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2010年8月

2010年8月31日 (火)

色はブラック、目はぎょろり、口許だらりと紫の――向こうを通る女学生三人連れ、そのなかの一人、ぼくの恋人、その容姿であります、溢れるばかりの愛らしさであります。―― 小沢出馬確定。

2010.8.31
 小沢出馬確定――これがはっきりしないもんだから、もう、ネットは、この二三日、何か云いたくて、書きたくてしょうがないのに、云えなくて、憶測でしかものが云えなくて、「間違っていたらどうしょう」なんて考えるから、ついつい引っこみ思案になってしまい、もやもやモヤモヤ何も云えなくて、いらいらイライラ、フラストレーションが溜まりに溜まっていた。
 ネットは奇妙な静けさに包まれ、ストレス、ストレス、ストレス、ネット族にとって、特に小沢信者たちにとっては、ストレスガス爆発一歩手前みたいな状況になっていた。

 菅が、ロシアまで追っかけ電話して鳩山に泣きつき、菅/鳩山会談が起きたのだという。8月26日に小沢が出馬表明をなした。そのままいけば、簡単で、単純明快、つまり、選挙の結果に従うだけのことだから、国民にとって分かりやすいことこの上なしだった。それが、いろいろあって、つまり敗色まことに濃い菅側の工作による動きだが、「脱小沢で菅が少し折れたから、鋒を納めてくれないか」として、鳩山が菅/小沢会談仲介の運びに。そこで、「もしかして辞退してもらえるか」と菅が期待して(推測だが)、菅/小沢会談。小沢は動かず。 

こんなことで、小沢出馬が確定した。
 「確定した」と一応表現しておくが、もともと、山岡賢次が当初から語っているように、小沢は不退転の決意で臨んだことだから、正式に出馬表明した時点で、「確定」だったのである。降りるつもりなんか毫(ごう)もない

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 だけどひどかったねえ、クズ六メディアは。ああでもない、こうでもないと。「談合で決着か」、「小沢が見返りに要職を要求」、「金をいじれる幹事長職を要求」、「清潔な菅はそれを許さない」、「だが、党分裂を防ぐために、結局、仙石官房長官と枝野幹事長の首を差し出し、小沢が出馬撤回」――この論調一色だ。国民の支持65%の菅に15%の小沢が無理難題を吹っ掛ける。あげくのはては、小沢が幹事長をやっていたときに「組織対策費」とやらを33億円も不正に使用した疑いがあるなんて記事を、急遽こしらえている。小沢を脅かして、降りさせるためだ。

よう、「出馬撤回確実」みたいな報道を続けたクズメディアら、償いはどうするつもりだい。
 全体を詳しく調べたわけではなが、クズ六メディアは概ねこの論調(談合、出馬撤回)だった、大なり小なり。「クズ六」とは読売、朝日、毎日、産経、日経新聞とその傘下または系列民放プラスNHKのことだ。
 この線で煽った記事のなかから代表的なものを掲げておく。「するめいか」みたいなもんで、噛めば噛むほど味が出る。言い換えれば、まことにひどい小沢貶し(けなし)、つまり、それが「するめの味」ということだが、その味を行間に散りばめている。散りばめているというより、一歩下がって記事を読めば、病に侵された皮膚組織のように疾患部分がむき出しになって見えているのだが。

 竹島一登、野口武則、横田愛
という三人の共同執筆だとするが、ひどいね、「こいつ」ら。紹介方法として、元記事への単なるリンクだと後日消えてしまうことがあるので、あとあとの証しのために文を掲げておく。(文中の太字強調表示は当ブログによるものである)

[毎日新聞による珠玉の一品]
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クローズアップ2010:民主代表選 「脱小沢」旗降ろす 菅陣営、政権崩壊恐れ
(http://mainichi.jp/select/opinion/closeup/news/20100831ddm003010050000c.html)

 民主党代表選は菅直人首相と小沢一郎前幹事長の激突が回避され、菅首相が続投する見通しとなった。両陣営の対立激化で党分裂が現実味を帯び、党内 で高まった危機感が菅首相に「脱小沢」路線の修正を迫る形となった。「政治とカネ」問題を抱えながらも出馬表明に踏み切り、「挙党態勢」を旗印に復権を 狙った小沢氏側の戦術が菅首相の譲歩を引き出したともいえる。政府・党人事で小沢氏側が要職を求めるのは確実で、菅首相が政権運営の主導権を確保できるか は不透になった。
竹島一登、野口武則、横田愛

 「これでトロイカを復活させたら、自民党の密室政治と同じじゃないか」。首相続投を支持する前原誠司国土交通相のグループ約30人が30日夜、東 京都内のホテルに集まった会合では、若手議員が前原氏に詰め寄った。前原氏は31日の首相と小沢氏の会談結果を見極める考えを示した。この席に仙谷由人官 房長官、枝野幸男幹事長の姿はなかった。

 前原グループは野田佳彦財務相のグループと並び、首相に「脱小沢」を迫ってきた。しかし、小沢氏の出馬表明後、仙谷氏は激突回避に動いた。29 日、ロシアから帰国した鳩山由紀夫前首相に東京都内のホテルで面会を求め、「ギリギリまで妥協点を探りたい。争わずに一つにまとまる方向を追求すべきだ」 との考えを伝えた。その後、記者団に「挙党一致のイメージがそれぞれ違うのかなと思っていて、それは突き合わせをやれば解決できる」と語り、小沢陣営との 接点を探る姿勢をみせた。

 枝野氏も30日の菅・鳩山会談の前に行った記者会見で「党を割るつもりのある方が代表選にそもそも立候補することはあり得ないと思っている」とけん制しつつ「代表選が終わればすべての党の役職はリセットになる」と幹事長続投にこだわらない考えを示唆した。

 選挙で小沢氏を倒した方が政権運営にプラスとの主戦論が強かった前原グループだが、一方で「オリジナル民主党」の意識も高い。小沢氏の出馬表明前 は「小沢氏が何十人か引き連れて党を割れば、かえってすっきりしていい」との声も聞かれたが、国会議員の多数派工作で後れを取り、党分裂が政権崩壊につな がる危機感が前原グループ内でも高まった。小沢陣営のちらつかせた「分裂カード」が前原グループの主戦論を抑え込んだ。

 ただ、菅首相と鳩山氏が確認したのは「トロイカ体制の原点を大事にする」というあいまいな文言。菅首相は25日の鳩山氏との会談で「最高顧問」な どの名誉職的なポストを小沢氏に用意する意向を示し、鳩山氏が強く反発して26日の小沢氏の出馬表明に至った経緯がある。菅首相は30日夜、「人事権とカ ネ」つまり幹事長や財務委員長のポストを小沢氏側に渡す考えのないことを周辺に伝えた。

 菅首相は就任に合わせて仙谷官房長官-枝野幹事長のラインで政府・民主党を一体運営する体制を構築。特に仙谷氏は内政・外交の要となっており、 「仙谷政権」とも皮肉られてきた。小沢氏を要職に起用すれば、仙谷氏の役割や、前原グループなど首相の支持基盤にも変化が生じかねない。仙谷氏は30日 夜、記者団に「トロイカと輿石東参院議員会長の枠組みを大事にすると。明日からその具体的内容が模索されるという話だと解釈した」と首相の人事を見極める 考えを示した。

◇小沢氏側、歓迎と安ど
 「最高の談合だ。小沢さんは代表代行になるんじゃないか」。トロイカ体制での政権運営で一致した菅首相と鳩山氏の会談内容が伝わると、小沢氏の側近はこう歓迎した。「挙党態勢」を掲げて首相の譲歩を迫ったものの、展望があったわけではなく、小沢氏に近いベテラン議員は「これで党はいい方向に向かう」とほっとした表情もみせた。
参院選の敗北後、首相の政権運営に批判を強めた小沢氏。菅首相が早々と再選出馬を表明する中で、側近からは「(小沢氏出馬で)たとえ敗北しても、100人で離党すれば民主党は野党になる」(参院議員)。こうした「離党も辞さず」との強硬姿勢にも、首相は動かなかった。

 検察審査会は、今秋にも小沢氏の資金管理団体の政治資金規正法違反事件をめぐり、「強制起訴」の是非を判断する見通しだ。「政治とカネ」を抱えたままの出馬が世論の反発を呼ぶのは確実で、側近からも「今回は勝負の時ではない」との声がもれていた。

 その小沢氏が26日、出馬の意思を明らかにしたのは、首相がそのまま再選して「脱小沢」路線が続けば、党内最大規模の小沢グループ(約150人) の求心力を失う恐れがあったためだ。これを境にグループは多数派工作を加速。小沢氏自身も30日、議員会館の事務所に参院選で落選した候補を呼び、「戦い のしこりを残すのが今の民主党のやり方だ」などと批判を繰り返した。

 グループ内には「しっかり戦うべきではないかという思いがある」(松木謙公衆院議員)などと、割り切れない思いも残る。首相の譲歩を迫るため、若手中心のグループ議員を動員したことに傷跡も残りそうだ。

――以下省略――
毎日新聞 2010年8月31日 東京朝刊
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 あ、そうそう、「見出し」の意味をいっておかないとな。
「色はブラック・・・・・・」という記述だ。
 こういうことだ。
 TBSテレビのお昼時番組に、毎日新聞社の「松田なにがし」という人物がコメンテイタとして出演する。政治物話題なんかで発言するのだ。
 この人物について、常々感じていることがある。
――お昼時の放送だから、口の端に涎だか唾の泡みたいなものを溜めてしゃべるのはやめてくれ。こちとら、飯を食っている。きたない――

 身体機能との関係でどうしてもそうなるというのなら、ハンカチで押さえるぐらいの神経を使ってくれ。テレビ出演のマナーだ。視聴者に対する、礼儀だ。
こう感じているのである。

 そこで、上に引用した毎日新聞記事を読んでいたら、この人物を思い出し、涎の連想から、むかし浪人時代によく耳にした歌を思い出したのである。

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2010年8月27日 (金)

刑場公開、東京拘置所――千葉景子参院落選法務大臣とNHK19:00ニュース武田アナウンサ、地獄の閻魔様にベロを抜かれるだろ、いずれ。

2010.8.27
 千葉景子参院選落選法務大臣とNHK19:00ニュース武田アナウンサだが、ひどいね二人とも。ちたあ、「己は公共的な仕事に従事してる身だ」ってことを、まじめに考えたらどうだ。まあ、「なんでもあり」思想に身を売った連中だから、いっても無駄だろうがナ。死刑制度議論喚起のための刑場公開とやらのうさんくさい動きと、その報道のことだ。地獄の閻魔様にベロを抜かれるだろ、いずれ。
  昔からいうだろ、ウソをつくとそうされるって。

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一、千葉景子
 法律家のくせに民主主義的国政精神を踏みにじるような行動をしている落選法務大臣千葉景子が指示したとかで、死刑執行刑場(昔からいう「小菅刑務所」の刑場)を報道陣に公開したのだという。

 菅直人代表選側面援護射撃だろう。というよりも、菅直人の直接指示によるものか。いずれにせよ、少なくとも情を通じてのことだ。いや、違った、意を通じてのことだ。「情を通じて」とは西山太吉事件(沖縄密約事件)における起訴状の文言だ。一世を風靡したあの「迷文句」だ。「ひそかに情を通じた」ってね、外務省女性職員との「不倫」を匂わせて、というよりも、「外務省女性職員たる者の、清潔に身を律すべき立場の女性官僚のあってはならない不倫」を匂わせて、そういう男と女の情痴関係から機密を西山毎日新聞記者に漏らした不埒な事件だ、ふしだらな女だ、色で誘惑したけしからん記者だと国民の意識操作をしたわけだ。

 うん? 話がへっちょに飛んだが、うん、戻して、「菅直人内閣は、菅直人首相は、粛々と仕事をやってます」みたいなことを国民に訴えようというわけだ。「小沢ダメ、きたない、菅よし」のプロパガンダだ。オレはそうみた。

 来る9月14日後の組閣で法務大臣職を辞することが決まっている「2ヶ月大臣」だ。反小沢/菅続投支持言動を愛でて、菅直人が「どうせ2ヶ月」だとして褒賞留任させたといわれている大臣――「適任者だからだ」なんて強弁のおまけまでつけてのことだが――そういう大臣だ、。辞任まであと2週間ちょっとと迫ったこの時期に、派手に何をやらかしているんだね、しかも在任中8ヶ月は何もやらずして、この時期唐突に。可視化なんて重要課題はほったらかしにして。
 今月中にも(現在、27日)死刑制度検討委員会(正式名称は知らない、そのような趣旨のもの)を立ち上げるなんていっている。新大臣下の省行政との連続性の問題もあるだろうに、税金無駄遣いの危険を冒してまで、やることか。

二武田アナウンサ
 .NHK夜7時ニュースの武田アナだが、こんなふうに言っているのだ。ひどいぜ。
――「アメリカや日本など、死刑制度の存在する国がある一方で、死刑制度を廃止している国が130カ国・・・・・・」――

 ひどいな、相変わらずひどい。ペケペケNHK――「ペケペケ」とは「xx」の意、臭い物質を表わす言葉だが――、ク、いや違った、ペケペケNHK「そこまでやるか」ってとこだ、言い古されたことだが。

 「ひどい」とはこういうことだ。老婆心ながらいっておくと。
 アメリカ合衆国には、死刑制度を廃止している州がいっぱいある。制度廃止まではいかなくても、死刑執行を事実上停止している州もいくつかある。
 それをだ、え、「アメリカや日本など、死刑制度のある国・・・・・・」――こんな風に語っているのだ、国民に向かって。
 「あ、そうか、アメリカも死刑やっているのか。(日本は)アメリカと同じか、なら、廃止なんかする必要はないだろう」。
 国民はこう思う。短絡する。

 連邦全域で死刑を執行しているわけではなく、廃止している州もある。「州」とは国家だ、アメリカ「合衆国」という連邦を構成する要素としての「国家」だ。だからこういう場合には、つまり、州によってばらつきがある事項については、「アメリカや・・・・・・」という表現はしてはならない。
 このことを、武田というアナウンサが「うっかりしていた」、あるいは、ニュース原稿を作成した担当者ないし複数人による陣容が、「うっかりしていた」なんてことじゃないよ。ヘイ、国民のみなさん、「うっかりしていた」なんて絶対にないんだよ。オイ、いいわけすんなよNHK。そんなことは、絶対にあるわけない。

――アメリカ合衆国=「合衆国」、州のひとつひとつが独立国家のようなもの――
このことは、絶対に忘れてはならないこととして、叩きこまれる20ヶ条のひとつだ(「20ヶ条」とは例えだ)。寝ていても、夢の中でも絶対に忘れないことだ、報道関係者にとっては。

 さて、長くなったが、要するに、代表選について菅直人側面援護射撃をしているわけだ。なに(what?)、「アメリカという国が死刑執行国だ」と報道することが、なぜ菅直人支援につながるのだ。
 こう問う人がいるかもしれない。直感で援護射撃だと感じているのだが、論理的に説明するのは、うん、長くなるので、分析は省略する。自分で考えてもらいたい。

三、抜け目のない行動
 菅さんは、東京大田区の「町工場」を訪れて、円高影響に関する生の声を聴取したという。それでもって、「やるときはやる、決然とした手を打つ」なんてことを記者連中に語ったという。もちろん、代表選向けパフォーマンスだ。100%そうだとはいわぬが。一所懸命やっている、代表選などに血迷っておらず粛々と業務に従事している、ということを国民に見せるためだ。ネット用語で「B級」とか呼ぶ国民に。

 「やるときはやる」ってね、「やろうにも、できないのだ菅さんは」なんて声もあるんだけどね、ネットには。「アメリカの狗」みたいな関係の維持(為替介入はしない)を約束させられているからだとか、嘘かほんとか知らぬが。
 まあ、その点はさておき、とにかく、この菅直人という人物、以前から何度も書いているが、クレバー(clever)、奸佞(かんねい)、奸物、なかなかの人物だよ。
 小沢対決に、国民を味方につける。「へんちくりん世論調査」でもなんでもいいから、とにかく「菅直人続投支持80%」なんて声をバックにして、小泉次男議員に横須賀選挙運動で挨拶無視/握手拒否されたとして有名になった、アレ、なんってたかな、名前、とにかく、アレみたいな民主党一年坊主議員などを取り込もう」としているのだ。精力的に動いているのだ。
そうだ、思い出した。日銀総裁と、こないだは10分だったか15分間だか「しっかり頼む」みたいなことを電話で話し合ったと報道されていたが、来週早々白川総裁と、今度は「会って」話をするなんていっていたな。小沢対決用パフォーマンスに、俄然張り切ってるな。
 2ヶ月前からやってりゃよかったんだよ、ちゃんとした仕事を。小沢外し画策なんかじゃなくて。

 笑っちゃたね、思わず。
 「元気いっぱいだ」なんて、ぶら下がり記者連中に愛想を振りまいていた。
 なんかなあ、多少なりとも真心のある人物なら、その笑顔なら、まあ、「笑顔」ってことになるんだが、この人のはなあ、もちろん作り笑いだが、とにかく、奸物の愛想笑いは、「きもい」ぜ、今風にいうならば。

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NHK福地 茂雄会長
 久しぶりのNHK糾弾で思い出したが、福地茂雄会長、11月で任期満了退任だろ。もうすぐだ。よくやってくれたもんだよな、日本傷つけ行為、国益侵害行為、「小沢政治と金」プロパガンダ、「関係者によると」、「関係者によると」、鳩山政権潰し画策/加担/主導、偏向、歪曲、ねつ造報道。
 極端にいうなら、「日本沈没」一歩手前まで国をダメにした動きに加担した、あるいは、動きを主導した人物だ。「視聴者の立場に立った報道を」なんていいながらネ。
 この非難が当たっているかどうか、菅直人変節首相の言葉じゃないが、「歴史が評価してくれる」だろう。

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<過去記事から>

三、NHK会長・福地茂雄辞任 「こいつぁ春から縁起がいいわぇ」

 うれしいニュースだ。
 ――ゲゲゲNHKを糾弾し、併せて鳩山さんを応援する。「枯れ木も山の賑わい」だ。ゲゲゲとは「下の下の下」の丁寧語、偏向/わい曲/ねつ造NHKへの賛辞、ありがたく受けやがれ、それっ、ゲノゲノゲ―― 
 この檄を撤廃できる日を待ち望んでいる。
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 小沢一郎が勝てば、その先、解散、党分裂含みなどいろいろあろうが、併せて、ハップニングだとかサプライズみたいなことも起きようが、とにかく、ぬめぬめとした菅直人変節政権からはおさらばできる。
 当ブログの小見出しを変更することができる。

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御家人斬九郎
 死刑場公開NHKニュースで、床をストンと落とすための、つまり床が落ちるから体重でぶら下がって、首に巻いているロープが締まって首吊りになり、縊死するのだが、その床落としのためのスイッチが3基あって3人の執行官が同時に押すと語っていた。誰が「殺した」かわからないようにするためだという。
 執行官(刑務官)にトラウマ的心理負担がかからないようにするための措置だろうが、まやかしだと感じたね。ごまかしだ。

 鳩山弟議員が法務大臣として死刑執行命令にバンバン署名して、「粛々と署名して」一部の世界で騒然となったりしたが、ああそうだ、千葉景子そのものが、ついこのあいだ命令書に署名して死刑を執行した(させた)が、この場合には、命令書に署名した(命令書を執行した)法務大臣が「殺した」ことになる。
 トラウマ対策はないのか。
 「閣議決定事項」として、閣僚全員の署名によることだから誰が「殺した」か判別しない。こうしないのか。

 柴田錬三郎の小説に「御家人斬九郎」というのがある。首斬り役だ。刑場で刀をふるって罪人の首を打ち落とす役人だ。「打ち首」(斬首)刑の執行だ。「皮一枚残して首をストン」が作法だというが、一般に。結構な金になるのだ、この小説では。この斬九郎、凄腕なのだ。

 え、法務省のお役人、三人の「浅右衛門」(首斬役の役職名)に一斉に刀を抜かせて首を斬らせ、トラウマに陥らぬようにするか。まあ、江戸時代ではないが、理屈は同じことだ。
 危なくてしょうがないな、しかし、それをやると。ガチ、ガチ、ガチなんて三本の刃先がぶつかったり、刃が噛み合ったりしないか。怪我しちまうぜ、首斬人が。

 とにかく、ごまかしにすぎぬと感じたな。

[更新] 2010.8.28、16:40
 【「皮一枚残して首をストン」が作法だというが、一般に。】の部分を抹消した。それは、「切腹の介錯としての打ち首」の作法だった。斬首刑では首を斬り落とす。

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2010年8月26日 (木)

ハハハ、小沢一郎出馬、「可能性0.2%」なんてこいて(昨日)、見事に予想が外れたわけだが、それであれば、しっかりと勝ってもらいたいね、油断せずに。

2010.8.26
 ビールを一本(缶)買ってきて、今から冷やしておくか、開票後の祝杯のために(9月14日、投票/開票)。極上ビールを張りこまないとな、発泡酒なんかじゃなくて。(「0.2%」昨日記事)

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厚顔無恥
――省益追求の官僚主導ではなく、政治主導でやっていく――
 菅さんは、新人議員に対してこういうことを宣うているのだ、新人懇談会で(24日)。NHKニュースがそのことを何度も流していたが、これにはびっくりしたね。

 言う側の異常神経ぶりもひどいが、それはそれとして、新人連中はどんな思いで聞いたのだろうか。23日(初日)の懇談会、終了後のNHK取材カメラに向かって、「感激しました」(「感動しました」だったか)なんて「菅ヨイショ」声をあげていた「おばさん」っぽい女性議員がいたが、24日出席議員らも、この超欺瞞声明(政治主導)について、「感激した」のだろうか。
 国家戦略局構想を勝手に廃止して「首相のシンクタンク的なものにする」なんて変節を臆面もなくやってきている人物に「感激」だ。そういう人物が、「官僚主導ではなく、政治主導でやっていく」なんて宣うたことに感激だ。
 そんな議員がいるんだろうか。いや、いるかもな。いろいろいるから。

 書こう書こうと思いながらそのままになっていたので、このついでに触れておく。

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読書の秋
 古本屋で本をいっぱい仕入れてきた。主として、国内経済動向分析/政策提言ものだ。中谷巌のものだけでも5冊ある。ほとんどが2000年前後発行のものだが、なかにはそれより10年ほど古いものもある。今からいえば20年前ということである。海部俊樹政権末期から宮沢喜一政権(1991.11-1993.8)にかけてのころだ。
 「これからはこうなる」、「この先10年、景気はこう動く」、「痛みをがまんして、再生を」、「20年後にはこうなっている」――いろいろいってくれてるので楽しいね。
 結果がもう出ているわけだから。予測が当たっているかどうか、提言政策が奏功したかどうか、甲と乙が真っ向から反対の論を述べているが、乙の勝ちだった、甲はとんでもない「偽くら」思想を述べていた、などなど、楽しい。
 「おめえ、あのころこんなこと言ってたじゃないか」ってことだ。

 さてと、朝晩涼しく、過ごしやすくなるから、菅直人とんでも変節政権ショックに起因する思考夏痩せ回復のために、読書三昧だ、古本の。民主党代表選挙まで2週間プラスあるから、かなり読めるだろう。
 クズ六メディアが、――それは、「読売、朝日、毎日、産経、日経の、いわゆる『5大新聞』とその系列ないし関連放送局プラスNHK」、つまり「マスゴミ」のことだが――、そのクズ六が「小沢ああでもない、政治と金こうでもない」と騒ぎまくるのを見たり聞いたりすることになるので、毎日うざったい思いをするだろうが、まあ、中谷/竹中/小泉のお説教に従って、「痛みをがまん」だ。

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応援歌
 チリでは大変なことになっており、33人の一日も早い救出を願うばかりだが、この事件との関係でチリ国歌というものを初めて聴いた。そしたら、一部、フランス国家を思い起こさせる旋律があった。ざっと聴いたかぎりでの(ブログ記事を書く関係で)印象なので、当たっているかどうか定かではないが、そんなことがあって、このところ、フランス国家というものが頭の中に残っていた。そこで、小沢勝利のために、ユーツベを一つ載せておこう。
     La Marseillaise(ラ・マルセイエーズ)

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[更新]
 2010.8.26、20:25、
「読書の秋」と「応援歌」の欄で、「だら長い」文を途中で切って二つに分けるなど、ほんの少し修正した。

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2010年8月25日 (水)

可能性0.2%ってとこか――小沢一郎代表選出馬の件だが――「もう少し時間をくれ」発言を解釈すれば、そんなとこじゃないのかな。まあ、みなさん気が揉めるこった。明日はっきりするようだが。

2010.8.25
 小沢一郎、出馬するのか、しないのか。
 「間違いなく出る。もしも、万一、まちがいないが、もしも、外れたら、そのときは頭を丸める」――厳しく言いきっている人は――ざっと見渡して、いないようだな、いまのところ(8.25.20:00)。出馬願望/要望/夢想はごまんとあるが。悲鳴に近いようなものも多いが。

 この先半年ぐらいは、「毎日メシがまずい」思いをがまんしなきゃいけなくなったようだ。あの悪夢のような麻生政権時代の日々がまたやってこようとは。なんてこった、年寄りをいじめるなよ。「半年ぐらい」とは衆議院解散総選挙のことをいっている。
 へい、小沢さんたのむぜ、早く解散させてくれ。民主党を割ってくれ、菅直人なる人物の顔を、昼飯晩飯時のテレビ画面から消し去ってくれ。敵は躍起になって解散潰しを画策してこようが、手はいろいろあるだろう。ぶちかましてやってくれ、解散してくれ。

◆◆◆◆◆◆◆◆
 なんだネ、幅15メートルぐらいの川が近くにあるのだが、川面、葦の茂み、夏草ぼうぼう河原の上を赤とんぼが停まったり飛んだりして行き来し、川面をツバメがヒューッと飛び去り、宙返り反転で戻ってくる。南方に戻る食いダメをしているのか。かかっている橋、高さ10メートルくらいの位置にある橋の真ん中で立ち止まって眺めているのだ。低い丘陵が散在する「里山の残骸」みたいな地域だ。
 橋を渡って山沿いの小路に入ると、足もとから「ショウリョウバッタ」(米つきバッタ、お辞儀バッタ)が、キリキリと飛んでいった。実際には音はしないのだがね、感じとしてそう飛んだのだ。普通は緑だが、こいつは茶色のやつだった。小路は梅林に通じ、その中を抜けて、丘陵住宅街への階段に続く。

 へんな文章になったが、うん、秋が来ていることをいいたかったのだ。毎日暑いが、それでも秋が来ている。
 毎年、この時期になると女郎蜘蛛(じょろうぐも)をみるようになり、張った巣にわずかにそれと分かる細い体の幼いそれが毎日餌食を食って、やがて10月、色彩豊かな立派な大人になり、11月、いなくなる。死んでいくのだろう。
Photo                                               画像はWilipediaから

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2010年8月24日 (火)

救出シャフト掘りに4ヶ月かかるというのだが、なんとかならんのかネ、ニッポン。1ヶ月短縮、20日、せめて10日でも。チリ鉱山事故の件だ。生き埋め33人の命だ。

2010.8.24
  金を出し、知恵を絞り、世界一のトンネル掘り技術の粋を、道具を提供し、力を貸してやれ! 日本! 生き埋め者救助に助けを出そう!
 チリは、世界有数の鉱山立国だ(銅生産量世界一)。したがって、当然のことながら、世界有数、最先端の鉱山技術、掘削技術、ノウハウ、経験を有している。そのことは百も承知だ。
 だが、なんかあるはずだ、「百尺竿頭一歩を進める」みたいなことができるはずだ、例えは古いが(それに、ちょっとピント外れか)。救助作業を加速させるプラスαを提供できるはずだ。
 「チリは充分持っている、加える要素はない」――端からそう決めてかかってはダメだ(*1)。

 鳩山(由紀夫)さん、あんたの出番だ!
 ズズーイッ、ドバドバ、ダダーッと動いてくれ、素早く、力強く。各界に支援を仰ぎ、義に訴え、号令を発し、檄を飛ばし、動き、立ち回り、這いまわり、部隊をまとめ上げてくれ、頼む。あなたならできる。
 4ヶ月、120日も待つのだ。地下700メートルだ。え、どうだね、想像を絶するね。
 5日でも10日でも、20日でも、短けりゃ短い方がいい。待ってる間に予期せぬ事故が起きたらどうするんだ。さらなる地震で生命線のシャフトが潰れるとか。とにかく、文字どおり、「一刻も早い」救出が肝要だ。

*1.NHKニュースでちらっと見ただけだが、救助作業現場の機材や陣容の様子からして、「最先端」でもないような印象を受けた。ただし、事故が起きたこの鉱山は金と銅を掘りだす小規模鉱山だとされ、大手鉱山ではこのような事故はめったに起きないとされるので(参照しているNews Daily)、そのような関係で設備等が劣っているのかもしれない。

◆◆◆◆◆◆◆◆
 以下の記述は、News Daily記事からの情報に基づくものである。

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 2,300フィート(690メートル)直下の居場所までグレープフルーツ程度の大きさ(円周)のシャフトを貫通させたが、その掘削ドリルに、手紙を巻きつけて生存を知らせてきたのだという。事故から17日経過後の奇蹟だ。
 欣喜雀躍、救助作業員たちは「ドーブ」(鳩)と呼ぶプラスチック製の円筒形容器でブドウ糖溶液やゼリー、医薬品を送り始めた。
 救出シャフトを現場まで通すには4ヶ月かかる。生き埋め坑夫たちには、どの程度時間がかかるかということは知らせていない。

 「みんな元気だ。救助を待っている」。
 生存坑夫たちを統率しているシフト班長(隊長)の Luis Urzuaは、鉱山相Laurence Golborneに、無線で語りかけた。その周囲では生き埋めになっている坑夫たちが、感極まって手をたたき、囃したて、チリ国歌を唄っている。


       チリ国歌


  救助掘削作業は、国営銅鉱山大手のCodelco's El Teniente社マネジャー、Andre Sougarretが率いているが、同氏はほかにもう2本シャフトを掘る予定だと語っている。一本はこの先数カ月の通気確保と通信その他のやりとり用で、もう一本は、こちらはもっと広いシャフトなのだが、これは滑車を使って坑夫を地上に引き上げるのに使用する。
 現在、別の鉱山からもっと強力なドリル(掘削機)を現場に輸送しているところであるが、この引き上げ用の大きな孔をどこに掘ればいいか頭を痛めている。地盤が不安定であり、さらなる落盤を引き起こさないようにしなければならないためだ。Sougarret氏は、引上孔を貫通させるには3-4ヶ月かかるであろうと語っている。

水と空気が命を救った。
 飲料水タンクと通気が坑夫たちの命を救った。しかし、食物はごく少ない。医療担当政府職員の言では、17.5から20ポンド(8-9キログラム)体重が減るだろうと予想している。坑夫たちは48時間置きに缶詰のマグロを二口と(
2回ほうばる)コップ半分のミルクしか摂取していないという。

 日曜日に、救助隊はテレビカメラをシャフトを通じて降ろし、数名がレンズを覗きこんだ。暑さのためにシャツを脱いでいる者がいる。政府担当官によると、予期していたよりも元気そうだという。坑夫たちは、坑内トラックのバッテリーを電源にしてライトをつけ、ヘルメット・ランプに充電しているという。
Photo
サンチャゴ市(Santiago)の北方725キロメートル(450マイル)に位置するCopiapoの銅/金鉱山で地中深く閉じ込められた33人の坑夫の一人Florencio Avalosの録画映像を示したコンピュータ画面
    2010.8.23、ロイター/Ivan Alvarado


 「坑夫たちは生きている。しかし、やるべき仕事はまだ終わっていない」。
Sebastian Pinera(
セバスチャン・ピネラ)大統領は、首都サンチャゴで語った。労働安全規則を厳しくする行政のことをいっているのである。ピネラ大統領は、この事故をうけて、同国の鉱山業務監督庁長官を罷免したが、そのうえで、同庁の機能を大幅に改善すると宣言している。

 政治評論家たちは次のように述べている。すなわち、これまでに、ピネラ大統領が鉱山業務ロイヤルティ(権利使用料)の変更(値上げ)(
*2)をうちだし、中道左派野党がこれに反対しているといういきさつがあるが、坑夫たちが生存していたという感動的なできごとと政府の対応姿勢からして、大統領がこの変更(値上げ)を推し進めるうえで追い風になるのではないかとする。

 日曜日、夜の帳が降りる頃に、喜びに満ちた近親者らが救助作業員たちとバーベキューの焚火をとり囲み、冷たい霧が鉱山の頂上を包みこむなかで、伝統音楽と舞踏でこの奇蹟を祝った。
 日曜日、奇跡のニュースが流れると、数千人のチリ国民が車のクラクションを鳴らし、レストランでは拍手の渦が湧いた。

 「17日間の悪夢だった」。42歳の老坑夫Sandro Rojasがいう。その弟と、従兄弟二人と、甥が一人、閉じ込められた人々のなかに混じっている。「弟が戻ってきたら、『愛してるぜ』といって、キスで窒息させてやる。正直なところ、興奮して、口をきけるかどうかわからないな」。

 州知事が語るところによれば、このSan Jose鉱山はCompania Minera San Esteban Primeraという民間企業が所有するもので、何度も災難に見舞われているという。この数年間で16人が死亡している。
 1972年にアンデス山中で飛行機墜落事故があり、16人が72日も山中で生き続けて救助されたが、今回のこの鉱山事故はそれと比肩するものである。飛行機事故は、"Alive"(「生きていた!)という題目でハリウッド映画になった。
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*2(当ブログ主による注記)
 他のソースから、「変更」とは「値上げ」であることが判明した。


[更新] 2010.8.25、18:35、「(*2)注記」を追加した。

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2010年8月23日 (月)

小沢一郎は出馬するのかしないのか、出馬する場合は勝てると見切ってのことだろうが、さて、実際に勝てるのか。いよいよ火がついてきた。熱いこった。毎日暑いね。

2010.8.23
一、しかしなんだね、ここまで騒がれると、「私は出馬しません」というわけにもいかないだろうしな、もう。もしそれをやると、「あんた、もう終わり」みたいな風が内外に吹くだろうし、「いや、なに、みてろ」という気構えであっても、菅直人続行首相は再選を機にスルっと身をかわし、あの手この手を打ちながら、小沢の横っ面を張りながら、顔を逆なでしながら、一挙にダッシュ、100メートル、150メートル、200メートル先を逃走し続けることになる。小沢さんはもうダルマさんだ。「オノレ、オノレ」と地団太踏んでいるあいだに、すぐに一年、二年。ダルマさんじゃ地団太も踏めないか。まあ、それはそれとして。

 菅直人という人物は、とにかく、3年続けたいのだ。議員任期いっぱい首相を続けたいのである。続けられればいいのだ。「国がどうなるか」なんてことは、まあ、いうならばどうでもいいことなのだ、この人にとっては。「いうならば、どうでもいい」とはこういうことだ。すなわち、そういうことをまったく考えなくはないだろうし、そりゃ、よくなった方がいいと考えるにはちがいないだろうが、「こうしたい」、「よくしたい」という意欲をもってというか信念に基づいてというか、とにかく一途にそのための行動にまい進するということはない。鳩山バトンタッチ以後の行動からして、そうみる。
 「歴史に名を残す」。これなのだ。
 「超短期政権連続の悪しき連鎖を断ち切った男」。この名が欲しいのである

 新人一年生議員との面接対話で、「3年先にダブル選挙、まかせておいて、安心してついてきてくれ」なんていっているそうだが、この考えに基づくことだ。
 
 ところで、山岡賢次氏ではないが、「菅総理のままでいくと、解散総選挙に追い込まれてしまうことになる」ということがある(「ねじれ」で法律制定活動が機能しなくなる結果)。つまり、「その点を忘れたのか、3年も続くわけないだろう」ということである。「ブログのおっさん、浦賀屋、なにいってんのや」。
 そこは、こうだ。

 菅直人という人物は、語呂合わせではないが、奸物、奸佞、仁義なき策士だよ。 不遜にも2009.9政権交代時マニフェスト/精神を捨て去って(自己保身を狙ってのことだが)参院選に臨み惨敗、責任は一切取らず、居直り、居座り、手のひらを返したように「政権交代の初心にもどってマニフェスト/精神」を推進するなどと、ぬけぬけとほざく。代表選が終わるまでは、弱ったように見せかけ、首をすくめてじっとしている。とみせかけ、新人議員への恫喝踏み絵面談をやる、パキスタンにヘリ部隊を派遣する、宮崎口蹄疫補償で300億だかを支出する、大学新卒求職支援活動視察(京都ジョブパーク、京都外大)などの国民向けパフォーマンスを抜け目なくやる。なかなかの人物なのだ。自党小沢派懐柔/切り崩しをはじめ、自民、公明、「みんな」ほか他党との談合など、節操もなにもあったものじゃなく、金を撒き、餌を与え、手を握り、パーシャル連立だのなんだのと能書きをいいながら、とにかく、「なんでもあり」で過半数確保に動く。解散回避に動く。
 こういうことで、なんとかのらりくらりと切り抜ける。少なくとも、2年ぐらいは保つ。

二、さて、出馬するのかしないのか。
 高みの見物だ。
 西岡参議院議長が、「菅への対抗立候補は離党覚悟じゃなきゃいけない」なんて、わけのわからないことをいっている。
 江田五月前参議院議長が、菅の応援隊長として動き出した(下記引用記事)。この二人、互いに「戦友」とよび合うほどの同志なんだってね。江田の親父、故江田三郎氏の死の枕元で結束を誓い合ったと江田五月が語っている。
 いろいろと賑やかなこった。
 
◆◆◆◆◆◆◆◆
首相支持陣営も動きを本格化させている。
 菅グループ「国のかたち研究会」(座長・江田五月前参院議長)は23日午後、国会近くで事実上 の決起集会を開催。今後は「脱小沢」路線で一致する前原誠司国土交通相(48)、野田佳彦財務相(53)がそれぞれ率いるグループを加え、週内に合同選対 を立ち上げる予定だ。「剛腕」でならす小沢氏ら「反菅」勢力への対抗意識をむき出しにした形で、3派連合で約100人規模となる。

zakzak、2010.8.23
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[更新] 2010.8.24、9:30、zakzak記事からの一部引用文を掲げた。

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2010年8月19日 (木)

①小沢一郎、「代表選出馬の含みも残してどうのこうの」、なんてNHKニュースがいっているのだが、はて・・・・・・ ②なんかうさんくさい気がする臓器提供手続き、脳死者「意志確認」――社団法人日本臓器移植ネットワーク

2010.8.19
一、小沢一郎と民主党代表選
1.NHK19:00ニュース(2010.8.19)では、「代表選出馬の含みも残してどうのこうの」といっている。鳩山軽井沢別荘集会への小沢一郎出席をうけてのことだ。その報道につき、政治部記者の解説もつけた。

2.朝日新聞(asahi.com)では、次のように報じている。
――小沢氏周辺も19日、「小沢氏は腹を決めている。政治生命をかける」と語った。
――小沢氏としては、自身に対する党内の支持が広がるかどうか慎重に見極めたうえで判断する構えだ。

3.当ブログ主としては、以前からのことだが、代表選出馬はないとみている。その点については、まず、まちがいなくそうなるであろうから、それでいいのだが、引っかかるのは次の点だ。
 すなわち、NHKがそのように報じるということは、つまり、出馬の可能性があるように報じるということは、報じることについての小沢の了承があってのことであろう。さらにいえば、報じさせるように画策したのであろう。だが、そうするつもりもないことを、なぜ報道させるのか。起きる可能性0%のことを、なぜ、「可能性無きにしも非ず」と繕うのか。
 この分析が難しい。

 菅への牽制か。牽制たってなあ、だからって菅が出馬を降りるってことでもないだろうに。では、遠からずと読む(多分に、自らの画策による結果としてのことだが)解散総選挙を念頭に置いてのことか。すなわち、その際の国民の民主党離れ、あるいは小沢新党不人気を防ぐために(党を飛び出した場合)、早々と、マスゴミのいう「『政治と金』男」の面を国民の前に何度も曝して、有権者団の心理に、「小沢って顔を見ただけでいや」症候群に対する免疫を醸造しておく。こういうことか。
 とにかく難しい。まあ、ネットでいろいろ教えてくれるだろう。

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asahi.com
Photo
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YOMIURI ONLINE
2 Photo_3  

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二、社団法人 日本臓器移植ネットワーク 
 こういう組織があって、「最善の方法で臓器が贈られるように橋渡し」をしているなんて、知ららなんだ。
 このところ、連続して、NHKニュースで次のような報道を目にした。
 大々的にとりあげた報道であり、記者会見場面なのだが、だれだか女性が、何本ものマイクに向かって、脳死と判定された所与の人物が、「臓器提供拒否の意思を示していないことを確認した」とか、「死んでも、体の一部が生きていると思うとうれしい、と家族は語っていた(細かい表現は異なるかもしれないが、そのような趣旨のこと)」なんてことを語っている。
 腎臓だの、心臓だの、目だの、身体のあちこちの部分が提供されるんだそうだ。

 なんか、「ちょっとおかしい」という気がしたね、直感的に。
 直感だ、うん、直感。なにかが、「おかしい」と囁いている。

 「臓器提供はいやだという意志を示していなかったことを確認した」というのだが、この日本臓器移植ネットワークという組織が確認するというのだが、うむ・・・・・・。
 「何人も思想のゆえに罰せられることない」なんて刑法の法諺があるくらいに、「内心」という問題は難しいことなのだ。むやみに「いじれない」ことなのだ。つまり、この法諺が意味する一局面には、「悪しき意思の有無を正しく判断することは非常に困難であり、誤判の危険が多い」という教えが含まれている。それなのにだ、うむ・・・・・・。
 「臓器を提供してもらいたいという人(レシピエント)に最善の方法で臓器が贈られるように橋渡しをする(同所)」、うむ・・・・・・。

 問題について深く考察したわけでもなく、事が重大な社会問題に関する事項でもあるので、軽率な物言いはできないが、このように直感に響いた。「直感」というやつは正直者なので、それで困っているのだが・・・・・・、うむ。

 直感を不愉快にくすぐったのは、記者会見における物言いに宣伝臭が、宣伝姿勢が過ぎるのではないかと感じたことが直接の原因だ。ドナーの数を増やさなければならないという大命題があるということは理解できるのだが、それにしてもだ。
 今後、この問題に注目していくことにしよう。

********************
YomiDr.
  改正臓器移植法が先月17日に全面施行され、約1か月で2例目となる脳死判定が行われた。改正前は約13年で87例しか法的脳死判定が行われなかった。今後、国内で臓器移植がもっと増えるのだろうか。

 1例目からわずか10日での2例目の実施について、19日記者会見した日本臓器移植ネットワークの小中節子医療本部長は「早い、遅いということではない。過去にも短期間のうちに移植が行われたことはある」と語った。

 今回の脳死臓器提供は、まず主治医が家族に対し、脳死臓器移植の選択肢があることを説明した。この病院では過去に1例、臓器提供の実績があったという。

  ネットワークは17日夜から18日午前にかけて、男性が臓器提供意思表示カードを所持していないことや、免許証、健康保険証などでも提供を拒否する意思を 示していないことを確認。男性と同居していた両親を中心とした4、5人の親族が、同日午前、脳死での臓器提供を承諾した。

 家族承諾の脳死 判定が続いたことについて、日本移植学会広報委員長の相川厚・東邦大教授は、「法改正前は、生前に本人が臓器提供の意思を示していても、意思表示カードが ないために臓器提供が行われないことがあった。法改正によって提供の道が開かれた結果で、予想通りのペースだと思う」と強調する。
――以下省略――
(2010年8月19日 読売新聞)
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[更新]
 2010.8.20、16:30、臓器移植関連の記述を少し修正した。

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2010年8月18日 (水)

居座り/居直り/破廉恥/菅直人総理大臣を早く引きずりおろしたい気持ちは分かるが、「小沢さん、出馬して」だの、「出馬の意向が固まった模様」だの・・・・・・。どうかと思うね。

2010.8.18
 九月代表選小沢出馬なんて、普通に考えれば、ありうべくもない話だ。それを、ありそうに「もっていって」ネットであれこれと論じるのは、自慰行為でしかない。刺激が欲しいがための架空世界遊戯の論議だ。実現の根が絶たれた夢、得られないことが分かっている強烈な刺激の入手を夢見ての自慰行為だ。
 いうならば、「自ら創り出すブロウショブ幻想」だ。ややえげつないが。
 「阿修羅」というページを「愛読」していて、そう感じている。

◆◆◆◆◆◆◆◆
一、「小沢一郎首相」はもうない
 小沢一郎が説くところに添った民主党政権の実現を目指すのなら、そのためにネット論述をするのなら、半年、一年、一年半、二年先のことを見据えた、戦略的論議をしたらどうか。戦略的論議とは、多分に国民を啓発/啓蒙するためのそれのことだ。遠からずして来る解散総選挙で「小沢新党」に投票するように仕向けるための啓蒙だ、煽動だ、意識操作だ。例えばの話だが、そういう活動だ。

 仮の話で「小沢新党」といったが、小沢一郎本人が総理大臣になることは、もう、ない。そうみる。そのことに関連してのことだが、小沢一郎が内閣総理大臣になったからといって、それこそ、「阿修羅」のような活動ができるわけでもない。快刀乱麻を断つがごとき活躍をして、一挙に日本を押し上げることができるわけではない。神格化してはいけない、偶像崇拝はよくない。「小沢さんじゃなきゃできない」なんて論が、馬のクソみたいにあちこちに転がっているのでいうのだが。

二、そこで、「若手」ということになる。
 誰かいないのかい。歯がゆいね。
 ――暑くて思考パンク、ここまで――   熱中症でコロっといったら、いけないだろ。


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2010.7.18記事から
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 ところで、代表選挙に小澤出馬を期待する声があるが、小澤で勝てるわけがない。国民の9割が嫌う人物だ、クズ六メディアが――それは、読売、朝日、毎日、産経、日経の5大新聞とその傘下ないし系列放送局+NHKの、いわゆる「マスゴミ」のことだが――このクズ六がこぞって「仕掛け」にかかっている人物だ。勝てるわけがない(つまり、小澤支持票が過半数以上あるとしても、小澤を党首に選んだ結果としての小澤内閣が――党首=総理が必然かどうかという点は考えないとして――長続きするわけがないから、すなわち、毎日クズ六から叩かれるわけだから――そのことを考えると、小澤への投票を躊躇せざるをえず、結果としてとり止めることになる)。代表選をやるとするなら(すぐに党を割るべきなのだが、その点を一応措くとして、もしやるとすれば)、担ぐのは若手腹心だ。小澤氏本人も、出馬要請に応じるなんてことは、まったく考えていないだろう。熱狂的な小澤信者は、ここらのことになると、急に眼が見えなくなるようだ。
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2010年8月17日 (火)

五百旗頭真(いおきべまこと)とJ.J.Johnson(ジェイ・ジェイ・ジョンソン)、what? ―― 解答編 ―― J.J.Johnsonがテイルゲイト・トロンボーン奏法というものに一定の敬意を払っていたというのだ。

2010.8.17
 クイズ記事の続き、つまり、その回答だ。
 答えを出さないままで一週間ぐらい放置して、「どうしたんだ、どういう関係なんだ、コノ、早く答えを出せ」というイライラを世に沸かせようとも思ったのだが(「世に」ってね、何人いるんだ)、暑い時期だ、「異様に暑い」という年のそのまた暑い時期だ、「沸騰させる」のは止めた。解答を示す。
  ――こう書いて記事を載せようとしたのだが果たせず、それから二日が経過してしまった。暑いから、へたった。さてと。

◆◆◆◆◆◆◆◆
一、朝日新聞記事のこと
 2010.8.12朝日朝刊3面に、「夏の基礎講座」なるシリーズの2時間目だとして、「同盟」ということについての教養啓発記事が載った。防衛大学校長五百旗頭真(いおきべまこと)に対して、朝日新聞の文芸畑編集委員(佐久間文子)がいろいろと訊ねるという企画のものだ。 
 その冒頭部分に(冒頭から少し行ったところ)次のようなくだりがある。

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(五百旗頭)
 合従連衡という言葉をご存じでしょう? 春秋戦国時代の中国で、大国秦をめぐり遊説家蘇秦は周辺6国が同盟を結び対抗する合従論を説き、張儀は小国が生き延びるため秦と結ぶ連衡論を主張した。二つの技法は国際政治学で安全保障の手法としていまだに言われるバランシングバンドワゴンです.。

(佐久間)
 バンドワゴンというと楽しげな楽隊を想像しますが、強い国につくということですね。今の日本はアメリカとの同盟ですが、過去にはどんな同盟が?
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 そこで、「バンドワゴン」(bandwagon)について調べ始めた。Googleだ。日本語、「バンドワゴン」で検索すると、「バンドワゴン効果」(Bandwagon Effect)と、1953年MGM社ミュージカル映画"The Band Wagon"(邦題「バンドワゴン」、原作は1931年舞台ミュージカル)に関連する記事ばかりだ。 "bandwagon"と英語で検索しても、似たり寄ったりで与太記事ばかり(ただし、検索オプションを言語=英語、地域=アメリカ合衆国として現れるWikipediaでは、「ピッタシ」の案内が出る――下記参照)。
 「強い国につく」という意味で出ている記事は存在しない(徹底的に調べたわけではないが)。かろうじてそれらしき意味が推測できるものとして、Wikipediaによる「バンドワゴン効果」の解説があるぐらいだ。次の如し。

――「バンドワゴンに乗る」とは、時流に乗る・多勢に与する・勝ち馬に乗る、といった意味である。政治学・社会学と経済で使われる」――

 「なんかおかしいな、なんで出てないんだ、いまいましい」。
 そこで、"balancing and bandwagon"で検索すると、当たり! "Bandwagoning"という見出しでピッタリのWikipedia解説が出ていた。その解説のなかで参照項目として"bandwagon"が掲げてある。クリックして、"Bandwagon may refer to:"(「バンドワゴン」は、次のような種々の意味を表わすことばとして使用される)の一覧を:眺めやると、あるね(*1)。
  <<<Bandwagoning, a term in international relations>>>
     (Bandwagoning―国際関係論で使用される用語) (解説の詳細は末尾に掲載)

     *1.Bandwagon"が表わす意味の一覧を、この記事の末尾に掲げておく。

◆◆◆◆◆◆◆◆
二、テイルゲイト・トロンボーン
 こういうことで、この記事でいっている「バンドワゴン」の意味が理解できた。

 ところで、「バンドワゴン」っていや、思い出すことがある。「テイルゲイト・トロンボーン」(tailgate trombone)だ。
  それはどういうものかというと、ニューオリンズ・ジャズ(New Orleans Jazz)――それはjazzの原始的形態というか初期形態というか、とにかくルイジアナ州ニューオリンズの黒人社会において1900年前後から盛んになり始めた音楽だが――そのNew Orleans Jazzというジャズ形式における一定のトロンボーン奏法のことである。

 場合によっては、楽隊が乗った荷馬車やトラックの荷台、つまり「バンドワゴン」(bandwagon)だが、その最後尾に、進行方向に背を向けて、足をぶらぶら垂れ下げて座った状態でトロンボーンを吹くという状態、状況、光景、あるいは、吹いているトロンボーン奏者などを指すこともあろう。荷台の後部開閉板のことををテイルゲイト(テイルゲート)というのだ。なぜトロンボーン奏者がそこに座るのかというと、スライドを延ばしたり縮めたりするスペースが確保できるからである。その者の前(進行方向からいえば後方)には、広々とした空間があるだけなのだ。

 パレードや催しの宣伝、賑やかし、選挙運動などで繰り出すバンドワゴンには、通常、6人編成バンド+αのミュージシャンが乗る。6人とは、トランペット、クラリネット、トロンボーン、チューバ、バンジョー、ドラムだ(スネア、バス)。

 そこで、肝心の「テイルゲート」奏法のことだが、先に「一定の」奏法といった。だが、杓子定規な規則があるわけではない。New Orleans Jazzというものに、ジャンル区別上の一定の特徴、音楽特性があるのと同様に(そんな区別は無用だという論もあるが、それはそれとして)テイルゲイト・トロンボーンという奏法も、「一定の特徴」が感じ取れる、聴き取れる、存在する、というだけのことである。
  その特徴とは、伝統的というか、保守的な味のするというか、男らしいといううか、「切れ」がいいというか、豪快というか、とにかくそういう奏法なのだ。伝統的/保守的というのは、そういう原始的jazz音楽というものが時代とともに一方では楽理的向上などの発展を遂げ、他方では商業化に堕していったりするなかで、昔を振り返って、多分にブラスバンド(*2)におけるトロンボーンの役割/旋律/奏法との関係でいう評価である。「男らしい」という表現は、まあ、そういう言葉が自然のものとして活きていた世代にだけ分かってもらえばよい。

 うん、うだうだ能書きを述べるよりも聴いてもらった方が早い。

*2.ここでいう「ブラスバンド」(brass band)は、われわれが一般に「吹奏楽団」としてイメージするそれ、すなわち、中学/高校、消防隊/警察隊/自衛隊などのそれとはちょっと違う。New Orleansの黒人社会においては、従来、例えば「葬式」の際に、バンドを繰り出して、亡くなった者の家から墓場までを往復するようなことが行われていたのだが、そういうバンドのことを指すのである。編成は、7-8人のこともあろうし、もっと多いこともあろうが、トランペット、クラリネット、トロンボーンの「三管」+チューバ、バンジョー、ドラムスといったところが標準的である(三管については、同じ楽器が複数人いることが一般的)。墓場までの往路は悲哀/哀悼感情を表わす曲で行進し、復路は、「天国に行ってよかったな」とアップテンポの曲に乗って、賑やかに踊りながら帰ってくる。

◆◆◆◆◆◆◆◆
 まずはいわゆるNewOrleans Jazzというものを聴いてもらおう。そこでのトロンボーンがどういうことをやっているかを。曲はPanama Rag(or simply "Panama")というもので、Trombone奏者は("trombonist"なんてことばがあるのは知っているが使わない)Jim Robinsonという男だ。1953年の録音だというが、非常に「いい」演奏だ、スイングするし、盛り上がるし、絶妙の3菅アンサンブルだし、とにかくいい。ジムは画面に現れる解説標示によると1892年生まれだから、このとき62歳か。だが、真っ盛りだね。円熟の中に荒々しさを失わず、力と野性味が溢れている。この人は、ずいぶん齢がいってまで元気で演奏していたようだ。

 そいでもって、実際の動き、トロンボーン奏者の動き、というか、スライドの延ばし縮みの動きだが、それを示すとこうだ。1960年代初期、ドイツでのTVスタジオ録音だというから(「コメント」欄で誰かがいっているんだが、どうかな)、上の録音から10年ほど経った後か。ジムは73、4歳か。それにしちゃ、若いね。曲はMahogany Hall Stomp(マホガニィ・ホール・ストンプ)。

 要するに、この動きが必要なのだ。だから、バンドワゴン上の狭いスペースだと、スライドの突端で他人を突いたりするので動きが制約されてしまうわけだ。そこで、テールゲイとに陣取る。こういうことだ。
思い出したが「足湯」というのがあるね。温泉地なんかで、座った状態で足だけお湯に浸けるあれ。あの状態でトロンボーンを伸ばしたり縮めたりして吹いている状態を想像してもらえばよい。

◆◆◆◆◆◆◆◆

テイルゲイト・トロンボーンの鉄人キッド・オリー(Edward "Kid" Ory)

(1)さて、次いでこれだ。キッド・オリーという奏者のトロンボーンを聞いておくれ。

 Jazz史上有名で、且つ、音楽的発展の見地から重要な意味をもつ" Louis Armstrong and His Hot Five"という5人編成バンドの録音だ(トランペット、トロンボーン、クラリネット、バンジョー、ピアノ)。曲はマスクラット・ランブル(Maskrut Ramble)。

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 この演奏は「録音用」のものだから、ニューオリンズの街角で、あるいはパレードのバンドワゴンで気軽に楽しく演っている雰囲気には欠ける、というか、ない。むしろ音楽的に最高のものを目指そうとする知的緊張感みたいなものが漂う演奏だ。ただし、ガチガチに固くなってしまっているということではない。サッチモ(Louis Armstrong)の演奏はもちろん素晴らしいが、オリーのボンもすごい。

(2)もういっちょう、別の意味ですごい演奏。
 オーソン・ウェルズ(Orson Welles)、あの「第三の男」のあの男が主催する1944年ラジオ・ショウでの演奏を録音したものだとされる。 第二次世界大戦、ノルマンジー上陸の年だ。曲はHigh Society(ハイソサイエティ、「ハイソサイエティ・ラグ」ともいう)。何がすごいかというと、演奏メンバーだ。Mutt Carey(trumpet)、Kid Ory(trombone)、Jimmie Noone(clarinet)、Buster Wilson(piano)、Bud Scott(guitar)、Ed Garland(base)、Zutty Singleton(drum)。最高の組み合わせだぜ。もちろん、演奏もいい。ただし、残念なことに、78回転spレコードの針が飛んだせいだと推測するが、コーラスが始まって16小節過ぎたところから、8小節ほど抜けている。バンド紹介はOrson Wellsその人だという。いずれ聴き取って、何を喋っているか、更新加筆として記すことにしよう(聴き取れればだが)。


(3)そして、Kid Oryというというトロンボーン吹きはこういう人だ。

 肌の色がやや白く見えるのは、クレオール(Louisiana Creole)だからである。このクリップのなかで演奏している最後の曲は「クレオール・ソング」(Creole Song)という曲で、クレオール語(フランス語系クレオール語)の歌詞を唄っている。フィルム(映画)は 1956年のものだそうだから、当時71歳だ。

◆◆◆◆◆◆◆◆
三、J.J. Johnsonはテイルゲイト・トロンボーンというものに一定の敬意を払っている。
 「バンドワゴン」との関係で"tailgate trombone"をgoogle検索していたら、こんなブログがあった("Jerry Zigmont Blog")。ブログ主(Jerry Zigmont)は次のように語って、J.J.の音声録音を載せている(以下はそのブログの翻訳)。

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             ジェイジェイジョンソン、テイルゲイト・トロンボーンについて語る
                       (J.J.Johnson Speaks On Tailgate Trombone)

  J.J.ジョンソンは、時代を問わず最高のトロンボーン奏者だと多くの人々から認められているのだが、彼は、いうならば、チャ―リィ・パーカーやディジィ・ガレスピーの行った改革(
*1)を、トロンボーンという自分の大ざっぱな楽器に移入したことになる。その関係もあり、ジェイ・ジェイは、ものすごいスピードで、いとも簡単そうにフレーズを吹いて見せる。だから、聴き手は、時として、彼がバルブトロンボーンを吹いている(スライドではなく)と思い込んでしまうことがある。輝かしい経歴の持ち主であるこのジェイ・ジェイの演奏を、私は実際に目にし、聴くことができた。会うこともできた。幸せだ。
 
 ところで、私は最近、ジェイ・ジェイが1997年に"Piano Jazz"(
ピアノ・ジャズ)というMarion MacPartland(マリオン・マクパートランド)のショウに出演した際の音声録音に遭遇した。インタビューのなかで、「テイルゲイト・トロンボーン」についてという話題が持ち上がっている。そこで、ジェイジェイだが、こう語っているのである――"J "("J.J. Johnson Speaks On Tailgate Trombone"、「J.J.ジョンソン、テイルゲイト・トロンボーンについて語る」)。
 トロンボーンの神様みたいな人が、こんなことをいっているのだ。実におもしろいね(Pretty interesting words from a master trombonist.)。

 
さて、ということだが、J.J.の盛りのときのYouTubeビデオを掲げておこう。曲は、"Now's The Time"(ナウ・ザ・タイム)。
  (当ブログ主「注」 ― 前回の記事で載せたのでここでは省略する)
********************

*1.当ブログ主 「注」― いうまでもないであろうが、いわゆるbebop(ビバップ)またはbop(バップ)のことである

Photo        (言及しているブログの「キャプチャ」画像。ブログ主はトロンボーンを吹いている人物)

◆◆◆◆◆◆◆◆
四、クイズの解答
 さて、長らく待たせたが、いよいよクイズの解答だ。――「五百旗頭真(いおきべまこと)とJ.J.Johnson、what?」 ――この問いの答え
 そう、「バンドワゴン」という言葉の意味を調べていて、上記の"J.J. Johnson Speaks On Tailgate Trombone"という音声録音にぶつかったということなんだ。だから、「模範解答」は次のようになる。

――朝日新聞紙上での(「同盟」ということについての)五百旗頭真氏発言に関して、(「バンドワゴン」という)言葉の意味を調べていたら、J.J.Johnsonがテイルゲイト・トロンボーン奏法というものに一定の敬意を払っていた史実を発見した――
 まあ、こんなとこだ。長たらしく感じるようなら「(小文字)」部分を削ればいい。

 「なんだ、そんなことか」と怒る向きもあるかもしれない。まあ、両者の関係そのものは、そのとおり、「そんなことか」だ。
  しかし、J.J.がね、"tailgate trombone"をそういう目で見ていたとはね。いろんな意味でおもしろい。
 「いろんな」のうち一つを挙げるとこういうことがある。
 Oscar Peterson然り、Hank Jones然り、その他にも大勢いる、然り、然り、大成する人は、たいがい、先人のよさ、「よさ」の本質みたいなものを評価して敬意を払っている。こういうことだ。ああ、オスカーは、「Earl Hines(アール・ハインズ)を聴け」と新人に語っているし、ハンクはFats Waller(ファッツ・ワーラー)やJames P. Johnson(ジェイムス.P.ジョンソン)に傾倒したと語っている(どちらも鬼籍に入ってしまったので過去形で語らなければならなくなっている)。

 少し方向はずれるのだが、このことと関連して、マイルス・デビス(Miles Davis)、あの人、パーカー(Charlie Parker)と一緒にやっていた初期のころblues(ブルース)もろくに吹けなかったね。ひどいねあれ、19か20歳ぐらいになっていたはずだが。ファンはそれをいうと怒るかもしれないが。反して、パーカーは歌心に溢れ、ブルースは、これ、まさに王様だね。え、Parker's Mood(パーカーズ・ムード)、どうだね、サッチモなんかの吹くそれとは味がちょっと違うのだが、とにかくいいねえ、bluesだねえ。

◆◆◆◆◆◆◆◆
 五百旗頭真氏の新聞記事をきっかけにしてブログ記事を書いたりしているんだから、ちったあ関係のあることを書かないとな。bandwagoning("bandwagon"でこの意味を表わすこともある)の用語解説を掲げておく。

バンドワゴンイング(Bandwagoning)、Wikipedia解説(英文解説の翻訳)
 国際関係論において現実主義者が説く理論においては、バンドワゴンイングとは、戦力支配関係における均衡という考え方のなかで、弱い国家がより強い力または同盟に参加する行為のことを指す。この言葉は「バランシング」に対置されるものである。バランシングと異なり、こちらは比較的新しい言葉である。"Bandwagoning"は、" A Study of War (1942)"(戦争研究)においてQuincy Wright(クインシィ・ライトが初めて使用した造語である。これを、Kenneth Waltz(ケニス・ウォルツ)がTheory of International Politics (1979)(「国際支配関係の理論」)で引用して広めた。(ウォルツはこの書において、この言葉を創ったのはStephen Van Everaだとしているが、誤りである)。

 バンドワゴンイングは、より強い力(戦力)に対抗するためにかかるコストが、対抗から得られる利益を上回ると結論したときに起きる。強国は、所与の弱小国を味方に引き入れるために、領土的な利得(ゲイン)や、貿易協定などの商取引協定、当該弱小国を護る約束というような餌をちらつかせることがある。

 現実主義は、国家がバンドワゴンする(より強い国に付く)ことは少ないと説く。すなわち、均衡をとるための同盟を確立する可能性がないとか、地理的立地条件からして均衡を保つことが困難であるという場合(例えば、敵国に囲まれている状況)にしか起きないという。バンドワゴンイングは、ライバル国の力を一層強くすることになるから危険であると考えられている。反して、バンドワゴンイングはかなりの頻度で起こりうるものであるという論があるが、そのような考え方は、「封じ込め」理論が暗黙の前提になってのことであるとする見解がある。 

◆◆◆◆◆◆◆◆
「バンドワゴン」("bandwagon")は、次のような種々の意味を表わすことばとして使用される。(
英語版Wikipedia)
*a wagon which carries a band of musicians......
  パレードや宣伝活動で楽隊を載せて動く荷馬車。「バンドワゴン」という語の派生的な他の用法は、この基本的な意味に由来する。
* Bandwagon effect (バンドワゴン効果)
真似をする振舞い(コピーキャット行動)
*Bandwagon fan (バンドワゴン・ファン)
 あるスポーツ・チームを順調にいっているときだけ応援する支持者。
*argumentum ad numerum, or the bandwagon fallacy
 衆人に訴える論証
*The Band Wagon
 1953 MGMミュージカル映画
*The Bandwagon
 ジャズ・トリオの名称
*
Bandwagoning
  国際関係論で使用される用語
*Bandwagon
 1996映画
*Bandwagon
 2004映画
*Bandwagon
 ミネソタ州Mankato、KEYC-TVのテレビ。シリーズ
*Band Wagon
 イギリスのラジオ・コメディ番組(1938-1940)、および、この番組をベースに制作された1940映画。
*Bandwagon
 雑誌 (Circus Historical Societyが1940年から発行している隔月雑誌
*Band Wagon
 戦後から発行され始めたイギリスの娯楽雑誌

◆◆◆◆◆◆◆◆
 かんじんのJ.J.Johnsonの発言内容を聴きとってその詳細を掲げなければいけないのだが、時間がない。暑い。ひとまずここで終わって、未完記事とし、後日(明日にでも)補完することにしよう。

[更新]  2011.4.7、8:50 ― 「ブラスバンド」についての注記(脚注)を加えた。その際、すでに掲げてあった脚注の番号を訂正した。
      同、9:30 ― 表題の"J.J.Jhonson"にカッコ書きで(「ジェイ・ジェイ・ジョンソン」)とカタカナ表記を加えた。同、10:00、引用ブログの翻訳文に、見出しを加えた。

 

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2010年8月13日 (金)

五百旗頭真(いおきべまこと)とJ.J.Johnson(ジェイ・ジェイ・ジョンソン)、what?

2010.813
 What?ってのは、「二人になんか関係があるのか」という問いかけだ。
 さて、どうだね・・・・・・わかったら偉い。ここで正解を出す人は偉大だ。10万人に一人いるかいないか。どう、きみ、わかる?
  わかるまいな。

◆◆◆◆◆◆◆◆
 ヒントを出そう。
 "bandwagon"だ。そう、「バンドワゴン」。
 ほら、考えてみて。
 これで、正解率500人に一人、1/500ぐらいになるかな。

◆◆◆◆◆◆◆◆
 五百旗頭真という人は、日本政治外交史/日米関係などを専門にする政治/歴史学者で、神戸大学の教授を長年務め、2008年8月から防衛大学校の校長をやっている(見出しでは敬称もつけず、呼び捨てにしたりしているが、それは見出しとしての響きを考慮してのこと、乞宥恕)。(画像は防衛大学webページトップから)
2   
 J.J.Johnson(ジェイ・ジェイ・ジョンソン)とは、有名なjazzトロンボーン奏者のことだ。いわゆる「スイング」時代から活動しはじめ、「モダンジャズ」界で活躍した。(画像はココから)

Photo_2                       
◆◆◆◆◆◆◆◆
  Now' The Timeを吹くJJ。曲はCharlie Parker(チャ-リィ・パーカー)作曲の有名なブルース(12小節形式の定型曲)だ。トランペットはHaward McGhee(ハワード・マギー)、アルトサックスはSonny Stitt(ソニー・スティット)、、ドラムはKenny Clarke(ケニー・クラーク)(この奏者については顔で名をいえるほどよく知らないのだが、YouTubeのコメント欄でそういっている)。

◆◆◆◆◆◆◆◆
解答は別の記事で示すことにする。(この記事)

[更新] 2011.4.7、9:00 ― ①見出しの"J.J.Johnson"に「(ジェイ・ジェイ・ジョンソン)」とカッコ書きでカタカナ表記を挿入した。②「解答編」記事にリンクを貼った。

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2010年8月11日 (水)

But Not For Me を唄おうとしたのだが・・・・・・。ベアトリス・フェアファクス(Beatrice Fairfax)ときて、ベアトリ―チェ(Dante's "Beatrice")、そしてベアトリス王女(Princess Beatrice)。 What?

                                                           → [歌詞翻訳曲目一覧]
2010.8.11
 "But Mot For Me"(バット・ノット・フォア・ミィ)は、名だたるガーシュイン兄弟の作品である(*1)。作詞を兄のアイラ(Ira Gershwin)がてがけ、弟のジョージ(George Gershwin)が作曲するというパターンだ。ジョージ・ガーシュインは、詳細は省くが、名曲をいっぱいこさえている。いわゆる「ポピュラー音楽」の作品は、おびただしい数に上るのだが、そのうちのかなりのものが「ジャズ・スタンダード」になっている(Gershwin画像 )。

Photo_10
*1. 1930年、ブロードウェイのミュージカル"Girl Crazy"(ガール・クレイジィ )の中の一曲である。このミュージカルからの超有名なjazz standardとして、他にEmbraceable YouI Got Rhythmがある。舞台下(ピット)の伴奏楽団には、グレン・ミラー(Glenn Miller)、ジーン・クルーパ( Gene Krupa)、トミィ・ドーシィ(Tommy Dorsey)、ベニィ・グッドマン(Benny Goodman)、ジャック・ティガーデン(Jack Teagarden)など、錚々たるメンバーがいたとされる(Wikipedia)。

Girl_crazy   ↑1930年ブロードウェイ劇の画像。Ginger Rogers(上段右と下段中)を一躍スターに押し上げ、Ethel Merman(上段左のど真ん中と下段右端)がこの劇で舞台デビューしたという。画像はココ から。

  劇は3度映画化されているという。その1943年映画化作品のポスターが↓画像。ミッキィ・ルーニィとジュディ・ガーランド、おなじみのミュージカル作品コンビだ。話の筋は元の劇とは異なる。

◆◆◆◆◆◆◆◆
 Photo_7 さて、これを唄おうとしたわけだ。人前で歌えるように、これから練習しようということだ。もちろん、歌詞を覚えなければならない。
 ジャズ曲を唄う場合、まあ、ジャズに限らずシャンソン、ボサノバ、ウエスタンなど、どんな曲でもそうだろうが(もちろん演歌もだが、それは日本語)、歌詞の意味を理解していなければならない。詩(うた)の意味を理解しないで、「うまく」唄えるはずがない。曲の解釈、曲想をどう表現するか、感情をどう込めるか、そのためにテンポをどうするかなど、種々の要素が関係してくる。まあ「深い話」になるので端折るが、歌詞を理解せずしてjazzが唄えるはずはない。「プロ」歌手だなんてのが、自称、他称とり混ぜて、ごまんといるが、――「ライブ」だなんて、もう、あちこち、やたらとやっているんだが――、詩を咀嚼せずして唄っているお粗末なのが多い。

 そこで、歌詞を紙に書き移して、――この「書き移す」という「労働」が大事なのだ。楽譜本をコピー機に載せて「シャー」で済ませたり、ネットからパソコンで印刷したりしたのでは、そこでもう「あんたダメ」ということになる。取組姿勢からしてお粗末だから。まあ、そういうことだが――、書き移して、辞書と取っ組み合いして、日本語に訳していく。これが、その曲を「我がレパートリィに取り込む」ための第一歩、練習の第一歩なんだ。

 ということで、それをやったのだが、そこに"Beatrice Fairfax, don't you dare ever tell me he will care."というくだりが出てくる。そこで、「"Beatrice Fairfax"は人の名前だな(呼びかけているわけだから)、どんな人物だろう、Googleしよう」と、こういうことになる。そして、それをやった。

 あった。著名な新聞人生相談欄の回答者(助言者)の名前だ(架空名)。"Dear Beatrice Fairfax"(「拝啓、ベアトリス・フェアファクス様」という、その人生相談欄の見だし(表題)としてWikipediaに載っていた。つまり、読者から、「拝啓、ベアトリス・フェアファクス様」という書き出しで相談の手紙が寄せられるという構図を下に、それを欄の見出しにしているわけだ。コラムの主、すなわち、人生相談の助言者が"Beatrice Fairfax"であり、その本名は、Marie Manning (1872-1945)という女性(コラムニスト、作家)だ(画像)。新聞は"New York Evening Journal"で、この人生相談企画は1898年(明治31年)に始まったものだという。"Beatrice Fairfax"という名は、ダンテベアトリーチェ(Beatrice)と、Manning家に縁のあるバージニア州フェアファックス郡(Fairfax county)からとったものだとされる。

*寄せられた相談内容(エピソード)を素材にしたサイレント映画(1916)が存在するようで、その復刻版DVDを紹介しているwebページがあった。非常に参考になる
)

 そうそう、忘れるところだったが、ということで、"Beatrice Fairfax, don't you dare ever tell me he will care."という文の訳は、こういうことになる。
――人生相談のベアトリス・フェアファクスさん、彼が私のこと今でも気にかけているなんて、絶対にいわないでよ、おざなりを――

「注」
 "he will care"を、「今でも気にかけている」とした。「恋人がいずれまた戻ってきて撚りが戻るから、くよくよしなさんな」(そんな安請け合いの助言はしないでくれ)といった趣旨だと理解したからである。"care"は、"care for"となれば「好き」(loveの意味ではない)、「好ましく思う」の意味になる。歌詞によく現れるので一言しておく。

 *************************
But Not For Meの歌詞を掲げておく。
                But Not For Me
                              
 George and Ira Gershwin, 1930
(Verse)
Old man sunshine listen you! Never tell me, "Dreams come true!
Just try it and I'll start a riot.
Beatrice Fairfax, don't you dare ever tell me he will care;
I'm certain it's the final curtain, I never want to hear from any cheerful Pollyannas, who tell you fate, supplies a mate; it's all bananas! 

 (Chorus)
They're writing songs of love, but not for me.
A lucky star's above, but not for me.
With love to lead the way
I've found more clouds of grey
than any Russian play could guarantee.

I was a fool to fall and get that way;
Heigh-ho! Alas! And also, lack-a-day!
Although I can't dismiss the mem'ry of his kiss,
I guess he's not for me.

He's knocking on a door, but not for me.
He'll plan a two-by-four, but not for me.
I know that love's a game;
I'm puzzled, just the same,
was I the moth or flame?
I'm all at sea.

It all began so well, but what an end!
This is the time a feller needs a friend,
when ev'ry happy plot ends with the marriage knot,
and there's no knot for me.


******------******------******------******


日本語訳
 断っておくが、これは、唄うための日本語「歌詞」として作成したものではない。あくまでも、意味を示すための単なる「翻訳」にすぎない。「歌詞」にするには、「創作的意訳」を恐れずに、響きのいい言葉を選んで、文をもっとギュッと絞り、
メロディと語句の関係、「座り」を調整する必要がある。「やれ」っちや、やらなくもないが、今日の論の趣意は、「詩の意味を理解せずしてうまく唄えるはずがない」という説法だから、本日のところは、意味をつかむための「翻訳」を掲げるに留める。

[バース]
お日さま、よくお聞き。「夢は必ず実現する」なんていわないで。
もし言おうとしたら、暴動を起こすわよ。
人生相談のベアトリス・フェアファクスさん、彼が私のこと今でも気にかけてるなんて、絶対にいわないでよ、おざなりを。
もう幕が下りたのよ、私知ってるわ。
安請け合いばっかり言う楽天家連中は、きっといいことがある、恋人ができるなんて、必ずいうけど、みんな嘘よ、聞きたくないわ。


[コーラス]
作曲家はラブソングを書くけど、私のためじゃない。
空には幸運の星が輝いているけど、私のためじゃない。
ロシア演劇は暗いものが多いけど、恋に夢中になってしまった私は、もっと暗く沈んでしまったわ。
 あんなに夢中になるなんて、そして失恋するなんて、愚かだったわ。
「あーあ」、「やれやれ」、おまけにもう一つ、「なんてこと」。
彼のキスを忘れられないけど、でも、おそらく、あの人って存在は、私のためじゃない。

 彼がドアをノックしている。だけど私のためじゃない。
彼は、ツーバイフォーの家を計画するだろうけど、私のためじゃない。
そうね、恋はゲームね、それは知ってる。でもね、考え込むことがあるわ、私は蛾だったんだろうか、それとも、私が明りだったんだろうかって。
 まったくうまく始まったのよ、それが、あんなひどい終わり方をするなんて。
こういうときこそ友が必要なのよね、ハッピィエンド物語はすべて結婚で終わるのに、私だけはそうならないときって。


*「ツーバイーフォー」(two-by-four、2x4)とは建築用木材の規格のことである。厚さ2インチ、幅4インチ(ただし、名目寸法であり、実寸は少し短いようだ。長さは、通常6フィート)。そのことから、そのような材木で家を建てる方式を、「ツーバイフォー工法」(ツーバイフォー建築)という。日本でも一時期、輸入工法として流行った。

 *後日、ツーバイフォー工法とはなんの関係もないと説明しているネット記事に出会った。作詞家Iraが自筆書のなかでそう語っているのだという。ツーバイフォー「工法」というものが語られるようになったのは1930年よりだいぶ後のことであろうから、そういわれればそうだ。上の「注」を誤りとして訂正しておく。
 ただ、「工法」
自体は無関係であるにしても(詳しくは知らぬが、コスト抑えと耐震強度の点から「2x4」規格材をおびただしい数の釘で打って骨格を組み立てていく点に特徴があると理解している)、"He'll plan a two-by-four,"において2x4寸法の規格木材を意識していることは確かではないかという気がする (2011.3.7)。

[更新] 2012.2.19 コーラス二節目を修正した(下記抹消線部分)。
"was I the moth or flame?"の部分、
    "moth or flame"=
蛾なのか明かりなのか
 
 このことに気付いたので付記しておく。明りに引き寄せられる蛾、照明に群がる蛾のことに言及している。つまり、「誘惑したのは(おびき寄せたのは、惹きつけたのは)どっちで、誘惑されたのは(おびき寄せられたのは、惹きつけられたのは)どっちだ」といっているのである。

**********************元の訳文***********************
彼がドアをノックしている。だけど私のためじゃない。
ツーバイフォーの家を計画するだろうけど、私のためじゃない。
そうね、恋はゲームね。だけど、聞くけど、私ってシミのようなものだったの、それとも愛人だったの、どうなの、教えて
 まったくうまく始まったのよ、それが、あんなひどい終わり方をするなんて。
こういうときこそ友が必要なのよね。そして、たいがいは、結婚することになって、ハッピィエンド。でもそういう筋書きは、私のためじゃない

**********************************************

 詩(うた)の意味を理解しないで、「うまく」唄えるはずがない、だの、詩を咀嚼せずして唄っているお粗末なのが多い、だの、偉そうなことをいっておきながら、恥ずかしいね。大いに反省だ。

◆◆◆◆◆◆◆◆
■ベアトリ―チェ、ダンテ(Dante)の初恋の少女
”Beatrice”でGoogleしていたら、これに出会った。Beatrice Portinariという人物らしい。ダンテは9歳のときにこの少女(8歳)を見て、撃たれるように惹かれたという。
 
Photo                                Dante and Beatrice, by Henry Holiday.
     ベアトリーチェ(真中の女性)が友人のLady Vanna (赤)と一緒に通り過ぎるのを憧れの目で(物欲しげに)見いるダンテ 。川は、アルノ川(Arno River)。
**********************************

以下、Wikipediaから
ベアトリーチェ(Beatrice Portinari)
 
ダンテを代表する最初の詩文作品、『新生』 (当ブログ主「注」― "La Vita Nuova"、"The New Life" in English) によれば、1274年の5月1日に催された春の祭りカレンディマッジョ(Calendimaggio) の中で、ダンテは同い年の少女ベアトリーチェ(ビーチェ)に出会い、魂を奪われるかのような感動を覚えたという。この時、ダンテは9歳であった(当ブログ主「注」 ― Beatrice Portinariに関する英語版Wikipediaによれば、ダンテ9歳、ベアトリーチェ8歳となっている)。

 
Photo_11 それから9年の時を経て、ともに18歳になったダンテとベアトリーチェは、聖トリニタ橋のたもとで再会した。その時ベアトリーチェは会釈してすれ違ったのみで、一言の会話も交さなかったが、以来ダンテはベアトリーチェに熱病に冒されたように恋焦がれた。しかしこの恋心を他人に悟られないように、別の二人の女性に宛てて「とりとめのない詩数篇」を作る。その結果、ダンテの周囲には色々な風説が流れ、感情を害したベアトリーチェは挨拶すら拒むようになった。こうしてダンテは、深い失望のうちに時を過ごした。1285年頃に、ダンテは許婚のジェンマ・ドナーティと結婚した。

 
二人の間にさしたる交流もないまま、ベアトリーチェもある銀行家に嫁ぎ、数人の子供をもうけて1290年に24歳の若さで病死した。彼女の夭逝を知ったダンテは狂乱状態に陥り、キケロやボエティウスなどの古典を読み耽って心の痛手を癒そうとした。そして生涯をかけてベアトリーチェを詩の中に永遠の存在として賛美していくことを誓い、生前の彼女のことをうたった詩をまとめて『新生』を著した。その後、生涯をかけて『神曲』(当ブログ主「注」―"La Divina Commedia"、"Divine Comedy" in English)三篇を執筆し、この中でベアトリーチェを天国に坐して主人公ダンテを助ける永遠の淑女として描いた。

◆◆◆◆◆◆◆◆
■ベアトリス王女(Princess Beatrice)
 Photo_4 そしてベアトリス王女に行きあたった。初めて存在を知った人物だ。エリザベス女王の孫娘だ(王位継承順位第5位、女子で第1位)。5番目の孫だそうだ。女王の次男、ヨーク公爵、アンドリュー王子 (Prince Andrew, Duke of York)の子である。母親はヨーク公爵夫人、サラ(Sara, Duchess of York、旧名Sarah Margaret Ferguson)。妹がいる(ユージーン王女、Princess Eugenie、王位位継承順位第6位、女子で第2位)。両親は二人の子がまだ幼いときに離婚している。しかし、離婚後も親密な関係を保っている由であり、子らは母親と、旅行など、行動を共にすることも多いという。
  しばらく、記事と写真を楽しんだ(Eugenieの写真はココ こちらの写真も楽しい)。なんだね、肥りすぎの時期があったようだが、調整できたようでなによりだね。幼児期に 読書障害(失読症、dyslexia)であることが判明したという。そんな病(症状)が存在するなんて、こちらはこれまで知らなんだ。知能障害とは無関係だとされる。ロンドン大学ゴールドスミス校(Goldsmiths,  University of London)で歴史を学んでおり、2011年卒業予定だという。

Photo_13                          両親と姉妹。画像はココから。

◆◆◆◆◆◆◆◆
■But Not For Me ― チェット・ベイカー (Chet Baker)
 そう、曲を掲げておかないとな。何のための記事だがわからなくなってしまう。歌とラッパがこの人だ。いい演奏だね。

■But Not For Me ― エラ・フィッツジェラルド(Ella Fitzgerald)


■But Not For Me ―
ドリス・デイ(Doris Day)
   
バースから唄っている。

"than any Russian play could guarantee."を、.......Broadway play.....って替えて唄ってるね。
 ほかに、
"Although I can't dismiss............."......を、But still I can't dismiss....としている。Although(オールゾウ)は響きが悪いとして(濁ってて重々しい)嫌ったのだろう。




◆◆◆◆◆◆◆◆

■王女姉妹
Photo_14             The Elephant Parade and Auction at the Royal Hospital . (July 1, 2010 - Photo by Bauer Griffin)  

  しかし、なんだネ、この写真、日本じゃ想像もつかないな。この「象使い」じいちゃんの右手、どうだね、え、ベアトリス王女の胸に。それは、実は、まことに巨大なものなんだが。
 写真を撮るためにこのようなポーズをとることは、日本でもあるかも知れない。しかし、「公開」(ないし、公開放置)はない。
 同じぐらいの年なんだが、イギリスで生まれて、この仕事をしていたかったな。もう遅いが。
 まあ、But Not For Meでも練習して楽しんでいよう。

[更新]
 
2010.8.12、加筆、画像の追加など修正を施した。
  2010.8.12、But Not For Meの歌詞の翻訳を掲げた。
  2011.3.7、「ツーバイフォー」についての「注」を訂正した。

  2012.2.19、コーラス2節目を修正した。
  2014.1.13、1930年ブロードウェイ劇(Girl Crazy)の画像を載せた。

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2010年8月10日 (火)

おかげで竹島問題は大きく後退、ほぼ絶望。国益を大きく損ねた菅直人総理。日韓併合100年首相談話閣議決定のことだ。

2010.8.10
 竹島を奪われた。やりたい放題やられて、頬桁を貼り飛ばされ、ケツを蹴られながら、なにもしないままで奪われた。
  領土、領海、排他的経済水域(EEZ)、国防上の無形の利、国民の意気消沈、対韓国負け犬意識、北方領土返還の絶望化。尖閣諸島の絶望化、などなど、国家利益が、重大な国益がパーだ。「パー」とは失われたということだ。なんてことをしてくれたんだ。われの延命欲望のために。猿芝居のために。
 こういうことではないか。 
Photo                                                 (画像はココから)
◆◆◆◆◆◆◆◆
 日韓併合100年首相談話閣議決定、菅直人氏独りよがりの芝居、延命のための芝居。「歴史が判断する」というあの発言の一環の芝居、策略だ。まあ、延命のためにいろいろと策を弄すること自体は、「辞めろといっても辞めないし、いってもきかないんだし、しょうがない、やればあ」って感じだが、「やればあ、倒されるまで」って感じだが、ちょっと待て、おかげで、竹島問題はさらに後退。もう、ほぼ絶望だろう。国益が大きく損なわれた。 
 「国際司法裁判所での決着が」なんてことをいうな。負けるにきまってる。負ける状況を、さらに決定的にしてしまったからだ。
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2_3                                                (画像はココから)
◆◆◆◆◆◆◆◆
 「奸智菅」(「奸智に長けた菅直人総理」の意)、面目躍如たる2010.8.10午後(本日)首相会見。よく考えを練って、想定問答などのシミュレーションをやり、よく準備して臨んだものであるといえる。「猿知恵」的な薄っぺらさはあるが、まあ見事だ。クレバーだね。狡猾極まりない。以前、鳩山さんが、首相交代時に、菅さんのことを「私より100倍も頭のいい人だから」といっていたが(正確でないかもしれないが、そのような趣旨のこと)、こういう点を指していたのだろう(少なくとも部分的には)。前参議院議長江田五月氏の入れ知恵みたいなところも感じられる。
 「してやったり」とほくそ笑んでいることだろう。祝杯でもあげたか。

――「国民の生活が第一」、なんてちゃっかり出している。
――私は今回のこの臨時国会で、新しい民主主義、あるいは、新しい議会制民主主義の可能性を感じております。 つまり、従来の長い間の55年体制は、官僚任せであったり、あるいは、族議員中心の政治であったわけですけれども、これからは、議会の場で闊達に議論をす る中から結論を得ていく。その背景には、国民の色々な意見を反映したこの民主主義制度。私の言葉で言えば、『参加型の民主主義』が、ある意味でねじれ国会という天の配剤の中で誕生しつつあるのではないか。そういう期待を感じることができました。
 
こんな「上手いこと」をいっている。「闊達に議論するなかで結論を得る」ってね。どこにそんな場面があったか。

 だがね、奸計だけではいかないんだよ、物事は。取り巻きや、その周り、一部国民を動かすことはできるが、大局を、国を引っ張ることはできない。いずれ内閣は倒される。まちがいない、そうしたもんなんだよ。やはり、いくらかは「実」、「実直味」というものがないとな。

◆◆◆◆◆◆◆◆
 記者会見の内容を、産経ニュースから引用させてもらおう(すんません)。長いが、全文を載せる。(一部、勝手に、独自の強調表示を施した茶色の部分)

菅首相会見詳報】(1)日韓談話「韓国大統領が大変評価した」
2010.8.10 15:54
 菅直人首相は10日午後、首相官邸で記者会見を開き、日韓併合100年に際しての首相談話発表に関して「(韓国の)李明博大統領とも電話会談をする中で、『真心のこもった談話だ』と大変評価もいただいた」と述べた。記者会見の詳報は以下の通り。

 「私にとっては、総理大臣就任後、はじめての予算委員会を含む臨時国会が終了いたしました。この臨時国会終了を機会に、改めて、これからの私の政権運営の考え方について国民の皆さんにお伝えしたいと思いまして、この記者会見を開かせていただきました」

 「私は今回のこの臨時国会で、新しい民主主義、あるいは、新しい議会制民主主義の可能性を感じております。つまり、従来の長い間の55年体制は、官僚任せであったり、あるいは、族議員中心の政治であったわけですけれども、これからは、議会の場で闊達に議論をする中から結論を得ていく。その背景には、国民の色々な意見を反映したこの民主主義制度。私の言葉で言えば、『参加型の民主主義』が、ある意味で
ねじれ国会という天の配剤の中で誕生しつつあるのではないか。そういう期待を感じることができました。そういった意味で、私たちは、『国民の生活が第一』。そして『元気な日本を復活させる。』という目標をこの国会の議論を通して、国民的な議論の中から方向性を定めていきたい。このように改めて感じたところであります」

「また、国会終了とほぼ同時に、広島、長崎の原爆の65年の式典に出席をいたしました。それぞれ、潘基文国連事務総長や、アメリカのルース大使など、多くの核保有国を含む国々から、代表が参加をいただいた。このことも、私は大変ある意味での、世界の核廃絶に向けての大きな動きが、この広島、長崎を通して、さらに前進したと感じたところであります」

 「また、本日は、日韓併合から100年という日、年を迎えて、私の談話を発表いたしました。李明博大統領とも電話会談をする中で、真心のこもった談話だということで、大変評価もいただきました。これから100年の日韓関係が、しっかりと未来に向かって発展するように、そしてそのことが、東アジアの安定、さらには、世界の平和につながるようにという、その思いを一致をすることができたと思っております」

 「そういった形で、これからの政権運営については、本当に国民の皆さんの声を、議会の場で、大いに議論をし、また国際社会の中でも、そうした核廃絶という大きな目標に向かって、お互いに行動を共にしていく仲間を増やしていく。そういう方向に向けて頑張って参りたい。このことを、この会見の冒頭に、国民の皆さんにお伝えをしたい。このように思いました。よろしくお願い申し上げます」

【菅首相会見詳報】(2)「アジア安定は大きな意味」
2010.8.10 17:01
【国会運営】
 --国会対応について。先の臨時国会は、参院選で与党が敗北してねじれた初めての国会となった。野党との協力の可能性についてどんな感触を得たか。先の記者会見で、首相は平成10年の金融国会で、自民党の小渕恵三首相が民主党提出の法案を丸飲みにすることで成立させた意義を強調した。首相自身、重要政策を実現するために野党の案を丸飲みする可能性を視野に入れているか

 「まず、この衆参それぞれ2日間の予算委員会を通して野党の皆さんのいろいろな質疑については、私は全体としては非常に建設的な議論が多かったと思っております。もちろん、参院選挙後初めての国会でありますから、参院選での主張などを含めていろいろと論戦があったわけですけれども、その中でも、すでに与野党が合意をして、両院の問題などでは法案が成立いたしました。いわゆる歳費返納の法案なども成立をいたしました。短い国会ではありましたけれども、しっかり議論をして合意をすれば、物事がきちんときまっていくという一つの事例が、すでに進み始めたと思っております」

 「これから、次の臨時国会、あるいは、さらには来年の通常国会を展望する中では、具体的な課題について、今からこの法案がどうとかというのは少し早いと思いますけれども、私は必ず、そうした丁寧なしっかりした議論を、与党もそうした姿勢で臨むことによって、国会での、国民のための政策実現につながる法案は合意ができるという感触を強く受けました」

 「今、1998年当時の金融国会についてもご質問がありました。私が経験した一つの出来事を申し上げたわけですけれども、そのことも含めて、私は十分に議論を通して、建設的な結論が生まれてくる、また、こなければならないと。その責任を、与野党を超えて国会議員が感じているという実感をもったところです」

【日韓併合談話】
 
--日韓併合の首相談話について、野党からは、日韓基本条約の際にすでに合意している請求権問題や個人補償問題への波及を懸念する声も出ている。首相はどのように説明する考えか。韓国大統領との会話の中身について詳しく教えてほしい。また、戦略的視点から今回の談話を、どのような政策課題や日韓関係、あるいはアジア諸国に対して、こうした形で生かしていこうというねらいがあれば説明を

 「今回の談話については、日韓併合100年という節目であります。逆に言えば、これまでの100年の中で、反省すべきところはきちんと反省をする。そして、これからの100年に向かって、共に協力をして歩んでいこうと。そういう気持ちを込めて談話を作成をいたしました」

 「それに対して、李明博大統領も、『その真心を受け止めたい』と評価をしていただきました。大統領からも、これからの日本と韓国の関係。私の方からも、申し上げましたが、『民主主義、自由、市場経済という同じ価値観をもった隣国が協力することによって、東アジア、さらには世界の平和と安定に寄与することができる』。こういう電話会談での話も、いただいたところです」

 「そういった意味で、戦略という言葉を使われましたけれども、今、世界の大きな激動期とも言える状況にあります。アジアの経済は大変な勢いで伸びている中で、この地域についてのより安定した形が、日韓を軸に、さらにはアメリカを加えて日韓米の3か国によって形成される。このことは、極めて大きな意味があると思っております。そういったことも展望しながら、今回の談話を発表させていただいたわけであります」

【菅首相会見詳報】(3)「日韓基本条約の考え踏襲」
2010.8.10 17:01
【民主党代表選】
 
--来月14日に民主党代表選が予定されている。「小沢一郎前幹事長を含めた挙党態勢をつくるべきだ」という声が民主党内にある。それを踏まえて、菅首相は小沢氏に協力を要請する考えはあるか。挙党態勢を求める声に応える気持ちがあるかどうか

 「今日の記者会見は、総理大臣として、臨時国会が終わった中での会見ということであります。代表選については、また改めて、適当な場で私の考え方、あるいは党運営の考え方は申し上げたいと思います。今日は総理大臣としての会見ということで、代表選についてはコメントを差し控えたいと思います」

【日韓併合談話】
 
--首相は談話で「植民地支配は当時の韓国の人々の意に反して」という表現を使った。韓国と日本の有識者1000人による先日の共同声明をみると、「併合条約は大韓国民の意思に反して強制されたもので、根本的に無効だ」という主張をしている。首相は今回、談話で「意に反して」と認めたことになるが、条約は無効という認識はどうか。文化財だが、今回、「返還」という表現ではなくて、あえて「お渡し」という表現を使った理由を。お渡しの対象となるのは「朝鮮王室儀軌」だけなのか。宮内庁に所蔵されている朝鮮王朝の図書も含まれるのか

 「この日韓併合条約につきましては、1965年(昭和40年)の日韓基本条約において、その考え方を確認をいたしておりまして、その考え方を踏襲してまいったつもりであります

「また、宮内庁に保管、保存されていた色々な朝鮮王朝時代からの資料について、これをお渡しをするということで、韓国国民の皆さんの希望に応えることといたしました。先程の請求権などの言葉も出ましたけれども、そうした法律的な形のものは、もう既に完全に解決済みという立場のなかで、『お渡しをする』という表現を使わせていただきました」

【菅首相会見詳報】(4)「法制化これまでの議論を検討した中で」
【歴史問題】
 
--民主党政権になって最初の終戦記念日を迎える。日韓併合の談話を発表し、全閣僚も靖国神社に参拝しないような話をしている。菅総理の考えはどうか。また、長妻昭厚生労働相が国立の追悼施設の検討が必要との認識を示しているが、歴史問題に区切りをつけようという思いを政権として持っているのか

 「私は総理在任中に靖国神社にお参りをすることは、しないということを就任の時にも申し上げたところです。戦後65年経つ中で、この問題での長い議論がありますけれども、それをこの場で繰り返すことはいたしません。私の姿勢として明確な姿勢を最初からお示しをしておりますし、ええ、そういう姿勢についてご理解をいただけるものと思っております」

【代表選ビジョン】
 
--民主党代表選挙に関していつぐらいに出馬を表明するのか。前原誠司国土交通相は総理にビジョンを作って発表してもらいたいと話しているがそういう考えはあるのか

 「この記者会見それ自体がですね、これからどのような姿勢で政権運営に臨むか、そういったことについても、あの、お答えし、国民の皆さんに伝えると、そういうことにはつながっていると思います。ただ、先ほど申し上げましたように、代表選そのものについての、考え方はまた、時期を改めて申し上げたいので、直接それにかかわることについては今日はコメントは控えたいと思います」

【官房機密費】
 --菅総理が就任された最初の記者会見で、官房機密費(内閣官房報償費)の使途に関し本来の目的から外れて政治家あるいは報道機関などに流れていったという問題について調査、公表するのかとの質問に、仙谷由人官房長官に一任すると答えた。取り立てて進展があるようには思えないが現時点のお考えは。仙谷官房長官ならびに閣僚の記者会見をオープン化する予定はあるか

 「その時点で申し上げた考えと、あの、特に変わっておりません。官房機密費について官房長官の方にいろいろな判断を含めてお願いをいたしておりますので、そういう姿勢で臨んで参りたいと思ってます」

【非核三原則】
 
--昨日、非核三原則の法制化について「私なりに検討したい」と述べた。仙谷官房長官は内外に十分周知徹底されており法制化する必要はないとしている。政府として法制化を検討するのか

 「長崎の会でもご質問をいただきましたので、私は必ずしもこの間のそうした議論の経緯を細かいところまでは認識していないところもありますので、私なりにこれまでの議論を検討した中で考えたいという趣旨のことを申し上げました」

【菅首相会見詳報】(5)「菅政権の形になってきた」(完)

2010.8.10 17:03
【マニフェスト】
 
--マニフェスト(政権公約)に関し国会議論の中でも2009年(平成21年)に掲げたものは実行不可能ではないかという声も出ていた。厳しい財政事情を考えれば09年のマニフェストにこだわる必要はないのではないかという声も党内にあると思う。今後も09年のマニフェストは堅持するのか。一定の変更はやも得ないと考えるか

 「09年のマニフェストというのは、まさに政権交代を目指して戦った衆議院選挙のマニフェストでありまして、私は極めて重要な意味をその時はもちろん現在でも持っていると考えております。例えば、官僚主導の政治からの脱却というこの考え方については、細々とは申し上げませんが、事務次官会議の廃止とか政務三役のチームをつくって各省庁を指導するとか、非常に大きなこのマニフェストに沿っての政治のあり方が変わってきたということは、多分、多くのみなさんにも認識といいましょうか、感じていただいていると思います」

 「そういう中で子ども手当の問題、あるいは農家の戸別所得補償の問題などなど初年度として、すべてとは言いませんけれども、マニフェストに盛り込んだ相当の政策課題を着手し、前進させたと認識いたしております。まあ今後について、その中で誠実に実行できるものはさらに実行していきたい。しかし、今年度でも、例えばガソリン税の暫定税率などについては、必ずしもお約束通り実行できなかった。今後についても、いろいろな制約の中で実行が難しいもの、修正が必要になるものについてはきちんと国民のみなさんにその理由を説明し、ご理解をいただくと、こういう努力を含めてですね誠実な対応をとっていきたいと考えております」

【総理続投】
 
--報道各社の世論調査では、参院選に支持率が軒並みに下落したが、一方で総理の続投を求める声が半数を超えるというねじれ現象が起きている。このような現象についてどのように分析されているか。また9月の代表選に向けて民主党内から総理の続投を支持する声があがっているが、総理を短期間に次々変えるのは良くないというような消極的なものが多い。どう対応されていくのか

 「まあ私が総理に就任したのは6月8日でありまして、ええ、そういう意味では2カ月がやっと経過をしたところであります。その中で参議院選挙もありましたし、またサミットなどもありまして、そういうある意味で多忙な中でこの政権運営にあたって参りました。まあ、ようやくにして、この臨時国会での予算委員会の質疑、さらにはその前後に本格的な予算編成の作業などに着手いたしました。私は国民のみなさんから、最初の段階で、いろんな見方があったと思いますが、
ようやく菅政権の何といいましょうか、運営のこの具体的な活動が見える形になってきたのではないかと。そういう国民のみなさんに見えてきたこの内閣あるいは私の活動について、まあそれぞれいろんな評価をいただいているとこのように認識しております」

【景気対策】
 
--内閣府が国民生活に関する世論調査を発表した。トップの社会保障整備にならんで景気対策を望む声が過去最高の69・3%に達した。総理が進めようとしている政策の方向性と国民意識の関連性についてどのようにとらえているのか

 「まあこれはこの参議院選挙の時にも強い経済、強い財政、強い社会保障という表現をし、予算委員会では少し表現を変えて経済成長改革、そして財政健全化改革、そして社会保障改革。この3つの改革を一体的に前進させていくと、このことを申し上げました。そういう中で景気対策というのは、短期的なものだけではなくて、中長期的に経済成長につなげていく、こういうまさに最大の課題の一つでありますので、そういう認識は国民のみなさんの認識と私たちの内閣の認識は一致をしているとこのように思っています」

【日韓関係】
 
--日韓関係は大きく変わってきていると思う。一番遅れているのは政治で、大衆文化、人的な交流は進んでいるのに政治がいつも遅れている。政治が遅れないためには、戦略的な日韓関係というものを政治レベルで作る。そうすれば節目で談話を出すだけでなく、もっと前向きな話が出てくると思うがその点はどう考えるか

 「私は政治の関係においても大きな変化が、特にこの近年、進んできていると認識しています。特に李明博大統領は大変前向きな姿勢で日韓関係をずっと取り組んでといいましょうか、一貫してそういう姿勢でおられますし。また、わが国もですね、今お話がありましたけれども、文化的な面、あるいは人の交流などが私は確実に政治にも反映をしてですね、この日本と韓国が協力することがですね、より大きなこの両国にとってプラスになるという認識は国民のみなさんが先立ったかもしれませんが、政治においてもその認識は強まっていると思います」

 「それに加えて先の韓国哨戒艦の沈没事件などでもわが国として私もG8の席、あるいは国連の場でですね、しっかりと韓国の立場について私ども同じ認識で対応したことも含めてですね、両国関係は私は政治の分野でも着実にいい形が積み上がってきていると。
今回の談話がですね、そういうものをより確実にし、将来に向かってのですね、まさに新しい前進につなげていくことになってほしいとそのように思っております」
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2010年8月 9日 (月)

できぬ相談、核廃絶。米、英、仏使節が広島/長崎を訪れたというわけだが、――国連事務総長の訪問は別として――、どういう意図なのか、原水爆廃絶に対してどんな意味があるのか、よくわからないな。今後の思索材料としておこう。

2010.8.
一、出来ぬ相談
 核兵器廃絶はできぬ相談だろう。現在、持てる国での「削減」を進める一方、新規開発、闇調達などによる「拡散」の防止に努力しているわけだが、「廃絶」はできぬとみる。

 平和運動に水を注すわけではないが、当事者を冒涜する気は全くないが、情緒的な捉え方に流れるのは危険だ。邪(よこしま)勢に利用される。

 オバマが核廃絶を打ち出している、国連事務総長が来た。初めてアメリカからの使節が、ルース大使が来た。イギリスからも、フランスからも来た。
 長崎/広島の訴えが世界に浸透しつつある。被爆者の私はもうxx歳、早く実現を、生きているあいだに実現を、アメリカから、もうちょっと早く来てくれればよかった。

 この数日のNHKの関連報道を見ながら、「なんかおかしいな、しっくりこないな」と感じた。いまでもその気持ちが続いている。
 NHKの報道のあり方と、廃絶運動を支えよう、推し進めようという国民意識のあり方が(もちろん、そういう層の国民ということだが)しっくりこないのである。情緒的な面がデフォルメされているというか、強調されすぎているように感じるのである。

二、核廃絶と核抑止力とは相容れない概念である。「非核三原則」は、被爆国国民として強い核兵器廃絶希求をもつなかでこの相反を少しでも和らげ、矛盾を止揚していく営みであった。その「非核三原則」、それは国会議決によって宣言した重い原則なのであるが(「宣言」は、直接的な法律的効果を有するものではない、つまり「法律」ではないが)、それを蹂躙した「核密約」が存在した。長い間自民政府が隠し通してきた存在が判明したのに、糾弾の声が全然あがらない。全然あがらぬとは、国民全体を巻き込んだ声として、いわばうねりのような声としてもちあがってこないということである。

 鳩山政権、特に問題の調査を第三者委員会に命じた岡田外相の、「途中から急に腰が折れたような感じになった」、弱腰。ほんのおざなり程度にしか問題を論じず、問題に関する国民の記憶を忘却の彼方に押しやるような動きに終始したマスメディア。この二つの要因が合わさって、問題究明/糾弾があやふやのままで幕が閉ざされた。

 国連事務総長がやってきただの、アメリカ大使がきた、英、仏使節が来た、よかっただのと騒ぐのもいいが、その前に、ヒロシマ/ナガサキとして廃絶を訴える、ひいては日本国として訴えるというのであれば、政府を攻めなければ、責めなきゃいけないのじゃないのか。

 まあ、相対的少数の人々が主体になって、原動力になってやっていることについて、運動が足りないだの、拡がりが少ないだのと難詰する気は毛頭ないのですがね。あい、すみません。

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2010年8月 6日 (金)

こちらは、軍事革命政府による左派政権要職者粛清のための血塗られた「失踪」だ。その話題だ。ところが、どうだね、え、日本、こっちの方が大事だ、驚くじゃないか、姥捨て失踪、100歳以上失踪者、行方不明、所在不明、生死不明、出るわ、出るわ、何十人も、なんて国だよ。

2010.8.6
 この記事は、昨日(2010.8.4)からの続きである。
 下記の朝日新聞記事をきっかけにして書き始めた記事である(2010.8.4開始)。
 ――70年代アルゼンチン「左翼狩り」、 孫101人奪還、祖母ら執念 (2010.8.1、4面)
――

◆◆◆◆◆◆◆◆
  あんた、そこのあなた、きみ、「またまた菅直人政府が短期崩壊するなんてことになったら、世界に恥ずかしい。続投賛成」、こんな高尚な説を説いてくれ ちゃってる人。「菅さんは庶民派、人情が分かる、奥さんも気さくな人だし」なんて評論してくれちゃってる人、この機会に無知を悟りなさい。日本をダメにする政治家に手を貸していることに気付きなさい。
 チリ、アルゼンチン、ウルグアイでの、血の粛清「失踪」は、日本の姥捨て「失踪」と、つながってるんだよ。同根現象なんだよ。市場原理主義崇拝、新自由主義崇拝という事象で結ばれているのです。菅直人さんは、延命、売名のためにこの悪魔崇拝に国民を売ろうとしているのです。

 菅政権が短期で終わったら恥ずかしいってか、コノ、こっちの方がずっと恥ずかしいやな。年寄り放置現象だ。なぜそうなったか。第一義的には、戸籍事務その他の「お役所仕事」のせいだが、こういう現象が生じた背景に、現象を生じせしめるに至った風潮の背景に、いわゆる「小泉/竹中」政治風土がある。2009政権交代は、そいう風潮を阻止しようとして、「国民の生活が第一」を掲げて生まれたものである。菅直人変節内閣は、この動き、うねりを裏切った。
 所在不明/生死不明の年寄り、試しに60歳以上でやってみろ、数千人、数万人、数十万人いるだろ、調査すれば。
 なんて国だ。まさかそんなことになっていようとは。国民は、いわば、盲点を突かれていたわけだが。

◆◆◆◆◆◆◆◆
――以下、"The Shock Doctrine"(ザ・ショック・ドクトリン)から(90-91ページ)――
 1970年代半ばまでに、サザンコーン全体を通じて、シカゴ学派軍事革命政権においては、刑事法の強行(法執行)における主たる方法は「失踪」であるような様相を呈してきた。なかでも、アルゼンチンの宮殿を選挙している将軍たちは、その慣行をひときわ熱心に推し進めていた。軍事政権が倒壊するまでに生じた失踪者は、30,000人にのぼるとされる(65)。そのうちの多くは、チリの「同輩」と同じく、飛行機の上から、ラプラタ川(Rio de la Plata)の泥水に落とされた。

Photo_3  アルゼンチン軍事革命政府は、公開の恐怖と秘密裏に遂行される恐怖とのあいだの絶妙のバランスをとりながら恐怖政治を遂行していく術に長けていた。すなわち、そこで何が起きているかということを国民の誰でもが知ってはいるけれども、同時に、政府がそのことを否定しようと思えばいつでも否定できるほど充分な秘密を保ちながらやっていくという方法である。
 軍事政権は、権力を握った最初の日に、「治世において、究極的な権力行使を厭わない」という態度を国民に示す劇的な行為を演出してみせた。
 一人の男がフォード・ファルコン(Ford Falcon ― 秘密警察が使用している車として知れ渡っている車種)から引き摺り下ろされて、ブエノスアイレスの最も有名なモニュメントに縛り付けられた。すなわち、高さ65メートルのオベリスクである。男はそこで、機関銃によって処刑された。公衆の面前である。

 この後、軍事政府による殺戮は地下に潜った。しかし、存在し続けた。転じて、「失踪」は、公式には否定されていたが、地域社会が沈黙を守ることによって犯罪に連座する、公開の見世物であった。誰かを消そうと狙いを定めると、一連の軍用車が家にやってきて、あるいは職場にやってきて、一画に非常線を張る。多くの場合、ヘリコプターが空中で舞っている。白昼、公衆の面前で、警官隊や兵隊が扉を蹴り倒して犠牲者を引き摺りだす。多くの場合、犠牲者は、待ち受けるフォード・ファルコンの中に消え去る前に、自分の名前を人々に叫んだ。事件の人づてニュースでもって、拉致を家族に知らせるためだ。「秘密(covert)」作戦なる形態があるが、それらはもっと鉄面皮だ。込み合った市バスに警官が乗り込み、髪の毛をつかんで乗客を引き摺り下ろすのである。サンタフェ市では、
人であふれた教会で、なんと、結婚式の祭壇から新郎新婦が拉致された(66)。「秘密」作戦が聞いてあきれる。

 恐怖のもつ「公開性」という性質は、当初の拉致だけではやまない。いったん拘束されると、アルゼンチンの囚人たちは、国中に300ヶ所もある拷問キャンプのひとつに連行される(
67)。キャンプの多くは人口の多い住宅地域にある。最も有名な(悪名高い)もののひとつは、ブエノスアイレスの繁華街にあるアスレチッククラブ跡にあった。Bahia Blacaの中心街にある学校校舎にできたものもあった。さらには、稼働中の病院の一角を拷問キャンプにした例さえあった。こういった拷問センターでは、変な時間に軍用車が出入りした。ほとんど防音効果のない壁を通して悲鳴が聞こえ、奇妙な、人体の形をした小包の搬入搬出されるのが目撃された。しかし、近隣住民は黙しているだけである。

*65.Marguerite Feitlowitz, A Lexicon of Terror: Argentina and the Legacies of Torture(New York: Oxford University Press, 1998), ix
  「恐怖の記録 ― アルゼンチンと拷問の遺産」
*66.同上、149、175ページ。
*67.Feitlowitz, A Lexinton of Terror, 165
    Feitlowiz著「恐怖の記録」、165ページ
 

――時間切れ、今日はここまで、次回に続く――

[更新]
 
2010.8.7、8:30、ほんの少し、表現の手直しと補充を施した。
 同、9:15、脚注を載せた。

  

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2010年8月 5日 (木)

北朝鮮による拉致問題もひどいが、こちらは、自国政府による誘拐、拉致、秘密刑務所送り、拷問、殺戮だ。南米チリ、アルゼンチンの話だが、ここ、日本でも、菅直人裏切り政府は、ある意味、――菅氏の常用句を借りるが――、「ある意味」、こういう恐怖政権に通じる政府なのだ。国民よ、騙されるな! 刮目せよ! 

2010.8.5
 この記事は、昨日からの続きである。

◆◆◆◆◆◆◆◆
 南米サザンコーン(チリ、パラグアイ、アルゼンチン、ウルグアイ、場合によってブラジルも)における恐怖政治時代の話だ。チリ、アルゼンチン、あの悪名高きピノチェ将軍。軍部クーデター政権によるフリードマン流新自由主義追求暴走政治で生じた必然的副産物だ。
 菅直人裏切り政府が、かくまで厚かましくも、さもしくも、あさましくも、卑しくも、醜くも、国民を騙しながら目指している社会だ。それを目指すのも、理念があってのことなら、まだいい。そうではないのだ。菅氏の場合は、確固たる信念も、理念も、定見もなく、短期間政権で終わりたくないという欲望、――多少華を持たせるとして、「ウルトラ短期政権の連続という悪しき連鎖を、一部世論に激しく叩かれながらも果敢に断ち切った男」みたいな後世的名声を残したいという欲望――それは、身勝手、独善的なものでしかないのだが、国民の生活がどうなるか、日本の将来はどうなるかなんていう視線はまったくないのだが、そういう欲望から出ているだけのことだ。当ブログ主はそうみる。

 なんだネ、菅さんは国会答弁で、100歳層高齢者などの消息不明問題について、「人間的な気持ち云々」(
よく覚えてないのだが、こいういう趣旨のこと)と述べていたが、新自由主義への便利変節者、「どの面下げて」というところだね。「奸佞人物の真相、ここに見たり」というところだ。「奸佞(かんねい)」とは、「心がねじけて、悪賢く、人にへつらうこと」という意味だ(集英社「国語辞典」)。
 居直り、居座り続投について、「歴史が証明することだ」なんて、愚にもつかぬ逃げ口上もいっていたね。

 「国民のみなさん」よ、目をしっかりと見開いて、菅直人という人物が何をしようとしているか、本質を見据えよう。庶民宰相だなんていわれているが、実質はどうなのか。「短期間で潰れる政権が何代も続くのはよくない、外国に恥ずかしい」、こう考えるから続投OKだというのですか。選挙惨敗原因は菅さんの消費税発言ではない、小沢の「政治と金」問題だ。消費税議論は必要だ、社会保障財源がない。子どもらに借金を残してはいけない。5%上げて10%への増税を認める。こう宣うのですか。
 バカだね、あんた。

 その昔、「女衒」(
ぜげん)ということばがあった。「あった」というか、まあ、ことば自体は今でもあるのだが――少し前までは、経済が崩壊して貧困に喘いでいたロシアや東欧の女性を「買い」まくって日本に連れてきた例があるから、今でもあることばだといってもいいが――、「女というか娘、通常は若い娘だが(多くは下位ローティーン)、それを吉原その他の遊郭、遊女屋、場末の売春宿、因業金満商人などの妾(めかけ)などに売り飛ばすことを生業(なりわい)としている輩のことだ。もちろん、極貧の百姓やなんかから買うのだ、親が売るのだ。この生業、いちがいに「吸血鬼」みたいな捉え方だけでもいかないところもあるのだが、その点には深入りしないで、「女」を日本に、「吉原その他の遊女屋など」をアメリカに置き換えれば、品がない例えではあるが、「アメリカ隷従一辺倒から脱却して対等な立場の外交を目指す」という公約を眉もしかめずに捨て去って、走狗路線を手土産に同国に摺り寄った菅直人内閣総理大臣は、「ある意味で」、女衒だ。

 「女衒」たあ、汚いことばなんだよ、卑しいことばなんだよ(
ここでの意味は)。2009政権交代の公約を廃棄し、裏切り、そう行動した結果として選挙に惨敗した。罪は深い。だが、それだけなら、まだ、「変節したことは、けしからん」という次元の問題であり、禊ぎをして、責任をとって、罪は深いが、事は大きいが、事態収拾だ。
 それがなんだ、禊ぎさえしない誰ひとり責任をとらぬ
(2010.7.29両院議員総会/参院選惨敗総括論議における森裕子参議院議員の発言参照)。居直って、居座りだ。民意無視だ、2009政権交代民意無視、今回参院選挙惨敗民意無視。
 女衒だよ、ことばの意味の実質からいって、女衒だ。日本を売っている。アメリカに。長期政権確保という独善的目的だけのために。フリードマン元祖新自由主義という、国民生活をめちゃくちゃにする社会体制――いまやそのことが歴史的事実として世界各国で実証されている社会体制――にするという土産、アメリカの利益のためにそうするという土産を添えて日本を売った。良心の呵責など臍のごみ(
極少の意味)ほどもない。虫唾の走る女衒だ。
 当ブログ主はこうみている。


◆◆◆◆◆◆◆◆
       ――以下、"The Shock Doctrine"(ザ・ショック・ドクトリン)から(88-90ページ)――

 このような密接な協働関係があったにもかかわらず、アルゼンチンの軍事政権は、ピノチェがやったほどには新自由主義実験(ネオリベラル実験)に深く入り込まなかった。
例えば、油田開発事業を民営化しなかったし、社会保障制度も民営化しなかった。ただし、それまでアルゼンチンの貧困層を中産階級にまで押し上げてきた諸政策や行政機関を攻撃することに関しては、軍事政権はピノチェの道を忠実に踏襲した。その理由として、一部には、同国に、シカゴ大学経済学部留学制度を終えて戻ってきている経済学者(エコノミスト)が豊富にそろっていたことがあった。

 アルゼンチンの新規登用シカゴ派経済学者たちは、軍事政権において主要な経済ポストに就いた。金融局長、中央銀行頭取、大蔵省財務局
調査研究部長といった地位をはじめ、その他の下位経済ポストを占めた(58)。しかしながら、アルゼンチンのシカゴ派経済学者らは軍事政府に喜んで参加したが、経済の最上位の職はその面々の内の一人にいったのではなく、Jose Alfredo Martinez de Hoz(ホセ・アルフレド・マルチネス・デ・オス)がその地位に就いた(写真)
 この人物は、Sociedad Ruralに属する貴族階級の一人である。Sociedad Ruralとは、牧場主たちの協会であり、同国の輸出を長年にわたって支配してきた組織である。これらのファミリィ群は、――アルゼンチンには貴族階級というものが存在し、このファミリィ群は、ほぼそれに近い存在なのであるが――封建的な経済秩序をよしとしたのである。その秩序とは、自分たちの保有する土地が政府によって百姓たちに再分配されるという不安に思い煩わなくてすむ時代、あるいは、食肉の価格が、民衆にそれがいきわたるようにするために政府によって引き下げられるという心配をしなくてすむ時代のことである。

 [引用者注]
1. 上記の 「金融局長」は"secretary of finance"、「大蔵省財務局調査研究部長」は、"research director for the Treasury Department of the Finance Ministry"の訳で、ブログ主が適当に付したものにすぎない。
2.Jose Alfredo Martinez de Hozが就いたという「経済の最上位の職」とは、Minister of Economy(経済相)のことである。なお、当時の行為を糾弾する裁判に触れたブログ記事があった。

 Martinez de Hozは、Sociedad Rural協会の会長を務めてきた人物である。その父親も、祖父も会長であった。また、Pan America AirwaysやITTなど、いくつかの多国籍企業の取締役会にも顔を連ねている。この人物が軍事政権においてこの地位に就いたということからして、このクーデターがエリート階級による革命であったという事実は疑いを容れない。すなわち、同国の労働者階級が40年にわたって獲得してきたものに対する反革命だったのである。

 Martinez de Hozが経済大臣としてとった最初の行動は、ストライキを禁止することと、雇用主に対して労働者を自由に解雇できる権利を与えることであった。マルチネツは物価統制を廃止し、食品の価格を暴騰させた。また、アルゼンチンを再び、外国の多国籍企業群にとって居心地のいい国にしようとした。外国人による所有の規制を廃止し、最初の数年間で数百の国営企業を売却してしまった(
59)。これらの施策を講じたことによって、マルチネツ大臣にはワシントンに、強力なファンができた。秘密文書指定解除によって公開された文書類によると、ラテンアメリカ担当国務副長官William Rogersがその上司たるHenry Kissinger(キッシンジャー)に対して、クーデター発生直後に、「Martinez de Hozはいい人物だ。これまでずっとこちらに助言を仰ぎながら行動してきている]と語ったとされる。キッシンジャーはそのことを大いに気に入り、マルチネツが「symbolic gesture」としてワシントンを訪問してきた際に盛大な会談を手配した。さらに、アルゼンチンの経済的努力を支援するために電話相談に応じる旨の提供をなした。「David Rockefeller(ロックフェラー)に電話するよ」と、キッシンジャーは軍事政権外務大臣に語った。ロックフェラーとは、チェース・マンハッタン銀行の頭取のことである。「彼の弟、副大統領にも電話する」(アメリカ合衆国副大統領、Nelson Rockefeller)(60)。

 アルゼンチンは、外国投資を惹きつけるために、ビジネスウィーク誌に延々31ページにわたる広告を打った。この広告は、広告業界の巨人Burson-Marsteller社の制作によるもので、「個人投資にこれほど肩入れする政府は、これまでの歴史でほとんどありません・・・・・・我が国は真の社会革命を遂行中であり、パートナーを募集しています。アルゼンチンは国家統制主義から脱却し、民間セクターの重要な役割に全面的に信頼しています」*(
61)

 その結果、再びここでも、国民生活への影響が顕著に現れた。一年も経たないうちに、賃金はその実質価値の40%を失い、工場は閉鎖され、貧困がスパイラル的に広がった。軍事革命政権前には、アルゼンチンでは貧困状態で生活する国民の割合はフランスやアメリカ合衆国よりも少なく、ちょうど9%であった。失業率は、ほんの4.2%でしかなかった(
62)。ところが、国は、すでに撲滅し去って過去のものとなっていると考えられていた発育不全の兆候を、再び示し始めるにいたった。水道もない貧困地域があちこちに生じ、予防可能な疫病が蔓延するようになった。

 チリでは、ピノチェは中級階級を骨抜きにする経済政策を敷くうえで自由に行動できた。その理由は、権力の座に就くためにショッキングで恐ろしい方法を講じてきたのであるが、その影響による。将軍のジェット戦闘機や火砲部隊は、恐怖を広めるうえでは非常に効果的であったが、政権の正当性を世界に訴える宣伝効果のうえでは、壊滅的なものでしかなかった。ピノチェによる大殺戮についての報道が世界中に怒号を呼び起こし、ヨーロッパと北米の活動家たちは自国政府に対して、チリとの貿易停止を求めるように積極的に訴えた。これはピノチェ政権にとって皮肉な結果であった。というのは、ピノチェ政権の存在理由は、チリでのビジネスを外国投資家に開放する点に存在したのであるから。

◆◆◆◆◆◆◆◆ 
2_2   
ブラジルで機密文書指定解除によって新規公開された文書によると、アルゼンチンの将軍たちが1976年クーデターを準備している際に、連中は「チリに見られたような、国際糾弾キャンペーンは避けたい」と語っていたとされる(63)。この目標を達成するためには、国際世論の注目を浴びないような弾圧戦術が必要である。すなわち、充分に恐怖を広めることはできるけれども、虎視眈々と狙っている国際報道陣の目につかないような方法である。チリでは、ピノチェは、すぐに、失踪戦術に切り替えた。すなわち、餌食を公然と殺すのではなく、あるいは、逮捕さえも公然とはやらず、兵士に誘拐させるのである。餌食を秘密キャンプに連れ去り、そこで拷問し、多くの場合、殺すのである。そうしておいて、知らぬ存ぜぬを決め込むのである。

 死体は巨大集団墓場に放り込まれる。チリの「真実委員会」によると、それは1990年5月に設立された機関だが、秘密警察の警察官は、数名の犠牲者をヘリコプターから海に落として処分したとされる。その場合、まず、犠牲者の胃をナイフで切り裂いて、海に浮かばないようにしておいてから海に落としたという(
64)。
 この「失踪」方法は、目立たない処刑であることに加えて、公開の殺戮よりも、恐怖を広げるうえでもっと効果的であることが判明した。人々を薄い空気の中に消え去らせるために国家施設を利用するなんて、身の毛がよだつ。なんて発想だ。


 時間切れ、ここまで
――続く――

「注」

 The Shock Doctrineの脚注は、時間が足りなかったので、とりあえず、掲げてない。後日補充する。

-----------------------2010.8.7脚注掲載--------------------
*58. Mario I. Blejerは、この独裁政権のあいだ、金融局長(Secretary of Finance)を務めた。この人物は、クーデターの前年にシカゴ大学で経済学博士号を取得している。Adolfo Dizもシカゴ大学博士号保持者であるが、独裁政権のあいだ中央銀行頭取を務めた。Fernando De Santibanesは、同じくシカゴ大学博士号保持者であるが、独裁政権中、中央銀行で働いた。Ricardo Lopez Murphyは、シカゴ大学MA(文芸修士)保持者であるが、大蔵省財務局、経済研究/財務分析室の室長(national director of the Office of Economic Research and Fiscal Analysis in the Treasury Department of the Finance Ministry)を務めた(1974-1983)。その他、独裁政権において、シカゴ大学卒業生数名が、顧問や補佐官として、下位の経済職に就いている。
*59.Michael McCaughan, True Crimes: Rodolfo Walsh(London: Latin America Bureau, 2002), 284-90; "The Province of Buenos Aires: Vibrant Growth and Opportunity," Business Week, July 14, 1980, special advertising section.
「これぞ犯罪―Rodolfo Walsh」(ロンドン、南米局 2002)、284-90ページ。
「ブエノスアイレス地方―みなぎる経済成長と事業チャンス」、ビジネスウィーク誌1980年7月14日号、特別広告部門。
*60.Henry Kissinger and Cesar Augusto Guzzetti, Memorandum of Conversation, June 10, 1976, declassified, www.gwu.edu/~nsarchiv.
ヘンリィ・キッシンジャとCesar Augusto、「会話記録」、1976年6月、機密文書指定解除。
*61."The Province of Buenos Aires. "FOOTNOTE: lbid.
  上記「ブエノスアイレス地方」の脚注。
*62.McCaughan, True Crimes, 299.
   上記「これぞ犯罪」、299ページ。
*63.Reuters, "Argentine Military Warned Brazil, Chile of '76 Coup.
ロイター、「アルゼンチン軍部は、1976年クーデターについて、ブラジルとチリに事前通報していた」。
*64.Report of the Chilean National Commission on Truth and Reconciliation, vol.2, trans.
Phillip E. Berryman (Notre Dame: University of Notre Dame Press, 1993),501   
「真実開示/調停に関するチリ国家委員会報告書」第2巻、翻訳版。Phillip E. Berryman(ノートルダム大学出版、1993)。


◆◆◆◆◆◆◆◆

過去記事中の関連記述
   (2010.3.20記事は、ピノチェ/フリードマン話題に興味をお持ちの方への「お勧め版」)
*****************
 ――市場原理主義のいきつくところ、富裕/貧困の二極化から、貧困民衆の爆発が起こり、それを契機に独裁ないし反民主主義的反動国家体制が必ず訪れる。ミルトン・フリードマンの「ショック療法」がはびこる。あのチリのピノチェ独裁が、アルゼンチンの、ボリビアの、サザンコーン諸国家の血ぬられた圧政が、世界歴史標準ではすでに過去の遺物になりかけている時代遅れの圧政が、この日本にやってくる――
 「終わり」とは、このような予想があながち絵空事とはいえない時代が到来するということである。なぜそういえるか。

      (2009.12.10)

******************
 「ショック・ドクトリン」、あの、ミルトン・フリードマンから、ピノチェ、サッチャー、レーガン、ブッシュ、ラムズフェルド、チェイニー、小泉/竹中ら まで流れた「災害資本主義」(*1)を支える原理、これを応用しなければならない。やり口を勉強せよ、研究せよ。元大阪地検公安部長、三井環氏が出獄した という。戦術を練るリソースには事欠かないはずだ。
      (2010.1.19)
***************
 チリ地震とフリードマン、ピノチェ ―― 死者が少なかったのは二人のおかげ ―― ウォールストリート・ジャーナル紙の新自由主義大好き記者はこういうのだが、はてそうか。
          ---------------------

 ウォールストリート・ジャーナル紙のコラムニストが、チリ地震の低死亡率をフリードマンとピノチェによる功績だと讃えた。

 チリ地震の余韻が残っているが、この地震では負傷者数が相対的に少なかった(ハイチ地震と比較して)。そこで、おそらく、だれかが、そのことをミルトン・フリードマンとアウガスト・ピノチェのおかげだとする記事を書くに違いないとみていた。
 案の定、ブレット・ステフェン(Bret Stephens)の記事が現れた。ギャング経済学者と血ぬられた独裁者の太鼓持ちが記事を書いたのだ。
     (2010.3.18)
*******************
  1973年に、サルバドール・アレンデ(Salvador Allende)率いる原始チャベス主義政府がアウグスト・ピノチェ将軍に倒されたのであるが、この年、チリは経済的流血状態に陥っていた。インフレは年 率1,000%で上昇し、外貨準備は完全に底をつき、国民GDPはぺルーとほぼ同じで、アルゼンチンを下回っていた。

 しかし、(そういう状態ではあったが)チリは知的資本を所有していたのである。それは、同国のカソリック大学(Catholic University)とシカゴ大学経済学部との間の交換学生制度のおかげであった。シカゴ大学経済学部は、当時、フリードマンの学究根拠地であった。
  1973年クーデター前でさえ、チリの「シカゴボーイズ」(*1)数名は、一連の政策提案をまとめ上げていた。その内容は、「在庫品の存在によりすぐに入 手が可能な」経済自由化レシピとでもいうものであった。すなわち、政府支出とマネーサプライの徹底削減、国営企業の民営化、自由企業活動と外国投資に対す る障碍の除去といった政策である。

*1.「シカゴボーイズ」とは、シカゴ学派経済学の信奉者のことで、特に、シカゴ大学経済学部に留学してフリードマンの薫陶を受け、帰国するなどして世界に散らばっている各国の経済学者や官僚、政治家などのことをいう。(以下、「シカゴ学派経済学者ら」ということにする)
    ------------------
 チリでは、ピノチェは、一連のシカゴ学派経済学者らを上級経済ポストに就けた。1990年までに、それは、政権を失った年であるが、国民一人当た りGDPは40%上昇していた(2005年時のドル価格換算による)。ぺルーやアルゼンチンはいまだに停滞しているにもかかわらず、チリではこの実績をあ げたのである。
    (2010.3.20)
********************

 下記画像は、この記事をPrtScしたもの。
Photo
[更新]
2010.8.6、9:20、「過去記事中の関連記述」を追加した。
同、11:00、ブエノスアイレスでのデモの画像を載せた。
2010.8.7、10:45、引用している"The Shock Doctrine"記述の「脚注」部分を載せた。

 

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2010年8月 4日 (水)

70年代アルゼンチン「左翼狩り」 ―― 孫101人奪還、祖母ら執念 ―― 朝日新聞記事(2010.8.1、4面)

2010.8.4
 数日前の記事だが、パラパラとめくり目に飛び込んで、気になっていた。今日、読み直した。
 記事そのものは、まあ、「ひどい時代があった」、「政治的虐殺の暗い時代があった」ということを思い起こさせる――虐殺犠牲者の孫の消息を洗う動きが活発化しているということを報じることによって思い起こさせる――ものにすぎないのだが(「すぎない」といういい方はよくないが、忙しいから言い換える暇がないが)、話題にちょっとした因縁があるので、記事にとりあげることにした。

2_3

  Photo_4 うん、「因縁」たって大したことじゃなく、Naomi Klein(ナオミ・クライン)のThe Shock Doctrineに書いてあった――能天気人生を過ごしてきたので、初めて知ったこととて、夢中で読んだ――というだけのことなのだがネ。

 まあ、民主党が、党内けじめもつけられず、「鰯の切り身餌の水深30メートル東京湾この時期夜釣り投げ釣り」で釣りあげられて、ドテーッと堤防に転がされて、のたうっている、「70cm、3kg」超大肥満アナゴみたいな(こういうのは、江戸前アナゴとしての寿司ネタとは別種だという)、役立たず、無用、早晩死滅必定、「早く分裂して出直せ」、みたいな状態に陥っているので、政治ネタを書いても面白くないから、あそこらからは逃避だ。

◆◆◆◆◆◆◆◆
      ――以下、"The Shock Doctrine"(ザ・ショック・ドクトリン)から(87ページ以下)――
革命が広がり、人々が失踪する。(The Revolution Spreads, the People Vanish)
 そうこうしているあいだ、次の事例は(*引用者注 ― チリでのピノチェ・クーデタに次ぐ事例)南米のサザンコーン(Southern Coneアルゼンチン、チリ、パラグアイ、ウルグアイ)諸国に生じた。サザンコーンでは、シカゴ学派反革命が急速に広がっていたのである。
 ブラジルはすでに、アメリカ合衆国が支援する臨時軍事政権の支配下にあり、同国出身のフリードマン門下生数名が要職に就いていた。フリードマンは1973 年にブラジルを訪れている。それは、政権の野蛮さが最高潮に達していたときであるが、その際に、同国における経済実験を「奇跡だ」と宣言している(54)。

 ウルグアイでは、1973年に軍がクーデタを起こしており、その翌年に、シカゴ学派政策に踏み出すことを決定していた。しかし、シカゴ大学出身自国人が少ないことから、現政権将軍たちは、シカゴ大学からArnold Harberger(写真はここ )と経済学教授Larry Sjaastadを招聘し、この二人が編成するチームを呼び寄せた。チームの中には、アルゼンチンやチリやブラジル出身のシカゴ大学卒業生らが含まれていた。こういう陣容を呼び寄せて、ウルグアイの税制と経済政策を改革しようとしたのである(55)。同国はそれまで平等主義政策を敷いてきていたが、このシカゴ学派政策導入の影響はすぐに社会に現れた。実質賃金は28%減少し、モンテビデオ市内には、この国の歴史にかつてなかったことだが、浮浪者の群れが溢れるようになった(56)。

 このような実験に加わった次の舞台が、1976年のアルゼンチンである。軍体がイザベル・ペロン(Isabel Peron)から政権を奪った政変だ。
 ということは、次のことを意味する。すなわち、アルゼンチンとチリ、ウルグアイ、ブラジル、――この国々は代表的な開発主義国家として知られていたわけであるが――、これらが、いまや、すべて、アメリカ合衆国が支援する軍事政府によって動かされており、人々の生活が、シカゴ学派経済の実験室となっているということだ。

 ブラジルの、2007年3月に機密文書指定が解除されたばかりの文書によると、――それは(指定解除の時期)アルゼンチン軍事政権の将軍たちが政権の座から降りることになる数週間前のことであるが、クーデター当時、将軍たちはピノチェ(Pinochet)やブラジル臨時政府と接触して、アルゼンチン軍事革命政府がその先踏むべき主要ステップを学んでいったという(57)。

*54.Milton Friedman, "Economic Miracles," Newsweek, January 21, 1974
   ニューズウィーク誌1974.1.21号、「経済の奇跡」
*55Glen Biglaiser, "The Internationalization of Chicago's Economics in Latin America,"Economic Development and Cultural Change 50 (2002):280
   「ラテンアメリカ諸国におけるシカゴ学派経済学の国際的席巻」、「経済発展と文化変容50」
*56.Lawrence Weschler, A miracle, a Universe: Settling Accounts with Tortures(New York: Pantheon Books, 1990), 149
  「奇跡、宇宙 ― 拷問による清算」(Pantheon Books社、1990)
*57.The quotation comes from notes taken by Brazil's ambassador to Argentina at the time, Joao Baptista Pinheiro, Reuters, "Argentine Military Warned Brazil, Chile of '76 coup,"CNN, March 21, 2007.   

 この引用は、当時ブラジルの駐アルゼンチン大使をしていたJoao Baptista Pinheiro氏の手控えからのものである。「アルゼンチン軍が、ブラジルとチリに、1976年クーデターを警告していた」―CNNテレビ、2007.3.21

 時間切れ、ここまで
――続く――

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2010年8月 3日 (火)

こういう連中を防風林にして、弾よけにして、囲み屏風にして、中で酒盛り宴会、あさましく居直ろうとしているわけだ、菅直人変節内閣は。

2010.8.3
  生死不明疑惑のある超長寿者が少なからずいるという問題で、長妻厚生労働大臣がテレビに映っていた。19:00NHKニュースだ。見るともなく見ていたのだが、「アレ、どこかで見たような・・・・・・」。
 立ったままの、ごく簡単な記者会見のような場であったが、大臣と一緒に会場に歩いてきて、大臣が所定の場に立つと、すぐその真後ろに控えて立った男。大臣の発言に、後ろで頷いてみせたりしている。どこか、けれん味を感じさせる仕草で、なんとなく気に食わぬ。
 「ああ、あの男だ」。
 下記の発言をした男だった。 民主党配信ビデオから発言内容を書き起こす際にWikipediaで人物確認をしたら、長妻大臣が「一生の友」と呼ぶ人物だと書いてあった。テレビを見た後でもう一度調べたら――というのは、その挙動からして何か長妻大臣と仕事の上で関係があるのかと疑わせたからだが――厚生労働大臣政務官に就いていた。

◆◆◆◆◆◆◆◆
2009.7.29民主党両院議員総会/参議院選挙惨敗総括論議(配信ビデオからの書き起こし)
[菅擁護発言一例]
  こういう連中を防風林にして、弾よけにして、囲み屏風にして、中で酒盛り宴会、あさましく、いぎたなく居直ろうとしているわけだ、菅直人変節内閣は。
 苦々しく思っている議員も少なからずいるようだが、その風は、全体的にみて峻烈さみたいな雰囲気が薄いようにみえるから、党首選挙で菅氏を引きずり落とすところまではいくまい。もちろん、そうできれば喜ばしいかぎりだが。だから、民主党有志よ、特に若手よ、ゲリラ戦法その他で解散機運をこしらえ、総選挙で多党乱立の混沌に戻り、そこからやり直しだ。政治未熟日本、残念だが、しかたがない。まあ、「外国からバカにされる」、「そんなこた関係ない」など、すったもんだしていくなかで、国民の学習が少しずつでも加速していきゃいいやな。もっとも、「(菅総理)辞める必要なし80%」なんて国民だから、いつまでたっても・・・・・・いや、希望は捨てまい。

山井和則(京都)衆議院議員
 衆議院議員の山井和則です。
 えー、まあほんとに非常に厳しい意見も出ておりますが、私自身、まあ、地元で、えー「嘘つき」いわれたり、いろんなつらい目をみた選挙でもありました。
 ただですね、私は今回つくづく思いますのは、もちろん、執行部の方々、菅総理をはじめとする執行部の方々、これだけ大敗をしたわけですから、責任はあると思います。私はさきほど菅総理や枝野幹事長が、えーお詫びをしっかり申しあげ、しっかりおっしゃったことを、重く受け止めたいと思っております。その理由は、今回の選挙は、私たち民主党にとっても、ほんとに未知の選挙であり、初めての選挙でありました。

 23 どういうことかというと、政権をとって初めて守る側に立った選挙、守る側に立った選挙であり、追われる側に立った選挙なんです。具体的にいうとどういうことかといいますと、野党の時にはこれをしたいということをある意味で純粋にいい易かった。しかし、政権をとれば、触れたくなくても、財政や消費税ということに関しては、なんらかの形で逆に触れないと無責任になってしまう(座がざわつく)。残念ながら(激しくざわつき、ヤジ)、菅総理の、今回の発言は、私も、唐突に感じました。しかしなんらかのかたちで消費税や財政というものに対して触れざるを得ないというのが、私は政権与党の、宿命だと思っております(激しくざわつく)。だからといって私は、菅総理の今回の発言を是とするわけではありません。

 それと、消費税はマニフェストに、マニフェストに書いても、野党のときには、これをします、あれをしますということで、選挙は戦えたけれど与党になってからは、財源ということも考えながら(
大きくざわめく)、ほんとに100%どうやって実現していくのかということを必死になって考えざるをえない。そういうことになってくるわけであります。ですから、私はそのような意味でもちろん選挙がこれだけ負けたわけでありますから、執行部にも責任があると思います。私にも責任があると思っておりますが、それ以上にやはり今回、初めての政権与党としての選挙の大変さ、総理のひとことがこれだけ大きく報道されてしまうという、そして、本来さきほどから枝野幹事長、枝野幹事長や菅総理が消費税をすぐに上げるとまでいったわけではない、いったわけではなかったけれど、やはり一国の総理の発言となれば、そのようにやはり報道されて野党からも攻撃をされ国民を不安に巻き込むと、やはりそういうことも私は初めての選挙であったということもあったと思っとります。

 ですから、私はやはり今求められるのは、あしたから国会も始まります。政調の本格的な議論も始まります。景気回復のために、また議員費用日割りの法案を成立させるために、私はこういう厳しい議論をしつつも、まとまってしっかりと仕事をしていく、そして結果を出していくことが大事であると思っております。
(拍手「1」。)

[拍手指数]
 5=すごく多い、4=多い、3=まあまあ、2=少ない、1=ぱらぱら

◆◆◆◆◆◆◆◆
 まあ、考えはいろいろあっていいわけだが、当ブログ主としては、反吐がでるね、こういう輩には。こういう人物が大臣政務官をやっているってか。寄せ集めのメタボ民主党は、適当に機能しないことが判明した。割った方がいい、党議員有志よ、早くそうしてくれ。

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2010年8月 2日 (月)

「騒ぎごっこ」で終わってしまったわけだが、痛快な意見が出なかったということではない。毎日暑いネ。裏切り菅直人体制への痛罵を聞いて、溜飲を下げよう、体温調整だ――2010.7.29民主党両院議員総会。

2010.8.2
 引き続き、今日も、惨敗総括論議から、発言を一つ掲げる。2010.7.29民主党両院議員総会/参院選挙惨敗総括話題は、初物食い的バリューには欠けるが、決して「出し殻」ではない。そうではないし、そう思ってはいけないし、そうさせてはいけない。問題を風化させてはいけない。事は、2009政権交代の意義を蘇生させるための根本論議である。今後の日本の政治を左右する論議なのである。こうだ。

 (イ)「アメリカの狗(いぬ)」政治にたち戻るのか、――戦後60年のアメリカ隷従政治史に戻るのか――、それとも、それを断ち切ろうとあがいた鳩山10ヶ月の志を継いで再挑戦、再出発するのか。
 (ロ)乾いた新自由主義/市場原理主義/グローバル資本主義政治経済体制を追求して、「すべからく市場に委ねよ」、「格差社会何が悪い、貧乏が嫌なら努力しろ」、でいくのか、それとも、「『国民の生活が第一』2009政権交代理念」を継いで再出発するのか。

◆◆◆◆◆◆◆◆
Photo_2

 このうねりを、熱気を、怨嗟を、変化への叫びを、「国民の生活が第一」への期待を、10ヶ月にして、かくも無表情に、陰湿に、あさましく、裏切り、踏みにじる菅直人代表。

――この苦しいなかでの再スタートが、後に「新しい政治の地平を開いた」と称(賞)されるよう、私自身強く尽くしてまいりたい――

 両議院議員総会の冒頭あいさつでこのように述べていたが(末尾)、とんでもない。後に、「歴史上まれにみる裏切り」と称されるであろう。
 なぜかなら、そこにあるのは、すなわち、「新しい政治の地平を切り開く」という行動に駆り立てる衝動は、政治的実験をやってみたいという野心的欲望にすぎないからである。すなわち、「新しい政治の地平」とは、「マキャベリズム的手法をも厭わず、超短期政権連続という悪しき連鎖を断ち切った宰相」という後世的名声なのである。菅直人という人物は――市民運動から出発した「庶民派」などといわれているのだが――この名声を狙っているのである。
 そこには、「国民の生活が第一」なる発想はみじんもない。そこにあるのは、「3年続いた」(あるいはもっと長く)という外形、形式としての事実の追求だけである。実質的評価など、いいにつけ、悪いにつけ、どうでもいいのである。
 当ブログ主はそうみている。

◆◆◆◆◆◆◆◆
 ここまで書いて、「メシの後で見直してアップ」と中断し、19:00のNHKニュース。
 驚いたね、「解散総選挙で臨むこともありうる」、菅総理がこう述べたという(国会答弁)。「それが任期満了時点(に近い時期)であるかどうかは別にして、そういうこともありうる」。当人がこう述べているところが、後で映された。

 さて、どう読み解くのか。 
 おそらく、「9月代表選での再選→ 新組閣→ 半年かそこら」の時点における「党分裂も辞さぬとする党内大騒動」あたりのことを念頭においてのことではないか。
 後でじっくりと考えてみよう。さて、記事を送信する。ただいま、20時12分。

◆◆◆◆◆◆◆◆
 本題はこちら!!! 痛快記事だ、痛烈指摘だ、糾弾だ、本質的議論だ。

森裕子新潟県選出参議院議員(配信中継ビデオからの書き起こし)
 
すみません、いちおう女性ということで、ありがとうございます(司会者が、挙手数名の内から発言者を指すに当たり、「はい、(そこの)女性の方」と指したことを受けて。場内笑い)。
 新潟県選出の、参議院議員の森裕子でございます。
 あのあたくしは、本日提示をされました総括案、とうてい承認することはできません。あのー、申し訳ないんですが、先日のブロック会議でも申しあげましたが、わたくしは言い訳をお聞きするために、あのブロック会議に出席したわけでもありませんし、本日の両議院総会に出席したわけでもありません。

20  トップリーダーというのは、自らの責任をもって、そして物事を決断し、責任をもって実行する。そしてその結果をとる。これがリーダーの責任じゃあないでしょうか。先日、ブロック会議で枝野幹事長、そして安住選対委員長にご質問させていただきましたが、明確なお答がございませんでした。なぜ、これまで、執行部に対して、....... まあ、支持率が下がったということで責任をとるべきだ、そのようにおっしゃっていらっしゃった方たちが、さて、自分が最高責任者、党運営の最高責任者である幹事長、そして選挙の最高責任者である選対委員長、その責任を負ったときに、多くの仲間が、ほんとうにたいへんな結果になり、44名、大惨敗です。なぜ責任をとろうとおとりに、とろうと、しないのか。私にはそれがどうしても理解できません。10年前に参議員初当選させていただいて以来、私はずっと野党でございました。野党の新人議員である私をずっと支援してきてくださったみなさんは、このようにおっしゃっているのです。

 「民主党にはがっかりした、責任の取り方もわからないそんな政党に責任ある政権運営を委ねることはできない。森裕子はこれからも応援するけど、民主党を応援する・・・・・・それは、考えさせてもらいたい。

 そんなことまでいわれるような状態なんです。なぜ、責任を、誰もおとりにならないのか。納得のあるご説明をいただきたいと思いますし、重ねて申しあげますが、私は、これは総括案ではない単なる言い訳の文書であると、いうふうにしか受け止められませんので、明快なご答弁をいただきたい。
 そのように思います。


*******************
(当ブログもココで同趣旨を述べている)

◆◆◆◆◆◆◆◆
追記
 それにしても、上の政権交代時、日経新聞写真、鳩山さん、いい顔してるね。「鳩山器に非ず」で終わってしまったのが、返す返すも残念だが。

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