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2011年4月

2011年4月28日 (木)

すべて小沢のせいだ。なんでもかんでも、森羅万象、すべての異変、事件、不具合、すべて小沢が悪い。一昔前はこういわれた。それに倣って、「すべて菅のせいだ」、こう言おう。

2010.4.28
  いや、なに、毎日毎日強風が吹きやがって、腹立たしいということに関してだが。あれ、待てよ、そういや、放射能なんかが飛んできてんのか、もしかして、あいつのせいで。


 7日ぶりの投稿だ。原因は精神面での不調にある。気が乗らないのだ、とにかく、気が乗らない。記事を書こうとして、案をいろいろ頭に浮かべてみたりはするのだが、手が動かない。パソコンを打ち始めるところまでいかない。その前に、洋物探偵小説や、YouTubeジャズに逃げてしまう。

なぜそうなのか考えてみた。
①政治の愚劣ぶり
 菅直人/江田五月のタンデム(二頭立て馬車)政治の愚劣ぶり、
 「棚ボタであれ、本懐遂げた、死んでも放すもんか」、
 「国を牛耳るってこんなにおいしいものか、おいしい、おいしい」、
 「オレが右向けっていや、みんな右向く、権力っておいしい」、
 「オレちゃん、首相専用機乗り回せるもんネ、ざまあみろ」、
 「こんなにおいしいんだ、理念なんかクソ喰らえ、国の将来?、災害復興?、原発汚染事故鎮静化? そんなこた、放っておけ、ほっときゃ、なるようになる」、
 「大事なことは一点だけ、人気とり、人気とり、椅子を手放さないための人気とり、それさえできてりゃ、後はどうだっていい」、
 「政権維持に不利な情報は、ひた隠せ。ごまかせ、時とともに関心は薄らぐ」、
     みたいな、
 「あるのはしがみつき我欲だけ」、
 「生来的無機質型人間じゃなければできない芸当の、党公約裏切り、破廉恥政治ゴロ」という愚劣。

 「根っからの『政治と金』人間が小沢の『政治と金』を非難する」愚劣――「政治理念なくして首相の椅子にしがみつくということは、権力プラスおいしい金に執着する、甘い蜜にたかるということ、言い換えれば、『政治と金』人間であるということだが、『田中角栄の金権政治に憤りを感じて政治家を志した』なんて臭いセリフを吐きながら、『民主主義とは期限を限った独裁』だなんて独りよがりを吐きながらこれをやる」この愚劣。
 内閣官房機密費、どんな使われ方をしているのか、おそらく、メチャクチャやってるんだろう。

②政治家の暗愚ぶり
 総理大臣以下の閣僚はもちろん、その他の与野党国会議員を含めてのことだが――政治家の暗愚ぶり。すなわち、日本のアメリカ隷属を加速させているという悪をはじめ、沖縄沖中国船海上保安庁巡視船衝突事件にみられる不遜極まりない大嘘つき体質、情報隠蔽政治、公約裏切り、閣僚への参議院問責決議を受けても、国政選挙で不信任を突きつけられても一切責任を取らない民主主義軽視傲慢不遜体質、稀代の破廉恥男与謝野馨を閣僚に据える独裁ぶりなど、ありとあらゆる悪をやってのけている閣僚と、それを放置している、あるいは倒せないでいる議員の暗愚、無能である。

③検察の腐敗ぶり
  これまでいやというほど書いてきたのでここでは端折るが、とにかく、腐敗ぶり。

④司法の堕落ぶり
 国政の一翼を担う司法、すなわち裁判官の堕落ぶり、憲法感覚の鈍摩、事なかれ主義、権力迎合の蔓延。

⑤メディアの退廃ぶり
 マスゴミの、当ブログの定義用語で「クズ六」メディアの、――それは、「読売、朝日、毎日、産経、日経新聞のいわゆる五大新聞とその傘下ないし系列放送局プラスNHK」のことだが――、その、「クズ六」メディアの、背徳的退化退廃ぶり、客観的報道、批判的報道、真実追究/追跡/調査/欺瞞暴露的報道の「キ」も「ヒ」も、バ、ツ、チ、なにもないクズ六メディアの退廃ぶり。

⑥国民の愚鈍ぶり
 そして、最後に、なんといってもこれ、愚劣政治/政治家、腐敗検察、堕落司法、退廃メディアを矯正しようとしない国民の愚鈍ぶり。

 これに嫌気がさしているのだ。

 だが、いつまでも書かないでいるわけにはいかない。そこで、「とにかく、書く気を呼び戻すために何か書かなきゃ」という意味で、上記と関係することだが、一点、書いてみよう。前から感じていることだ。

一、若者の政治愚鈍
 東京都知事選挙で、若年層は(30歳未満だったか)、お笑い芸人出身の前宮崎県知事に投票した者が多かったという。すなわち、石原慎太郎に投票した者より、お笑い投票者の方が多かったと発表されていた。
 日本の前途は暗い。
 石原を当選させたくないとする批判票がこちらに流れただけだという声が出るかもしれないが、そんなこた無視だ。とにかく愚鈍だ。

二、日本はもう弾性限界点(降伏点)を超えてしまっている。
 弾性(elasticity)とは、力を加えると変形するが、除荷すれば元の寸法に戻る性質をいう。多くの材料は、変形が小さい範囲(弾性範囲内)では、変形しても元に戻る、つまり弾性を示す。この弾性を示す範囲の変形を弾性変形という。ここから応力がある限界を超えると、弾性の性質から元にもどらない塑性変形(*1)を起こす領域へ変わる。その際の限界点を弾性限界点または 降伏点という。(Wikipediaから)
 *1.塑性(plasticity)とは、物質(個体)の性質として、力を加えて変形させたときに永久変形が生じるという性質のことである。

 日本の社会は、国民の選挙を通じた政治行動によって悪性変形を、すなわち、これまで戦後60年蓄積されてきた政治的/社会生活的害悪を矯正することが不可能な塑性変形をきたしている。大問題である。国家が破綻しかかっている。
 特に、司法とメディアの世界における塑性変形が痛い。どういうことかというと、この二つの分野は、本来、政治的/社会的害悪を除去する自動的矯正装置、自浄機能として社会機構に組み入れられているわけであるが、その仕組みが機能しなくなっているということである。さらには、矯正機能を失うどころか、害悪の増進に加担する様(さま)になっている。ひどい。
 特に、特に、最後の砦というべきジャーナリズムの世界でこれが起きていることが致命的である。

 逆方向からいうと、国民の政治意識は、そういう矯正が期待できない暗愚次元で推移してきたということである。2009年政権交代によってわずかに矯正の期待を抱かせたが、期待外れに終わった。政権交代転覆を企てる勢力による「小沢政治と金」プロパガンダに操られ、せっかくの芽を潰してしまったのである。「やはり愚鈍であった」ことを証明してみせたのである。

  だから、政治変革のもう一つの方法としての革命的暴動その他も起きる余地はない。じり貧に陥っていくだけである。

 したがって、日本の未来は暗い。
 「全員が一丸になって」だの、「みんなで頑張ればできる」だのいうのは、嘘だ。「復興」という名の下に瓦礫の後片づけはするであろうが、その後に来るのは、「復旧ではなく新生を」という騙りで煽られる「開発」地獄だ。菅直人が、無機質人間の面目躍如たるところをみせて、「丘の上の住宅地から下の漁港に『通勤する』漁師集落」なんてアホをこいていたが、これだ。「災害資本主義」に生き血を吸われる悲惨な姿だ。アメリカ隷属社会だ。アメリカの奴隷日本だ。
 「日本国民は優秀だ」なんていうのも、この面では嘘だ。政治の面では愚鈍だ。

三、「この時期に倒閣騒ぎなんて、けしからん」とする愚昧、蒙昧、間抜け
 未来が暗いと判じる一例を挙げる。

 ――国民が一丸となって復興に立ち向かわなければならないときだ。政権争いなんかやっているときか、顔を洗って出直せ――

 こういう声が、国民の90%だ。新聞の読者投書欄を賑わしたりもする。
     [この蒙昧 x 60年 = 塑性変形]
 こういうことだ。「この蒙昧」とは、国民の9割がそういう考えであるということを指す。
 原発事故に関しては、次の式も成り立つ。
   [この蒙昧 x 60年 = 福島原発事故惨事]

 1万数千トンにも上る汚染水を海に垂れ流した事件、二三日前のNHK正午ニュースは次のように語っていた。
――「低濃度の汚染水」を放出した問題で、政府が漁業組合に補償を確約云々――
 「低濃度」たって、「基準値」の100倍もの濃度だ。普通なら、「高濃度」だ。それを「低濃度」だという。「基準値の100倍」なんてことは一切いわない。伏せている。ごまかし以外のなにものでもないだろう。

 その10万倍もの濃度の汚染水が発電所施設のあちこちに存在するんだが(それをどう処理するか、いま、ああでもないこうでもないとやっているのだが)、その「とんでも高濃度」、「超、超、超、超、超高濃度」、「基準値 x 10の5乗高濃度」、「お化けみたいな高濃度」との関係で、「相対的に低い」というだけのことなのに。
 そもそもが、「基準値」とは、健康に悪影響を及ぼす危惧との関係で、それ未満なら、「まあ、大丈夫だろう」という考えで定めているものだ。その100倍だ。え、100倍だぜ。それで、「低濃度」だというんだよ。なんのための基準値だ、笑わせんな。

 実は、この「低濃度」という表現、放出した当時からNHKにかぎらずマスコミ全体で、「汚染隠し」みたいなことで使用していたのだが、「倒閣騒ぎけしからん」とする間抜けが国民の90%を占める社会、それが、クズメディアをのさばらせているのだ。

 とにかく、国民90%の間抜けが、菅直人を増長させ、日本衰退の加速度的進展を進めている。
 日本の未来は暗い。



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2011年4月21日 (木)

Days of Wine and Roses (酒とバラの日々)、歌詞の考察(後篇) ― 最強の日本語訳を試みよう。ネットには「ちょっと違う」みたいなものしかないようにみえるので。

2011.4.21
                                                                                                       ♪参考資料[歌詞翻訳曲目一覧/ページ相互リンク]
 ジャズ・スタンダード歌曲の独自日本語訳をネットに載せようとする人は、「実証的」な検討を丁寧にやったうえで事に臨んでもらいたいね。一般的にいって、この世界、次のような風潮がみられるようだ。

 すなわち、ネット記事をあちこち探して、いくつかの先行日本語訳を参照し、そのなかから、しっかりした翻訳にみえる、あるいは、「まあまあ」のようにみえるものを引っ張ってきて(これを便宜上「模倣素材」と呼ぼう)、それを土台に据え、枝葉をいじって自分の訳を完成させる。そのうえで、いくつもの先行記事を参考にしながら、もっともらしい、あるいはもったいぶった講釈を――人生観だの恋愛観だのにからめて――ひとくさり述べる。「人によって解釈がいろいろありうる」なんて逃げを打ちながら。
 文法的な検討や、語句の意味を辞書に当たって丁寧に調べる作業、背景/周辺事情の丁寧な調査といった「実証的」検討/解釈が伴っている作品は、ほとんどない。女心だの男心だのという視点からの感覚的、情緒的な要素だけに基づいて解釈に関する能書きを述べているものがほとんどである。

 ここで、その日本語訳の内容が、基本的な柱の部分で「正しい」ものである場合には、このようにしたからといって、何の問題もない。しかし、まずいことに、実証的検討がないものだから、 「模倣素材」に「誤り」があっても、それをそのまま踏襲してしまうという現象が起きている。これがやたらに多い。

 この"Days of Wine and Roses"(酒とバラの日々)の歌詞日本語訳についても、上記のことが妥当する。
 まあ、どんな日本語訳を載せようと勝手だが、「ちょっと違う」みたいなものしか存在しないというのは困る。「正答」ものもないといけない。
 そこで、それを試みる。なお、「前編」(2011.4.19)を適宜参照されたい。

◆◆◆◆◆◆◆◆
 廻りくどくなるが、映画の粗筋に触れたうえで、英文法/語句解釈論みたいな作業をやり、最後に訳文を掲げる。

■映画の粗筋(元になった1958年TVドラマもほとんど同じ)
 アルコール依存症(中毒)が若いカップルの結婚生活を徐々に蝕み、ついには結婚生活を、あるいは、人生を、さらには人間そのものを破滅に追い込むというモチーフを中心に展開する物語である。
 粗筋紹介は、予告編YouTubeを掲げることによって済まそう。


 映画の予告編(trailer)。ジャック・レモン(Jack Lemmon)(画像)の語りが入っているが、この部分はDVD版で追加したものだという。なおレモンの相手役(秘書/妻、Kirsten)を演じる女優は、リー・レミックLee Remick(画像)という人だそうだ。

[解説を少し]
This is Joe Clay, public-relations man. Public-relations is a difficult and demanding job. There are many aspects to modern public-relations.
 これは、ジョー・クレイだ。会社の広報担当者だ。広報は、困難で厳しい仕事だ。現代の広報業務には多局面の様々な要素がからむ。

And this is Kirsten Arnesen, secretary. Being a secretary these days has its complications, too.
 そして、これはカーステン・アーネセンだ。秘書(*)をやっている。今日、秘書の仕事に従事するということは、同様に、独特の複雑さがからんでくる。
  *おそらくクレイの秘書であろう。映画は2回観たのだが、そこらのことは忘れた。先の場面でジョーがパーティ会場から電話をかけている相手は、このカーステン秘書だと思う。
 取引先だか上役みたいな年配者を(自動車からよろけながら降りてくる男)セクハラじみた状況で世話しなくてはならぬ状況の映像ついで、翌朝の会社エレベータの中。ジョーが「昨夜のあのザマは何だ、特別の世話だってか」となじり、パチンとビンタを喰らう。

Joe and Kirsten, they fall in love. Completely in love. These are their "Days of Wine and Roses."
 ジョーとカーステンは恋に落ちる。完璧に落ちる。
 これが(
このような生活、世界が)、彼らの"Days of Wine and Roses"(酒とバラの日々、社交と快楽の日々)なのだ
 干し草の上に倒れ込んで抱き合う二人。(「これが」とは、社交とアルコールに明け暮れる日々や、干し草の上で抱き合う姿に象徴されるような、安易で楽な快楽生活のことを指す)

 そして、妻カーステンの父親が手塩にかけて育てている植物栽培温室に入り込み、父親が娘の手から奪って植木鉢の中に隠しておいたボトルを錯乱状態で狂気のように探し回るジョー。


This is the same man. How can he be so different? What happened to Joe Clay?
 これが同一人物だ。なぜ、そんなに変われるのか。ジョー・クレイに何が起きたのか。


Here is the star of "Some Like it Hot" and "The Apartment," Jack Lemmon to tell about new role.
 スター登場だ。「お熱いのがお好き」、「アパートの鍵貸します」のジャック・レモンが、新しい役について語る。
 「やあ」。マイクに向けて指をパチパチ。「入ってるかい、聞こえますか」。

 キッチンドリンカ―に陥った妻を責めるジョー(おそらく、自分が立ち直った――禁酒支援団体の支援を得て立ち直るのだが――その後の場面)
 二人が結婚する前に、前途を危うんだ父親。演じるのは、
Charles Bickford(チャールス・ビックフォード、画像)。"Playhouse 90"シーリーズ番組としての1958年TVドラマでも父親を演じた。そのTV劇とこの映画の両方に出演した唯一の(おそらく。少なくとも主要役割のなかでは)俳優である。
Photo_3
 「Days of Wine and Roses/社交と快楽の日々/酒とバラの日々」の映像、社交パーティ場面の映像を再び提示してエンド。


2_2       (左)酒とバラの日々 = 社交と快楽の日々(女性はカーステンとは別人)  (右)「社交と快楽と、そして君のいる日々」、その日々にぼくを誘うきっかけとなった"golden smile"(ゴールデン・スマイル)

■文法、語句解釈
             Days of Wine and Roses
                                             (m)Henry Mancini, (w)Johnny Mercer, 1962

The days of wine and roses
laugh and run away like a child at play
through a meadow land toward a closing door,
a door marked "nevermore" that wasn't there before.

The lonely night discloses
just a passing breeze filled with memories
of the golden smile that introduced me to
the days of wine and roses and you.


 曲はABAB'の32小節であり、ABとAB'にそれぞれ一つの文(センテンス)が対応している。すなわち、歌詞は、2文から成っている。それぞれ「前半」「後半」と呼ぶことにする。

一、前半
1.まず、前半後半を通じて、文章が現在形記述になっていることに注意しておこう。
2.さて、そこで、"days of wine and roses"はどういう意味か。
(1)細かいことだが、"of"は「同格関係のof」である。つまり、"days"と"wine and roses"は同格である。だから、"days of wine and roses"は、「"wine and roses"の日々」ということになる(「修飾/比喩のof」とも解せるか)。

(2)そこで、"wine and roses"とはどういう意味だろうか。
(i)この点に関してまず、押さえておかなければならないのは、題名(1958年TVドラマ、1962年映画、曲の歌詞)がイギリス人詩人/作家Ernest Dowson (アーネスト・ドーソン)の詩からきているということである。したがって、"days of wine and roses"の意味を検討するにあたっては、まず、この詩の内容を吟味しなければならない。
 ということで、その作業を前編でやった。
 結論として、その意味は、「社交と快楽」、「社交と快楽の日々」という意味であるとした。
上の予告編Tubeで、ナレーションが、These are their "Days of Wine and Roses."(これが彼らの"Days of Wine and Roses"/酒とバラの日々、社交と快楽の日々なのだ)と語っているとおりである。

  ただ、「酒とバラの日々」はすでに定着しているものであるし、いい日本語訳なので、「社交と快楽の日々」という意味だよという前提で、「酒とバラの日々」という表現自体は、そのまま使うことにした。

(ii)前編には書かなかったが、「社交と快楽」としたのは、次のような一般論的語句考察の結果である。
(a)何か成句ないし慣用句としての"wine and roses"という用法が存在するのだろうか。まずこういう疑問が沸くが、辞書で調べてもそれらしきものは見当たらない。
  *たった一つ、
["roses and wine(or sunshine)" = すばらしいこと、好都合]というのが見つかったのだが(下のrose"の意味検討欄参照)、これについては、脇に置いて考えないことにする。
 なお、断りがないかぎり、辞書とは「小学館プログレッシブ英和中辞典」のことであり(研究社の「新英和大辞典」、ネットの、"Urban Dictionary"などにもあたっている)以下に出てくる英単語/イディオムの意味の記述は、この辞書からの引用である。ただし、引用は、必ずしも一字一句同じではない。かなを漢字に変えたりしている。

(b)そこで、"wine""rose"にはどんな意味があるか検討することになる。
[wine]
 (名詞)
1.ぶどう酒、ワイン、果実酒
   
   2.元気を与えるもの、活力源、喜ばせる(酔わせる)もの
       3.(
)ぶどう酒が出る社交の集い、(特に大学生が催す)ぶどう酒パーティ
   (
動詞)
           (vi.)wine and dine/dine and wine
食べかつ飲む
           (vt.)(
人を)気前よくもてなす。 He wine and dined his friends.友人を派手ににもてなした。

[rose]
  ①バラ、バラの花
 ②
安楽な生活、快楽、成功
    *a path strewn with roses
 バラの花を敷いた道、安楽な生活
    Her life was a path strewn with roses.
彼女の一生はすべてバラの花を敷いた道のように思われた。
   *a(the) bed of roses (
おもに否定文で)安楽な生活、身分、境遇
   *be not all roses
 気楽な(楽しい)ことばかりではない。Life is not all roses.
   *come up roses 
成功する、うまくいく
   *gather (life's) roses
 快楽(人生の歓楽)を求める(追う)
   *
roses and sunshine(or wine)すばらしいこと、好都合

(c)さて、そこで改めて考えると、「ワインとバラの花の日々」、「ワインとバラの花に溢れた日々」、「ワインとバラの花に明け暮れた日々」、ひいては、「社交と安楽の楽しい日々」、少し否定的な苦みをきかして「社交と快楽に明け暮れた日々」ということになろう。

3.構文
 次に、"laugh"、"run away "は、三人称複数主語を受けた現在形動詞で、The days....laugh and run away.(日々が、笑い、逃げる)という構文である(*1)。

4."closing door"の"closing"とはどういう意味か。分詞形としての「閉じかかった」か、それとも形容詞の「終点の」か。後者にも惹かれるのだが、「閉じかかった」でいくことにしよう。

5."a door marked 'nevermore' that wasn't there before"
(i)"wasn't there before"(以前には存在しなかった)は何にかかるか。つまり、関係代名詞"that"の先行詞は何か。答えは、「ドア」にかかる。「以前には存在しなかったドア」ということである。"
a door that wasn't there before"、こういう構文なのである。「閉じかかったドアに向かって。そしてそれはどんなドアかというと、以前には存在しなかったドアだ」こういうことである。

(ii)「"nevermore"という表示が以前にはなかった」という意味ではない。
・[a door marked with words (of, or, read, or reading) "nevermore" that wasn't there before]、あるいは

・[a door marked with "nevermore" that wasn't there before]

 こういうことなら関係代名詞"that"で受けることができるが("nevermore"を)、そうなっていない。
 ここでは、[a door marked "nevermore" that wasn't before]となっており、"nevermore"は副詞句である。関係代名詞"that"で受けることはできない(*2)

 ネット上の日本語訳は、知るかぎりにおいてすべてが、「"nevermore"という以前には存在しなかったことばが記載されているドア」と解している。"nevermore"が先行詞でありうるためには、上に述べたような構文になっていなければならない

 前編で検討したErnest Dowson (アーネスト・ドーソン)の詩も、この解釈を補強する。

They are not long, the days of wine and roses:
    Out of a misty dream
    Our path emerges for a while, then closes
    Within a dream.
ワインとバラの日々(社交と快楽の日々)は、長くは続かない。
その日々への経路は、霧のようにもやっとした夢のなかから現れ、
しばらく留まり、そして門を閉ざす。
再び、夢に消え去ってしまう。


 この"path"というのがここで検討している「door、扉」に相当するのだ。その扉はどこからともなく現れて、しばらくは留まっているが、人が(ジョーと、カーステン)扉に入ってしまうと、つまり、ルビコンを渡ってしまうと、――それは、アルコール依存症に陥るまで堕落してしまうと、ということだが――、消えてしまうのだ。
 つまり節度を保って扉のこちら側で生活している分にはいいのだが(この場合には扉は眼には見えないかたちで存在している)、深酒の連続を続けていると、扉が姿を現し、やがてアルコール中毒に陥ってしまうと、それは扉をまたいでこちら側の世界、アル中の世界に入り込むということだが、扉が姿を消し、扉が消えてしまうと、もう、元の世界、素面の世界には戻れない。アルコール中毒で破滅への道を辿るだけだ。
 こういうことである。 (詩の全体について、前編参照されたい)

*1.これまでずっと次のように考えていた。すなわち、"The days of wine and roses"から後の語句はすべて「酒(ワイン)とバラの日々」を修飾するものだと。次の如し。
   The days of wine and roses,
   laugh
and run away(runaway), like a child at play,
   through a meadow land toward a closing door,
   a door marked "nevermore" that wasn't there before.

 つまり、主語+動詞にはなっていない文章だとみていたわけである。"laugh"は"名詞形と理解し(=laughter)、"run away"を"runaway"と思い込んでいたのである。振り返って考えてみればおかしなことだが、ぜんぜん疑問に感じていなかった。ただ、いまでも、そういう表現の仕方自体はあると考えている。
  遊び戯れる幼児のように、笑いと追いかけっこに包まれたあの日々。酒とバラの日々。
  牧草地を通って逃げる先には閉まりかかった扉が。「二度と戻れない」と書いてある扉、
  以前にはなかった扉があった。

 こういうことだ。

*2.関係代名詞"which"の場合には句、節、文あるいはその一部を先行詞とする場合がある(非制限的用法に限られる)。話が細かくなるのでこの論はここで打ち切るが、とにかく、「ドア」にかかるという説でいく。

二、後半
                 The lonely night discloses just a passing breeze.....
1.まず、議論を分かりやすくために仮定文(仮定的に置く文章)を掲げておこう。
       The lonely night [creeps in] just [like] a passing breeze
          filled with memories
          of the golden smile that introduced me to
          the days of wine and roses and you.
(2行目以降は詩とまったく同じ)
   あの酒とバラの日々に、そして君に僕を誘った(いざなった)あの輝くような笑顔。その笑顔の想い出に満ちた微風のように、寂しい夜が忍び寄る。

2."discloses"
 この翻訳作業の最大の難関だ。
(i)目的語は何か。
 "disclose"は他動詞だから目的語を伴わなければならない。文法的にいえば、この点は揺るがせない。では、目的語は何か。それは、"passing breeze"である。そうみるしかない。ネット上では、「吹きすぎる微風のように」という訳が100%だが、この目的語固執立場でいくかぎり、それは誤りである。"passing breeze"は、暴露される、暴かれる対象なのである。こうみなくてはいけない。
 ただ、その場合、 "the"でなくて、"a" passing breezeとなっているのが気に食わない。なぜそうなっているのか。"just"で補っているので、"a"にしてもいいということなのか。こういう悩ましい問題があるにはある。

(ii)自動詞的に用いていると考えることができるか。
 "disclose"を、特別に自動詞的に用いていると考えることができれば、翻訳はうんと楽になる。以降の文言は、"disclose"する様(さま、態様)を修飾するものにすぎなくなるからである。つまり、上に掲げた仮定文と同じことになる("just like"の"like"がない点は措いて)。
 ただ、この場合、"disclose"をどう訳すかという問題がある。「思い出す」(remind of、recall)とか「連れてくる」(bring)というような訳にすることはできない。「何を」思い出すのか、「何を」連れてくるのかということになるからである。つまり、目的語の問題である(remind, recall, bringはすべて他動詞)。したがって、仮設文で掲げたように"creeps(up, in, into, over)(忍び寄る、忍び込む)とか、"appear"(現れる)みたいなことにしなければならない(creep、appearは自動詞)。

 ――カーステンのいない孤独な夜は・・・・・・輝くような笑顔の思い出に満ちた、吹きすぎる微風のように忍び寄る(現れ出る)――

 こういうふうに。そして、このように自動詞的に処理する場合には、"just a passing breeze"は、"just like"とはなっていないが、「吹きすぎる微風のように」と訳すことになろう。

(iii)立場
 ということだが、ここでは、原則に従い、上記(i)の立場でいくことにする。

3."just"はどういう意味か
 ネット上では、知るかぎりにおいて、すべての先行訳が「just "like" a passing breeze」の意味で訳しているが、ここでは"just like"とはなっていない。"just"だけである。"just"単独でも、「のように」の意味になることがありうるだろうが(「まさに」、「ちょうど」)、"a passing breeze"を"disclose"の目的語とする場合には、問題外である。
  では、その場合、"just"の意味は何か。
  a「まさに」、「ちょうど」、b.ほんの少しで、ようやく、やっと、c.(話)ただ、ちょっと、・・・だけ、ほんの何々にすぎない、d.(話)(強調的)ほんとに、実際に(actually)、全く(quite)
 ここでは、"a"の「まさに」とみることになる。「まさにpassing breezeを暴く」、こうだ。

4."passing breeze"の意味
(i)"disclose"の目的語なのだから、暴く対象物なのだから、「吹きぬける微風」ではうまくない。
 そこで、"passing"は、 「過ぎ去ろうとしている」、「過去のものになろうとしている」という意味に理解しよう。
 "breeze"の意味はどうか。a微風、b.ごたごた、けんか  c.容易なこと、楽なこと d.風聞、うわさ。
 "b"を採用しよう。すると、"passing breeze"は、「過去のものになろうとしている、あのゴタゴタ続き」、「過ぎ去ろうとしている、あのゴタゴタにまみれた日々」というような意味にとれる(かなりコジツケがましいが仕方がない)。
       The lonely night discloses just a passing breeze.....

 ――妻 カーステンのいない、一人でいる孤独な夜は、いまや過去のものになろうとしているあのゴタゴタ続きだった日々のことを、まざまざと思い出させる――

 こういう意味になる(物語の最後では、夫のジョーは酒を絶って立ち直っているが、妻は中毒のまま巷を放浪している。二人の間の子、まだ幼い娘だが、それはジョーが引きとって育てている)。

(ii)上記の"d"風聞、噂と理解することもできる。その場合"passing"を「それとなく」という意味にとって、「それとなく聞こえてくる芳しくない噂を暴露する(その噂たるや、・・・・・・輝くような笑顔の想い出に満ちた噂だ)ということになる。一応、可能性として指摘しておこう。 

 ....... filled with memories of the golden smile that introduced me to the days of wine and roses and you.

5."golden smile"とは何か
(i)恋に落ちた当時のカーステンのそれか。
 いまや過去のものになろうとしている、あの「社交と快楽と、そして君という存在のいる日々」を過ごすきっかけになった、あの輝くような笑顔(会社で、秘書をやっていた当時の)
こういうことであろう。

(ii)構文の分析だが、 [introduced to "the days of wine and roses] and [introduced to you]、こういう構造だと思う。それが普通の考え方だ。
 「僕を、酒とバラの日々に、そして君に誘うきっかけになった笑顔」、こうだ。
  しかし、ここでは、 [introduced to <the days of "wine and roses" and you>]
 こういう構造のように訳したい。すなわち、「社交と快楽と、そして君という存在のいる日々」を過ごすきっかけになった・・・・・・。こう訳したい。

 ということで、"golden smile"は、溌剌と秘書役をこなしていた当時の、あるいは、その後の恋仲となって結婚した後、アルコール中毒に陥る前までを含めた、カーステンのものである(事のついでに述べておくと、知り合った当時、カーステンは絶対的禁酒主義者/teetotalerであった)。

■完成版日本語訳

     Days of Wine and Roses
                                               
  (m)Henry Mancini, (w)Johnny Mercer, 1962
The days of wine and roses
laugh and run away like a child at play
through a meadow land toward a closing door,
a door marked "nevermore" that wasn't there before.

The lonely night discloses
just a passing breeze filled with memories
of the golden smile that introduced me to
the days of wine and roses and you.


      酒とバラの日々
酒とバラの日々、そう、社交と快楽の日々は、
 こちらを振り向いて笑い、そして逃げていく。
 追いかけっこをしている幼児のように。
草原を通りぬけ、閉まりかかった扉の中に消え失せようと。
 扉には「二度と現れない」と書いてある。
 以前にはなかった扉だ。

君のいない孤独な夜は、
 過ぎ去ろうとしている出来事を暴いてみせる。
 輝くような笑顔の思い出に満ちた一連の出来事を。
そう、あの酒とバラ、社交と快楽、そして君のいた日々に、
 僕を誘った(
いざなった)ゴールデン・スマイル、君の笑顔、
 あの笑顔がきっかけで始まった出来事を。


■さて、出来栄えはどうか
 最強の日本語訳といえるか。
 いや、いえません、いえません、とてもとても。単なる私訳、試訳です。
 かなり、こじつけがある。独断に満ちている。

 やはり、後半部分は、文法にはこだわらず、仮定文として掲げたような構文と解釈して、次のように訳すのが無難かもしれない。
 偉そうな能書きを垂れまくっておいて逃げるようだが。

君のいない孤独な夜は、
君のあの輝くような微笑の、
  あの酒とバラの日々、社交と快楽の日々に、
  そして君に僕を誘った黄金の微笑の、
その想い出に満ちた微風のように、
そっと忍び寄ってくる。

 謙虚にいかないとな、世の中、それが一番。

[更新]
2011.4.22、21:40 ― 大幅に加筆して記事を完成させた(「未完」としていたが、これで完成したものとする) 
2011.4.23、9:00  ― 翻訳分析に関する記述を一部修正した。
2011.5.1、10:00 ― 項目番号の体裁を一部修正した。
2011.10.28、9:00 ― 掲げていた映画のYouTubeクリップ(予告編)が消されていることに気付いたので、別の投稿者による同じものと差し替えた。投稿日付を、2011.4.20→2011.4.21に直した。

 

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2011年4月19日 (火)

Days of Wine and Roses(酒とバラの日々)、歌詞の考察(前編) ― Vitae Summa Brevis Spem Nos Vetat Incohare Longam。歌詞の日本語訳を試みるには、何はともあれ、イギリスの詩人/作家Ernest Dowson (1867-1900)のこの詩(1896)がいかなるものなのかという考察をしなければなるまい。

2011.4.19
                                                                                                    ♪参考資料[歌詞翻訳曲目一覧/ページ相互リンク]
 作曲者も作詞者も、映画の題名が意味する暗示から、作品はまったく苦労することなく、一挙にできあがったという。
 ――映画の題名からして、メロディはすでに決まったようなものだった。どんな曲にするか、製作者側から注文なんかなかったよ。旋律が自然に浮かび、自然に転がり出たのだ。
 作曲者(Henry Mancini、ヘンリー・マンシーニ)はこういう。
 ――次々と言葉が浮かんできて、書き取るのが追いつかないぐらいだった。
 作詞家(Johnny Mercer、ジョニー・マーサー)はこう語る。
(JazzStandards.comから
Photo                              Henry Mancini                        Johnny Mercer

 そして、その題名というのは、そう、"Days of Wine and Roses"は、脚本家JP Miller(James Pinkeney Miller、ジェイムス・ピンクニー・ミラー)
が イギリスの詩人/作家Ernest Dowson (アーネスト・ドーソン、1867-1900)の詩(1896)、"Vitae Summa Brevis Spem Nos Vetat Incohare Longam"の一節からとったものなのである。

 すなわち、ミラーはこの映画(1962)の4年前に、CBSテレビの企画による"Playhouse 90"という名のアンソロジー(anthology/選集)シリーズ番組(1956-1961)のために同名のTVドラマ、"Days of Wine and Roses"を書いた。この、1958年に放映された90分ドラマは、ある会社の野心的な広報担当役員Joe Clay(ジョー・クレイ)と妻のKristen(クリステン、結婚前は同じ会社で秘書として働いていた)の結婚生活がアルコール中毒のために徐々に崩壊、破滅していく姿を鋭く描き出す問題作として人気を博したが、その題名をドーソンの詩からとったのである。
 その詩は、「デカダンス」生活を送るなかでアルコールに蝕まれて夭折した作者当人の心を詠ったものである。
 映画の台本は、このドラマの脚本を元にして、同じくミラーが書いたものである。

 したがって、この歌詞の日本語訳を試みる場合には、この詩の意味の考察が不可欠の前提条件となる。先行した話題作TVドラマからして、――もちろん撮影が進行中の映画の内容からもそのことは分かるわけであるが――、作曲家も作詞家も、題名の意味するところを充分に知っており、その脈絡のなかで作品を仕上げたとみてよいからである。

◆◆◆◆◆◆◆◆
■Earnest Dowsonの詩
Vitae Summa Brevis Spem Nos Vetat Incohare Longam
   (The brief sum of life forbids us the hope of enduring long)
 

    They are not long, the weeping and the laughter,
    Love and desire and hate;
    I think they have no portion in us after
    We pass the gate.

    They are not long, the days of wine and roses:
    Out of a misty dream
    Our path emerges for a while, then closes
    Within a dream.


      人生は、しょせん儚い(はかない)、長くは生きられぬ
泣くのも、笑うのも、長くは続かない。
愛も、欲望も、憎しみも、
三途の川を渡るまでのこと、
あの世ではすべて消える。

ワインとバラの日々(
社交と快楽の日々)は、長くは続かない。
その日々への経路は、霧のようにもやっとした夢のなかから現れ、
しばらく留まり、そして門を閉ざす。
再び、夢に消え去ってしまう。

          (詩はWikipediaからの引用。題はラテン語である語訳ココからの引用。日本語訳は当ブログ主独自のもの)

 Photo_3 ドーソンは、オックスフォードのQueen's Collegeを中退後、家業の乾ドック業に従事しながら文筆活動にも手を染めていた。父親が結核で亡くなり、母親も結核を苦に首吊り自殺。その後退廃的な生活を送るなかでアルコール中毒に陥る。乞食同然の日々を過ごしているところを友人に助けられたが、32歳で死んだ。23歳のときに、ポーランド人食堂経営者の娘、11歳の少女に恋をした。しかし、相手は、19歳になったときに食堂の階上に住む洋服仕立屋と結婚してしまう。ドーソンはこの失恋で深く傷ついたという。
   右の写真がドーソン(Wikipediaから)








Tv2                   1958年TVドラマ「酒とバラの日々」(Wikipediaから)

Photo_2       1962年映画 「酒とバラの日々」のYouTube画面合成
     Jack Lemmon(夫、Joe Clay、警察署独房に拘束収容された姿)とLee Remick(妻、Kirsten Arnesen Clay、絶対禁酒主義者だった女性がこの姿に)

―― 「後篇」に続く ――

[更新] 2011.4.21、18:40 ― 1962年映画の画像(最下段)を差し替えた。


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2011年4月15日 (金)

五百籏頭(いおきべ)と菅のくさい芝居 ― 復興税。 「復興構想会議」初会合での税新設必要発言は、菅直人の意を受けてのもの。とにかく菅を早く倒してくれ、国民の皆さん。毎日が憂鬱だ、うっとうしい、つらい。

2011.4.15
 輿石東(民主党参議院議員会長)は「誰が悪いというようなことをいっているときではない、一致団結が必要だ」という趣旨の発言をしたそうだが、そんなことはない。誤りだ。
 すでに腐乱臭を漂わせるまでに至った悪性腫瘍を、つまり、菅直人のことだが、これを切除しなければ再出発なんかできっこない。かなりの国民が動かない。そこらじゅう悪性肉腫だらけのゾンビとなって、よろよろ、バタン、ヨロヨロ、ばたん、しまいには砂まみれで地べたを這いずりまわる腐乱肉隗みたいな国になるだけ。
 そこら分かっているだろうに、輿石もくさい芝居か、変節か。

◆◆◆◆◆◆◆◆
 復興構想を練るには、財源問題も視野に入れてのことでなければならない。それは当然のことだ。しかし、五百籏頭は、国務大臣に任命されたわけではない。冒頭からいきなり税の新設に触れるのは、しかも「必要だ」という姿勢をあからさまにしての言及は、職務範囲逸脱行為だ、不遜だ。財源手当て、金をどうやって調達するかという問題は、大いに政治議論が分かれるところである。
 最初から「復興税ありき」、「増税ありき」を打ち出すのでは、誰が考えても、菅直人の傀儡以外の何物でもない。
 まあ、復興構想会議設置、座長に五百籏頭真(いおきべまこと)を菅政府が発表した時点で、傀儡会議であることがすでに論じられているのだが。

■五百籏頭発言

Photo_3

■急がば廻れ ― 菅直人を早く倒してくれPhoto_4
菅政権には早く退場してもらいたいと国民誰もが思っている。
復興構想会議は震災復興税を創設するために作られたように思える。
菅総理大臣は「長期戦を覚悟して臨む」と言ったが、長期戦になるなら即刻退陣してもらい、事態を収束できる新たな体制を望みたい。

一方、民主党の輿石参議院議員会長は、参議院の議員総会で「かつて経験したことのない大きな災害と事故を前に、誰が悪いなどと言っている場合ではなく、復興に向けて力を合わせる以外にない」と述べ、党内の結束を呼びかけました。

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2011年4月14日 (木)

初期のチャーリィ・パーカー(Charlie Parker) ― 好きだなここら。Hootie Blues(フーティ・ブルース)とSwingmatism(スイングマティズム)を聴く。

2011.4.14
  後のバッパーたちがバップの夜明け前あるいは黎明期みたいな時期に残した演奏が好きだ。いろんな人がいるが、一昨日パーカー(Charlie Parker)をとりあげたので、ここでもそうすることにして、パーカーが「夜明け前」にどんな演奏をしていたかを聴こう。カンサスシティ本拠のジェイ・マクシャン(Jay McShann; bandleader, pianist, singer)楽団でのものだ。
  *バップ(bop)はビバップ(bebop)ともいう。バッパー(bopper)とはバップjazzの場で活躍した奏者、特にバップ運動を担った連中、あるいはその後続信奉者たちのことである。

■Hootie Blues(フーティ・ブルース)
 12小節定型ブルース曲だ。
 Jay McShann(ジェイ・マクシャン)は"Hootie"というあだ名で呼ばれていたそうだ(Wikipedia)。そのことからすると、この曲名の"Hootie"はマクシャンのことかもしれない。そのあだ名だけど、"Hootie"という名の、食べると幻覚を生じさせるキノコがあるそうだが(米南東部の牧草地などに生えるというUrban Dictionary)、その意味か。つまり、マクシャンの「膨れた」顔からきているのか。
 Urban Dictionaryには、"hootie"の意味として、上記のキノコのことだとする説明のほかに、「恋人」という意味だとする説明も載っている。
  "Sweetheart, girl- or boyfriend, someone you're dating or stuck on."
      (
恋人、ガールフレンド/ボーイフレンド、付き合っている相手、または夢中になっている相手) 


 
 1941.4.30、テキサス州、ダラス(Dallas)でのデッカ社(Decca)への吹き込み(下のSwingmatismの録音データを参照されたい)。ジェイ・マクシャン楽団の初の商業レコード会社録音だといわれている。

 なんだね、パーカー20歳だが(1920.8.29生まれ)、このソロ、後年の"Parkers Mood"(ブルース)の演奏を彷彿とさせるね(その第1コーラス第5,6小節に注目)。

Photo_2
■Swingmatism(スイングマティズム)
 曲名はどういう意味だろうか。勝手にこさえた造語と思うが(おそらくプラグマティズム/pragmatism/実存主義などの「マティズム」という語感に合わせたのであろう)、「スイング主義」、「スイング宣言」とでも。つまり、「スイングでいくぞー」みたいなことか。



投稿者によるデータを掲げておく。
Jay McShann Orchestra Featuring  Great Charlie Parker "Swingmatism" It's very short Ad lib but I feel something special^^♪
 Harold Bruce,Orville Piggie Minor,Bernard Anderson(trumpets)
 Joe Taswell Baird(trombone)
 Charlie Parker,John Jackson(alto saxes)
 Bob Mabane,Harry Ferguson(tenor saxes)
 Jay McShann(piano)
 Gene Ramey(bass)
 Gus Johnson(drums)
 Dalls,Texas;April 30,1941.(First issued on Decca 8570)

 このデッカへの吹き込みは6曲だったとされる。

◆◆◆◆◆◆◆◆
 「後年の"Parkers Mood"(ブルース)の演奏を彷彿とさせる」なんて、偉そうなことをいったので、比較のためにParker's Mood(パーカーズ・ムード)を掲げておく。
 上のHootie BluesはE♭、このParker's MoodはB♭で演っている。

■Parker's Mood(パーカーズ・ムード)
 イントロで「やるぞ」と高らかに宣言して、ブルースを吹く、という曲だ。



 投稿者による録音データを掲げておく。
(疑問があるような気がするが、そのまま載せる)
Charlie Parker's All Stars
 Charlie Parker (as)
 Bud Powell (p)
 Tommy Potter (b)
 Max Roach (ds)
8,May.1947.Harry Smith Studios, NYC.

[更新] 2011.4.15、11:30 ― 英語スペルの誤りを訂正したついでに、文言を少し追加し、ジェイ・マクシャンの画像(
画面キャプチャ)を載せた。
  2012.4.― Hootie Bluesの欄の記述を修正した。

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2011年4月13日 (水)

国権の最高機関たる国会、その一院、「良識の府」たる参議院の長が、現内閣に対して首相退任を迫るほどの激しい批判をしている。一大事である。しかし、国民は知らない。なぜか、NHKが隠しているからだ。

2011.4.13
  立法府の長が現内閣を痛罵批判するという異例の事態だ。しかも、事は国家存亡にかかわる案件、大災害からの復興対処のお粗末、無能ぶりを理由とするものである。
 それなのに、これほどの重大事なのに、国民は知らない。知らされない。
 NHKが報道しないからだ。
 あの菅直人とつるんだNHKが。
 世も末だ。

 復興を真剣にやるなら、NHKをいじらなければならない。クズみたいな経営陣、経営委員会の分解再構築だ。

◆◆◆◆◆◆◆◆
msn産経ニュース(ココ)
1       
      ――今回はぜひ、皆さん方に報道していただきたい(本文5-6行目)。

2
 ――菅内閣が今の状態で日本の国政を担当するということは許されないと思うんですね、将来にわたって(最下段)。

  立法府の長にここまでいわれている。

 西岡会見に関するこの「msn産経ニュース」記事は、(4)まである長いものだ。

◆◆◆◆◆◆◆◆
■菅直人
 菅直人は例によって、反省なし、言い訳に終始、自画自賛、自己礼賛だ。「よくやってきた」と。こんな者が官邸、公邸に、ナメクジのようにベターっと貼りついておって、もう、その姿を想像するだけで身の毛がよだつ。
 たまったもんじゃないぜ。

◆◆◆◆◆◆◆◆
■国会議員の無能
 国会議員が700人余もいるのに、菅直人引きずり降ろしにつき、何もできないでいる。一律無能。特に、民主党小沢派なるものの連中は、無能の極み。から騒ぎばっかりで、実行なし、屁にもならぬ。この10ヶ月、管を倒す機会は何度もあった。とにかく、攻めなきゃ、攻撃しなきゃダメなんだが、一向にやらぬ。これまでウンザリするほどいってきたが一向にやらぬ。ウンザリだ。

◆◆◆◆◆◆◆◆
■マスゴミ、当ブログ用語で「クズ六メディア」の劣りぶり
 これほどの重大事を報道しない。少なくとも、大きくは報道しない。まったくのクズだ。特にNHKは、クズのクズのクズ、「クズのn乗」みたいなもんだ。
 劣り日本、英米その他の先進諸国では考えられないことだ。

 ここで用語について説明しておくと、「クズ六」とは、「読売、朝日、毎日、産経、日経のいわゆる五大新聞とその傘下ないし系列放送会社 + NHK」のことである。ただし、この件に関しては産経は除外される。

[更新]
   2011.4.14、18:20 ― 「マスゴミ....の劣りぶり」という項を追加したほか(最下段)、他の項でも、ほんの少し加筆した。「事情で中断する」としていたのだが、これで完成したものとする。

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2011年4月12日 (火)

♪チャーリー・パーカー(Charlie Parker)のI've Found a New Baby(アイブ・ファウンド・ア・ニュー・ベイビー、いい娘を見つけた) ―― こんなTubeがあった。うれしいね。

2011.4.12
 福島原発事故と、菅、岡田、枝野なんて連中の精神病理的退化ぶりが悲惨な状態になっているので、もう、嘆くばかりだ。
 原発放射能汚染、危険度「レベル7」、ひどいね。菅直人政府のせいだ。いまだに反省せず、「よくやっている」なんて、自己礼賛だ。地方選挙敗退問題にしても然り。もう、異常ぶりは危険域に入ったね。
 気分が滅入るから、YouTubeに逃げよう。

◆◆◆◆◆◆◆◆
■チャーリー・パーカーのI've Found A New Baby

投稿者の説明文を載せておこう。
Personnel:
 Charlie Parker - Alto Sax
 Efferge Ware- Guitar
 "Little" Phil Phillips - Drums

*The guitarist may be Leonard "Lucky" Enois.
Parker worked with a Kansas City group in late 1943 that included both Enois
and Phillips. It is believed this tune was recorded during that time.
 ギター奏者はレオナード・ラッキィ・エノワ(イーノイズ)かもしれない。パーカーは1943年後半にカンサスシティの連中と仕事をした。エノワもその一人だ。この曲は、その時期の録音だと考えられている。

 1943年秋の録音だというのだが、この時期はアメリカ音楽家組合(American Federation of Musicians)によるレコーディング・ストライキ(*1)の最中だ。そこらの関係はどうなっているのか。内輪の録音なのか商業的なそれかというような疑問が沸くが、まあ、それはそれとして、パーカーは1920年8月生まれだというから、23歳だ。

 パーカーの初録音は、1940年11月、20歳になったばかりのときだといい、カンサスシティにおけるジェイマクシャン(Jay MacShann)楽団でのものだとされる(ウィチタ/Wichita放送局のアセテート盤)。Body and Soulなどを吹いている。1941年4月にはデッカ(Decca)に6曲を吹きこんでいる(マクシャン楽団初の商業会社への吹きこみだとされる)。スイングマティズム(Swingmatism)、フーティ・ブルース(Hooty Blues)などがある。
 当ブログ主は、このあたりの、つまり本格的なバップ時代に入る前のパーカーの演奏に惹かれている。

*1.レコード会社に対して、録音演奏者にロイヤルティ(いうならば、「本の印税」みたいなもの)を支払うように要求して始まった。組合員たるミュージシャンは、どのレコード会社にも録音してはならないとした。時期は1942.8.1-1944.11(ただしデッカ、キャピタルは、それぞれ1943年9、11に解除。ビクターとコロンビアが最後まで)。
 ラジオ局は多少痛手を蒙った(ライブ演奏によるショウはストの対象にならなかったが、レコード音楽による番組は新曲が途絶えた)。
 他方、レコード会社には長期的にみて痛痒はなかった。それまでの遺産の復刻版や駆け込み録音したストック曲でまかなったり、オーケストラの代わりにコーラスをバックに人気歌手に唄わせるというような手段を講じて期間を凌いだほか、終了後に、売上が倍増したからである。
 スト終了後、今度は新たに現れたテレビというものが絡んできて、テレビ局との間で、1948年から一年ほど、同じくロイヤルティ問題を原因とする同様のストがあったとされる(Wikipedia)。
 なお、1943.11.27の後は、第二次世界大戦戦闘中の前線兵士に配るV-Discというレコードを対象から外した。


■レスター・ヤング

 同じく、投稿者の説明文を載せておく。
Lester Young Trio
 Lester Young ts
 Nat King Cole p
 Buddy Rich d
Recorded Summer 1943 or late summer 1944 in Los Angeles

 パーカーはレスター・ヤングに強く影響されたといわれている。その意味で同じ曲の演奏を、しかも、ほぼ同時代のものだが、それを掲げておく。レスターは1909年8月生まれだから、このとき33/4歳だ(1959逝去)。若く、充実した雰囲気が伝わるね。

 ピアノをナット・キング・コールが弾いているのだが、その力量と、バップ前夜のこの頃にコールが最先端の感覚を身に着けていたことが分かる。

――仕掛り、未完――

[2013.6.6追記]
   この記事、「仕掛り、未完」としたままずっと放置状態になっていたのだが、今回新たに関連記事を載せたので(2013.5.31)その記事と相互リンクを張ることによって、この記事を
完成させたことにする。

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2011年4月 8日 (金)

洪水ブルース(Backwater Blues) その2 ―― 家を流され、行き場所もない。途方に暮れる悲しみと、運命だからとする諦念。切々と訴えるベシィ・スミス、絶妙の伴奏を入れるジェィムス・P・ジョンソン。二人の至芸。聞きどころ解説。

2011.4.8
 福島原発、「このまま、ここにいさせてください」、「お願いします」、「どうなってもいいんです」――住民が逃げ去り、荒涼としてドブネズミしか住まぬ街に、その、電灯さえつかない家に、昼でも暗いような旧式の家に、一人座してすごす老婦人。そこに、ぬっと現れる男たち。白一色の恐ろしげな「防御服」に身を固めた連中だ。夫人は訴える、懇請する、哀願する、連れ去らないでくれと。---もう、涙なしには見ていられなかったね。

◆◆◆◆◆◆◆◆
                                                                             ♪参考資料[歌詞翻訳曲目一覧/ページ相互リンク]
洪水ブルース(Backwater Blues)。
 洪水で居住区が壊滅し、ベシィが嘆く(Bessie Smith)。しかし、そこには、当時/当地におけるこの人たち固有の("negroes," as called at that time)「諦めの悲しさ」というか、「悲哀のなかの諦念」というか、そういうものがあった。悲しいけど運命だから仕方がない、「最後にはあの世に行って、現世苦難から解放される」というジーザス帰依(Jesus、きえ)が癒しになっていた。   
 だから、不幸には違いないが、悲劇には違いないが、心理的に、いくらかは救われる。
 洪水とは、ミシシッピー川(Mississippi)のそれだ。「川」というより、「海」を思わせる大河だ。

福島原発災害
 その対比で、涙なくしては語れないTV報道場面を思い出す。
 自衛隊救助員たちが(*1)放射能汚染危惧による避難勧告対象地域を見回ったときのことだ。居残っている者や、いったん離れてまた戻ってきた者がいないかどうか点検したときのことだ。老婦人は、健康上の理由から身体動作に支障があるので避難しても避難場所の人々に迷惑をかけるという理由で、退避を頑なに拒んでいるのである。
 だが、もっと重大な理由がある。

 「よしや(縦や)、このまま死んでいく羽目になろうとも、その方が幸せだ」、「避難所なんかに行ってウロウロするよりはその方がいい」、「どういう運命になろうと、『我が家』でそれを受け入れたい」、こういうことだ。そうみた。    

*1.ここで一言断っておかなければなるまいが、「白一色の恐ろしげな『防御服』に身を固めて、ぬっと現れた」という表現は、自衛隊救助員を、その行動を、別段けなしているわけではない。

◆◆◆◆◆◆◆◆
■Backwater Blues - Bessie Smith (洪水ブルース、ベシィ・スミス)
  Listening Guide to Backwater Blues by Bessie Smith /ベシィ・スミス、Backwater Bluesの聴きどころ
     (投稿者による題名)



 切ないね。

*********************************** 
■鑑賞の手引き
 Tube投稿者が、「鑑賞のための手引き、見どころ、注目すべき点」 みたいなことを書いてくれているので(というよりも、それを啓蒙することが投稿の主目的だったと推測しているが)、それを紹介する。
 今日の記事は、この過去記事の「子」記事である。
 まずは歌詞を掲げたうえで、Tube投稿者の教えを順次みていこう。
   (歌詞と日本語訳は、上記過去記事から引用)。

◆歌詞(ココから。日本語訳は当ブログ主による)
             Backwater Blues
                                                   
   (w&m) Bessie Smith 1927
When it rains five days and the skies turn dark as night,
When it rains five days and the skies turn dark as night,
Then trouble's takin' place in the lowlands at night.

I woke up this mornin', can't even get out of my door,
I woke up this mornin', can't even get out of my door,
There's been enough trouble to make a poor girl wonder where she want to go.

Then they rowed a little boat about five miles 'cross the pond,
Then they rowed a little boat about five miles 'cross the pond,
I packed all my clothes, throwed them in and they rowed me along.


When it thunders and lightnin' and when the wind begins to blow,
When it thunders and lightnin' and the wind begins to blow,
There's thousands of people ain't got no place to go.

Then I went and stood upon some high old lonesome hill,
Then I went and stood upon some high old lonesome hill,
Then looked down on the house were I used to live.

Backwater blues done call me to pack my things and go,
Backwater blues done call me to pack my things and go,
'Cause my house fell down and I can't live there no more.

Mmm, I can't move no more,
Mmm, I can't move no more,
There ain't no place for a poor old girl to go.


         洪水ブルース
5日も雨が降り続き、空が夜のように真っ暗になると、
5日も雨が降り続き、空が夜のように真っ暗になると、
夜のあいだに、低地で災害が起きる。

今朝起きたら、外に出ることすらできなくなっていた。
今朝起きたら、外に出ることすらできなくなっていた。
どうしょう、どうしょう、洪水で閉じ込められてしまった。

困っていたら、ボートを漕いで、救助がやってきた、池を5マイルも横切って。
困っていたら、ボートを漕いで、救助がやってきた、池を5マイルも横切って。
ありったけの衣類をまとめ、ボートに放り込み、飛び乗った。

雷が荒れ、稲妻が光り、嵐が吹き始めると、
雷が荒れ、稲妻が光り、嵐が吹き始めると、
何千人もが行き場所を失う。   

あたしもそう、あの侘しい岡の上に逃げた。
あたしもそう、あの侘しい岡の上に逃げた。
そして、自分の家の跡を探して、見下ろした。

洪水は悲しい、いやだ。荷物をまとめて逃げなきゃいけない。
洪水は悲しい、いやだ。荷物をまとめて逃げなきゃいけない。
なぜって、家が流されて、住めなくなるのだから。

ンムムムーン、もう行き場所はないわ。
ンムムムーン、もう行き場所はないわ。
あたしには、引っ越す先は、どこにもない。


◆教え(解説)
1イントロ
 ジョンソンは左手で、うねるような(転がるような)感じの2小節を弾いて、演奏を始める。このイントロで、曲の基本的なリズムを提示している。

最初のコーラス
 "When it rains five days and the skies turn dark as night …….
このコーラスを通じて、ジョンソンのうねるような左手が一定のリズムとハーモニーによる土台を提供する。スミスの明るい唄声がその上で輝く。
2
 3 スミスが何度も音(旋律、俗にいう「音程」)を外したり戻したりして唄っていることに注目されたい。最初のライン(When it rains…..as night)だけでも、"five"と"skies"というところで、下方からせり上がるように唄い、"night"というところに滑るように下がっていく。歌詞全体がブルーノートで満ちている。さらに注目すべき点として、ジョンソンが非常に律動的で正確な演奏をしていることに比して、スミスが緩やかなフレージング(フレーズ造り)で臨んでいるということがある。すなわち、しばしば、少し遅れ気味に、つまり、ビート(拍)のわずか後ろで唄っている。

 それぞれのラインにおいて、スミスが最後にさしかかると、ジョンソンが、右手で、スミスのメロディ・ラインに対応する伴奏(旋律その他)を埋めていく。
4
第2コーラス
 "I woke up this mornin', can't even get out of my door ….."
 5 第2、3コーラスは最初のコーラスと似た構造で展開する。スミスの旋律ラインに応じてジョンソンが変化に富んだアイディアで対応していく点を聴き取っていただきたい。左手が、最初のころと同じ伴奏をしっかりと演奏し続けながら、右手が対応していくのである。


第3コーラス
  "Then they rowed a little boat about five miles 'cross the pond ……"
6_2

第4コーラス
    "When it thunders and lightnin' and when the wind begins to blow….."
  この時点で、ジョンソンの伴奏がほとんどブギウギに近い感じになり、唄の感じが変わる。左手は暗い感じの下降線の伴奏となり、右手は低い音による和音を弾く。この変化は、歌詞の描く世界(像)を反映しているともいえる。特に、雷と稲妻を。
7

第5ーラス
   "Then I went and stood upon some high old lonesome hill"
8 ジョンソンの伴奏が再び変わる。彼はこのコーラスを、マーチ(行進曲)のようなストライド奏法で開始するが、スミスは元のメロディを踏襲し続ける。




第6コーラス
 "Backwater blues done call me to pack my things and go......."
スミスの物語が開示されてくるにつれ、彼女は元の旋律ラインから離れはじめ、即興的メロディに乗せて歌詞を唄う。
 ジョンソンの伴奏は、左手でマーチのような着実な拍子を刻みながら、右手は、スミスの歌詞に対応しながら興味深いコード演奏をみせる。
9 第7コーラス
    "Mmm, I can't move no more"
10  スミスの最初の文言ラインが終わった直後に(2:50 - 2:57)、ジョンソンがスミスの唄をからかい気味に反映してみせるという芸当をやっている。しかも、スミスの声と同一の音域に留まりながらそうしている。この点に注目されたい。この場面を、この録音全体を通じてそれ(interaction、相互反応)が最も明確に示されている例として挙げていいと思うが、二人は、明らかに、お互いに、音楽的な着想を以って、相互反応しあっているのである(当ブログ主「注」 ― いわゆる、「インタープレイ」のことをいっている)。

 スミスが最後のラインを唄い終わると、ジョンソンが簡潔な態様で、きれいに演奏を締めくくる。決して、ファンファーレを鳴らしたり、大げさに吹聴してみせるようなことはしない。物語の悲しい性質に合わせて、終わらせているのである。

11_2

■至芸
 この解説を載せた人は、この分野で造詣の深い人物であることをうかがわせるが、それはそれとして、この演奏、ベシィ・スミス、ジェームス.P.ジョンソン、まさに至芸といえる演奏だ。
 じっくりと聴いていると泣けてくる。冒頭で触れた福島原発事故避難地域老婦人のことを思い出すと、これまた、涙があふれる。そして、感傷面を離れても、この二人のなす「至芸」ということに泣けてくる。

■Bessie Smithについて(投稿者の説明文)
  ベシィ・スミスは、1910年、20年代に活動した古典ブルース(classic blues)女性歌手のなかで、最も知られた人である("classic blues"は"city blues"/都市ブルース/シティ・ブルースともいう)(他には、Ma Rainey/マ・レイニー、 Ethel Waters/エセル・ウォーターズ、Clara Smith/クララ・スミス、Mamie Smith/マミィ・スミスなどがいる)。ベシ―はブルースの女王(Empress of the Blues)と呼ばれるが、その初吹き込みは1923年の"Down Hearted Blues"である。この曲は非常に好評を博し、スミスを当時における筆頭黒人歌手に押し上げた(投稿者は"African-American"という語を使っているのだが、あえて「黒人」とした)。
 ミンストレルや黒人ボードビル・ショウで唄い、名が売れ、人気が高まってくるにつれて当時の筆頭的な初期ジャズ(early jazz)ミュジシャンと共演するようになった。ほんの少し名を挙げるだけでも、Louis Armstrong(ルイ・アームストロング)、Fletcher Henderson(フレッチャー・ヘンダーソン)、James P. Johnson(ジェームス・P・ジョンソンなどがいる。
 ジョンソンは、「ストライド奏法」(stride)という1920年代にハーレムで生まれたピアノ・スタイルの発展に貢献した。

 まだアンプとマイクがなかった時代には、歌手が成功するには、会場に声を響き渡らせなければならなかった。スミスの声はその点で優れていただけでなく、豊かな音色と、感情を訴える強い力を併せ持っていた。ブルーノートの使い方、その他の装飾唱法、旋律豊かなフレージングといった点から、スミスはジャズとブルースにおける抑揚その他の奏法というものの品質証明基準のような存在になった。他のミュージシャンは(
歌手も楽器奏者も)、こぞってそれを模倣した。
 このバックウォーター・ブルースの録音から、そういったテクニックの姿を聴き取ることができる。それに基づいた歌唱は、典型的な12小節ブルース形式として作曲されている歌の構造との対比で、際立ちをみせている。

Bessie Smith is the best-known of the female "classic blues" (or "city blues") singers from the 1910s and 1920s (others include Ma Rainey, Ethel Waters, Clara Smith, and Mamie Smith). Known as the"Empress of the Blues," Bessie Smith's first recording, "Down-Hearted Blues," from 1923, was very successful, and helped her to become the leading African-American performer of the time. She performed in various minstrel and black vaudeville shows, and as her reputation and fame grew, she performed with many of the other leading early jazz musicians of her time: Louis Armstrong, Fletcher Henderson, and James P. Johnson, just to name a few. Johnson was instrumental in the development of the piano style that emerged from Harlem in the 1920s known as "stride."

In the age before sound amplification and microphones, a successful singer needed to be able to project. Smith's voice not only had this quality, it also possessed a rich timbre and tremendous emotive power. Her ability to use "blue notes" and other vocal embellishments, along with a loose melodic phrasing, became hallmarks of jazz and blues inflection that other musicians (singers and instrumentalists) emulated. In this recording of "Backwater Blues," we can hear these techniques at work, and they stand in contrast to the very structured twelve-bar blues form of the song. Notice, however, that although the form remains the same throughout, pianist James P. Johnson's accompaniment style frequently changes during different verses of the song, as he interacts musically with Smith and attempts to depict the meaning of her lyrics through his playing.

Bessie Smith (vocal); James P. Johnson (piano)
Recorded in New York, February 17, 1927


◆◆◆◆◆◆◆◆
http://behindthebeat.blogspot.com/2007/10/backwater-blues-and-amazing-grace.html
■曲に関する話題(過去記事からの引用)
      ("Behind The Beat: About Music and Musicians"から)
  1927年4月、ニューオリンズは大雨に見舞われた。町から水を汲みだすために設置されていた排水ポンプが壊れて、町は水に浸かった。同時に、ミシシッピ 川も、上流で洪水になっていた。そこで、町の有力者たちは、ニューオリンズを守るためにルイジアナ州内の一か所で川の堤防を崩すことにした(そんなことを する必要はなかったのだが)。結果は大災害だ、ほとんどは、蒙らなくて済んだものだった。その全容は、PBSが作成した「アメリカの経験」というニューオ リンズについてのドキュメンタリィに示されている。

 このミシシッピー川洪水の直前に、ベシィ・スミスが、たまた ま、"Backwater Blues"という曲を書いてレコーディングしていた。そこでベシィのその曲は、この大洪水の記念歌になった。オリジナル版ではジェームス・ジョンソン (James Johnson)がピアノの伴奏をしているが、非常にいい伴奏であり、レイ・チャールスはその一部を、"Low Society"という自作曲のベースラインに用いている。

*当ブログ主「注」
 
ポンチャートレイン湖 (Lake Pontchartrain)に面しているニューオリンズの町は、かなりの部分が、海抜ゼロメートルという低い位置にある。そのために、あちこちに堤防が築かれ、排水機構が施されている。2005年8月にカトリーナというハリケーンで (Hurricane Katrina)町が壊滅的な被害を蒙ったことは記憶に新しい。

Blues2 (Big Road Blues.comというサイトの記事のグラブ画像である。ブログ主は、ニューヨーク州Rochester/ロチェスターでブルース放送のラジオ番組を主催するほか、コンサートなどのイベントの挙行、ライナーノーツ執筆などの活動をしているという。ブルース好きには魅力のサイトだ)

Photo_3                         (1927年洪水。ココから)

[更新]  2011.4.9、11:20 ― Tube投稿者の「鑑賞解説」を追加した。併せて、誤字脱字を訂正した。
            2011.4.13、11:10 ― Tube投稿者によるBessie Smith解説文/翻訳を追加した。「仕掛り、続く」としていたのだが、これで完成したものとする。

      2011.7.22 ― 見出しを変更した。

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2011年4月 7日 (木)

♪市長選挙運動の強力な武器として、自分の名を冠した応援歌をバンドワゴンで演奏させた。題して" Mr. Kramp"(ミスター・クランプ)。作曲者は、誰あろう、かのW. C. Handy(W.C.ハンディ)、「ブルースの父」と呼ばれた男だ。これ、後日、改名盤で大ヒットする。そう、"Memphis Blues"(メンフィス・ブルース)だ。

2011.4.7
                                                                          ♪参考資料[歌詞翻訳曲目一覧/ページ相互リンク]
 統一地方選挙も、いいいよ投票日まであと二日だが、気持の昂ぶりみたいなものを覚えるどころか、白ける一方だね。原発危機に対する菅直人政権のお粗末極まりない、且つ、国民騙し一色の対応ぶりに、そして、そういう卑劣漢、卑劣菅を引きずり落とすことさえできない国会議員連中の暗愚ぶりに、もう政治というものに背をそむけたいような気持だ。
 我が地域では、知事選で、自民公明民主の合同推薦なんてことが行われている。もう、めちゃくちゃだ。なんでもありだ。地震/津波/原発事故より前に決まっていたことだったかどうか、忘れたが、それがどうあれ、とにかく、国民は何もいわない。原発危機で何をやっても許される。
 すべてに悲観だね。

◆◆◆◆◆◆◆◆ 
 さて、仕事、仕事、Mr. Crump/Memphis Bluesの話題に戻ろう。
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♪市長選挙運動の強力な武器として、自分の名を冠した応援歌をバンドワゴンで演奏させた。題して" Mr. Kramp"(ミスター・クランプ)。作曲者は、誰あろう、かのW. C. Handy(W.C.ハンディ)、「ブルースの父」と呼ばれた男だ。
 これ、後日、改名盤で大ヒットする。そう、"
Memphis Blues"(メンフィス・ブルース)だ。

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  ちょうど100年前、テネシー州、メンフィスでのことだ。
 1912年、翌年からの任期の市長選挙にEdward Crump(エドワード・クランプ)という人物が立候補した。後々、メンフイス市で伝説的人物となる男だ。
 詳しい話は後にして、まずは曲を聴いてもらおう。                                         

■Menphis Blues
◆Louis Armstrong(ルイ・アームストロング)
 選挙運動として演奏しているという雰囲気を感じるには、なんといってもバンドワゴン的演奏が第一だろう。だから、これ。
(実は、バンドワゴンで演奏なんて書いているが、実際にそうであったかどうかは分からない。当ブログ主が勝手にそういっているだけである。ただし、大いにありうるなお、バンドワゴンについてはこの過去記事を参照されたい)
  トロンボーンのトラミー(Trummy Young)がちょっとうるさいが、街宣演奏なら、かえって雰囲気が出ていていいか。

Tube投稿者による演奏者データを掲げておこう。
Louis Armstrong Tp Voc; Barney Bigard Cl; Trummy Young Tb; Billy Kyle pn; Arvell Shaw Bs; Barrett Deems Dr (1954.7.12)

「注」 2011.4.19 ― 先に掲げてあったTubeが機能しなくなっていたことに気づいたので(ユーザーによって消されたとかで)、新たに、YouYubeの場にあったものを載せた(先のものと同じ録音か)。

◆Nat King Cole
(ナット・キング・コール)
 ナットは、じっくりと唄っている。画面がちょと寂しいね。

◆歌詞
  ココのデータを土台にして編集した(二人が唄っていない部分を削ったうえで、誤記/誤写と推測される箇所を修正した)
  上のKing Coleの唄を聴きながら鑑賞されたい
(ルイのものは数カ所で少し文言を変えているそれを青色で示している。ナットも、赤茶色太字表示している部分をそれぞれ次のように変えているが、ナットの唄の方が聴きとりやすい。folks→dancers、Oh yes, those Blues→唄わず、sweet old→moaning)

                          Memphis Blues   
                                                      
    
W.C. Handy, 1912
Folks, I've just been down, down to Memphis town,
That's where the people smile, smile on you all the while.
Hospitality, they were good to me.
I couldn't spend a dime, and had the grandest time.


I went out a dancing with a Tennessee dear,
They had a fellow there named Handy with a band you should hear.
And while the folks gently swayed, all the band folks played real harmony.

                   (swayed, all the boys xxx to play real harmony.)
 ―ここまで [8+8] の16小節。これに、下の4小節を付加している――
I never will forget the tune that Handy called the Memphis Blues.
(Oh yes, those Blues.)
                (the tune they called Handy's Memphis Blues.)


 ――以下、12小節形式のいわゆる定型ブルース(blues) ――
They've got a fiddler there that always slickens his hair,
         
    (got a trumpet man leading the band,)
And folks, he sure do pull some bow.

                  (he sure blows the horn.)
And when the big Bassoon seconds to the Trombone's croon
            
  (Trummy seconds to the trombone's croon)
It moans just like a sinner on Revival Day, on Revival Day.

That melancholy strain, that ever haunting refrain
Is like a sweet old sorrow song.
                   
(like a moaning sorrow song)
Here comes the very part that wraps a spell around my heart.
It sets me wild to hear that loving tune again,
The Memphis Blues.

                     メンフィス・ブルース
 なあ、みんな、俺は、こないだあそこに、あそこ、メンフィスの町に行ってきたばかりだ。
そこはな、町の人がみんなニコニコしているところなんだ。いつもニコニコ、笑顔で旅人に接してくれる。
 よかったぜ、気持ちよく歓待してくれた。
俺には一文も金を使わせようとしない、それなのに最高に楽しめた。

 テネシー美人と踊りに行ったぜ。
あそこにゃ、ハンディっていう男のバンドがあるんだ。絶対に聴かなきゃいけないバンドだ。
客はゆったりと、くつろいで踊ってな、バンドは実に見事なハーモニーを聴かせる。
      ――ここまで [8+8] の16小節。これに、下の4小節を付加している――
 メンフィス・ブルース、ハンディがそう紹介した曲、オレは一生忘れないぜ。
 (あの、ブルース)
                ――以下、12小節形式のいわゆる定型ブルース(blues) ――
 あのバンドには、いつも髪の毛をテカテカに光らせたフィドル弾きがいる。
奴の演奏は凄いぜ。
 トロンボーンの吠え声に加えて、でかいバス―ンが、まるで「復活の日」の、「復活の日」の罪人のように呻く。

 あの物哀しい旋律、あの、いつも心に浮かんでくる繰り返しパート、
古くからの哀愁歌のような曲だ。
 ほら、ほら、来たぞ、ここだ、俺の心を虜にするメロディ部分は。
あの曲、何度聴いても興奮するぜ、そう、あの曲、メンフィス・ブルース。


[語句解釈]
1."Revival Day"は何を意味するのか。調べたが分からない。おそらく、"the day of resurrection of Jesus Christ'"(その祝いは、Easter、イースター、復活祭として知られる)ということではないか。そう推測して「復活の日」とした。

2."the big Bassoon seconds to the Trombone's croon"
"second to"は、「協力する、支援する」といった意味であろう(toを伴う用法があるのかどうかは不明)。実は、「次に来る」という意味の形容詞を動詞として使っているのかとも考えたが、つまり、「トロンボーンの唸りに続いて、でかいバス―ンが来ると、その音はまるで・・・」という表現かと考えたが、穏当に収めた。

3.なお、フィドル(バイオリン)とかバス―ンが歌詞に現れているが、どういうことだろうか。
 当時の大型ダンス・オーケストラにはそういう楽器が含まれていた。しかし、バス―ンについていうと、酒場などの小編成バンド(コンボ)にそれがあったとは考えにくい。歌詞では「ハンディという男のバンド」(下の画像参照)に存在するというのだが、どうだったか。
 バスサックスの入ったコンボ編成というのは当時一般的に見られた姿だから、バス―ンとはバスサックスのことを指しているのかもしれない。
(バスサックス/bass saxophoneは、サキソフォーンの種のなかで一番最初に世に現れたものだという。  役割としてはチューバと同じような働きをするが、音色はやはり リード楽器のそれである。現在の感覚からすると、非常に高価なこの楽器が一般的に普及していたというのは不思議に思えるが、 南北戦争終結により、軍隊ブラスバンドから流出した各種金管楽器が安く手に入ったといわれているから、その故だろうか)
 ただ、まあ、おそらくは、作詞もハンディ自らの手によるものだから、「ハンディという男のバンド」(fellow ... named Handy with a band you should hear)、自分のバンドことを、「その町にいったら絶対に聴かなきゃいけないバンド」だとしていることと同じく、それを大型オーケストラとして描くという「遊び心」からきているのであろう。Wc_handy                                           W.C. Handy(ココから)
Handys_memphis_orchestra_1918             W. C. Handyの「1918 Memphis Orchestra」(1918メンフィス・オーケストラ)後列真ん中のトランペットが当人である。ココから)

◆◆◆◆◆◆◆◆
■Edward Hull Crump(Edward Hull "Boss" Crump)/エドワード・ハル・クランプ
 警察署長、消防署長を経て、1910年から-1915年までメンフィス市(テネシー州/Tennessee)の市長を務めた。その後民主党員として州政治の場でも活躍したが、1916年から、1940年に至るまで、ずっと、市政のボスとして、事実上市長を任命した(息のかかった人物を市長に据えた)。

 Photo 次のような逸話がある。すなわち、晦日から1940年1月1日になった数分後に、吹雪が吹きすさぶ駅のプラットホームで市長就任の宣誓を行い、就任した瞬間に辞任した。辞任とともに副市長が市長の座についたが、その後の手続きで、24時間以内に4人が就任することになった。クランプがプラットホームにいたのは、ニューオリンズにシュガーボール(Sugar Bowl/大学フットボール)を見物にいくところだったからであり、そのまま旅立った。(Wikipediaから)
   (写真は、市内の公園にある銅像、Wikipediaから)


[更新]

2011.4.19

 Louis Armstrong演奏のTubeが機能しなくなっていたので差し替え、併せて、曲の歌詞を掲げた。  同じく E.H.Crumpに関する記述を追加した。
2013.3.14
  歌詞の日本語訳を掲げた。

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2011年4月 6日 (水)

Just Friends(ジャスト・フレンズ)という曲があるんだけど、なぜ「セッション人気曲」なんだろうか。こういっちゃなんだが、「下げまん」みたいな曲想のものなんだけどね。

2011.4.6
 衰退していく日本を、沈下しつつある日本を目の当たりにしながら、この危機、危急事態に際して、愚鈍宰相、暗愚首相、魯鈍総理、つまりはあのxx菅直人だが、これをを引き摺り下ろすことさえ知らぬ、愚鈍国会、暗愚国民、モーロン(moron)国家。

 「クズ六」メディア糾弾の声さえ上がらぬ ―― つまり、原発利権資本のケツを舐める存在に堕している菅直人を、米ハゲワシ資本走狗の同類としてヨイショする一方の「クズ六」メディアだが――それを糾弾する声さえ上がらぬアホ国民。
 原発利権はハゲワシ連中の宝だ。
 もう、泣くに泣けない。こちらもその一員なんだが、だから、国民を責めてみても天に唾するようなものなんだが、とにかく無力感にとらわれるのみだ。
 
 もう、逃げる、逃げる。逃げよう、逃げよう。

◆◆◆◆◆◆◆◆
一、下げまん
 ということで音楽に、ジャズに逃げるのだが、へい、表題であんなことをいっているんだから、「まん」の説明をしとかなきゃな、なにはともあれ。
 ――あげまん、さげまんとは、芸人などの隠語で、運気が上向くことを「あげまん」、下降すること「さげまん」。または、その状態を指す。
 「まん」は「間」と言う字が由来で、運気・潮目・出会い・巡り合わせの意味。男性の運気を上げ、より良い巡り合わせにする女性に対して「あげまん」、不運な巡り合わせにする女性に対して「さげまん」と呼ばれる――

  (Wikipedia)

 うん、そしてだ、なぜこのJust Friendsという曲を「下げまん」みたいな曲と評するのか述べておかなきゃいくまいな、次に。
  それは、この後で聴いてもらえばわかるが、出だし2小節から(歌詞でいうと、"friends lovers no")一挙に増四度下がり("more")、5、6小節から("friends but not like be-")また増四度下がる("-fore)"、そういう構成にしているからだ。いきなり、四度下がり、四度下がりの連発、なんか、最初からもう後ろ向きに逃げているようで、気に食わぬ。唄というものは、上がっていかなきゃ。最初の増四度下がりのところなんか、いつ聞いても気持ち悪いぜ。

二、バップ以降、人気に― パーカーのせいか
 これは、(m)John Klenner、(w)Sam M. Lewis、1931の曲だが、その年のヒット以降、消えかかっていた。それが、バップ時代を迎えてパーカー(Charlie Parker)がとりあげてから、人気曲になったとされる。
Jazz Standards.comで紹介しているCDだけでも次のようなものがある。
(Tony BennettとAndy Beyはボーカル。全CDについて、最初の一部を試聴できるようになっている)

Photo

◆◆◆◆◆◆◆◆
■Russ Columbo(ラス・コロンボ)(*)
  1931年、この曲をヒットさせたという元祖Russ Columboの唄。どんな曲か知るために、まずはこれを聴いてみよう。

*"Columbo"というスペルだが、「コロンボ」と称されているようだ。正規の名前は、Ruggiero Eugenio di Rodolpho Colombo(イタリア移民の子)という らしいが、その"Colombo"のせいか。



■Charlie Parker(チャーリー・パーカー)
 いわゆる"with strings"(管弦楽団をバックにしたソロ演奏)といわれる一連の演奏のなかのひとつだ(1949.11.30)



■Richie Kamuca & Bill Perkins (リッチー・カミューカ & ビル・パーキンス)
 ウェスト・コースト派のサックス奏者だそうで、知らない人たちだが、Richie Kamuraについて、「過小評価」されている奏者なんてJazz Standards. comの解説が述べていることから("Jazz History Notes"という欄)、これを掲げることにした。
Bill Perkins(Wikipedia)(画像 ― 同名別人のものがいっぱい混じっているが)、Richie Kamuca(Wikipedia)(画像)


Tube投稿者によるデータ。
Bill Perkins and Richie Kamuca Quintet - Just Friends (1956)
Personnel: Bill Perkins, Richie Kamuca (tenor sax), Hampton Hawes (piano), Red Mitchell (bass), Mel Lewis (drums)
from the album 'BILL PERKINS/ART PEPPER/RICHIE KAMUCA - JUST FRIENDS'

■拡張記事
  歌の歌詞と日本語訳を、2012.2.27に記事として掲げた。 


[更新]  2012.2.2―先に掲げていたTubeが機能しなくなっていたので差し替えた(内容は同じもの)。
            2012.2.27―
横柄な表現になっていたので、表題を少しいじった。2012.2.27記事にリンクを張った。

[元の表題]

Just Friends(ジャスト・フレンズ)という曲があるんだが、なぜ「セッション人気曲」なのか、解せない。こういう「下げまん」みたいな曲想のものは嫌いなんだが。

             

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2011年4月 5日 (火)

いまや、世界中の目から、「放射能げす(下司)男」と蔑まれ、忌み嫌われるようになった日本国首相、菅直人。「環境ゼロ」みたいな中国からさえ嘲(あざけ)られる羽目に陥った「放射能げす国家」、日本、ジャパン。汚染水海洋放出、太平洋放出、垂れ流し、なんてことを!

2011.4.5
 近くに、自然観察で人気の里山農道がある。その脇の林や藪に、ビール缶や酒瓶、ビニール袋入りの弁当ゴミなどがきたならしく散乱していた。家電製品や家具の残骸、産業廃棄物もあちこちに。平然と捨てていく人種がいるんだ。
 後始末、後あとのことなんか、どうでもいい。自分さえよければよい。下司(げす)め。

 瞬時に、あの男のことを連想した。ネットで「空きカン」なんて呼ばれている男だ、菅直人だ。いまや、世界中の目から、「放射能ゲス男」と蔑まれ、忌み嫌われるようになったxx日本国首相だ。「xxジャパン」、「xxニッポン」。世界中の口から罵られるxx日本国のxx宰相だ。「xx」が何かは、いわずとも分かろう。 臭い人体排泄物のことだ、ヒントをいうなら。

 菅直人は、放射能廃水を海洋不法投棄した、太平洋に流しこんだ、垂れ流した(*1)。バカか、アホか、ボケか、もう、いいようがないね、情けない。このxxにとっては、後世なんかどうでもいいんだ。自分さえよければいい。
 バカか、アホか、ボケか、もう、いいようがないね、情けない。今度は国会議員団のことだ。こんなものをそのまま首相の座に据えている、引き摺り下ろさないでいる、日本沈下を前にして、元凶を摘出することすら知らぬ暗愚集団のことだ。

 江田五月に訊いてみたい。
 「菅さんはよくやっていますよ」
 こういう答えが返ってくるのだろうか。下司め!

*1.東電が放出計画について経済産業省(原子力安全・保安院)に伺いを立て、経産省が許可した。

◆◆◆◆◆◆◆◆
■垂れ流し
1.垂れ流しの件だが、「低濃度」(*2)の汚染水なんていっている。「希釈される」だの、「人体には影響はない」だの、「モニタリングをしっかりと」なんてこいている。
 間抜けが。

①野菜など農産物について、不買、ボイコットが野火のように広がり、莫大な経済的損失を蒙る事態が起きる。福島一県から、周辺県などを含む中域に広がり、さらに日本全国が真っ黒に塗られてしまう。つまり、「世界対日本」の構図になる。
 「福島産は買わない」、「東北/関東のものは買わない」、「日本産? オトトオイデ」。
 こういうことだ
②海産物についても然り。
③キョウト? オーノー、イカナイ、オセン、コワイ。観光客ストップ。さらに、状況が長引けば、観光衰退どころか外国企業撤退、自国産業海外逃避も。

 ど素人が考えても、こういうことが予見できる。
 当ブログでも、そうならなきゃいいがと、早くから案じている。
 ところが、枝野官房長官はこうだ。

 ――人体に、直ちに影響を及ぼす値ではない。数値はどうのこうの――
 
 いうことは、こればっかりだ。愚鈍そのもの。
 すぐに口頭癌を誘発することはないにしても、だからノホホンとしていていいわけではあるまい。作業ジャンパーを着て、閣僚一堂オタオタしながら、国民に対する言い訳だけ協議していて、雁首並べて暗愚ぶりをさらしていていいわけではあるまい。多方面で損害を蒙るだろうに。人体に、直ちに影響を及ぼす値であるかないかにかかわらず、「死ぬ思い」で事の収束に当たらなければいけないときだ。
 枝野は、せめて素人国民程度の幅と深みをもつ思考、思索を経てから発言してくれ。バカ敬語を使うな。くどい、長い、言い回しは最低だ。
 顔を出しっぱなしにしないで、他の者と交代しろ。
 「不眠不休でやっている」なんて訴えたいのだろうな。このxxの暗愚ぶりは、もう、形容のしようがないね。
 幼稚も幼稚、こいつら、一般社会で仕事したことあるのか。
 「居眠り運転で追突、三人死亡」なんてことを知らないのか。
 顔を出しっ放しということは、「仕事をしていない」ということなのだ。

2.指揮官の素養、先天的に欠落
 そもそもが、「モニタリング」なんてことが気に食わない。
 しっかりと「監視」する。監視し続ける。測定監視を続ける。計測数値の変動を見ながら、しっかりと監視していく。

 こう言え。指揮官はことばを選ぶ、表現に意を用いる。
 「国民への『メッセージ』にいたします」なんて、このあいだ、菅直人も、「放射能げす男」と、一躍世界から糾弾されるようになったxx宰相もいっていたが。
 この危急時だ。へらへらしたカタカナなんか使うんじゃねえ。
 陣頭指揮官たる者の、基本も知らぬ、愚鈍総理だ、暗愚官房長官だ。モーロンどもだ。「モーロン」たあ、愚鈍のことだ、わざとカタカナで応じたわけだ。モーロンめ、愚鈍め。

*2.「低濃度」たって、海水について定めた許容基準の約100倍もの数値だというんだ。それを、「低濃度」と称して、「なんてことはない」とごまかす。100倍だぜ、え、どうだね、安全基準の100倍だ。そういうものの垂れ流しが許されるのなら、そもそも、「基準」なんて、何のために置いているのかね。「定めている基準(数値)は一応の目安であって、『安全基準』ではない、それを超えたからといって直ちに人体に云々」という言い訳、ごまかしを抜かす輩がどうせ出てくるであろうから述べておくが、こういう保健/衛生/環境面からの「基準」とは、何がどうあれ、安全を確保するために置いているものだ。つべこべ、言い訳は無用だ。

◆◆◆◆◆◆◆◆
■海江田大臣発言 ― 被害者見舞金
 被害者に一時見舞金をすぐに支給するように東電に指示したなんて公言しているのだが、そんなことしていいのか。損害賠償金を支払うように私企業に対して政府が指示するなんてことが許されるのか。
 各市町村一律に2,000万円だとし、それじゃ不満だ、人口に応じた金額にせよなんて声が市町村から出ており、受け取りを拒否された、仮に2万人の人口だとすると、一人当たり1,000にしかならない、なんて報道していたが、そんなことより先に、私企業の損害賠償問題に政府が口出しするなんてことが許されるのという感想をもった。

 それとも、なにか、原発事故に関しては特別法を以ってそういうことを決めている、すなわち、通商産業大臣にそういう権利を与え、義務を課しているのか。
 まあ、無知な分野だからここらで止めておこう。そのうちに、おいおい分かってくるだろう。

◆◆◆◆◆◆◆◆
■視聴率稼ぎ雑ネタ報道にいそしむTV局
(イ)壊れた屋根に乗って漂流中の犬が、津波災害行方不明者を捜索中の捜索船によって奇跡的に救助され、何日かぶりに飼い主の元に戻った。
 それがどうした。いや、それじゃいけない。
 「すっげー」
 こういやいいのかい。

(ロ)どこだかの水産物加工会社が中国人「実習生」10人ぐらいとやらを受け容れていたのだが、社のある重役が、実習生に対して、「津波が着たら、高い場所(裏山)に逃げるように」と常日頃言いきかせていた。実際に津波に遭遇して、実習生たちは指示に従って行動したおかげで助かった。しかし重役は行方不明になった。わが身を犠牲にしてみんなを救ってくれた重役は命の恩人だ。

 たしかNHKだったと記憶しているのだが、一昨日だかの夜に、こういう話題を放送していた。中国人女性らは中国東部の某所に帰国したそうで、そこにカメラを据えて、助かった女性の母親の泣く姿、二年間だかも顔を見ていなかった我が子とその女性の対面などを映していた。
 当該重役を貶める(おとしめる)つもりは毛頭ないが、ニュースに接して当ブログ主が瞬間的に考えたことは、「命を救って偉い」ということではなかった。
 「欺瞞NHKめ」
 これだった。
 「研修」、「実習生」を隠れ蓑にした搾取、低賃金労働、出稼ぎ。こういったことは絡んでないのか。こういう疑問だ。
 事実関係を調査したわけではないので、これ以上語れないが、「直感」からすると、NHKは、「臭いところに蓋」をしながら、事件を美談調の話題に仕立て上げているのではないか。そんな気がする。では何のために。

 菅直人ヨイショのためだ。菅直人に対する批判そらしの一環だ。
 4時間前の、2時間前の、今の原発の状況、汚染状況、日本国の衰退状況。こういった事項から国民の目をそらせるための工作なのである。

[更新] 2011.4.6、20:10 ― 「注」1、2を加えた。


 

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