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2012年1月24日 (火)

♪"You'd be so Nice to Come Home to"の意味、「帰ってくれれば嬉しいわ」は誤訳だとして、あれこれと議論されてきたんだが、ズバッと的を射ぬく感じのものが見当たらない。はがゆい。そこで、こちらもひと言。

2012.1.24
                                     ♪参考資料[歌詞翻訳曲目一覧/ページ相互リンク]
 You'd be so Nice to Come Home to、ユッド・ビ・ソウ・ナイス・トゥ・カム・ホーム・トゥ、1943年Cole Porter(コール・ポーター)作詞作曲ジャズ・スタンダード曲の題名(歌詞の中枢部分)。
 これがどういう意味なのか。
  「帰ってくれれば嬉しいわ」は誤訳だということから始まって、盛んに議論されてきているようだ。あれこれと論じているんだけど、なんというか、こう、生ぬるい、歯がゆいものが多い。論述の妥当性については措くとして、総じて、城の外から竹やりでワアワアいっているようなもんで、キンタマをぎゅっと握るというか、本質を突くというか、ズバッと的を射抜くというか、そういうものがない。だから、読む身としては、拉致が明かない、モヤモヤが残る。(ネット上の記事だけについて述べていることである。書物その他の印刷物については知らない)

 英語辞書や参考書にていねいに当たり、併せて――これが大事なんだが――作曲の動機、周辺事情みたいなことを調査すれば、比較的簡単に「正解」にたどり着けたのではないか。
 そういうことで、自説を述べてみよう。
  「いまさら」の感無きにしも非ずだけど。 

◆◆◆◆◆◆◆◆ 
一、歌詞
 まず、何はともあれ、議論の前提として、歌詞を掲げておかなければなるまい。読者は、バースが存在することに、そして、その内容に注目されたい。
    (日本語訳は、これから論じようとしている議論の趣意からして、後で掲げる)

You'd be so Nice to Come Home to
            
 Melody and Words: Cole Porter, 1943

(Verse)
It's not that you're fairer, than a lot of girls just as pleasin',
That I doff my hat
as a worshiper at your shrine,
It's not that you're rarer than asparagus out of season,
No, my darling, this is the reason why you've got to be mine:

(Chorus)
You'd be so nice to come home to,
You'd be so nice by the fire,
While the breeze, on high, sang a lullaby,
You'd be all that I could desire,

Under stars, chilled by the winter,
Under an August moon, burning above
You'd be so nice,
You'd be paradise to come home to and love.

(Verse)
I should be excited,
But, Lothario, why not own up
That you always chase
After ev'ry new face
In town?

(chorus)
  ---the same---

                    
「全音楽譜出版社スタンダード・ジャズのすべて②」、その他による。

二、JazzStandards.comの記述
 さて、本論に入るわけだが、まず最初に次の記述に目を通してほしい。JazzStandards.comというwebページからのものである。

                             <<<<------引用開始------>>>>
  映画(引用者「注」―1942年の"Something to Shout About")の音楽のなかで大衆に人気を博したのはこの歌だけであった。
 Charles Schwartzは、"Cole Porter: A Biography"という自著において、「この歌は-----その物思いにふける(
物足りなさそうな、物欲しそうな、思いに沈んだ、"wistful")メロディと歌詞によって、団らん(楽しく時を過ごすこと、連帯性、"togetherness")を希求する心に火をつけ、当時、戦争によって愛する妻や恋人と離れ離れになっていた数百万人の兵士らの心を捉えた。      
         ――中略――
 4人の現代歌手、Janis Mann、 Kenny Rankin/
画像 Giacomo Gates/画像 Andy Bey/画像がこの曲をとりあげて、アップテンポからスローバラードまでいろいろと唄っているが、バースを唄っている者はだれもいない。それには理由がある
 バースは、歌の中で表現されている愛の深さを弱め、その意味をまったく別のものに変えている。すなわちこうだ。

(バース) 
 君が......より魅力的だからというわけではない・・・・・・君が......よりも稀な存在だからでもない・・・・・・違うんだよダーリン、君がぼくのものにならなければいけない(愛を受け入れなければならない)理由はこれだ。
   
(途中を省略した断片である)
(コーラス)
 You'd be so nice to come home to.
    .............................................
    .............................................

 このような前置きで入っていくことによって、歌(詩)のロマンチックなイメージは、相手を崇めることについての真剣な表現ではなく、単に、口説きとしての、征服願望、理想だということになってしまうのである。すなわち
 暖炉の前にいる君、
 凍てつく星空の下に立つ君、
 八月の焦げるような月に照らされて佇む君、
    みんな素敵だ
 こういう真剣な崇拝表現ではなく、口説きとしての女体征服願望だということになってしまうのである。

  Robert Kimball/Brendan共著による"Cole: A Biographical Essay"という本では、第2バースまで載せている。それは、明らかに、コーラス部で述べていることに対する応答として、女性側からの立場で唄われるものである
(*1)
 この第2バースでは、ロマンスはパンチを喰らってノックダウン気味になり、コーラス部分で表現されている愛は揶揄(やゆ)され、価値を減じている。 
 

(バース)
 そう、私は嬉しがらなきゃいけないのよね、愛を告白されて、
だけど、あんた、ロザリオ、女たらし
(*2)
新しい女の子が町に来るたびに、言い寄ってるじゃない。
なんで、白々しく、そのこと隠してるの。  
 
(コーラス)(*3)
  You'd be so nice to come home to.
    ........................................
    ........................................


 この二つのバースは、ロマンスのバブルを破裂させて、表現されている欲求(望み)の価値を減じてしまうから、唄わない方がいい唄われないままにしておく方がいいのである。コーラス部分に付したポーターの歌詞は人々の心をぐっと捉えるものであり、離れ離れの状態から解放されて早く元に戻りたい、一緒になりたい、と願う戦争下のカップル、夫婦や恋人たちを慰めることとなった
(*4)。歌詞の持つこの魅力は、戦争が終わった後も、数世代にわたって人々の心に訴え続けている――後略――。
                         <<<<------引用ここまで------>>>>

[脚注]
*1. "Something to Shout About"という映画の劇中でJanet Blair扮するJeanie Maxwellという女性が唄うのであろう(この曲はこの映画で使用するために作られたのであるが、そのことについては後で説明する)。

*2.Lothario(ロザリオ、ロサーリオ)とは、「女たらし」(道楽者、放蕩者)の総称である。ドンキホーテ(Don Quixote)の劇中劇"The Impertinent Curiosity"や、Nicholas Roweの"The Fair Penitent "(1703)で描かれている作中人物からそうなった。したがって、映画(下記)の中でこの歌を唄う登場人物()の名前が"Lothario"というわけではない。だから、「だけど、あんた、女たらし」と、「ロザリオ」を抜いた方が、紛らわしくなくていいかもしれない。

*3.映画の中の歌唱で、この第2バースで唄が終わるのか、それとも続いてコーラス部分が再度唄われるのかどうかは分からない、調べが及んでいない。さらには、「第2バース」として記されているものがこんなに短いものなのか、それとも記されている内容は要約にすぎないのか不明である。

*4.映画の中では、いわば「からかい気味」に唄うのであるが 、時代がちょうど戦争下にあったので、その本来的な作曲意図(劇中使用目的)から離れて、家庭復帰/帰国/帰還への欲求/希求を表わすものとして、歌詞がいわば独り歩きしたということである。「からかい気味に唄う」とは、推測である。どのような場面でどのような状況下で唄われるのか、調べが及んでいない。

三、映画、"Something to Shout About"
 この曲は1943年コロンビア映画、"Something to Shout About"で使用するために作られたのだという。 劇中、Janet Blair(ジャネット・ブレア/画像 )とDon Ameche(ドン・アメチ/画像)が唄った(Wikipedia)。
   「注意」 ドン・アメチについての日本語版Wikipediaでは、出演作品の中にこの映画が含まれていない(記載されていない。英語版には存在する)。
 発表当時、ダイナ・ショア(Dinah Shore/画像)が唄ってヒットした。

Something_to_shout_about       監督: Gregory Ratoff
      プロデューサ: Gregory Ratoff
      主演男優: Don Ameche
      主演女優: Janet Blair
                (画像はWikipediaから)

[粗筋]
 ブロードウェイのプロデュ―サー、Willard Samson(ウイラード)は連続して3つの失敗作を重ねた。そこに、金持ちの離婚女Donna Davis(ドナ)が、ショウの資金を出そうと申し出る。ただし、当人主演が条件になっている。ウイラードにとって、ドナが唄えるか、演技できるか、踊れるかということは問題ではない。

  ウイラードの報道エージェン  ト、Ken Douglas(ケン)(
Don Ameche扮する主演男優)は劇場寄宿舎に住んでいるが、そこでJeanie Maxwell(ジーン)(Janet Blair扮する主演女優)に出会う。ソングライター志望の歌教師であり、自作曲を売ろうとニューヨークに来ているのであった。ウイラードはジーンの曲にもステージ能力にも興味はない。一方、ウイラードはドナを振り払うことができないでいる。ケンは、寄宿舎に住んでいるボードビル役者たちを使用するようにウイラードにもちかけている。連中はボードビル興行の予定がないので失業状態になっているのである。ただし、そのなかには、ボードビル衰退の原因となったような低劣役者も何人か混じっている。企てているショウは、ドナの件を除いては、ヒットの可能性を秘めたものになっている。

  そこで、ケンはドナをアウトドア姿が似合う女優だと持ちあげて、広告宣伝キャンペーンにかこつけて女を田舎に連れ出す。ウイラードは、二人を危険な詐欺師だとして告発をでっち上げ、二人は郡保安官に逮捕される。ウイラードは急遽ジーンを主役に登用して最終衣装リハーサルに臨む。
  しかし、釈放されたドナがオープニングの夜に戻ってきて舞台に立つ。劇は大失敗に帰す。ジーンは故郷に引き上げる。ウイラードはめちゃくちゃに酔っぱらって御乱行だ。ケンは、退くようにドナを諭してショウを救おうとする。

(ウェブページ、 IMDbから)

四、意味の検討 ― "You'd be so Nice to Come Home to"
 さて、意味を解釈するうえで充分と思える背景事情を得た。そこらを支援材料として考慮しながら、意味を検討することにしよう。
 
(1)文法解析は次の一言で解決する。
You'd be so nice to come home to.=To come home to you would be so nice.
          (明快、簡潔に説明しているweb記事、ココ)を参照されたい)
 
(2)"come home to (you)"の意味
(a)「君のいるところに毎日会社(仕事)から帰る」、つまりは君と一緒に住む、暮らすといった意味合いである。

(b)望郷の念、遠く妹(いも)を想う防人(さきもり)の歌のようなものではない。
 遠く離れ離れになっている所から(特に遠方でなくてもいいんだけど、とにかく離れ離れの状態で現在生活している場所から)君のところに(多分に、故郷に、あるいは離別状態に陥る前に住んでいた場所に残した君のところ、妻の許、恋人の許に)帰還するというような重苦しいものではない。
  (現象として第二次大戦出征中の兵士/軍属の心を捉えた、という話はここでは措いて述べている)

(c)慣用句"come home to" (a person)としての用法ではないとみる。
  小学館プログレッシブ英和中辞典には次のように記されている。
"come home to" (a person)
  (人の)胸にこたえる 。 
   cf. bring...... 当ブログ主「注」― 「"bring home to"  (a person)」と比較せよ」の意。
        bring home to  (a person)  (人に).......をはっきり悟らせる。充分納得させる。痛切に感じさせる。
       以上"home"の欄。なお、ここでの"come"は自動詞か。
"come home"
     (2)(事柄が)(人に)しみじみ感じられる、明らかとなる( to.......)
              [当ブログ主「注」― come homeの意味(1)として、 (1)帰宅する、帰郷する、もとにもどる
                                                                            以上"come"の欄(他動詞用法の欄)
 <<この用法ではないとみる理由>>
  (a)も(c)も下に見るように、「ぼく(わたし)」という主体が陰に隠れているのだが、日常会話感覚として、(a)はすんなり受け入れられるのに対して(c)は、よほど特異な状況下でないと、かなり苦しい。
(a')君の許に「ぼく」が毎日仕事先から帰るような生活になったら、さぞかしいいだろうな。
 If I could spend the life where I come home from the work to you everyday, it would be very nice.
(c')「ぼく」という存在、あるいは「ぼく」がどうのこうのしたということが君の胸にぐっとくるようになったら、つまり君が「ぼく」に惚れる状態になったら、さぞかしいいだろうな。
  I love you, and if it comes(came) home to you, it would be very nice.
                     英語、合っているかどうか不明だが、「例えば」ということで掲げた。

(
3)そこで、文章の意味
You'd be so nice to come home to.の意味は、
         直訳的にいえば、
――君の許に毎日仕事先から帰るような生活になったら、さぞかしいいだろうな――
             ひいては、
――君と一緒に暮らせたらどんなに幸せだろうな――
        さらに日常生活的にいうと、
――君と一緒に暮らしたい(結婚しておくれ、というよりも多分に、ヤラセテおくれ)――

 こういう意味である。
 つまり、口説いているのである。次の如し。

  君と一緒に暮らしたい。
  暖炉のそばの君、
  そよ風が頭上高く子守唄を囁く春の宵にたたずむ君、
     どれも最高だ。
  君さえいれば何も要らない。

  凍てつく星空の下の君、
  八月の焦げるような月の下にたたずむ君、
  どれも最高だ、
  毎日君の許に帰り、愛し合う生活
(*5)
   天国だ、どんなに幸せだろう。


 だから、映画では(喜劇仕立てのものであるところから)、この口説きに対して、先に述べたように、第2バースでは、相手の女性が、次のように揶揄しているのである。

  そう、私は嬉しがらなきゃいけないのよね、愛を告白されて、
  
だけど、あんた、ロザリオ、女たらし、
  新しい女の子が町に来るたびに、言い寄ってるじゃない。
  なんで、白々しく、そのこと隠してるの。


*5. to come home to and love= to come home to (you) and to love (you)
  
 "love(you)"は"make love to you"(君を抱く、つまり、セックスして楽しみ合う)の意味であろう。

五、結論
①You'd be so nice to come home to.の意味は、
――君と一緒に暮らしたい(結婚しておくれ)――
という求愛の表現である。

②本来は喜劇タッチ映画(1943)の特定場面で唄われる歌の一節としての、喜劇風味の表現であった
 しかし、発表後すぐに、表現の意味合いが変容した
 すなわち、時代が第二次大戦下であったため、その詩が、国に残した妻や恋人を異郷で想う兵士らの心に強く訴え、
 ――君の許に帰りたい(帰還したい)――
という意味で捉えられるようになった
 元の属性から離れて独り歩きするに至ったわけである。
そういうことであったが、戦後も歌は――喜劇風味を醸し出すバース部分を抜いたものとして――人々の心を捉えつづけ、求愛を格調高く歌い上げるものとして、あるいは、場合によっては「君の許に帰りたい」という望郷の念のようなかたちで、人々に愛されている。
そこで、「意味は?」との問いに対する解答は、次のようになる、また、そう答えなければならない。そう答えなければ、完全な解答とはいえない。

――本来の意味は、すなわち、作曲目的として意図された意味は
 君と一緒に暮らしたい(結婚しておくれ)」という喜劇風味の求愛の表現であったが、戦時下、「君の許に帰りたい」という帰還希求心情を意味するものに変容し、その後、喜劇風味ではなく求愛を格調高く歌い上げるものとしての「君と一緒に暮らしたい、君さえいれば何も要らない」という意味、あるいは、離別状態にある妻/夫/恋人に対する心情としての「君の許に帰りたい」という意味で捉えられている。
 
ここで、「君」とは男性から女性に対する呼称と、女性から男性に対する「あなた」という呼称の両方が含まれている概念である。

 ということで、以上、「キンタマをぎゅっと握る」、「ズバッと的を射抜く」解答としては、②③を含めなければ、すなわち、「本来の意味」、とその後の「変容」、さらなる「変遷」と「定着」を含めなければならないと考えるのである。

六、歌詞全訳
 せっかくだから、全訳を掲げておこうか。

 (バース)
 君は、ただ可愛いってだけの女の子たちとは違うけど、
   ぼくが君を神殿崇拝するのは、そのせいじゃない。
 君は、季節外れのアスパラガスより稀な存在だけど、
   ぼくがプロポーズしようとしているのは、そのせいじゃない、
 違うよ君、このためだ
(6)

 (コーラス)
 毎日、帰ってくると君がいる生活、
 暖炉のそばの君、
 そよ風が頭上高く子守唄を囁く春の宵、
 そこにたたずむ君、どれも最高だ、
 君さえいれば何も要らない。

 真冬の、凍てつく星空の下、
 八月の、焦がすような月の下、
 君はどこにいても最高だ、
 
毎日君の許に帰り、愛し合う生活、
 どんなに幸せだろう。


 (バース)
  そう、私は嬉しがらなきゃいけないのよね、愛を告白されて、
 
だけど、あんた、ロザリオ、女たらし、
 新しい女の子が町に来るたびに、言い寄ってるじゃない。
 なんで、白々しく、そのこと隠してるの。


(コーラス)
        -----??????------  

*6.第1バースは次のようにつながるのかもしれない(判断に迷っている)。
  君は、ただ可愛いってだけの女の子たちとは違うけど、
   ぼくが君を神殿崇拝するのは、そのせいじゃない。
 君は季節外れのアスパラガスより稀な存在だけど、
   そのせいでもない。
 違うんだ君、ぼくがプロポーズしようとしているのは、そのせいじゃない、
   このためだ。


◆◆◆◆◆◆◆◆
■ダイナ・ショア(Dinah Shore)
  発表当時人気を博し、兵士らの心をぐっと捉えたという1943年のShoreの歌

   Dinah Shore - You'd Be So Nice To Come Home To
   
 1943 Paul Weston Orchestra - From "Something To Shout About" Words & Music By Cole Porter
                                                                      (Tube投稿者による
データ)
[2013.3.2]  先に掲げていた
ビデオYouTubeの場から消えて機能しなくなっていたので差し替えた。

■Jim Hall Sextet 1975

Tube投稿者が付しているデータを掲げておく(抄)。
Recorded: Rudy Van Gelder Studio, Englewood Cliffs, NJ, April 23, 1975
Chet Baker - Trumpet, Paul Desmond - Alto Sax, Roland Hanna - Piano, Jim Hall - Guitar, Ron Carter - Bass, Steve Gadd - Drums, Don Sebesky - Arranger

――完――

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コメント

TSUTSUIGUITARスクールで先生が、ブースは歌っても良いし歌わなくてもよい、といったその歌詞が気になり調べてたらここにたどり着きました。
戦争中の彼にとって、好きな人がいる家はやっぱりパラダイスですよね。

投稿: 40女子 | 2013年5月19日 (日) 16時54分

長年の悩みが解決されました。
you would be so niceとは、なんだろうと、ずーっと考えて調べてもわからず。。
まさかの倒置法で書かれてたということですね!
ありがとうございました(≧∇≦)
感謝でいっぱいです!

投稿: ぽ | 2015年10月 1日 (木) 22時29分

時代背景も含めての解説、ありがとうございました。
帰ってくれたらうれしいわ、では、youの意味が逆になってしまう(帰るのはだれか、を取り違えてしまう)、という点は、曲名だけを聞いて理解できなければいけないのだろうなあと思います。私が習ったころの(40年くらい前の)英文法の教科書から該当部分を思い返すと、このペンは書きやすい、を二通りで書け、というのが該当箇所になると思います。二通りというのは、主語を変えてと云う事で、「This pen is good(for me) to write with.」と「It is good (for me) to write with this pen.」が答えなのですが、これを「you'd be・・・」にあてはめると、「It would be so nice (for me) to come home to you.」になるという理解です。誤訳の背景は、いろいろあるかもしれませんが、女性ボーカルで親しまれているこの曲は、男が働き女性は家にいる、という家庭観のもとでは誤解されやすかったかもしれないと思います。現在のキャリアウーマンもいろいろかとは思いますが、仕事に打ち込んでいるうちに婚期を逃しがちになり、仕事をバリバリやっているうちに、高齢化した親の介護も気になって更に縁遠くなる・・・といった環境での女性心理を想像すると、この歌詞は泣ける、のではないかと思います(男の私の想像ではズレているのではないかと畏れつつ)。第二次大戦下の米国でも、恋人が出征して、軍需工場へ働きに行く女性の心理はいかばかりだったかと思います。(長文失礼いたしました)

投稿: kinjiro | 2016年5月22日 (日) 23時28分

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