゃないですか。

 事のついでに付け加えておくと、鳩山さんは、「私が責任をもって、私の責任において」と常にいっている。その言を守らなかったという事態は、まだ一度も起きていない。本紙はそうみる。
 偏向マスコミは、「言を左右にして」とか「こう述べていたにもかかわらず」とかのべつまもなくいっているが、対象として論じていることがらのすべてが、まだ「結論として政府がどう行動した」という時点に至る前のことである。結論を見てから批判する。これ常識中の常識だよ。「試行錯誤」とか「検討中」とかいうことばを、日経新聞などは知らないのか。
 「秘書がやったことは政治家の責任」とかいうことを鳩山さんが過去に発言したなどとして叩いているが(そうほざいたくせに、今回の態度はなんだ、責任をとれ)、「賄賂的献金」と同一平面で論じること自体が愚かというものだ。本紙にいわせれば。(第2回記事中の「偽装献金」の項参照。12.14記事)

(2)「普天間基地移設や云々で始まる後段は、内山氏の見解だから、これはこれでいい。
 しかしまあ、ここでも、「当人が語ったのなら記事に乗せるべきだ」という問題がなくはない。
「『政治家は歴史の法廷に立たされている』という中曽根氏の言葉」というように引用しているのだから。ただ、ここでは、引用した言は中曽根氏が以前に、あるいは対談終了後の雑談やなんかの別の機会に語ったことであっても、一応は許されることであるから、あまりぎゃあぎゃあとは騒がないでおく。

 それはそれとして、「野党に転じた自民党は、なおさらだ」という個所は、柿の木に枯れた竹を接ぎ木したような感じだね。「まったく意味がわからない」ということはないが、前後の脈略からして、枯れ竹の接ぎ木だ。
 民主叩き一辺倒ととられるのを避けるために、愚にもつかない一句を盛り込んだか。
 「民主叩き、民主潰し、日本国の民主主義政治壊し」。日本経済新聞社の報道姿勢がこれ一辺倒であるということは、筆者の見解では、「周知の事実」なのだから、つまらぬことをする必要はなかった。

(3)結語として、もっと文章力を養うとともに、「あくまでも対談相手が実際に語ったことをベースにして記事を書く」、「そらごとは書かない」という、メシの種にしている職業の基本的倫理、良心にもう一度思いを致すように忠告する


 2009年大みそかの日

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2009年12月29日 (火)

外務省のホームページ、資料として掲げている「日米安全保障条約の英語版正本」、「前文」を抜かしている。まことにおそまつ。一国の外務省としての見識が疑われる。

2009.12.29
 外務省のホームページに不備
(資料掲載に関する欠陥)発見
     (http://www.mofa.go.jp/region/n-america/us/q&a/ref/1.html)
  日米安全保障条約英語版正本の、いわゆる「前文」部分が抜けている。これ、許されないんじゃないの。
 「前文」は、条約の本文(条項)と一体をなすものである。この部分を抜かしているのは、おそらく「掲載を省略した」という意識の下でのことであろうが、省略は許されない。英米法系の人々が事実を知れば、つまり、本来「前文」が存在するのに「省略」されているということを知れば、日本国外務省の見識を疑がわれよう。ひいては、日本国の外交品質が疑われよう。

 岡田外務大臣に、とは大げさだが、関係者に緊急要望としてお願いしておこう。直ちに指摘の当否を検討され、しかるべく対処されたい。
 こちらの理解が誤っているのであれば、「騒いで申し訳ない」ということだが。

************
    ----「前文」を掲載していない。大きな誤りである----
 「不備」、「欠陥」、「誤り」、と断定口調でいっているが、おそらく正当と思う。以下、理由を述べる。

1. この「前文」は、英米契約法における大きな特徴たる(大陸法との比較において)「約因法理」(*1)に相当することを述べている部分なのである。
 私人間の契約(*2)に適用される約因法理が公法の支配する国家間の約束、合意、ないし契約たる条約、協定、覚書といったものにそのまま適用されることはないであろうが(*3)、法理の背景にある根本理念(下記の、「約因」に関する説明参照)のようなものは適用されるのではないか。
 この推測の当否はともかく、少なくとも、この条約(書面)が、英米契約法独特の契約書冒頭部分の形式を踏んでいることは間違いない(*4)。すなわち、いわゆる「前文」(WITNESSETH、RECITAL、PREAMBLE)において、契約締結に至る経緯を記述し、約因の存在することを宣言する部分である。したがって、条約の英語版の掲載において、この部分を抜かしていることは大きな誤りである。

2.さらには、百歩譲って上記の論(約因法類似の法理に基づいて、あるいは合意書一般の書面形式との関係で前文が置かれているのではないかという論)が妥当しないとしても、英語版は、日本語版とともに、条約の「正本」なのである(*5)。そのことに思いを致せば、この部分を抜かすことは、条約書面の一部分を「ちょん切って」掲げていることになるということが容易に理解できよう。
 日本語版では「前文」を「ちょん切って」ないのに、なぜ英語版だけを切るのか。
 ついでにいうと、 自衛隊のホームページには、「前文」がちゃんと入っている。

*1.この後で、ごく簡単に説明する。
*2.ここでは、「契約」の意味を単純に、「なんらかの法的効力のある約束」としておく。その定義については、第二次契約法リステイトメント§1参照。
*3.条約(書)といおうと協定(書)といおうと覚書(書)といおうと、合意ないし約束(またはその内容を記述した書面)たる本質は変わらない。取り決め内容のサイズ、重要度、「条約の定めに基づいて細部を定める協定」といった[条約-協定]階層関係などによって呼称を変えているだけ。要は、「どう呼ぶか」の問題である。
*4.後で簡単な見本を示す。
*5. 正本であることは、条約の末尾で、明確に規定してある。下記訳文参照。

******------******
 以下に掲げている条約英語版の抜粋は、「Wikisource(英語版)」から引用したものである(全部分が掲載されている)。外務省がホームページで開示している条約英語版には、下に見るように、「前文」(Japan and the United States -----Therefore agree as follows.) は掲載されていない。

Treaty of Mutual Cooperation and Security between Japan and the United States of America

Japan and the United States of America,
Desiring to strengthen the bonds of peace and friendship traditionally existing between them, and to uphold the principles of democracy, individual liberty, and the rule of law,

Desiring further to encourage closer economic cooperation between them and to promote conditions of economic stability and well-being in their countries,

Reaffirming their faith in the purposes and principles of the Charter of the United Nations, and their desire to live in peace with all peoples and all governments,

Recognizing that they have the inherent right of individual or collective self-defense as affirmed in the Charter of the United Nations,

Considering that they have a common concern in the maintenance of international peace and security in the Far East,

Having resolved to conclude a treaty of mutual cooperation and security ,

Therefore agree as follows:

ARTICLE I
  The Parties undertake, as set forth in the Charter of the United Nations, to settle any international disputes in which they may be involved by peaceful means in such a manner that international peace and security and justice are not endangered and to refrain in their international relations from the threat or use of force against the territorial integrity or political independence of any state, or in any other manner inconsistent with the purposes of the United Nations. The Parties will endeavor in concert with other peace-loving countries to strengthen the United Nations so that its mission of maintaining international peace and security may be discharged more effectively.

------ ARTICLE II - ARTICLEIX ------

ARTICLE X

This Treaty shall remain in force until in the opinion of the Governments of Japan and the United States of America there shall have come into force such United Nations arrangements as will satisfactorily provide for the maintenance of international peace and security in the Japan area. However, after the Treaty has been in force for ten years, either Party may give notice to the other Party of its intention to terminate the Treaty, in which case the Treaty shall terminate one year after such notice has been given.

IN WITNESS WHEREOF the undersigned Plenipotentiaries have signed this Treaty.

DONE in duplicate at Washington in the Japanese and English languages, both equally authentic, this 19th day of January, 1960.

FOR JAPAN:
    Nobusuke Kishi
    Aiichiro Fujiyama
    Mitsujiro Ishii
    Tadashi Adachi
    Koichiro Asakai

FOR THE UNITED STATES OF AMERICA:
    Christian A. Herter
    Douglas MacArthur 2nd
    J. Graham Parsons

[説明]
Japan and the United States of America,
            日本国とアメリカ合衆国は、
 Desiring,            
 Desiring
 Reaffirming この--ingというところで、締結に至った動機、理由を述べているのである。
 Recognizing  つまり、 --希求し、--再確認し、考慮し----と述べて
 Considering
 Having resolve
           
Therefore agree as follows:

           そして、「ゆえに(Therefore)、以下のとおり合意する」と結ぶのである。 
  --ingとthereforeは対になっているのである。

以下の、「日本語文」は、上記の英語の「翻訳文」である。原本たる日本語版正本の文章表現がかなり「まずい」ので(*6)、すっきりさせるために独自の翻訳文を掲げることにした。
  *6.下記「雑感」参照。

******------******
  日本国とアメリカ合衆国との間の相互協力と相互安全保障に関する条約

 日本国とアメリカ合衆国は、下記の「条約締結に至った考慮点」に鑑み、下記本文条項で定めるとおり合意する。
              条約締結に至った考慮点
(1)日本国とアメリカ合衆国は、伝統的に両国間に存在する平和と友好関係を強化していくことを希求し、民主主義の原則、個人の自由、法の支配を維持することを希求すること。
(2).さらに、両国間の緊密な経済協力の推進強化を希求するとともに、両国における経済的安定状況ならびに福祉の状況の推進を希求すること。
(3)国際連合憲章の目的と原理に対する両国の忠誠を再確認するとともに、あらゆる人々とあらゆる政府とのあいだで平和のうちに暮らしていくという両国の願望に対する忠誠を再確認すること。
(4)国際連合憲章で保障されている一国の個別または集団自衛権について、両国ともに固有の権利を有していることを認識すること。
(5)極東における国際平和と国際安全保障の維持について両国が共通の関心を有していることを考慮すること。
(6)相互協力と相互安全保障に関する条約を締結する決意をしたこと。
 以上の考慮の下に、両国は、以下のとおり条約を締結する。

第1条
 両国は、国際連合憲章で定めるところに基づき、両国が関わることのありうるいかなる国際紛争をも、平和的手段によって、下記の態様で解決することを確約する。

 国際平和、国際安全保障、および国際正義が危険にさらされることのないようにすること。ならびに、両国の国際関係活動において、地域の安定を損なうか、またはいずれかの国家の政治的独立を損なうこととなる威嚇または威力の行使を控えること、その他国際連合の目的と一致しないなんらかの態様における威嚇または威力の行使を控えること。

 両国は、平和を愛するその他の国と協調して、国際連合の強化に努め、もって、国際平和と安全保障を維持していくという国際連合の使命がさらに効果的に果たされるようにする。
                 ――省略――
第10条
 この条約は、日本国政府とアメリカ合衆国政府の見解において次のように認定される時期まで効力を維持する。すなわち、日本区域における国際平和と安全保障を維持するうえで充分なだけの国際連合措置が発効したと認定される時期である。
 ただし――以下省略。


  上記の証として、下部署名欄に記載されている(*7)全権大使は、本書に署名する。 
      本日、1960年1月19日、ワシントンにおいて、日本語版と英語版正本のそれぞれに署名して、この条約を執行する(*8)。日本語版と英語版は、いずれも正本として、同一の効力を有する

日本国代表
 岸信介
   ――以下省略
アメリカ合衆国代表
 Christian A. Herter
  ――以下省略

*7.通常、氏名が印字されており、その下部に署名する。
*8.「執行」とは契約書などの書面に署名して、その効力を生じせしめる(発効させる)ことをいう。通常、"executed in duplicated..."と"executed"いう言が使用されるが、ここでは"DONE in duplicated..."と、"done"が使用されている。

,

書式(レイアウト)について
 「条約締結に至った考慮点
」という見出しは、原文には存在しない(WITNESSETH、RECITAL、PREAMBLEといった用語が見出しとして置かれる場合が多いのであるが、この条約文には存在しない)。また、(1)(2)というような番号も原文には存在しない。しかし、日本語翻訳版を作成する場合、読みやすくするために、書式を工夫しても、なんら差し支えないのである。外務省日本語版のこの部分の分かりにくさをみよ。原本の形式にこだわりすぎると、かえって、正確性に欠けることになりかねない。

******------******
          <外務省が開示している原本の文言―――日本語版、英語版>
日本国とアメリカ合衆国との間の相互協力及び安全保障条約(日米安全保障条約)

昭和三十五年六月二十三日
条約第六号

前文
 日本国及びアメリカ合衆国は、両国の間に伝統的に存在する平和及び友好の関係を強化し、並びに民主主義の諸原則、個人の自由及び法の支配を擁護することを希望し、また、両国の間の一層緊密な経済的協力を促進し、並びにそれぞれの国における経済的安定及び福祉の条件を助長することを希望し、国際連合憲章の目的及び原則に対する信念並びにすべての国民及びすべての政府とともに平和のうちに生きようとする願望を再確認し、両国が国際連合憲章に定める個別的又は集団的自衛の固有の権利を有していることを確認し、両国が極東における国際の平和及び安全の維持に共通の関心を有することを考慮し、相互協力及び安全保障条約を締結することを決意し、よって、次のとおり協定す
る。

第一条
 締約国は、国際連合憲章に定めるところに従い、それぞれが関係することのある国際紛争を平和的手段によって国際の平和及び安全並びに正義を危うくしないように解決し、並びにそれぞれの国際関係において、武力による威嚇又は武力の行使を、いかなる国の領土保全又は政治的独立に対するものも、また、国際連合の目的と両立しない他のいかなる方法によるものも慎むことを約束する。

TREATY OF MUTUAL COOPERATION AND SECURITY BETWEEN JAPAN AND THE UNITED STATES OF AMERICA

                  
 ――抜け――
ARTICLE I
The Parties undertake, as set forth in the Charter of the United Nations, to settle any international disputes in which they may be involved by peaceful means in such a manner that international peace and security and justice are not endangered and to refrain in their international relations from the threat or use of force against the territorial integrity or political independence of any state, or in any other manner inconsistent with the purposes of the United Nations. The Parties will endeavor in concert with other peace-loving countries to strengthen the United Nations so that its mission of maintaining international peace and security may be discharged more effectively.

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
◆参考資料
I.契約書見本
Nippon Kaku Denshi Power Supplies Distribution Agreement

 

THIS AGREEMENT is entered into this day of 13th December,1999 by and between Nippon Kaku Denshi Co., Ltd., a corporation organized and existing under the laws of Japan------(hereinafter "NKD") and America Kaku Denshi Corporation, a corporation organized and existing under the laws of the State of California------- (hereinafter "DISTRIBUTOR").                      

WITNESSETH
WHEREAS, NKD manufactures certain power supplies and related products and has the right to appoint distributors to sell and distribute such power supplies and related products; and

 

WHEREAS, ------
WHEREAS, ------
WHEREAS, DISTRIBUTOR desires to distribute the power supplies and related products in the Territory under the terms and conditions hereinafter set forth.

 

NOW, THEREFORE, the parties hereby agree as follows:

 

Article1. Appointment

 

          日本架空電子株式会社製電源に関する販売代理店契約書

 

 日本国の法律に基づいて設立され現存する会社、日本架空電子株式会社------(以下、「甲」という)と、アメリカ合衆国カリフォルニア州の州法に基づいて設立され現存する会社、America Kaku Denshi Corporation社------(以下、「乙」という)は、1999年12月13日、以下のとおり契約を締結する。              

契約に至る経緯 
 甲はある種の電源と関連製品を製造しており、これらの製品を卸売販売によって普及させるために販売代理店を指名する権利を有している。
  ------
 ------
 乙は、以下に定める条件に基づいて、「テリトリー」において上記の電源と関連製品を卸売販売したいと望んでいる。 

以上の経緯により、甲乙両当事者は以下のとおり契約を締結する。

 

第1条 指名

II.約因とは  (やや専門的なことを述べています。たいくつしたら読み飛ばしてください)
 約因(consideration)とは、英米契約法体系において、「約束を破られた当事者が裁判所に法的救済を求めてきた際に、その約束の内容によって法的救済を認めるか認めないかふるいにかけるうえで判断基準として用いられてきた中核的な要素である。」
 つまり、コモンローの歴史においては、古く(16世紀半ば)から現在に至るまで、約束に法的拘束力を認めるかどうかという価値判断をするうえで、一つの有力な方法として、「約因の存在しない約束は法によって保護されない」という基準に照らして価値判断がなされてきている。あるいは、何らかの価値判断基準で下されたそのような決定の理由付け手段として、「約因の有無」という要素が使用されてきているのである。

2.「約因」概念の多様性
(1)「約因」という語は様々な意味で使用される。したがって、参考書などを読む際には、その現れる場所によって、どのような意味で使用されているかということを吟味してかかる必要がある。ここでは、特に注意すべき例として、次の区別だけを掲げておく。
 ――「伝統的な約因観における約因」と「交換取引理論における約因」――

(2)伝統的約因観における約因の概念
(i)「約因」の本来の意味は、「約束に法的拘束力が認められる理由」ないし「約束に法的拘束力を付与する要素」ということである。これが最も重要な意味であり、約因という語の最も一般的な用法である。
この「約因=理由」という語法において、伝統的には、理由の内容を問わず、なんらかの理由を「約因」と表してきた。さて、そうすると、ではその理由/要素とはどういう内容かということになるが、いうまでもなくそれは事件によって様々に異なる。

 約束に法的拘束力が認められる理由(法的拘束力を付与する要素)は、いろいろある。「約束者が利益を受けたから」、「被約束者が不利益を被ったから」、「約束対約束が相互に誘引し合う関係で交換的に取引されたから」、「被告のなした約束に信頼したために地位の悪化をきたした原告を救済しなければ正義にもとる」とか、いろいろある。
 伝統的には、「約因」はそのような理由一般を指す言葉として使用されてきた。言い換えれば、約因の内容ないし中身は多様であり、一つに限らない。

  「被告がなした約束には約因が存在するので、原告はそれを強行することができる」というような判決文言が等しく使用されても、約因とされる中身は事件によって異なりうるわけである。

(ii)視点の据え方による概念の多様性
 ただし、この約因観の下でも、「約因」という言葉がそのような理由を集合的に表す総称概念として使用されることもあり、個々の事件において「本件における約因」と観念される特定の理由ないし要素を指す意味で使用されることもある。あるいは、「約因=被約束者が被った不利益」というように、約因=理由の内容を最大公約数的に集約して、約束に対して何が約因にあたるかという対置関係で表される概念もある。

(iii)実質的基準として「約因」というものが論じられる場合、伝統的には、「約因」という言葉は、この、「約因=理由」という意味で使用されてきた。

(3交換取引理論における約因
(i) 19世紀末に、アメリカで、「約因の交換取引理論」(Bargain theory of consideration)という理論が確立された。そこでは、約束に法的拘束力を認めるかどうかを決定するための基準として、約束と約束または約束と履行が相互返礼的誘因関係(reciprocal inducement)に基づいて交換取引きされた(be bargained for)かどうかということを問う。そのような状況が存在すれば拘束力を認め、存在しなければ認めない。

(ii)この立場では、「このような取引態様ないし状況が存在すること」を約因と捉える。このような態様の取引は"bargain"*1という語で表され、日本では「交換取引」とか「交換的取引」と訳される。そこで、教科書などでは、一般的に、「交換取引理論においては、約因とは交換取引のことをいう」というような説明がなされる。
 *1."bargain"という語については、多様な意味で使用されるので注意を要する。

 このように、この立場では、「約因」は「交換取引」と同一視される。いうならば、伝統的約因観における「様々な理由」を「交換取引」一本に集約しようとするのである。
 (これを、便宜上、「原始的交換取引理論」ということにしよう)

 しかし、約束に法的拘束力が認められる種々の理由を「交換取引」だけで説明できるかどうかは疑問であるとされた。そのこととの関連で、交換取引理論を基礎に据えて約因法理を規定しようとした第一次契約法リステイトメントの起草時に、約因をどのように定義するかということ、さらには、拘束力付与の根本基準として「交換取引」というものを据えるのが妥当であるかどうかという、交換取引理論自体を疑問視する議論が生じた。

リステイトメントRestatement
 アメリカ法律協会[American Law Institute: ALI)がアメリカ法の主要分野につき(契約法、不法行為法、信託法、プロパティ法など)、判例法の準則を体系的に整理して条文の形にまとめて記述したもの。リステイト(re-state)とは再記述するという意味である。アメリカ法の現状を表すが、「あるべき姿を」を記述している場合もある。法源としての拘束力はないが、一定の影響力をもっている。判決文などで引用されることも多い。

(iii)第一次契約法リステイトメント
 交換取引理論に基づいて、約因を次のように定義した。

<<<約束に対する約因とは、約束の見返りとして相互誘引的に求め求められた結果として(bargained for)約束との交換で与えられた約束以外の行為、行為の自制、法的関係の創出、修正、または解消、または反対約束(見返約束)のことをいう。>>>

 この定義にみられるように、約因法理は、基本的に交換取引理論に基づいたものになっている。しかし、原始的交換取引理論(一本に集約する立場)そのものではなく、上記のような議論の結果、修正が加えられている。議論の決着がつかず、あいまいなまま放置されていた問題も存在した。 

(iv)第二次契約法リステイトメントにおける約因観のさらなる変容
 第二次契約法リステイトメントの約因法理は、基本的に第一次契約法リステイトメントの立場を踏襲しているが、約因観を劇的に変更した。すなわち、「約因」という言葉は、「約束に拘束力が認められる理由」という意味では使用しないと明言するに至ったのである。
 以下、いろいろ説明すべきことはあるのだが省略する。

******------******
◆その他雑感
  だけど、なんだね、日本語版たるやまったく翻訳調で、原案は、つまり「コウコウこうこういうことを取り決める」という中身はアメリカから示されたものであり、日本側は、「はい、かしこまりました」といって、ただ単に、アメリカ提示草案を翻訳しただけのようにみえるね。日本側独自の草案を日本語で作成して、内容をすり合わせて利害対立調整を折衝したということなら、こんな「おそまつ」な文章にはならないはずだ。まあ、1960(昭和35年)という時代を考えれば対米卑屈外交(いまでも本質的にはそのままだが)でいくより手がなかったのかもしれぬが、推測どおり独自草案もこさえずに事に臨んだのだとすれば、ひどすぎるね。

 ついでにいっておくと、「核密約」の存在、「そのひた隠し」は(*1)、こういう「当事者意識の欠如」、対等な当事者として国益に沿った主張で強く折衝していくという姿勢の欠如を考えれば、「あるべくしてあった」ということだろう(事は佐藤内閣から始まったことだとされるが、本質的には同じ)。
  ハリスだったか、日米修好通商条約の「不平等」から始まり、近時の「日米地位協定」問題、核密約問題、米軍基地維持費「おもいやり負担」まで、対米卑屈外交、従属外交は一向に変わっていない。一貫して路線をフシュウ(「踏襲」の麻生太郎氏読み)している。

 長くなるが、北朝鮮拉致問題解決支援に関するブッシュの豹変ぶり(横田夫婦を前に、せっかく男らしいところをみせていたのに、筆者など涙を流したほどよかったのに、後世における評判を上げようと、北朝鮮に擦り寄った)に対して抗議もできずヒル国務次官補に「鼻ずらを引き回されても」文句のひとつもいえない外務省高官(第3回記事-12.16参照)。どうだね、えっ。

 さらにはだ、なんとか駐米大使だ。これがクリントン国務長官に呼びつけられて普天間問題でえらいけんつく(剣突く)を食わされたなどというをワシントン支局員らに流した。それっと、嘘記事を、腐りマスコミがこぞって喚き立てた。鳩山叩きのために。えっところがだ、真っ赤な嘘だというじゃないか。「最低も、最低も、最低のマスコミよのう、日本は」と、嘘をアメリカ側から指摘された。ごみメディアは、黙りこみ国民に隠そうとした
 こんな事件があったという。世も末だね、ほんとだとしたら。
 こんなのがアメリカ駐在大使かよ、最高峰大使かよ。えっ、叱りつけたのかよ。呼び戻したのかよ、事実関係を調査したのかよ。事実だったのかよ、なら首にするのかよ。
 なんで、そこらのことを国民に知らせないのだ。指示してもクズ報道どもが踊らないってか。「総理大臣の緊急記者会見」をやれば済むことだ。「バチ、バチ、バチ」、「ビシバシ」と気持ちよくやってくれ。

 「対等外交を目指す」鳩山さんはこういった。
 やってくれよ、ほんとに、頼むから。
 こんな大使を置いて、なにが対等外交だね。

 さらに、のさらにだ。
 「抑止力のことを考え合せると難しい」---なんてことを。なんてバカな発言をしてくれたのだ。
 12.18(月)のNHK夜7時ニュースで、ど偏向NHKが、さっそく喜んで、石場自民政調会長のコメントだとかといって愚かな言を流していたが、バカボンパパなら、「最低の最高なのだ」というところだね。えっ「100日経って、やっとそんなことが分かったのか」だと。
 珍しく大声でしゃべっていたが、敵失に興奮しすぎて、「カトルシ人格騙しテクニック」を忘れたのかな。ぼそぼそと陰気にしゃべる例の調子を。
 「カトルシ」とは、当ブログの定義語だ。
「卑しい」、「さもしい」、「あさましい」、「見苦しい(醜い)」が合わさった、究極の卑しめ形容詞だ。
 選挙自民敗北以来の石場氏の言動をみてると、「カトルシ」ぴったし人間に思える。
 まあ、長くなるから、この続きは別項に回そう。 

 あ、もうひとつだけ。
 駐米大使を首にというところで思い出したのだが、最近、クビチョウ、クビチョウつって、まったくのアホどもがまったくのアホをこいてるが、あれ、どういうことだね。連中には、個性が大切とか個性で売るとか、ないのかね。誰かがなにかミーハー受けするようなことをいうと、そろってそれを真似る。え、独自性、創造性、知性はないのか。前横浜市長という人物が出てきて、「クビチョウ」、「クビチョウ」とやっている。どこかで以前に県知事をやっていたとかいう輩も確かそう連発していた。宮崎、大阪あたりの現職知事もたしかそうだったような気がする。
 アホか、おめーら------うん、アホだ。
 なんで、きちんと「シュチョウ」といわないのだ。「首長」を「主張」と取られかねない、こういうことだろうが、取り違えることがあったとしても、それでいいじゃないか。
  誤解、ゴカイ、五階、碁会、取り違えがあるといけないから、「あやまりカイ」とでもいうのか、あほめ。
 だれかが、きちんと「しゅちょう」と発言したら新鮮、鮮烈な雰囲気で、知性100%、株が上がるだろう。実際の知性60ちょぼちょぼぐらいだとしても。まちがいないと思うよ。
クビチョウ、クビチョウと連発している司会者、解説者、評論家、元知事、現職知事といったアホの脇で、ひとりだけ、「しゅちょう」がと正しくいってみな、光るぜ
 「カイシュン」なんてことも、いつのまにかいってるな。法律上の用語になっているのか。いずれにせよ、公認されているようだ。NHKのアナウンサーが「かいしゅん」なんて
いっているのを、チャーハンを炒りながら後ろ向きで聞いていると、誰かが「悔悛」したのかと思うぜ。「悔い改めよ、世の終わりは近い」ってか。ここまでくると、もうアホらしくてやってられないや。えっ、ハローワーク、ニュースセブン、カイシュン。
  「ヤメテー」。

******------******

◆過去記事内容に関する謝罪
 第3回記事(2009.12.16)で、横田夫妻がブッシュ大統領と面会した件の記述に関連して、以下のように述べた。

<<<<<<こういっちゃ悪いが、以前川口さんという外務大臣がいたが、180度対照的だね。もう一ついうと、品格を説くやに聞く小池さんという自民党女性議員がいるが、横田早紀江夫人に学べば自己の品格を大幅に向上させることができるであろう(*1)。現状では、[SIR]80%とみる。
   
*1.本を出しているらしいが、読んでないので、どのような主張をしているのか知らない。ここでの記述は、単に一般的な意味としての「品格」との関連での記述である。
>>>>>>

   上記の「品格を説くやに聞く小池さんという自民党女性議員がいるが」の部分は筆者の勘違いによるものであった。 「女の品格」とかいう本があるらしいが、その著者が小池さんかと思っていたのである。まあ、その書物とは無関係な話として品格を説いているかどうかはしらないが、いずれにせよそう思い込んでいたことには間違いない。
 ここに陳謝する

 ついでだから、加えていうと、この小池という人は、小泉内閣、安陪内閣で、内閣府特命担当大臣沖縄及び北方対策担当)、内閣総理大臣補佐官国家安全保障問題担当)、防衛大臣を歴任したとされるが(Wikipedia)、沖縄対策、国家安全保障問題、防衛大臣、すべてが「日米安全保障条約」に大きく関わることである。英文原本など目を通さないのかね。川口さんも。「英語が得意」が売りのようだったが。
目を通しておれば、「前文」部分が欠けていることについて、「これちょっとおかしい」と気付いたかもしれない。

 最後に、鳩山さんがアホこいてくれるので、あまり元気がでないが、まあ、やっておこう。
 ガンバレー、ガンバレー、ハトヤマ、それ、ガンバレ、ガンバレ、ハ、ト、ヤ、マ

 個性をいっておきながら、自分こそワンパターンだね。

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2009年12月26日 (土)

そこまで卑しくなれるのか、腐り切ったマスメディア――鳩山さんを応援する。(5)

2009.12.26
「一分間に一万語」 ― 貧乏で多感だった時代の思い出
 
本棚からこの書をひっぱりだしてきてめくったが、ほこりの匂いとともに、貧乏で多感だった時代の思い出が懐かしく浮かんできた。「池袋西口『八勝堂書店』」というラベルが背表紙裏に貼ってあった。古本屋だろう、おそらく、記憶が消えたが。
 急に涙がにじんだ。


***********
 まずは、忘れないうちにやっておこう。
  ガーンバレー、ガーンバレー、ハトヤマ
   それっ
   ガンバレ、ガンバレ、ハトヤマ、ガンバレ、ガンバレ、ハ、ト、ヤ、マ
   Cha Cha Cha, Cha Cha Cha, Cha Cha Cha Cha Cha Cha Cha

          
  (三三七拍子による拍手です)

前置き
 暫定税率据え置きだの、整備新幹線予算計上だの、気に食わないことが多いが、税収確保、景気対策、参議院選挙対策だの、いろいろ絡んでくるんだろうからなあ。思案のしどころってとこか。
 まあ、踏ん張って地道にやっていこうや。

 それにしても低級マスコミは、小沢が、小沢がと騒いでうるさいな。鳩山叩き、民主けなしの先に何を見ているんだろう。
 まずは、参議院選挙自公勢力増大か、とにもかくにも。そうしておいて、国会議決をにっちもさっちもいかなくさせ、「国民に信を問え」なぞとほざいて、衆議院解散にもちこもうということか。そうこうするなかで、民主党分裂が引き出せれば御の字。こういうことか。しかし、自公で衆参過半数という時代はもう再び訪れないんだがなあ。民主/自民造反組の合従連衡による新党結成、中小政党乱立。民主崩しが成功しても、こういうことにしかならないと思うのだが。
 まあ、そういう政治話は得意じゃないや、こちとら。偏向報道悪質NHKが腹に据えかねるので政治ネタを書いているだけだから。とにかく、ぐじゅぐじゅ、グジュグジュ、なんであれ旧自民利権体制に戻そうと躍起なのだ。やつらは、クズマスコミは。カトルシどもは。
                    (「カトルシ」は定義語です――第2回記事参照  200912.12)

 民主党の渡部恒三とかいう議員がテレ朝の昼番組に出てきて、モウロク気味に昔懐かし話のようなことを得々としゃべっていたが、どうかと思うね。陰湿度80%の司会者が、まことにしつこくしつこく鳩山潰し民主党けなしを語って、視聴者を民主離れに導くのだが、そのベースに乗っかってしゃべる。小沢君がどう、あの頃はこう、鳩山さんはああ、だのと。自慢話を交えてくどくどしいもんだから、女性若手アシスタントが、話の腰を折って本筋に戻そうとする場面が何度もあった。情緒もへったくれもなく、まことに無造作に、つっけんどんに腰を折るのだ。 「長老」などとおだてられて場に臨んでいるのだが、国民は、パッパラパーの「脳みそ茶髪」むすめにコケにされているよぼよぼモウロクを見ているようで、さぞかし嘆息をもらしたことだろう。

 「こんなのが、民主の『長老』かねえ」。「党で担いでいる首相をくさして、なんの得があるんだろう、何を考えてんだ、このもうろくは。それにしても、なんて時代だ。あのおなごの木で鼻を括ったような態度は」。
 こういうことだ。 
  ここ一番と踏ん張っているときに、鳩山さんの足を引っ張って、何を考えてるのかしらんが。「引っ込んでろ」といいたいね。 

 験直しにもう一回やっておこう。今度は少し色気をだして。
        「ふぁいとオ、ふぁいとオ、ハトヤマふぁいとオ」
 高校生女子は「オ」を強めてこれをやるんだよね。平坦発音で「オ」を強める。びっくりしたね、最初聞いたとき。ジャージー姿の集団がこれをやりながら目の前を駆け抜けていったのだが。「オー、ノー。ジェネレーション、時代よ、移りしか」。
 まあ、目の保養には・・・・・・。
  それ、
          「ふぁいと、ふぁいと、ふぁいと

本論
 さて、元気が出た。始めよう 
  以下、この(一)節の記述は、概ね"Wikipedia"からの引用ないし修正引用、またはそこに記載されているデータを使用しての創作である。

(一)ジョナス・サーク
    ――太陽の恵みを特許で縛るなんて、そんなこと考えられますか――
  アメリカ合衆国1914から19年。疫病が流行した。医師や看護婦が戸別訪問調査によってすべての罹患者を洗い出した。犠牲者はほとんどが子供である。罹患が疑われる児童は病院に収容され、その家族は強制隔離された。伝染性のないことがはっきりするまで隔離。それは、我が子が病院で死んでも、葬式で弔ってやることも禁じられたということを意味する。

 1921年、ニューヨーク市長就任を間近に控えたフランクリン・ルーズベルト、後の「四選」大統領もこの病気で倒れた。下半身麻痺が残った。
 その後も犠牲者の数が増え続け、1952年には58,000件に達した。3,000が死亡し、20,000人が軽度/重度の麻痺に陥った。
 過去数十年、アメリカは疫病流行に襲われたことはなかった。太平に慣れ親しんできた民衆の心に、事態はなおさら深刻であった。
「惨害」、「パニック」・・・・・・新聞は毎日書き立て、叫ぶ。
 両親は恐怖におののき、科学者らは血眼になって治療薬を探した。


 疫病とは、ポリオ小児麻痺のことである。

 ルーズベルト(現大統領)の肩入れもあり、 1938に「小児麻痺撲滅国家基金 (National Foundation for Infantile Paralysis)」 が設立された(*1)。治療薬や予防ワクチンの研究には、莫大な費用と膨大な量のボランティアが必要なのだ。「10セント寄付行進(March of Dimes)」計画が立ちあがった。ラジオ放送ネットワークが、30秒のスロット広告を無料で提供した。聴衆に10セント寄付を訴えたのだ。数日のあいだに、270万通の寄付封筒がホワイトハウスに届いた。
  年数千万ドルの資金の下に研究が続いたが、科学者は袋小路に迷い込んだ。危険な活性ワクチンで実験を行っていたために、実験による児童の死亡や足萎え、医師の自殺などが起きた。

 このような時代背景の下で、ピッツバーグ大学ウイルス研究所を任されていた若手医師、ジョナス・サーク(Jonas Salk)は、安全な不活性化ウイルス(死滅ウイルス)を使用することに決めた。1947年に赴任したが(33歳)、大学の研究所とは名ばかりで、市民病院地下の、がらくただらけの実験室だった。ファミリー財閥(Melon Family)からの資金援助により徐々に環境を整えてきてはいたけれども、金はいっぱい要る。
 国家基金(財団)の理事長は、死滅ウイルスという構想に概して気乗りはしなかったが、ともかく資金は出して大きく支えた。不眠不休の苦闘が続く。二年半を経て、やっとワクチンの実験室成功を収めた。

 だが、臨床実験が待ち受けている。しかも、大人数によるテストが必要だ。さて、どうする。わが身三人の子供たちを犠牲にした。民衆からの信頼を取り付ける必要があったのである。ワクチン接種を前に、父親は息子に「もしかしたらこうなるかもしれないのだよ、それでもやってくれるかい」と訊かなければならなかった。インフォームド・コンセントだ。麻痺の実物を目の当たりにして、小さな男の子はけなげに叫んだ
       
こんな病気、絶対に止めなくちゃだめだよ

  こうして、1954年には予備臨床実験が成功した。いよいよ大々的なテストだ。
歴史上最も念入りのものといわれた実験が始まった。20,000人の医師と公衆衛生技師、64,000人の学校関係者、220,000人の志願者。その中には180,000もの学童が含まれていた。
 大統領選挙におけるよりも、ワクチン実験のための資金募集、研究/開発/実験に参加した人数の方が多かった。一億人もが「10セント募金行進」に寄付し、700万人が時間と労力を割いた。資金募集活動員、各種委員会活動、医院や記録センターでのボランティアなどである。

 財団理事長オコンナーも、活動をよく支えてきた。その娘は5人の子供の母親であったが、その娘が次のように告げるのを聞いたとき、使命に対するオコンナーの献身は、ほとんど「モノに憑(つ)かれた(*2)」かのようになっていた。
          「お父さんがやってるポリオ、私もあれに罹ったみたい」

ワクチンの発見
 1955年4月12日、ワクチンが安全なものであり、効果のあるものであることが宣言された。臨床実験結果の監視役を務めるミシガン大学、トーマス・フランシス博士(Thomas Francis, Jr.)によって、そう宣言されたのである。その日は、ルーズベルト大統領没後10年の命日であった。

 会場を埋め尽くす報道陣。新聞、ラジオ、テレビ、映画ニュースカメラが16台。
 国中の映画館には54,000人の医師たちが陣取って、閉鎖網テレビ放送を見守っている。国民はラジオのスイッチを入れて、固唾をのんで待っている。デパートでは、拡声器を設置して放送に備えた。裁判所の判事は、審理を中断して、法廷にいる者全員に放送を聞かせるようとする。ヨーロッパでは、人々がボイス・オブ・アメリカにかじりついた。

 示された結果は明白であった。ワクチンは効いたのだ。講堂中が涙で、歓喜で結果を祝福した。国中で教会のベルが鳴り響き、工場は一瞬静まり返り、シナゴーグやキリスト教会では祈祷集会を開き、親や教師は泣いている。
 あるお店では、ウインドウに、"Thank you, Dr. Salk."と文字を描いた。それは、まるで、終戦を迎えた時のようだった。

 発表後、世界中でワクチン入手を目指して国際的な動きが広がった。
 イスラエルは最終発表数日前にサーク・ワクチン接種を国民に約束していたし、いまや、カナダ、スウェーデン、デンマーク、ノルウェイ、西ドイツ、オランダ、スイス、ベルギーといった国が、サーク・ワクチン使用によるポリオ予防を直ちに実行に移す、あるいは、そうできるように態勢を整えると発表した。
 一晩にしてサークは国際的な英雄になり、その名は世界の家庭に知れ渡った。彼のワクチンは、現代における奇跡である。

 1957年の夏までには、1億個の薬がアメリカ合衆国中に配られた 。接種後の合併症報告は稀有に近い。「国際ポリオ会議」(International Polio Conference)や各国の科学者がそう報告する。またたくまに、流行は激減した。

 しかし、ワクチン未使用の国では流行が続いた。例えばハンガリーでは1957年に、緊急国際支援が必要な激しい流行が起きた。カナダはハンガリーに冷凍設備飛行機でにワクチンを送った。イギリスとスウェーデンは鉄の肺を送った。

特許はだれのものか
 サークは、静かに研究に打ち込むむ科学者人生を送りたかった。しかし、それは不可能になった。
「君、大きな悲劇に見舞われたな、えっ、匿名性を失った」
 メディアから猛攻撃を受けて戸惑っている医師に、テレビ界の大御所エド・マロウ(Ed Murrow)(
*3)はこう言った。

そして、マロウがこう訊いたとき、サークはこう答えた。
   「特許は誰が保有することになるのかね」  

  ――そうですねえ、人々のものでしょう。特許なんてありませんよ。太陽の恵みを特許で縛るなんて、考えられますか――

ニューヨークタイムズ紙はいう。
「ソークは、ほとんどの人が関心をもつことにほとんど興味を示さない。例えば、金儲けだ」。(
*4)

「注」
*1.理事長、バシル・オコンナー(Basil O'connor)は、ルーズベルトが法律事務所を開業していたときの
     パートナー)
*2.憑かれる ― キツネ憑き、イタコ、祈祷師の神がかりなどのような「憑かれた」症状のこと。

*3米国CBS放送のラジオ/テレビ時代を通じての名物レポーター、キャスター
    第二次世界大戦時のロンドンからの名物ラジオ中継が有名。勃発直後は、中継を、"This is London"
    というフレーズで始めた。ロンドン空襲が激しくなってからは、放送を、"Good night, and good luck"で
    締めくくるようになった。空襲が激しくなり、晩にグッドナイトを言って別れた相手が翌朝は必ずしも生きて
    いないという状況が起きはじめたとき、人々は"Good night, and good luck"(おやすみ、そして幸運を」と
    挨拶するようになった。 これを受けてのことである。
       その後は、ラジオ・ショウ"Hear It Now"で人気を博し、テレビ時代に移ると、この番組のテレビ版
     "See It Now "が人気になった。"CBS EveniNg News"も大衆にうけた。番組を通じての厳しい
     「赤狩り」批判、マッカーシー批判でも知られる。

*4.New York Times Archivesというウェブサイトに、当時の記事の一部が紹介されている
    (有料アーカイブなので、残りは見られない)。

<ニューヨークタイムズ紙>
高くつきすぎた名声--ドクターSalkにとって。
 ポリオ・ワクチンの開発者で一夜にして民衆の英雄になった男は、望みもせぬ人気者になって困っている。ドクターの望みは一つ。実験室で静かに研究を続けたいのだ 。
1955年7月17日(日)
JANE KRIEGER

July 17, 1955, Sunday
 最近のことであるが、ジョナス・エドワード・サーク医師は科学者会議の休憩時間に、会場を抜け出して一時間ほど海に泳ぎに行った。海岸に10歳ぐらいの子供らのグループがいたが、その話声が聞こえてきた。
「まちがいないよ、あれ、ドクターSalkだよ。テレビでみたから知ってるもん」。
一人がこういう。
「うそだあ、ドクターSalkが水着なんか着て何をやってるつうんだよ。とにかく、ドクターSalkにしちゃ、齢が若すぎるよ」

(二)袋小路
(1)さてと。上記のような書き出しから始めたが、実は、小児麻痺ワクチンにまつわる逸話話めいたことを紹介するつもりではないのである。いきがかり上そうなってしまったのである。その訳はこうだ。

(i)前回の記事で(12.18)、次の(その時点での)記事にはラムズフェルド、「タミフル」、「ブタインフル」のことに触れたいとしていた。構想は次のようなことであった。
(a)ラムズフェルドとはこういう人物 ― これをまず書く
 ジョージ.W.ブッシュ政権第1期と第2期約2年間の国防長官、史上最年長、68歳。フォード政権下でも史上最年少の国防長官を務めた、43歳。1975.11-1977.1)
 この人物の思想は、新自由主義経済、「ショック・ドクトリン」、「災害資本主義」といったものがその支柱になっている(とされる)。

(b)その背景には、若いころから始まったミルトン・フリードマンとの長期にわたる密接なつながりがある。

(c)フォード政権終了後(1977.1)実業界に身を投じて次のような行動をしている。
G.D.サール・アンド・カンパニー(G.D.Searle & Company」というイリノイ州本拠の化学品/薬品メーカーのCEO件社長を8年間務めた(1977-1985)
 在任中に
社員数を60%まで減らしてリストラをし、財務状態を好転させた。投資家向け企業情報提供会社(雑誌、オンライン情報)から「薬品業界傑出CEO賞」を受けたりしている(Wall Street Transcript社、FinancialWorld社)。

 この会社が1965年に発見した人工甘味料「Aspartame」(アスパルテーム)について、アメリカ合衆国食品医薬品局(U.S. Food and Drug Administration: FDA)は、発がん性の疑いがあるとして、アメリカ合衆国内での食品添加物としての使用を、長年にわたって認めなかった。ところがラムズフェルドは政治的影響力を行使して、議論の多いこの医薬品に、議論は多いが異常に儲かるそれに許可が降りるように仕向けたとされる。その後、1985年に会社はモンサント社(Monsanto Company)に買収されたが、それはラムズフェルドの手引きによるものとされ、当人は持株の売却で個人的に1,200万ドルを稼いだとされる。

(d)インフルエンザ治療薬「タミフル」発売元のバイオテク企業、「ギリアド・サイエンス社(Giliead Science)」の会長(取締役会議長)に、1997-2001まで4年間就いていたこと。鳥インフルエンザの流行で、持株の価値が急騰し大儲けしたこと。
  この会社の会長に任命されたことによって、彼は筆頭的な「災害資本主義者」としての地位を確固たるものにしていくことになる。この会社は、そのとき、
タミフル(Tamiful)の特許申請をすでに出していた。多種類のインフルエンザ、特に鳥インフルエンザによく効く治療薬。非常に広がりやすいこのウイルスの突発が起きたなら(またはその脅威が起きたなら)、各国政府はギリアド・サイエンス社から数十億ドル分の治療薬を買わされる羽目になる。

(e)大衆の健康緊急事態に対処するための薬品やワクチンに関する特許問題については、議論が多い。この関連で、1952年にピッツバーグ大学の科学者ジョナス・サーク(Jonas Salk)が最初のポリオ・ワクチンを開発したとき、彼はこの生命救助治療薬について特許を申請しなかった。民衆の命を救う薬を特許で縛るなんてことは、思いもつかないとして。
 ――
太陽の恵みを特許で縛るなんて、考えられるか――として。

 他方、ラムズフェルドなら、もし太陽を特許申請することができるなら、遥か以前にそれをアメリカ合衆国特許商標局に申請していたことだろう。古巣ギリアド・サイエンス社がとっている阿漕(あこぎ)な行動からこう推測できる。
 この会社はエイズ(AIDS)治療薬についての
特許を4つ保有してもいるのであるが、同社製救命医薬品の安価版ジェネリック・バージョン(後発医薬品)が開発途上国で出回るのを阻止するために、ものすごい量のエネルギーを費やしているからだ。
 ギリアド社は、
伝染病蔓延を成長市場とみており、ビジネス界や個人に対して、事態に備えて、タミフルを在庫保有しておくように積極的な販売キャンペーンを張っている。

 ラムズフェルドが政界に再登場する前に、氏は、ホットな新産業界に注目し、バイオ技術と医薬品を専門に投資をしているいくつかの個人投資ファンドを支援している。そのような企業は、荒々しい疫病が荒れ狂う黙示禄的な(地獄図のような)将来に対して投資しているのである。政府は、治療薬を買わないではいられない。莫大な金額で買うことを余儀なくされる。民間部門特許の下に保有している救命医薬品を。

(f)このようなことで、「悪者」(比喩)ラムズフェルドタミフルのことを書き、関連してフリードマンの思想を源流とする「災害資本主義」(disaster capitalism)というものにも触れる

(g)そして最後に、ブタインフル流行脅威についてのNHKの煽りすぎを批判する。

(ii)ところが、「人道主義サーク vs. 貪欲ラムズフェルド」を書く途中で路地に迷い込んだ。どういうことかというと、salk医師やポリオ・ワクチンについて周辺情報を調べていたら、サーク医師の金銭淡泊/人道主義が文字通りのものであったかどうか、どうも疑わしいのではないかと感じるようになったのである。
  科学者たるもの金銭に淡白でなければいけないとか、そのふりをするのは似非人格者(えせ)だとか糾弾しているのではないよ。そうではなく、「実は、人道主義などとあの当時騒がれたが、ほんとはそうでもなかったのだ」なんてことが後日判明していたとしたら困ったことになる。こういう壁にぶつかったのである。つまり、「善玉vs.悪玉」の図式をいかにもげに書いたはいいが、笑い物になりはしまいかと恐れたのである。「なんだこいつは、事実じゃなかったことは常識になっているのに、ノーテンキに載せやがって」。こういうことだ。

 そこで、ネット上を探し回ったが、直接的に事実を明らかにしてくれる資料は見つからなかった。つまり、「あれは嘘だった」というような新聞記事やなんかだ。しかし、それはなかったが、サーク医師が(博士というべきかもしれない)その後に薬品特許をいくつかとっている事実に遭遇した。興したベンチャー企業が虚偽報道のかどで集団訴訟を起こされたりなんかしたあげくに破産申請をしたなどという事実もあった。
 こうなると、「 太陽の恵みを」なんて、得々として載せるのは、やはりノーテンキということになろう。
 さて困った。当初の記述構想が崩れ去ったばかりか、時間を数日も無駄にしてしまった。

(iii)こういうことが起きたのである。

(三) 2部に分ける
 しかたがない。仕切り直しで書こう。構想を修正して、まずはブタインフル過熱報道、煽り報道について書き、ラムズフェルド、災害資本主義(実は、これについて書くことが主眼であった)については、稿を別にして次回に載せることにする。

 ということで、今回の記事は、「6日遅れの連絡船(古いね発想が)みたいなものだ。冒頭の記述なんか、旬を過ぎたサンマ(これもイマイチぴんとこないな。秋刀魚の旬なんて死語も同然の状況だからなあ、「あはれ秋風よ・・・・・・さんま苦いかしょっぱいか」、佐藤春夫が泣いてら、まあいいか)、あるいは、散りかけたウバザクラ、いやちがった、散りかけた普通の桜のようなもんだ。そうだ、ぴったしのことばがあった。「気の抜けたビール」だ。
http://www2.odn.ne.jp/~nihongodeasobo/konitan/sanma.htm
 さてと。 

(1)NHKのブタインフル煽りすぎ。
 NHKは、脅威、脅威といって煽りすぎ(もう、今となっては「だった」というべきか)。よこしまな意図でもあるのか。国民もだ、釣られるなよ。 

 以前から苦々しく思っている。まず厚生労働省側だが、水際作戦だのなんだの、まるで細菌戦争のようだ。死亡率80%、90%とかいう疫病とはちがうだろう。そう考えるこっちがおかしいのかもしらんが、まあ異常だね。大騒ぎしなければ、なんてこともなく治まったのじゃないのか。舛添大臣のパフォーマンス志向による影響もあったか。 

 WHOの報道を受けての対策だと思うが、WHOは騒ぎすぎ。この機関には、胡散臭さを感じているのだ。10年以上まえのことだったと思うが、アメリカ合衆国のある地域について、そこの成人ブラック女性の確か60%ぐらいだったかがAIDS罹患者だというような統計を発表していた。直感で「ウソだあ」と思ったものだ。なんかの間違いだったのじゃないのか。おそらくこちらの直感の方が正しいだろう。なんかおかしいよな、あの機関。国連機関なのだが、「事務局長や影の実力者が製薬会社とつるんで」なんてことはないのか。
(注―2010.3.18、「成人女性」を「ブラック成人女性」に修正した)

 まあ、ということで、ここからはNHKの話になるのだが、その後も、新型フルで死亡した人数が、というよりも、その疑いのある者という方が正確なのだが、それが50人未満当時からバカ騒ぎしている。去年だったか一昨年だったかの鳥インフル、あるいは、例年流行る通常のインフルエンザ(流感)なんかと変わりはないだろう。バタバタと死ぬというコレラなんかじゃないよ。流行ったからなんだっていうんだ。不幸にも死んだら、そのときは運が悪かったと諦めだよ。人の世には「運命」、「諦め」ということがある。
 以前に大分沖奇跡の生還事件について触れたが(2009.12.14)、「潔い諦観」ということに、もちろん強いることができるようなものではないが、まあ少しは、思いを致してほしいね。「予備校生にも現役受験高校生と同列のワクチン扱いをしてほしい」なんて記事が新聞に出てたが、そういうことをいってるやつは(「やつ」はおかしいが、いい表現がない)合格しないんじゃないか。そんな気がする。「」がへっちょこに行っているもん。

 自殺者年間30,000人。交通事故死は、さてどれくらいか、10,000人前後だったか。病死にしても、もっと人数の多い例がいっぱいあるだろう。なんでブタインフルだけ騒ぎ立てるのか。あまりにも異常な煽りは、なにか邪な(よこしま)意図があってのこととしか思えない。厚生省にワクチンをいっぱい買わせたいためか。国民に、マスクを買わせたいためか。マスク屋はぼろ儲けだったな、ところで。 

 高齢者よりも若年層の死亡率の方が高い言い募って(あるいは、罹患率だったか)、やれ学級閉鎖だの、受験がどうの、ワクチン不足に悲鳴だのと煽っていた。運搬を大型容器に切り替えたが一度開けたら使いきらないと無駄になるので、それでなくても不足している量がますます不足する、厚生労働省の不手際だというようなことも騒いでいた。「医療現場では」なんていって、「足りない、足りない」とする映像を映しまくって。ところが、実際の推移では若年層の相対的死亡率が低いという結果になった。そのことを厚生労働副大臣だったかが、グラフまでこさえて緊急発表したのに、なぜかNHK以下マスコミは報道しなかった。たしか、こういう事件まであった。

 これからピークを迎える、ピーク、ピーク、ピークと「野太鳴き」うぐいすのように騒ぎ立てておいて、実際には12月に向けて逓減(ていげん)、というよりも激減のようなのだが、NHKニュースではそれを示すグラフを0.5秒しか映さなかったんだありゃ。
(一瞬のことで、よく確認できなかったが、おそらくまちがいないだろう。しかし、なんだな、ほんとに汚いな、やり方が。武田とかいうアナウンサーに個人的な恨みはないが、得々として鳩山叩きを喋ってるのを見ると、腹が立つ。顔が卑しくみえてくる)。
 もうとにかく、こちらが粗探しばっかりやっているようで、バイヤスのかかった目で見ている偏執、妄執、偏屈者になったようで気が滅入る。だが、妄想ではないのだ。NHKよ、いいかげんにやめてくれ

(2)足下を見られた
 三日前のテレ朝昼番組「さあ、やってきました夕刊キャッチアップ」だったかで、厚生省がどこかの製薬会社とワクチンだか治療薬だかの購入契約を交わしているのだが副作用だがなんかの不都合が発見されたのに契約を解除(解約)できないというようなことを紹介していた。その理由は「会社側の債務不履行を理由とする場合以外は解除できない」という内容になっているというようなことであった。この説明だけではよく分からぬが、おそらく次のような条項が入っているのであろう。
 ---- 甲は、「製品」を「所与のもの」(as it is)として乙に提供することとし、乙は「製品」になんらかの瑕疵が存在するという理由をもって契約を解除することはできない。このことは、いかなる瑕疵についても適用される――
 だが、瑕疵担保責任を回避する条項は、契約(書)に盛り込んでも無効とされるのではなかったか。いや、違う。それは製造物責任法原理に基づく被害者保護の問題だ。しかし、契約締結のそもそもの目的である「A医薬品」に期待通りの効能がない場合・・・・・・いや、そのために売主は「所与のもの」の縛りをかけているのだから・・・・・・。
 まあ、なんでもいいや。とにかく、製薬会社→WHOの煽り→各国の厚生省的機関が必死になって薬の確保に走る、という構図が透けて見えるような気がした。契約条件が著しく不利であろうと、かまっていられなかったのだ。足下をみられたのだ。「やっぱりな」ということである。
             「ギリアド・サイエンス社 ― タミフル ― 鳥インフルエンザ
これと同一の関係である。ラムズフェルドの政治的影響力によったと推測されている構図だ。

(四)災害資本主義
 ところで、前述の「災害資本主義」(disaster capitalism)という用語は、一般的なものではない。少なくとも2007年の冬あたりまではそうではなかった。どういうことかというと、この言葉は2007年9月初旬に発行された"The Shock Doctrine"(ザ・ショック・ドクトリン)
(「ショック理論」といった意味)という書物において著者が創造し、この本の中で繰り返して使用している言葉なのである。
 著者はカナダの女流ジャーナリスト、ナオミ・クライン(Naomi Klein)という人である。この人物は、辣腕女流ジャーナリスト、作家、映画製作者、社会活動家として広く知られているらしい。主として、政治経済分野の題材をとりあげて活動をしているようである。精力的な活動家のようにみえ、言動は穏健左派思想に基づくもののように思える。
 次回の記事で詳しく触れるつもりであるが、その用語定義を紹介しておこう。

 以下での引用は、同著作の下記の版によるものである。
  Naomi Klein, "The Shock Doctrine,"Penguin Books Ltd, 80 Strand London
     wx2R, England、(発行日データが載っていないのだが、2008年度版のようだ)
 なお、先にラムズフェルドとタミフルに関して掲げた記述は[(二)の(i) a, b, c, d, e] この本の289-291ページからの引用である。ここで記しておく。

――災害復旧処置(治療)のことをわくわくする市場チャンスとみなす思想の下に、大災害のような壊滅的な事件が起きた際に、それを奇貨として(そのことに乗じて)、公共領域に対して、まるでオーケストラ指揮下の狼のように統一的に襲いかかっていくやり方のことを、筆者は災害資本主義(Disaster Capitalism)と名付けている。(6ページ)

 そして、この手法を講じる場合、次のように一気呵成に攻めることが肝要だとされる。 

――大きな危機が起きるのを待ち受け、いったんそれが起きると、民衆がまだショックでよろめいている状態であるにもかかわらず、国家や州の構成物の一部を民間業者に売り払ってしまい、その「改革」を永久的なものにしてしまう。 

フリードマンとその信奉者たちは30年以上にわたって、好んでこの戦略をとってきた。(6ぺージ)
 (前回=12.18の記事で、"Shock and Awe"という米国軍隊教義に触れたが、同一思考源流から導かれた教義である)
 この書物は爆発的に売れ、またたくまに国際的ベストセラーにとなったとされるが、そのことからすれば、「災害資本主義」は、現在では「人口に膾炙」していよう。
 人口に膾炙(かいしゃ)」だが、始めて使うことばだ。10年ほど前までは知らなかった。用法は合っていようか。しかし、なんだな、敢えて使うようなことばじゃないな。ぴんとこない。つまり、「難しい言葉なので知らなかったが、なんとなく意味は伝わる」というものではない。物知りぶった俗物(スノッブ)が得々と使う。そんなとこか。消えて無くならないのが不思議なぐらいだ。まあ、一回やってみたかった

(五)一分間に一万語
 掲載が予定より6日も遅れてしまった。だめだね。「記述粘着質」のせいだろうな。ネットで一つのこと調べ始めると、次から次に飛んで、治まりがつかなくなる。結局は時宜(じぎ)を失してしまい、記事を載せずじまいになってしまう。「調べ魔」もほどほどにせんとな。  「Wikipedia」は優れた便利屋だが、こうなると存在がうらめしくなるね。どんな情報でもすぐ手の届くところにあるという状況は、おそらく作家やなんかにとっては、「痛し痒し」だろう。安易に得た情報を多用して書く文章は、「文章が醸し出す迫力、鋭さ、行間から滲み出る深い味わい、著者の思想背景、情念、人生といったものが薄くなる、場合によっては存在しなくなるのではないか。100円ショップで買ったプラスチック製湯呑のようなものだ。ショップ屋さんには悪いが。

******------******
一分間に一万語
 
ノーマン・メイラ-の著作だ。寵児パターソン対憎々顔の悪役リスト善玉vs.悪玉。1962年9月25日夜、シカゴ、コミスキ・パークで行われたヘビー級タイトルマッチだ。

――ベルが鳴った。リストンはおびえたような顔をした。パターソンはきびしい顔をした。
ふたりは、ぶつかった。が、激突ではなく、小さなポイントをかせごうとしてみせただけだった。―中略―。この若僧はよく戦うことを、かれは知っている。へたに負けでもしたら、ひどい痛手を負うことになる。だから、リストンは、この若僧を自分に近づけないようにしていた。
 パターソンは、あまり動いてはいなかった。さっと左フックを出したが、ミスした。それから、ちょっとまわりこみ、クラウチングの姿勢で戦った。いちどリストンのロングジャブの下をかいくぐって、みぞおちをねらい、うんと低くストレートを打ちこんだが。タイミングが正確でなく、サッととびのいた。―中略―。ついにレフェリーがふたりをブレークさせた。このとき、かれらはまるでバーで口論をはじめはしたが、殴り合いの喧嘩という、肉体活動はしたくないふたりの大男みたいに、どちらも不幸そうな顔付きをしていた。どちらもウォームアップするには、三ラウンドも四ラウンドもかかりそうなようすだった。
 これまで全部で一分かかった――。    
      (下記出典本の87-88ページ)

 「第一ラウンド二分六秒、パターソンはついに起き上がらなかった」。
 
   (本文91ページ)
 巻頭に乗せられている写真の説明文でもある。 

 「パターソン対リストン戦は、たった二分六秒とう短い時間で決せられて、全米のファンをあぜんとさせたが、メイラーはこの一瞬に、なにが起ったか、パターソンとリストンに、アメリカの精神的世界に(「サイキック」とルビ)、そしてメイラー自身のうちに、なにが起こったか、この一瞬に起こった精神的劇(「サイキックドラマ」とルビ)を、一分間一万語、二万六千語の長編エッセイに書きあげるという名人芸をやってのけた。
 これを読んでいると。ヘミングウェイの作品の中の、市
(「まち」とルビ)をゆるがす闘牛の日の興奮と熱狂の情景がうかんでくる。(「訳者のことば」、212ページ)

 引用は下記の版によった。B7版というのかな、そのサイズの、お洒落な装丁の本だ。
  「一分間に一万語 ― リングの死闘と新実存主義」、ノーマン・メイラー、山西英一訳、河出書房新社、昭和39年5月25日発行
    (原作題名、"Ten Thousand Words a Minute")

 ずーっと昔に読んだ。内容はすべて忘れたが、題名は頭に焼き付いている。「一分間に一万語」、記事を書きながら思ったものだ、あやかって書けば、毎日欠かさずに、らくらく載せられると。
 努力しよう。
 本棚からこの書をひっぱりだしてきてめくったが、ほこりの匂いとともに、貧乏で多感だった時代の思い出が懐かしく浮かんできた(いまでも貧乏だが)。「池袋西口『八勝堂書店』」というラベルが背表紙裏に貼ってあった。古本屋だろう、おそらく、記憶が消えたが。急に涙がにじんだ。
********----------*******
  さて、泣いてはいられないよ。
  ガンバレ、ガンバレ、ハトヤマ、この一万回だ。
      Ten thousands of this, Hooray ",Ganbare." 
 
 

 鳩山献金問題について、使い道が示されていないだの、脱税の点が説明されていないだの、NHKニュースで自民党議員が、まことに劣る発言をしていたが、この人、自民党幹事長だってね。思考インテリジェンスなんてことばを便宜上創るとすれば、インテリジェンス「ゼロ」だね。えっ、「国会で徹底的に追求する」だってか。やめてくれ、日本の恥だ。せっかく若井、ソユーズ」で国が元気づき、世界にも明るさを与えているんだから、恥さらしはやめてくれ。あ、恥だというのは鳩山さんのことじゃないよ、自民幹事長が恥ということだよ。「日本は、そういうアホな質問を許しておく国か」という恥だよ。はっきりさせておかないとな。 

 日本の将来を考えるのじゃないのか、政治家は、自民党幹事長は。政策論で真っ向から対決して、国民に訴え、評価を仰ぎ、支持率を高めていく。なんでこういう行動がとれないのか。党首というか総裁というか、あの人も含めて、まことに、まことに「プア」だね。そうそう、もう一人いた。政調会長だ。あの喋り方やめてくれんか、気持ち悪いよ。先天的なものじゃないだろう。意識してのことだろう。都知事の息子石原議員も同じだ。覚えているが、以前は、たまにNHKニュースで見る議事堂審議風景で、きたない野次を盛んに飛ばしていたもんだ。おそらく怪しげな「コンサルタント」などという人種から、イメージ向上テクニックとして、「ゆっくりと静かに喋れ」などと助言されてのことだろうが、効果はないよ。
  政調会長の話に戻るが、この人のしゃべりの場合は、効果ゼロどころかマイナスだ。語る内容も、「自民きっての論客」なんて劣等マスメディアからおだてられているようだが、論というより醜悪発言で、鳩山潰し、民主けなしの域を出たためしがないようにみえる。

 知能回復術を教えよう。経済学でも法哲学でもなんでもいいから、というか、さしあたっては憲法の統治機構の部分がいいか、とにかく、厚手の「基本書」を2ヶ月ほどかけて徹底的に読む、「読み込む」、「読み抜く」のだ。
 達成後、視点ががらっと変わっていることに驚くだろう。過去の自分が恥ずかしくなるはずだ。もし、恥ずかしい発言をこいていることを承知の上での現行言動なら、なにをかいわんやだが。

 この回復術は、「国会議員としての見識鍛え」の観点かも120%有効なもので、そうしたい国会議員全員に勧めたいね。騙されたと思ってやってみてほしい。きっとこの記事に感謝することになると思うよ。
 特に、憲法の人権論部分と統治機構部分、それぞれ400-500ページぐらいの基本書を、最低でも4回じっくりと読む。そうすれば、ワイドショウなんかに出たときに、アホな司会者や評論家などという輩から枝葉末節の悪意的質問揚げ足取りの逆襲を受けても、泰然自若、おもむろに「本質論」―このブログは「常に本質を見据えよう」と国民に訴えることを本旨としているのだが― 本質論で、ビシと返答できる。これ、茶の間で見てる国民には、すごくかっこよく、「偉く」映るんだよね。
 話がいろいろ飛ぶが、民主党の要職者議員、概して、よく勉強してると感じさせる人が多いね。弁護士議員なら、受験でそれなりに勉強しているはずだから、まあ当然といえば当然だが。
 さらに路地に入るが、自民党総裁、あの人弁護士資格があるんだそうだが、なんかなあ、もっと知性的、理論的発言をしたらどうかね。劣るよ、まことに。

 さて、くどいようだがもうちょっというと、憲法の条文解釈議論やなんかが、つまり卑近なことが達者になるといってるのじゃないよ。いわゆる「基本書」というものを繰り返し繰り返し読む(一般論としては、法律書にかぎらない話であるのだが)。遊びたいのをぐっと我慢して、理解が困難だから泣きながら、「なんでこんなこと、やらなきゃいけないんだ、学者になるわけじゃないぞ」などと喚きながら、「くそー」と、これは小さくつぶやきながら、それでも、意識を集中させて一心不乱に読む
 そうすることによって目には見えない「なにか」が身に付くのだ。昔からそういわれている。恐ろしいもんだ。ほんとに。勉強とはそういうことなんだな。

  この「なにか」とは、思考を高める「なにか」、知的議論において身を盤石にする「なにか」といった意味のものであって、あらゆる思考、思索、対話、討論といったものの「基本」として頭または心の中に宿るものなのだ。「基本」があるから、いかようにでも対応できる。知らない事項について対話や議論をする場合でも、思考/思索の「基本」があるから、きちんと対応できるのだ。
 よく「百芸は一芸に通ずる」いや、逆か、「一芸に秀でるものは多芸に通じる」か、こういうだろう。まあ、あれだよ。丸めて言えば。丸めるとは、「四捨五入」のようなことだ。

 テレビで、知ったかぶりで「いっぱしのこと」をしゃべってる司会者、お笑い芸人、評論家、解説者、知事、市長といった人たちには、全員にとはいわないが、薄っぺらな知識でモノを語るなといいたい。ぺらぺらの「ハウツー物」みたいなものを読んで、いっぱしものごとが理解できた、それで通用するなどと思わないでおくれ。まあ、分厚い基本所を熟読することの意味、価値が理解できるようなら、一言でいえる、その人はきちんとした仕事ができると。

 さらにさらに話が飛ぶが、まあ、これで最後にするが、先の小泉さん。あの人も「喋り方コンサルタント」の助言を受けたのじゃないかな。以前からそうみている。ただ、あの人の場合は、まあ、敵陣営の人物だから「あの男」といおうか、あの男の場合は、多少、効果はあったかもしれない。一呼吸おいて、考える時間を稼ぐという意味で。つまり、「おそまつ発言」や失言を防止する意味で。こうだ。

 記者 ― 「総理、北朝鮮が-------でしょうか」
    「それはっ、------ありませんね。その点はこうこう・・・・・・」

 この、「それはっ」というところで切って一呼吸おくのだ。そこで、質問の意味を脳内で確かめ、答えをまとめて、この間20秒から30秒ぐらい、発言する。その先は、地のままでいく。やりとりの内容に応じて、ゆっくり、早口で、静かに、大声で、といったパターンが変わる。いずれにせよ、うまく使っていた

 さて、これで終わろう。次回は、続き記事として、災害資本主義ラムズフェルドチェイニーミルトン・フリードマンなどについて触れる。時間があれば、以前約束していた「スパコン問題の掘り下げ」なども載せたい。

    「注」 2010.2.11-16:45
        行間スペース、強調表示、文字色などの修正を施した。

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2009年12月18日 (金)

そこまで卑しくなれるのか、腐り切ったマスメディア――鳩山さんを応援する。(4)

2009.12.18
 
公共放送倫理が踏みにじられている。国民の恥だ、何もしないのは、国民の不作為による犯罪だ。放置すれば日本の明日はない。子孫の笑顔はない。

 国民よ、カトルシ連合の目くらましに騙されるな。常に本質を見よう、「事の本質は何か」、「何を問題とすべきなのか」と考えよう。そうすれば、偏向報道の陰で、卑しく、さもしく、あさましく、見苦しく動き回る寄生虫の姿がくっきりと浮かび上がってくる。
 NHKの、日経新聞の、マスメディアの偏向報道を糾弾しよう。

 鳩山首相はいま、苦境に立っているようにみうけられる。破顔一笑の時がくるまで、鳩山さんを応援する。枯れ木も山の賑わいだ。
 鳩山さん、がんばれ。

◆◆◆◆◆◆◆◆
■スパコン事業仕分け実質的撤回、痛恨の失策
 仕分けを骨抜きにしたのは、まずかったよ鳩山さん。あーあ、なんてことを。

(一)野依良治発言
   ――将来、歴史という法廷に立つ覚悟ができているのか ――
     不用意に事業の廃止・凍結を主張する方々に問いたい。

 去る11月26日に野依良治理化学研究所理事長が、行政刷新会議/事業仕分人に対して吠えた、世界最強の愚である。
 大見えをきってみせたつもりだろうが、吐いた言がそのまま空から落ちてきて、自身のどたまを直撃する感のパフォーマンスであった。

 新発見を追求してやまない化学分野におけるノーベル賞受賞学者らしくもなく、どこかから借りてきたような陳腐な表現に酔っていたようだから、筆者もその表現に相乗りさせてもらうなら、なんかしらんが自民党の部会とやらに出席してそういうカトルシ行動をするあんた、あんたこそ、
 将来、歴史という法廷に立つ覚悟があってのことか。

 こういいたい。
  筆者のみるところ、法廷で断罪されるのはあんただと思う。
  しかも、断はこの先50年もかからずに、おそらく20年未満で、下るであろう。

 ところで、話を折るようだが、「カトルシ」とは、卑しい、さもしい、あさましい、見苦しい(「醜い」と同義)という四つの形容詞が合わさった究極の卑しめ修飾語、あるいはそのような人物、団体、組織、その他の主体、さらには、そのような主体のなす行為の態様、卑しいさまを指す。筆者独自の定義語である。12.12の記事で定義を詳しく説明している。

 さて、本筋に戻って、仕分けを批判するのがけしからんといっているのではないよ。
勘違いしてはいかん。そうではなく、「通常の」見識、つまり一般的な市民、平均的人物であれば有しているであろうと推測される見識を有している人物なら、あのような喧嘩腰の、頭に血がのぼった短気丸出しの、醜い表情の、理性による抑制のかけらも見えない態様で難詰することは、まずない。
 批判するなら、もっとやりようがあるだろうが、といっているのだ。理知的な批判、批判によって、立場を、見解の相違を止揚した発展的な結果が生まれるような批判というものがあるだろうがちゅうことだ。
 国民に尊敬されている化学者だ、えっ、さらにはだ、ここが肝心なところ、この話の核心だからよく聞いてほしいが、あんたは、「独立行政法人理化学研究所」の理事長だよ。仕分け議論の対象になっている事項の、すなわち、予算=国民の払う税金が投入される事業たる、「スーパーコンピュータ開発計画」を推進している主体の理事長だ。

 自分が務めている事業所、ましてや自分が君臨している事業所の予算が削られるのは、だれでもいやなもんだ。だから、仕分けによる減額方針決定に対して不快な感じをいだくのは、まあ仕方がない(ほんとは、この組織での理事長職ということを誠実に考えている者なら、仕方なくはないのだが、その意味はこのすぐ後の文節で分かる)。
 しかし、なぜその組織が、組織下で遂行されている研究開発計画が仕分けの対象になっているのか、組織の、あるいは事業計画の放埓運営、運用、つまり「
無駄使い」、つまり、「予算がほんとに効果的に使われているかどうか」、「開発費支出に『談合』はないのか、違法ないし反倫理的癒着はないのか」といった観点からの仕分けであることに思いを致せば、あのような不遜な物言いはないだろう。
 そういう芳しくない、さらには「きな臭い」疑いがもたれていることについて、知らなかったなんていわせないよ。ネットで、新聞で盛んに叩かれていたことだ。刑事告発の話も囁かれていたやに聞いているぜ。

 「かくも激しい減額、凍結は、 はなはだ残念な結果といわざるをえません。関係者とよく協議して、政府に再考を促していきたいと思いますが、仕分け人のほうでも、日本国の将来にかかわる問題ですから、慎重に、掘り下げた、総合的視点からの、さらなる検討を願いたいと思います。強く要望します」 。
 だから、まあ、このような線でいくべきだった。

(二)仕分け撤回―鳩山痛恨のミス
 さて、そこでだ。そこで、
鳩山さんは大きなミスを冒したね。痛恨の失策だとおもうよ。
 
原案どおり、減額凍結して、そのまましばらく間を置けばよかったのだ。少なくとも来年の参議院選挙勝利後まで。勝利できなかったらどうするなんて考えているようでは、こりゃもう何をかいわんやだ。はな(端からもう「こけて」いるよ。
 参院選挙のことを考慮して、国民の感情を忖度(そんたく)して引っ込めたのだ。
  こういうことかい、だめだね。だめだね。大失敗だ。

いったん凍結したらまたたく間に各国に追い抜かれて、その影響ははかりしれない

 この「騙る氏」(=カトルシ。定義参照)は、この「歴史の法廷に云々」という愚を吐いた際の演説でこのように語っているが、ビビる必要はまったくなかったのだ。それは、真っ赤な嘘とはいわないが、通説ではない。影響はもちろんあるわけで、その量ないし質も小さくはないが、「はかりしれず、取り返しがつかない」というものではない。少なくとも、現下の財政困難状態を念頭において考えた場合に、仕分け決定を覆さなければならないほど価値のある説ではない。
  ここで忘れるといけないので触れておくが、この演説はYouYubeで観ることができる。

http://www.youtube.com/watch?v=xxwy6SPxD-I&feature=player_embedded
    (テレビ朝日が主催している「ANN News」というサイト)

 鳩山さんよ、そして、撤回には菅さんも大きく関わっているようだから、あんたも聞いてほしいが、行政刷新会議は、仕分け人は、下調べも何もせずに事に臨んだわけではないだろう。スパコン開発にまつわる諸問題、先にちょっと触れたような問題も含めて、基本的な勉強、おさらいはしているはずだ。
  ――世界一を目指す理由は何か。2位ではだめなのか――

 屑マスコミは、蓮舫議員によるこの質問を、芸能ニュース次元でとらえて、ああでもない、こうでもないと囃す。国民は、その煽りに乗せられて、「なに、あのレンホウって、ナーマイキ。なにさまだとオモッテンのよ、ネエー
 なんてお祭りをやっている。

 菅さん、鳩山さん、なぜ蓮舫を盛りたてないのだ。弁護なんかじゃないよ。弁護なんかする必要はごうもない。蓮舫を正面に押し立てて、ずいずい、グングン攻めていくのだ。低級低俗マスメディアを、無知劣等評論家を、モーロン自民議員を。「モーロン」の意味については12.16の記事を見ておくれ。自民議員連中にたいするお世辞だ。
 蓮舫議員を押し立てて、こう「喝」を入れてやるのだ、連中に。芸能感覚でバカを垂れている大衆にもだ。
 ――オメエらの中に、蓮舫さんのいったことの意味が分かるやつはいるのか。えっ。いるなら大したものだ、えっ、言ってみろい――
 これを、あの、こないだ、でかいマグロを釣った男、あれ、そう松形弘樹か、かれしの声音でやるのだ。遠山金さんになったときのな。
 鳩山節ならこうだ。
 「
みなさんのなかに、蓮舫議員のご発言の、深い意味がお分かりになる人が、いますでしょうか・・・・・・
 まあ、冗談はこれぐらいにして、国民に訴える。

国民のみなさん、蓮舫議員のこの質問、
       「世界一を目指す理由は何か。2位ではだめなのか

 実は、これこそが、事の核心、本質を突く問題なのです。スパコン開発そのものについてもそうであるし、今回の仕分けについてもそうなのです。
   これこそが、スパコン開発計画に関する政策決定をするうえで最も困難で微妙な問題、したがって、目下の財政難、緊縮財政運営構想において、微妙なというか、泣きながら斬るというか、優れて政治的な判断を下さなければならない問題なのです。 

 蓮舫議員は、その事前準備ぶりを、勉強ぶりを、事に対する真摯誠実な取り組みを、職務への忠実を、献身を、称賛されるべきなのです。テレビ朝日だのTBSだののワイドショウに出てくるカス評論家なんかのように、向こう受けを狙って、お芝居で、パフォーマンスで、カスのフンみたいなことを喋っているわけではないのです。深い意味があってのことなのです。まあ、けれん味がまったくないとは、まあ、やめときますが、事の本質はそういうことなのです。
 充分な準備時間のないなかで、よくやっていましたよ。かのじょは。もちろん、そのほかの人もです。

 ついでだからいうと、自民議員が何事かを、これほどまじめに誠実にやっている姿、見たことない。演壇で演説をする際に、足元にしゃがんだ黒子に操られている自民党大物議員、「だめです、だめです、そこは『コウコウ』です」ってな風情で事を進行させている人物がいた。実際にテレビでその光景を目にしたが、ぎょっとしたぜ。ほんとに、背筋が寒くなった。えっ、「下調べ」、「事前準備」、もうそんなこたどうでもいいよ。ここまでくりゃ。 

 これほどの愚(「ぐ」と読む)、前代未聞、空前絶後だろうな、野依氏に習って陳腐な表現だけど。日本国民、さんざ世界で笑われたことだろう。こういう人を選んだんだからな。いまだ笑いが止まらない人もいるだろ。ギネスブックで受け付けるよ、きっと。顔から火が出るよな、まったく、また陳腐表現だが。
 ここで思い出したが、「この問題(普天間基地移設)に関する鳩山さんの指導力のなさは、もうここ(アメリカ)では笑いのネタでしかないのだが」というような記事が日経新聞に いつだか出ていたような気がするが、連中が笑っているのは、このギネスブック級事件の嘲笑が続いているってことじゃないのか、もしかして。

 記事ネタを送ってきたワシントン支局員よ、そこら調査する必要ないか。

さて、脱線を戻して、
 (イ)2位ではだめだ、文字通り世界最速、一位でないとだめなのだ。
 (ロ)
いや、必ずしもこだわらなくてよい。技術トレンド、世界標準(「標準」とは「規格」といった意味です)から滑り落ちない程度に並走しておればよいのだ。 

おそらく、(ロ)の意見が通説、あるいは多数説である。筆者はそうみている。
 ただ、だからといって(イ)の考えを単純に捨て去っていいとは必ずしもいえない、という視点もある。
 抽象的に過ぎるが、ここらは次回の記事で触れよう。ここでは、次の点だけ述べておく。

(1)スパコン演算速度の一位、二位という問題は、「ある特定の未知元素が発見される事件が起きたとして、それを最初に発見することができなかった、つまり一位ではなかった」(一位でなければ意味がない)というようなことではない(道具が世界最高速でなかったから最初の発見者になれなかったという意味ではない。それは次の「(2)」で言っていること)。
  あるいは、少し視点が変わるが、

(2)スパコン速度が一位であるか二位であるかということが、元素発見の一番手になれたかどうかということと直接結びつくわけではないのである(最高速なら一番手になれた、そうでなかったからなれなかった)。
(3)なお、ここで最高速を論じる対象というか概念としてのスパコンつまり「コンピュータ」とは、次のように多様性をもつものである。いいかえれば、「何の速度を比較するのか」という点が曖昧なまま議論がなされることが多いということである。
 (a)
チップ(演算素子)ないしCPU(演算処理を実行する関連素子の集合体)の速度。
 (b)
そのような構成要素(コンポネント)を組み込んで製作するコンピュータの速度
   ただし、この場合のコンピュータとは、純粋に「ハードウェアとしての」それのこ
   とである。
 (c)
そのようなハードウェアにOS(オペレーティング・システム)やそれに準じるソフト
     ウェア、基本通信回路などがすべてセットになった概念としてのコンピュータの速
   度

  (上記の議論は、最高速にするために、演算チップだけ開発するのか、それともOSとのセットか、あるいは、周辺の基本通信回路の高速化なども伴うのかという議論に関連する。なお、a.b.c.ごとにアーキテクチャというものがからんでくる。アーキテクチャとは、システムの設計体系、体系コンセプトといった概念である)。

 そして、ここが肝要な点だが、蓮舫議員の「世界一を目指す理由は何か、第二位ではだめか」という発言は、上記の未知元素を例にとって述べた問題と「何の速度」の問題に深く関わっているのである。 

 野依「騙る氏」は蓮舫議員がここらまで理解したうえで質問しているとは思わなかったのだろうが、だから、「不用意に事業の廃止・凍結を主張する方々」などとほざいたのだろうが、71歳の人間、しかも学者なんだから、沈着に冷静に構えて行動できなんだか。
 「焦点を突いた議論をしてくる、よく勉強してるなあ、よし、ならば、実りのある議論に、発展性のある議論を・・・・・・」。こういう運びにならなかったのか。

 まあ、詳しいことはみなさんの周りにも「コンピュータおたく」がいるでしょうから、そういう人に訊いてください。ゲーム機なんかのオタクでも、よく知っているのだ。こういうところは、意外にというか、それとも当然なのか、それは措いといて、よく知っている。専門家がいるなら、もちろんそういう人に。ただし、まちがっても、自民議員に訊いてはいけない。おたく、専門家がガチガチの自民党員である場合にも、そういう人は避けなければならない。なに、ネットで検索すれば、そこいらわんさか載ってる。 

(三)鳩山さんは「Shock and Awe」でいかなければいけなかった。
 "Shock and Awe"とは、「衝撃と畏怖」あるいは「電撃的ショックを与え抵抗を麻痺させよ」というような意味で、アメリカ合衆国軍隊が採用している軍事ドクトリン(教義)である。
 それは「
Rapid Dominance」、「速攻支配」ないし「電撃支配」として知られている概念であり、圧倒的な力、戦場に関する支配的な知覚(戦場の地理その他諸々の状況を充分に把握していること)、支配的な軍事展開、戦場についての敵軍の知覚を麻痺させて敵軍の戦意を破壊するために圧倒的な軍事力を壮大なスケールで見せつけるという手法を使用する、という思想に基づく軍事教義である。
 イラク戦争では、少数精鋭部隊による、的を絞った目標の精密無比な破壊によって相手を、
その相手とは単に軍隊だけでなく一般大衆を含めた社会全体のことであるが、相手をショック状態に陥れ、抵抗を麻痺させる電撃的制圧作戦を展開したが、この教義に基づくものであった。(関連して書きたいことがあるので、後で再度触れる) 

 鳩山政権もこれをやらなければいけなかったのである。政権奪取3日、10日、30日ぐらいで。
 まず、最初の3日ぐらいで、自公カトルシ政権ウイルスに起因する覚醒不全症候群に罹ってまだ「霞脳」ないし「
もやもや脳」状態から覚めずに、鳩山指揮下の大臣にうでうで抜かしている官僚なんかに、バチバチ」と圧倒的なパンチをふるうのだ。もちろん「すぐに辞表を持ってこい」ということばパンチだが。そして、官僚機密費を盗むように持ち去った相手を、「横領疑惑で告発する、ガタガタガタ」と糾弾しなけらばいけなかった。 国会議事堂の事務所区画移動では、これまた覚醒不全症候群にかかってあのようにぐずぐず屁理屈をこいていた間抜け自民を、内外テレビ局カメラの前で、「300議席対100議席デスヨ、何をオ寝ぼけたことをノタマワレテルの、国民にハズカシクナイの、アメリカのテレビも3社キテルワよ、ほら、紹介しまショ、アラ、逃げるの」と、これは若手女性議員の口から活を入れてやって、目を白黒させなければいけなかった。

 あのようにうじうじ、もぐもぐ意味のないことをほざいていた旧麻生内閣官房長官を、大勢のカメラを入れた首相官邸に呼びつけ、事情を説明させ、おそらく、覚醒不全症候群カスミ脳状態で政権交代というものがどういうことか認識できずに、いまだに権力側気分でへらへらしたであろうから、「河村さんや、いっぱし官房長官やってきたんだろうが、えっ、国民にしゃきっと説明したらどうだ」と厳しく糾弾して彼奴の首が「キュッ」鳴るほど絞りあげなければ(比喩的表現だよ、もちろん)いけなかったのだ。

 「政権交代のときは、こんなもんでしょう」なんていったそうだが、鳩山さんは。だめだめ、一見紳士的のようだが、ダメ。ストラトジー、タクティクスにに思いを致さなければ。大学で教鞭をとっていた若いころに、なにやら詳しくは知らないが、確率論の難しい数式群を駆使して、戦略論文を発表したというじゃないですか。お遊び理論遊戯も悪くはないでしょうが、こういう時こそ戦略、戦術を駆使しないとね。あんな不抜けたこといっちゃいけなかったのですよ。
 「
こりゃだめだ、『ばしっ』としたところがないや鳩山さんには」。かなりの国民がこう思い、はがゆい思いをしたとおもいますよ。使途非開示が慣習法化しているという機密費であるにせよ、選挙大敗余命二日死に体(lame duck)内閣が、2億5,000万円も使ったのですよ、2日間、実質的には1日のうちに。持ち逃げですよ。金庫を空っぽにして去る。これ、とぼけた挑発ですよ。
 国民は、そういう
自民腐れ連中を葬り去りたいから、民主党に投票したのです。いわば、背信行為ですぜ、糾弾しないのは。まあ、喉に刺さったサンマの骨みたいな献金アホ問題があったからね。あんた自身も、内実は歯がゆい思いをこらえていたのでしょうがネ。

 さて、電撃作戦、速攻支配、ショック・アンド・オウ、話を続けると、民主党の国会活動を評して「ヒットラーユーゲント」だなぞと、愚劣極まりない負け惜しみをたれてた谷垣には(こういう比喩をする反民主主義者のクソには、ヘイ、下手なフランス語ですまん、敬称はつけない)、こう言ってやればよかったのだ。こうだ。

 ――国民の圧倒的な支持を得て登院してきている民主党議員の、しかも、神聖な国会活動、真剣さから自ずと沸き起こる拍手に対して、300万人ものユダヤ人大量虐殺犯人として、歴史上最も忌み嫌われ、その非人道性を糾弾され続けているナチス党首の、ユダヤ人虐殺実行犯の首謀たるヒムラーを隊長とする親衛隊、この親衛隊に例えたのですな、タニグチさん。
 
懲罰委員会に懲罰の動議を発動し、陳謝命令を議院議決して、国民の前で謝ってもらうことにしましょう。首を洗って待っていてください。ちょうど、懲罰委員会には、河村、麻生、福田、森、安部さんらお宅のお歴々がいるし、おもしろいやりとりになるでしょう。うちの委員枝野さんは弁護士だから、手強いですよ、ああ、あなたも弁護士だったか、有資格者ですね、これはおもしろい―― 

谷口はおそらく、ビビったと思うよ、こうやれば。
 思い出したが、この低級、今日の19:00NHKニュースで(「ニュースセブン」なんていうなよな、究極偏向NHKよ)、「鳩山さんは首相に値しないとか、
資格がないとか」、「国民に信を問わなければいけない」とかなんとかほざいていたな。まったくのたわごとを。これが党首のいうことかねえ、えっ、長年議院活動をやってきた者の、しかもだ、弁護士かなんかなんだから、憲法の教科書何度も読んだろうが、試験受けるときに。「国民の信託」ってわかってるのかよ。「ハトヤマ、やめろ、ヤメロ、はとやま」ちゅうような騒ぎがあちこちで起きてるのかよ。ばかをこくのはいいかげんにしろ。

 国民に信を問う、衆議院を解散しろってか。選挙後まだ三カ月だよ。内閣総辞職を勧告するちゅうのなら、バカバカしいけどまだわかるが、解散ねえ。
 あんた、
10%ちょぼの支持率で、「アソウ、ヤメロ」の声が国中で沸いていた、カラスでさえ生ゴミを漁りながらそういう声で鳴いていたあのときに、首相に値しないから、資格がないから辞めなさい、なんて言ったのか。

 言を翻して辞めもせず、さもしさ、あさましさ、醜さを国民に、青少年に見せ続けた麻生さん。百年に一度の不景気だから、経済対策優先だってね。まあ、この人の在任中、わたしは日本人であることが恥ずかしかったね。
 解散総選挙への効果を狙ってやったのだが、5人の低級ライク候補者による、低劣メディア囃し協賛の、陳腐、陳腐(
タイプミスするなよな、大変なことになるぞ)、陳腐、まったく陳腐で茶番もヘソを沸かす総裁選挙、こういうバカ騒ぎのなかでした、あれだけの約束を守らないでおいて、「蛙の面にしょんべん」ほどの恥ずかしさも感じていない人を、内閣総理大臣に抱き続けている。ホントに、こちらは、ほんとに恥ずかしさを感じたね。

 まあ、これぐらいでやめるが、谷口騙る氏よ、自民株、チーとも上がってないと思うよ、仮にいま総選挙やっても。NHKあたりの怪しい世論調査を聞いて、勘違いしてんじゃないの。まあ、クズのマスメディアが(こういうの「マスゴミ」っていうらしいな)、「指導力なき政権の挫折」なんてことを、連日ぎゃあぎゃあやれば、「ニュースセブンです、自由民主党の谷口総裁は・・・・・・」なんてカトルシを毎日垂れ続ければ、現下の状況なら多少は増えるかもしれないが。だが、よくて150どまりだろう。

 民主党よ、あのラムズフェルド氏のすさまじい策略陰謀人生を研究して、この腐れNHKをなんとかしたらどうかね。だらしないね、なにもやってないのかね、それともなにか手を打ってるのかね。連中、ちっとも怖がってるふしがないよ。体中の腫瘍を全部切開摘出して、血を入れ直さなければだめだ。公共放送が中立公正放送を保つように監視していくことは、政府の務めだ。
 国策逮捕って言葉が辞書に載っている。小沢秘書が麻生政権にやられたあれだ。どんなことか研究してみたらどうかね。ついでにいうが、鳩山さん、あんた小沢秘書国策逮捕発言について、謝罪する必要なんか、まったくなかった。あれ、民主に投票した国民には逆効果だ。もうひとつついでに。「こんな状態になっているのは、だれのせいだ」、ちゅうあの発言、谷口に謝罪する必要なんか、これもまったくなかった。これも逆効果。

さて、締めくくり。
 こういうことを経て、30日ぐらいの間に、
自民党、霞が関官僚、実業界、医療、教育その他の反民主人口を徹底的に、断固として叩き、打ち、撃ち、もって、その余の国民を含めた社会一般に、「邪な民主政権攻撃をすると身が危うい」という意識を刷り込まなければいけなかった。戦意喪失させて、抵抗を麻痺させなければならなかった。
 社会を圧倒
しなければいけなかったのである。「速攻支配」で。疾きこと風の如し、「来た、見た、勝った」である。

"Shock and Awe"ドクトリンとラムズフェルド氏についてもっと書きたかったのだが、時間がかかりすぎるので、次回に回す。とりあえずここまでとして、記事を載せる。
 次回のラムズフェルド記事では、ブタインフル、
タミフル、笑止なワクチン騒動などを書こうと考えている。

(四)鳩山応援
 鳩山さんには、こちらの気に入らない失策や不手際も多いのだが、とにかく
ブログの当面の目的は、偏向報道撲滅にある。併せて、偏向報道に隠れた事の本質を暴くことによって、政権が落ち着くまで、側面から鳩山さんを応援することにある。
   鳩山ガンバレ
   フレー、フレー、ハトヤマ
、フレー、フレー、ハトヤマ

 国民よ、ノーベル賞受賞学者だからといって、その述べることがすべて正しいわけではない
 邪な政治的意図をもって動いている人もいる。天下り、渡りの見本みたいなことをやっている人もいる。よく本質をみつめて、嘘を、虚構を暴こう。常に、事の核心、問題の本質はどこにあるか、と考えよう。
 高額な理事長給与報酬の源泉、独立行政法人理化学研究所。スパコン開発に伴う悩ましい選択肢。情報技術ゼネコンとよばれる企業群による談合疑惑。

 本質を見据えればいろいろ見えてくるのだ。虚構の陰で汚く蠢く虫もいっぱい見える。

  「更新」 2010.2.11、15:20 ― 行間スペース調整、強調表示、文字色などの修正を施した。
                  2011.3.14、11:00 ― あちこちにゴテゴテ施していた強調表示を消して、すっきりさせた。

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2009年12月16日 (水)

そこまで卑しくなれるのか、腐り切ったマスメディア――鳩山さんを応援する。(3)

2009.12.16
  12月13日の日経新聞、第2面
「風見鶏」という囲み記事がある。
<話せば分かる」の幻想>という表題がついている
  「注」―以下、アスタリスク(米印)で囲んだ部分が新聞の記事、その余は筆者の記述

(一) 記事は次のように始まる。
******
自らを「宇宙人」と言ってはばからない鳩山由紀夫首相。じかに接した政治家や官僚からも「彼の本音を読むのはかなり、難しい」(側近)という嘆息が漏れる。だが、11月のオバマ米大統領の来実の舞台裏からは、そんな首相の思考回路がかいま見える。」
******

 そして、このオバマ大統領来日の際に行われた鳩山首相と大統領による「サシ」会談に関して、実現に至る経過話が語られている。そのうえで次のように進む。

******
首相はそこまでしていったい、何を伝えたかったのか。ふつう一国の首脳がそこまでサシの会談にこだわる場合、相手側はよほど機微に触れる話題が待っていると身構える。
 ――中略――
  ところが、首相がその場で重要な提案を打診した形跡は今のところ見あたらない。やりとりの詳細はなお不明だが、日米両政府内では「具体的な提案というより、友人として協力していきたいとの熱意を改めて伝えたかったようだ」との情報が流れる。本当にそうだとすれば、大統領も拍子抜けしたに違いない。
******

   ------はたしてそうか。
 
筆者は、逆だったとみる。鳩山首相の知性、感性、思考の多様性、進取性、奔放性、思考の「品格」といった要素、そして、何よりも「世界政治観」が確認でき、価値観共有者どうしとして、いわば胸襟を開いて話し合える相手だということが分かって大統領は喜んだ。こう考える。(「いわば」というのは、政治の世界におけることなので限定つきだが、という意味である).

******
ひょっとしたら首相は「首脳同士で話せば友情が深まり、外交問題を前進できる」と思い込んでいるのではないか。
******

 -----それがどうしていけないのかね。

    <<< 一国の首脳同士の関係構築――真摯で誠実なそれにおいて――政治家どうしの友情的関係ないし友情を築いていける相手かどうかの感触を、じかに、直感的に得ることができる。それが正目に出れば、以降の種々の外交問題について、――さしあたっては普天間問題だが――膠着状態をきたしている障碍を溶解させていくうえでそのような関係が促進剤になるから、問題解決を着実に前進させることができる。
つまり、以降の友情発展は今後のさらなる会談や交流を通じて、外交問題に関する政治的折衝と同時並行的に進めていくことになるのであるが、その基礎に類似世界政治観真摯で誠実な関係構築を以って臨むという土台があるので、問題を着実に――もちろん、まったく波風立てない状態でということはありえず、衝突や小競り合いのようなこともあるのだが――それにしても着実に前進させることができる。利害対立などによって軋轢が生じても、それは友情が確立されないということとは別問題である>>>

長たらしくなったが、鳩山さんはこう考えていたのだ。まあ、断定はできないが、真面目に虚心に政治を見ている平均的頭脳所持者なら、こういう意図だっとみるところだ。
 カトルシ」、「騙る氏」には頭脳の程度がどうあれ、見えまいが。
  あんたが、
深い洞察もなしにけなすほど低級じゃないよ、鳩山さんは。

 さらには、もう一つ重要なこと、というよりもこれこそが重要なことだが、さらなる要素がある。
 それは、人の変化というか、感性、感覚の変化というか、思想形成土壌ないし、形成レイヤ(地層のような段階的に重なっている層)の変化ということが鳩山さんの政治思考前提になっているといことである。

 どういうことかというと、オバマ大統領の政治思想は、従来の「共和党vs.民主党」という紋切り型のものではなく、世界平和的視野に立って、種、民族、宗教といった要素が渾然一体となって調和する世界を志向する、自由で奔放に広がるものであり、鳩山さんは、そこに問題解決の糸口希望を見出そうとしているということである。
 つまり、鳩山さんという人は、そこにオバマ大統領という人物の人格を見、そのような思考姿勢に同調し、人物を尊敬したのである。大統領の説く、「チェンジ」とはそういうことだと理解したのである。そのような人物となら、真摯に誠実に語れば、友情的関係ないし友情を築けるのではないかと期待したのである
「チェンジ」を説く大統領となら、「友愛」を掲げて臨んでいる自身とのあいで、従来の国際関係、外交関係での因習、伝統、固陋といった要素から脱皮した土壌ないし次元において、いわば創造的思考による、いわば型破り的な問題解決がはかれるのではないかと考えたということなのである。例えば、普天間だけでなく、沖縄の全基地撤去、将来的には全国の米軍基地撤去といった構想を一挙に俎上に乗せた解決が。

なお、あんたのいう「前進できる」は「前進させることができる」とすべきところではないかね。日経編集委員に対して口はばったいようだが。

******
 鳩山氏は就任前から「オバマ大統領との信頼関係を築く」と繰り返していた。普天間問題が決着するメドがないのに、今月中旬の首脳会談に意欲を示した胸中に、話せば分かってもらえるとの思いがあったとすればつじつまが合う。
******

 「話せば分かってもらえる」とはどういうことかね。やみくもに「コレコレ」だと泣きつけば、「オウオウ」とあやしてくれて、「分かった、分かった、鳩山さんのいうようにするよ」と主張を受け入れてくれるということかね。赤子でもあるまいし、誰がそんなことを考えるものか。
メドがないのに、会談に意欲を示した」とあんたは理解したが、そうではなく、「メドをつけるために会談するのだよ」。日経の編集委員なんて、そんなおそまつで務まるのかね。

 では、どうメドをつけるつもりなのか。そこが肝心なところだ。いっぱしの記者なら洞察力を働かしたらどうだ
 推測だが、いわば、型破り的な、創造的な提案をしようということなのだ。「沖縄にある基地をすべて国外に移してくれ」、その後、段階的に日本から撤退してくれ」と、まあ極端な例としてはこういうことを申し入れることだって、まんざら考えられなくはない。
それによって事が紛糾すれば、それは別問題だ。そう覚悟を決めたうえでのことなのだから。「仕切り直し」で折衝すればよい。
 そうなった場合、自動車の対米輸出が激減するだの、北朝鮮がミサイルで撃ってくるだの、中国が尖閣諸島でどうのこうだの、「カトルシ」連中はありもしないことを大騒ぎするだろうが、党が分裂しないように手綱を絞りながら、騙し騙し来年参議院選挙の勝利まで乗り切って、以降果敢に独自路線を・・・・・・。
 まあやめておこう、成り行きをみよう。

 ところで、鳩山首相が北朝鮮訪問検討を云々という小さな記事が昨日だかの日経新聞に出ていたが、小沢幹事長の訪中、訪韓とも合わせて、セットで普天間基地問題、全国的な米軍駐留問題を考えると、素人なりに何か見えてくるような気がするね。

(二)記事は、その後次のように続く。
******
 確かに首脳同士の友情が日米間の潤滑油となることはある。「ブッシュ―小泉純一郎」や「レーガン―中曽根康弘」関係がこれにあたるだろう。だが、そうした信頼関係はお互いの「貸し借り関係」の積み重ねから生まれるのであり、首脳同士の友情は打算の副産物ともいえる。――中略――
「米同時テロやイラク戦争で大統領が窮地にあるとき、小泉首相は内政上の危険を冒してでも米国を支持し、自衛隊を送ってくれた」
******

 友情ねえ。テキサス別荘でのキャッチ(ボール)か、「ラブミー・テンダー」 か。中曽根日の出山荘での昼食か。
 まあここらは放っておこう。だが、関連して一つだけ言いたいことがある。ヒル国務次官補のことだ

 北朝鮮六カ国協議の件で日本に何度か立ち寄ったりしていたが、この人物、その顔つきからして、当初から、食わせ者だとみていた。要は、手柄志向、いざとなると日本に対する外交信義よりも自分の手柄を優先させる人間である。身近な経験から、直感的にそう判断した。直感というものは当たることが多い。まあ、日本にも同類項が大勢いることだし、というよりも、ほとんどがその種の人間だろうからそのような性格ないし生き様が悪いとはいわない。
 哀れなのは、不様なのは、腹が立つのは、日本の外交官、政府である。しゃきっとしたところが一つもない。

 ヒル次官補の動きは、最終的には、北朝鮮テロ支援国家指定解除という形で終わった。ブッシュ政権は、その引退花道を飾る花として国民に対して、北朝鮮関係融和という政治業績を示すことにし、ヒル氏がそのように動いたのである。そのため、途中から、日本より北朝鮮に顔を向ける姿勢に変わっていった(あるいは当初からそうだったか、時間が経ったので忘れてしまった)。NHKテレビのニュースで顔を見たり発言を聞いたりするだけの素人視聴者にさえヒル氏の腹が読めたのである。外務省に分からないずはない。ところが、ここからが情けないところだ。 

 日本の外務省、政府は、相手に対して怒るのではなく、ヒル、ブッシュ、アメリカ合衆国を糾弾するのではなく、日本国民に言い訳することに全精力を費やする。
 「ヒルさん、約束が違うじゃないか」。
 「ブッシュ大統領、日米信頼関係を破壊してまで、そういうことをするのですな」。
 こういうことはいわないのだ。アメリカが持ってきたものは理不尽なものであれなんであれ、なんでも受け容れて、日本国民に言い訳を繕うために全精力を費やするのだ。「どうすれば、国民にうまく言い訳をすることができるだろうか」と。下手をすれば、理不尽を糾弾する日本人に攻めかかってくる。
 何につけてもそうだ。こんな情けない国があるか。
 拉致被害者は、できることなら、外務省高官を、外務大臣を、歴代内閣総理大臣を面罵したいにちがいない。 

 横田夫妻がブッシュ大統領と面会したとき、テレビで見てて、不覚にも涙が出たね。ブッシュに感激したのだよ。併せて、横田夫人に感激したのだよ。
 ブッシュ大統領は、あのときは本気でしゃべっていたね。その後は変節したが。
   藁にもすがる思いで日本からやってきた夫妻。力強く支援を約束するブッシュ。臆せず、卑屈にならず、窮状を訴え、会ってくれた寛大さに感謝する早紀江夫人、女としての、母親としての強さ、醸し出す品格。世界の人々は、夫人を見て、日本人とはなんてすばらしい人種だろうと感じたことだろう。そんな気がしたね。それで涙が出たのだ。こういっちゃ悪いが、以前川口さんという外務大臣がいたが、180度対照的だね。もう一ついうと、品格を説くやに聞く小池さんという自民党女性議員がいるが、横田早紀江夫人に学べば自己の品格を大幅に向上させることができるであろう(*1)。現状では[SIR]80%とみる。
   *1.本を出しているらしいが、読んでないので、どのような主張をしているのか知らない。ここでの記述は、単に一般的な意味としての
    「品格」との関連での記述である。
   *2.「SIR」は定義語。前回記事(12.12)を参照されたい。

 あのとき、ブッシュは、このコラムのいう「友情相手」小泉さんのことをどう思っただろう。自国政府では埒があかないから、アメリカの大統領にお願いにきたってか。なんて国だ。なんてやつだコイズミは。こうは思わなかったか。
 昔のことでよく思い出せないが、この面会の件につき、小泉さんはへらへらしておって、それをみて腹が立ったような記憶がある。

 アメリカは、どんな犠牲を払ってでも国民を救出する。救出作戦で海兵隊一個師団を失うことになってもだ。まあ、「どんな犠牲を払っても」を額面通り受け取るわけにはいかないだろうが、基本的には確固とした姿勢を貫いている。そういう国民性に憧れるね。 
******------******
 昔、鷲の翼に乗って」という本があったが、感激して読んだものだ。舞台は、迫りくる革命の気配に揺れ、騒然として混乱状態にあるイラン。暴徒の指揮する警察と化した無秩序状態のなかで、暴徒に逮捕され投獄された自社幹部社員を、襲撃によって刑務所から救出する。実話に基づいた物語だ。テキサス州ダラスを本拠地とする巨大なコンピュータ・サービス企業がある。EDS社という。そこの社員だ。それを同社創業者、ロス・ペロー氏が、私費を投じて私兵部隊を編成し、救い出すのである。ベトナム退役大佐(秘密救出作戦などを手掛けた「グリーン・ベレー部隊」)が救出作戦の指揮をとる。
******------******
  ロス・ペローという人物は一代で巨大企業を築いた伝説的な創業者であり(途中でGMに大半の株を売却して引退したが)、典型的な愛国者タイプ。アメリカ合衆国大統領選挙に出馬して話題になったりした。EDS(Electronic Data Systems)は、コンピュータ・サービスという事業の先駆者である。日本ではシステム担当中間管理職、経営陣の固陋思考から、なかなかその業態が根付かなかった。「アウトソーシング」なんてことばが大衆語になったりしたのは、ずっと後のことだ。

 ところで、ブッシュはイラク戦争開始当時、「モーロン」なんていわれていた。新聞記事だったか、民主党からのブッシュ批判だったか、TV番組解説だったか、とにかく大勢の人の目につく記事で(アメリカ)ブッシュのことをそう呼んでいるのを目にした。「こんなこと公に言って大丈夫なのかな」と思ったことをよく覚えている。
 スペルを掲げておく――"moron"

 我が国でも、一時期盛んに「アホのアッソー」なんていわれていたが、moronも一般的にはそういうニュアンスなのであろう。辞書にはそう書いてある。しかし、同じく辞書によれば、元来の語源は「知能指数50-69で軽度の知能障害」、「愚鈍」とあるから、「大丈夫なのか」と思ったわけだ。まあ、イディオット(idiot、辞書ではmoronより重度とされる)なんて頻繁に使われているから、こちらの考えすぎなんだろう。台所で調理台に向かって立つ妻の尻にムラムラときた亭主が後ろから襲いかかる。"You idiot."なんて、妻が嬉しそうに応じる。不勉強でいい例が浮かばないが、たとえばこういうようにだ。
「モーロン」ねえ。なんとなくブッシュさんの顔つきにぴったりという気がしなくもないが。

(三)さて、横道にそれた。元に戻ろう。

******
現在、オバマ氏もアフガニスタン戦争や医療制度改革などを巡って国内で苦境に立たされ、支持率は低下している。首相にとっては今こそオバマ氏に「貸し」をつくり、友情を築く好機のはずだが、実際には普天間問題の決着を先送りし、米政権に新たな頭痛の種を生んでいる。
******

「貸しをつくる」ってどういうことだ。アフガニスタンに自衛隊を派遣することか。インド洋給油を再開することか。
 この給油だが、世界が感謝していた」給油を停止してけしからん、みたいなことを貴紙で(「貴紙」だってか)以前煽っていたが、大ウソだ。国民を欺くな「世界」とは、「貴紙」、自民、その他のカトルシ連中のいう世界だろう。一般人の感覚では、アメリカ国内でさえ、下手すれば、給油感謝どころか、イラク、アフガン介入をすぐにやめてほしいという人口の方が多くなるという状況なのだ。
 鳩山政権がいっているアフガン支援は、アメリカが兵力大量追加を表明しているから、平和活動への人員派遣であっても、しばらく様子をみるほうが賢明だね。

 「頭痛の種」だってか、日本の「カトルシ」連合が煽りたてるだけで、基本的には大した問題じゃないそれが一般政治家、大衆の意識だと思うよ。「先にゃさほどに想わせず」ってね。引用としてはピッタリのものではないが、意味は通じよう。
 まあ、「3年をめどに日本全土から米軍基地を一掃する」ぐらいの鋭いこと、優れたことを鳩山さんが申し入れたら、そのときは、一部アメリカ人口にとってそれが「頭痛の種」になるかもしれない。
もっとも、私見では、オバマ大統領自身の頭痛は、三日と続かないと思うが。特に、軍配置代替措置を講じるための適度な金を添えれば、比較的簡単にいくんじゃないの。自公政権は、沖縄一部施設のグアム移転で要請されてもいない金を出したといわれているのだから。全土をすっきりさせるためなら、ある程度の金を払っても国民は文句をいうまい。オールオーバー・オベイションで喝采の嵐になるかも。
 「よう、鳩山、かっこいい」

 日本国内で、やれ北朝鮮がどうのこうのと、いつまでもしつこくうるさく騒ぐようなら、例えば次のようにすればよい。
(イ)日米安全保障条約に基づくアメリカの核の抑止力は、北朝鮮からの核爆弾ミサイル攻撃を未然に防げるか否かの点で疑問なしとしない。そのように説く見解も多い。一方、そのような危惧があるにせよ、安保体制下で進むという現方針を維持するということなら、米軍基地は日本にあろうと国外にあろうと事の本質に影響はない。グアムから飛ぼうと、沖縄から飛ぼうと変わりないとするのが大方の見解だとされるからである。したがって、米軍基地撤退に関して一部国民が騒いでいるが、理由のない非難である。

(ロ)そこで、問題の根本解決をはかるためには、日本独自の武力、兵力によって北朝鮮を牽制するとともに、有事の際には被害が最小に抑えられるように相手国を一瞬に破壊することができる体制を整えておく必要がある。
 この観点から憲法改正を提示して、賛成か否か国民の総意を問うことにしたい。
*国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手
   段としては、永久にこれを放棄する(9条1項)
*陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。国の交戦権は、これを認めない
   (同2項)

 この規定を下記のように改定する(要旨だけ記す)。
------国権の発動たる戦争、国際紛争を解決する手段としての武力による威嚇、武力の行使を認める。陸海空軍その他の戦力を保持する。国の交戦権を認める------ 

 なに、憲法の「変遷」どころか、自衛のための戦争は認めるとか、そのための核保有が論じられるなど、なしくずしに実質的改定にまで浸食されてきているのだから、事の本質はたいして変わりゃしないよ。そうすりゃ、建前/現実齟齬のまま虚構の蓑(ミノってか、古いね)をかぶり続けている体制を平然と放置している国民の、それこそ政治的「モーロン」加減を世界の識者に笑われることもなくなるし、アメリカも喜ぼう。

 インド洋に出発する自衛隊隊員が、「全力を上げて任務を遂行してまいる所存であります」なんて、しゃちこばった敬礼叫んだりしているのだが、ちーとも心に響かない このように憲法を改定すれば、少なくとも、無理な憲法解釈の中で生きている隊員連中が窮屈な思いをしないですむ程度まで改定すれば、もっとスマートに、ゆったりと、それでいて、しゃきっと、凛々しく、「不屈の闘志が溢れながらも知性でそれを包んだような」態様で、出発挨拶ができるようになろう。ぎこちないのは、日蔭者(こういうのは差別用語で許されないのだったか)みたいに、窮屈に生きているせいだよ。意識の隅、当人の自覚があるかどうかにかかわらず、常にそういう一種疾しさみたいなものが残っているからだよ。そうみる。 

******------******
  アメリカに「錨を上げて」というマーチがある。ダーン・ダン・ダン・ダーン・ダ・ダン。ダー・ダン・ダン・ダン・・・・・・。
 ここらあたりが勇ましく流れるなかで、ロバート・ミッチャム、バート・ランカスター、リチャード・ウイドマークあたりが(もちろん海兵隊に扮しているのだ。だが、それにしても古いね、年寄りにしか分かるまい)行進していく。


 ミッチャム腹を突き出して、渋い半笑いみたいな顔つきでちょっと気取って、場合によっては、胸に可憐な花を一本刺したりして悠然と腕を振って


 ランカスター
真っ黒に日焼けした顔に白い歯をむき出して、カメラに向かってにやっと笑いボクシングの右フックをカメラマンに喰らわせたりする仕草をしながら。

 
ウイドマークは、それこそトレードマークの皮肉笑いを浮かべてちょっとゆがんだ唇で「なーにをいってやがる」などと無言で呟いて
  潜水艦に向かって行進していく。

******------******
 こういう風情になれば、自衛隊員にも拍手を送ろう。まあ、崩れたのがよいとはいわぬが、いまやっているのは、ちょっと時代遅れじみて、堅苦しすぎる。闘志、勇気は、じわっと感じられることの方が多い。例えば、こうだ。 

 転覆した漁船の船倉で三人の漁師が90時間も生き長らえ奇跡的に救出された事件があったが、救出にあたった海上保安庁職員の姿、表情、言に涙があふれてしょうがなかった。今思い出しても涙が出る。「その声を聞いて、なにがなんでも助けてやると・・・・・・」。

 淡々とした表情で、力むことなく、しかも闘志をあふれさせて語ったのだ。どうして涙を堪(こら)えられようか。たとえ、救出に死を賭す運命を感じたとしても、もちろんそんなことを願っているわけではないよ、だが、仮にだ、仮にそういうことになっていたとしても、この若者は、あるいは30歳を超えた人だったかもしれないが、まったく厭わなかったであろう。臆せず凛々しく雄々しく事態に立ち向かったのだ。
 いい若者がいるなあ。日本には。

 止まらなかった涙は、絶望のなかで、それこそ、雄々しく、まことに雄々しく生き続けた生存者のためのものでもあった死の運命を受け入れ、だからといって不平不満を喚くわけでなく、人生こんなものだったかと静かに言い聞かせる。こういう楽しいことがあったなあ、こんなこともあったなあなどと回想しながら、潔く死を納得する。それでいて、じっと耐え抜き、文字通り万一の希望の到来を待った。
 こういうことではなかったと想像する。


 一人一人が取材に対して心境を語っていたが、まことに偉大な人たちだね。全員が太い神経の持ち主だったわけでもなかろう。それでも生き残った。なぜか。その理由は、この人たちは、素朴で潔く、それでいて不屈なのだ。潔さがなければ、暴れたり発狂したりしたことだろう。不屈でなければ、命の細い灯がしぼんで消えていたであろう。結局のところ、 偉大さの根幹は、潔よい諦観にある。強欲でないのだ。卑しくないのだ。さもしくないのだ。おれらが育っていたときは、こういう人いっぱいいたよ。世の中が「カトルシ」で毒されるまでは。

 このブログを始めた目的は、「カトルシ」糾弾、カトルシ偏向報道糾弾である。
 この三人の、素朴で、美しく、感動を呼ぶ姿の、対極が、
「カトルシ」なのだ。卑しく、さもしく、あさましく、見苦しいという状態、あるいはそのような状態にある主体のことだ。そういう状態で蠢(うごめ)いている虫だ(2009.1012-第2回記事参照)
 
福田、細田、町村。こういう連中が官房長官のとき、人間、ここまで卑しく、醜く、浅ましくなれるものかと感じていた。 

 こういう連中が、毎日のようにNHKテレビで国民に向かって政治を語っていたのだ。嘘とはいわないが、それに近いことを繰り返し繰り返し、事あるごとに語る。すなわち、嘘ではないにしても、まことに一方的でしかない見解をそれが事実、真実であるかのごとく虚構して語る。 NHKは側面からそれを支援する。
 ひどかったねえ。
 

 話が長引くのでやめるが、この生存者、救出者、この人たちに、「勇気称賛国家最高栄誉賞」、「最高栄誉総理大臣特別賞」、こういった類のものを授与したらどうだ。皇室、宮内庁がらみの一切ない表彰にして。ある程度たっぷりとした褒賞金を添えて。つまり、文化功労者年金法のような法律を制定して。

 評価の線引きが難しいだの、他の範疇の表彰との均衡の問題があるだの、役人がうだうだいうなら、どうせいうにきまっているが、「黙れ」と一喝して、次のように命じるのである。
 今回のこの事例と同じように国民を元気づけ、希望を抱かせ、生きる勇気を鼓舞する事例があるなら、今後、数万件に及ぼうとも表彰する。公平、中立、公正な委員会、国民の直接投票による委員で構成する委員会で決定し、幅広く表彰する。そういう制度にする。人間愛に基づいた感動的行為は、何物にも代えられない。国民が、元気で明るく希望をもって生きていくためには、そのような行為があふれる社会にしなければならない政治家の永年活動表彰などとは、まったく視点の異なる、根本的に価値のあるものだ、選考に伴いがちなうさんくさい政治的判断を完全に遮断する表彰である。
 とまあ、こういうことを宣言するのだ。

 新制度を立ち上げるには、法整備などで多少の時間がかかろうが、とりあえず、政令かなんかで繕っておいて、速攻で決めて、この人らを表彰する。
 いまからでも遅くない。

 そういうことに目をむけて、地道に社会を育てていけば、善行が増え、国民の心が明るくなり、経済活動が活発になり社会が富んでいくのだ。
 卑しく、さもしく、あさましく、見苦しい主体や行為、すなわち「カトルシ」は、自然淘汰されていくはずだ。一定数はどうしても残るが、社会全体が腐って腐臭で窒息寸前の現状を、すがすがしいものに変えていくことができる。

(四)またまた脇道にそれた。
 本題に戻って、記事はその後、「大統領が夕食会で何度も鳩山首相から親しげに『バラク』とよびかけられ、鼻白んだ様子だった」という鳩山けなし(貶し)文が続き、次のように終わる。
******
首相が本気で日米首脳の信頼関係をつくろうとするなら、まず普天間問題を片づけるところから始めるしかない。自らは何もリスクをとらず、相手のファーストネームを連発するようではむしろ逆効果である。(編集委員 秋田浩之)
******

 「まず普天間問題を片づけるところから始めるしかない」と極め付け調でいい、「始めるしかないのではないか」などとボカシを入れないのは論題の性質上よろしくない。しかしまあ、そのことは自説展開だからよしとしよう。
 だが、このあんたの見解はいたって独断的で、偏狭な視野に基づくものだ。片づけることから始めるしかないってね、そんなことはまったくないよ。

 片付かないからって、信頼関係を築くことができないわけではない。あんたのいう「日米首脳の信頼関係」とは、日本の首脳がアメリカの首脳に媚びへつらい、おもねることによって、相手に気に入られるってことだろう。小泉さんがやったように。麻生さんの場合は、どう振舞っても気に入られる可能性はなかったようにみえたが、まあそれはそれとして。鳩山さんのいう対等な関係での日米外交関係における用法では、それは「信頼」とはいわないオバマ大統領も、そんなことを「信頼」とはみないよ。この人らはんな低級じゃないよ。何度もいうようだが。 

 カトルシ族だけだ、そんな風に理解するのは。ついでにいっておくが、既存合意の一方的破棄は許されない、などと喚いている向きが多いが、あんたもそのような基礎に立って論じているのだろうか。そうであれば教えておくが、全面的見直しないし修正を「申し入れている」のであって、相手方が承諾すればそれでいいことなのだ(2009.1010第1回記事参照)。承諾がとりつけられるように、いろいろと検討しているのだよ。だから苦労しているのだ。
 さらに追加しておくと、最終的に承諾が得られなくても、それは振り出しに戻って仕切り直すだけのことであって、無為に過ごしているわけではないのだ。鳩山首相は。民主党は。カトルシは、こぞってそう喚き立てて国民を騙しにかかっているが。

(五)ここまで書いて、お昼になったので、下に降りていって昼飯。
 この問題について、三党協議の結果して政府方針が決まったとかで、テレビ朝日でいろいろやっていた(もたもたしていてNHKは見逃した)。a.移転先は連立三党の協議で決める。b.だが、当分のあいだは決めないでおく。c.新たな日米事務レベル協議の場を設置するように、アメリカに申し入れる。d.環境アセスメントは続ける。
 概ねこういうことが決まったようで、キャスターが、何も決まらないということが決まった」などと、例のごとく、鳩山潰しをやっていた。こやつ、前任者との交代以来見てきているが、かなり陰湿で悪質だね。 

 国民新党の下地政調会長という議員が出ていたが、政権にとって大事な時にきょろきょろ、ちょろちょろするな、といいたいね。まあ、自分の売込み、党の宣伝、来年参議院選挙までの命、いまのうちにパフォーマンスをバシバシ、といったようなことだろうが、ほどほどにしないとな。逆効果になる可能性がかなり高いよ。この下地氏がアメリカに渡ってなんかしらんが動いているのを、NHKが追っかけて、まるでコレが日本政府の公式代表者みたいな口調で報道し、アメリカ側がああいった、こういったと、うるさいこと。この下地議員も、NHKと一緒になって騒いでいた。
 要するに、鳩山潰し派はこの下地氏も含めて、迷走している」、「なにも決まらない」、「指導力がない」ということを喚いているのだ。

 だれか、NHK放送で、次のような喝を入れてくれないか。
 ――鳩山総理が、何度も何度も、次のように言っている。
 「検討しており、結論は出ておりませんが、最後は私が決めます」と。何事につけ、総理は一貫してそういってきている。これ以上明確な答えがどこにある。
 内閣総理大臣が、最終的に責任をもって決定するといっているのだ。

 その、最後に総理が決めたこと、その内容、これについてあれこれ論評することは、もちろんあってしかるべきである。しかし、経過途中で騒ぎ立てるのは、自らの良心にかけて、いいかげんやめてほしい。先進国のテレビ、新聞として、恥ずかしくないのか。いま、やっていることは、マスメディアによる適正な政治批判ではない。悪意にみちたプロパガンダである。そのことは、私がいわなくても、マスメディア界が充分に承知しているはずだ――

 まあ、期待できないから、ここでいおう
・国民よ、騙されないようにしよう。鳩山さんは、何もやっていないのではないのだ。先延ばしにして逃げているわけではないのだ。最適案を練っているのである。

・決まらないから、鳩山さんが決断しないから、日米の関係に溝が入った。険悪になった。
 嘘だNHKが煽っているだけなのだ。民放が、新聞が、自民が煽っているだけなのだ。

・アメリカ側から、公式に、そういってきたら、そのことを国民に開示する。何もいってこないのに、NHKが煽っているだけなのだ。

 卑しく、さもしく、あさましく、みぐるしい。この総合をカトルシ」という
すべて、
カトルシNHK、カトルシ民放、カトルシ全国紙、カトルシ自民が煽っているだけなのだ。

――では、なぜそう煽るのか――
国民よ、一歩進めて、このことを考えてみよう。
  答えは、その答えは、

自公政権に戻したいからである。
  そして、その理由は、その理由は、
 
国の予算から、国民の税金から、うまい汁を、邪(よこしま)な汁を吸いたいからだ。

国民よ、
指導力がないから鳩山政権を支持しない、とNHKアンケートに答えた国民よ
 深く息を吸って、目をつぶり、そして目を開く
見えてくる、見えてくる、実態が見えてくる。

卑しく、さもしく、あさましく、醜い虫が、予算にたかって蠢(うごめ)いているのが、
カトルシ虫の、まことに汚い姿が

NHKは、これを隠したいために、事実を曲げた報道をしているのだ。

(六)NHKニュース
 「さて投稿しよう」と、ここまでの見直しをしていたら19:00になったので、下に降りて晩飯。7時のNHKニュースを見た。
 ひどいねNHKは。もう絶望状態だね。公共放送をこんな状態で放置しておくのは、ほんとに犯罪だよ。実行犯は国民だ(第一回ブログ参照)。なんか阻止する方法がないか、やめさせる方法が。旅行番組など、さまで害にならない番組なら、多少の「やらせ」などがあっても放っておけばよいが、事は偏向政治報道だからね。害の垂れ流し。しかも傍若無人、まさにひどい。
 少しだけ触れて、今回の記事を終わる。

 まず、武田とかいう若手アナウンサーが、「政府はきょう、普天間基地移設問題で云々」と一般的なニュース伝達方式で動きを伝える。次いで、宜野湾市長、沖縄県知事のインタビューを流す。沖縄県民は、なんでこんな知事をえらんだのかね、経済問題かね、不勉強でよく分からないが。この人、陰険で頭悪そうだな。発言ぶりからして。
その次に
ワシントン支局駐在員の報告だ。ここがひどい卑しい、醜い。まことに。
 こうだ。

 駐在員が、アメリカ側の動きを伝える。といっても、客観的なデータに基づくものでなく、つまり政府要員インタビュー映像や声明文書などの客観的資料が存在しない状況で、アメリカは鳩山政権の合意実行能力を疑問視しているだの、信頼関係が破壊されただの、自分が勝手に解釈した見解を述べる(つまり、「こういう点はこう喋れ」、「今日はこの点に重点を置いて鳩山のイメージダウンをはかれ」というような上層部からの指示に即した解釈である。「上層部からの指示」とはあくまで筆者による推測にすぎないのだが、指示が出ていることはまちがいない、と筆者はみている)。

 さて、「卑しい、醜い」というのはここからが本番だ。
 駐在員が上記のような偏向報道をしている際に、「
オバマ政権はどうのこうの」「オバマ政権はコレコレ」と、オバマ大統領自身が実際に述べたような言い方で、駐在員=NHK=経営トップの恣意的見解を述べる([オバマ政権」云々は、「オバマ政府」だったかもしれない)

 そして、ここがクライマックスだ。
 「オバマ政権は・・・」という喋りと同時に、絶妙のタイミングで、オバマ大統領が演壇で演説をしている映像、暗い顔つきでなにか相手方を非難しているような映像、実はまったく関係のない映像なのだが、それをアナウンスに重ねるのだ。ひどいね。
 ここまでくると、まったくの
欺罔騙し、詐欺だね。本格的な犯罪者の匂いのする、本格的な詐欺だよ(ここで「詐欺」とは、刑法246条の詐欺罪そのものを指しているわけではない。騙しの態様を述べている)
 駐在員がしゃべる
恣意的見解を、あたかもオバマ大統領が実際に述べているように画面を構成するのだ。大統領がどこかで、この普天間基地移転問題について、駐在員が喋っている内容の発言を実際にしたように虚構しているのだ。
 私企業における事業提案プレゼンテーションのようなものなら、このような映像操作をやった企業は、信用失墜で永久に葬られる。
NHK福地会長は、ここまでやるか。陰湿極まりない、プロ犯罪者、常習犯罪者による詐欺罪の域に、充分に達しているね。

 最後に角田という解説委員武田が質問するという形で、仕上げをする。
ここもひどいよ。
鳩山潰し一点張りだ。

 NHKという巣には、悪いのがいっぱいいるなあ。政治に興味がなかったせいもあって、偏向報道という観点からNHKを眺めたことは、この数カ月前まではなかった。したがって、悪の巣窟というような目で見たことは、もちろんなかった。
 だが、いま改めてそういう目で眺めると、まさにそうなっている気がするね。
こういう連中を、公共放送NHKに住まわせておいていいのか。わがもの顔でのさばらしておいていいのか。国民に、偏向語を語りかけさせていいのか。 

国民よ、NHKを糾弾しよう。声を大にして糾弾しよう。
・ NHKよ、偏向報道をやめろ。国民騙しをやめろ。なんのためにそうしているのだ。
  税金を貪るためか。それなら、虫だ、寄生虫だ。
・NHK職員よ、理性はどこにいったのか。現代民主主義国家の理性人に戻れ。
 

ジンバブエのムガベ大統領支持民兵が、2008年3月の大統領選挙において、反対陣営選挙活動家女性を、みせしめのために、組織的に、集団でレイプした。犠牲者は380人になんなんとする。5歳の幼女のいる母親を10人が犯した後、その幼女を母親の目の前で犯す・・・・・・。犠牲者の多くはHIVウイルスに感染しているという。
 こういう記事が出ていた
(Japan Times、2009.12.13、5ページ下段) 

おい、NHK職員よ、未開国とは笑えないぜ。あんたらのやっていることは、本質的にこれと同じだよ。なぜか。よく考えてみな。

「注」 2010.2.11-14:00
   行間スペースを調整し、強調表示と文字色をいじるなど、修正を施した。

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2009年12月12日 (土)

そこまで卑しくなれるのか、腐り切ったマスメディア――鳩山さんを応援する。(2)

2009.12.12
(一)用語定義 ― カトルシ

(1)昨日からブログを始め、初回稿を投稿した。記事の中で、筆者独自の定義用語を使用した。「カトルシ」である。この用語定義を置く理由は、今後しばらくの間のブログ記事においてこの定義が表す概念をキーワードとして多用するつもりだからである。略語として定義しておけば、何度も何度も長たらしい入力 をしなくても、短い略語で表せる。長たらしい語句とは、「卑しい、さもしい、あさましい、見苦しい」というものである。

  多用する予定とは、この語句が、ある特定の主体ないしその主体がなしている行動を指す否定的形容句であり、以降しばらくの間のブログ記事をその主体を攻撃することを中心に・・・・・・うん、ぐだぐだ抽象的に述べるよりも簡潔に、具体例で示そう。
 こうだ。
    ――どうだね、自民党のこの、卑しい、さもしい、あさましい、見苦しい行為は。
          →どうだね、自民党のこのカトルシ振りは。
    ――NHKの現今の、卑しく、さもしく、あさましく、見苦しい偏向報道振りは、まさに、
       狂ったとかいいようがない。    
         →NHKの現今の「SIレイショ」100% 偏向報道振りは、まさに----。
           (「SIレイショ」=「カトルシ率」--定義参照)

 このように使う。他方、特定の主体とは、自民党、政権交代前の自公連立政権、NHK、テレビ朝日、TBS、日経新聞のことである。そして、以降しばらくの間は、この連中を、あるいは連中がやっている悪行を糾弾することに記事の重点を置く。その目的は、連中の悪行を叩くことによって、鳩山首相を応援するためである。叩く方法は、悪行の底に潜み蠢く(うごめく)醜いたくらみを暴きだすことによる。すなわち、国民に次のように訴える。
  ――本質を見よう、問題の、事の核心はどこにあるか、常に本質を見据えよう。そうすれば、底にかくれた寄生虫の姿がはっきり、くっきりと浮かび上がってくる。虚言に、偏向報道に惑わされるな、陰謀に騙されるな。常に、事の本質を考えよう。

 そして最後に、その醜いたくらみとは、「鳩山叩き」、「民主降ろし」だ。
 自民党総裁幹事長政調会長あたりが、したり顔で何をいおうと、この時期、普天間移設問題、献金問題、すべて、「鳩山叩き」のためなのだ。しかも、低級、低次元の。
   まことに卑しいまことに醜い

(2)国がだめになったりしはしないのだ。国民が、カトルシの嘘を見抜いて元気で、明るくはつらつと進んでいけば、不況は乗り越えられる。どんな不況だって超えられる。
「いざとなれば40年前の水準で生活すればいい」。
 こう覚悟を決めればいいことなのだ。なに、それで人生の楽しさが、人としての幸せが、生きることの喜びがなくなるわけではない。減るわけではない。       

―――見ると、闇の中に、人影が二つ、輪郭が浮かんでいた。お互いぴったり寄り添っているらしく、二人が通っても、身動き一つしなかった。
 「誰かしらね?」とサリーが言った。
 「とても幸せそうだったじゃない?」
 「向こうでも、きっとあたしたちを、恋人同士だと思ったわねえ。」
 やがて  --中略--  店に着いた --後略--。

 「もう店を閉めようかと、思ってたところよ、」と、柱時計を見て、もうそろそろ九時じゃないの。」
 サリーは紅茶を反ポンドもらった(ミセス・アセルニーは、一度に反ポンド以上も買い込む気には、とうていなれないのだ。)
 そしてふたたび外へ出た。ときどき、なにか夜の獣が、鋭い鳴き声を立てたが、それがかえって、夜の静けさを、いよいよ深く感じさせるのだった。

   「ほら、ちょっと立ち止まってご覧なさい。海の音が聞こえるわよ。」サリーが言った。
  二人は、一心に聞き耳を立てた。なるほど気のせいかもしれないが、渚をなめる、かすかな小波の音が、たしかに聞こえる気がした。
 ふたたび木戸を通った時にも、恋人たちは、まだそこにいた。だが、今ではもう話はやめて、二人はしっかりと抱き合っており、男の唇が、女の唇に強く重ねられていた。
 「夢中らしいのねえ、」と、サリーが言った。

   (「人間の絆IV」、サマセット・モーム、中野好夫訳、新潮文庫、昭和35810日第二版252-253p)

 "I believe if you stood still you could hear the sea,"said Sally. They strained their ears, and their fancy presented them  with a faint sound of little waves lapping up against the shingle. When they passed the stile again the lovers were still there, but now they were not speaking; they were in one another's arms, and the man's lips were pressed against the girl's. "They seem busy," said Sally. 
     ("Of Human Bondage", American Library, New York, September 1991, 663-664 p)
 

    ―――「夢中らしいのねえ、」と、サリーが言った―――
  
40年プラス前、何度も何度も読み直したものだ。 このフレーズを。読むたびに、ほんわかとした幸せを感じたものだ。見たこともないケント州のホップ農場を脳裏に浮かべて、ありもしないホップの匂いを目の前に嗅いで、ロンドン住まいのイギリス労働者階級の若い娘、
 
――夏休みを兼ねて家族全員で母親(ミセス・アセルニー)の故郷にホップ摘みに来ている、複数の弟や妹を持つ、川泳ぎで羽目を外す兄弟たちを優しく睨んだりしながら監督し、たまに自らも水に入って泳いだりする、ロンドンでドレスメーカー(*)に通う若い娘、

――「美しい髪を片方の肩一ぱいに(ママ)波打たせ、日除帽子を片手に持つ」(前掲書、242p)
「コニーの手を引き、片手には、タオルと水着を抱えて、往来の真中に立つ」
(同、241p)、「藤色の日除帽子に調和して、赤黒く日焦した顔が、まるで林檎のように見える」(同、241p)、「袖をたくり上げて、丸い丈夫そうな両腕を出している」(同、237p)、「まさにホップ畑の麗人なんだよ」と父親(アセルニー)がからかう(同、238p)、若い娘の健康な肉体を想像して、19歳の(**)サリーを想像して、作者のいう「大気とホップと夜とが醸し出す一種の陶酔」を感じて、幸福感に浸ったものだ。
 さらにいえば、このすぐ後、もっと「ぐっとくる」描写があるのだが・・・・・・。

*どうだね、えっ、「ドレスメーカー」だよ、最近の連中はこういう、なんとも優れた言葉を知るまい。中学の頃、その言葉を聞くだけで、なんとなく臍の下あたりがむずむずしたもんだ。なぜかって。その頃はな、小都市の郊外の農家の娘などが、高校を卒業すると、制服から脱皮したばかりの初(うぶ)で野暮で、だからがゆえに、いかにも初々しい服装で、始めてのパーマをかけた髪の毛で、風でまくれたスカートから、大根足のずっとその上のあたり、つまり、太ももだな、その白い太ももやなんかをチラチラと見せながらな、自転車を漕いで目の前をスッと走っていったのだよ。中学生の俺のな、目の前を。そうやって大勢が「ドレスメーカー学院」に通っていたのよ。えっ、そのイメージを想像するからだよ。もっとも、特別なことがなくても常時むずむずしていたがね。

 「エクセレント・ファッション・デザイン専門学校」(架空名)なんて呼称に囲まれて生活している若者に、低級教育委員連中が何をいおうと、何をしようと、情緒、「豊かな情操」など育つわけないやな。日の丸掲揚だの、教育基本法のさらなる改正だの、品質下降誘導効果しかないことをいう前に、下でも触れているいるが、「ハローワーク、ああいうのは『いかがなものか』」と、口調は格調低くてもいいから、低級自民議員連中の定番フレーズに右へならえでもいいから、声を揃えて叫んだらどうかね、全国で。かなりの国直しになると思うが。

**たしかそのように記憶しているが、定かでない。あちこちページを繰って確認する暇がない。なお、この新潮文庫、I巻からIV巻まである。値段は、なんと、@100円。まあ、「新生」というたばこ(下等品質、20本入り)が40円だったから、品物間の価格比は今と同じか。

  「ド資本亡者」まで堕さなければ、、どこにも幸せはある。生きる喜びはある。

(3)さて、前置きが長くなった。フレイ、フラーを叫んで、定義説明に入ろう。
     ふれー、ふれー、はとやま、それっ、フレー、フレー、ハトヤマ
   鳩山さんがんばれ。

(二)宇宙人とのテレパシー交換
  ここらまで書いているときに、19:00になったので、七時のニュースを見るために、階下に降りていってメシにした。ニュースで、鳩山さんは、「今年の漢字として何を挙げますか」と記者団に訊かれ、「私としては『絆』」と答えていた。びっくりしたね、テレパシーかね。
 こちらは地球人だが、向こうは宇宙人だからね。ないとはいえない。

 地球人がモームの「人間の絆をブログ記事で引用し、宇宙人が今年の漢字として「絆」を挙げる――まあ、一般大衆と内閣総理大臣が同一情操範疇に属する感情を同時並行的に抱く、こういう現象が存在するかぎり、国が崩壊するようなことはない。カトルシ族がどう煽ろうと。

 同じくこのニュースにおいて、「既存の日米合意を前提にしない解決策を検討している」(概ねそのような発言)」と首相が記者団に答えていたが、それを見て、「(ブログを)昨日から始めておいてよかったなあ」と思った。ある種、予想が当たったからである。そのことを記録に残せたからである。だからって、どうということはないのだが、やはり鼻がうごめく。
 実は、これまでにも、自分が予測していたように事態が進行していったということが何度もあった。 そのたびに、書いておけばよかったと悔しがったものである 。
 またまた脇道に入ったが、今度こそ始めよう。

(三)「4SI」、「SIレイショ」 ---- 用語定義
   ----卑しい、見苦しい、さもしい、あさましい----
  「4SI」とは、筆者のブログ用語定義集に登録されている語で、「卑しい、見苦しい、さもしい、あさましい」の略語である。
  この四つの形容詞が合わさった究極の卑しめ修飾語であるが、そのような人物、団体、組織、その他の主体を指すこともある。
 あるいは、そのような主体のなす行為の態様、卑しいさまを指すこともある。
  「カトルシ」と発音する(quatre si)。フランス語的にちょっと気取って発音してみるといいかも(***)。「見苦しい」は、多分に「醜い」の代用語の趣がある。
  なお、主体を指す用法では、「騙る氏」と日本語表現することもある。修飾語的用法としては「SI率80%」「SI率が高い」などという形で使用されることが多い。SI率は、「SIファクタ」「SIレイショ」「カトルシ率」ともいう。SIRSIFと表すこともある。

 ***どう発音していいかわからない場合には、YouTube環境のある人なら、そこに初歩フランス語講座がワンサカあるから、そのうちの任意のものの「第一回目」というのを見ればよい。たいがい、アルファベに続いて、数の数え方として、アン、ドウ、トワ、カートルとやる。それを真似ればいいのだ。
 
世界に誇る日本の、いや違った、「ハローワーク」なんていって嬉々としているノーテンキ役人が住む国ではなく、あの誇り高いフランスのことばだからね。あくまで上品にね。「カートル」の「アー」と伸ばすところを、うがいでガラガラとやるような調子で少し声を嗄らす。「カートル」、「カー、軽くガラガラ、トル」、「カー」のところを強めて、はいもう一度、「カートル」。できたがな。
  「カートル・シ」、ほら、いい響きだろ。連中にはもったいないようなものだが、悔いて更生するということもあろうから。

 偉そうにいっているが、筆者も10+ちょぼちょぼぐらいしかいえない。かつては、「カトーバン・アン」、「カトーバン・ユイット」なんてのから、その先も覚えていたのだが、すっかり忘れてしまった。もう一度やり直さなければと考えているがね。

 ついでに思い出したのでいうが、石原東京都知事が以前、フランス語の数字表現について発言し、物議をかもしたことがあるが、まあ、それはやや屈曲した手法による表現ではあるけれども、「満足に数が数えられない」という弊害をきたすほどのものではなかろう。慣れてしまうと、かえって味のある、人生を感じさせるような方法だと思う。

 機能は速攻タイプではあるけれども、カサカサの、軽い、薄っぺらな手法が何につけてもよいというわけではないよ。かの国が得意とし、日本でもそれなりの伝統のある、男女間問題ひとつを考えてみてもわかろう。カルカル、ウスウス、カサカサ、ハヤバヤはよくないよ。やはり、前と後ろを付けないとな。アベリチフ、オードブル、デセーフ(発音合ってるか(なんてものがあるしな、かの国には。日本だって負けていないよ。長くなるからもうやめるけど。
 作家でもある石原さんにここらが分からないはずはないだろう。まあ、痛い勇み足だったな。ちなみにいうと、筆者は氏の政治思想の好き嫌いは別にして、SIレイショでいうと、彼はそんなに高くない――60%を切るのではないかと思っている。この数値を見て、「とんでもない」と怒る人もだいぶいようが。

(四)ここまで書いて、えらく時間がかかった
(1)脇道にそれてばっかりいたからだが、このままやっていると居眠りをこいてそのまま本寝に入ってしまうかもしれない。定義を本日明らかにすると「公約」しているので(昨日の記事で---もう一昨日になった)、とりあえず、短いが載せる。

 なお、くどいようだが、「騙る氏」連中よ、鳩山さんは迷ってなんかいませんよ。迷走なんかしていないよ。
 うす汚い欲望を、どす黒く汚れきった貪欲を、私利を満たすためには、近代市民としてわきまえるべき最低限度の恥をさえ捨て去って、まことに汚く動いている、カトルシよ、卑しく、さもしく、あさましく、見苦しい自民よ、NHK偏向報道よ、テレビ朝日よ、TBSよ、日経新聞よ、餓鬼道に迷いこんで、目が見えなくなっているのは、あんたらだよ。
 こどもらに、小学生に、中学生に、高校生に、まことに恥知らずな姿を 曝しているのだよ。考えたことがあるのか。
  目を覚ませ。

 日の丸がどうだの、美しい国がどうだの、愛国心だの、日本人としての誇りを持たせる教育だの、ちゃんちゃらおかしい。
 汚らしい、醜い、卑しいカトルシ連中が道徳を、「国益」を説けば説くほど空しく響く。
 たいがいのこどもらはちゃんと知っているのだ。政治道徳のかけらも持たぬ人種であることを。国益ではなく、「騙る氏」の私利にすぎないことを。
 本質を見抜いているのだ。

(2)政策を批判する、政策で応酬する、これをやっちゃいかんとはだれもいわない。次元の低い、醜い煽り、足の引っ張りはよせというのだ。
 コモンローにおける「フェア」「公正」というようなことに、少しでも思いを致したことがあるのか。公正さを尊重すべきであるということは、小学五年生でも知っている。昔の名称でいうなら、「級長」、「学級委員」を選挙するからね。
 教育基本法をいじって汚すようなことはしなくていい。教育をよくしたいのなら。自らの姿勢を正して、こどもらに詫びることだ。「反省し、潔く出直します」とね。
 そうすれば、筆者も、「よし、やれっ」と掛け声をかけるよ。

 鳩山さんが、民主党が、よくてよくてたまらないからこのようなブログを書いているわけではないのだ。カトルシが目に余るから、放置すると日本が「危険水域」に入りかねないからやっているのだ。SIレイショ」0%を要求しているのではありませんよ。
 政治の世界だから、40-50-60%ぐらいは、まあしょうがないんじゃないの。自民がその程度まで、NHKなら上限30%まで下がれば、こういうのはやめて、もっと楽しい記事内容に変える。
 その他のテレビ、全国紙の場合は、まあ、貴重電波を使っているというようなこともあるので100%でもかまわないというわけにはいくまいが、私企業でもあり、報道倫理、良心にまかせます。

(3)自民党国防会議なるものが、日米関係は危険水域に入ったなどとほざいていたが、何を根拠にそういうのだね。
 オバマ大統領からその旨を警告する署名入りの文書をもらったのか。大統領は、ノーベル平和賞演説をしていたよ。平和を訴えていたよ。
 改革派が進めようとする斬新案に対して、「これまではこうやっていた」とか、「そんなやり方は先例にはない」というようなことを事あるごとにいう「事無かれ主義」無能総務部長のような発想で臨んでいるのではないのだよ、自民諸君、鳩山さんは君らでは、まあ、いうならば、「創造的政治」みたいな発想は逆立ちしても浮かぶまい

 視野狭窄の手術を受けて「自民固陋病」を直し、新鮮な目で世界を見直したらどうだ。この50年来自民党土壌にはびこったこの風土病は、先進国ではすでに撲滅されて、探すのが困難なものだとされているよ。民主党にも、類似の病気にまだ罹ったままの議員がちらほらいるようだが、世界の趨勢は絶滅に向かっている。

 押したり引いたり、ある時点では怒り、怒ってみせ、脅し、恫喝し、ある時点では懐柔に動く。折衝にはいろいろあるのだ。
  視点を変えて、「金による解決」を検討してみる。にっちもさっちもいかないようにみえたものが、コロっと落着することがある。
 「2,000億円追加するからグアムへ去ってくれ」。
 えっ。いろいろありうるのだよ。固陋病患者には浮かばないであろうが

 国民のみなさん、将来引き上げる際の消費税を、11% まで上げさせてください。沖縄の方々に対して、お詫びの気持ちを表すために、その財源にするために」。ヘイ、鳩山さんがこういったら、オレは、「いいよ、大変でしたね、お疲れ様でした」と、ねぎらうね。
  経過途中で、ああでもない、こうでもないと屑のような発言をするでない結果がでてから批判してくれ

(五)偽装献金
 最後に もう一つ。
(1)鳩山偽装献金問題、偽装献金、関係者の話によると・・・・・・。
  えっ。どうだね、毎日毎日。NHKのしつこいこと、しつこいこと。
 偽装献金だってか。そうかなあ。
  「虚偽の献金者名を記載したという事実』を伴う献金の問題」、あるいは、
  「献金でないのに献金を装った問題」。

 本来はこういうべきものなのだ。まあ、言葉の問題として、「虚偽の献金者名を記載したということを、「献金者名を偽装した」という意味で「偽装献金」といえばいえる。
 しかし、違法性の質、大少、重軽、可罰的違法性の観点からすると、「賄賂隠しの目的に出たものでない」「献金者名偽装」「賄賂的な献金を合法的なものに偽装する」という意味での「偽装献金」とは本質的に、筋というか、違法類型というか刑罰類型というか、とにかく犯罪類型としての構成要件が置かれている路線が異なるのである。前者は、いうならば、政治資金管理法に基づく形式的」犯罪であり、後者は、伝統的、本質的犯罪としての収賄/贈賄罪に関連する、「本質的」犯罪なのである。
 鳩山氏のものは前者で、二階氏のそれは後者である。筆者はこのように考えている。

 検察は、同じ範疇の犯罪として事を論じる虚構を演じて国民を騙しにかかっているが、二階氏側のそれは、本来、「金額も少ないので、在宅略式起訴にした」というような判断が適用されるようなものではないのだ。贈賄/収賄の観点からの政治資金管理法違反として、その面での違法性の大少を論じるべきなのだ。筆者はそう考える。

  ここは騙されやすいとこなので、訴えておく。
 ――国民よ、本質を見据えよう。検察は、「みせかけ」で幕を引こうとしているのではないのか。疑って、よく考えてみよう。沈思黙考して、事の核心を見据えよう。そうすれば、見えてくる。事実が。
 まあ、この問題については、いずれ改めて触れるつもりだ。   

(2)NHKよ、しつこくやるのがおたく流の報道流儀なのなら、運営哲学なのなら、ああいうのもしつこくやってくれ
  8月30日の選挙大敗で民主への政権交代が決まっているのに、9月1日に2億5,000万円もの巨額が引き出されて金庫が空になっていたといわれているが、あれだ。官房機密費の問題だ。
 あれ、
「コウコウだったことが、『関係者』の話でわかりました」、「『関係者』によると、カクカクのことでした」と毎日やってくれ。
 報道する内容は薄くてもいいのだよ。まったくの虚偽でさえなければ。

 「巨額機密費引出問題で、河村前官房長官は、使途は公表できないと発言しておりますが、NHKの『関係者』への調査で、河村前官房長官は、やはり公表しないと述べたということがわかりました」。 
 「麻生前内閣による、機密費横領疑惑、公金横領の疑いもかけられかねない機密費巨額引出事件について、事実関係はなんともいえないが、機密費たる性質からして、横領罪で捜査立件するのは困難であると『関係者』は語っております」。
 こういうことを、しつこくやるのだよ、毎日、毎日、朝昼晩のニュースで 。

 「ニュースセブンです」などといいながらね。これ、重要な問題だよ。その金、麻生さんの私物ではないのだよ、河村さんのものでもないのだよ。死に体になっている内閣が、 なんのために金を引き出すのだね。

  その日だけで2.5億円も。 次政権に対するいやがらせなら、下劣極まりないが、そういう問題だけでなく、公金の着服、横領の疑いがかけられてもしかたないものだ。
少なくとも無駄使いだろう。しかし、なんだね、話はそれるが、「ニュースセブン」。このフレーズ、聞くたびに思うのだが、ワンパターン思考、創造性欠如以外の何物でもないね。えっ、「JR」、「ハローワーク」。
 なんだありゃ、そんな低俗な役人のいる役所に世話になるのは矜持が許さないと感じる人もいるだろ。「職業安定所」「職安」で何がいけないのかね。そのうち、「ジャパン・ポスタル」などといいだすのかね。余談だが。

 これで終わろう。朝に近くなった。

                                            ****初校に、かなりの量の訂正、追記を施しました(12.12)****
                                            ****上記修正時に書き落とした文節をさらに追加記入しました(12.13)****
                                            ****強調表示の体裁と色をいじって修正しました(2010.2.11-10:55)

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2009年12月10日 (木)

そこまで卑しくなれるのか、腐り切ったマスメディア――鳩山さんを応援する。(1)

2009.12.10
 
そこまで卑しくなれるのか、腐り切ったマスメディア――鳩山さんを応援する。
  国民よ、NHKの、日経新聞の、自民党の目くらましに騙されるな。常に本質を見よう、「事の本質は何か」、「何を問題とすべきなのか」と考えよう。そうすれば、偏向報道の陰で、卑しくさもしくあさましく見苦しく動き回る寄生虫の姿がくっきりと浮かび上がってくる。

◆◆◆◆◆◆◆◆
(一)国民よ、騙されるな。煽りに乗ると、日本は終わりだ。
(1)「景気対策失政で、安全保障外交失政で、基礎科学研究軽視で、国が傾きかけている。国が危うい。将来はない。音楽教育、芸術啓蒙活動軽視で子らの情操がしぼんでしまう」。
 「騙る氏」どもは、こう吠え、喚き、卑しく群れる。だが、読者よ、国民よ、そんなことはまったくないのだ。嘘なのだ。  「注」-「騙る氏」は定義用語

「首相が招く同盟の亀裂」、「普天間問題決着先送り」、「迷走の果て対立」(日経2009.12.06)
 こう喚く。が、どこに亀裂があるのか、何を称して迷走というのか。対立とはなんだ日経がそう煽っているだけである。客観的に実証されたわけではない。アメリカの関係者が一人二人、「これから先の両国関係を危惧する」などと述べたからといって、亀裂が実証されるわけではない。優れて外交戦術発言でしかない。ジャブなのだ。

(2) 政府間で合意したことを破棄するとは、未開国しかやらないことだ。このようなことを喚きたてる。
 二国間協定を一方的に破棄する、あるいは協定内容を合理的理由なく履行しないということは許されない。もちろんだ。だが、そんなことは赤子でも知っている。鳩山総理や閣僚らがそんなことをしようとしている、あるいは主張しているわけではないのである。
 喚いている連中は、
合意解除」、合意解約」という言葉、制度、現象を知らないのか。何を合意しようと、その内容を、その後に、「それがなかったことにしよう」あるいは「内容をこう変更しよう」と当事者の合意で決めることはまったく自由だ
 この面だけの問題として論じるなら、日本領土からいっさいのアメリカ軍基地を撤去したいと申し入れることだって、もちろん許される(賛成/不賛成は別にして、志位共産党委員長はそのような自説を説き、それが問題解決への一番早い道だと述べていた--2009.12.12NHKニュース)。

 余談めくが、鳩山さんの頭にある構想は、自民党やがらくた政治評論家の意表をつくものではないかとみている。連中が設定しているコチコチの思考前提、すなわち現行の関係を所与のものとしたうえでの「普天間だ、国内他県だ、国外だ」などという具体案想定の枠を突き破るものになるのではないか。先般から、鳩山首相の態度や顔つきからして、そのような気がしていたのだが、最近、同様のことをいう解説なども聞くようになった。
 なにせ、「宇宙人」です。鳩山さん、面目躍如たるところを見せてください
 
 
『民主主義政治未熟の蒙昧世界にやっと夜明けをみたような』政権交代を勝ち取った。よって旧政権の従来路線を吟味し直したい」。こう述べて、内容変更に関する日本側の希望を申し入れ、相手の承諾を乞い、促し、反応を探っているのだ。まことに当然にして正当な行為である。

 記者会見などにおける鳩山首相の発言は、このことを言い表す、簡にして要を得た、必要十分発言なのである。一見、頼りない発言のように見えるが、そうではないのだ。「必要充分」で留めているからそのように響くだけなのである。
 「ぶれている」などと低級社説、TV報道番組低級スタッフ、低級評論家などが喚き立てるが、こういう連中は、幼稚で洞察力を欠いている者であるか、または、事の道理を知りつつ、悪意的キャンペーンに魂を売って恥じない破廉恥漢である。

 ああも考え、こうも考える。最終案を練り上げるまでは、構想や見解の変遷は当然ありうることだ。また、マスコミは、「首相の発言と関係閣僚のそれが食い違っている」、「よって、相手国アメリカが困惑している」、「一体性のなさ、首相の指導力欠如をアメリカは笑っている」、「究極の問題は、首相が何を考えているのか、方向性がみえないことだ」などともほざく。勝手に困惑させておけ、笑わしておけ。なんの痛痒も感じない。感じる必要もない。最終案として、正当な権限を有する両国の代表者が、公式外交ルートを通じて、公式に申し入れたわけではないのだ。
 さらにいえば、そのような報道は、虚構ないしそれに近いものではないのか。
アメリカに媚びる必要は毛頭ない。高度な構想の下に適切な政治判断を模索している自国の総理大臣を前にして「アメリカが怒りはしないか」と要らぬ忖度をして、ゴミ発言を繰り返すな。恥を曝すな。
 言っておくが、
アメリカが困惑しているのは、アメリカに笑われているのは、君ら低俗、低級、4SIメディアだ

 小泉父子の米国現地世話役であったなどと噂される怪しげなアメリカ人ゲストを呼んできて、「日米外交が危機に瀕している」などと発言させていたが(そのような趣旨の発言)、国民よ、騙されてはならない。それが誰であれ、「『外人』の言だから、しかも大学教授の、元ホワイトハウス高官の、何やら優れた国際政治研究所員の言だから信用できる。それがアメリカの主流意見である」などと考えてはならない。
 テレビ局が、都合のいい狗的存在を呼んできているだけなのである。
 事の核心、本質をしっかりと見据えよう

(3)揉み手でアメリカに擦り寄り、「はい、さようでございます」と追従すればよいのか。
アメリカ外交筋は、「緊張をもって真剣に折衝する必要のある相手が、やっと日本にも現れたか」と準備し、ある意味で試合を楽しみにもしているに違いない。そのように想像する。

 政権交代を機に、へつらいのない対等姿勢で、従来路線の見直しを基礎に据えて、既存協定の見直しを申し入れる
 そのこと自体を非難するなどとは、事が両国の安全保障にかかわる事項であるにせよ、節操のある米国政治家なら、天地がひっくり返ってもありえない----悪意に満ちた偏向日経新聞、偏向NHKのカウンターパートならいざ知らず。「悪意的動機によって虚偽ないし歪曲外交発言をすることは、特に、事件の関係当事者たる身でありながらそのようなことをするのは、絶対に戒めなければならぬ」、こう自戒するだけの政治家なら絶対にありえない。なぜか政権交代による国家の姿勢変更を否定することは(新政権の目指す方向を嫌うことは大いにあるが)民主主義の基礎を否定することだからである。   
 アメリカの政治家は、
まともな人は、たいがいこういう人だよ。自民党の議員には、こういう見識を持った人は、筆者の目では稀有である。
 
 偏向報道をもって鳩山首相を叩きに叩くマスメディア、NHK、民放、全国紙。それを放置している民衆
 大統領選挙でボランティア支援活動をするような人々、いや、投票所に足を運ぶだけの意識のあるアメリカ住民なら、日本の姿を嘲笑しているに違いない。
 国民よ、動こう、声を上げよう。偏向報道を糾弾しよう。一人一言でよいのだ。輪が広がる


(4)先進国に類を見ない偏向報道艦隊に包囲され、世界的不況の新たな波に足をすくわれ、連立内閣運用の荷を負いながら、国民皆保険、アフガン問題などで揺れるアメリカを相手に難問を折衝する。人気が急激に落ちたと噂される同志オバマ大統領の苦闘姿を前にしてこれをやる。
 
四面楚歌だね。鳩山さんはよくやっている。淡々と、地道に、誠実にやっている。
 横暴極まりない衆議院三分の二再議決を連発している頃に自民の低級連中が好んで使用していた「粛々とやるだけ」というフレーズを借りるなら、まさに、粛々とやっている。
 
鳩山さん、がんばれ

(5)さて、ついつい長くなったが、冒頭記述からの続きに戻ろう。
 国を危うくしかけているのは、このように騒ぎ立てて、国民を鳩山降ろしに、民主離れに扇動している「4SIレイショ」100%超の資本走狗どもなのである。国民が騙されて、その誘導のままに以前の自公政権に戻るようなことがあれば、日本は、そこで終わりだ。  「注」-「4SIレイショ」は定義用語


 ――市場原理主義のいきつくところ、富裕/貧困の二極化から、貧困民衆の爆発が起こり、それを契機に独裁ないし反民主主義的反動国家体制が必ず訪れる。ミルトン・フリードマンの「ショック療法」がはびこる。あのチリのピノチェ独裁が、アルゼンチンの、ボリビアの、サザンコーン諸国家の血ぬられた圧政が、世界歴史標準ではすでに過去の遺物になりかけている時代遅れの圧政が、この日本にやってくる――
 「終わり」とは、このような予想があながち絵空事とはいえない時代が到来するということである。なぜそういえるか。

◆◆◆◆◆◆◆◆
(二)偏向報道が日本を滅ぼす。国民よ偏向メディアを糾弾しよう。
 その理由は、公正中立報道が死に絶えているからである。

(1)国民よ、黙って周りを見回してみよう。マスメディアが腐っていよう。「腐っている」とは政治報道の「偏向」がとてつもなくひどいということである。筆者のブログ用定義用語集にある言葉でいうと(その定義については後で触れるが)、その偏向報道振りが、「カトルシ」、すなわち、「卑しいさもしいあさましい見苦しい」の極致だということである。

 NHK、テレビ朝日、TBS、日経新聞、みな腐っている。特にNHKの「カトルシ」振りは、公共放送たるその身からして、まさに異常事態で、狂ったとしかいいようがない。ここに挙げたのは、日常的に筆者が見ているテレビと購読している新聞であり、これについては、伝聞や想像でなく、体験事実に基づく自己の見解として、その政治報道体質が「腐った」、「狂った」ものであると断じることができる。その意味でこれだけしか例示しなかったが、ふとした機会に覗いたり読んだりする他社テレビ報道、全国紙記事の内容からして、他も同じであろうと想像している。
 公正中立報道が死に絶えた場には、必ず圧政がやってくる市場原理主義亡者による圧政が。


(2)政治報道に関するこれほど異常な事態は、少なくとも「異常な事態が放置されている」という現象は、「いわゆる民主主義先進国」では、その民主主義革命以前はいざ知らず、その後の姿としては存在しない。というよりも、民主主義国家では、そのような事態の存在を民衆が許さないので、存在しようがない。健全なジャーナリズム自体による自浄作業もある。「知る権利」から派生する問題である。
 
 日本は、この面では劣等国である。公正報道、中立報道の重要性を知らず、その保証が民主主義の土台であるという認識がない。ここで「知らず」、「認識がない」というのは、まったく知らないとか知覚していないということではない。政府と民衆という区分けをして論じると、多くの民衆は、漠然とは知っているのだ、学校の社会科授業で習った大切なこと」、としては知っているのだ。そうではあるのだが、死守しなければならないものであるという危機感を伴った知識、知覚でないのである。

 他方、NHKその他のマスメディアは、実際に業務に預かる者として、公正中立報道の意義、価値を知っている。社会科授業レベルよりは深く知っている。だが、それは無色無臭の「絶対値的」な意義、価値として知っているということに過ぎない。つまり、ここでも死守すべきもの」とは考えていないのである。そう考えている職員が最初からいないわけではない。しかし、そのような人たちも、経営上層部からの圧力に屈して、初心を放棄してしまうのである。反動体質経営陣に対抗して、圧力を跳ね返してまで公正中立報道という初心、ジャーナリストとしての良心を貫く人は、稀有とみてよい。みな、快適な給与水準下での日々の平穏な生活を失いたくないのだ。いわば、そこに魂を売っているのだ。
 それが絶対に許されないとはいわない。しかし、そのことで
罪悪感のかけらも抱いていないとすれば情けない。罪の意識どころか、上からの偏向指令に乗っかって、悪意的に偏向編集した映像を垂れ流しながら、「鳩山内閣総理大臣の偽装献金問題について、関係者の話からなになにが明らかになりました」などと、場合によっては嬉しそうにさえみえる風情でチャラチャラとやっている若手アナウンサー。この観察が合っているとすれば、僅かに残存していたであろうと想像できる自浄力も、ここにきて、完全に枯渇したね。

(3)公正、中立報道というものは、忍び寄ろうとする圧政、暴虐、弾圧を事前に阻止するための武器、先祖が、父親が、兄が、姉が、血を流して、戦車に轢かれ、銃に打たれて、地下牢で拷問を受けて、死を賭して勝ち取ってきた宝物である――日本国民は、こういうことを、危機感、臨場感をもって感じないのである。いま現在、卑しい、さもしい、あさましい、見苦しい「4SI」(quatre SI)連合によって、公正中立報道がまさに蹂躙され尽くし、この民主主義維持のための保証が、砦が、安全弁が死に瀕していることを、肌で感じていないのだ。

 だから、NHKの腐敗偏向ぶりを黙過しているのである。国民が声を上げない。声を大にして糾弾しない。民主主義の担い手、主権の存する国民、国家機関としての国民がこのような事態を放置していることは、いわば犯罪であり、「不作為犯の実行行為着手時期」の問題として論じると(そのような論があるかないか知らぬが)、すでに実行に着手し、一定時間の経過により既遂になっているといえる。だが、いまならまだ時間を押し戻すことができる

 国民よ、声を上げよう、一人ひとりが機会を見て、家族と、友人と問題を論じよう。偏向報道ワイドショーのスポンサーになっている企業の商品、サービスを買わないようにしよう。小さいながらも一撃をくらわせよう。他人にも理を諭して、そう働きかけよう。あらゆる手で偏向報道を糾弾しよう輪を広げよう。抵抗しよう。

(4)「
国際公共放送会議ホスト国としてNHK会長が挨拶」だとっ、「会議を通して、共放送が持つ価値と役割をはっきりさせることを期待したい」だと。笑わせる。盗人猛々しいとはこのことだ。NHK偏向の実情を知る外国代表者のなかには、嘲笑をもって臨んだ人、苦笑を禁じ得なかった人もいるにちがいない。
 「公共放送の役割をはっきりさせる」には、
「会議」など要らないのである。NHK首脳部が総退陣し人選に問題ありと一部委員から指摘されながら敢えて福地茂雄現会長選出に回ったNHK経営委員全員が辞職すればよいのである。福地という人に個人的恨みはない。だが、NHKの偏向は経営トップからの指示によるものであると筆者はみている。経営陣の退陣、委員の辞職をいうのは、そのような人物を放置していること、会長に担ぎ出したことを理由とする。
 それにしても、
上記の挨拶、厚顔無恥も極まれり、この人物、「4SI率」120%だね。

(5)
スパコン関連予算仕分けに関して、集団として声明を発し、鳩山首相と会談し、NHKニュースに顔を出したノーベル賞学者ら。連中は、日本の国が現在どのような状況に置かれているのか、あのような集団声明を発すること、集団行動をとることが初(うぶ)で純粋な国民にどのような影響を与えることになるのかといったことに思いを馳せたことがあるのだろうか。
 仕分人による無駄判断が正しいと考える学者もいっぱいいる。このスパコン開発計画そのものに疑問をいう学者、技術者も大勢いるのだ。
 
自民の狗、狗とはいわぬまでも易々と利用され、踊った者、まったくのノーテンキ屋。誰がどの範疇に属するかは知らぬがノーベル賞が薄汚れて見えたね

 
音楽教育関連予算の仕分けに関してピアニスト、作曲家らが、NHKニュースで能書きを垂れていた。感動をもって聴いていたピアニストも、政治的人物実像がわかると興ざめする。そういう風に感じたファンも中にはいたのではないか。

 
学者が、芸術家が、どのような政治的思想を持とうと、立場をとろうと勝手だが、行動の幼稚さは、まったくいただけない。笑止だね。

◆◆◆◆◆◆◆◆
(三)国民よ、惑わされるな、騙されるな。本質をみよう。
 事の本質を見る姿勢を保てば、騙されることはない。
 ――
「鳩山降ろし」、「民主離れ」の誘導――
(1)
本質とはこうだ。
 ――マスメディアこぞっての偏向報道は、すべて、「鳩山降ろし」、「民主党離れ」に向けて国民を煽る目的で行われているものである――
 
何のためにと問うか。自民政権に戻したいからである。政党実業界マスメディア検察陣最高裁判所事務総長率いる司法行政、形、方向は違え、寄ってたかって、「おいしい」、居心地のよい体制に寄生したいからである。私利の追求だ。鳩山に任せておくと「国が危うい」などと喚くが、国のことなど考えていないね。考えている人が仮にいるとしても、ほんの僅かだろう。

(2)――
政府が否定し続けてきた核密約が存在したということになれば、大問題だ。「非核三原則」と「核抑止力」という本質的に矛盾する二問題間の相克調整について、これまでの政府見解を変えなければならなくなる――
 マスコミはこのようなことをいう。

 何をチャラチャラ問題をすり変えるな。総理大臣が、主権者たる国民に対して嘘をつく。騙しながら、政治をやる。どこに民主主義があるのだ。
 国民が選挙を通じて国会議員に国政を信託する。そのような議員で構成する国会が内閣総理大臣を指名する。その総理大臣が国務大臣を任命して内閣を組織する。その過半数は国会議員でなければならぬ。内閣は衆議院の信任を得なければならない。
 このような仕組みの中で、政府が、議員が平然と国民を騙す
 ならば、なんのために選挙をやるのか、「
民主主義国でござい」なんていえるのか。

 国民を向いては「核は持ち込ませません」といい、アメリカに向かっては「どうぞ持ち込んでください」あるいは、「目をつぶっていますから」などという。こんな
オチャラカがあるか。
 内閣は行政権の行使について国会に対して責任を負う。憲法でそう定められている
(§66)。そのような国会が「国会決議」すなわち「主体たる国会はこう考える」という意思表明をもって、非核三原則を表明した。それを踏みにじっている行為について、平然と嘘をつく内閣が隠す。外務省が隠す。歴代の内閣が隠し続ける。密約の存在を匂わすアメリカ政府高官の発言などによって疑惑が濃厚になる。それでも日本では嘘を隠し続ける。対して、国民は何もしない。真の民主主義国家であればおよそ起こり得ないことである
 アメリカでは、ヨーロッパの主要諸国では、日本で起きている事態を目にして、呆れ、
政治的貧困を、未熟を嘲笑していることであろう。

(3)では、なんのために嘘をつくのか国民よ、本質を見据えよう
 国民が敏感に反応する非核という問題について、ある時期の政府が国民を騙した。それをその後の歴代内閣が隠し通してきた。このようなことを暴露すれば選挙の票を失う。おそらくその
政党は破滅にまで追いやられるであろう。
 嘘をつくのは、
こうなりたくないからである。
 国民よ、深く深呼吸して、
民主主義というものを、もう一度考えてみよう。自民政府は、その土台、中核を踏みにじってきたのだ。これを糾弾せずしてなんとする。事の本質はここにある
 とにかく、
卑怯なのだ、やっていることが、卑しく、さもしく、あさましく、見苦しいのだ。「カトルシ」なのだ。

これまでの政府見解を変えなければならなくなる」などというところに問題が存在するのではないのだ。それは、マスコミが、国民の目をくらまして、自民党が崩壊するのを防ぐために、的外れの方向に国民の目を誘導するために吐いていることなのである

◆◆◆◆◆◆◆◆
(四)初めてのブログ投稿、これで終わろう
 長くなった、これで終わる。
(1)「
4SI(quatre si)」「4SIレイシ」、「4SI率」、「カトルシ」、「騙る氏」という語の定義については、残念ながら、次回の記述に回す。ただし、賢明な読者におかれては、ある程度の想像はついていよう。

(2)
NHK偏向、日経偏向を自説として主張しているのだから、報道内容を正確に引用して、そのどこが偏向か、なぜ偏向かということを事実に基づいて論述しなければなるまい。
 それは、明日からの仕事にする。

 実は、数か月前から
偏向報道への鬱憤をブログで晴らそうと考えていた。記述の素材にするために、腹の立つ新聞記事を切り抜いていたりもした。NHKニュース画面に茶碗をぶつけるのをやっと抑えるような思いをしつつ、今日こそ書く、明日こそ始めると呟いていた。しかし実現しなかった。そのようなことで、政権交代選挙のあった9月初旬あたりまで遡って話題をいくつか拾いたいとも考えている。
 
飛ぶように日が過ぎ、政治局面が目まぐるしく動いていく。書くことは多い。過去を振り返っている暇などないともいえる。だが、慌てずに着実に消化していこう。
 「粛々」とね。

(3)
偉そうにしているわけではない。
 最後に、断っておかなければならない。
 「国民よ」などと書いているが、偉ぶっているわけではない。見下した立場で論じているわけではない。記述に拍子、調子、勢いを付けるために、そうしているに過ぎない。そういうことなので、宥恕(許し)を乞う。

 人に啓蒙を垂れるだけの素養があるわけではない。何かについて専門的に学問を積んだわけでもない。小沢秘書逮捕問題が起きるまで、政治報道に興味はなかった。ところが、各社揃っての、あまりにも偏向した報道振り、時の自公政権、総理大臣、幹事長のカトルシ振りに腹が立った。

 鳩山首相はいま、苦境に立っているようにみうけられる。
破顔一笑の時がくるまで、鳩山さんを応援する枯れ木も山の賑わいだ。
 鳩山さん、がんばれ

[更新]
2009.12.16-09:50
 
初めてのこととて、WORDで作成した文書で投稿したら、画面のレイアウトが無残な状態になっていた。それを直し、強調表示と着色を施した。フリーのエディタを探してダウンロードしたり、いろいろ試して操作を覚えたり、忙しい。日刊にしたいのだがままならぬ。まあ、慌てずにやっていこう。いずれは、画像や音楽を入れてみたい。
2010.2.11-09:25
 行間の体裁を整え、強調表示と着色をいじって修正した。


  

 

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