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2013年9月

2013年9月30日 (月)

♪ "than any Russian play could guarantee"、 どういう意味か。チェーホフ(Chekhov)の演劇、セリフがくどいことで知られているのか。

2013.9.30
 九月最終日、今月一つも記事を載せていない。
 異常に暑くて、熱い夏に、夜に、昼も夜も茹()でられたような熱気に、日本の、地球の狂いざまに、頭がやられたせいかな。
 そういう日がまた、いつまでも続いたんだよな、だらだらと。

 まあ、そのせいにしておくが、とにかく、「ひと月ゼロ記事」になりかけている。それはまずいだろ、どう言い訳しても・・・。

 ということで、急遽、これ、最後の日に。

◆◆◆◆◆◆◆◆
一、論題
     ------- "than any Russian play could guarantee" ------
(イ) これ、 どういう意味か。
    ガーシュイン(1)But Not Fpr Meの一節だが。
                            *1.George Gershwin(ジョージ、兄)作曲、 Ira Gerswin(アイラ、弟)作詞。

     ---With love to lead the way
       I've found more clouds of grey

       than any Russian play could guarantee.---
              
こういう文章の中の一部(節)だ。

(ロ)チェーホフの演劇のセリフは、総じて「くどい」ことで知られているのか。

 この2点について書いてみる。両者は相互に関係する。というか、(ロ)は(イ)を論じるうえでの、意味を探るうえでの一つの考慮点であり、下位に属する論点なんだが、まあ、2点とする。

二、議論
1.(イ)につき、以前はこう考えた
     -----ロシア演劇は暗いものが多いけど、恋に夢中になってしまった私は、
        もっと暗く沈んでしまったわ
-----


  以前、このジャズ・スタンダード曲について記事(2010.8.11)を書いたことがあり、その際に歌詞と日本語訳を掲げた。そこでは上のように訳した。
 こういう理由からである。
(i)直訳すると次のようになる。
       With love to lead the way
                   
恋に導かれるままに身を委ねて(恋に先導されて)
           I've found more clouds of grey
                  (私は、もっと)たくさんの灰色の雲を見つけた(深く陰気な気分に陥った)
            than any Russian play could guarantee.
                    いかなるロシア演劇をもってしてもその量の多さを保証しえないと思われるほど
                   (請け負えないであろうほどあるいは、量の多さを凌駕しえないであろうほど)。

(ii)そうすると、「ここで『ロシア演劇』」という語で表わしている概念、つまり、その語(「ロシア演劇」)がそういう概念の象徴であるということが「所与のものとして」捉えられている概念とは何か」、ということになる。

(iii)そこで、その概念とは何か、うん、
  →[ロシア演劇 = 暗い(暗い物語)]と考えたわけだ。
  特にこれといった根拠があってのことではない。というよりも、まったくそこらは門外漢分野であり、「さて困った」のだが、まあ、なんとなくそう考えた、「カラマゾフの兄弟」なんかを頭に浮かべて。何か考えなきゃ話が進まないからね。
  その結果、上記のような訳にした(末尾にその全体訳を掲げている)

2.エルロイ小説の記述

   ――ロシア演劇(Russian Play)は、セリフがくどくどしい――

 James Ellroy(ジェイムズ・エルロイ)の小説を読んでいて(2)、このようなことを述べている記述に出くわした。え、ほんとかい、初めて知った!!
 驚きだ。

 あれ! あれ、まてよ・・・とすると、あの曲の、But Not for Meのあそこ・・・・・・あのとき、いろいろ頭をひねったて、「えいやっ」で訳したが、そうではなく、こういう意味になるのか・・・・・・なーるほど。
 ――「いくらくどくどいっても言いきれないほど、暗い気分に沈んでしまったわ」――

 とっさに脳がパチパチ、そう閃いた。
 「『ロシア劇のセリフはくどい』――こういうことが定説になっているのか、常識かい、知らなんだのはアンタだけか」――うん、ネットで調べなきゃいかん。

 こう考えた。そして、「印をしておかなきゃいかんな」と、つまり、読んでいた本のそのページのその記述に、後から探したときに(参照、引用などの必要性から)すぐ発見できるように、「赤鉛筆で印をしておかなきゃいかんな」という意識が強く働いた。
 というのは、こういうことだからである。

 <<<後から探す必要が生じたとしても、だいたい、話の脈絡のなかでここらへんだということを記憶しているから、パラパラとめくって、さっと読んで、すぐに見つけられるだろう、おそらく――と考えて、印も何もしない。
 ところが、やっぱ、探すとなると探せない、見つからない。
 これまで、ずっとそうだった。その繰り返しで生きてきており、その都度、反省していた。
 そういう経験を、いやというほどしてきた>>>

 それなのに、今回も、それをしなかった、怠ってしまった。アホだね!!
 「ああ、すぐ探せるだろう」と考えて。
  いやな予感はしたんだが。

 
*2.この過去記事(2003.8.26)参照

3.チェーホフ演劇
 さて、ロシア演劇のセリフは概して「くどい」のか、それが定説か。
ネットで調べた。
 いろいろと知った。

(i)Russian Playとは、チェーホフの演劇を指す。
(a)まず、"play"とは「演劇」のことだという・・・はっ?
 そして、"Russian play"とは、チェーホフの演劇のことを指すのだ・・・ええっ!
 こういうことが書いてある。
 「ロシアの「演劇」って、チェーホフの演劇のことなのよ。
 そうか。

(ii)チェーホフ劇のセリフ = くどいのか。
 そこで、そのことをネットで検証した、確認をとろうとした。
 ところが、そんなこと書いてないね。
 まあ、なんとなく、そう認識することについて、そいう合意ができているような雰囲気もあるんだが、識者ないし論者のあいだで、「まあ、そういえばそうだな」、「そういうことにしておくか」みたいな合意が、うん、半ば、ししぶしぶ合意みたいな空気ができているようだが、いいかげんな合意、いいかげんだね、連中、
 まあ、そういうことだが、とにかく、
 「パチッ」とはいかない。つまり、定説になっているとはいえない。

4.アイラ・ガーシュインの着想
 ------- "than any Russian play could guarantee" ------
 おそらく、「上記のような議論が存在するといういう状況を、というか空気を、『機敏に』察知して、歌詞に引っ張ってきた。
  ・Russian Play(ロシア演劇) = 暗い、暗い劇
    ・Russian Plya(チェーコフ演劇の)=セリフがくどい
  ・その他
 聴く側がどう惑おうと、どう考えようと、意味の把握にどう困惑しようと、その人々に委ねる・・・これだ。鋭い、作詞家として。

三、「桜の園」は悲劇か喜劇か。
 こういう議論がある。
 劇解釈 (喜劇)= 演出→結果としての作品→興行採算面からの評価。
 深くは立ち入らない。 

四、結論
      "than any Russian play could guarantee"
    ――チェーホフ演劇が、いくらくどくど言ってみても追いつかないほど―――

 ということで、But Not for Meの件の一節、その日本語訳を上のように訂正する、というか、置き換えることにする。

 ロシア演劇は暗いものが多いけど、恋に夢中になってしまった私は、もっと暗く沈んでしまったわ。
    ↓ (変更)
  恋に夢中になってしまった私は、あのチェーホフ演劇のセリフが、いくらくどくど言ってみても追いつかないほど、暗い気持に沈んでしまったわ。

◆◆◆◆◆◆◆◆
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 参考までに、以前載せた詞/翻訳を掲げておく。

[過去記事から}

                But Not For Me
                              
 George and Ira Gershwin, 1930
(Verse)
Old man sunshine listen you!
     Never tell me, "Dreams come true!"
Just try it and I'll start a riot.

Beatrice Fairfax, don't you dare
  ever tell me he will care;
I'm certain it's the final curtain.

I never want to hear from any cheerful Pollyannas,
    who tell you fate, supplies a mate; it's all bananas!

 (Chorus)
They're writing songs of love, but not for me.
A lucky star's above, but not for me.
With love to lead the way
I've found more clouds of grey
than any Russian play could guarantee.

I was a fool to fall and get that way;
Heigh-ho! Alas! And also, lack-a-day!
Although I can't dismiss the mem'ry of his kiss,
I guess he's not for me.

He's knocking on a door, but not for me.
He'll plan a two-by-four, but not for me.
I know that love's a game;
I'm puzzled, just the same,
was I the moth or flame?
I'm all at sea.

It all began so well, but what an end!
This is the time a feller needs a friend,
when ev'ry happy plot ends with the marriage knot,
and there's no knot for me.


******------******------******------******

[バース]
お日さま、よくお聞き。「夢は必ず実現する」なんていわないで。
   もし言おうとしたら、暴動を起こすわよ。
人生相談のベアトリス・フェアファクスさん、彼が私のこと今でも気にかけてるなんて、絶対にいわないでよ、おざなりを。
 もう幕が下りたのよ、私知ってるわ。

 安請け合いばっかり言う楽天家連中は、きっといいことがある、恋人ができるなんて、必ずいうけど、みんな嘘よ、聞きたくないわ。

[コーラス]
  作曲家はラブソングを書くけど、私のためじゃない。
空には幸運の星が輝いているけど、私のためじゃない。


 ロシア演劇は暗いものが多いけど、恋に夢中になってしまった私は、もっと暗く沈んでしまったわ。
    ↓
 恋に夢中になってしまった私は、あのチェーホフ演劇のセリフが、いくらくどくど言ってみても追いつかないほど、暗い気持に沈んでしまったわ。

 あんなに夢中になるなんて、そして失恋するなんて、愚かだったわ。
「あーあ」、「やれやれ」、おまけにもう一つ、「なんてこと」。
彼のキスを忘れられないけど、でも、おそらく、あの人って存在は、私のためじゃない。

 彼がドアをノックしている。だけど私のためじゃない。
彼は、ツーバイフォーの家を計画するだろうけど、私のためじゃない。
そうね、恋はゲームね、それは知ってる。でもね、考え込むことがあるわ、私は蛾だったんだろうか、それとも、私が明りだったんだろうかって。
 まったくうまく始まったのよ、それが、あんなひどい終わり方をするなんて。
こういうときこそ友が必要なのよね、ハッピィエンド物語はすべて結婚で終わるのに、私だけはそうならないときって。

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