« James Lee Burke(ジェイムズ・リー・バーク)の世界。おびただしい風景描写、カントリー/ジャズ音楽への深い造詣、南部ルイジアナの沼地、河、川、人工水路に、モンタナの渓流に登場する魚たち――1978年の異色純文学風作品"The Lost Get-Back Boogie"を素材に語る(Part-10)。 | トップページ | James Lee Burke(ジェイムズ・リー・バーク)の世界。おびただしい風景描写、カントリー/ジャズ音楽への深い造詣、南部ルイジアナの沼地、河、川、人工水路に、モンタナの渓流に登場する魚たち――1978年の異色純文学風作品"The Lost Get-Back Boogie"を素材に語る(Part-12)。 »

2014年1月10日 (金)

James Lee Burke(ジェイムズ・リー・バーク)の世界。おびただしい風景描写、カントリー/ジャズ音楽への深い造詣、南部ルイジアナの沼地、河、川、人工水路に、モンタナの渓流に登場する魚たち――1978年の異色純文学風作品"The Lost Get-Back Boogie"を素材に語る(Part-11)。

2014.1.10
  ------しかし、あのバーにいた時点で悟るべきだったのだ。あるいは、少なくとも、物事の一部でも悟るべきだった。
 事が、そこに存在していたんだ、問題が、事が。
--------------------------

 前回記事(Part-10)はこう終わった。
 この後、物語は後半に入り、その「事」という存在に触れていくことになる。
   主人公、「オレ」の名前は、Iry Paret(アイリー・パレット)、現在31歳。カントリー/ヒルビリー/ブルーグラスのギター弾きだ。 
                    <<<[関連記事一覧表](相互リンク機能を付しているので適宜参照されたい)>>> 
◆◆◆◆◆◆◆◆
一、バディの家族と対面すること
 翌朝、太陽が薄青い山の背から姿を表わし、緑に濡れた牧草が光線に映えた。山々の裾を覆う影は冷たい打ち身(打撲傷)のように紫色をなしている。朝が温まり、草の葉から露が蒸発するに連れ、家畜たちは川に沿って生えているコットンウッド(Cottonwood、ヒロハハコヤナギ、画像 )の木々の暗がりの中に移動していった。

Photo_2          (コットンウッド=ポプラの一種。綿のような実をつける。右端の画像は、小屋の左側に松林(パイン)、右側にコットンウッドを擁している。ココから)

 バディと俺はキャビンの裏手のクリークでウェット・フライ釣りをやり(*1)、大きな岩の後ろで渦を巻いている深みで、カット・スロート鮭(cutthroat trout)(*2)を一ダースほど釣り上げた。
  木々の枝から漏れ散らばる太陽光線で、水面に我が身の影を落としてはならない。そこで、尻を地面につけるようにしゃがむ。フライを、ゆっくりと、深みの底まで沈める。突然、喉裂き鮭(じゃけ)のヤツが、底石の蔭から飛び出してきて、輝くようなエラの縁取りが光線に反射する。フライ・ロッド(竿)が、グッと水面まで弧を描き、グッグ、グッっと、激しく脈打つような、力強い引きがくる。

*1.フライ・フィッシング/ウェット・フライ(wet fly)
   フライ(擬似餌、毛針)による釣り。フライにはdry(ドライ)とwet(ウェット)があり、前者は水面に浮いた状態を保つもので、後者は水中に沈むもの。見よ→Wikipedia

*2.Cutthroat trout(カットスロート鮭)    独自訳―喉裂き鮭、ノドサキシャケ、ノドサキジャケ
  北米太平洋沿岸、ロッキー山脈、グレイト・ベイスン(Greate Basin)地域の冷たい川に棲む鮭科の魚。Cut-throat=喉裂き(け)、という名前の由来は、下顎の底部が喉を裂かれた傷のように線状に赤く染まっているところから(Wikipedia)
  「カットスロート」なんて味も素っ気もない訳が定着しているようだが、「喉裂き鮭」とでもしたらどうかね。


Photo
[画像説明]
 
Cutthroat troutにも種類があるという。上段画像はNorthern Rockies(ロッキー山脈北部。画像)に棲む種として掲げられているもので、モンタナ州のものは、だから、これであろう。右側のものは、同種のうちの、ワイオミング州のモンタナ州境に近いYellowstone湖(イエローストーン画像)湖周辺に生息する種だとして掲げられている写真である。「cut-throat=喉裂き」線の謂れがよく分かる。
 下左は、太平洋沿岸種、中は、リオグランデ川種(ニューメキシコ、コロラドなど)、右はGreat Basin地域種(ユタ州Great Salt Lake支流など)。Wikipediaから。


 魚のわた(腸)を取ってきれいに洗い、それを持って、母屋に朝食に行った。
 丸太をチェーンソーで切った槇(まき)が、馬小屋の壁にうず高く積み上げられている。小屋の側面には、錆びついて骨格状態になった蒸気エンジン・トラクターの残骸が放置されており、車輪の隙間からpigweed(アカザ属の総称、→画像)が伸びて茂っている。
 
裏手には、少なくとも50個はあろうか、木の枠にワイヤ張った鳥小屋がいっぱい並んでいる。カモ(ducks)、アヒル(ducks)、ガチョウ(geese)のほか、ライチョウ(grouse)、エリマキライチョウ(pheasant)の、これまで目にしたことのない品種の鳥たちが、庭のあちこちにしつらえた餌小屋や水飲み場を徘徊している。

 「親父の動物園だ」、バディがいう、
「おそらく、州で一番でかいものだ」、「世界中から集めている」、
 「オレが山小屋に住んでいる理由の一つがこれだ。朝四時に、ヤツらが活動し始めたときに、ヤツらがあげる鳴き声を、まあ聴いてみろよ、たまったもんじゃないぜ!」。
Photo           上左=ライチョウ、右=エリマキライチョウ、下左=カモ(オナガガモ)、中=カユガアヒル(cayuga duckアメリカ原産)、右=ガチョウ画像は、順に、ココココココココココから

 おれたちは鮭をバターでいため、バディの母親が巨大な皿にスクランブル・エッグとポークチョプを盛り、トマトの輪切りを添えた。テーブルには油布が貼ってあり、脇を鋲で留めている
 
バディの父親が主座に座り、家族の全員が揃うまで静かに待つ。
 やがて、最初に皿を取って、次々と始めさせた。

 バディの弟が三人、全員が高校生だが、俺の向かいに座っている。兄の前科者の友人を前にして、物珍しそうな顔つきをしているが、礼儀は失っていない。三人とも日焼けしており、体躯に贅肉はまったく存在しない。ブルージーンズに、色褪せたプリントシャツの袖をまくって、若くて力強い腕を見せている。まるで、「これぞアメリカの健康!」といった見本のようだ。

 バディの姉夫婦がテーブルの端にいる。は大学の講師だという。二人は、なんとなく俺を落ち着かない気分にさせる。俺は、男を、農民生活に一時的に魅せられたロマンチストか、あるいは、妻の家族の生活に一時的に旅行してきた東部大学人だとみた。浮かべた笑みも、握手も、過剰に気安く、あけっぴろげであり、願い下げみたいな感じのするものであった。
 妻、バディの姉は、母親似だ。整った体型、色白、素早い光を秘めた青い目をしている。しかし、その顔には、母親の持つ、機嫌のよさ、愉快さは存在しない。日光で漂白された波打ち髪の、美しい手を持つ美人ではあるが、内面の暗さが、すべてを台無しにしている。さらに、弟のバディが刑務所で知り合い、家に連れてきた相手、ノコノコやってきた男だということからくる憤り、敵意を、俺は感じ取っていた。

 しかし、バディの父親は、直観的に、尋常な人物ではないということを悟らせる相手であった。がっしりとした角張った肩、首は日焼けと風曝しでざらざらに強張っている。手のひらの縁は分厚くタコができ、爪には半月形の大工傷がある。

 父親は、齢はいっているけれどもハンサムな男である。茶色の薄い髪を広い額から真っ直ぐに撫でつけている。灰いろの目は、瞬きもせずに、こちらの目を見据える。アイルランド系の男はほとんどが顔の骨格の端に柔らかい部分を持つのだが、この男にはそれがない。背筋を真っ直ぐに伸ばして椅子に座り、その背にもたれることはない。
 やがて、ブルージーンズのポケットから鎖付きの銀時計を取り出し、初めて見るような仕草で、しばらくそれを眺めた。

 「時間だ、束ををトラックに積みあげなきゃいかん、みんな、支度はいいか」、父親がいう。
 弟三人が立ちあがり、父親に続いてキッチンを出ようとする。父親が、まるで思い直したような風情でこちらを振り返って、あのグレーの、瞬きしない目で、俺を見つめた。
 「パレットさん、表におもしろいものがありますが、見ますか」、そう問う。
 バディが、コーヒーカップ超しに俺を見て、ニヤッと笑う。
 俺はリオーダン氏、三人の息子と共に、裏庭に出た。

 今や、谷間全体に陽光が射しており、放牧地に散在する緑の牧草の束と、樹木を通してビタールート川(画像)に反射する光と、峡谷の壁を包む重々しい影の対比が、えも言えず美しい。俺は感動のあまり、立ち止まって胸で腕を組み、大きく息を吐いた。

Photo                       (Bitterroot Valley/ビタールート峡谷。下段右端は航空撮影写真。ココから)

 「こういう動物、みたことありますかな」、リオーダン氏が訊いてきた。
 氏は檻を開けて、大きなヌートリア(nutria、南米原産のげっ歯類。大きなネズミのような動物画像 )を掴み出した。
            ........................................

 「南部ルイジアナ以外では見たことがないですね、寒い気候で生きられるとは思いませんでした」。
「みんなそういうんだが、しかし、ヌートリアに、そのように助言した者はいない。この動物のこと、どれぐらい知ってるかね」。
  俺はパックからタバコを振り出して口に咥えた。..........この先、新しいゲームのルールをいろいろと教えられていくことになるんだな、おれは、そう感じた。

 「McIlhenny tabasco(マキルヘニー・タバスコ、画像 )の一族が1900年頃に南米から持ち帰ったと聞いています」、俺は答える、
 「言い伝えによると、ルイジアナ沿岸約12マイル沖のMarsh Island(マーシュ島)の檻に隔離されていたのが、嵐で檻が壊れ、陸地まで泳いで渡ってきたのだそうです。今では、南部ルイジアナのどこのバイユー(湖沼地帯)、キャナル(運河)にも棲んでいる。連中のいる水に犬が落ちると、犬を殺してしまうし、マスクラット猟のために仕掛けてある罠を、一日で一杯にしてしまう(マスクラット/muskrat=ネズミの一種、画像 )。

 「私は、こいつらを、この地域に定着させて、広げようと思っている。手伝ってくれるかね」。
  「ルイジアナでは、こいつらはペストのように嫌われているんですよ、リオーダンさん。米作りのための灌漑運河を壊してしまうし、ヤツら、さかりのついたミンクのように子を産みまくる」。
 「そうか、まあ、寒冷気候のなかでどう振舞うか、見てみようじゃないか」。

Photo_2  上段がヌートリア、下段はマスクラット。左端=その毛皮で作ったコート、真ん中=猟の罠(ワナ)。画像は、ココココから。

二、殺人前科者、仮出所中の身
 そして、突然訊いてきた、声色も変えずに。
 「あんた、人を殺したんだね」。
             You murdered a man, did you?
 俺は、とっさには返事ができなかった。
 「それは、おそらく、法的な用語定義の問題になると思います。私は、murder(謀殺)ではなく、manslaughter(故殺、非謀殺)で刑務所に行きました」。(*3)
             "That's probably a mutter of legal definition," I said. "I went to prison for manslaughter."
 「その議論は、場合によって、かなり微妙なものになると思うがね」、相手はいう。
 「はい、そうです」。
     (人を殺したいきさつにつき、Part-2を参照されたい)

 「君の仮出獄の居住地変更申請に伴う身元引受人になったのは、バディが頼みこんできたからだ。普段、私は、州政府や連邦政府との関わりを極力避けるようにしている。
 しかし、バディが泣きつくから。
 アレは、君に来てもらいたがった。
 だから、私は、ルイジアナ州当局とこの州の当局の両方と、ある種の契約を交わしたんだ。
 ということは、私も君も、こちら側は、かなりの制約に従って行動しなきゃいけないということになる。
 その意味、分かりますか、ミスター・パレット」。

 俺はタバコを吸いこんで、フェンスの方に弾き捨てた。頭に血がのぼって、手のひらに、血液が脈打ち始めるのを感じた。

 「リオーダンさん、私はこの先3年も仮出所期間を過ごさなければなりません。つまり、仮出所保護観察官がその気になれば、小切手の不渡りとか不就労とか、ちょっとしたことで、気まぐれに刑務所に送り返すことができる、あるいは、所定期日に出頭しなかったというだけで、そうできるのです。胃にガスが溜まり、げっぷが出るとか、前夜飲み足りなかったとか、今朝ベッドで女房に拒否されたとか、なんでもいい。
 ボールペンを動かすだけでいいのです。そうすれば、私は手錠でアンゴラ行きだ」。

 「あんたは、あの刑務所以外で農作業をやったことがあるかね」、相手が問う。
「私の親父は、サトウキビ経営をやっていました」、おれが答える。
 「牧草の束の積み下ろしで、一日10ドル支払おう。昼飯は母屋で出す。秋にも仕事がいっぱいある、もし、豚の屠殺を厭わないのなら」。

 リオーダン氏は、かかとのすり減ったカウボーイ・ブーツで、平床ワゴン車の方へ歩き去った。三人の息子たちが、そこで待機していた。

 俺は、相手がいきなり重い話題を持ち出してきたことと、俺の魂のプライベート部分にずかずか踏み込んできたことに対して、腹を立てたかった。しかし、できなかった。
 というのは、相手は、単に、正直に簡潔に物を言っただけであり、俺の方で対応準備ができていなかっただけのことであったから。 

*3."Murder"と"Manslaughter"
[Murder]
    謀殺 ― "malice aforethought"(予謀)をもって行われた不法な殺人をいう。
    故意の殺人のうち、voluntary manslaughter(故意故殺)を構成する事情がない場合、すなわち、激情状態(heat of passion)に陥って殺したというような事情のないものをいう。
  重大な身体傷害を加える故意で人を殺した場合は、人を殺す意図がなくても"murder"となる。
  著しく重い過失により、非常に高度な危険を有する行為で人を殺した場合にも、"murder"となりうる。
   "felony"(重罪)またはその未遂を犯す際に人を殺した者も、"felony murder"として処罰される。
 多くの州では"murder"を2つの等級(一部の州では3つの等級)に分けて、premediation(予謀)などがある場合や、arson(放火)、rape(強姦)、burglary(不法目的侵入)、robbery(強盗)などの一定のfelonyを犯す過程で行われた故意の殺人を"first degree murder"(第1級謀殺)として、その他の"murder"よりも重く処罰して、いる。
[Manslaughter]
    故殺、非謀殺 ― "malice aforethought"(予謀)なく行われた不法な殺人。
  "voluntary manslaughter"(故意故殺)と"involuntary manslaughter"(非故意殺)の2つの類型に分けることができる。
 "manslaughter"の一般的な訳語は「故殺」であるが、manslaughterには、過失致死罪や、「felony(重罪)にいたらない犯罪の結果としての致死罪」も含まれるので、「非謀殺」(「murder(謀殺)以外の殺人」という趣旨)という訳語を併せて掲げる。

   [参考] "felony"(重罪)とは(米国)、死刑または長期1年を超える定めのある犯罪のことをいう
                 (連邦法と、多くの州の州法で、そう定義されている)

  東京大学出版会、「BASIC英米法辞典」(編集代表田中英夫)による。ただし、一部、表現を少し変えているところがある。


三、町に出る
 俺はその日の午後ミズーラ市(Missoula)へ行って、保護観察官に、到着/移住開始を申告した。今度の観察官は、俺のことを特別問題児であるとみなさない、普通の人物であるようにみえた。そこで、15分後には、再び陽光の通りに立っていた。両手をポケットに突っ込み、青く、金色に輝く午後(blue-gold afternoon)の時間をたっぷりと使って、この見知らぬ町をどう やって探検してくれようかと、浮かれながら。 Photo_3          (左画像=市庁舎/City Hall。保護観察官事務所は、通常、裁判所、警察署などと共に、市庁舎の中にある。右画像=文字どおり、「青く、金色に輝く」ミズーラ。画像はココ から)


   ――Part-12に続く――

|

« James Lee Burke(ジェイムズ・リー・バーク)の世界。おびただしい風景描写、カントリー/ジャズ音楽への深い造詣、南部ルイジアナの沼地、河、川、人工水路に、モンタナの渓流に登場する魚たち――1978年の異色純文学風作品"The Lost Get-Back Boogie"を素材に語る(Part-10)。 | トップページ | James Lee Burke(ジェイムズ・リー・バーク)の世界。おびただしい風景描写、カントリー/ジャズ音楽への深い造詣、南部ルイジアナの沼地、河、川、人工水路に、モンタナの渓流に登場する魚たち――1978年の異色純文学風作品"The Lost Get-Back Boogie"を素材に語る(Part-12)。 »

外国刑事/探偵/捜査小説」カテゴリの記事

音楽/カントリ-・ミュージック」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/549561/58912160

この記事へのトラックバック一覧です: James Lee Burke(ジェイムズ・リー・バーク)の世界。おびただしい風景描写、カントリー/ジャズ音楽への深い造詣、南部ルイジアナの沼地、河、川、人工水路に、モンタナの渓流に登場する魚たち――1978年の異色純文学風作品"The Lost Get-Back Boogie"を素材に語る(Part-11)。:

« James Lee Burke(ジェイムズ・リー・バーク)の世界。おびただしい風景描写、カントリー/ジャズ音楽への深い造詣、南部ルイジアナの沼地、河、川、人工水路に、モンタナの渓流に登場する魚たち――1978年の異色純文学風作品"The Lost Get-Back Boogie"を素材に語る(Part-10)。 | トップページ | James Lee Burke(ジェイムズ・リー・バーク)の世界。おびただしい風景描写、カントリー/ジャズ音楽への深い造詣、南部ルイジアナの沼地、河、川、人工水路に、モンタナの渓流に登場する魚たち――1978年の異色純文学風作品"The Lost Get-Back Boogie"を素材に語る(Part-12)。 »