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2013年6月

2013年6月28日 (金)

♪ 「ジャズ・スタンダード」(Jazz Standards)とは何か(その1) ― なにげなくいってんだが、じゃあ、これは「スタンダード」なのか、違うのか、どうなんだ。ウーップ、???#*/-%+&!!!・・・。

2013.6.28
 「ジャズ・スタンダード」(Jazz Standards)とは何だ。こういう検索でのアクセスがたまにある。
 以前、この設問に対する一応の説明になるような内容を記したことがある。
 そこで、その、以前書いた「一応の説明」を掲げておく。

 いずれ、内容をもっと膨らませよう。

◆◆◆◆◆◆◆◆
        <<<I'm Gonna Sit Right Down and Write Myself a Letter2012.2.17記事>>>

--------------------2012.2.17記事引用------------------
 歌は、1935年のポピュラーソング(Fred E. Ahlert作曲、Joe Young作詞)。何度も吹き込まれ、"Great American Songbook"収録スタンダード曲になっている(*1)。

*1.Great American Songbook (注釈だが、普通サイズで記す)
 Great American Songbook(グレイト・アメリカン・ソングブック、「アメリカ傑作歌曲集」の意)は、20世紀におけるアメリカ歌唱曲の一連の傑作を示そうとする架空の構成概念である。すなわち、そういう名の書物が実在するわけではない。
 そこに含まれている曲は、1920年から1960年にかけて現れた曲のうち、主としてブロードウェイ劇)、ミュージカル、ハリウッド・ミュージカル映画からのものを対象に選考されている。

American_popular_songs_3

 Great American Songbookは、ジャズミュジシャンにとって、押さえておかなければならないレパートリーの重要な部分となり、現在までその認識が続いている。
ミュジシャン達は、その一連の曲を「ジャズ・スタンダード」と呼ぶ。

[誰の手による概念か] 
 1972年に、ソングライター兼音楽評論家のアレック・ワイルダー(Alec Wilder)という人物が
 「American Popular Song: The Great Innovators, 1900-1950」(「アメリカのポピュラーソング ― 代表的な革新的作曲者たち、1900-1950」)、
 という「基準」調査(
誰がそれに該当するかという基準/規範/標準調査研究)を行い、
 Great American Songbook
(アメリカ傑作歌曲集)基準に属すると思慮するアーティストのリストを発表した。

 同時に、相対的な価値を判断するという観点からの、自分なりの順位づけを行った。
 自らも作曲者であるワイルダーは、作曲者像自体についての分析とその創造的努力の分析に評価の重点を置いた。(
Wikipedia)
                                 
                            
  右上画像=American Popular Song: The Great Innovators, 1900-1950(ココから)

 -------------------------引用終わり-----------------------

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[2013.7.1]
 記事を膨らませる。
 仕切り直して、「ジャズ・スタンダード」(*1)とは何か。

*1.ここでの、「ジャズ・スタンダード」という日本語表記は、「ジャズ畑でスタンダード曲として一般的に認知されている曲」という意味のことばであり(「スタンダード」の概念こそが問題なわけだが、それは後廻し、後述)、その単数形"Jazz Standard"と複数形"Jazz Standards"の両方を表わすものとして使用している。場合によって、単に「スタンダード」、「ジャズ・スタンダード曲」、「スタンダード」曲ということがある。

一、Wikipediaの説明
■ジャズ・スタンダード
   ...........................................

   以下、量が多くなるので、2013.7.5記事で独立させることにした。

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2013年6月24日 (月)

James Lee Burke(ジェイムズ・リー・バーク)の世界。おびただしい風景描写、カントリー/ジャズ音楽への深い造詣、南部ルイジアナの沼地、河、川、人工水路に、モンタナの渓流に登場する魚たち――1978年の異色純文学風作品"The Lost Get-Back Boogie"を素材に語る(Part-9)。

2013.6.24
                              <<<[関連記事一覧表](相互リンク機能を付しているので適宜参照されたい)>>>              
 俺の名はIry Paret(アイリー・パレット)、31歳、カントリー/ブルーグラスのギター弾き/歌手だ。ルイジアナ州Houma(ホーマ)で生まれ育つ(*1)。州湾岸西端部のナイトクラブに出演していたとき、バンド席に狼藉を仕掛けてきた荒くれを、もののはずみでナイフで刺し、死に至らしめ、アンゴラ刑務所に服役、5年刑期のうち3年弱を残して仮出獄した。

 1_2家に帰ると、一人住まいの父親は腸ガンで死にかけていた。妻は、つまり俺の母親だが17年前に火事で焼け死んでいる。オレの幼い妹と一緒に。オレと、もう一人の妹と、弟が残った。オレ以外の二人はリッチに生活しているのだが、帰ってみると、ガンに侵された父親の世話をろくにしていなかった。オレは怒ったが、「じゃあ、刑務所にいたアンタは何をしてくれたというのよ」と妹から返されると、無力だった。

 父親の死が近いことを悟ったオレは、町を出てモンタナに行くことに決めた。刑務所で仲良くなった男がそこにいる。その父親が、かなりの有力者として牧場をやっているのだ。  
 親父は2週間後に死んだ。幸い、仮出所保護観察制度下のモンタナへの移住許可申請が認められた。バイユー沿いの4エーカーの土地と父親形見のピックアップ・トラックだけをもらって残余遺産を放棄し、それによって二人に借金を返済した気持ちになれた。モンタナに出発した。
 三日目の夕刻、モンタナ州ミズーラに到着した。
 それが前回記事までの経過である。  
                                (↑画像 - Hyperion社、ISMN: 0-7868-8934-9。1978年発表作品)

*1.関連記述からの推測である。どこの町であるか、作者は明示していない

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一、ミズーラ
 道路を南に曲がってBitterroot Valleyへと進み、バディ(Buddy)が書いてよこした地図を頼りにその父親の牧場を目指した。
                ――↑前回記事末尾――

  道路両脇に広がる牧草地は、奥行きが浅く、わずかな広がりをみせるだけで山すそに吸収されている。山々は高く黒く屹立し、切れ目から月光をのぞかせる雲々に上部を隠している。Bitterroot River(ビタールート川)は、まるで鏡のかけらのように、散在する長い砂州と柳の島々を横切って輝いている。
 その先、懐中電灯で標識を照らしながら進んでいき、二度道に迷ったが、とうとう目的地に到着することができた。Buddy Riodan(バディ・リオーダン)の父親の場所だ。鉄条網のゲートと牛放牧柵で囲まれた土地で、轍の跡が刻まれた道路が上方に登っている。
Photo_2          Missoulaの下方(南)、縦の楕円がビタールート峡谷平野。ビタールート川沿いに州道93号が走っている。楕円左側を
            くねくね走っているのは尾根道で、アイダホ州との州境になっている。

Photo_3                                                            
  (Bitterroot River、 ココから)

二、バディのこと
 Buddy Riordan(バディ・リオーダン)は、アンゴラ刑務所で会ったとき、マリファナ所持の罪により、5年から15年の不定期刑で服役していた。優れたジャズピアニストだ。ニューオリンズで、Burton'sというクラブの定着仕事を持ち、いい気分で葉っぱにラリって、メキシコ湾からの心地よい潮風を受けながら楽しくやっていた。
 ところが、コートのポケットにマリファナ2包みを入れているところを便所で逮捕されたのだ。ヤンキー(北部人、Yankee)であったため、misdemeanor(軽罪)ではなく」felony(重罪)で起訴された。判事は、想像もできないような極刑を科した(*2)。

*2.misdemeanor、felony
misdemeanor(軽罪)
 アメリカでは、多くの法域でmisdemeanorはfelonyよりも法定刑の軽い犯罪――例えば1年以下の懲役または罰金――と定義されている。
felony(重罪)
 アメリカでは、連邦および数多くの州の制定法で死刑または長期1年を超える定めのあるものがfelonyであると定義されている。 
     
(「BASIC英米法辞典」編集代表田中英夫、東京大学出版会)
ヤンキー(Yankee)
 なお、「ヤンキー」とは、南北戦争南軍州兵/州民が北軍のそれを指して言った蔑称だが(奴隷制度廃止を巡る憎しみを想定せよ)、北東部、シカゴ(イリノイ州)とニューヨークを結ぶ線の周辺あたりの州の人々を指していうものであると理解していた。モンタナ州まで含むとは驚いた。本当かい。南部になじみのある著者がいうんだから、間違いないのだろうが(メキシコ国境に近いテキサス州南部、Los Angeles, Texasで生まれ、ルイジアナ州州境あたりで幼年期をすごし、同州とミズーリ州の大学に学んだ)、じゃあ、ワシントン、オレゴンなど西海岸北部州も含むことになるのかい。 (蔑称の意味合いはその後薄らいでいったように思える)
   
Wikipediaで調べたら、南部英語では「(一般的に、総じて)「北部人」のことを"Yankee"という」とある。
           (Within Southern American English, "Yankee" refers to Northerners.)
 さらに、ニューイングランド文化との関係で使用されることもあるという(イギリス植民地州住民の子孫、その地方の方言など)。
 

  バディは当時アンゴラで5年を過ごしていた。所内には、囚人たちからアウトサイダー(部外者、よそ者)とみなされている者が、すなわち仲間囚人社会に属していない者とみなされている囚人がほんの数名いたが、そのうちの一人だった。
  ヤツは、頭の中にバードことチャーリー・パーカーのリズムを持っていて、時として、ベンゼドリン(硫酸アンフェタミン)を吸って飛んでいるのか、それとも、ただ単に荒々しいリフ(*3)が頭の中で飛び跳ねているためにハイになっているのか、外観からは分からないことがあった。
 かつて、看守たちは、定期的な身体検査の際にバディが飛行機用の接着剤をポケットに忍ばせていたのを見つけて、三日間懲罰房に入れたことがある。ところが、宿舎に連れ戻したとき、依然としてハイ状態で自分のビートに揺れていた。それ以来、狂ってるとしてヤツには干渉しなくなった。

*3.リフ(riff)
 音楽用語。ジャズ的リズム感のある、長さの短い音楽フレーズ。


 看守たちに理解できなかったことは、バディはずっと前に人生を諦めていたということだ。10代のどこかの時点で、太平洋側北西部で自堕落な生活を送り始めたときに、「おらあ、もう止めったっと」という文字を書きこんだのである。不満や社会問題を訴えたということではない。自分自身のリズムを刻み始めただけのことであり、なんらかの種類の目に見えない一線の向こう側に身を置いたというだけのことである。

 思うに、初めて会ったときにバディについてオレが感じ取ったことは、つまり、ヤツが発する秘密の電気のようなものだが、感じたのはそれだった。オレが懲罰房から出てきたときに運動場で会ったのだ。
 冷たくて湿った風が吹いていた。おれは州支給の煙草パケージにわずかに残っていた刻みを煙草に巻こうとしていた。やつは塀によりかかっていた。片方の足を後ろで組み、こすって暖めた両腕の手首をポケットに深く突っ込んで。
 ピンストライプのズボンは細い腰からずり落ちそうにまとわりついている。デニムの上着を着て、襟元までボタンをかけている。骨ばった顔は寒さで赤くなっており、口にくわえた短い煙草は唾で濡れていた。

 「よお、オレのコートのポケットに仕立てのものが入っているから、それを吸いな」。
 そういうので、キャメルのパックを引っ張り出して、一本口にした。
「何本か持っていきな、土曜まで支給はないからな」。
  「わるいな」。
「ム所は初めてかい」。
  「軍隊でいくらか喰らったことがある」。
「ここじゃ、それは関係ない。メシが終わったらオレの房舎に来いよ。いい気分にさせてくれるものをやるから」。
 おれは煙草を貰ったことを、すでに後悔し始めていた。顔を塀に向けて、両手で覆ってマッチを擦った。
「おい、心配するなよ。取って食おうというわけじゃない」、やつはいう、
 「あんたの記録を見たんだ。俺たち、ジャズバンドをやってるんだけど、エレキベースが要る。悪い話じゃないぜ。たまに女房舎で演奏することがあるし、毎週土曜日は、便所掃除じゃなしに、レクレーション室の床のワックスがけをするだけでいい。
 それにな、マッチの付け方を誰かがあんたに教えてやらなきゃいかん。マッチは、ここじゃ、煙草と同じくらい貴重品だ」。

三、再会
 牧場は峡谷の切り立った面の方に延びている。母屋は、丸太造りの長く延びた二階建の建物だった。前面に広いポーチがあり、建物には、羽目板でできた脇部屋がいくつか備わっている。全部の部屋の明かりが点いており、後方に、満月の下で、峡谷の崖が急激に黒く立ちあがっている。トラックを降りると、まだ八月初旬だというのに、冷気で身を切られるようだった。そこで、軍隊支給の上着を羽織った。ルイジアナで、カモ猟のときに着ていたものだ。
 若い娘がポーチに出てきたので訊いた。
「バディ・リオーダンの家に行きたいんですが、ここでいいのかどうか、何度か道に迷ったりしましたから」。
 バディは、その先、道路の行き止まる林の山小屋に住んでいるという。
 松林の縁に平屋の丸太小屋があった。ポーチとブランコがあり、レンガの煙突をしつらえてある。
 煙突の煙が低く平らに木々の下を漂い、風に乗って峡谷にたなびいていく。ポーチにフライロッド(釣竿)が2本立てかけてある。ラインが、コルクの握りに固く巻きつけられている。 

 バディが、ドアから裸足で出てきた。袖のないナイロン製狩猟ベストを着て、両手に、缶ビールとスプーンを持っている。
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Hey, Zeno, where the hell you been? I thought you'd be in yesterday," He hit me on the shoulder with the flat of his hand like a lumberjack.
「おい、このやろう、どこをうろついてたんだ。昨日来るっていってたんじゃないのか」。
  ヤツはそういって、樵(
きこり)のような手のひらでオレの肩を打った。
---------------------------------

(オレ)ワイオミングでインディアン(ヒッチハイカー)を乗せ、回り道をした。美人の奥さんにちょっと失礼なことをしでかした(手を握ったまま眠りこみ、相手も「白人」に遠慮したか、放せずにいた)。
(バディ)
よくあることだ気にするな。昨日からポット(深鍋)に漬けて仕込んであるシカ肉があるから、それを煮て食べよう。
 こういった話をした。
 小さな台所があって、木材ストーブが据えてある。その縁は、松材の樹液と樹脂の熱で真っ赤に焼けている。ビールの缶を手に、シカ肉が煮える匂いをかぎながらテーブルに座る。疲れが身体からすっと引いていくような気がする。バディはまな板でキノコを刻んで、ナイフで救って鍋に入れた。キノコとワイン、いいなあ。

 町に行って居酒屋でビールを飲み、食事用のワインを買い、追加在庫ビールを仕入れてこようということになった。
 「おやじさんのことは気の毒だったな」とバディ。

(オレ)早く町に行ってビールを買おう、1ケースぐらい空けないと眠れそうにない。
(バディ)ここじゃ、よく眠れる。空気は、アメリカ合衆国一だ。それが毎晩峡谷から吹いてくる。静かで、聞こえるのは、小屋の裏を流れるクリークの音と、たまに松かさが屋根に落ちてたてる音だけだ。もう遅いから家族に紹介するのは明日にしよう。母屋に行って朝飯を一緒に食べよう。そこで親父と話をすることができる。干し草梱包作業で日当10ドルだ。ここらでは悪くない金額だ。家賃はいらないし、毎日Bass CreekかBitterrootで魚を釣ってくることができる。小さな野菜農園をやっているし、冷蔵庫には、鳥や獣の肉が入っている。かなりいい人生だ。もっと早く気付いていればよかった。そうすれば、あの5年を過ごさずにすんだ。お前ら南部の原始人とな。
 バディはこういう話しをして、訊いてきた。

 「ところで、南部の話がでたついでに訊くが、もしかしてあのルイジアナの赤黒い葉っぱ(マリファナ)を持ってきていないだろうな」。

(オレ)「さあ・・・どう思う、バディ」。
(バディ)「まあ、訊いてみただけだ。あのミズーラ(Missoula)の大学(*4)の連中は、LSDっていう新しい薬をやっている。数分で脳みそがバラバラになる。醒めるときは、壊れたかけらを一つずつくっつけるようなかたちでしか元に戻らない・・・・・・悪かった、ヤクに捕われているわけではないんだ。
 さあ、出かけて一杯やって、気合いを入れよう。

 おれは手のひらで目をこすった。頭の中を赤い光が走った。
(オレ)そうだな、気絶しそうだ。まだ、身体の下でトラックが揺れてる。

(バディ) 
 ビールを一杯やって、何かちょっと腹に入れりゃ、落ち着くさ。
 さあ行くぞ、モンタナの居酒屋がどういうものか見せてやる。どん百姓で溢れてる。最初の夜だ。ちょっと景気をつけて、お前の萎えた南部チンポコに元気をつけてやれ。
  ----なんだな、おまえら南部人はセックスキチなんだってな。便所が汚いのと、サック販売機が必ず置いてあるのは、そのせいだってな・・・・・・。

(オレ)なんだよ、行くんじゃないのかい。
(バディ)おー、そうだった、お前のトラックで行こう、俺のは昨夜クリーク(渓流、画像 )のど真ん中に置いてきたから。
 そんなやりとりをして町に行った。オレのトラックで。

          *4.University of Montana (モンタナ大学)のことであろう。

 月は、はるか南に移動しており、川の暗い水が細い流れに分散し、砂州の縁に生えている柳の木の周りで銀色に光っている。谷の両側の山々は、月光に映えて巨大に見え、こちらに倒れかかってくるように思える。松林がギザギザの影を見せている向こうに、遠くの山頂に残る雪が期に月の光で燃えている。小さなクリークの橋を渡るたびに、水が岩の上に白く跳ねてさざ波を立て、やがて鏡面の深みに落ち着いていくのが見える。

 雑貨ストアの隣にある合板造りの居酒屋の駐車場に車を停めた。給油ポンプが2基置いてある。ピックアップ・トラックが何台も停まっており、どれもが、リアウインドウに装着したラックにライフルとショットガンが立てかけてある。バンパーに貼ってあるステッカーは、南部のことを、いきなり思い出させるものだった。

"I Fight Poverty -- I Work; Put The Bible Back In Our Schools; Don't Worry, They're Only Ninety Miles Away.
貧乏はいやだ―  働くぞ、バイブルなんか教会に戻しちまえ。なんてこたない、たったの90マイル離れているだけだ。
 
 (こう訳したが、どういうことを言っているのか意味不明)

――この編終わり、続く――

[更新] 2014.1.2
  句読点を手直しし、記述を少し追加した。 


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2013年6月22日 (土)

James Lee Burke(ジェイムズ・リー・バーク)の世界。おびただしい風景描写、カントリー/ジャズ音楽への深い造詣、南部ルイジアナの沼地、河、川、人工水路に、モンタナの渓流に登場する魚たち――1978年の異色純文学風作品"The Lost Get-Back Boogie"を素材に語る(Part-8)。

2013.6.21                             
  今日は、やっとモンタナに着く。故郷、南部ルイジアナを発って三日目、
  出発進行!
                      <<<[関連記事一覧表](相互リンク機能を付しているので適宜参照されたい)>>>        

◆◆◆◆◆◆◆◆
一、
 Little Bighorn River(リトル・ビッグホーン・リバー )から(*1)Missoula(ミズーラ/モンタナ州)まで、一気にピックアップを駆った。給油とハンバーガーで停止しただけだ。
    (明け方に寝たんだが、何時に出発したんだろうか)
I highballed the pickup all the way from the Little Bighorn River to Missoula, with stops only for gas and hambargers in between. Montana was so beautiful that it made .......... 
              「注」 "highball" = (vi)車でぶっ飛ばす。(n)として、「出発進行」の意味もある。

Photo_3                      泊まった家、インディアンの家は、黒丸印の辺りだ。長方形の囲みは、ウインドリバー居留地(Wind River Reservation画像)の区域を表わしている。「赤A印」は南北に走るビッグホーン山脈/Bighorn Mountainsを示している。

*1.(脚注だが普通サイズで記す)

 Little Bighorn River(リトル・ビッグホーン・リバー )を出発したように書いているのだが、これ、どう解釈すればいいのだろうか。答えを出すのは難しい。
 検討するにあたって、まず、"Little Bighorn River)とは、どこにある川か。
 ビッグホーン山脈の西方には(↑地図丸印の左側)、山脈と平行してBighorn River(ビッグホーン・リバー)という川が流れている。緑色の帯状のものがそれで、モンタナ側の方が標高が低いから、ワイオミング側から流れているわけだ。
  この川には、下に掲げている画像でわかるように、モンタナ州側のHardinという町の付近から発してワイオミング州を越えて南北に走る、というよりも、遠くワイオミングの山地からそこに流れこんでいる支流がある。それを、リトル・ビッグホーン・リバー(Little Bighorn River)という。余談だが、「カスター将軍最後の戦い」の場としてよく知られている川だ。
 さて、そこで、設問をどう考えるか。

(a)この川は、宿泊した場所の近くまでなんらかの形でつながっている。宿泊地は山脈の西側だが、とにかくつながっている。
 「リトル・ビッグホーン川がこの日の走行の出発点であった」と前提するかぎり、こう考えるしかない。しかし、山脈を横断することになるのだから、これはないだろう。まあ、谷間を流れるということも考えられるので、まったくありえないことではないだろうが、この説は採れない。

(b)リトル・ビッグホーン川は出発点ではない。
  すなわち、それは途中の経過地点であったが、そこから一気にミズーラまで車を駆った。
 しかし、これも、原文からは考えにくい。
       <<<I highballed the pickup all the way from the Little Bighorn River ....>>>
 しかし、リトルビッグホーン川が山脈西側、宿泊地近辺まで延びていないとすれば、こう解釈するしかない。作者が正確な地理関係をベースにして書いていると前提するかぎり、こう解釈するしかない。作者バークはルイジアナとモンタナに住まいを持っていて、往ったり来たりしているようだから、当然ここら辺りの地理を知っている。メチャクチャを書くとは考えられない。

(c)泊まった場所というのが上記地図の丸印の辺りではなく、ビッグホーン山脈の東側のモンタナ州境に近い場所、すなわち下の画像で見るLittle Bighorn の尻尾の先端辺りだと考えればうまくいく。
  しかし、そこら辺りにはインディアン居留地は存在しない。宿泊したのはインディアン居留地内にある家だと明記しており、しかも、そこにはMedicine BowやShoshoniを通って行ったとしているので、この説も採れない。
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The sound of the engine hummed in my head, and the headlights briefly illuminated the names chiseled into the concrete faces of the bridges over dried-out riverbeds, MEDICINE BOW, PLATTE, SHOSHONI, each a part of something old and thundering with war ponies.
  I stayed at the Indian man's place that night, on the edge of the Bighorn Mountains.
 He had ten acres on the reservation and a Montgomery Ward brick house with a chicken yard and few dozen rabbit hutches and the most beautiful Indian wife I had ever seen.

  エンジンの音が頭の中で反響し、干上がった川にかかった橋の石柱に刻まれたMEDICINE BOW, PLATTE, SHOSHONIといった名前がヘッドライトに浮かんで消える。それぞれ、インディアンたちが馬に乗って荒々しく戦った歴史上の事件を物語るものである。
 その夜は、そのインディアンの家に泊まった。ビッグホーン山脈の山麓にある。当人は、居留地に10エーカーの土地を持っており、Montgomery Ward通信販売仕立てのレンガ造りの家に住んでいる。鶏を放っている裏庭と、数ダースの兎小屋があり、これまで見たこともないようなインディアン美人の妻がいた。

------------------------------------------
  
 ということで、結論として、強いていえば答えは(b)だが、まあ、「よくわからない」ということにしておこう。
                        ――――<注記ここまで>――――

Photo_4                  (Bighorn Riverと
その支流LLittle Bighorn River)

二、
 モンタナは美しかった。
 美しくて、体の中に何かが落ち込んだような気がした。
 最初は、平原だけの風景だった。そこにゆったりとした川が流れており、土手に沿って綿花の木が植わっている。遠くに、ぎざぎざした鋸の刃のような山すそが見えている。それだけの風景だった。
 だが、その後、大陸分水嶺(Continental Divide)に向かって登りはじめた。ダグラスファー(Douglas fir、アメリカトガサワラ、ベイマツ)とポンデローサマツ(ponderosa pine)の国に向かって登りはじめた。道路の縁には岩の割れ目が露出しており、めまい(眩暈)がする。森林の奥や分水嶺の頂上にはまだ雪が残っており、鹿がヘッドライトにおびえて、松葉や泥を跳ね散らして飛び隠れる。下り惰性走行で山塊の反対側に回り込み、ミズーラまでずっとClark Fork River(クラーク・フォーク川)沿いを走るルートをとった。

 

Photo_2         大陸分水嶺と(右)とモンタナ州の分水嶺登山道(左)。登山道画像、黒丸印はMissoula。 "MONTANA"という文字の下にある町はBillings。左画像は内務省土地管理局webページ、右はWikipediaから。

Photo_3                                   (Douglas fir、アメリカトガサワラ、ベイマツ)      
Photo_4
Photo_5                       (↑2枚、ponderosa pineポンデローサ・パイン、ポンデローサ松)

Photo_6             ミズーラ(丸印)までずっとクラーク・フォーク川(Clark Fork River)沿いを走るルート(IS90)をとった。

3                        (クラーク・フォーク川と道路。ココから)

 高地では雪解け水の勢いは依然として激しい。川は、月光に照らされて、cottonwood(ヒロハハコヤナギ、北米ポプラの一種。種子に綿毛がある。画像 )の木々が散在するなかを、勢いよく流れている。トラックの、スレッド (溝刻み)のないタイヤがセメントをこすってキューキュー音をたてるなかで、干草を囲うフェンスと、長く延びる有刺鉄線の列と、散在する小さな牧場小屋が山 麓を背景に過ぎ去っていく。

 そしてHelllgate Canyonに到着したのだが、そこで、ミズーラが忽然と眼前に姿を現した。
光のシャワーのなかで、楡(ニレ)と、楓(カエデ)と、樅(モミ)の木立が、静かな通りが目に飛び込んできた。町の四方は、まるで周りに鉄板を張り巡らしたように、連なる山塊のシルエットに包まれている。

 道路を南に曲がってBitterroot Valleyへと進み、バディ(Buddy)が書いてよこした地図を頼りにその父親の牧場を目指した。

Photo  [画像説明]
  クラーク・フォーク川は、黒丸印の場所において、そこは以前Milltown Damというダムがあった場所だというのだが、Blackfoot River(ブラックフット・リバー)という川(州道200号に沿って流れ降りてくる)と合流し、ミズーラの町を抜けてアイダホ極北部のLake Ponde Oreilleという湖にそそぎ込む。
  ミズーラの町(標高3209ft/978m)は、昔は、周囲を険しい丘に囲まれた湖の湖底だったという。
楕円印はMt.Jumbo(ジャンボ山)を表わしているが、こういった山に、当時の波打ち際の線がくっきりと残っている。
  町に入ったところでIS90を左折して、ビタールーフ谷(縦長長方形で囲んだ区域)へ入っていった。


――続く――


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2013年6月18日 (火)

James Lee Burke(ジェイムズ・リー・バーク)の世界。おびただしい風景描写、カントリー/ジャズ音楽への深い造詣、南部ルイジアナの沼地、河、川、人工水路に、モンタナの渓流に登場する魚たち――1978年の異色純文学風作品"The Lost Get-Back Boogie"を素材に語る(Part-7)。

2013.6.18
                           <<<[関連記事一覧表](相互リンク機能を付しているので適宜参照されたい)>>>          
  Part-5から6までが3ヶ月、今回のPart-7まで2ヶ月、いつになったらモンタナに到着できるのか、記事を終えることができるのか、ため息が出る。
 一連記事へのアクセスが皆無に近いこともあり、ともすれば気がくじけがちだが、まあ、最後までやり抜こう。いい着想だと考えて始めたことだ、時間がかかってもいい。

 さて、前作で、ルイジアナを発った(*1)。父の形見のフォード・ピックアップ・トラックで。
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  ...だけど、その三日後にバトン・ルージュから申請を認める旨の書類が届いた。
4週間以内に当地での物事を整理して、モンタナ州Missoula(ミズーラ)市の仮釈放/保護観察事務所に出頭せよという内容だ。
  ピックアップ・トラックの名義変更は、弟がすでに済ませていた。そして、仕事で稼いだ金が275ドルある。
 寝袋とテントと、コンビーフその他の缶詰食品をトラックに積み込んだ。

 翌朝、オレはテキサス東部を走っていた。松のような樹木の間を転がりながら。
 木々には朝霧がかかり、道路の両側は赤っぽい、乾いた粘土質の土が覆っている。

******************************************

 今日は、この続きだ。

*1.主人公の故郷の町がどこなのか、作者は明示していないのだが、当ブログ主は、おそらくHouma(ホーマ)ではないかと推測している(2013.1.3、Part-4参照)。

◆◆◆◆◆◆◆◆
 ダラス(Dallas)まで来たときには、フードの下でラジエーターが蒸気を吹いていた。給油スタンドの少年は、箒の柄を使ってキャップを外した。
 焼けつくような午後をウイチタ・フォールズ(Wichita Falls)までなんとか走らせたが、そこでウォーターポンプがいかれてしまい、交換するのに、トタン屋根のガレージで5時間過ごさなければならなかった。そこは、まるでストーブのように熱と湿気を閉じ籠めた地獄だった。

++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++Photo     1961年式フォード社ピックアップ。 物語の時代は1962年だから、まだ「新しい」車なんだけどね。オーバーヒートしてラジエーターが沸騰し、あげくの果てはウォーターポンプがいかれてしまったという。欠陥車だったか。物語の時代とトラックの年式の決定根拠については、Part-5を参照されたい

[訂正] 2014.3.4
 
フォード社ピックアップ・トラックは、1961年式ではなく、1949年式であった。
 
1962年式であると考えたのは以下の理由による。
-----------------
「His Ford pickup truck with last year's tag was parked in the shed....
(
父親の去年のナンバープレートをつけたフォード社ピックアップ・トラックが木陰に停めてある)」
  という記述があり(25ページ)、物語の年度が1962年であることから、1961年式と判断した(
Part-5参照)
----------------
  しかし、本の118ページに

"......but they owe me for a 1949 picup and two guitars...."
 
とある。
  この国の自動車登録制度がどのような仕組みになっているのか不知なのだが、この「去年の」というのは、車の年式には関係なく、登録だけに関係することのようだ。

  ↓画像を差し替えておく。
1949                   (1949年Ford pickup truck。ココから)
++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++

 アマリロ(Amarillo)の南側まで来て、シチュー肉の缶詰を食べ、眠気覚ましのNo-Doze錠剤を噛んだ。車を道路脇に停めて睡眠を取るべきであったが、ハイウェイ走行に憑かれたような精神状態になっていた。おまけに、覚醒錠効果がビールの酔いとごちゃ混ぜになって気持ちが昂ってしまっていた。おそらく、デンバー(Denver)まで、ぶっ通しで走ることもできたのではないか。
       Nodoze                                                      (覚醒錠剤、ココから)

 給油スタンドやトラック食堂に立ち寄る度に、人々がしゃべることばのアクセントの変化に気付き始めた。やがて、夜明けの気配がやってきた。その薄明かりのなかで、ちょうど、テキサス州のパンハンドル部分(*2)を走っていたのだが、オレは生れてはじめてメーサ(mesa)(*3)というものを見た。
 平らな平原のなかで、まるで地質学上の事故が起きたように、盛り上がっているのだ。その縁部分は暁光でピンクに染まり、浸食された峡谷部分は紫の影で覆われている。
     Photo_2                                                 メーサ(ココから)

 綿花畑、トウモロコシ畑地帯は今や後方のものとなった。特許薬広告塔やMARTHA WHITE'S SELF-RISING FLOUR(*4)の広告も見なくなった。道路脇に停めたトラックの荷台で野菜や西瓜を売る風景、空き牧草地に建った宗教集会大テント(revival tent)(*5)も見ない。すなわち、南部そのものが過ぎ去ったのである。
  南部は、目に見えない境界線を境にして、――地理的な指定とはまったく無関係の境界線を境にして――過ぎ去ってしまった。

*2.パンハンドル(panhandle)
   国や州の地理的形状として、「フライパンの柄」のように突き出ている部分。テキサス州の地形を見よ。
*3.メーサ(mesa)
   米国南西部に見られる頂上が平らで周囲が絶壁の台地。

*4.MARTHA WHITE'S SELF-RISING FLOUR
  "self-rising flour"とは、パン種なしでひとりでに膨らむ小麦粉のことである。Marth Whiteは人名であろう。つまり、パンや菓子の材料にする小麦粉の広告である(見よ)(見よ)。

*5."revival tent"(リバイバル・テント、復活集会テント)
  キリスト教信者が"revival meeting"(キリスト教への信仰を復活させるための伝道的な集会)など特定目的のために設営されたテントで行う集会のことを"tent revival"(テント復活集会)という(Wikipeia)。"revival tent"とは、そのようなテントのことである(見よ)。


 こうして、ダルハート(Dalhart)に、次いでTexlineにやってきて、通り過ぎる。熱い空と雲のように舞うホコリを背景に穀物サイロが灰色の姿で立っている。そういう場所だ。
 やがて、遂にニューメキシコに入り、ラトン(Raton)に到着した。

Dallasraton                            Dallas→Wichita Falls→Amarillo→Dalhart→Texline→Raton
                (「赤A」印はTexlineで、最後の丸印がRatonである。すぐ向こう側がコロラド州みたいな州境の町だ)。


  No-Doze剤の効果と、この24時間内に飲んだ膨大な量のビールの酔いのせいで、意識が朦朧とし始めていた。熱にちらつく光で目が痛む。給油スタンドの水道ホースで頭に水をかけ、顔と頸筋を冷やしてから、食堂でステーキを食べた。もう疲労が限界に達していた。裏の駐車場に一晩車を停めて寝ていいとスタンド係員がいうので、荷台に寝袋を敷いて寝た。
 ハイウェイを走る車のシューシューというブレーキ音が聞こえる。Raton Pass(ラトン峠、標高2,388m)の長い上り坂に向けてギアをシフトダウンする音が聞こえる。
 やがて、寝袋のキャンバス地の匂いに包まれ、ひんやりとした夜気を顔に感じながら、眠りに落ちた。

 翌朝は、魂に中身を再充填するような気分だった。精神的肉体的エネルギーをすべて使い果たしていたのだ。
 さて、気分一新、出発したが・・・驚いたね、そこは、真の西部だった。

 ラトンの町は山に対して平らに横たわっている。山は、茶色い丘から、ロッキーの山岳地帯に茂る背の高い緑の木々の中へと、急角度でせり上がっている。町の通りは痛んでおり、しっくい(漆喰)で固めたレンガ造りの家屋と、納屋、鶏を放った庭、ボロボロに腐食して車体に蔦が絡まっている車の残骸といったものが並んでいる。メキシコ人の子どもらが、ローラスケートで作った手製の車で、歩道を轟音を立てて走りまわっている。しなびたリンゴのように皺の寄った顔のインディアンたちが州の労務事務所の前で、開くのを待っている。空は、見上げると瞬きをしなければならないほど硬質で美しい緑青色の変化を見せながら動き続けている。

 しかし、なんといっても、見ごたえのあるのは、連なる山々と松の樹木に映える早朝の光であった。2マイル続くラトン峠を登るためにギアをセカンドに落としたとき、山々は登っていくこちらの前方で、お互いに重なり合いながらの宙返りしているようにみえた。
 峠の頂上でコロラド州との州境を越え、古いトリニダード(Trinidad、6,010ft/1,832m)の町に降りてきたときには、冷却水温度計の針は上限を超えており、ギアシフトが手の平をゴツゴツと打っていた。

Photo_2                   Raton(ニューメキシコ州)からTrinidad(コロラド州)。下部黒丸がラトン、「赤A」がトリニダード。中央点線は州境。
Photo                            ラトン峠(Ratton Pass)からコロラドを臨む(Wikipedia)

  Coor缶ビール6本入りパックを二つ買って、砕いた氷を詰めたサックに押し込み、床に置いて、4車線道路を、「出発進行」、Puebro(プエブロ、4692/1430m)に下りていった。煤煙だらけの衰退気味の町で、トタン屋根の建物群から醜い煙が立ち昇っている。そこから、デンバー(Denver、標高5,130-5,690ft/1,564-1,731m)に向かって、ずっと続く勾配を登っていった。山々はあくまで青く、窓の左に高く聳えて、裾を雲が包んでいる。
Photo_2                                              (ココから)

 デンバーはいい町にみえた。モミの木(fir)とトウヒ(spruce tree)が生い茂り、緑の芝生と、チューリップの咲く公園が町のいたるところにある。町の北側のカフェでメキシコ料理を食べた。

Photo_3                                         fir(モミの木、樅の木)
Photo_4                                          spruce tree(トウヒ、唐檜) (モミ、トウヒ、どちらも同じように見えるんだが)

 次いで、フォート・コリンズ(Fort Colins、標高5,003ft/1,525m))を通り過ぎ、州境を越えて、ワイオミング(Wyoming)州シャイアン(Cheyenne、標高6,062ft/1,848m)に至る。州を真っ直ぐ横切って一気にモンタナを目指そうと、赤茶けた土地を、夕刻が迫りくる赤い太陽を見ながら走っていった。

Photo                Puebroから(最下段矢印)、 Denver、Fort Colinsと北上。ワイオミング州に入ってCheyenne、さらにモンタナを目指す。
 
 やがて夕闇が来て夜間走行となった。路上に子連れの雌鹿が出没したりする。しばらくして、二人連れの酔っ払いインディアン・ヒッチハイカーを乗せた。二人とも、シャツを二枚重ね着して、そのうえにジーンズ・ジャンパーという姿だ。こちらとは間隔を置いて、シートの端の方に二人でくっついて座り、赤ワインボトルを廻し飲みしたりしている。50マイルほど走ったところで、一人が、どこまで行くのかと訊いてきた。ビリングズ(Billings3,123ft/952m)(モンタナ州)までなんとか走るつもりだと答えると、ワインに染まった歯で笑い、無理だという。何故無理かと問うと、自分で分かっているはずだと答える。自分の家に泊まれという。
  男のいうとおり、それ以上運転できる状態ではなかったので、その家に泊まった。ビッグホーン山脈(Bighorn Mountains)の麓にあるインディアン居留地だ(*6)

*6.(脚注だが普通サイズで記す)
   ウインド・リバー居留地(Wind River Indian Reservation)であろう。下の地図画像の長方形で囲って部部がその区域である。
 ただし、シャイアン(Cheyenne)から先、どのような経路をとってこの居留地に来たのかということは、はっきりしない。すなわち、IS25を走っていたのだが、
①そのままIS25を走ってCasper(キャスパー)を抜けてきたのか、
②シャイアンの先、Wheatland(ウィートランド)辺りでIS25を降りて左折し、Medicine Bow(メディスン・ボー)を通り、Casperに出たのか、それとも、
Medicine Bowの先から287に進みShoshoni(シュシューニ)を経由して居留地に来たのか。
  Medicine Bow、Shoshoniを通ったことをうかがわせる記述があることからして(下に掲げているインディアン画像の説明文参照)iおそらく③ではないか。
 Casper、Wheatland、Medicine Bow、Shoshoniの所在、詳細な道路網など、Google地図へのリンクを掲げておくので、各自確認されたい(クリック→Google map)

Photo_2
          泊まったのは黒丸印の辺りではないか(長方形がウインド・リバー居留地)。「赤A」は、南北に延びるビッグホーン山脈。上部の点線はモンタナ州境。黒丸印のすぐ左側を縦(南北)に延びる緑色の帯、すなわち、山脈に平行して走っている帯はビッグホーン・リバー/Bighorn Riverである(その上流というか、モンタナ州側に東南に走る支流があり、リトル・ビッグホーン・リバー/Little Bighorn Riverという。そこは、カスター将軍とインディアン部族合同部隊の決戦の場として知られる)。なお、IS25はモンタナに入りIS90となる。
  Shoshoni                道中、干上がった川にかかる橋を、それぞれ支柱にMedicine Bow(メディスン・ボー)、Platte(プラット)、Shoshoni(ショショニ)と刻印してある橋を渡った。そういう描写がある。
(...the headlights briefly illuminated the names chiseled into the concrete faces of the bridges over dried-out riverbeds, MEDICINE BOW, PLATTE, SHOSHONI, each a part of something...)
  Medicine BowとShoshoniは町の名前だが、Platteは、Platte郡のことなのか、川の名称(North Platte River)なのか、何を表わしているのか不明である。

 "Shoshoni"で検索すると、↑のような画像が現れる。この町名は、"Shoshone"というインディアン部族に由来するのだという。ウインド・リバー居留地はEastern Shoshone族とNorthern Arapaho族が住んでいるというが、ヒッチハイクで載せた二人はこのどちらかの部族の子孫であろう。


 その家では、ビールの重ね飲みと覚醒錠剤の二重効果でメロメロ状態に陥り、主人の妻の、――これまで見たこともないほど美しいインディアン美人だったのだが――、その妻、イレーン(Irene)の手をテーブル越しに握ったまま席に突っ伏して眠りこみ、夢にうなされて目を覚ますという醜態、――そのイレーンは、「白人」に遠慮して、握られた手を離すこともできずにいたのだが――、そういう醜態を演じた。
 かつて、朝鮮戦争従軍時、負傷療養のために滞在した日本で、歌舞伎を見ながら芸者らと共に飲食して大荒れに荒れ、酩酊乱行によってMPに拘束されたことがある。
 うなされた夢は、その時のものであった(*6)
 結局、主人に介抱されるようにしてカウチに横たわったのは、夜明けの光が鶏飼育裏庭とウサギ小屋を紫に染め始めたときであった。

*6.この「歌舞伎を見ながら芸者やママサンと飲食した」というくだりの描写は、日本の実情、生活実態にそぐわない要素に満ちている。実体験に基づいて書いているのか、想像、伝聞で書きなぐったのか、その点はどうあれ、「これほどの作家がこんなお粗末を」と、気に入らない。

Medicine_bow 
Medicine_bow2                    ↑2画像、いずれも" Medicine Bow"、標高6565ft(2001m)、人口284(2010年調査)。元来は大陸縦断鉄道敷設のために設営された町だが、その後、家畜の出荷地として知られるようになった(Wikipedia)。

Platte           Platte(プラット)で検索した画像。North Platte River関連3つと、左から3番目は、Wyoming州内でのPlatte county(郡)の位置を表わしたもの。

Shoahoni2                         shoshoni、標高4843ft(1476m)、人口649人(2010年調査)。鉄道と鉱山の町として開設された(Wikipedia)。



――続く――

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2013年6月10日 (月)

John Sandford(ジョン・サンドフォード)の"*Prey"シリーズ最新作(第22作)Stolen Preyを読んだ。落ち目のシリーズをなんとか支えたいとして、新興シリーズ主人公Virgil Flowersを引っ張ってきたが、策は不発で、かえって冗漫作品にしてしまった。

2013.6.10
 John Sandford(ジョン・サンドフォード)の"*Prey"シリーズ最新作(第22作)Stolen Preyを読んだ(23作、Silken Preyというのも出ているけど、まだハードカバー版状態)。
 読後感、ずばり、落ち目回復策を講じたが不発で、かえって冗漫作品にしてしまった。
 憶測を恐れずにいうと、こうだ。
 すなわち、落ち目のシリーズ(*Prey series)――人気が落ちてきているというのは憶測にすぎないが、まあ、当たっているとして述べるが――、シリーズをなんとか存続させたいという目論みにより、ある種姑息とも思えるような外部要素を引っ張ってきて、それを物語に埋め込んで、カンフル剤とし、そのカンフル注射の効果を見極めたいとした。
 そのカンフル剤というのは、過去の数作から少しずつ小出しに試みている策なのだが、それを、ここにきてグッと高めて試みた。
 そういう作品のように思えた。そして、試みは成功していない。
Stolen_3                                                                 (Stolen Prey, 2012; Berkley International Edition, May 2013)

◆◆◆◆◆◆◆◆
一、"Preyシリーズ"は「落ち目」ではないか。
             ("Prey Series"は、「餌食シリーズ」、「獲物シリーズ」の意)
1."*Prey Series"というのがあった。
 作者はジョン・サンドフォード、刑事/警察/犯罪捜査小説だ。
 主人公Lucas Davenport(ルーカス・ダベンポート)が活躍する。
 ミネアポリス市警察(MPD)警部補刑事(20年勤続) → 民間人(ニューヨーク市警察(NYPD)嘱託刑事 → ウイスコンシン州Ojibway郡保安官事務所臨時雇い刑事) → 政治的配慮任命によってMPDに復帰しての副署長(担当部長) → ミネソタ州公安局傘下の犯罪防止部特別捜査官。
 時によって身分は変わるが、この男が犯罪解決に活躍する。

 元大学アイスホッケー花形選手、浅黒、スリム、長身、女好き、詩を読む。場合によっては激しい暴力、違法/不法家宅捜索などの行為、手段をも厭わずに行動し、犯人を追いつめ、ぶちのめす。場合によっては撃ち殺す。犯罪を解決する。
 明快で、スカッとする。
 しかもだ、「女」、「おんな」、「おなご」、これを「やり」ながら活躍するんだ。
 めちゃ楽しい。

20_2                                                            "***Prey" Series
                                   1.Rules of Prey(1989)、2.Shadow Prey(1990)、3.Eyes of Prey(1991)、4.Silent Prey(1992)、
                                   5.Winter Prey(1993)、6.Night Prey(1994)、7.Mind Prey(1995)、8.Sudden Prey(1996)、
                                    9.Secret Prey(1998)、10.Certain Prey(1999)、11.Easy Prey(2000)、12.Chosen Prey(2001)、
                                13. Mortal Prey(2002)、14. Naked Prey(2003)、15. Hidden Prey(2004)、16. Broken Prey(2005)、
                                17. Invisible Prey(2007)、18. Phantom Prey(2008)、19.Wicked Prey (2009)、20.Storm Prey(2010)、
                                21. Buried Prey(2011)

Photo

 まあ、そういうシリーズが「あった」なんていうと大怒られするんだが、依然として続行中だからね、だけどまあ、当ブログ主の感覚では、「あった」、"There existed"に近い。
 なぜかというと、これ、当方だけの、あくまでも当方だけの考えだけど、「女遍歴」、「女体遍歴」関係がなくなってしまったから、おもしろくなくなった。
 新作を鶴首して待つ、ツインシティ、ミネアポリス/セントポールのおまわりたちが、全国津々浦々のコップ(cop)らが、本屋に飛んで行って買う、こういうことがなくなった。興味が、半減、半減とまではいかないまでも三分の一減った。
 まあ、「女遍歴なんて、セックス描写なんて、そんなもなどうでもいい」という読者も多いだろうが、こちらはそう考えている。
 女性遍歴がなくなったのは、――この男、かつて、第9作で、署内の女刑事と、まあ部下のような存在だが、当ブログ主は「可愛いシェリル」と呼んでいたのだが、それと、「愛慾と口論の40日」を過ごしたりしたんだがー―、そういう男だったんだが、結婚してしまったからだ。
 そこらのいきさつは、関連記事を下記の相互リンクでまとめてあるので、適宜そこをご覧いただきたい。

       <<<[関連記事一覧表](相互リンク機能を付しているので適宜参照されたい)>>>

2.女遍歴ストップによる人気落を推認させる証拠

 作者サンドフォードは、Virgil Flowers Seriesという新シリーズを登場させた。Virgil Flowers(バージル・フラワーズ)という刑事を主人公とする刑事/警察/犯罪捜査小節だ。活動舞台は同じミネソタ州、主人公はダベンポートの部下、ミネトンカ(Minnetonka)に住み州南部を所管する。
 詳しいことは上記の相互リンクで「バージル・フラワーズ言行録」を見てもらいたいが、この男、主人公バージル、独身だが、やたらと女にもてて、「やる」んだ。
 ルーカスの女体遍歴遮断による作品人気衰退、作者人気衰退を、こちらでカバーしようとしている。当ブログ主はそうみている。

二、バージルの活動を盛り込むことによって人気を回復しよう画策
 「Preyシリーズ」自体にもバージルの活動を盛り込んで、かなりの割合で盛り込んで、人気を回復しようと狙っているのではないか。 人気上昇中新興シリーズ主人公のVirgil Flowers(バージル・フラワーズ)を引っ張ってきて共演させることによって、カンフル注射→回生→シリーズ継続維持を狙っているのではないか。

 しかし試みは機能せず。かえって、冗長要素過多、メタボ作品になってしまった。

 冒頭、ジョギング中のルーカスがATMで500ドルを降ろしたところを男女二人組のピストル強盗に襲われる。金を奪われると同時に、女に、大柄骨太のゴッツイ女だが、女に背後から足払いで引き倒され、負傷する。
 左手首を骨折し、ギブスで固定するはめになる。時期は5月初頭。

 まだギブスのとれない八月、一家四人、夫婦と男女の子が惨殺される事件が起きる。ルーカスは、この事件の捜査に側面関与することになり、強盗事件の捜査を、バージルにやらせることになる。
---------------------------------
"....... I'd do it myself, but now I'm all tangled up in this Wayzata murder. We're talking Mexican drug killers."
"Lot more eye-catching than horse shit, " Flowers observed.
"Well, I'm a lot more important than you are," Lucas said."So....."
"I'll do it, but I'm working on the Partridge Plastics thing, so there'll be extra hours involved, " Flowers said.

               
"Stolen Prey," John Sandford; Berkley International Edition, 2013、47ページ

「普通なら自分でやるんだが、このWayzata殺人事件にかかりっきりになっている。麻薬がらみの殺人で、メキシコ人の殺人犯が何人か入り込んでいるから・・・」。 
 「馬糞の事件より、はるかに注目度が高いからね」。
「まあ、お前より俺の方が地位が上だからな」、とルーカス、そしていう、
 「だから・・・」。
 「やりますよ、だけど、Partridge Plastics社の事件をやっているし、かなり負荷がかかります」、フラウワーズはいう。

   「注」 -「馬糞云々」は、この二人組強盗犯人は馬糞の匂いがするという確実情報との関連で語っていることである。
----------------------------------

 こうして、フラウワーズの活動をも、物語に取り込むことになる。
 しかし、先にも述べたようにかえって逆効果となった。
 そもそもが、冒頭の強盗被害事件は、メキシコから不法入国してきた複数のメキシコ人殺人犯が麻薬がらみの理由で次々と人を殺していくという話を作品のメインテーマとして設定し、物語を構成していくうえで、まったく必要ないものである。脈絡のない不要な要素をくっつけたのは、バージル・フラウワーズを作品中に引っ張り込むためである。
 で、何度もいうようだが、かえって、その部分が、作品を冗漫なものにする結果となった。
 引っ張り込むのなら、「バージル女体遍歴」をも盛り込まなければいけない。そうしないと、狙う効果は生じない。

三、次作品から「バージル女体遍歴」が盛り込まれるようになるかな
 いや、どうかな、「バージル・フラワーズ」シリーズ自体が人気上昇作品としてすでに走りはじめているからね。変なことをすると、こちらに悪影響を及ぼすことになってしまうから。

5_2                                                 Virgil Flowers Series
                 1.Dark of the Moon(2007)、 2.Heat Lightning(2008)、 3.Rough Country(2009)、
        4.Bad Blood(2010)、5.Shock Wabe(2011)、 6.Mad River(2012、ハードカバー既刊)

 

 

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2013年6月 8日 (土)

♪「オー・プリバーブ」、「オー・プリバーブ」、「オー・プリバーブ」.....見上げたら、三人の外人が、欄干から身を乗り出して、Vサインで、口々にそう叫んでいた。わあ! えっ、ミュージシャンかい、観光客らしかったが。

2013.6.8
  プー、プーと試しを一吹きくれて、すぐにAu Privave(オ―・プリバーブ)のテーマを吹き始めた。これから臨もうとしているセッションのウォーミング・アップだ。大岡川河口の船着き場、正午過ぎ、すぐ川上にある橋に通行人は多いが、垂直3メートルほど下方にある船着き場には人はいない。幅3メートルほどの板張りの乗り場は、川に沿って海の方向に廊下状に延びている。

◆◆◆◆◆◆◆◆
 何かしらんガヤガヤするので、上を見上げたんだ。そうしたら、外人3人が口々に何か言っている。指はVサイン、笑い顔だ。
 「ウン? なに? ......... ああそうか!"Au Privave!"、『オー・プリバーブ』」といっているのか!」
  びっくりしたね、もう。
 一般人が知っている曲ではないのだ、いや、「ジャズ」をやる者でも、jazzにもいろいろあるんだけど、とにかく、全員が知っているような曲ではない。
 わ、わ、何か返事しなくちゃ・・・錆びついた口、頭、とっさにはことばがでない。
      Ah.......You know a lot... ah...."Au Privave," yes....Thank you.
 ブロークンで返した。連中は手を振りながら下流(湾)の方へ去っていった。

Photo
上の画像、横浜、桜木町近く。   
上方(↑)が下流。左側の「廊下」が船着き場(乗り場)。廊下の垂直2メートルほど上方が道路になっていて、下流、MM21方向に通じている。三人はそこを歩いてきて、欄干から下を覗き、声をかけてきたのだ。
 
 しかし驚いたね、なんで知ってんだろ、こんな曲。いずれも男、観光客のようだったけど。
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[Au Privave] (オー・プリバーブ)
 定型12小節ブルースで(F)、パーカー(Charlie Parker)の作曲だという。
 曲名はフランス語風だが、そんな言葉は辞書にないとして、Wikipediaでは、"Au Privave"をどう発音するか、どういう意味かというようなことにつき、ココでの議論を見よとしている。

■Au Privave - Charlie Parker
  チャーリー・パーカー

1951年録音。Charlie Parke(Alto Sax)、Miles Davis(Trumpet)、Walter Bishop Jr.(Piano)、
Teddy Kotick(Bass)、Max Roach(Drums)

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 結局、セッションでは出番の回数などの関係で、この曲をやらなかった、ハハ。
 でも、まあ、いいことがあったような気分で過ごした一日になった。


 

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2013年6月 6日 (木)

♪I've Found a New baby/アイブ・ファウンダ・ニュウ・ベイビィ/いい娘(こ)を見つけた(♂)、いい坊やを見つけた(♀) ― 1926年Jazzスタンダード、歌詞と日本語訳。

2013.6.6
  前回記事(2013.5.31)の仕掛り部分(「七」章)を切り離し、ここに、独立記事として掲げることにした。
すなわち「脚注1」で次のように述べている部分である。 
 <<<*1.そもそもが「どういう曲なのか」ということを知るために、末尾に曲についてのデータと、歌入りの初期の演奏Tubeを掲げておく>>>

◆◆◆◆◆◆◆◆
[I've Found a New Baby]
 Jack Palmer作詞、Spencer Williams(スペンサー・ウイリアムズ)作曲によるポピュラーソングで、1926年に Clarence Williams' Blue Five(クラーレンス・ウイリアムズのブルー・ファイブ)バンドの演奏にによって世に出た。
 以降、多くのアーティストによって吹き込みが行われ、ジャズ・スタンダードになっている。
 デキシーランド界では、この曲をレパートリーにしていないバンドは、まず存在しない、そういわれる(Wkipedia)。
 元来は次のような曲だ(↓Tube)。

■Ethel Waters - I've Found a New Baby (1925)
 エセル・ウォ―タ―ズ

Ethel Waters (October 31, 1896 -- September 1, 1977) was an African American blues, jazz and gospel vocalist and actress. She frequently performed jazz, big band, and pop music, on the Broadway stage and in concerts, although she began her career in the 1920s singing blues.
 ブルース/ジャズ/ゴスペル歌手、女優。ブロードウェイ舞台やコンサートでジャズ、ビッグバンド演奏、ポップ音楽を頻繁に演じたが、そもそもは、1920年代にブルースを唄ってキャリアに踏み出した。
-----------
 ペンシルバニア州で、14、5歳になるかならないかの母親から生まれた。一家の知人であった混血中流階級出身ピアニストにレイプされたことによる妊娠だったという。貧困のなかであちこちを転々としながら育ち、13歳で結婚したがすぐに暴力亭主と別れ、フィラデルフィアで住み込み女中として働くなどしたという。17歳のときに仮装パーティで唄ったことがきっかけになって、プロの道に進むようになった(Wikipedia)。
 

■歌詞と日本語訳(独自訳)
                                                                   ♪参考資料[歌詞翻訳曲目一覧/ページ相互リンク]
               I've Found A New Baby
                        
(w)Jack Palmer (m)Spencer Williams, 1926 J
(Verse)
Everybody look at me,
Happy girlie, you will see,
I've got someone nice, oh, gee!
Oh, joy, what bliss!

Just the treasure that I need,
Pure as gold and guaranteed,
Is he handsome? Yes, indeed!
Let me tell you this:

(Chorus)
I found a new baby,
A sweet honey boy;
My fashion-plate baby
Has thrilled me with joy!

His new way of lovin'
Has made me his slave;
His sweet turtle dovin'
Is all that I crave!

Sweetest kiss, what a kiss, full of bliss, can't resist, somehow!
Tells me lies, but he's wise, naughty eyes mesmerize, I vow and how!

I don't mean maybe,
I just had to fall;
I found a new baby,
A new baby, that's all!

     いい娘(こ)を見つけた(♂)  / いい坊やを見つけた(♀)

(バース)
みんな、私を、見て!
ほら、幸せなお譲ちゃんがいるでしょう。
いい坊やを見つけたのよ、わあ、なんてこと、
しあわせ、至福、天国!

これよ欲しかった宝物は、
ゴールドのように無垢で、真正。
ハンサムかって訊くの? もちろん、請け合いよ。
ほら、こういうことよ。

(コーラス)
いい坊やをみつけたわ、
甘くて、可愛いい子。
私が、スタイル画に描くような子、
もう、ワクワク、ドキドキしちゃう。

愛しか方がね、まったく斬新なの、
だから、すっかり虜になってる。
キジバト夫婦のように愛し合う、
渇望、それが私の願望、それさえあれば何も要らない。

甘い口づけ、なんてキスなの! もう、至福、メロメロ、蕩けちゃう。
嘘をついたりするんだけどね、悪賢いの、とぼけた無邪気な瞳でね、
うっとりと催眠術にかけてね、ああやれ、こうやれってね、騙すの。
結局、約束させられちゃうわ。

でもね、この話、この恋、真剣なのよ、冗談じゃなくて、
とにかく、そうなっちゃったのよ。
いい坊やを見つけたの、
いい子をね、騙されようと、どうしようと、どうなってもいいの。

[翻訳工房]
1.[fashion -plate]
 1.(多くは色刷りで大判の)新型服装図 2.(話)常に最新流行の服を着る人、ハイカラな人
    (小学館「プログレッシブ英和中辞典」)
   スタイル画(weblio)
 2.[His sweet turtle dovin' is all that....]
  "turtle dove" n1.(鳥)キジバト(特に)ヨーロッパ産キジバト 2.恋人、仲の良い夫婦
       (小学館「プログレッシブ英和中辞典」)
    ここでは、"turtle dove"を動詞として使用している。すなわち、「仲のいい夫婦のように振舞う」という動詞として使用し、その現在進行形(ing)で「仲のいい夫婦のように振舞うこと」という名詞句になっている。元来名詞形しかない語を動詞として使うのは、よくある手だ。
3.[Tells me lies, but he's wise, naughty eyes mesmerize, I vow and how!]
 上記のように訳したが、意味調査中の暫定訳としておく。
4.[I don't mean maybe.]
(米口語)
  文の末尾に置いて、先行する文/節/句に対して、次のように念押しをする表現である。
 *「場合によってはそうする、とか、事に因ってはそうする」とか言っているのではない」、
  絶対にそうする。
  *「冗談でいっているのではないぞ、本気で言っているのだ」。
  *「いいか、必ずやれよ」。

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