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2012年10月29日 (月)

♪My Foolish Heartを唄おうと考えている。そこで、歌詞の内容を吟味する。結果としての日本語訳を掲げる。

2012.10.29
                                                                      ♪参考資料[歌詞翻訳曲目一覧/ページ相互リンク]
 この二三日、My Foolish Heart(マイ・フーリッシュ・ハート)を練習している。つまり、繰り返し繰り返し唄って、歌詞を頭に叩き込んでいる。週末のセッションで唄うつもりだ。
――歌詞の意味を理解せずして、「うまく」唄えるはずがない――
――歌詞カードを見ながら唄って、うまく唄えるはずがない――
 こういうことだからね。
 そこで、歌詞の吟味。

◆◆◆◆◆◆◆◆
■歌詞
                             My Foolish Heart
                                 
         (w) Ned Washington  (m)Victor Young,  1949
(Verse)
The scene is set for dreaming, love's knocking at the door,
But oh, my heart, I'm reluctant to start for we've been fooled before.

(Chorus)
The night is like a lovely tune,
    beware my foolish heart!
How white the ever constant moon,
  take care, my foolish heart!

There's a line between love and fascination,
    that's hard to see on an evening such as this.
For they give the very same sensation
When you are lost in the magic of a kiss.

His(Her) lips are much too close to mine,
   beware my foolish heart!
But should our eager lips combine,
   then let the fire start.
For this time it isn't fascination,
   or a dream that will fade and fall apart,
It's love this time,
   it's love, my foolish heart!


I.作曲/作詞の背景
 常に述べていることだけど、歌詞を解釈するには、その曲が作られた背景、詩が付された背景を知らなければならない。いろいろな状況がある。亡き妻、子、父、母を偲んで作曲した。ブロードウェイ・ミュージカル、映画のための曲、その場合、劇中の特定場面で特定的に唄われるものか、全体的なモチーフを表わすものか。同時に作詞作曲されたものか、後付け歌詞か。
 そこで、この歌だが、1949年アメリカ映画"My Foolish Heart"(邦題「愚かなりわが心」)の主題歌だという。
  ビクター・ヤング作曲(Victor Young)、ネッド・ワシントン作詞(Ned Washington)
 どんな映画か、話の内容と歌詞とはどのように関わるのか。

 ネット調査によって、映画の粗筋を、――そのまた粗筋みたいな程度だが――知ることができた。しかし、
物語と歌、歌詞との関わりは、はっきりしない。「こんなことか」と思ったり、「いや違うなあ」と思ったり、肝心なことが分からない。amazonで調べたらビデオがあるようだから、レンタル屋で借りて観ることができるかもしれない。しかし、間に合わない。
 だから、後でこの関係で解釈に不具合が見つかったら訂正する、ということで逃げて、事を先に進める。この話題については後で再度触れる。

II.日本語訳
 英文解釈、語句の意味の吟味などの問題を後回しにして、先に結論としての全訳を掲げる。 本来的には、女、うん、そう、女性、女性が唄う歌だと思うが、ちょっと、男にはそぐわない、男がこういう言を吐くことがあるかなという疑問が湧いたりするするんだけど、エクスタイン(Billy Eckstine)、ベネット(Tonny Bennett)など、男もいっぱい唄っていることでもあるし、女と男のバージョンを載せることにする。   

------------------------------------------------- 
[女性版]                  
                           マイ・フーリッシュ・ハート
                  (愚かなりわが心)                                     
(バース)
 場面は夢がかないそうなお膳立て。愛がドアをノックしている、そこまで来て誘っている。
 だけど、始めたくない。
 心のままに、誘惑のまま動くと失敗する、これまで、その繰り返しだったじゃない。

(コーラス)
 夜は、心を酔わせる音楽のようなもの。
ぐっと押さえて、酔ってはだめ、雰囲気に。
 ほら、月を見なさい、常に一定、いつも白い、冷静なのよ。
気をつけなきゃ、冷静にならなきゃ。

 愛と魅惑とは別物。
だけど、こんな夜には、区別がつきにくい。
キスの魔法で、我を忘れてしまうと、
どちらも、まったく同じ感動を与えるから。
 だから、冷静でいなきゃ。

 彼の唇が、近い、近すぎる、私のそれに。
ダメ、気をつけなきゃ、冷静、冷静・・・・・・。
 だけど、だけど、アア・・・・・・どうするの・・・・・・どうするの、
もし、唇同士がそうしたくて、そうしたくて、
 くっついて、ああーっ、くっついて、しまったら・・・・・・

 そうなったの、なったの?
なら、勢いに身を委ねなさい、燃えなさい。
 なぜって、今回は魅惑じゃない、やがて消え失せてしまう夢じゃない。
 愛だもの、今回は、愛、愛だもの、ああああ・・・・・・。
               
     (後半部分、ちょっとクサくなりすぎたけどね、まあ)

-----------------------------------------------
    
[男性版]          
(バース)
 場面は、夢がかないそうなお膳立てだ。愛がドアをノックしている、そこまで来て誘っている。
 しかし、始めたくない。
 心のままに動くと失敗する、これまで、その繰り返しだったじゃないか。

(コーラス)
 夜は、心を酔わせる音楽のようなものだ。
気をつけろよ、心を押さえろ、ぐっと押さえろ。
 あの月を見な。常に一定、いつも白い、冷静だからだ。
気をつけろ、冷静、冷静。

 愛と魅惑とは別物だ、愛だと勘違いしちゃいけない。
こんな夜には区別がつきにくいけど。
キスの魔法で我を忘れてしまうと、
区別がつかない、どちらも、まったく同じ感動を与えるからね。

 彼女の唇が、近い、近すぎる、オレのそれに。
気をつけろ、気をつけろ、だめだ、冷静、冷静・・・・・・。
 だけど、だけど、あああ・・・・・・どうすりゃいいんだ、
もし、唇同士がそうしたくて、くっついてしまったら、ああ、アア・・・・・・

 そうなったのか!なったのか!
やっぱりな、そうか、そうなったか、ならば、進め、燃えろ。
 そうだ、今回は魅惑じゃない、やがて消え失せてしまう夢じゃない。
 愛だから、今回は、愛、愛だから。
----------------------------------------------


III.語句解釈
 文節ごとに順次みていこう。
(イ) (Verse)
   (i)The scene is set for dreaming, love's knocking at the door,
   (ii)But oh, my heart, I'm reluctant to start for we've been fooled before.   

 前段は(i)、語り手(唄い手)が現在置かれている状況を示している。
 夜、今宵、好きな相手と一緒にいるのだ。恋を実らせたいという夢、願望が実現しそうな状況、雰囲気だ。恋がそこまできて自分を誘っている。誘いに飛び込めば、夢は実現する。
 後半は(ii)、これまでの恋愛人生の反省、すなわち、心の命じるままに、恋の誘惑が命じるままに恋愛に飛び込んできたが、いつも騙された、というか、恋はまずい結果に終わった、ということを述べ、だから、今宵、恋が実ろうとしているようにみえる状況だけど、素直には飛び込めない、始めたくない、と語っている。しかし、もちろん、実際には、つまり、理性に対置するところの「心」、それは恋の誘惑に弱い「愚かな心、フーリッシュ・ハート」なんだが、心は、飛び込みたいと願っているのである。
 "we've been"のweは、"I"と"my foolish heart"、「私」と「愚かな心」を指している。

(ロ) (Chorus)
   The night is like a lovely tune,
      beware my foolish heart!
       How white the ever constant moon,
     take care, my foolish heart!

(a)"beware"は動詞である。つまり、「気をつけなさい」という命令形である。Beware of ....、Beware that.....というかたちで「何々に気をつけなさい」と命じるわけだが、ここでは「何々」は隠れている。その「何々」とは、愛と単なる魅惑とを区別することなく、軽率に、言い換えれば、キスの魔力に我を失うなどして、「心の」命じるままに恋行動に走ることである。そうするな、と命じているのである。
.
(b)
How white the ever constant moon,
 ここは、単に、「白く光っている月がきれいだ」なんてことをいっているのではない
         "ever constant"に注目しなければならない。
 夜というものは心を惑わす美しい音楽のようなものだから、夜の雰囲気に酔わないように気をつけなさいと注意したうえで、そのこととの対比として、お月さまは、常に変わることなく、一定、「コンスタント」で、常に白く輝いていると述べているのである。
 つまり、雰囲気や一時の魅惑に惑わされないで、冷静でいなさいと諭すうえでの道具として「月」をもちだしているのである。もちろん、月というものをもちだすことによって、話というか歌詞にロマンチックな雰囲気を付すという、手法的な意味はある。

 ネット上では、「ほら、お月さまがきれい!」、「空には月が輝いている」みたいなことで「能天気」に訳している記事が多いようだが、ちがうんだよな。

 なお、"constant"には次のような意味のあることを指摘しておこう。
3
.(人が)(愛情・献身・決意などで)揺るぎのない志操堅固な(in ....); (人に)誠実(忠実)な(faithful)(to ...): a  ... sweetheart 心変わりしない恋人 / be  ... in friend ship 友情が堅い / be ... to one's spouse 配偶者に誠実である。
 
                                    (小学館「プログレッシブ英和中辞典)

    ――ほら、月を見なさい、いつも白い、揺るぎがないでしょ――

(c)"take care"は"beware"と同じ意味。本来的なことばの意味、用法からすれば、"beware"としたいところなんだけど(
おそらく)、同じ語を連発するのを嫌ったわけだ 

(ハ) His(Her) lips are much too close to mine,
   beware my foolish heart!
      But should our eager lips combine,
   then let the fire start.

(a)"should our eager lips combine"
 仮定法構文である。このことに気付かなければ話にならない。
    Should our eager lips combine = If our eager lips combined(combine)

 ここは、この歌の、歌詞のハイライト、最も重要な部分である。
 こうだ。

 恋の誘惑に弱い私、愚かな心、「マイ・フーリッシュ・ハート」、これまでなんどもつまづいてきた。苦しんできた。それは、言い換えれば、素直な私、恋に実直な私、いつも真心で接してきた私ってことなんだけど、でも、もうしない、心のままには動かない。やはりね、「愛」と、単なる「魅惑」は異なる、区別しなきゃ。
 こう自ら諭してるんだ、律しているんだ。厳しく。
 ほんとは、責める由はなく、恋に純粋な[心]を、素直な自分を褒めてやりたいくらいなんだが、自分を殺して責めているんだ、もうだめよ、今後は気をつけなさい、と言いきかせてきたんだ。――どうだね、この切ない心。
 そして、今宵、今現在がある。深く恋に落ちそうな予感がある。

 「心のままに動いちゃいけない、いけない、いけない・・・・・・」、
 「だけど、もし、もし、二人の求めあってる唇同士が、ああ、求めあってる、求めあってる・・・・・・アア、求めあっている唇同士がくっついたら、重なったら、もしそうなったら、どうするの、どうすればいいっていうの、アアアア・・・・・・」
 こういうことだ。葛藤だ。
 まさにそうなろうとしているのだ、いや、そうなったのだ。
 そして、
 "then let the fire start"、「ならば、燃えなさい」。
 こういっているんだ。
 ハイライトだよ。涙なくして語れないぜ。
 そして次に続く、ラストへとなだれ込む。

(ニ) For this time it isn't fascination,
   or a dream that will fade and fall apart,
       It's love this time,
   it's love, my foolish heart!
(a)燃えなさい。
 なぜって、この恋は、今度の恋は、今夜動いているこの恋は、単なる魅惑、恋の幻惑なんかじゃない、消え失せてしまう夢なんかじゃない。
 愛なのよ、ほんとの愛なのよ。
 騙され続けてきた愚かな心だったけど、今回は、本当の愛なのよ、
 だから、マイ・フーリッシュ・ハート、いいのよ、燃えなさい、恋に身を委ねなさい。

 「恋」というものに、「愛」に賭けているんだ、人生を賭して向かい合っているんだ。
 必ずしもこの恋が成就するとはかぎらないよ。そんなことは、神も知らない。だけど、だけどね、それでもいい、それでもいいんだ。語り手は、そういっているんだ。
 「愛なんだから、ズィス・タイム イッツ ラブ マイ フーリッシュ・ハート」。
 It's love this time,
   it's love, my foolish heart!

IV.ほんとにそうか――ちょっと違うような気もする
1.映画の筋はこうだ。
 話の種明かしをしてしまうと、潜在客に観る興味を殺いでしまうことになるが、知り得た粗筋から判断するかぎり、この映画ではあまりその点を気にする必要はないようだ。
 ちょっと横道にそれるが、映画はサリンジャー原作に基づくものだそうで、原作の「文学性」との関係において、いろいろと取りざたされたようだ。
 ソープ劇、お涙ちょうだいのメロドラマに堕してしまっている、原作との様変わりにサリンジャーは怒り、以降、他の作品の映画化はいっさい拒絶したとか、いやいや、ごくごく短い話でしかない原作の映画化なんだからそういう非難は当たらない、そういう事態になりうることをサリンジャー自ら覚悟して臨まなければいけなかったのであり、責任は版権を売った自らにあるとか、娯楽作品として割り切れば、よくできているとか。

---------------------------------
 主人公Eloise が、大学時代に親友だったMaryと7年ぶりに会う。いろいろ話をしたりなんかするなかで、Eloiseは酒に酔って寝込んでしまう。場面は、学生時代にフラッシュバックする。
 Eloiseはアイダホ州出身の、無邪気で純粋な田舎娘である。パーティで、服装のことをからかわれたりなんかして困惑しているところを、騎士のように現れた美男子、享楽家のWaltに救われる。Waltのアパートに行き、口説かれるが、Eloiseは身を任さない。
 パールハーバーが攻撃され戦争が勃発、Waltは召集され(
or 志願?)、パイロット訓練を受け始める。Waltが休暇で戻り、二人がEloiseの寄宿舎のエレベーターでキスをし、Eloiseはそのかどで退学処分になる。その事件との前後関係など細かいことは分からないが、とにかく逢瀬を重ねるなかでEloiseがWaltに身を任せ妊娠し、Waltが墜落事故で死んでしまう
 Eloiseは生まれくる子に名前を与えるために、MaryのボーイフレンドLewisを奪って結婚する。

 場面は、7年後の現在に戻る。Eloiseは酒に溺れるようになっており、結婚生活は破綻している。7歳になる娘Ramonとの関係もしっくりいっていない
 (
Waltによる妊娠を秘匿して結婚したのだが、子の父親はWaltであることを打ち明けないままここまできているのであろう。子Ramonを深く愛してはいるんだけど、罪の意識やなんかで、――夫に対する罪悪感、アル中気味になっていることについてのRamonに対する罪悪感などいろんな要素が重なって――、ついつい、つらくあたったりするんだね。子は自閉気味になっている)。

――「もう、人を傷つけることはしない、いけないことはもうしない、これまでの償いをする。Ramonaを連れてって、RamonaはあなたとMaryと暮らすのがいいのよ。私がいなければあなたたちは何年も前に結婚していたはず。あなたたちの人生を台無しにしてきたこの年月、ごめんなさい」――

 LewisはMaryと共に去る。しかしRamonは連れ去らず、Eloiseの元に残した(
夫Lewisに、RamonWaltの子である、ことを打ち明けたのか)。
------------------------------------------

2.これだけのことだとすると
 物語の内容がこれだけのことだとすると、先に掲げた歌詞解釈は、日本語訳は、ちょっと違うね。なんというか、まるっきり的を外しているわけではないんだけど、「深読み」しすぎて、主人公を、唄う主を、いわば、「あばずれ」にしてしまっている。

 真の愛と単なる魅惑、場の誘惑とを区別せず、感情に流されながら行動してきたために、これまで失敗ばっかりしてきた。だから、気をつけなきゃいけない。
       ―― we've been fooled before.――
 "
be fooled"をこういう意味にとっている。

 こういうことで、男経験が何人もある女性を想定ししている。少なくとも、一人はある女性を対象にしている。
 そこで、そこらがどうも引っかかるので、再度、別バージョンの日本語訳を掲げることにした。
 
 ――まあ、ウデウデいわずに、ビデオを観て、実際に映画を観て、土台を確定させたうえで、推測で、仮定で物をいわずに、確定的に語ればいいだけのことなんだけど、なんか、端(はな)から話がこじれてきているようで、しゃくにさわるような気もするので、ビデオを観て検証するとは確約しないで、そうするるかもしれないし、しないかもしれない、ということにしておいて、「あばずれ」じゃないバージョンを掲げておく。

V.アイダホ純粋娘バージョン
   州のほとんどが山岳地であるというアイダホ(Idaho)、つまり、ド田舎、そこからニューヨークにやってきた女学生エロイズ(Eloise)、好奇心旺盛で活発だが、男女間のことになると初心(うぶ)で純粋、おそらく処女だ。それが、パーティ会場で「いじめ」から救ってくれた騎士、遊び人美男子に恋する。男の部屋で肉体関係を迫られるが、拒む。しかし、恋心は募る一方だ。恋行動のなかで、退学になり、妊娠し、男が事故で死ぬ。
 初めて男に身を任せた夜の心情描写として日本語訳をつけてみよう。
 
 ――だって、愛してるんだもの、愛してるんだもの、雰囲気に呑まれているなんてことじゃないの、幻惑なんかじゃない、愛してるのよ、後悔しない、先行きどうなろうと、後悔しない、愛を貫きたいのよ、純潔をささげたいのよ――

 戦死の危険、結婚、純潔、親の教え・・・・・・心が葛藤に揺れる。

 だけど、求めあっている唇が、好き合って、求めあってる唇が重なる・・・・・・後悔はしない。愛してるんだもの、愛してるんだもの・・・・・・アイダホのウブ子さん、もう君とは決別、愛なのよ、幻想なんかじゃない、私は、大人として、女として生きていく。

 まあ、こういうことだね。
 
 その場合、 ―― we've been fooled before.――の"be fooled"、「失敗」とは、男関係、恋愛関係の失敗ということではなく、「寄宿舎でキスをして退学させられたとか」、まあ、映画を観てないので細かいことは分からないが、そのような「失敗」、雰囲気に流されて行動したための失敗を指すことになる。「あばずれ」的失敗に非ずして。
 結局、この詩の主題は、[純潔の掟 vs 真の愛の前では掟は黙れ」ということであろう。

 それと、二次的要素として、「戦地に赴く恋人に身を捧げる]ということが加わっているのであろう。「出征前夜に」、「たった一度、一夜のちぎりで妊娠」、というまで激しいことではないようだが、身を許すことにおいて、「戦地に赴く相手」、「もう、生きて会うことはないかもしれない」という感傷は関係しているだろうね。この要素は日本でも、語られてきた、特に、学徒出陣に伴う秘話などとして語られてきたモチーフだ。

----------------------------------
[女性版]                  
                           マイ・フーリッシュ・ハート
                  (愚かなりわが心)
 *いい忘れたけど、定着している訳を尊重するってことなんだよね。                                  
(バース)
 うっとりする気分。愛が、そこまで来て誘っている。
 だけど、飛び込めない。
 だって、退学させられたり、さんざんだったじゃない。

(コーラス)
 夜って、心を惑わせる音楽のようなもの。
気をつけなきゃだめよ、おバカさん。
 ほら、月を見てごらん、いつも白く輝く、揺るぎがないでしょ。
気をつけなきゃ、だめよ。

 愛と魅惑、恋の幻覚とは別物。
 だけど、こんな夜には、区別がつきにくい。
 キスの魔法で、我を忘れてしまうと、
 愛も幻惑も、感動でまったく区別がつかなくなってしまうから。
 
 彼の唇が、近い、近い、近ずく、
 ダメよ、ダメよ、おバカさん。
 だけど、だけど、
 唇同士がそうしたくて、そうしたくて、
 くっついて、ああーっ、くっついて、しまったら・・・・・・

 ああ、もう構わない、構わないわ。
 なぜって、分かってるわ、幻惑なんかじゃない、消え失せてしまう夢じゃない。
 愛だもの、これは、愛なのよ、愛、愛だもの、ああああ・・・・・・。

---------------------------------------

■Carly Simon MY FOOLISH HEART on the QM2.m4v
 アイダホ純粋娘バージョン詩解釈のイメージとはイマイチだけど、さらには、「いわば、あばずれ」バージョンともいまいちだけど、いや、そんなこたないか、ぴったしか、まあ、とにかく、「それからいろいろあって、この齢」ということで。


 初めて知る人だ。カーリー・サイモンっていうんだそうだ。Wiki記事にもあるけど、明るいねこの人。好きだよ。YouTubeに載っている女性歌手版をいろいろ聴いて、これを選んだ。

[更新]
2012.11.5
 最初に記事を載せた後(未完のままだったんだが)、何度も手を入れ、書き直した。なんか、やっかいだったな、この歌。
 先にもいったけど、ビデオ屋で借りてきて、どんな場面でどのように唄っているのか、確かめたうえで事に臨めばよかった。 
 まあ、これで終わることにする。粘着質はよくない。

2012.12.8
 映画の筋の理解に間違いがあったので、関連部分の記述を修正した。街に出たついでに貸しビデオ屋に寄ったが、在庫がなかった。

―― 完 ――

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コメント

こんにちは。はじめまして…。亀川といいます。jazzが好きでいろいろ聴いていますが、唄の背景や歌詞が解らないままになんとなく『いいなぁ』だけでいつも聴いていました。私、お恥ずかしいのですが洋楽が好きな割りに英語がからきし駄目でして^^;時々和訳をネットで教えてもらっています。今回、読ませていただき言葉の持つ奥深さ、場面場面での心の動き、解釈の多様性などなどーいろいろ思いながら読みました。素晴らしい考察だと思います。
ありがとうございました。
またこのページにお邪魔したいとおもます。長文失礼いたしました。

投稿: 亀川清美 | 2017年8月29日 (火) 11時46分

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