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2012年2月 1日 (水)

♪ジャズ・ミー・ブルース ― ビックス・バイダーベックとアート・ペッパー (Jazz Me Blues - Bix Beiderbecke and Art Pepper)

2012.2.1
 ビックスがもっと生きていてアート・ペッパーと一緒に演ったら、どんなだったろうか。わくわくするね。1903年生まれで31年に28歳で夭折したのだが、ペッパーが1925年生まれだというから(82年に56歳で死亡)、1955年ごろ、50過ぎまで生きておれば共演が実現したはずだ。ちょうど、ペッパーが、チェット・ベイカー(Chet Baker、1929生まれ)と演ってたころだ。
 その場合、ビックスは、どんな吹き方をしただろうか。バップ(bop, bebop)潮流との関係をどう解決していたであろうか。
 となると、当然、チェットとも顔を合わせる運びになったであろうが、「おう、元気でやってるか」ぐらいのことをいっただろうか。ビックスのことを、おそらく、心の師と仰いでいたにちがいないチェットに。

  若いころ、古い時代のジャズを好んで聴いていた(今となっては、当時の「現在」でさえ、もう「古い時代」になってしまっているのだが)。特に1920年代シカゴ白人グループの演奏が好きで、ビックスは大の気に入りだった。
 そんななかで、その手によるJazz Me Blues(下のTubeで掲げている演奏)を秀逸だと評価しており(ほかにもいい演奏がいっぱいあるんだけど)、特にそのソロは、「すげえな」と感嘆していた。斬新というか、一風変わっているというか、異端というか、とにかく、「アッと驚く」ものだ。メジャーコードの単調な進行なのに、フレーズが美しく切ない。そしてアッと驚くタメゴロウだ、当時の流行り言葉でいえば。
                  (ビックスの生い立ちその他について、過去記事コレコレを参照されたい)

 うん、で、その後1930年代以降のものも広く聴くようになったのだが、あるとき、アート・ペッパーがこの曲を演奏していることを知った。"Art Pepper Meets The Rhythm Section"を買って遭遇したのである。
 びっくりしたね。

◆◆◆◆◆◆◆◆
Jazz Me Bluesジャズ・ミー・ブルース)とはこういう曲だ。
 ("Blues"と題するが、Blues/ブルースではない。つまり、12小節定型形式曲としての"Blues"ではない)
 下に掲げてある演奏を聴いても、一般的に馴染みのない曲であるだけに、どういう曲なのか、骨格が分からなければ、鑑賞するもなにも、「ちんぷんかんぷん」であろう。
 そこで、小節ごとのコード記号を記して、曲の構造、構成を示しておく。(    )で括っているところは、「ブレイク」である。(ブリッジ後の後半8+12=20小節部分がソロパートであるが、その7-8、13-16もブレイクしているカッコを付してないが)。ブレイクとは、リズムセクションが一定区間のあいだ停止し、メロディ―部隊を泳がせるという手法である。
    [AA-ブリッジ-BB']  (8+8+4+8+12)の曲である。(ペッパーは[A-ブリッジ-BB']でやっている)
  ****************************************************
  E♭    〃    〃    F/B♭7        E♭    〃    (E♭   〃)    -----[A] 8小節
  E♭    〃    〃    F/B♭7        E♭    〃    (E♭   〃)    -----[A] 8小節
                                                
   B♭7 B♭dim  B♭/F7  B♭/G7                                               -----[ブリッジ] 4小節
                                              
  C7    〃    F7     〃      B♭7   〃      E♭     〃    -----[B] 8小節 
    C7    〃    F7     〃      E♭    G7    Cm     C7
   F7    B♭7    E♭    E♭                            -----[B'] 12小節
 *****************************************************   

Jazz Me Blues - Bix Beiderbecke And His Gang

Tube投稿者によるデータ
Bix Beiderbecke, c / Bill Rank, tb / Don Murray, cl / Adrian Rollini, bsx / Frank Signorelli, p / Chauncey Morehouse, d. New York, October 5, 1927.

 上のTubeが機能しなくなっていたので差し替えた。同一の
である。


 
なぜこの演奏が秀逸なのか、ビックスのソロが、どう「斬新で」、「すげー」のか、まあ、こういっちゃなんだが「深い話」になるし、というか、その世界にどっぷり浸った者でないと理解できないことなので、ここでは触れないでおく。「ほう、そうか」と驚いたふりをして聴いてもらえれば幸甚だ。

 あ、そうだ、エディ・コンドン(Eddie Condon)という1920年代からのDixieland Jazz業界ボス的存在がいるんだけど、――なかなか骨のあるナイスガイのように思えるが――、その男が次のようにいっている。ソロの秀逸性の説明とはちょっと方向がずれるが、紹介しておこう。

             「いいわよ、させてあげる
  Finally, Beiderbecke took out a silver cornet. He put it to his lips and blew a phrase. The sound came out like a girl saying yes.
 とうとうバイダ―ベックがシルバーのコルネットを取り出した。それを唇にあてて、フレーズを一吹きした。なんと・・・・・・音は、女の子が、「いいわよ、させてあげる」っていっているように現れた。
(出典、ココwikipedia)

[更新] 2012.2.11 - この言は"We Called it Music" という自筆自叙伝の中で述べていることである。
Photo_6  クリーブランドからバッファローに行く汽車の中でのできごとである。退屈まぎれにコンドンがバンジョーを取り出して弾きはじめた。エバーハルト(Johnny Eberhardt)がサックスを取り出してバンジョーに合わせてきた。

 コンドンはその前日、クリーブランド駅で、到着したビックスに初めて会ったのであるが(ピー・ウィー・ラッセル/Pee Wee Russelが連れてきた)、ツバの割れた帽子をかぶり緑のコートを着ている無口な若い男、ビックスのことだが、「こんなのが、ラッパ吹けるのかいな」というのが第一印象だった。
 しかし、その後、その男の要望によりFriars' Innという高級キャバレーに行ったのだが、そこに出演している有名なNew Orleans Rhythm Kings(ニューオリンズ・リズム・キングズ)という白人バンド、コンドンはレコードでは知っているが目の前にするのは初めてだが、その連中から乞われてその男が弾いたピアノ、"Fidgety Feet"(曲名)を聴き仰天する。
 これまで、そんなプレイを耳にしたことはない。
 ということで、才能の凄さは分かっていたのだが、はて、どんなコルネットを吹くのか、その点は依然として謎であった。
        画像 ―  若いコンドン(上左)とビックス(右)。業界ボス、56歳当時。ベース奏者ボブ・ハガード/Bob Haggardを見上げているところ(下) 
           
(コンドン1905年生まれ、ビックス1903年生まれ)

With nothing to do but sit and stare at the scenery from there to Buffalo I began to wonder again about the cornet. I got out my banjo. Eberhardt dug up his saxophone and doodled along with me.

 Finally Beiderbecke took out a silver cornet. He put it to
his lips and blew a phrase. The sound came out like a girl saying yes.

 Eberhardt smiled at me. "How about Panama?"he said. I was still shivering and licking my insides, tasting the last of the phrase. "All right," Beiderbecke said, "Panama. By itself, so it seemed, my banjo took up the rhythm. At last I was playing music; so far as I was concerned it could go on forever.


 バッファローに着くまで、じっと座って窓の景色を眺めるしかやることがない。オレはまた、ビックスがどんなコルネットを吹くのか、考え始めた。
 バンジョーをケースから取り出してあれこれ弾き始めた。エバーハルトがサックスを取り出して、合わせてきた。そして、とうとうバイダ―ベックがシルバーのコルネットを取り出した。それを唇に当てて
フレーズを一吹きした。なんと・・・・・・音は、女の子が、「いいわよ、させてあげる」っていっているように現れた。
 エバーハルトがオレに笑いかけ、「パナマをやろう」といった。オレは、ビックスが吹いた最後のフレーズを噛みしめながら、ゾクゾク身震いしていた。
 「いいよ」、「パナマ」、バイダ―ベックがいう。
 自然に、オレにはそうしか思えないんだが、オレのバンジョーがリズムを弾き始めた。オレは、とうとう、音楽というものに出会った。オレに関するかぎり、永久に続けても異論はなかった。

  ("Bixieland"というレコードのジャケット裏面、コンドンによる語り、この自叙伝の記述を引用しながらの語りからこのレコードにつき、この過去記事参照)    

■Jazz Me Blues - Art Pepper

 1957年の"Art Pepper Meets the Rhythm Section"というアルバムに収められている。
ペッパー以外のメンバーは、 Red Garland,(レッド・ガーランド/p)、 Paul Chambers(ポール・チェンバース/b)、 Philly Joe Jones(フィリー・ジョー・ジョーンズ/ds)。この3人は当時マイルス・デビスのリズムセクションであった。アルバム名はそこから来ている。

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コメント

読み応えたっぷりで感謝です。
『・・・なぜこの演奏が秀逸なのか、ビックスのソロが、どう「斬新で」、「すげー」のか、まあ、こういっちゃなんだが「深い話」になるし、というか、その世界にどっぷり浸った者でないと理解できないことなので、ここでは触れないでおく。「ほう、そうか」と驚いたふりをして聴いてもらえれば幸甚だ。・・・』の部分を是非、追加登載お願い致します。

投稿: kinjiro | 2016年5月22日 (日) 22時44分

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