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2011年7月

2011年7月29日 (金)

♪I Shot The Sheriff ―― ルー カス・ダベンポート(Lucas Davenport)物(Preyシリーズ)を読み返していたら、この曲への言及に出くわした。

2011.7.29
                                                                         ♪参考資料[歌詞翻訳曲目一覧/ページ相互リンク]
 作者、ジョン・サンドフォード(John Sandford)は、主人公ルーカスが車を運転しているときに(自己所有車のポルシェまたは警察車両)、ロック(rock)が、というか、そこらの音楽よく知らないので、「ロック」で一括りにしておくのだが、そういう音楽がラジオから流れてくるという状況設定を、たまに挿入する。ジャズの曲を出してくれればうれしいのだが、この人、ジャズとは無縁のようで、機会に恵まれない。まあ、それはそれとして、現在、手元に"Prey"シリーズが20冊あり(最新作は第21作目、おそらく。つまり、未読はそれだけである。日本語版は「餌食」シリーズというようだが、読んだことはない)、ある事情で、第一冊からザザザと読み直しているところなのだが、この曲への言及が、どこかで出てきた。"I Shot The Sheriff"のことだ。
 どこだったか、思い出せない。探すのは負荷がかかりすぎる。だから、ここでは、この曲への言及があったということだけで済ませ、先に進む。

◆◆◆◆◆◆◆◆
 そんなことで、"I Shot The Sheriff"という曲が、どんなものなのか、YouTubeで調べた。
 ウン、まあ、曲批評、つまり、その音楽性というか、芸術性評価みたいなことについては、まったく無知なジャンルなので何も言えぬが、いろいろネット調査しているなかで、ひとつのブログ記事に遭遇した。
 歌詞の日本語訳(意訳)を紹介しているのだが、「ちょっとちがう」んじゃないか。
 そう感じた。
 この世界に詳しい人の手によるもののようだが、ちょっとちがうんだよな、おそらく。
 そこで、ジャンルに無知だということを断ったうえで、一般的な歌詞解釈からするかぎりの、独自日本語訳を掲げることにする。

■I Shot The Sheriff, Bob Marley

■I Shot The Sheriff
 
(上記Tube投稿者が、付随データとして掲げてくれている歌詞。ネット上の他のものと照合し、「まともな」ものであると確信している)

              I Shot the Sheriff
                                                           Written  by Bob Marley
I shot the sheriff,
But I didn't shoot no deputy, oh no! Oh!
I shot the sheriff,
But I didn't shoot no deputy, ooh, ooh, oo-ooh.

Yeah! All around in my home town,
They're tryin' to track me down;
They say they want to bring me in guilty
For the killing of a deputy,
For the life of a deputy.
But I say:

Oh, now, now. Oh!
(I shot the sheriff.) - the sheriff.
(But I swear it was in self defense.)
Oh, no! (Ooh, ooh, oo-oh) Yeah!
I say: I shot the sheriff - Oh, Lord! -
(And they say it is a capital offence.)
Yeah! (Ooh, ooh, oo-oh) Yeah!

Sheriff John Brown always hated me,
For what, I don't know:
Every time I plant a seed,
He said kill it before it grow -
He said kill them before they grow.
And so:

Read it in the news:
(I shot the sheriff.) Oh, Lord!
(But I swear it was in self-defence.)
Where was the deputy? (Oo-oo-oh)
I say: I shot the sheriff,
But I swear it was in self defense. (Oo-oh) Yeah!

Freedom came my way one day
And I started out of town, yeah!
All of a sudden I saw sheriff John Brown
Aiming to shoot me down,
So I shot - I shot - I shot him down and I say:
If I am guilty I will pay.

(I shot the sheriff,)
But I say (But I didn't shoot no deputy),
I didn't shoot no deputy (oh, no-oh), oh no!
(I shot the sheriff.) I did!
But I didn't shoot no deputy. Oh! (Oo-oo-ooh)

Reflexes had got the better of me    → 語句解説(1)
And what is to be must be:
Every day the bucket a-go a well,  → 語句解説(2)
One day the bottom a-go drop out,
One day the bottom a-go drop out.
I say:

I - I - I - I shot the sheriff.
Lord, I didn't shot the deputy. Yeah!
I - I (shot the sheriff) -
But I didn't shoot no deputy, yeah! No, yeah!
     

         俺が殺したのは保安官だ
俺は保安官を撃った。だけど、助手なんか撃ってない。クソー。
俺は保安官を撃った。だけど、助手なんか撃ってない。クソー。

そうだよ、故郷の町では、
みんなして、町中が、俺を追い詰めようとしている。
有罪にしたいんだ。
保安官助手殺しの罪で。
保安官助手の命を奪ったということで。
バカヤロウ、違うんだ。

俺は、確かに、確かに、
保安官は撃った、保安官を。
だけど、誓うが、それは正当防衛だったんだ。
クソー、クソー、そうだ。
バカヤロウ、俺は、確かに、クソー、確かに、保安官を殺した。
それで、連中は、だから死刑だというんだ。
そう、そう、そう、そういうんだ。

違うんだ。違う、あの保安官、ジョン・ブラウンは、俺のことを憎んでた。
なんでか知らない。
俺が何か始めようとすると、必ず言う。
「止めろ」と。ろくでもないことになる前に止めろと。
「止めろ」と。ろくでもないことになる前に止めろと。

バカヤロウ。
新聞に出ていただろう。
俺は、確かに、保安官を殺した。だけど、おお、神よ。
だけど、誓うが、それは正当防衛だったんだ。
助手を殺したというが、そいつは、一体、どこにいたというんだ。
バカヤロウ、
俺は、確かに、保安官を撃った。だけど、誓うが、それは正当防衛だったんだ。

ある日、身が自由になって、
オレは町を出ようとした。
突然、保安官のジョン・ブラウンが、
俺を撃ち殺そうと銃で狙った。
だから、撃った、そして、奴が死んだんだ。

それで有罪だというのなら、罪の償いはする。
だけど。

俺は保安官を撃った。
だけど、バカヤロウ、オレは助手なんか撃ってない。
保安官助手なんか、撃ってない。クソ、クソーッ。
俺は保安官を殺した。
それは確かだ、だけど、助手なんか殺してない。
クソ、クソーッ。

2_2 反射行動には勝てないだろう。
やらなきゃいけないことは、やらなきゃいけない。

我慢に我慢を重ねてきたんだ。
だけど、堰が切れるときがくる。
そうだ、我慢ならなくなる時がな。

俺は、オレは、俺は、保安官を撃った。
だけど、クソッ、助手なんか撃ってない、神様。
俺は保安官を殺した。
だけど、助手なんか殺してない。殺してない、そう、違う、そう。

                                                      (↑ラクダの画像はココから)
語句解説
1.Reflexes had got the better of me.
    get (or gain, have) the better of .....
(
相手を)しのぐ、負かす、(感情が)(人の)抑制力を超える。
My temper sometimes gets the better of me. 時々癇癪を押さえきれなくなる。
                  (
小学館プログレッシブ英和中辞典から)

2.
Every day the bucket a-go a well,
One day the bottom a-go drop out.
 ネットで調べた結果(
一例としてココ、この曲のこの部分の意味についてのQ&Aページ)、次のように考えればいいのではないかとする説が有力であるように思える。
...... the bucket is going to go(will go, would go, goes) to a well、 ....... the bottom is going to drop out(will/would drop out, drops out).

つまり、こういうことである。

   Every day the bucket a-go a well,  
   One day the bottom a-go drop out,

      バケツに毎日水が溜まり続ければ
     いつか、底が抜ける。
      
(我慢を重ね続けていれば、いつか堰が切れるときがくる。)
   *藁(わら)の束を積んだラクダの画像は、もうあと一本藁をのせると、ひざを屈して崩れてしまうことを表わしている。

*****************
"Deputy"について
   "deputy"とは、保安官の下で働く警察官、つまり保安官事務所勤務の警察官のことである。訳を「保安官助手」としたが(文字の収まりがいいという観点から)、副保安官、保安官代理、保安官補と表わされることもある。いずれにしても、保安官(選挙で選ばれる法執行官、つまり、いうならば郡警察署長)のすぐ下位に位置する「副官」という意味ではない。もちろん、そういう存在の者も当然含まれるわけだが、広く、部下の警察官一般を表わすことばである。

 アメリカでは、地方行政区画に対応する警察組織として、市警察(場合によっては、町や村の警察)と郡保安官事務所(county sheriff's office)がある。前者の代表例としては、ニューヨーク市警察(New York City Police Department: NYPD)があり、後者としては、カリフォルニア州に例をとると、ロスアンゼルス郡(Los Angeles County)という区画/組織で設置しているロスアンゼルス郡保安官事務所(Los Angeles County Sheriff's Department: LASD)がある(ロスアンゼルス市警察/Los Angeles Police Department: LAPDとは別物)。

 市警察では、署長(Chief of Police)、副署長/部長(Deputy Chief)、警部(Captain)、警部補(Lieutenant)、巡査部長(Sergeant)などの階級/役職がある。保安官事務所でも、当然のことながら階級/役職が存在するわけだが、呼称については市警のそれとは異なる。各地で独自の呼称を置いているようだ(一級助手、二級助手とか)。
 
*"Deputy Chief"については、下の引用記事で詳しく説明しているので参照されたい。

◆◆◆◆◆◆◆◆
■ルー カス・ダベンポート(Lucas Davenport)について
 過去記事の一部を引用して、人物の説明に充てる。

**************************************
2.John Sandford(ジョン・サンドフォード)という作家の「**Prey」という一連のシリーズ物作品がある(
日本では「獲物」シリーズとして刊行されているらしい。ただし、実物を見たことはない)。警察小説というか刑事ものスリラーというか、そういうものだ。ツイン・シティ(ミネアポリス/セントポール、ミネソタ州)周辺を舞台に、ミネアポリス警察署のLucas Davenport(ルーカス・ダベンポート)という刑事が、殺人等の凶悪事件解決に活躍する。

 「警察署」の「刑事」と表現しているが、シリーズが進むに従って(
2010.9.8現在、20作)身分が変わる。最初は、ミネアポリス警察署の一匹狼的な刑事だった。すなわち、ポン引きだのヤク密売人だのという、自らが自家薬籠中のものとしている街の情報網を駆使しながら事件を解決していく敏腕警部補(lieutenant)だ。
 硬骨漢で、女好きで、女にもてる。大学時代はアイスホッケーをやっていた。趣味でやっているコンピュータ・ゲーム作りで富を築き、ポルシェを乗り回している。とにかく、「異色」なんだこの男、いずれ別記事で、おいおい触れていくが。

 次には、ある事情で半ば強制的にこの職を辞めさせられた後に、政治的配慮/考慮に基づく任命による「部長」(deputy chief)(
*1)として署に戻ってくる。独自のインテリジェンス部門(諜報/捜査部門)を指揮する。

  さらに進むと、ミネソタ州公安局傘下の犯罪捜査部というところで(Minnesota Department of Public Safety's 、Bureau of Criminal Apprehension)政治的に微妙な事件について州知事の特命を受けて犯罪を解決する捜査官となる。


*1. 「副署長」的な意味もあろう。"Deputy Chief"という職の者は数名いる。例えば、"Deputy Chief, Patrol =パトロール部部長、あるいはパトロ-ル部門担当副署長、Deputy Chief, Investigations =捜査部部長(捜査部門担当副署長)とか。なお、「署長」のことを"Chief of Police"というので(大部分の州では)、厳密にいえば「チーフ」とは署長を指すことになろうが、このDeouty Chief職の者は、通常、部下や報道記者などから「チーフ」と呼びかけられる。「部長」といった感覚か。多くの場合、Deputy ChiefはBuerau(Patrol Bureau, Investigations Bureauなど、「課」、「部」、「部門」みたいな組織的存在)の長に就く。

 政治的配慮/考慮に基づく任命(political appointment)とは、こういうことだ(推測だが)。
 まず、話の前提として、
署長は市長が任免する(通常は、市警察官として長年歩んできた人材の中から任命する。任命は、市議会の承認を要件とすることが多い)。その下位の職員は、市条例で定める一定の選考手続きを経て、署長が任免する。
 
 さてそこで、政治的配慮/考慮だが、例えば、麻薬取締強化を求めて市長/警察署長を責める市民の叫びに応えるために、あるいは、批判、非難をかわすために、取締り補強のための特別部署を組織して、その長に外部から強力な人材を招聘して据えるというようなことである。
  いうならば、市長の継続就任選挙のための、あるいは知事立候補のための選挙対策としての任命である。同時に、市長が転ぶと署長も連動して地位を失う結果に なることが多いので(新市長が別の人物を署長に据える)、署長にとっても選挙運動(地位保全運動)である。あるいは、署長から市長への転身を狙っているよ うな場合も考えられる。さらには、署長を追い落として自分がとって変わろうと画策しているDeputy Chiefに対抗するための所内抗争自陣強化策としての場合もあろう。


  市警察署の警察官は署長も含めて、市の職員(「公務員」、civil service, civil servant)であるが、一般的な市警警察官採用(若年定期採用。巡査から始まって、巡査部長、警部補、警部というように上がっていくコースでの採用)との対比における「特別職」としての採用ということになるのであろう。

 そこで、最後に、このdeputy chiefとしてのルーカスを、(政治的配慮/考慮でもって)誰が任命したのかという問題が残る。署長なのか、市長なのか。町の実力者からルーカスの罷免を迫られて
Rose Marie Roux(ローズ・マリ・ルー)という署長が、「いえ、辞めさせません」と拒否するシーンがある(第7作目の"Mind Prey")。そのことから推測すると、署長が任命したと考えてよいようにも思えるが、おそらく、「署長が任命するのだが、市長の承認を要件とする」ということではないか。
 
 
 まあ、そういう作品なんだが、その第9作目、"Secret Prey"という物語の一場面を題材にして、始めようと考えているのだ。
 「始める」って、何を始めるのか、ということだが、以前から構想している、当ブログのシリーズ記事を始めるということだ。「いよいよ」だ。


                      Preyシリーズ
20  左端が第一作目のRules of Prey、右端が第20作、Storm Prey。第21作、Buried Preyというのが出ているそうだだが、まだペーパーバックでは入手できない。
 本屋でコツコツと集めていったのだが、過去物については在庫切れ、入庫停止が多かった。揃わないのを残念に思っていたところ、ある時期からamazonが利用できる環境が整ったので、「抜け」部分を補充した。


**************************************

[更新] 2011.7.30、11:00 ― 「***Preyシリーズ」に関する過去記事引用など、加筆した。
          「未完―続く」としていたのだが、これで完成したことにする。

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2011年7月28日 (木)

中国鉄道事故の報道を、その真相究明みたいな報道を、しつこく、長々と、いつまでもやっているNHK。なんでだ。意図がみえみえで、あさましいぜ。やるべきことは、ほかにあるだろう。原発汚染地獄の真相暴露、菅内閣の国民騙し暴露、やるべきことは、それだ。

2011.7.28
 福島原発放射能汚染の、汚染地獄の、ますます深く、日本全土を覆い包むように、隠れて、ひどく進行中の地獄の真相暴露、経済破綻に、健康破壊に、一億身体異常に、国家壊滅に向かってつき進んでいる事態の真相暴露を、――被害拡大を最小限度に食い止める死守努力をやろうとせず、――歯を食いしばって、政府が、行政が、産業界が、財界が、学会が、国民が一丸となってやれば実現できるのだが、その体制にもちこむことをやろうとせず――、やろうとしないというその事実を国民に隠し続けている菅直人腐り内閣の実体を――暴いて国民を救え。

 まあ、菅直人の手先になってというか、「しがみつき男」と一緒になって国民騙しをやっている張本人だからな、NHKは、それをはじめとする「クズ六」メディアは。いうだけ無駄か。
 「クズ六」とは、[読売/朝日/毎日/産経/日経の五大新聞とその傘下ないし系列放送局 + NHK]のことだ。

◆◆◆◆◆◆◆◆
 ――北京政府べったり御用報道機関が、めずらしく、今回は政府の隠蔽体質を批判している――
  「脱線破壊した車両を埋めた。何か隠しているんではないか」、こういうことから始まって、つまり、「中国政府の隠蔽体質」批判みたいなことから始まって、ああでもない、こうでもないとしつこく報道を続け、最近では上記のように、中国報道機関を揶揄する側面を見せるに至っている。

 中国問題に大いに言及して、しつこく、しつこく、しつこく報道を続けて、何が得られるというのかね。
 博愛主義かい、人道主義かい、人権侵害が我慢ならぬと憤慨しているのかい。50人も死者が出た。それなのに、原因を隠している、調査を真剣にやろうとしない。人道に悖る(もとる)。こういうのかい。
 おう、ジャーナリズム先進国、NHK。

 チャンチャラおかしいやな。
 人道主義を説くのなら、ジャーナリズム精神を高邁に謳いあげるのなら、福島原発真相隠し暴露、糾弾からやってくれ。
 何千人、何万、何十万、何百万人もの身体異常、奇形。
 ある日突然、背中に瘤が、全身に癌腫瘍が、そして死ぬ。
 流産だ、死産だ。
 生まれた赤子に目がない(目が欠けている)、手足がない、脳が存在しない。
 この危険が進行中なのである。
 「危険」というよりも、もう、10年先ぐらいに発生する潜在性病因を身体内に取り込んでしまったという既発生事実として進行中であるという危惧が大いにある。

 菅直人腐り内閣がやっていることの真相から、国民の目を逸らす。
 NHKの、クズ六メディアのしつこい中国報道は、その狙いの95%がそのためとみている。
 稀代のクズ、菅直人総理擁護のためとみている。
 クズメディアだ。

 あまりにもしつこいので、書いた。

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2011年7月26日 (火)

A toddler emerged from the depths of the house and clung to its mother's skirt. ケンフォレットのフォール・オブ・ジャイアンツ(Fall Of Giants)を読み始めたのだが、思わず「ニヤ」としたところがあった。いや、大したことじゃないんだがね。

2011.7.26
 よちよち歩きの幼児が家の奥から現れて、母親のスカートにまとわりついた。王は
今度は大丈夫だろう、と寡婦からの返事を期待して会話を試みた。

「こどもが5人いるそうだね」。
「ああ王様、この子たち、父親がいなくて、どうやっていけばいいのか」。
「悲劇だ」。
 王は繰り返した(
*1)。
 アラン卿が咳ばらいで合図をし、王が寡婦にいう。
 
「おなじような悲劇に合った人たちを順に訪問して、お悔やみをいおうとしているのです」。
「ああ、王様、なんとお礼を言っていいか、ご親切に。感激です、ありがとうございます、ありがとうございます」。
 王は背を向け、歩み去る姿勢をとった。
  お妃がいう。
「あなたのために、今晩、神に祈ります、エバンス夫人」。
  そう述べて王に続いた。

    A toddler emerged from the depths of the house and clung to its
(*2) mother's skirt. The king tried again. "I believe you have five children ." he said.
    "Oh, sir, what are they going to do with no da?"
    "It's  very sad," the king repeated.
    Sir Alan coughed and the king said:"We're going on to see some other people in the same same positions yourself."
    "Oh, sir, it was kind of you to come.  I can't tell you how much it means to me. Thank you thank you."
    The king turned away.
    The queen said: "I will pray for you tonight, Mrs Evans."

Then she followed the king.

                ("Fall of Giants," Ken Follett; "Signet International Edition, June 2011、73ページ )

*1. 「王は繰り返した」とは、先に下記の太字表示している部分、――"Very sad, very sad"――の発言をしており、今回また、"It's  very sad"と述べたということである。

**********************************

"Good morning. I'm the king," said the king , raising his hat politely. Are you Mrs. David Evans?""
    She looked blank for a moment. She was more used to being called Mrs. Dai Ponies.
    "I have come to say how very sorry I am about your husband, David," said the king.
    Mrs. David Ponies seemed too nervous to feel any emotion. "Thank you very much" she said stiffly.
    It was too formal, Ethel saw. The king was as uncomfortable as the widow. Neither was able to say how they really felt.
   Then the queen touched Mrs. Dai's arm. "It must be very hard for you, my dear." she said.
   "Yes, ma'am, it is," said the widow in a whisper, and then she burst into tears.
    Ethel wiped a tear from her own Cheek.
The king was embarrassed, but to his credit, he stood his ground, murmuring: "
Very sad, very sad."
Mrs. Evans sobbed uncotrollably, but she seemed rooted to the spot, and did not turn her face away.

                                           
(上記書、72ページ)

「おはよう、国王です」。
     王は、帽子を丁寧に持ち上げて言った。
「デイビット・エバンス夫人ですね」。
  夫人は一瞬キョトンとした様子を見せた。いつも、「デイ・ポニーの奥さん」
(David Evansのあだ名/通称、「仔馬のデイ」の奥さん、という意味)と呼ばれているからである。
  「ご主人のお悔やみに来たのです、デイビット夫人」、
王がいう。

  「仔馬のデイビット」夫人は、緊張しすぎていて、感情を表わすことができない様子である。
「ありがとうございます」

  コチコチになってこういう。
  エセルは思う。公式すぎる。王様は寡婦と同じようにぎこちない。どちらも、実際の感情を表現することができないでいいる。

 そのとき、お妃がデイ夫人の腕に触れていった。
「とてもつらいでしょうね、あなた」。
「はい、とても」、
  寡婦はそう呟き、一挙に嗚咽した。
  エセルは、自分の頬に流れる涙をぬぐった。
  王は途方に暮れていたが、ここは威厳をみせなければならない場である。
「悲劇だ、悲劇だ」、
  王は、こう呟いた。
  エバンス夫人は身を律することができない様子で泣き続けたが、しかし、いまや、事態をしっかりと受け止めた風情となり、王と妃の視線から逃げず、顔をそむけなかった。

************************

*2.どうだね、"its"だぜ、"his"でも"her"でもないんだ。そのように区別して表わす必要がないってことだ。まだ「物」なんだよね。

◆◆◆◆◆◆◆◆
 「思わず『ニヤ』」としたとは、こういうことだ。

 2011.7.15の過去記事で、つまり、このあいだまで苦労しながら仕上げていた記事だが、その記事で、次のように書いた。

*******************************
■"toddling"の考察
一、まずは、辞書を引くことから始めよう。
toddle
v.i. 1.(
歩き始めの小児のように)ちょこちょこ(よちよち)歩く。
    2.(
口語)ぶらつく、ぶらぶら歩く、散歩する(stroll)。
      
....... down to the pub ― ぶらっとパブまで行く
  3.(
口語)出発する。出掛ける。
     It's getting late; we must be toddling along (off) ―もう遅い。ぼちぼち出かけなくちゃならない。
v.t.[.
..one's wayとして]ちょこちょこ進む。
n.  1.ちょこちょこ(よちよち)歩き、あぶなっかしい足取り(unsteady gait)
    2.ぶらぶら歩き、ぶらつき(stroll)
                      
 以上、「研究社、『新英和大辞典』」から。
****************************************

 
実は、このとき、次のような記述を含めようかと考えたのである。だが、長くなるので、迷ったあげくとりやめにした。
***************
toddler
n. よちよち歩きをする人、
(特に)幼児。 (「研究社、『新英和大辞典』の記述)。
***************

◆◆◆◆◆◆◆◆
 
参照した「新英和大辞典」によると、"toddle"という語はスコットランド語起源だとされている。次のように記されているから、おそらく、そうなんだろうと思う。
*******************
    toddle ((c1600))((変形))←?スコット
    tottle to walk with short steps(freq.)←TOTTER
1//((混成))←TO(TTER)+(WA)DDLE
(当ブログ主――"tottle"の"to"とwaddleの"ddle"が混じってできた語という意味か。"waddle"とは、動詞として「よちよち/よたよた歩く」、名詞として「よたよたした足どり」という意味の語である)
****************

 うん、そこで、今日のこの記事の結論だが、結論というか、「おまえ、何をいいたいんだ」という声に対する答だが、辞書のこの記述を目にしたとき、ケン・フォレット(Ken Follett)のことを思い浮かべたんだよな。

 なんでか。
 この人、何作も読んでいるんだが、――だからって、自慢するわけじゃないが――英語表現について、「『イギリス英語』調だな」と感じることが多かった。

 ほかに、フレデリック・フォーサイス(Frederick Forsyth)、レン・デイトン(Leonard Cyril Deighton)、ジョン・ル・カレ(John le Carre')やなんかも読んだのだが、そのように感じる度合いは、フォレットが一番強かったような気がする。

*フォーサイスの"No Comebacks"は、本格的に英語で洋物を読み始めた初期の本だった。モームの「月と六ペンス」だったか「お菓子とビール」だったか(ともに、日本語訳で読んだ――原書で読むなんて夢にも思っていなかった時代に読んだものだから)、とにかく、ある日突然、「現世」と縁を切ってタヒチで(だと記憶してるが、ゴーギャンみたいに)暮らし始める実業界男の話を思い出した(おそらく、フォーサイスは、意識的に、モームを真似て同じモチーフで書いたのだろう)。

*デイトンは、好きな作家だ。バーナード・サムソン(Bernard Samson)はあこがれの男だし、「ゴージャス」(gorgeous)グロリア(Gloria)だったか、急なことでちょっと名前を思い出せないが――いつも覚えているんだが、今日に限って度忘れしたが――あの金髪でボディ豊かな(確か)、それが「ゴージャス」の所以なんだが、「ゴージャス」な娘("Gloria"という名)との関係を――おお、うれしいことに「寝る」ところまでいくんだが――表現の柄が悪くて恐縮だが、当ブログ主がグロリアに惚れたせいだが――とにかくサムソン、その作家デイトン、最高だね。だけど、あいつ、つまり、ゴージャス娘だが、腹が立つから「あいつ」なんていうのだが、アメリカの男、CIA関係者だったかのあのロートル男、名前なんたっけ、気障なやつ、アイツと一緒になるんだよな。kuso、kuso、kuso、ものすごく、腹が経つ。サムソンと結ばれるべきだよな。kuso、原因は、サムソンの妻、「フィオナ」、kuso、あれがいちばんいけないんだ。イギリスを裏切り、ロシアに逃げ、ロシアのスパイなんかと数年生活していた女、「元妻」とよりを戻すなんて、なんだあれ、デイトン、気に食わないね。初心な日本人、オレには、とうてい理解できない心情だ。

◆◆◆◆◆◆◆◆
 うん、これで話を終わるが、この本(Fall Of Giants)、読み始めたばかりだから、この先どうなるのか、どんな物語なのか、そういうことについては語れない。
 この作家の本、「購入済み未読」のものが数冊ある。かなりの冊数の洋書(英語)があるなかで、「積んどく」率は5%ぐらいしかなんだけどね。なんでかしらん、この人のものだけ、その率が高い。多作で、しかも、この人の場合には本屋の棚でペーパーバック(paperback)が容易に、すぐに手に入るからかな。ついつい、「次々と買っては、積んどく」ということでそうなるのか――諸般の事情からして先に読まなきゃいけないものが次々と現れてくるんだが、そういったものを読んでいるあいだに溜まっていく。

◆◆◆◆◆◆◆◆
 とりとめのない記事だが、ブログ掲載間隔の「空きすぎ」を埋めるために書き、載せる。

 





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2011年7月21日 (木)

♪ランド・オブ・ジャズ、ジャズの都、1920年代シカゴ物語 ― その8、最終回。ウォーッ、Kid Oryが吠える、ウォーッ、Jack-Tが応える、ウォーッー、Oryが吠える、ウォーッ、Jack-T 、ウォーッオーッ、ウォーッ、ウォーッ、ウォーッ・・・・・・Tigar Rag、番組フィナーレだ。いい番組だったな、楽しめたね。

2011.7.21
 シリーズ最終記事だ。いい番組だったな。
  ラッパがマクパートランドで、キッド・オリーがトロンボーンだなんてね、ちょっと見られないやな。YouTubeで豊富な情報が得られるようになるまでは、そんなことが起きるなんて、というか、実際に存在したなんて、想像もつかなかったことだ。
 いや。よかった、いろいろと勉強でき、またひとつ利口になった。といっても、死出の土産にしかならないみたいなもんだけど、でも、まあな、人間、いくつになっても勉強だあ―な。
 ありがとう。"Dupont, Show of the Week"
      (このTV番組の由来等については、当シリーズ記事の出発点、ココを参照されたい)

  ランド・オブ・ジャズ、1920年代シカゴ物語、ロアリング・トゥエンティーズ(Roaring Twenties) 、狂乱、ジャズと狂騒時代―― America's Music: Chicago And All That Jazz(Dupont, Show of the Week; Season1, Episode 11, 1961)。

◆◆◆◆◆◆◆◆
■America's Music Chicago and All That Jazz ―No.7
    (投稿者による題は、"Chicago & all that Jazz Jack Teagarden, Gene Krupa Red Allen PT 6")

 

 クルーパの4小節ドラム・イントロからウォルバリン・ブルースだ。
 
           
 ♪――Wolverine Blues――♪

          
♪――Way Down Yonder In New Orleans――♪
             
  (ウェイ・ダウン・ヨンダ―・イン・ニューオリンズ)
 Blossom Seeleyだが、このばあちゃん、腕の振りが、カニ、というか、うん、ヤドカリのハサミだ、ヤドカリみたいだ。

  映像では、バックでリズムを刻むコンドンの手に焦点を合わせている。コンドンって、バンジョー/ギター(4弦)の腕そのものは大したことがない――興行主、プロモーター、フィクサー、まとめ役、シカゴ派のボス的存在としての価値は偉大だが――みたいなことをいわれているんだが、それが一般だが、そんなことはないと思っている。以前からそう思っている。というのは、レコードの演奏なんかを聴くと――限られたものしかなかったのだが――、「チャリン、チャン」(4弦ギターの音)みたいなことを要所でやるし、シャ、シャ、シャ、シャ、と正確に、しかも4ビート感覚溢れた態様で弾いている。決して、「いも」ができる業、技ではない。


         
   ♪――Boogie Woogie――♪
            
     (ブギウギ)

 おっ、クルーパ何小節やるんだ、うんうんうん、うん、えっ、まだか、あー32小節か!!、
  
         ♪――Tiger Rag――♪
                           
    (タイガー・ラグ)
 フィナーレ、締め、〆の曲としては、つまり、
番組の趣意からしたそれ、〆としては、適切な曲ではないような気がするが、それはそれとして、フィナーレ、大団円だ。

 時間切れだ。ここで中断する。
 ――未完、続く――


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[追記] ― シリーズ記事の全容、相互リンク
 
2013.11.23、記事整備として、一連記事シリーズ(「その1」から「その8」)の相互リンクを設けることにした。 

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その1、2011.5.27
  ♪ランド・オブ・ジャズ、ジャズの都、1920年代シカゴ物語 ― その1

その2、2011.6.27
  ♪ランド・オブ・ジャズ、ジャズの都、1920年代シカゴ物語 ― その2 。♪♪"Take Me To The Land Of Jazz" ―― Lil ArmstrongとMae Barnes、いい顔で唄うね。続いて、出演者顔見せだ。わくわくするね。

その3、2011.6.29
  ♪これ聴いてよ、見てよMae Barnes(メイ・バーンズ)のDoctor Jazz(ドクター・ジャズ)だ。日本迷走政治の憂さも吹っ飛ぶね。 ランド・オブ・ジャズ、ジャズの都、1920年代シカゴ物語 ― その3

その4、2011.7.12
  ♪ランド・オブ・ジャズ、ジャズの都、1920年代シカゴ物語 ― その4。 ビックス・バイダ―ベック(Bix Beiderbecke)―28歳で夭折した天才。ある意味、「ウェスト・コースト派」の元祖みたいな存在ともいえる。

その5、2011.7.14
  ♪ランド・オブ・ジャズ、ジャズの都、1920年代シカゴ物語 ― その5。"Chicago That Toddling Town"(シカゴ、ザット、トドゥリング・タウン)、結局、"Toddling Town"って、どういう意味だ。

その6、2011.7.15
♪ランド・オブ・ジャズ、ジャズの都、1920年代シカゴ物語 ― その6。 "Chicago (That Toddling Town)" / 「シカゴ(ザット・トドリング・タウン)」の歌詞と日本語訳――"Toddling Town"とは、"Toddling"とはどういう意味か。

その7、2011.7.19
  ♪ランド・オブ・ジャズ、ジャズの都、1920年代シカゴ物語 ― その7。1920年代の終わりとともに、ジャズの都としてのシカゴも終わりを告げることになる。

その8、最終回、2011.7.21
  ♪ランド・オブ・ジャズ、ジャズの都、1920年代シカゴ物語 ― その8、最終回。ウォーッ、Kid Oryが吠える、ウォーッ、Jack-Tが応える、ウォーッー、Oryが吠える、ウォーッ、Jack-T 、ウォーッオーッ、ウォーッ、ウォーッ、ウォーッ・・・・・・Tigar Rag、番組フィナーレだ。いい番組だったな、楽しめたね。

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2011年7月19日 (火)

♪ランド・オブ・ジャズ、ジャズの都、1920年代シカゴ物語 ― その7。1920年代の終わりとともに、ジャズの都としてのシカゴも終わりを告げることになる。

2011.7.19
  The end of the decade, the end of Chicago as the jazz capitol of the world. ― 1920年代の終わりとともに、ジャズの都としてのシカゴも終わりを告げる。

  ランド・オブ・ジャズ、シカゴ物語、ロアリング・トゥエンティーズ(Roaring Twenties) 、狂乱、ジャズと狂騒時代―― America's Music: Chicago And All That Jazz(Dupont, Show of the Week; Season1, Episode 11, 1961)。

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■America's Music Chicago and All That Jazz ―No.6
    (投稿者による題は、"Chicago & all that Jazz Jack Teagarden, Gene Krupa Red Allen PT 5")

 以下、例によって、ゲイリー・ムーア(Gary Moore)の語りを聞きながらTubeを見ていこう。
 これも毎回のことだが、英語の聞き取り、誤りがいっぱいありうることを断わっておく。聞き取れない箇所は「xxxx」、「.....」で表わしている。中途半端にしか聞き取れないが故に、英文表記が文法的におかしくなっているところがあるが、あえて、そのままにしている。なお、ムーアの人物像と、このTV番組の由来等については、当シリーズ記事の出発点、ココを参照されたい。

◆Most of the jazz band of the time played and placed where people danced, because the jazz was the music that was almost forced to the dance, as jazz music spread all over the country so did the new jazz dances of the twenties; Shimmy, the Charleston, the Black Bottom, the xxxx, and the Lindy Hop.

  この当時のジャズバンドは、そのほとんどが、ダンス用に雇われ、人々が踊る場所で演奏した。というのは、ジャズが全国に広がるとともに、1920年代の新しいジャズ・ダンスがそれにつれて広がっていったのだが、そういう関係によって、ジャズという音楽が、ダンスのために演奏することをほとんど強いられるものとして運命づけられたからである。
 Shimmy(シミー)、Charleston(チャールストン)、Black Bottom(ブラック・ボトム)、xxxx、Lindy Hop(リンディ・ホップ)、
 生まれたダンスにはこういうものがあった。

   ――♪♪ Al Mines/Leon James(アル・マインズ/レオン・ジェイムス)のダンス
♪♪――
  上記の種類を、踊り分けて示しているのであろう。音楽は、Fidgety Feet(「フィジティ・フィート」、「せかせかした足」の意)→Tin Roof Blues(「ティン・ルーフ・ブルース」、「トタン屋根のブルース」)→Fidgety Feet
 
確信はもてないが、チャールストンは識別できるような気がする。Tin Roof Bluesでの踊りがブラック・ボトムか。このチームは、"Al & Leon"として知られる。

 "Tin Roof Blues"といえば、この曲、1950年代にJo Staffordが"Make Love To Me"という題名で唄ってヒットしたそうだ。ロック調というのか、なんというのかよくわからないが、「ボ、ボボボボン」なんて男声コーラスのバックが入る調子で唄っている。題名は、文字どおりの意味からすれば、かなりきわどいものではないかという気がするが、――「やって」ということだからナ――、なんだ、あの国では、さらっと流す感じで受け取られる表現なのか。
 

◆Just great.
 xxxx decade on Chicago was .... the mecca of jazz world. One of jazz bands xxxx and began to move around, the xxxx and the prospect of better job moved to New York, Detroit, St. Louis, Kansas City, where they blew Chicago style in such bands as Gene Goldkett, Ben Pollack, Paul Whiteman and xxxx, Fletcher  Henderson and others. 

 すごいなあ。
 .........(この10年のあいだ)シカゴは.....ジャズのメッカだった。あるジャズバンドが.....引越しの準備を始めた。待遇のよい仕事にありつける見込みは、ニューヨークや、デトロイト、セントルイス、カンサスシティといった都市に移っていった。ミュージッシャンたちは、そういった町でシカゴ・スタイル・ジャズを演奏していた楽団、ジーン・ゴールドケット、ベン・ポラック、ポール・ホワイトマン、xxxx、フレッチャー・ヘンダーソンといったところに職を求めていったのである。


As far as the general public was concerned jazz was xxxx loose term used to describe almost any popular music played by any jazz band of the time. But what was the jazz of early Chicago days in fact, most of it wasn't the jazz at all.
  In 1929, Louis Armstrong and his band at the moment piled and dropped xxxx xxxx cars xxxx out Chicago:The end of the decade, the end of Chicago, as the jazz capitol of the world.


 一般大衆に関するかぎり、「ジャズ」ということばは、当時の、どんな種類のバンドであれ、当時のジャズバンドが演奏していたポピュラー・ミュージックのほとんどすべてを、網羅的に、ひとまとめにして表わす無限定なことばでしかなかった。
 1929年にルイ・アームストロングと当時のそのバンドが........シカゴの町を出た。1920年代という10年(ディケイド)の終わりが、世界のジャズの都としてのシカゴの終わりとなったのである。

The city of Chicago was always xxxx bright and colorful ornament as the American see. The  xxxx recognized that the second city is maybe the first city in respect of great American music. In the twenties in Chicago xxxx time the symbol of all the great bands and entertainers for jazz free flow that was broad roof of xxxx dance hall and armory where it took place. And though the memories of the golden days of jazz, we deserve not a moment of silence, but several moments of spool of glorious noise of Chicago jazz.

Ladies and Gentlemen, we present Chicago Free Flow.

 シカゴの町は、常に明るくて色彩豊かだった。国民が知っているとおりだ。 xxxxは、この全米第二の都市が、この偉大なアメリカ音楽(*1)に関しては、おそらくアメリカ第一の都市ではないかと評している。1920年代、シカゴでは、――優れたバンドと芸人たちの奔流、るつぼの象徴であったシカゴでは――、どのような奔流がみられたダンスホールや軍施設........。ジャズの黄金の日々・・・・・・その記憶を表わし尽くすことはできないが、かといって、黙っているわけにはいかない。シカゴ・ジャズの輝かしい音の一巻きを聴くことにしよう。

 レイディーズ・アンド・ジェントルメン、「シカゴ・フリーフロー」を、シカゴ・ジャズの大放出をお届けします。 


  *1.いうまでもないが、「ジャズ」のことである。

                   ♪♪――Potato Head Blues――♪♪

(レッド・アレン,tp、キッド・オリー,tb、バスター・ベイリー,cl、リル・アームストロング,p、ミルト・ヒントン,b、ズティ・シングルトン,ds)

                   ♪♪――After You've Gone――♪♪
                   (Jack Teagerden, tb, vo)

                   ♪♪――The Pearls――♪♪
           (Lil Armstrong, p、Mae Barnes, ds)


                   ♪♪――Heebie Geebies――♪♪
            (Mae Barnes, vo、Lil Armstrong, p)

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[追記] ― シリーズ記事の全容、相互リンク
  2013.11.23、記事整備として、一連記事シリーズ(「その1」から「その8」)の相互リンクを設けることにした。 

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その1、2011.5.27
  ♪ランド・オブ・ジャズ、ジャズの都、1920年代シカゴ物語 ― その1

その2、2011.6.27
  ♪ランド・オブ・ジャズ、ジャズの都、1920年代シカゴ物語 ― その2 。♪♪"Take Me To The Land Of Jazz" ―― Lil ArmstrongとMae Barnes、いい顔で唄うね。続いて、出演者顔見せだ。わくわくするね。

その3、2011.6.29
  ♪これ聴いてよ、見てよMae Barnes(メイ・バーンズ)のDoctor Jazz(ドクター・ジャズ)だ。日本迷走政治の憂さも吹っ飛ぶね。 ランド・オブ・ジャズ、ジャズの都、1920年代シカゴ物語 ― その3

その4、2011.7.12
  ♪ランド・オブ・ジャズ、ジャズの都、1920年代シカゴ物語 ― その4。 ビックス・バイダ―ベック(Bix Beiderbecke)―28歳で夭折した天才。ある意味、「ウェスト・コースト派」の元祖みたいな存在ともいえる。

その5、2011.7.14
  ♪ランド・オブ・ジャズ、ジャズの都、1920年代シカゴ物語 ― その5。"Chicago That Toddling Town"(シカゴ、ザット、トドゥリング・タウン)、結局、"Toddling Town"って、どういう意味だ。

その6、2011.7.15
♪ランド・オブ・ジャズ、ジャズの都、1920年代シカゴ物語 ― その6。 "Chicago (That Toddling Town)" / 「シカゴ(ザット・トドリング・タウン)」の歌詞と日本語訳――"Toddling Town"とは、"Toddling"とはどういう意味か。

その7、2011.7.19
  ♪ランド・オブ・ジャズ、ジャズの都、1920年代シカゴ物語 ― その7。1920年代の終わりとともに、ジャズの都としてのシカゴも終わりを告げることになる。

その8、最終回、2011.7.21
  ♪ランド・オブ・ジャズ、ジャズの都、1920年代シカゴ物語 ― その8、最終回。ウォーッ、Kid Oryが吠える、ウォーッ、Jack-Tが応える、ウォーッー、Oryが吠える、ウォーッ、Jack-T 、ウォーッオーッ、ウォーッ、ウォーッ、ウォーッ・・・・・・Tigar Rag、番組フィナーレだ。いい番組だったな、楽しめたね。

[更新]  2011.7.20、18:40 ― シリーズ前後記事との関係で表題を変え、Tin Roof Blues/Make Love To Meの部分を加筆した。
           2013.11.23 ― 関連記事相互リンクを施した。

 

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2011年7月15日 (金)

♪ランド・オブ・ジャズ、ジャズの都、1920年代シカゴ物語 ― その6。 "Chicago (That Toddling Town)" / 「シカゴ(ザット・トドリング・タウン)」の歌詞と日本語訳――"Toddling Town"とは、"Toddling"とはどういう意味か。

2011.7.15
                                                                              ♪参考資料[歌詞翻訳曲目一覧/ページ相互リンク]
  ランド・オブ・ジャズ、1920年代シカゴ物語。 ロアリング・トゥエンティーズ(Roaring Twenties) 、狂乱、ジャズと狂騒時代 ―― America's Music: Chicago And All That Jazz(Dupont, Show of the Week; Season1, Episode 11,  1961)

 曲の題は"Chicago"(シカゴ)。Fred Fisher(フレッド・フィッシャー)(画像)の作詞作曲による1922年出版のポピュラーソングである。
 ただし、その後"Chicago"という同名異曲(同じ題名の別曲)が続々と現れたので、他と区別するために、"Chicago(That Toddling Town)"と表示されるのが一般となっている。歌が、"Chicago, Chicago that toddling town".で始まることによる。

 この曲、ボーカルもインストも、数え切れないほどの録音がある(これを見よ)。映画でも、H.C. Potter監督による1939年作品、The Story of Vernon and Irene Castle(主演、Ginger RogersFred Astaire)と、フランク・シナトラ主演の1957年映画、The Joker Is Wildで使用されているという(Wikipedia)。

 そこで、"Toddling Town"とは、"Toddling"とはどういう意味か。
 今日の記事は、この点を論じるためのものである。本来、昨日の記事(2011.7.14)の中で述べるべきことであったのだが、長くなるので、ここで独立させたのである。

◆◆◆◆◆◆◆◆
 さて、"Toddling Town"とは、"Toddling"とはどういう意味か。
 (イ)「よちよち(よろよろ)歩き」の意味か、
    [その1] ― シカゴという町は、人々がよろよろ歩くところだ。
   ①酔って千鳥足、
   ②「風の町」(Windy City)の異名をとるシカゴ、風にあおられ、揉まれてヨタヨタ歩き。
    [その2] ― シカゴは、よちよち歩きはじめた幼児のような町である。
   ③「シカゴは、まだ若い町」の意味(ニューヨークとの比較において、相対的に)、
       それとも、
 (ロ)「そぞろ歩く」、「散歩する」
   ジャズを楽しみに、ぶらっと出かける、の意味か、
    (シカゴでは、人々は、みな、 ジャズを楽しみに、ぶらっと出かける) それとも、
 (ハ)「仕事帰りに、一杯ひっかける」
    ジャズ酒場などで、ジャズを楽しみながらイッパイやる、あるいは、ジャズを聴く目的
   でジャズ酒場などに立ち寄って、イッパイやる、の意味か(「シカゴでは、みんなそうする」の意)。

 "Toddling"の謎。
 どう考えればいいのか、決め手がないのでさっぱり分からないんだよな。後で述べるように、上に挙げた意味とは別の、他の意味じゃないかとも思えるし。 
 シカゴ住民に訊いてみたいね、長年住んでいる土着住民的な人々に。
 まあ、確たる答えは得られないだろうな、おそらく。
   (この後の考察の場で引用する記事のwebページ主も、同じようにいっている)

 以下、歌詞と試訳を掲げたうえで、"toddling"について考察する。
 まずは、歌詞をなぞりながら、唄を聴いておこう。

◆◆◆◆◆◆◆◆
フランク・シナトラ(Frank Sinatra)



  (2013.4.29 - 先に掲げていたTubeが機能しなくなっていることに気付いたので差し替えた)

            Chicago
                           
Words and Music, Fred Fisher, 1922
Chicago, Chicago that toddling town.
Chicago, Chicago I'll show you around - I love it.
Bet your bottom dollar you'll lose the blues in Chicago, Chicago,
The town that Billy Sunday could not shut down.

On State Street, that great street, I just want to say
They do things that they don't do on Broadway - say,
They have the time, the time of their life,
I saw a man and he danced with his wife,
In Chicago, Chicago, Chicago, my home town.


シカゴ、シカゴ、ジャズの町、ジャズ場巡りにぶらつく町、
シカゴ、シカゴ、さあ、案内しよう、喜んで。
シカゴでは、シカゴじゃ、憂鬱なんか吹っ飛んでしまう、まちがいない。
あの伝道師、禁酒法のビリー・サンデイでさえ閉鎖できなかった町だもの。

「ステイト」ストリートでは、あの、すばらしい通りでは、自慢じゃないけど、
ブロードウェイじゃみられない光景を目にする。そうだな、たとえば、
人々は、この上なく楽しいひと時を過ごすし、
人々が、奥さんとダンスを楽しんでいたりする。そんな光景を目にする町だ。
シカゴ、シカゴ、わが故郷、シカゴ。


<イディオム、人名>説明
"Bet your bottom dollar"
    "bet one's bottom dollar"― (
)絶対.....だ(on ......、that節)
         
bet one's (boots), (life), (soul), (shirt)ともいう。
"the time of their life"
    "the time of one's life"―非常に楽しい時、経験

                          
――以上、小学館、プログレッシブ英和中辞典から。
Billy Sunday(ビリー・サンデイ、1862-1935)(画像)
 貧困家庭に生まれ、孤児院生活、雑多職業を経てプロ野球選手になり、さらに、著名な宣教師になった伝説的人物。禁酒法の元になった憲法第18条修正を強力に説き、実現に寄与した。


Photo_3              ステイト・ストリート(State Street) (「http://youtu.be/UVKOwXDpKYg」からのキャプチャ)

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■"toddling"の考察
一、まずは、辞書を引くことから始めよう。
toddle
v.i. 1.(歩き始めの小児のように)ちょこちょこ(よちよち)歩く。
    2.(口語)ぶらつく、ぶらぶら歩く、散歩する(stroll)。
       ....... down to the pub ― ぶらっとパブまで行く
  3.(口語)出発する。出掛ける。
     It's getting late; we must be toddling along (off) ―もう遅い。ぼちぼち出かけなくちゃならない。
v.t.[...one's wayとして]ちょこちょこ進む。
n.  1.ちょこちょこ(よちよち)歩き、あぶなっかしい足取り(unsteady gait)
    2.ぶらぶら歩き、ぶらつき(stroll)
                       以上、「研究社、『新英和大辞典』」から。

 ということで、歌詞全体との関係をみながら、適切な「意味」を模索するわけだが、決め手がない。禁酒法時代の(1920.1.16-1933)シカゴ・ギャング映画などで見るように、この町にはもぐりジャズ酒場などジャズ・シーンがいっぱいあるので、酔って、ふらつきながら歩いている人が多いのか(曲は1922年、禁酒法下のものである)。ジャズ・シーン(演奏鑑賞/見物やダンス)がいっぱいあり、人々がそれを楽しみに出歩く町だというのか。

 ここでちょっと文法的なことに触れておくと、"toddling(toddlin') town" の"toddling"は、"toddle"という動詞の現在分子形による形容句である。つまり、「何々のような町」、「何々する町」というように"town"修飾する語である。だから、動作の主体はシカゴなわけであり、「よちよち歩く町」、「ぶらつくく町」、「出かける町」という場合、本来は、人々が、よちよち歩く、ぶらつく、出かけるということではない。
 ただ、まあ、歌の歌詞だから、そこら、大目に見て、上記のように解釈するわけである。
 ということだけど、とにかく、決め手がない。

二、ネット検索
 さて、そこで、ネットに当たってみようということになる。
 [質問vsネット住民解答]という形式のページがいくつもあり、飲み過ぎてヨロヨロだの、風でヨタヨタだの、ニューヨークに比べて若い町、可能性に溢れた町だのいろいろ述べている。説得力の乏しいものばかりだが、中に、キラリと光るのが一つあった。
 "The Word Detective"というのがそれだ。
Photo
******************************
拝啓、ことば探偵さん
  "Chicago, Chicago … that toddlin' town." というのですが、"toddlin'"とはどういう意味ですか。人々は、
 (a)酒を飲み過ぎて、「よろよろ歩く」のですか、
 (b)強い風に煽られて「よたよた歩く」のですか、それとも、
 (c)天候対処で着脹れているために「よちよち歩く」のですか、ちょうど、"The  Christmas Story"に出てくる弟、あの、雪用防寒服で包まれているために両手を下に降ろすこともできなくなっている弟のように。


 記事はこういう問いかけから始まる。
 以下、回答を紹介させてもらう(抄訳)。

◆君は、シカゴのニックネームとして、「風の町」、「ウインディ・シティ」(Windy City)ということを挙げているが、ちょっと説明しておく必要があるかな。
 この言葉は、巷では、New York Sun紙の編集長のCharles A. Danaが、1890年代にニューヨークとシカゴとの間で起きた1893年アメリカ合衆国博覧会(
コロンブスのアメリカ到着400年を記念しての世界博覧会)誘致を巡る争いのなかで造語として使い始めたものだといわれているが、そうではない。語源研究者Barry Popik(www.barrypopik.com) によれば、"Windy City"という語は、1856年に遡って使用されているとしており、その後も1860年代と70年代にかけてのシカゴとシンシナチとの都市間対抗意識のなかで、けなし合いの言葉として展開されているという。その場合の"windy"の意味は、文字どおりの「風の強い」、「風の多い」という意味と、大言壮語や空自慢を揶揄する、「空気のような」、「空虚な」という意味の二重の意味をもつとされる。

◆"Chicago, Chicago, That toddling town, Chicago, Chicago, I'll show you around,"で始まる"Chicago"という歌だが(
1922、Fred Fisher作、大勢が録音しているが、なかでも、フランク・シナトラとトニー・ベネットのものが有名)、どうだい、君、シカゴに行って、「歌の、"toddling"とはどういう意味か」と訊いてみれば。ただ、まあ、連中は、90年もの年月を経ても、まだ意味が掴めていないようだがネ。

◆歌詞の"toddling"が歩行困難(*1)を指すのかどうか(おそらく酔いのせいで、ただ、風も補充的要素と考えてよいが)、ぶらぶらと散歩するという意味なのか(おそらくミシガン湖の岸辺を)、どちらも議論の余地はあろう。
 ただ、おそらく、「どちらでもない」のではないか、私としてはそう考えたい。

 おそらく、"toddling town"という語は、単に、韻を踏むうえで好都合だからという理由で使用されたのではないか。歌詞の最初の部分、出だしでは、どんな曲でも、どんな場合でも、韻を踏ませるのは優れた手法である。
"Chicago, Chicago"という言葉で始めて、次に"That" "T…." 「T何々」、つまり、"that"に続いて韻を踏ませるために"t"で始まる語を使う。こういう構想だ。
 Fred Fisherはそう考えたわけだが、その場合、使える語は、自ずと限られてくる。

"Tootling"(笛などをそっと吹く)はどうだ。だめだ、虫がムズムズ這うようで気持ち悪い。 "Truculent"(猛烈な、痛烈な、仮借のない)ではどうか。ビジネスの見地からダメだ。"Terrific"(すごい、ものすごくいい、すばらしい)はどうかね。発想が貧弱すぎるし、韻律が適切でない(
*2)。なに、"Tedious"(退屈な)だってか。セメントのオーバーシューズを履かされて湖底に沈めてもらいたいのなら(*3)、そうすればいい。

Photo_2                                       
禁酒法、シカゴ・ギャング、アル・カポネ


ブログ主「注」
*1.「よちよち歩く」、「よろよろ歩く」ということ。
*2.読者は、"Chicago, Chicago, that terrific town"と 唄ってみればいい。
*3.ギャングに殺されるという意味だ。

三、当ブログ主独自解釈
 "toddling town"を、「ジャズの都、魅惑の町」という意味に解したい。ジャズの中心地、新興ジャズのメッカとして、沸きかえり、ジャズメンが続々と集まり、ミュージッシャン、音楽愛好家など人を惹きつけて止まない町、人々がジャズを聴きに、酒を飲みに(闇酒だけど、なに、知ったこっちゃない、悪法だ、ザル法でもある。ビリー・サンデイでさえ閉鎖できなかった町だ)闊達に出歩く町という意味だ。

 上記の"Word Detective"(ことば探偵、言語刑事)は、次のことを前提にしている。
すなわち。
    ――"Chicago Chicago, That T...... Town"――
 これが先にありき、だったと。Fred Fisherの頭にあったと。
 つまり、"Chicago Chicago, That"までの語句が確定的なものとして存在したというわけである。だから、次に来る語は"T"で始まるものでなければならないというわけだ。

 しかし、果たしてそうか、大いに疑わしい。
    ――"Chicago Chicago, My M...... Town"――
    ――"Chicago Chicago, Our O...... Town"――
 ”That”でなく、こういうことであっちゃいけないのか。然りと答える必然性はない。

 考えるに、"toddling"ということばを使おうという念が先に立ったのではないか。その理由は、先に述べたように、「ジャズの新興中心地として活気を呈し、人を惹きつけて止まない都市」ということを、"toddle"で表わしたかったからである。なぜ"toddle"じゃなきゃいけなかったか。そこらは、「ソングライター」としての「感性」の問題だから、説明のしようがない。

 その点はいずれにせよ、とにかく、結論として、そのようなことで、
      ――"Chicago Chicago, That Toddling Town"――
となったのである。

 これが、当ブログ主の見解だ。
 「ことば探偵」さんも、かなり優秀な人だとみるが、残念なことに、今回の「捜査」では、1922年当時のシカゴが、そこに至る数年間が、「ジャズ」、「新たなアメリカ音楽形式」、「新たな音楽芸術」という面からどういう時代だったか、ニューオリンズからシカゴへの流れ、芸術環境大移動、大潮流ということ見逃したというか、そこに意を用いなかった。少なくとも、その面を軽視した。

 この記事は、これまでとりあげてきた一連の"America's Music Chicago and All That Jazz" (Pt 1Pt2Pt3Pt4Pt5)記事の延長線上にあるものであり、特に、昨日のPt5との関係では、その「子記事」のようなものであるが、シカゴにおけるこの激動、激情、激変、ロアリング・トゥエンティーズこそが、Chicago and All That Jazzの制作モチーフとなっている要素なのである。

――ビックスをはじめとして、新世代ジャズメンたちがあちこちに移動しはじめ、国中が良質ジャズを耳にし始めた。しかし、なんといっても、その本拠地はシカゴだ。だから、国中の人々は、こう感じていた。"Chicago was the toddling town." 「シカゴは、トドゥリング・タウンだ」と、「ジャズの都だ」と――
 Pt5のTubeにおいてゲイリー・ムーアがこのように語っているが、"toddling"の意味を探る鍵はここにあった。

 ワード・ディテクティブ氏は、この面を軽視した。だから、「正解」にたどりつけなかったのではないか。

 極東アジアに住む当ブログ主がたどりついた答え、「ジャズ」というものを愛好するが故に、併せて、「ジャズの歴史」みたいなものを愛好するが故に、「シカゴ」に行ったこともない人間でさえたどりつけた「正解」に。

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[追記] ― シリーズ記事の全容、相互リンク
  2013.11.23、記事整備として、一連記事シリーズ(「その1」から「その8」)の相互リンクを設けることにした。 

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その1、2011.5.27
  ♪ランド・オブ・ジャズ、ジャズの都、1920年代シカゴ物語 ― その1

その2、2011.6.27
  ♪ランド・オブ・ジャズ、ジャズの都、1920年代シカゴ物語 ― その2 。♪♪"Take Me To The Land Of Jazz" ―― Lil ArmstrongとMae Barnes、いい顔で唄うね。続いて、出演者顔見せだ。わくわくするね。

その3、2011.6.29
  ♪これ聴いてよ、見てよMae Barnes(メイ・バーンズ)のDoctor Jazz(ドクター・ジャズ)だ。日本迷走政治の憂さも吹っ飛ぶね。 ランド・オブ・ジャズ、ジャズの都、1920年代シカゴ物語 ― その3

その4、2011.7.12
  ♪ランド・オブ・ジャズ、ジャズの都、1920年代シカゴ物語 ― その4。 ビックス・バイダ―ベック(Bix Beiderbecke)―28歳で夭折した天才。ある意味、「ウェスト・コースト派」の元祖みたいな存在ともいえる。

その5、2011.7.14
  ♪ランド・オブ・ジャズ、ジャズの都、1920年代シカゴ物語 ― その5。"Chicago That Toddling Town"(シカゴ、ザット、トドゥリング・タウン)、結局、"Toddling Town"って、どういう意味だ。

その6、2011.7.15
♪ランド・オブ・ジャズ、ジャズの都、1920年代シカゴ物語 ― その6。 "Chicago (That Toddling Town)" / 「シカゴ(ザット・トドリング・タウン)」の歌詞と日本語訳――"Toddling Town"とは、"Toddling"とはどういう意味か。

その7、2011.7.19
  ♪ランド・オブ・ジャズ、ジャズの都、1920年代シカゴ物語 ― その7。1920年代の終わりとともに、ジャズの都としてのシカゴも終わりを告げることになる。

その8、最終回、2011.7.21
  ♪ランド・オブ・ジャズ、ジャズの都、1920年代シカゴ物語 ― その8、最終回。ウォーッ、Kid Oryが吠える、ウォーッ、Jack-Tが応える、ウォーッー、Oryが吠える、ウォーッ、Jack-T 、ウォーッオーッ、ウォーッ、ウォーッ、ウォーッ・・・・・・Tigar Rag、番組フィナーレだ。いい番組だったな、楽しめたね。

[更新] 2011.7.18、23:00 ― 大幅に加筆した。「続く」としていたのだが、これで完成したことにする。
     2013.11.23 ― 関連記事相互リンクを施した。

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2011年7月14日 (木)

♪ランド・オブ・ジャズ、ジャズの都、1920年代シカゴ物語 ― その5。"Chicago That Toddling Town"(シカゴ、ザット、トドゥリング・タウン)、結局、"Toddling Town"って、どういう意味だ。

2011.7.14
  "Chicago That Toddling  Town"(シカゴ、ザット、トドゥリング・タウン)、結局、"Toddling Town"って、どういう意味だ。「オッ」、Garry Moore(ゲイリー・ムーア)の語りを聞いて、「お、これは」と一瞬胸をときめかしたが、解決にならなかった。前から、その意味が掴めず、悩んでいたん だが。

  ランド・オブ・ジャズ、1920年代シカゴ物語、ロアリング・トゥエンティーズ(Roaring Twenties) 、狂乱、ジャズと狂騒時代―― America's Music: Chicago And All That Jazz(Dupont, Show of the Week; Season1, Episode 11,  1961)

 司会者はGarry Moore(ゲ イリー・ムーア)という人物だ。エンタテイナー、TVゲーム・ショウ・ホスト、コメディアンだとされる。"The Garry Moore Show"、"I've Got a Secret"、"To Tell the Truth"といったTVショウ番組の司会者として知られる(Wikipediaから)。
"Dupont, Show of the Week"というシリーズ物TV番組がどういうものかということについては、「その1」記事で書いている。

◆◆◆◆◆◆◆◆
■America's Music: Chicago and All That Jazz―No.5
       (投稿者による題は、"Chicago & all that Jazz Jack Teagarden, Gene Krupa Red Allen PT 4")

 
  Tubeの画面は、 件の"Chicago That Toddling Town"を吹くDoc Severinsen(ドク・セバリンセン)の雄姿。いいね、この人、「スイングする」ということの本質を知っている。

 ビックスと新世代ジャズメンたちがあちこちに移動しはじめ、国中が最良ジャズを耳にし始めた。しかし、なんといっても、その本拠地はシカゴだ。だから、国中の人々は、こう感じていた。
  ――シカゴはジャズの都だ、ジャズのメッカだ――
  

 順次、ムーアの語りを聞きながらみていこう。

 「注」
 英語の聞き取り、誤りがいっぱいありうることを断わっておく。聞き取れない箇所は 「xxxx」、「.....」で表わしている。中途半端にしか聞き取れないが故に、英文表記が文法的におかしくなっているところがあるが、あえて、そのま まにしている。なお、司会者Garry Moore(ゲリー・ムーア)の人物像と、このTV番組の由来等については、当シリーズ記事の出発点、ココを参照されたい。


When Chicago met New Orleans, boogie-woogie was born.
シカゴがニューオリンズに出会ったとき、そこに、ブギウギが生まれた。

(Louis Armstrong)
   Man, what kind of piano play is that?
 やあ、それって、なんて種類のピアノだい。
(Meade Lux Lewis)
   The Chicago bounce.
 シカゴ・バウンスだ。
(Louis)
   xxxx  xxxx  very exceptive blues.
 ........ 変わったブルースだな。
(Meade)
   xxxx playing blues.
 .......ブルースを.......演奏している。
(Louis)
   We should keep friendly. My name is Satchmo. I'll xxxx xxxx.
仲良くしようや、俺、サッチモっていうんだ。...........
(Meade)
   Man, feel like good.
 いいよ。

         ♪――
Meade Lux Lewisのboogie woogie 演奏――♪
          ミード・ルクス・ルイス―ブギウギで著名な人らしい。当方は知らなかった。

Bix and a new generation of jazz musicians were moving about now and all of the land were hearing good jazz. But Chicago, through the base xxxx most stands the best, xxxxe the whole country knew that Chicago was the Toddling Town.

 ビックスをはじめとして、新世代ジャズメンたちがあちこちに移動しはじめ、国中が良質ジャズを耳にし始めた。しかし、なんといっても、その本拠地はシカゴだ。だから、国中の人々は、こう感じていた。

 ――シカゴはジャズの都だ、ジャズのメッカだ――

       ♪――Chicago That Toddling Town――♪ 
      Blossom SeeleyLil ArmstrongJack Teagardenクラリネット/アルト同時吹き奏者(誰だ)→ドラム奏者がスティックでバンジョーの太鼓を叩く→タップダンス→ラッパの形をしたカズ―とウォッシュボード→そしてこれだ、「♪ウイーッ、ウイッ、ティット、ティティティティーット・・・・・・」、Doc Severinsenの雄姿だ、すごいね、そして→Jimmie Noonに切り替わり→どこやらのフルバンド→そして、このピアノは誰だ、顔を写せよ→で、女性ダンサーから→バイオリン→映写機を廻して→暗黒街シカゴ、もぐり酒場、マシンガンによるギャングの殺戮抗争→歩行者天国一般人ダンス→大道芸ダンスナイトクラブ・ダンス(演奏がセバリンセンのものに戻って)終わり。

The music was changing now in the middle-west. The New Orleans style, so easy, relax and elegant was taken xxxx hard rhythm and drive of Chicago. xxxx of Austin High School  Gang xxxx style was born and had been called "Chicago Style." Later the Chicago group expanded to include many who were not in the original Austin High Gang. But the music had the same Chicago beat and the same Wild Onion(*1) tang.

Names xxxx  Gimmy McPartland, Bud Freeman, Pee Wee Russel, Gene Krupa, Eddie Condon, Big Jack Teagarden , Joe Sallivan, and Bob Haggard, Chicagoan by association.


 中西部では音楽が変わりつつあった。ニューオリンズ・スタイルが、――親しみやすく、くつろいだ感じの、優雅なスタイルが――、ハードなリズムとドライブ感をもつシカゴの音楽に変わろうとしていた。オースチン・ハイスクール・ギャングのスタイルが現れ、「シカゴ・スタイル」と呼ばれるようになった。その後、シカゴ派は陣容を広げ、当初のオースチン・ハイ・ギャングの一員でなかった者を大勢とりこんだ。しかし、演奏する音楽は同じであり、同一のシカゴ・ビートを有し、同一の、「野生の玉ねぎ」の特性を有していたのである。
 紹介しよう。

 ジミー・マクパートランド、バド・フリーマン、ピー・ウィー・ラッセル、ジーン・クルーパ、エディ・コンドン、(ビッグ)ジャック・ティガーデン、ジョー・サリバン、そして、演奏交際関係からの「シカゴ派」であるボブ・ハガードだ。


*1.シカゴのこと。"Chicago"は、元々、土着インディアン語において"wild onion"という意味のことばであったといわれている。

                            ♪――China Boy(チャイナ・ボーイ)――♪
      サリバンのソロは、中国民謡調子をとりいれたものになっているね。
      コンドンが、後方から盛んに「掛け声」をかけている(ティーガーデン、フリーマン、ラッセルのソロで)

Ha ha ha. How about that.
ハハは、どうだい、これ。


◆◆◆◆◆◆◆◆
[追記] ― シリーズ記事の全容、相互リンク
 
2013.11.23、記事整備として、一連記事シリーズ(「その1」から「その8」)の相互リンクを設けることにした。 

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その1、2011.5.27
  ♪ランド・オブ・ジャズ、ジャズの都、1920年代シカゴ物語 ― その1

その2、2011.6.27
  ♪ランド・オブ・ジャズ、ジャズの都、1920年代シカゴ物語 ― その2 。♪♪"Take Me To The Land Of Jazz" ―― Lil ArmstrongとMae Barnes、いい顔で唄うね。続いて、出演者顔見せだ。わくわくするね。

その3、2011.6.29
  ♪これ聴いてよ、見てよMae Barnes(メイ・バーンズ)のDoctor Jazz(ドクター・ジャズ)だ。日本迷走政治の憂さも吹っ飛ぶね。 ランド・オブ・ジャズ、ジャズの都、1920年代シカゴ物語 ― その3

その4、2011.7.12
  ♪ランド・オブ・ジャズ、ジャズの都、1920年代シカゴ物語 ― その4。 ビックス・バイダ―ベック(Bix Beiderbecke)―28歳で夭折した天才。ある意味、「ウェスト・コースト派」の元祖みたいな存在ともいえる。

その5、2011.7.14
  ♪ランド・オブ・ジャズ、ジャズの都、1920年代シカゴ物語 ― その5。"Chicago That Toddling Town"(シカゴ、ザット、トドゥリング・タウン)、結局、"Toddling Town"って、どういう意味だ。

その6、2011.7.15
♪ランド・オブ・ジャズ、ジャズの都、1920年代シカゴ物語 ― その6。 "Chicago (That Toddling Town)" / 「シカゴ(ザット・トドリング・タウン)」の歌詞と日本語訳――"Toddling Town"とは、"Toddling"とはどういう意味か。

その7、2011.7.19
  ♪ランド・オブ・ジャズ、ジャズの都、1920年代シカゴ物語 ― その7。1920年代の終わりとともに、ジャズの都としてのシカゴも終わりを告げることになる。

その8、最終回、2011.7.21
  ♪ランド・オブ・ジャズ、ジャズの都、1920年代シカゴ物語 ― その8、最終回。ウォーッ、Kid Oryが吠える、ウォーッ、Jack-Tが応える、ウォーッー、Oryが吠える、ウォーッ、Jack-T 、ウォーッオーッ、ウォーッ、ウォーッ、ウォーッ・・・・・・Tigar Rag、番組フィナーレだ。いい番組だったな、楽しめたね。

[更新] 2011.7.20 ― シリーズ前後記事との関係で表題を変えた。
      2011.7.21 ― 「語り」の残りを追加した。―未完、続く―としていたが、これで完成したことにする
     2013.11.23 ― 関連記事相互リンクを施した

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2011年7月12日 (火)

♪ランド・オブ・ジャズ、ジャズの都、1920年代シカゴ物語 ― その4。 ビックス・バイダ―ベック(Bix Beiderbecke)―28歳で夭折した天才。ある意味、「ウェスト・コースト派」の元祖みたいな存在ともいえる。

2011.7.12
 高校生のビックス(Bix Beiderbecke)は、オリジナル・ディキシーランド・ジャズ・バンド(Original Dixieland Jazz Band)のレコードをかけながら、何時間もラッパを練習した。リバーボートがダベンポート(Davenport, Iowa)に立ち寄る度に、ルイ(Louis Armstrong)を聴き、エメット・ハーディ(Emett Hardy)を聴いた。 (ダベンポートとDavenport Bluesにつきこの過去記事参照)

  ランド・オブ・ジャズ、1920年代シカゴ物語、ロアリング・トゥエンティーズ(Roaring Twenties) 、狂乱、ジャズと狂騒時代―― America's Music: Chicago And All That Jazz(Dupont, Show of the Week; Season1, Episode 11,  1961)。

     ビックス・バイダ―ベック(Bix Beiderbecke)―28歳で夭折した天才

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■In a Mist
 Tubeの画面は、ビックスの作ったピアノ小曲、名曲の誉れ高い"In a Mist"(インナ・ミスト/霧の中で)を弾くJohnny  Guarnieri(ジョニィ・グアルニエリ)(*1)。「印象派ドビュッシー(*2)を彷彿とさせる」なんて評されている曲だ。ビックスは幼少時からピアノを習った(2-3歳で背伸びしてピアノに触れはじめ、7歳時には、天才ぶりが地元新聞で報道された)(Wikipedia)。

*1.Johnny  Guarnieri(画像)
 ストライド・ピアノの達人。1917年ニューヨーク生まれ。1939年にベニーグッドマン、1940年にアーティ・ショウ楽団に参加した。
 1940年代を通じて、Charlie Christian、 Cozy Cole、 Ike Quebec、 Charlie Kennedy、Hank D'Amico、Ben Websterなどのレコーディングにサイドマンとして参加。同時に、"Johnny Guarnieri Swing Men"という名のグループをを率いて、Savoyレーベルで録音した。グループには、Lester Young、Hank D'Amico、Billy Butterfield、Cozy Coleなどがいた(Wikipediaから)
。 
*2.Claude Achille Debussy(クロード・ドビュッシー) 印象派音楽(印象主義音楽、impressionist music)

■America's Music: Chicago and All That Jazz―No.4
    (投稿者による題は、"Chicago & all that Jazz Jack Teagarden, Gene Krupa Red Allen PT3 Bix Beiderbecke")

 
それでは語りを聞きながら、順次みていこう。

The King is dead. Long live the King.

ザ・キング・イズ・デッド、ロング・リブ・ザ・キング。
(
国王の逝去とともに、新国王が地位を継承した。新国王よ永遠なれ)
(
"Jazz King"と呼ばれたJoe"King" Oliverの衰退と若きキングLouisの台頭を、「王は死しても王制は消えず」みたいな意味の、古くからの諺じみた表現で比喩的に表わしている)

                                 ――♪West End Blues♪――

This xxxx xxxx born on the fourth of July is the young Louis Armstrong. We didn't call him "Satchmo" those days nor did we know one day he is going to be America's number one ambassador of goodwill. All we knew then was that he blew the best.
 
 7月4日生まれ(*3)のこのxxxxは、ルイ・アームストロングの若い姿である。この当時、ルイはまだ「サッチモ」というあだ名(愛称)では呼ばれていなかったし、人々は、将来、この男がアメリカ親善大使の第一人者になるなんてことは夢にも思わなかった。知っていたのは、男が最高のラッパ吹きだということだけだった。

*3.長らく、1900.7.4生まれとされてきたが、現在では、1901.8.4生まれだとする説が有力になっている。
  なお、サッチモ(Satchmo)というあだ名は、楽器吹奏によって変形した唇の形からきている。"satchel mouth"(ガマ口のような口)の短縮だとか、"Such a mouth!"(なんて口だ!)からきているなどといわれている(Wikipedia)。

                                ――♪Dipper Mouth Blues Jazz♪――
                           "Oh! Play that thing!
(演奏中の「ブレイク」での掛け声)

                             CHICAGO AND ALL THAT JAZZ

This machine was one of the most important factors in spreading the gust of jazz, for first recording of the Original Dixieland Jazz Band had great inflow for a lot of musicians in and around Chicago. For example, one of the legendary figures of mid-western jazz in the twenties, Bix Biderbecke, when he was a high school boy in Davenport, Iowa, according to his mother, he would spend hours with his cornet playing with the record of the Original Dixieland Jazz Band. xxxx Bix and their hundreds tell us he listened also to the riverboat band when it stopped at Davenport. He heard jazz man such as Kid Ory, Louis Armstrong and Emett Hardy. 

 この装置(
蓄音器)は、ジャズの爆発的流行の原因となった要素のうち、最も重要なものの一つである。というのは、オリジナル・ディキシーランド・ジャズ・バンド(ODJB)による史上初のジャズ録音はシカゴ市内や周辺にいたミュージシャンに広く浸透したからである。
 例えば、1920年代中西部ジャズにおける伝説的人物の一人に、ビックス・バイダ―ベックがいるが、この男は、アイオワ州ダベンポートの高校生だったとき、母親によると、ODJBのレコードを前にして、毎日のように、数時間、コルネットを練習したという。ビックスの友人たちは、ビックスが、リバーボートが町に寄港するたびに、船上のバンドを聴きにいったと語っている。キッド・オリー、ルイ・アームストロング、エメット・ハーディなどを聴いたという。

Bix xxxx school late part xxxx xxxx to Chicago where he soon became for million figure in a jazz xxxx. Inspired partly by New Orleans Rhythm Kings, Bix organized the band called Wolverines. They were recording in the famous Gennett Studio in Indiana. A xxxx shop because the coming up of only movie polygyny existing of Bix Biderbecke-xx action.

He is the "Young Man With a Horn" with white socks.

 ビックスは……高校最終学年の後期で学校を止めてシカゴに行った。そこで、すぐにジャズ界の著名人となる。「ニューオリンズ・リズム・キングズ」(
New Orleans Rhythm Kings)(画像)の活動に刺激されたこともあって、ビックスは「ウォルバリンズ」(Wolverines)という名のバンドを結成した。バンドは、歴史的存在として著名な、かの、インディアナ州のジェネット・スタジオでレコーディングした。
  ………………………………….
 彼は、白いソックスを履いた、「Young Man With a Horn」(
*4)である。

*4.「ホーン(ラッパ)を手にする若者」(「ラッパに命を賭ける若き天才」)という意味の、1950年アメリカ映画の題名。邦題は「情熱の狂想曲」。ビックスの自伝的小説に基づく映画である。

Bix's solos were remembered for the purity of the sweet and hot sounds came out of his horn. But he was also remembered for the piano piece called "In a Mist," one of several  he wrote after listening to the musical debut sea and other French impressionist composer.

 ビックスのソロは、そのホーン(
ラッパ、ここでは、コルネット)の音色で、純粋な音色、甘く、かつ、ホットな音色で人々に記憶される。しかし、それだけでなく、ビックスは"In a Mist"(インナ・ミスト、「霧の中で」)というピアノ小作品で知られる。...... フランスの印象派(印象主義)作曲家の曲を聴いて、その後に(その余韻の下に)作曲した数曲のうちのひとつである。

               ――♪In a Mist(
Johnny  Guarnieri)♪――

Bix's music contemporaries were great blues artists like Mamie Smith and the music xxxx form xxxx what they heard.
ビックスの音楽の同時代者に、マミー・スミスのような偉大なブルース歌手(
芸人)たちがいた。

              ――♪Blues (Mamie Smith)♪――

And the greatest of the xxxx, the Empress of Blues, Bessie Smith.
そして、最高のxxxx、ブルースの女帝、女王、ベシ―・スミスだ。

               ――♪St Louis Blues♪(Bessie Smith)――

Bessie's blues began the bow on xxxx played by Chicago blues piano. When Chicago met New Orleans, boogie-woogie was born.
ベシ―のブルースはシカゴのブルース・ピアノ奏者が弾く……に……し始めた。シカゴがニューオリンズに出会ったとき、そこに、ブギウギが生まれた。


「注」 語りの英文について
 聞き取れない箇所は「xxxx」、「.....」で示している。完全に聞き取れないが故に、「主語+述語」になっていないなど、文法的におかしい英文になっている箇所があるが、敢えてそのまま載せておく。誤っているところがかなりありうることを断っておく。


Photo                              (画像上↑)―The Wolverines Orchestra(ココから)

2    ジェネット・スタジオ録音時の写真(1924.2月)。後ろの壁に"Gennett"の文字が見える(画像はココから)

  Starr Piano(スターピアノ)社のジェネット・レコード事業部は、「ジャズの揺り籠、揺籃地」 (The Cradle of Recorded Jazz)と呼ばれてきた。1922年にニューオリンズ・リズム・キングズがその最初の録音をし、翌1923年にはジェリーロール・モートン(Jelly Roll Morton)が続き、さらに、ルイアームストロングを擁するキングオリバーのバンドが録音している。ウォルバリンズは、1924年2月から録音を始めた(上記画像をキャプチャした元の、この記事による)。



◆◆◆◆◆◆◆◆
[追記] ― シリーズ記事の全容、相互リンク
  2013.11.23、記事整備として、一連記事シリーズ(「その1」から「その8」)の相互リンクを設けることにした。 

************************************
その1、2011.5.27
  ♪ランド・オブ・ジャズ、ジャズの都、1920年代シカゴ物語 ― その1

その2、2011.6.27
  ♪ランド・オブ・ジャズ、ジャズの都、1920年代シカゴ物語 ― その2 。♪♪"Take Me To The Land Of Jazz" ―― Lil ArmstrongとMae Barnes、いい顔で唄うね。続いて、出演者顔見せだ。わくわくするね。

その3、2011.6.29
  ♪これ聴いてよ、見てよMae Barnes(メイ・バーンズ)のDoctor Jazz(ドクター・ジャズ)だ。日本迷走政治の憂さも吹っ飛ぶね。 ランド・オブ・ジャズ、ジャズの都、1920年代シカゴ物語 ― その3

その4、2011.7.12
  ♪ランド・オブ・ジャズ、ジャズの都、1920年代シカゴ物語 ― その4。 ビックス・バイダ―ベック(Bix Beiderbecke)―28歳で夭折した天才。ある意味、「ウェスト・コースト派」の元祖みたいな存在ともいえる。

その5、2011.7.14
  ♪ランド・オブ・ジャズ、ジャズの都、1920年代シカゴ物語 ― その5。"Chicago That Toddling Town"(シカゴ、ザット、トドゥリング・タウン)、結局、"Toddling Town"って、どういう意味だ。

その6、2011.7.15
♪ランド・オブ・ジャズ、ジャズの都、1920年代シカゴ物語 ― その6。 "Chicago (That Toddling Town)" / 「シカゴ(ザット・トドリング・タウン)」の歌詞と日本語訳――"Toddling Town"とは、"Toddling"とはどういう意味か。

その7、2011.7.19
  ♪ランド・オブ・ジャズ、ジャズの都、1920年代シカゴ物語 ― その7。1920年代の終わりとともに、ジャズの都としてのシカゴも終わりを告げることになる。

その8、最終回、2011.7.21
  ♪ランド・オブ・ジャズ、ジャズの都、1920年代シカゴ物語 ― その8、最終回。ウォーッ、Kid Oryが吠える、ウォーッ、Jack-Tが応える、ウォーッー、Oryが吠える、ウォーッ、Jack-T 、ウォーッオーッ、ウォーッ、ウォーッ、ウォーッ・・・・・・Tigar Rag、番組フィナーレだ。いい番組だったな、楽しめたね。

[更新] 2011.7.13、15:50 ― 語りの英文を追加し、一部、日本語訳を掲げた(いずれ、残りの部分についても掲げる)
    2011.7.14、18:10 ― 日本語訳を追加し、ウォルバリンズ の画像を載せた。「未完、続く」としていたが、これで完成したことにする。
    2011.7.20 ― シリーズ前後記事との関係で、表題を変更した。

  2013.11.23―記事間相互リンクを施した。

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2011年7月 9日 (土)

細野豪志って、若手ホープみたいなことをいわれているんだが、ほんとかい。信じられないようなピンボケ発言をしているぜ、福島原発事故収束問題について、福島県知事との現地会談とやらで。

2011.7.9
 お昼のNHKニュースで見た。原発事故収束に関する会談の模様だ。

*******************
[佐藤知事]
 「県民の目でどうのこうの・・・・・・」
「細野」
 「何のために事故を収束させていくのかこれで目的意識がはっきりしたので、云々・・・・・・」
*******************

 へい、国民のみなさん、民主、自民、公明をはじめとした政党が、閣僚が、愚鈍700人国会議員が、猫も杓子も、「国民のみなさん」だの「国民のみなさま」だのへりくだる、偉い存在の「国民のみなさん」、どうだねこれ。細野の、この発言。

 「目的意識」ってね。そんなこた、端から決まってる、赤子でも分かる。
 放射能汚染による国土、人民、国家破滅を食い止めるため、目の前で現在進行中の危機を阻止するためだろうが。
 チェルノブイリの二の舞を起こさないために――当初は、これ、そして、すでにその規模を超える汚染が生じてしまった現在では――少なくとも、相当な信ぴょう性をもってそう噂される現在では、そこまではもう仕方のないこととして、土俵際で、これ以上の汚染進行を万難を排して阻止すること――これだろうが。

 何を寝ぼけたことをいってるのかね。

◆◆◆◆◆◆◆◆
 いや、違う、ここで細野がいっている「事故収束」とは、原子炉の安定冷却から低温停止、燃料撤去、原子炉/発電所解体といった原子炉処置、汚染抑え込みプロパーのことではなく、被災県民、避難県民をどう救済していくか、どのような将来設計指針を与えていくかという被災者対策面のことだ。だから、「目的意識」とは、被災者救済の面で、コレコレのことをやる、コレコレを優先させ、コレコレを素早くやる、といった目的、課題のことだ。
 こういうことかもしれない。
 しかしね。

◆◆◆◆◆◆◆◆
  原子炉6基、汚染地獄危機、収まったわけじゃないよ!
  細野の言の裏には、汚染インフェルノ、地獄に対して、高をくくった緊張感の欠如がある。
 6月、担当相になって、すぐにやるべきだったことは、若手ホープ、将来を嘱望された政治家として、本当にやる気があるのなら、「東電がどうしたこうした」、「東電にこう指示した」といったことを即刻止め、――菅も枝野もだれもやらなかった、保身だけに汲汲とする卑怯な連中は、責任を被るのが嫌で、だれもやらなかったことだが――、事故処理について、国が一手に管掌するように、国がズズズッと表面に出るように、制度を改め、国力を総結集した事故収束、対原子炉闘争態勢を確立していくことだった。そういう態勢づくりに向けて無責任首相/政府と「闘争」していくことだった。

 細野の、閣僚の、政府の、愚鈍700人国会議員の、「クズ六」メディアの危機感のなさに、そういう存在を放置している暗愚国民の危機感のなさに、嘆くばかりだ。

 すぐ下の記事で、「政府が一歩前に出る。国も事故収束の当事者たるべきだ」と、一応、正しい方向を述べているんだが、「国がやる」とせずに生ぬるいし、そもそもが、ことばを飾っているだけじゃないのかという疑いがある。
  (画像は、毎日jp/2011.7.9 )
Photo
(画像は、47News、2011.7.9)
47news

 

◆◆◆◆◆◆◆◆
  昼飯時にこういうことに出会ったので、記事として載せておこう。もう政治ネタからは逃げているのだが、今週はぜんぜん記事を出していないので、これを題材にして一本だけでも、ということで。









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