« シェリル追想―その1。ジョン・サンドフォード(John Sandford)、「**Prey」シリーズ(邦題、「獲物シリーズ」、早川書房)。まずは、ミネアポリス警察署殺人課課長Marcy Sherill警部補を殺した最新作"Buried Prey"の紹介から始めよう。 | トップページ | シェリル追想―その2(2)。ジョン・サンドフォード(John Sandford)、"Secret Prey"(「**Prey」シリーズ第9作。邦題は「獲物シリーズ」早川書房)。夜も昼もなく性に溺れた究極の40日。その初日。ルーカスに仕掛けるシェリル、情慾に素直に生きる、大人の、かわいいシェリル(後篇)。 »

2011年10月21日 (金)

シェリル追想―その2(1)。ジョン・サンドフォード(John Sandford)、"Secret Prey"(「**Prey」シリーズ第9作。邦題は「獲物シリーズ」早川書房)。夜も昼もなく性に溺れた究極の40日。その初日を書く。ルーカスに仕掛けるシェリル、情慾に素直に生きる、大人の、かわいいシェリル。

                                        <<<[関連記事一覧表](相互リンク機能を付しているので適宜参照されたい)>>>
2011.10.21
 シリーズ第9作、"Secret Prey"
 シェリルという女性に惚れたのは、これによってだ。ここを読んだからだ。
 すごいねえ、いいねえ、かわいいねえ、こういう女性と逢いたかったね。

「注」
 "Secret Prey"は、「秘密の獲物」といった意味である。この作品が日本語翻訳版として出回っているのかどうか、その場合どういう邦題になっているのか、いずれも知らない。そのことからして言うまでもないことだが、以下に現れる日本語訳は、ブログ主独自によるものである。


◆◆◆◆◆◆◆◆
■シェリルに惚れることになった描写――「ここ」
                        (ルーカスは44-5歳、シェリルは33歳)
***************************
 「・・・・・・うん? それで、君、どうしたんだ」。
  シェリルは、ルーカスを上目遣いに見上げた。まるで近眼のように。近眼ではないのに。
 「わたし、あることが頭の中をぐるぐる回って、どうしても頭から離れないの」。
 「なんてこった、そりゃ、オレのことだ、しょっちゅうだ」。
 「違うの、違うの、そういうことじゃないの、うつ病なんかじゃないわ。だけど、ほら、あのこと知ってるでしょう、昔からよくいう。
 女にはセックスは要らない、女が求めるのは愛だ」って。

 「なに」
  シェリルは早口でしゃべっており、ルーカスは突然気付いた・・・・・・
  建物はまったく静まりかえっており、廊下は真っ暗、二人は、広くもない部屋に二人だけでいる。
 「そうだな、まあ、そういうことを聞いたことはあるけど」。
 「だけど、私の場合は違うの。私はいつもセックスが好きなの、大好き」。
 「マイクが死ぬ前までも、一年半、ずっとセックス抜き、別居していたから。そして、死んでからも、今までずっと、だから、今、私は愛なんか要らない。それは要らないんだけど、なんというか、そのう・・・・・・」。


 シェリルはそうしゃべりながらルーカスの左側に動いてきた。ルーカスはシェリルの左側に向かって動いている。その動きで、追いかけっこのように狭い輪を描きながら、ルーカスはドアの方に寄っていく。
  「なんてこった」と声が出た。
 「どこへ行くのよ、逃げてるの」。
 シェリルは、ほとんど微笑みを浮かべかけた。悲しい、おずおずとした笑いだ。

 しかし、ルーカスは、その一部しか目にしなかった。
 ドアにラッチをかけ、同時に壁のスイッチを押して明かりを消した。

 コンマ5秒(0.5秒)で、ルーカスの手は、シェリルの身を這いまわり、まさぐっていた。
 シェリルは息を呑み、数インチ背伸びして、二人は抱き合ったままぐるぐると踊った。半ば、もがきながら。
 口は固く合わされ、シェリルのブラウスが剥がれ、5秒後に、二人は床に横たわっていた。


As she spoke, she was moving to his left, and he was on his feet moving to her left, in a narrow circle, Lucas edging toward the door. "Jesus," he said.
"Look, you don't have to," she said. "Where are you going? You're running for it? She almost started to smile, a sad, tentative smile, but Lucas only saw part of it. He flipped the latch on the door and hit the light at the same time, and in the next half=second his hands were all over her. She gasped and went a few inches up in the air, and then they were dancing around, half struggling, mouths locked together, Sherrill's blouse coming off and five seconds after that they were on the floor.   

  ("Secret Prey", John Sandford; Berkley international edition, February 1999, ISBN: 0-425-17077-2、204-208ページ)
*************************

 ということなのだが、話の筋や人物像などに簡単に触れたうえで、冒頭の「ここ」を再度味わうことにしよう。

I.シリーズ第9作、"Secret Prey"――話の筋
 鹿撃ち猟解禁日に、湖畔の山腹で、大手銀行の会長兼CEOが銃で撃たれて死亡する。別荘に同僚重役4人を招待しての狩猟パーティでのできごとであり、山腹に据えた数カ所の獣道(
けものみち)待機/狙撃台座(tree stand)のひとつ、自分の持ち場で死んでいたのだ。
 死んだ会長が率いていた銀行は、中西部6州に250支店をもつ規模のものであり、それより大きい図体の別銀行、中南部州に600支店を擁する銀行と合併することになっている。15カ月先の予定である。事件は、合併話が決まった直後に起きたものだ。

 独裁的経営で事業を膨らましてきた会長には、このM&A(吸収合併)によって4,000万ドル(40億円)のストック・オプション収入が入見込まれている。ロスアンジェルスかどこか、暖かい場所で引退生活を楽しもうとしているのだ。しかし、他の4人の重役には、合併に反対する者もいる。それぞれ、小売(retail)、抵当証券(mortgage)、投資(investment)、
データ処理(data)部門を担当する者であるが、合併後の新銀行での処遇には差が生じる。優遇される者もいようし、職を失う者も出よう。やり直しの効かない年齢の者もいるし、新銀行が予定している本拠地、テキサス州フォートワース(Fort Worth)に移れるかどうかの問題もある。 
 そういうなかでの事件だ。

 さらには、元従業員数百名の怨嗟もある。過剰な効率経営の掛け声の下で、冷酷に解雇されてきた人々だ。
 当人は、妻と別居、離婚手続き中であったが、妻の怨恨が絡んでいるかもしれない。
 ――事故か殺人か――。

 州保安官からミネアポリス市警察署長ローズ・マリ(Rose Marie)に、支援要請が入った。
ルーカス・ダベンポー(Lucas Davenport)が、ハリソン・スローン(Harrison Sloan)と現場に赴く。ルーカスは、 政治配慮任命(political appointment)による副署長(担当部長、deputy chief)として、特別捜査班(諜報/情報収集、Intelligence)を率いている。スローンは、殺人課の敏腕刑事であり、尋問に、特に女性尋問技術に抜群の才能を示す。

II.人物像
 この追想記事の主役二人の人物像を簡単に紹介しておこう。
           <<<<<<ルーカス・ダベンポート(Lucas Davenport)>>>>>>      
この第9作の時点で、年齢は44-5歳あたり。
父母ともにいない。父親は小学5年生のときに心臓発作で、母親は、ルーカスが大学を卒業した後、しばらくして乳がんで亡くなった。
色黒、四角い顔にたくましい顎、濃いブルーの瞳、細身、身長6フィート2、3インチ(188-190cm)。ミネソタ大学では4年間アイスホッケー選手として鳴らした。学校には5年在籍。
ポリス・アカデミーをクラス首席で、おそらくは全校でも首席級で卒業。
女好きで女にもてる。喧嘩好き。
ミネアポリス市警察で、パトロール3年を経て刑事畑を歩き、難事件を次々と解決した。規則を捻じ曲げることがままあるなど、型破りの一匹狼型凄腕警部補刑事として名を売る。
若いころからずっと上司的な存在であった男が警察署長となり、その下で働いてきたが、ある事件においてその署長が犯した重大犯罪的失態の秘密を握ったことから、いわば、辞職を余儀なくされる結果となる(第3作、"Eyes of Prey")。
ゲーム創作の才能があり、当初は、趣味で制作していた戦争軍事展開などのゲーム、コンピュータ化してからは、警察緊急時対処や展開戦術に関するシミュレーションその他のソフトウェアが商業ベースで売れることにより、かなりの金を稼いでいた。その後、その関係 のソフトウェア開発企業を興し、短期間で軌道に乗せた。会社設立6年後にその会社のIPO(新規株式公開)で税引き後利益1,000万ドルを手にする。
その後、件の警察署長が替わり、新署長による政治的配慮任命によって、特別犯罪捜査/諜報担当副署長(部長、deputy chief)として署に戻った(第6作、"Night Prey")。
そ の後、さらに進むと、ミネソタ州公安局傘下の犯罪捜査部(Minnesota Department of Public Safety's 、Bureau of Criminal Apprehension; BCA)というところで、政治的に微妙な事件について州知事の特命を受けて犯罪を解決する捜査官となる。
 ただし、それは、ここで取り上げている第9作より後のことである(第14作Naked Preyから)。
この第9作までに、7-8人の犯人を射殺している。
黒のポルシェ911を乗り回す。
ものすごくおしゃれで、服に金をかける。
詩を読む。ロックを聴く。自分なりの「ロック100選」をこさえ、その妥当性について同僚などとあれこれ論じたりする。
飛行機に乗るのを極度に怖がる。
幼稚園時代からの幼馴染で、現在修道尼、所属修道院の系列大学で心理学教授をしている無二の親友がいる。初恋の人だ。お互いに心を許し合い、難事件に遭遇した際に犯人像プロファイリングなどについて助言を受けることがある。
時 に重度のウツ(鬱)状態に陥ることがあるが、シュリンク(精神科医)の治療には頑として応じない。一年ほど前に、同棲婚約者女医との仲が結婚式寸前に破綻 したことによって、この第9作の前半ではかなりのウツ状態に陥っているが、殺人課女性刑事/巡査部長マーシー・シェリル(Marcy Sherill、33歳)との「愛慾と論争の40日」によって、すっかり恢復する。

           <<<<<<マーシー・シェリル(Marcy Sherill)>>>>>>
この第9作の時点で、年齢は33歳。
巡査部長、殺人課刑事。ここでは、連続殺人事件捜査にについて、ルーカスを臨時に応援するようなかたちで行動を共にする。
****************************
   
――殺人課刑事SherillとBlack、二人は雨の犯行現場に立っている。学校の駐車場で富豪一家の母親と12歳、9歳の娘二人が拉致された。その犯罪遺留品を調べているところである。通りから一台の車が、エンジンを低くふかして減速しながら入ってきた。シェリルがブラックの肩越しに眺めていう。
 「ありゃ」。
 黒のポルシェ911が縁石で停まり、制服警官の指図に従って、駐車場に入ってきた。駐車している警察車両、鑑識班のバンの後ろを目指して素早く動く。イタチのように、ゴムバンドのように素早く。 


「ダベンポートだ」、見やりながらブラックがいう。
 「悪いのがやってきたわ」とシェリル。
 水滴の筋が髪を流れ、背骨に伝った。はじかれたように硬直し、身ぶるいした。
  シェリルは、背の高いすらりとした体型の女性で、長い鼻と、黒の縮れ髪と、柔らかい乳房を備えている。そしてこれは秘密だが、署内でも有数の性欲望の持ち主であることを自覚している。   

  「ムムム」とブラック、そして、シェリルにいう。
 「彼と寝たことあるかい」。
 「ないわよ、もちろん」。
   ブラックは、シェリルの性遍歴について過剰な考えを抱いているのである。
 「試してもないわ」。
 「試そうと考えてのなら、早くやった方がいいよ」。
   ブラックがけしかける。
 「もうすぐ結婚しようとしてんだから」。
 「そうなの?」。

She was a tall slender woman with a long nose, kinky black hair, soft breasts, and a secret, satisfying knowledge of her high desirability rating around the department.
"Mmmm," Black said. Then, "You ever get in his shorts? Davenport's?"
"Of course not," Sherill said. Black had an exaggerated idea of her sexual history. "I never tried."
"If you're gonna try, you better do it," Black said laconically. "He's getting married."
"Yeah?"
    
 ("Mind Prey", John Sandford; Pocket Book edition, 2005, ISBN 1-4165-0232-7 、15ページ)
****************************
「注」
  Mind Preyは第7作であり、第9作"Secret Prey"の一年半ぐらい前のことを描いている。当時、シェリルは結婚しているが、自動車販売業務に従事している夫とは仲が壊れて別居している。この作品で、シェリルは、ショットガンで膝を撃たれ重傷を負う。
 次の第8作"Sudden Prey"で、そのは、ルーカスへの復讐マルチ殺人を企てている殺人犯に殺される
 ブラック刑事はホモセクシュアルである)


9116962 ――ポルシェ 911、966型(2001-2004)、黒。ルーカスはこれに(またはその直前のモデル)に乗っている。写真はココから

III.物語に戻って

  物語が進んで、鹿狩りパーティに参加していた他の役員何人かが死んだりした後に、ルーカスは、件の山荘に再度赴く。死亡現場の待機/狙撃台座の様子をもう一度検分したかったからである。山荘は、臨時雇いの老夫婦管理人の管理下にあるが、保安官と一緒に訪れたそこで、ルーカスは、重大な証拠を発見する。ライフル拳銃(Nikon製スコープを装着したContender)と使用済み空薬莢である。

Contender                                         ("Contender"拳銃/ライフル拳銃)(ココから)
 
  そして、いま、山からツイン・シティに戻ってこようとしているところだ。

******************************
 日が短くなってきている。午後の日照時間が毎日二、三分ずつ欠けていく。携帯通話可能距離までツイン・シティに戻ってきたときには、空はすでに暗くなっていた。ルーカスはディスパッチャー(
署の連絡/司令窓口の、警察無線/電話のオペレータ)に電話して、電話を取った女性交換手に指示した。指紋照合専門職女性技官と連絡をとりたいので、その居場所を探して事務室に電話するように頼んでくれと。
 30分後にカーフォンが鳴った。

 「はい、ダベンポート」。
 「ルーカス?  マーシィだけど、シェリル・マーシィ」。
  なんかおずおずしているような声だ。まるで、ルーカスが彼女のファースト・ネームを知らないとでも思っているかのように。

 「町に戻ってきているところ?」。
 「そうだ、30分で署に着く。どうやらガン(
ライフル拳銃)を探し当てたようだ」。
 「え、なに、どこで」。
  彼女の声が、
捜査の話になったので身がシャキッとしたのか、しっかりした調子を取り戻した。
 「ガン・キャビネットの引き出しだ、山小屋の」。
 しばらく沈黙があり、「なんてこと。よかった、発見を見落とした本人じゃなくて」。
 「シェリフの顔を見せてやりたかったよ、事件当日の捜索で見落とした保安官補を死刑にしてやる、みたいなことをいっていた・・・・・・
 ところで、ずっと、どうしていたんだい」。

 「署に寄って、そのことについて話そうと思っているんだけど、もし忙しくなければ」。
 「いいよ、どこにいるの」。
 「ブルーミントン(Bloomington)、メガモール(Megamall)」。
 「あそう、じゃあ、後で」。
Photo
ブルーミントンとミネアポリスの位置関係。市警察署は市庁舎(City Hall)の中にあるが、それは、ミネアポリス市の紺の気球が指し示すあたりにある。

 ルーカスがミネアポリス署に戻り、その2分後に、指紋照合技士職員ハリエット・アシュラーが、夫を連れて顔を出した。映画に行くのだという。拳銃と発砲薬きょうを手渡して大至急調べるように依頼した。銃の全体にわたって調べが必要になるようなら朝まで時間を与えると。

 「10分後に電話します、部屋にいますか?」。
 「ああ」。
 「映画の後で戻ってきて調べてもいいわ、残業手当を出してくれるなら」。
 「それはいいけど、朝でいいんだ、朝早く」。
 ハリエットは、映画の後で夫を署で待たせておいてその夜のうちに済ませるという。その夫ディックは郵便配達員で、ハンディキャップ6のゴルフ達者であるが、指紋検査を眺めているのが好きだから、映画に行かなくてもすぐに仕事に取り掛かってよいと妻に示唆した。だが、妻は映画に行くといってきかない。 

 「なにいってんの、映画にいくわよ」。
 妻が背を向けて、薄暗い照明しか点いてないホールを出口に向かって歩きはじめたとき、夫がいった。
 「芸術映画なんですよ、日本の」。
 「そりゃ大変だな」。
 「もっと悪いかもしれない。スウェーデン映画かも」。
  妻の背中を見やりながらディックが言う。
 「もういかなきゃ。理解もできないのにね、評判映画食いになったみたいで、うんざりでさ」。

 ルーカスは大部屋から自室に移り、壁スイッチで明かりをつけ、コートを脱いで、骨董品みたいな備え付けコート掛けにそれをかけた。そうしておいて、長さ10フィート(3m)のカーペットの上を何度か行き来した。手をこすりながら、電話をみやりながら。かかってこないかと待ちながら。
 誰かに電話したい気持ちだが、誰も相手がいない。

 ------シェリル・・・・・・なにやってんだ、あいつは、どこにいるんだ。あのときブルーミントンにいたのなら、もうここに着いているはずだ。でなくても近くにいるはずだ。
 ドアは開けたままにしてある。廊下に出てホールを見回した。誰もいない。どこかからラジオの音楽が聞こえてくる。レオン・レッドボーン(Leon Redbone)の曲だ。しばらく聴いて、ホールを流れる音の細切れから、何の曲だったかと、記憶をたどった。
 「ああ、She Ain't Roseだ」。

 シェリルは先刻、
マクドナルドが殺人犯であるとするルーカスの推論に疑いを述べていたが、推測の正しさが判明したということは大きな前進だ。起こった殺人全部をつなぎ合わせることができれば、数件の殺人罪で起訴することができる。そのうちいくつかは陪審員に蹴られてもいい。一番簡単な件で有罪を勝ち取ればよい。一件あればいいのだ。第一級殺人一件で懲役30年だ。仮出獄はさせない。マクドナルドは保つまい。獄死だ。
 うん、一件でいい。

 ルーカスは、鼻歌を唄っていることに気付き、自分で驚いた。
 「なんてこった、そんなことは、何カ月もなかったのに。次から次へといろんなことが起きてウツ状態に・・・・・・ルーカスは心の壁に耳を澄ました。何も聞こえない。モヤモヤはない。ルーカスは、ニヤッと笑って、もう一度カーペットを廻った。時計に目をやった。
 
 そして電話が鳴った。
 掴みあげて、「ダベンポート」と返事。
 その瞬間、廊下に足音がした。

 「ハリエット・アシュラ―です。薬きょうには指紋はありません。薬きょう箱から取り出されたもののようです。おそらく、手袋をした手で。そして、装填して発砲。まったくきれいです。磨いたといえるほど」。
 シェリルがドアの入り口に現れ、ルーカスが話しているのを見た。ルーカスは部屋に入るように合図して電話に言った。
 「なんだ、当てにしていたのに・・・・・・まあ、しょうがない、ガンをチェックしてくれ。やつは薬きょうにつく指紋のことまで考えなかっただろうと思ったのだが。他の現場でそうだったのと同じように」。

 「今回は違ったわ」アシュラ―はいう。
 シェリルが部屋に入り込み、ドアを閉め、皮の上着を脱いだ。アシュラ―は言い続けている。
 「ピストルを調べたんだけど、シミがみつかりそうです。映画から署に戻り次第、調査処理を始めます。セントポール警察のオグラムが、今日の午後マクドナルドの指紋を送ってよこしています。だから、すぐに照合することができます」。
 「わかった、家にいるから、いつでも電話してくれ」。

 ルーカスは電話を切り、シェリルに言う。
 「薬きょうには指紋はないそうだ。しかし、ピストルには何か付着している。今晩調べるそうだ」。
 「薬きょうには残さなかったけどピストルには指紋を残してしまったなんて、やけになっていたみたい」。
 シェリルはそう語り、コートを部屋の隅に放った。空気中でのコートの動きが、かすかな匂いを散らした。軽い匂いだ、シャネル5みたいな。

 「それに、なぜ彼は山小屋までピストルを持ち帰ったの。森の中に投げ捨てればよかったのに。だれにも発見されることはないんだから」。
 「さあ、なんでかなあ」とルーカス。背でデスクに寄りかかる。
 誰にしろ、ピストルを山小屋に持ち帰ることなんてあるだろうか、何故だ。それがだれであれ、そんなことがありうるだろうか」。
 シェリルが肩をすくめていう。
 「おそらく、元々山小屋にそれを持っていたので、再度それを持ち帰っても誰も怪しまないと考えた」。
 「発砲済み薬きょうを薬室に残したままでかい」。
 「そうね、そこが問題よね」シェリルが認める。
 ルーカスは頭を掻いていう。
 「何も見つからなかったら、マクドナルドを尋問しよう・・・・・・
     ・・・・・・うん? それで、君、どうしたんだ」。

 シェリルは、ルーカスを上目遣いに見上げた。まるで近眼のように。近眼ではないのに。
 「わたし、あることが頭の中をぐるぐる回って、どうしても頭から離れないの」。
 「なんてこった、オレはしょっちゅうだ、オレにはそれはつきものだが」。
 「違うの、違うの、そういうことじゃないの、ノイローゼなんかじゃないわ。だけど、ほら、あのこと知ってるでしょう、昔からよくいう。
 女にはセックスは要らない、女が求めるのは愛だ」って。
 
 「なに」
 シェリルは早口でしゃべっており、ルーカスは突然気付いた・・・・・・
 建物はまったく静まりかえっており、廊下は真っ暗、二人は、広くもない部屋に二人だけでいる。

 「そうだな、まあ、そういうことを聞いたことはあるけど」。
 「だけど、私の場合は違うの。私はいつもセックスが好きなの」、「大好き」。
 「マイクが死ぬ前までも、一年半、ずっとセックス抜き。別居していたから。そして、死んでからも、今までずっと、だから、今、私は愛なんか要らない。それは要らないんだけど、なんというか、そのう・・・・・・」。

 シェリルはそうしゃべりながらルーカスの左側に動いてきた。ルーカスはシェリルの左側に向かって動いている。その動きで、追いかけっこのように狭い輪を描きながら、ルーカスはドアの方に寄っていく。
  「なんてこった」と声が出た。
 「どこへ行くのよ、逃げてるの」。
 シェリルは、ほとんど微笑みを浮かべかけた。悲しい、おずおずとした笑いだ。

 しかし、ルーカスは、その一部しか目にしなかった。
 ドアにラッチをかけ、同時に壁のスイッチを押して明かりを消した。

 コンマ5秒(0.5秒)で、ルーカスの手は、シェリルの身を這いまわり、まさぐっていた。
 シェリルは息を呑み、数インチ背伸びして、二人は抱き合ったままぐるぐると踊った。半ば、もがきながら。
 口は固く合わされ、シェリルのブラウスが剥がれ、5秒後に、二人は床に横たわっていた。


  ("Secret Prey", John Sandford; Berkley international edition, February 1999, ISBN: 0-425-17077-2、204-208ページ)
**************************

Secret                                        (シリーズ第9作、"Secret Prey")

  ――その1(2)(3)(4)(5)と続く――

|

« シェリル追想―その1。ジョン・サンドフォード(John Sandford)、「**Prey」シリーズ(邦題、「獲物シリーズ」、早川書房)。まずは、ミネアポリス警察署殺人課課長Marcy Sherill警部補を殺した最新作"Buried Prey"の紹介から始めよう。 | トップページ | シェリル追想―その2(2)。ジョン・サンドフォード(John Sandford)、"Secret Prey"(「**Prey」シリーズ第9作。邦題は「獲物シリーズ」早川書房)。夜も昼もなく性に溺れた究極の40日。その初日。ルーカスに仕掛けるシェリル、情慾に素直に生きる、大人の、かわいいシェリル(後篇)。 »

外国小説」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/549561/53050638

この記事へのトラックバック一覧です: シェリル追想―その2(1)。ジョン・サンドフォード(John Sandford)、"Secret Prey"(「**Prey」シリーズ第9作。邦題は「獲物シリーズ」早川書房)。夜も昼もなく性に溺れた究極の40日。その初日を書く。ルーカスに仕掛けるシェリル、情慾に素直に生きる、大人の、かわいいシェリル。:

« シェリル追想―その1。ジョン・サンドフォード(John Sandford)、「**Prey」シリーズ(邦題、「獲物シリーズ」、早川書房)。まずは、ミネアポリス警察署殺人課課長Marcy Sherill警部補を殺した最新作"Buried Prey"の紹介から始めよう。 | トップページ | シェリル追想―その2(2)。ジョン・サンドフォード(John Sandford)、"Secret Prey"(「**Prey」シリーズ第9作。邦題は「獲物シリーズ」早川書房)。夜も昼もなく性に溺れた究極の40日。その初日。ルーカスに仕掛けるシェリル、情慾に素直に生きる、大人の、かわいいシェリル(後篇)。 »