« ♪Wreck of the Old 97(97号列車の脱線事故)というカントリー曲を知った。周辺情報を調べた。えらく興味深く、雑学増大にも大いに役だった。曲の歌詞と日本語訳を掲げ、知り得た雑学のおすそ分けをしよう。 | トップページ | James Lee Burke(ジェイムズ・リー・バーク)の世界。おびただしい風景描写、カントリー/ジャズ音楽への深い造詣、南部ルイジアナの沼地、河、川、人工水路に、モンタナの渓流に登場する魚たち――1978年の異色純文学風作品"The Lost Get-Back Boogie"を素材に語る(Part-15)。 »

2014年2月10日 (月)

James Lee Burke(ジェイムズ・リー・バーク)の世界。おびただしい風景描写、カントリー/ジャズ音楽への深い造詣、南部ルイジアナの沼地、河、川、人工水路に、モンタナの渓流に登場する魚たち――1978年の異色純文学風作品"The Lost Get-Back Boogie"を素材に語る(Part-14)。

2014.2.10
  今日の記事は、本の第5章(Chapter Five)の頭、88ページから105ページまでの内容を書いている。文字量が多い割には話の進みがのろい。そうなっている理由は、パッパと間引きして物語の筋をどんどん先に進めるという手法をとっていないからである。間引き率30%というところか。
1  そうしたのには理由がある。バディという男、物語において、ある意味、主役アイリーと同じぐらい重要な役割を占める脇役、性格役者だが、そのバディがどういう男かという人物描写が、心理描写みたいなものも絡めて、厚く盛り込まれているからである。

 なお、以下の記述で「一、二、三....」と項目番号を振っているが、当ブログ主が勝手に置いているものであり、本にそのような項目立てがあるわけではない。断るまでもないであろうが、念のため。
 (→画像 - Hyperion社Mass market版、ISMN: 0-7868-8934-9。1978年発表作品)

             
                      <<<[関連記事一覧表](相互リンク機能を付しているので適宜参照されたい)>>>
  

************************
「オレはカアチャンと子どもらに会いに行こうと思ってるんだ、日曜日に。ジミー(Jimmie)の誕生日だ、
 あんたとメルビンも一緒に行こうや。ミシシッピー川生まれのこの偽ヒッピーがボナーの居酒屋でEarnest Tubb(アーネスト・タブ、画像)を真似て唄うのを聴こうじゃないか」。
       ......................................
       .....................................

 「いや、まあな、実のところは、行こうと誘ったのには、ほかに目的があったんだ。ほら、オレはカアチャンと縒り(より)を戻そうとしてんだ。まあ、いい考えではないかもしれないが、しかし、子どもらがもう9歳と11歳になる。連中は、学校で、まったくダメ・・・・・・

***********************   

                                                                                             (前回記事、Part-13から)

◆◆◆◆◆◆◆◆
一、バディの妻、別居妻、ベス
 日曜日の朝、俺は、バディ、姉、その亭主と共にミズーラへ行った。バディの息子の誕生日祝いだ。快晴日だ。
 バディは、11歳誕生日のジミーに野球のグローブとスピニング・リール(見よ)を、 下の子には缶切りやドライバーなど付属道具がいっぱいついたスイス・アーミー・ナイフ(見よ)を手土産にした。やつは子煩悩だ。自ら楓(かえで)の木陰にテーブルを据え、ロウソクを立て、アイスクリーム作って皿に盛り、テーブルに並べていく。子どもらは大喜びだ。

 その妻、ベス(Beth)との間では、しかし、バディは成功しているとはいえない。
 ベスの態度は、静かで、バディに親しみのある様子で接する。共通の知識を分かち合っている者同士が示す態度だ。あるいは、というよりも、おそらく、場に応じて振舞っているだけなのであろう。
 しかし、バディがこの子たちの父親でなかったなら、いま目にしているようなほんのわずかな部分でさえバディがベスの生活入り込めることはない。
 俺はそのように感じた。

 バディは腕を振りまわしたり笑ったりしながら、盛んにベスに取り入っている。シャツにもズボンにもアイロンがかかり、ズボンにはビシッとした筋が付いている。
 しかし、ベスはといえば、ともすればバディに対して注意が薄れ、意識がさまよい、子どもの一人がアイスクリームを膝にこぼすと、ハッと現世に戻って素早く対応する、といった態度だ。
 俺は木の幹にもたれて缶ビールを飲みながら眺めているのだが、何か見てはならないものを見てしまったと感じた。特にバディに対して。

 ベスは、実にいい外観をしている。髪は、ところどころ軽く輝きを見せる黒髪で、肌は皺もそばかすもなく、あくまで白い。やや太り気味だが、却って魅力を増している。女子生徒のように膝をくっつけて立つ。
 胃の辺りの滑らかな曲線と大きな乳房を目にし、俺は、驚くほど激しい性夢で真夜中に目覚め、悶々と眠れぬ時を過ごした幾夜かの記憶に引き戻された。

二、ミルタウンでの演奏
 その後、俺たちはミルタウン(Milltown)のバーに行った。オレ、バディ、ベス、姉夫婦である、ベスは子どもの世話をしなきゃいけないとかなんとかいって同行を渋ったのだが、バディは両隣りの家のドアをバンバン叩いて留守中の監視/保護を依頼するという荒っぽい行動に出て、ベスの意表を突き、行かざるを得ない状況に追い込んだ。
 ベスは目に怒りを見せた。
 俺のピックアップ・トラックをオレが運転、真ん中にベス、窓際にバディ、姉夫婦の車が後に続く。ヘルゲート・キャニオン(Hellgate Canyon)を抜け、クラーク・フォーク川に沿ってミルタウンに向かう。
Photo     ↑画像 ― 丸印、左からミズーラ市街、ヘルゲイト峡谷、クラーク・フォークとブラックフット川の合流地点、ボナー(Bonner)。
    ミルタウン(Milltown、矢印の局部地点)は、ミズーラ郡(Missoula County)内の地域で、国勢調査用に設定された区域
   だとされる(見よ)。


 日曜日とあって、何艘もの黄色い娯楽用救命ボート/イカダが、水着姿のビール飲みたちを満載して、唸りをあげて急流を下っていく。水しぶきと陽光を通して喜びと恐怖の悲鳴を谷の壁に反響させながら。

Photo_5                             (ココから)

 リアミラーを見ると、バディの妹の亭主メルビンがハンドルの頂上部分で両腕を組み、手に缶ビールを握っている。車は、崖の縁と山壁をヨタヨタと「くの字」型にいったりきたり。
 危険だ。
 ヤツは、ベスの家での誕生日パーティーで早い時間から飲み始め、出発する前に、すでにビールをウイスキー割にして飲んでいた。

 「停まって、アンタにあの車を運転させた方がいいようだ」、バディにこういうと、
「ダメだ、ヤツは喧嘩を吹っかけてくる。あいつは筋金入りの大酒飲みアイルランド人だ、聞くこっちゃない」。
 今にも谷底に墜落しそうな運転ぶりなのだが、メルビンという男は頑固で、絶対にいうことをきかないのだという。俺は、貨物トラック休憩所に寄ってヤツにコーヒーを飲ませようと提案したのだが、ベスは、
 「そのまま行って、大丈夫だから」という。
 俺は、女の落ち着いた、魅力的な横顔をちらっと眺めた。ほんの瞬時だが、女の股が俺のそれに触れるのを感じた。女性を身近に置いて車に乗ったことはもう二年以上もない。そのことと、それがどんなに気持ちのいいものかということを想いだした。

 なんとか、無事に目的地に着くことができた。
 そのバーにはすでに大勢の午後観衆が集まっている。バンドの誰かがエレキベースのチューニングをやっており、騒音のなかをマイクを通して鳴らしている。
 メルビンは路面のでこぼこを飛び跳ねながら動いてきて、車の尻尾を振ってブレーキをかけ、俺の車のフロントフェンダー3インチのところでかろうじて停まった。
 彼奴(きゃつ)の顔は、ほぼ完璧に真っ白、蒼白で、フィルター煙草を逆さまに咥えていた。俺としゃべるために、助手席の方に身を乗り出してくる。そこに座っている妻は、臭い息を避けるために顔を反らした。
 「これから、Roy Acuff(ロイ・アカフ)をやってこまそうってんだな」、こういう。
 俺は頷いて、窓ガラスを巻き上げて(閉めて)いう。
 「おい、バディ、オレは連中とまだ2回しか演ってないが、いいバンドだ。だから、続けたいと思っている」。
 「ああ、いいじゃねーか、はやく行け、演れよ、Ernest Tubb(アーネスト・タブ画像)をやってくれ」、「この男の面倒はみるから」。
 「そうもいくまい」、オレがいう。
 「中に入んなさい、大丈夫よ」、ベスがこういう。

 バーの中では、ベスはプリンスだった。
 バンドスタンドで俺が最初の曲を始めると、メルビンは、ウイスキーグラスを片手に、ドラフトビールをもう一方の手にしてスタンドの下に立つ。酔っ払って、実に幸せな顔だ。
 フラフラ揺れながら、ニコニコ笑って、アンプで増幅された音響のなかでブツブツ呟きながら。
 ベスがその肘を取り、ダンスフロアに導いていった。

 二曲目にマーチン(Martin)ギターでリードを取った。曲は"I'm Moving on"(アイム・ムービング・オン/俺は家を出る)だ。進むに連れ、席は静まり返った。おれはギターの音響ボックスを顎まで持ち上げ、マイクに直接音を入れて弾く。Hank Snow(ハンク・スノウ、画像)のコード進行を、フレットを上下しながら弾く、深い低音で汽車の音を模し、高音部弦でメロディを奏でながら。終わると場は熱狂的に沸き、拍手と口笛、褒め叫びの嵐だ。
Photo_2                  ↑リード・ギターがソロをやっているところだが、このギターを顎まで持ち上げて音響ボックス(孔の周辺か?)を
           マイクに近づけ音を入れるという奏法をやったというわけだ。


■Hank Snow - I'm Mooving On - 1967

  ハンク・スノウ ― アイム・ムービング・オン(俺は家を出る)

 Im_moving_on_3 Hank Snow(ハンク・スノウ)1950年作曲のカントリー曲。ビルボード(Billboard)カントリー曲シングル盤チャートでトップに昇り、連続21週間その地位を占めた。12小節ブルース曲。この分野のスタンダード曲となっている(Wikipedia)。
      →画像はその1950年シングル盤(Wikipediaから)

 
 そのセットが終わってバディを探すと、便所でラリっていた。目は充血して色が渦を巻き、瞳は石炭の燃えカス色、小便器に向かって壁に手をついている。駐車場でヤクを手に入れたのだという。お前もやれと勧められるが、仕事中だからと断る。
 「オレのカアチャン、どうだい、いい女だろう」。
 「異議なしだ」。
 「お前が色気出しているのを感じたぞ、さっき、トラックの中で、ハンドルの後ろでチンxxおっ立ててただろう」。
 「その学生のやるLSD、手を切った方がいいぞ」、おれはいう。

三、ミズーラ、Eddie's Club(エディーズ・クラブ) 
 バンドの仕事が終った後、ミズーラに戻りEddie's Clubというバーに入った。「そこに寄ってから、山小屋に戻ってみんなしてバーベキューをやろう」というバディの主張に押されたようなかたちだ。
 店は、黄色い照明で強く照らされ、煙が充満し、浮浪者、泥酔したSalish Indian(サリッシュ族インディアン)、玉突きのカチカチ音、ヒルビリー音楽のジュークボックス、モンタナ大学の学生と教員といったものが雑然と同居しているといった場所である。
 壁に人物写真がいっぱい貼ってある。店のバーテンダーはバディがニューオリンズでピアノを弾いていたときに知り合った友人で、秀逸なカメラマンでもあるという。1955年式シボレーを持っていて、ビタールート道路を110マイルで飛ばすとも。その人物を紹介するからといってバディが相手を探しに席を立った。

 ベスと姉夫婦と俺の4人が残った。メルビンは、ライターの炎を煙草の先端に近づけることもできないほど酔っている。店には、他にも、こぼしたビールの溜まりに肘をついていることにも気付かないほど泥酔している連中がいっぱいいる。
 Photo 「モンタナ特製ハイボールをやってみな、
  こういう連中と一緒だ、素面(しらふ)でいようなんて考えんなよ」、
  そういって、メルビンがウイスキー満杯のジガー(ウイスキー計量容器。通常1.5オンス=約30cc)を二本指で挟んで、大ジョッキ・ビールの中に沈め、オレの方にジョッキを押して寄こした。
 「やめとこう」、オレがいうと、男は両手でジョッキを持ち上げて一気に飲み干した。ジガーがジョッキの中で転がり、音を立てた。
 俺は、恐怖に捕われた。(↑画像、ココココから)

 玉突き台の周りで喧嘩が始まった。キュー(突き棒)で殴られた男が床に倒れて運び出されたりしたが、騒ぎに注意を払う客はほどんどいない。

 「何考えてるの」、ベスがいう、微笑みを浮かべて。
 「ここで何をやってんだか、オレにも分かんないや」、とおれ。
 「旅行ガイドのバディとメルによるミズーラ案内ツアーよ、その始まり」、
   パールがいう。弟にも亭主にも腹を立てている。
 「あんた、いい奴だなあ、おい」、とかなんとか、亭主が俺に向かってグデグデいっている。
 「もう二三分したら出るわ」、ベスがいう。

 バディがバーテンダーを連れてきた。紹介劇が済み、「何が起きてんだい」という男の質問に対してバディ一が、
 「この後山小屋に帰ってみんなでバーベキューをやり、こいつがマーティンを弾いてDixie(デキシー、南部、南部諸州)の曲を唄い、どうのこうの」と説明する。
 そんなこんだで、結局、メルがインディアン女性の膝にビールをピッチャーごとこぼしたことによって店を出た。女はスカートを腹までまくりあげて水を絞り、大股や膝にジャアジャア垂らした。怒った亭主がメルのシャツを引き裂く騒ぎになったが、バーテンダーがピッチャー3杯を提供して事は決着した。 

四、帰路にもう一軒事件の火種
 バディとオレはベスをミズーラの自宅で降ろした。山小屋に来てもらいたがって、バディはベスをさんざ口説いたが、ベスは応じなかった。その独特の、女性特有の静かな口調で、子どもらの夕食、明日の学校などなどと、理由を述べて。言い逃れでしかない理由を述べて。

 俺たちは家に向かってビタールート谷を走っていった。川面は暗く、風がコットンウッド(ヒロハハコヤナギ)の木々を吹きぬけていく。雨雲が山々の頂上を横切って動き始め、谷の遙か向こうで乾いた雷鳴がゴロゴロ鳴り、次々と通り過ぎていく松林の丘の上に稲妻がひらめき、揺らめく。空気に、わずかに雨の気配がする。

 バディがポケットからマリファナの吸いさしを取り出して火をつけ、煙を深く吸い込む。そのまま息を止め、歯を食いしばり、ゆっくり吐き出し、また吸い込む。
 「どこで手に入れたんだい」。
 「『エディーズ』でインディアン娘から。おまえも一服やるかい」、そういい、ダッシュボード下についているライターを押し込んだ。
 「バディ、もうやめておけ、もう頭の中で爆弾ができるほどいかれてんだから」。
 「なにいってんだ、オレがいかれて訳わかんなくなったのは、コーク(コカイン)だけだ」、
そういって、吸いさしを赤く熱したライターに押し付けて火をつけ、鼻の下で煙をいぶらせ、深く吸い込む。

 「なあ、おい、オレは見事に振られちまったなあ、カアチャンに、な」。
 「さあ、どうなんだか、おれには分かんないや」。
 「ばかやろう、分かってるくせに」。
 「初めて会った人だ、分かるわけないだろ。子どもの世話をしなきゃいけないといっていたじゃないか」。
 「オレがいってんのはそんなことじゃない。分かってるくせに、とぼけんんなよ、前科者どうしだ、騙そうたってそうはいかん」。
 「俺はバンド席にいた、あんたら二人の間に何があったかは知らない」。
 「だけど、知ってる」。
 「よせ、バディ、あんたら二人だけの間のことだ、俺を引っ張り込むな」。
 「そうだな、だけど、おまいには洞察力がある。あんたは、ムショの庭を何の目的もなくただブラブラしているように歩いていく、塀にハンドボールをぶつけながら歩いていく、監視塔の銃座の下をクールに歩いていく。だけど、そうしていながら、誰かの思考の中にカチッと入り、相手の鼓動と同調して心を読む」。

 バディはそういってライターを通気孔の枠にカチカチとぶつけて灰を落とし、さらに靴底で叩きぬぐった。目の隅が赤く充血している。バディがラリっているときに嫉妬心というかいやらしさというか、そういうものを表わすのを目にしたのは、これが初めての経験であった。
 「おい、アイリー、おまいがステージで唄いはじめたときに見せた動きは、オレにはミエミエだったぜ、ベスやパールに媚びて、気を引こうとした。あの、南部田舎者カントリー音楽はご婦人らにはうけた。そうよ、悪いとはいわん、だけど、オレがいうこと、全部、とぼけた返事しかしないじゃないか」。

 もう何もいうことはない、これ以上しゃべると状況を悪くするばかりだ。
 かといって、黙っていても、事は同じだった。重苦しい沈黙が立ちこめる.........。

 そのとき、バーテンダーの1955年式シボレーが(車種は?)ツイン排気(2本マフラー)の唸り声をあげて通り過ぎていった。ヘッドライトの輝きを瞬間的に見せ、おれの車の前でギアをセカンドに落として一気に加速し、タイヤの焦げる臭いを残して走り去った。
逆気流と真空現象によって、こちらの車が路肩の方へ押し出される。
俺は悪態をついた。
 バディにこれ以上マリファナを吸わせないようにするために、一本くれというと、もうないという。まだ青かったとか、吸ったマリファナがインディアン居住区で豚の糞の中で育てたものだったとしたら、フォークでかき混ぜた脳みそでしゃべることになる、というようなことをバディが語る。
1955_2           ↑画像 ― 左=1955Chevrolet Ber Air/シボレー・ベル・エア。右= 1955 Chevrolet Corvette/シボレー・コルベット。
                ココ(Ber Air)とココ(Corvette)から。

 「あそこのバーで停めろ、ビールを買って帰るから」、バディがいう。
 ネオンサインが、駐車場のレンガ敷きと停めてある乗用車やピックアップ・トラックに、赤と紫を鈍く反映している。
 それは、俺がモンタナにやってきた最初の晩にバディと二人で入ったバーだった(Part-9参照)。

 「やめとこうや、アイスボックスに何本か入っているし、後で買いに来てもいい。
 「停めろ、停めろ、パルプ工場問題のことをウジウジ考えんのは、もう止めろ」。
 「いや、やめとこう」。
 「仮出所保護観察官のことが年中頭にあるから、そういう風に考えるんだ、
 ちょっと待ってろ、買ってくるから」。

 俺は道路際のスペースにトラックを停め、バディが店に入っていった。甲板を歩く水夫のような慎重な足取りでバランスをとりながら。
 煙草に火を点ける。雨が数滴窓ガラスを打つ。遠くの山で暗さの中に長い稲妻が揺らめく。硫黄の臭いのする湿った空気の中で、煙草をピシッと弾いて灰を落とす。
「........そうかい、なら、もうどうなろうと、かまったこっちゃねえ」、
 俺はそう考えて店に入っていった。

 店は混んでいた。バーカウンターのスツールは、カウボーイと材木労働者で埋まっている。身をかがめて、ポーカーダイス(porker dice)やパンチボード(punchboard)に興じている者、もっぱらビール瓶に集中している者など、いろいろだ。

Photo_3                               (ポーカーダイスとパンチボード。ココココから)

 バディはひとつのテーブルの前にビールを手にして立ち、三人の骨ばった男たちと話していた。男らはそれぞれ妻を連れており、妻たちも、みな亭主と同じように鈍重にみえ、風と太陽に焼かれた風貌をしている。
 テーブルには各自の前に食べ終えたステーキ皿が肉汁と血を見せながら並んでおり、バディがしゃべっている間、男たちは、なんとか我慢して怒りの爆発を押えているという風情で、灰を皿に叩き落としながら煙草を吸い続けた。

 ジュークボックスからレイ・チャールスの歌が流れているが、バディがかけたに違いない。というのは、そんな音楽をかけるようなタイプの客は他にいないようにみえたし、バディのしゃべりといえば、ズボンのポケットを叩いて中の釣り銭硬貨をジャラジャラいわせ、唱に合わせて抑揚をつけ、黒人ヒップ言語(hip language、一種のスラング。見よ)を連発的に挟みながらしゃべるというものだったからである。ラリってハイになっている状態であり、バード(Bird)ことパーカー(Charlie Parker画像 )のリズムが頭の中で飛び跳ねているに違いなかった。
 こともあろうに、ヤツは、そうなってはいけない最悪の場面で、それをやっていた。

 「そうかい、それがアンタらの考えかい、おお、いいじゃないか。だけどな、オレの親父にも、自分の考えがあるんだ。すっきりした考えだよ。単に、ちょっと変わった行動をとったというだけのことだ。自分がどういう結果を得たいか、何を止めたいかということに沿って動いただけのことだ・・・」

 俺はカウンターに行き、バディが持ち帰りを注文したかどうか訊いた。
 「カウンターの端に置いてありますから、いつでもお持ち帰りください」、バーテンダーがいう。
 俺はビールの段ボールケースを取ってバディの傍に行き、
 「お客さん、メーターが料金切れになってますよ」、という。
 「ちょっと待て、微妙な形而上学的問題を議論しているんだ」。
 「議論しなきゃいけないのは、俺たちの身の安全だ」。
 「ちょっと待て、じゃあ、決着をつけよう。だから、あそこのあの臭い(くさい)パルプ工場が浄化システムに金を少しかけさえすれば、谷間は、浣腸されたような臭い(におい)を嗅がなくてすむ。そして工場は、世界のあらゆるところに、立派な立派なトイレットペーパーを供給することができる」。

 猪首で鉄のような眉毛をした男、シャツのラペルが糊を利かしたアイロンでパリッとなっている男が、恐ろしい目つきで――俺の方にその視線を向けられるのは絶対にごめんだという目つきで――バディを見遣った。首に浮き出た太い血管と眉毛は、よじれた綱のようだ。まるで消化不良の怒りで引き金を引かれ続けているように、胸で深く息をしている。握りしめた拳がテーブルこすって、往ったり来たりしている。
 男は、瞬きをして壁の遠くの方に視線を写した。そして、いう。
 「おまえの親父に言っておけ、400人の労働者が失業するんだってな。空気がちょっと臭うって、おやじが思うだけのことでな」。
 「まあ、運が悪いときはそんなもんだよ、オイ」、バディが返す。

 俺はビールのケースを持って出口に向かう。ドアで、酔っ払ったカウボーイが店の女に別れのキスをして、表につまづき出るのを待たなければならなかった。軽い雨のなかを駐車場を横切ってトラックに向かい、荷台にビールを置く。開いたドアから射す黄色い光に照らされて、バディがやってきた。
 「乗れよ」、オレ。
 「なんで避難訓練だ、オイ」。
 Photo_8 「次にやるときは一人でやれ、パープルハート勲章(Purple Heart)を取るのなら、俺がいないときに一人でやってくれ」(軍事作戦行動による死傷者に大統領の名で授与する勲章。見よ)。
 「本気で怒ってんのか」。
 「いいから、乗れ、5秒で出るぞ、すっ飛んで」。
 道路に出て、ファーストで目いっぱいアクセルを踏み込んで、セカンドに上げた。油煙がマフラーから噴き出している。
                (↑画像はWikipediaから。主人公アイリーは朝鮮戦争従軍で二度この勲章を授与されている)

五、襲われる。
 「何をやってんだ」、バディはまだビール瓶を手に持っていて、泡を飲んだ。
 「分かんないのかよ、あそこで何をやったか、連中は目を血走らせていたぞ、あの男、もうちょっとでお前を殺すとこだった」。

 「アイリー、おまえはここらの事情が分かっていない。荒くれが実際にパイプを顔に突き刺してくるなんてことはありゃしない。あいつらは年中ああゆう脅かしをやるんだ。
 それにな、あのクソ連中の独りよがりには我慢できん。連邦政府に文句をいい、インディアンに、農場監督に、ニガーに、学生に、あらゆるものに、自分らに似ていない者、誰にでもいちゃもんをつける。もう、やってられないぜ」。
 「ああゆう連中とは関わり合いになるなってこと、学んだんじゃないのか」。
 「おまわりみたいなことをいってんな、今夜は」。
 「そうよ、覚えてるか、アンゴラ刑務所の最初の週に、おまえが教えてくれた教訓を、
 『無害にみえる静かな連中のそばにいろ』、こうだ」。
 「オーケイ、わかった」。
 俺は、煙草を咥えてキッチンマッチを親指の爪でこすって火を点ける。ヘッドライトの光に雨が浮かぶ。煙を吸い込み、ゆっくりと吐きだした。

 「バディ、とことん突っ張って、事を大きくするのはよした方がいいぜ」。
「分かってら」。
 「時には引くことを知らなきゃな、相手にならないで引くことを」。
「もうよせ、分かってる、オレが製紙工場問題で心配しているように見えるかい、オレはまったく冷静だ」。

 俺は、主道路から牧場への脇道に曲がろうとバックミラーを見る。
  後ろからヘッドライトの両目が雨をついて急接近してくる。まるで、俺が減速していることに気付かぬように。
2_3                                                  (画像はココから)
 
  俺はギアをセカンドに落として、加速しながら砂利道の脇道に入っっていった。トラックの車体がスプリングの反動で揺れる。道路脇の木々は黒々としており、道路の小石や砂利車台にぶつかってピシピシガチガチ音をたてる。
 Photo 後のヘッドライトは俺たちに続いて脇道に入ってきた。
 俺はアクセルを床まで踏み込んだ。

 「おい、サーキットレースでもやろうとしてんのかい」、「よせ、タイヤが岩で裂けてしまうぜ」、とバディ。
 俺は返事をしない。
 後ろの車のドライバーは、ヘッドライトを上向きにし、それが、砕けた白炎のように俺の目に反映する。
 車をセカンドに落として加速し、クラッチを踏んでサードに切り替え、そのままアクセルを床まで踏み込んでガスを目いっぱい送りこみ、クラッチを離した。                                  (↑画像はココから)
 瞬間的にタイヤがスリップしたが、すぐに地面を噛んでガーッと加速した。スピードメーターの針が上限位置でブルブル震える。まるで悪夢の一部のように。

 後続車のヘッドライトがテイルゲート(荷台最後尾)のすぐ近くに不気味に現れ、黄色のでかいトラックのフードと全体輪郭が見えた。
 「脇に寄せて、このクソッタレ酔っぱらいを遣り過ごせ」、バディがいう。

 そして、ガツンときた。
 俺のトラックの最後尾が左右に振れて溝に落ちそうになる。
 ハンドルを切り、ギアを落とし、車体を安定させようとする。タイヤで砂利がすっ飛ぶ。
 そして、また、ガツンとぶつけてきた。
 金属が裂ける音がした。誰かがトタン屋根からトタンを剥がしているような音が。
 ヘッドライトが道路脇に並んだ樹木の列を打ち、空に揺らめく。

 俺は車を道路の真ん中に戻すことができない。フェインダーがタイヤに食い込んでいるか、車台そのものが曲がってしまったか。
 バディは覗き窓から後ろを見やっている。後ろのトラックのヘッドライトに照らされて顔が光っている。
 「あと1マイルだ、我慢しろ」、いう、
 「親父のショットガンを持ってきて、クソッタレどもを撃ち殺してくれる。

Snowolow  連中が迫り、こちらのリヤバンパーを、除雪車がやるように捕えた。超弩級エンジンと重量でもって、こちらの車を、まるでそれには自身のモーメンタム(運動量)がまったく存在しないかのように、強烈に前に押しやる。トランスミッション(変速機)の歯車が壊れ、ハンドルは効かず、車輪はあさって(明後日)の方向に押しやられて岩だらけの道路をこすり、轍(わだち)を刻む。

                                             ↑除雪車(除雪機械、snowplow、物語は8月だけど).

  前車輪が溝の縁を越え、中に突っ込みかける。俺は片手でハンドルを握り、もう一方の手をバディの胸の前に置いてヤツを守ろうとする。松の若木がフロントガラスをこする。溝の底がググーッと迫り来て、ラジエーターを押しつぶした。
  バディが、フロントガラスに頭を突っ込んで、蜘蛛の巣のひびを入れ、跳ね返ってシートに倒れ込む。額に十字架のような形をした小さな裂け目ができ、そこから血が噴き出した。
 俺は鳩尾(みぞおち)あたりをハンドルに強くぶつけ、息が止まって苦しんだ後に、やっとのことで息を吐き出し、大きく肺に吸い込んだ。

 連中のトラックがバックして路肩から路上に戻る音がする。
 バタンとドアが閉まる音がし、大男三人が雑草の茂った溝の土手を滑り降りてきた。体のバランスをとる動きによって、湿った土をブーツの靴底で蹴散らしながら。

  俺は座席の下からタイヤレンチ(タイヤ交換工具)を引っ張り出し、先頭の男がドアに手をかける寸前にドアを開けた。しかし、男に向き直ってレンチを振りまわす暇はなく、男が棍棒を(nightstick)俺の腕に振り下ろした。警官やバーの用心棒が使うような棒で、先端に孔を穿って鉛を埋め込んである。俺は、腕の骨が、皿が砕けるように折れたのを感じた。腱が切断されたかのように手の指が開き、タイヤレバーはアホみたいに地面に落ちた。

Nightstick_fight                                           (画像は ココココココから)

 「もう一人の方がリオーダンだ」、二番目がいう。三人とも紺のジーパンに作業ブーツ、洗いざらしフランネル・シャツ姿で、大きな体躯には体力への絶対的な自信がみなぎっている。
 三人はバディを車から地面に引きずり降ろし、車体にもたれて立たせ、拳を顔面に埋めた。連中は俺の存在を無視している。そこいらで迷っている仲間が今にも現れるのを待っているかのように。俺の腕は、すでに皮膚の下に血液が溜まって青黒く腫れあがりはじめており、指は制御が効かず、ブルブル震えている。
 バディは額の裂け傷の血糊に髪の毛がべったりとくっつき、顔は拳の打撲で蒼白だ。

 俺は左手でタイヤレバーを地面から掴みあげて、よろよろとトラックの前部を廻りこみ、灌木の茂みの方に動く。ヘッドライトが目を射る。
 目の前にいる男の背中に、力の限りタイヤレンチを振り下ろした。男の肩が急に真っ直ぐになり、腕が背骨の後ろでひらひらと泳ぎ、股間に恐ろしい痛みを感じているかのように、身体が硬直した。
                                     (→画像はココから)

 襲撃が完了するまでに、もうそんなに時間はかからなかった。
 バディへのブチノメシは終わっていた。ヤツの服に血の縞ができている。
 そこで、三人は注意を俺に向けてきた。
 俺が背中を痛めつけた男は、俺のトラックに片手で寄りかかって、背中を反らせ、拳を丸めて背骨を押えている。痛がっていることが目で分かる。
 「そのクソッタレを、なぶり殺しにしろ」(*1)、
 男はそう怒鳴る。

 最初のパンチが目を撃った。総体重がかかったもので、俺の体は後方に身を回転させながらフェンダーからすっ飛びそうになった。目から火花が散った。
 俺はかろうじてフェンダーに身を維持していたにちがいない。というのは、次のパンチが上から下向きに鼻に来たからだ。瞬間的だが、相手が拳にリングをはめているのが分かった。俺は崩れ落ちた。両手も膝も泥だらけだ。髪の毛に雨が振りかかる。
 「ルイジアナでおとなしくしてりゃ、こんな目に会わずに済んだんだ、くそったれ」、
 ひとりの男がそういう。そうしておいて、俺の股ぐらを蹴った。
 俺は小便を漏らしそうになった。

Photo_2      ブラス・ナックル(brass knuckle)。ナックル(knuckle)、ナック(knuck)、ブラスナック(brass knuck)、
        ナックルバスター(knucklebuster)、ナックルダスター(knuckledusters)などともいう(Wikipedia)。
         小説では"...he had a ring on".となっているから、真ん中の画像のようなものかもしれない。
       余談だが、右端画像はリンカーン大統領のボディガードが大統領のバルチモア通過時警護のときに使用し
       ていたものだという
(Wikipedia)。左2つの画像はココから。

*1.原文を掲げておく。
 Give that son of a bitch his buckwheats .(上掲本104ページ)
 (そのクソッタレを、なぶり殺しにしろ)
  意味をつかむのに苦労したが、おそらくこんなところだろう(見よ)。


六、トラック炎上、愛用楽器も犠牲に
 連中のトラックのドアが閉まりUターンする音が聞こえる。ヘッドライトの光線が木々の幹に反射して、車の側面に書かれている文字が見えた。
  "WEST MONTANA LUMBER COMPANY"
              (ウェスト・モンタナ材木会社)

 起きあがって、バディの方に向かう、ヤツは下生えに膝をついて丸まっている。
 背中が濡れて冷たい。俺は、シャツの袖が片方の肩からはぎ取られていることに気付いた。
 そして見た。

  ガソリンタンクの蓋から細い布切れが垂れ下がっており、よじれたリボンのような炎がチロチロとタンクに燃え上がっている。
 俺はバディに走り寄り、効く方の片手をヤツの両腕の下に廻して抱きかかえ、溝の底を移動して逃れる。枝の松葉が顔と腕を鞭のように叩く。

 赤く細い炎がタンクの蓋に飛び込み、ワップという鋭い音がして、ストロボの光のような閃光が走った。
 車体が蒸気を発しながら収縮し、塗装が疱疹状態に裂めくれていく。
 突然荷台の木の床から炎が吹きだし、黄色い爆発体となって、頭上高い松の大枝あたりまで空中に飛び上がった。
 熱で顔が焼かれ、涙が滲んだ。
 タイヤが燃え後部車軸のグリスがたぎって(滾って)気密ゴムからシューシュー噴き出す。フードが留め金から外れて飛び上がる。

 俺は、マーチンとドブローが車内で壊れ始めた音を聴く。マホガニーとトウヒ材でできたボディ、先細りになったネック、フレットに使用されているドイツ製の銀といったものが黒い煙を吐く炎に包まれる。ドブローの弦が緊張して、プツプツ、次々と切れる。弦が共鳴盤に当たって、まるで噛みあわないペンチで弦が緩められていっているかのような音を森の中に響かせながら。

Photo                          (画像はココココココから)


Photo          
    Milltown(ライブ演奏、頂上部の丸印) → MissoulaのEddie's Clubでさらに飲み→ベスを市内の自宅で降ろし→Bitterroots谷を山小屋(父親の牧場)へと向かう。その途中でもう一軒バーに寄り、荒くれたちの神経を逆なでし、出発後逃げ帰るように急いだが、到着寸前、牧場まで1マイルのところで襲われる。牧場は、Florence(フローレンス)という町の郊外にある(この場面の時点では判然としないが、後からの記述で判明する)。

  ―― Part 15に続く ――

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