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2014年3月

2014年3月21日 (金)

James Lee Burke(ジェイムズ・リー・バーク)の世界。おびただしい風景描写、カントリー/ジャズ音楽への深い造詣、南部ルイジアナの沼地、河、川、人工水路に、モンタナの渓流に登場する魚たち――1978年の異色純文学風作品"The Lost Get-Back Boogie"を素材に語る(Part-15)。

2014.3.21
  「Part-14」が2月10日。だいぶ日が空いてしまった。ようやく、その続き、Part 15。 

◆◆◆◆◆◆◆◆
■襲われた日の翌朝
◆病院のベッド、窓の敷居を撃つ雨の音で麻酔から覚める。半覚醒状態ウトウトだ。
 夢を見ている。
 少年の「ころ、父親と朝早くカモ撃ちに行く支度をしている夢。
 朝鮮戦争の凍てつく塹壕の中に立ち、M1ライフルの照準を通じて敵を狙っている夢。
  三発連射する。
「よーし、あの敵は死んだ、撃つな、弾を節約しろ」、軍曹がいう。
 総勢9人、本隊から遅れ、迷い子になっている。
 「敵が支配する前方の丘を迂回して本隊に追いつき、合流しよう。さもなくば置いてけぼりを喰らう」。
 こういう状態だ。敵中突破の途中で、俺は撃たれ、背中を負傷する。

 「どこを撃たれた?」 ........「ヤツの背中は、アア、まるで、・・・・・・」。
 .............. 目が覚める。
  看護婦が背中に軟膏を塗っている。夢だった。

◆看護婦の制止、医師の警告を振りきって病院を出る。
 - - -起きあがろうとして、背中にやけど負っているのを感じる。右手はギブス。
 バディの父親がベッド脇にいた。
 眉毛の皮膚が縫合されていることに気づく。動くと背中が痛い。
 「バディは大丈夫ですか」、訊く。
 「隣の部屋で寝ている。大丈夫だ。意識不明だったが回復した。額を20針縫った。一度目覚めた。話をした。また寝入った」、リオーダン氏。

 「止めようとしたんだけど・・・・・・」、とオレ。
 事件が起きた原因を訊かれる。
 「---バディに訊いてくれ・・・」。
 さらに、押して訊かれる。
 言いにくい、だが結局いう。
 パルプ工場のことだと。

 「夕方もう一度来る。二人とも明日の朝には退院できる。医者がそういっている」、リオーダン氏がそういい、
 「半パイント瓶バーボンを買ってくれ」と要請し、3ドル渡す。

 眠れない。病院を出ることにする。シャツがないことに気付く。患者の世話をしている尼僧がいる。それに強引に頼んで、どんなものでもいいからとシャツを調達させて持ってこさせる。
 会計で費用を尋ねたら、リオーダン氏が「請求書を廻せ」という手続きをしたという。オレにもプライドがある。「リオーダン家の騒動に巻き込まれた結果として入院するはめになったのだとしても、事件を回避するように動かなかったのだから、結局は自分が悪い。
 25ドルを一部として渡す。後刻清算するからと。

 トラック(1961年Fordピックアップ)もマーチンもドブローもない。腕は動かない。明日からどうすればいいか・・・暗澹・・・。
  いや、そのことよりも、易々とぶちのめされてしまったことについての屈辱に苛まれる。
 幼いころ、学校帰りに8学年生に押し倒されて、膝で地べたに押えつけられ、ほっぺたを、なぶるようにパチパチ、これ見よがしにヤツが指先に唾を吐き、その指でオレの耳孔をほじった。くそーっ・・・
 こちらは身動きもできず、何もできない。
 そのときの、屈辱、一生涯忘れない屈辱感を想い起した。

■保安官事務所
◆告訴するも相手にされず。
 翌朝、いい天気。木の幹にぶつけて壊れたまバディが釣り場に放置してあったプリマス(Plymouth)を、なんとか騙しだまし動くようにして山小屋に持ち帰る。事件が起きた場所の警察管轄はラバリ郡保安官事務所(Ravalli County Sherif's Office)である。保安官事務所は郡都(county seat)Hamilton(ハミルトン)にある。
 出かける前、片方のヘッドライトがつぶれ、フェンダーがへこんだ車のエンジン、シリンダーが3つしか動かないのでノッキングを続けている状態のエンジンをかけたままで、ポーチでコーヒーを飲む。リオーダン氏とバディの弟二人がこちらを眺めていた。

Photo  ↑航空写真地図上の赤丸印Aの範囲がラバリ(Ravalli)郡で、右側に貼り付けてある郡分布図では、左端アイダホ州境にあるブルーの突起状の範囲がそれ。左側に貼り付けた地図は、ミズーラ(Missoula)と、リオーダン農場立地点フローレンス(Florence)と、郡都ハミルトンの位置関係を示したもの。ミズーラは、「ミズーラ郡」に所属する。

 保安官事務所、木のベンチで30分待つ。 
 男がドアから顔を出し、顎をしゃくって入れと合図する
 その男、保安官は、茶色の制服を肘までまくっている。片方の腕には、太陽で脱色された毛の下に、消えかかった陸軍刺青、もう片方には海軍刺青が見える。机の上に載せた指はソーセージのように太い。爪は下皮のところまで痛んでおり、挟まった汚れが黒い線をなしている。頭の中心が環状に禿げており、境界にフケが輪をなしている。
 椅子に座れとも勧めないし、直接目を合わせることすらしない。何か抽象的な思考に陥っているような風情で、机上の書類刺しの台で爪をカチカチ鳴らしているだけだ。

  やがて、いう。
  "Yes, sir?" (はい、それで?)

<<シェリフに被害を訴えるが、とりあってくれない>>
-------------------------------------------
                                                      (以下の会話、"S"は保安官)
 Florence(フローレンス)近くで道路から溝に突き落とされた。
S「事故の知らせを受け、保安官補をミズーラの病院に遣った。あんたら、見事に溝に突っ込んで怪我したな」。
 トラックにはギター2本を積んでいた、700ドル相当だ。
S「何をしてもらいたいのかね」。
 トラックを焼いた3人を捕まえてほしい。
S「あの夜、事件後、あの居酒屋で人々から事情を聴取した。あんたもバディ・リオーダンも酩酊していたとみんながいっている」。
 酔っていたために事故を起こしたのではない。突き落とされたのだ。三人のうちの一人が、私のシャツを破いて、その切れはしでガスタンクに火をつけた。
S「トラックも検分した。二本のスリップ跡が道路から溝の中までついていた・・・」
 ---猛スピード、あるいは居眠り運転でハッとして急ブレーキをかけて突っ込んだんだろうと匂わせているのだ。クソッ。

 くそっ、片腕でシャツのポケットから煙草を取り出してマッチを擦ろうとしながらいう。
 なんてことを、いいかい、ドアにWest Montana Lumber Company(西モンタナ製材会社)という表示のある黄色いトラックが俺のトラックのテイルゲートに追突したのだ。その上で乱暴を働いた。どういう連中かは知らないが、1949年ピックアップとギター2本と腕の骨折の賠償責任がある。

S「要するに、喧嘩してぶちのめされたっていうんだな」、
  そういって、机の引き出しから、3枚の書類が挟まったフォルダーを取り出す。
S「あんたが殺したのは黒人かい」。
     ...........オレは煙草に火を点け、保安官の頭越しに、窓の外を見る。青い山脈が見える。

S「つまり、こういうことだ。人を殺しておいて、たったの2年で出ている。モンタナならDeer Lodge(ディーア・ロッジ)刑務所で10年喰らう。相手がインディアンであっても、そうなる」。
 オレはその瞬間、相手に嫌悪を感じた。皮肉な笑みと、目に宿った意味ありげな光に。
 判決は2年じゃなく5年だ。3年残っている。そう書いてあるだろう。
S「ああ、そう書いてある。同時に、ちょっとしたことでも元の刑務所に逆戻りする可能性があるとも書いてある」。
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 怒りでハンドルをきつく握りしめながら山小屋に帰った。保安官に、あのうすら笑いを砕くような何か言ってやりたかったが、ただ、黙して事務所を出た。

 バディがポーチに座っている。顔中あざだらけで頭に包帯の鉢巻きをして。オレに笑いかけようとするが痛みで顔をしかめた。
 「あんたがいつ戻ってくるかわからないから、配線直結(*1)で車を借りた」

*1.イグニッション系配線のプラス/マイナス線をくっつけて(エンジンキーを廻すのと同じこと)セルを廻すこと。

「当てようか、保安官事務所に行ったんだろ」。
 「ここらでは、ああゆうクソッタレ保安官を南部から雇ってきているのかい」。
「ここではバーでの喧嘩や、土曜の喧嘩傷害沙汰には警察は関与しない。多勢に無勢であろうと、一対一であろうと関係ない。
 それに、リオーダンという名前は、あそこハミルトンでは糞の臭いのようなものだ、相手にされない」。
 「そうはいかん、トラックも、ギターもない。いつから働けるようになるのかもわからない」。

 バディは、つらいけど、諦めろという。
 住むところは、この山小屋がある。金の心配はしなくていいと。

 「ばかやろうバディ、あいつら、そこらのどこかでヘラヘラ笑ってんだぞ」。
「そうだが、じゃあどうしようってんだ、ああいう何もしない警官を呼ぼうってのか、まあ、座ってビールでも飲めよ」。

 この地を離れたかった。しかし、破産状態だったし、仮釈放との関係の制約もある。
 小屋の中に入ってビールを飲み、気持ちが和らいだ。もう一缶取り出して外にる。
 バディは釣りに。渓流でしばらくそれを見てから、一張羅スーツで出かける。
 ミーズラまで30マイル。居酒屋で停め、弟のエイス(Ace)に電話する。零落れた(おちぶれ)電話をしなければならない気の病みを、ウォッカで中和しながら。
 遺産分割の際、ほんの僅か、4エーカーだけ確保して残りは権利放棄したのだが、その土地を1,000ドルで売る。

■パルプ工場
◆襲撃相手の名を聞きだそうとしたが、相手にされず。
 ミズーラの西方、クラーク川に沿って丘を登る。
 巨大な噴煙が煙突から渦を巻きながら空に昇っている。臭いがし始めた。下水のような臭いだ。風が煙を谷全体に運びやり、草原に鈍い灰色のもや(靄)をたなびかせている。

 受付の女子事務員に訪問の趣旨をいう。隣の席の男、現場木材労働者から班長を経て数年前にやっと念願の事務所ネクタイ族入りを果たしたような人物、地位を失うまいと汲々とする余り、ぎこちない態度としかめっ面が習慣になっている男が、いやいやながら応対する。

--------訪問趣旨を述べる---------------
    一昨日、日曜日の夜、フローレンスの近くでこの会社のトラックに襲われた。三人乗っていた。ピックアップ・トラックと楽器を焼かれ、オレともう一人が負傷して病院に運びこまれ、治療費を負った。会社を訴えるつもりはない。連中の名前を知りたい。
 男はオレの顔を見つめ、腹立たしそうに女事務員の顔を見遣る。手のひらで他方の手の甲をなでる。
「何をいってんだ、いったい」。
    フロントバンパーに赤いペイントが付着しているトラックが駐車場にあるはずだ。そして、夜間会社のトラックをここから持ち出せる者の名をを知っているはずだ、とオレ。
 事務所にいる他の男二人が仕事の手を止めて、こちらを見遣る。女事務員が椅子の車輪をきしませる。
「会社には関係ない。保安官に言え」。
   この会社のトラックだから、会社に責任がある。連中をかくまうのなら、あんたも刑事的に共犯になる。
「気をつけて物を言えよ」。
   トラックの連中の名前を想いだすだけでいいんだ。
「共犯だと? 何さまだと思ってんだ、きさま」。
   こっちは、無茶なことをいっているわけじゃない。
「そうかい、ここに入ってくるなんてのが、考えのない証拠だ、だから、考え直して、帰れ」。
   ちょっと頭を働かせたらどうなんだ。ああいう連中が会社のトラックを乗りまわして、人々に乱暴、怪我させるのを奨励してんのかい。
「聞こえないのか、出ていけ、すぐに」。
   "You ass."(クソッタレ)

 男は受話器を取り上げて内線番号を廻す。もう一方の手を机ガラスの上に広げてきつく押し付け、電話先の応答をせっかちに待つ。
   そうかい、いいだろう、仕事に戻んな、とオレがいうが、相手は聞いておらず、
「ロイドとジャックをここに寄こせ」と電話に命じる。
 俺は事務所を出て暗い廊下を表に向かう。出口のドアが開いて日光が差し込み、ブリキの帽子をかぶった大男が二人、オレの方に向かってきた。
 片方の男が咥えていた煙草を棒のように顎から外し、タバコ唾を親指でぬぐって、オレを睨みつける。
  「早く事務所に行った方がいいぜ、誰だか知らんが暴れまくっている」、
俺はいってやった。
 二人が急いで事務所に向かう。
 男らがドアを開けて外に出てきたときには、俺はすでに駐車場を横切っていた。タバコ男が背伸びして怒鳴る、
 「出ていけ、二度と来るなよ」。
 
■ミズーラで酔う 
 ミズーラに戻り、さきほど弟に電話した居酒屋に再び入った。ビールを飲み、その後「ウイスキーのビール割」にした。
 店の暗がりの、山々からのたそがれの光が窓のブラインドから柔らかく射しこむなかで、南部での少年時代を回想する。アンゴラ刑務所で完成させることができなかった曲を想う。
            --♪ Lost Get-Back Boogie--
 頭の中に曲の構想全体が入っており、コード進行なども分かっている。歌詞だけが浮かばないのだ。
 あらゆることを入れたい。あの牧歌的な時代に、ルイジアナ南部で少年が育っていくあいだに見聞きする私的なこと、無垢なあらゆることを。

 あの、ボトル・ツリ―(bottle tree)――大恐慌時代、人々は水酸化マグネシウム(Milk of Magnecia、緩下剤などに用いられる)の空瓶を次々とハックベリ―(hackberry、アメリカ産エノキ) の木の冬枝に突き刺したものだ。青い瓶が風で鳴り、木全体が音楽を奏でるようになるまで。
Photo          (ボトル・ツリ―のイメージ図。画像はココから。実際には、ハックベリーというもっと大きな木に刺した)

 メキシコ湾の緑の地平線に海を沸騰させながら沈んでいく夕陽。Bayyou Techeの糸杉の下でのザリガニ(crawfish)とザガニ(bluepoint)の夕食。
 (Bayou Teche/バイユーテッシュ川 = ミシシッピー川本流の西方を約200キロにわたって走る支流、その水域.。画像)

Clawfishbluepoint                         ↑crawfish/ザリガニ(上段)、bluepoint crab/ザガミ(下段)、ココココから。

 Southern Pacifuc(サザン・パシフィック)鉄道構内での貨物列車の連結風景、
Photo_2                      (ココから)
 
  霧の中から聞こえる蒸気機関車の汽笛を聞いては、それが湿地帯を通ってニューオリンズ(New Orleans)やモービル(Mobile)といった都会へと旅をする様子を想像したことなどなど。

Photo     ↑中画像は、ルイジアナ州Morgan CityAtchafalaya River鉄橋。右端はSunset Limitted列車がLafayette駅に入ろうとするところココココから)

 まだまだある、製糖工場のそばのあった、黒人ダンス酒場(juke joint。酒、音楽、ダンス、ギャンブルなどの娯楽要素を提供する酒場、主として主として黒人労働者層客相手。駅操車場のそばにほったて小屋が立ち並んでおり、それぞれの小屋の入口に黒人売春婦たちが腰をおろし、バケツからビール瓶を取り出しては口にしている風景などなど。

Juke_joint                        (ココから)

 おそらく、盛り込もうとする要素が多すぎるのが曲の完成しない理由なのであろう。
一曲の中に盛り込めるものではない。おそらく、一冊の本に埋め込むことさえ難しい。

------------------
 ウイスキーの酔いで顔が火照り、頭皮から汗をかいている。頭の中でぶんぶん唸り声がする。バーテンダーが、サイコロの賭けを誘ってきた。バーの上方、横に渡した紐に、洗濯バサミで止めた一ドル札が何枚もぶら下がっている。こちらが勝てば、それが全部取れるという。エースを5個並べ、21ドルをせしめた。
 「ものすごい運を背負ってますね」、バーテンダーがいう。
Beam's Choice 1パイントとビール6本パックをくれ」。
 「おせっかいを焼くわけじゃないけど、とてもじゃないが、運転できる状態じゃないですよ」、バーテンダーがいう。

 帰り道、星が出ている。
 小学生低学年のころ、8年生に押し倒され、唾指を耳に押し込まれながら、抵抗もできずに為すがままにされていた屈辱感、折々想いだす屈辱が、パルプ工場を、これまた為すすべもなく放り出された無力感、屈辱と重なって想い浮かんだ。

■山小屋からライフルを
 バディは小屋にいなかった。母屋に行っているのであろう。
Photo_5
  Photo_2 奥の部屋に、バディの「1903年スプリングフィールド・ライフル、モーゼル・アクション」(03 Springfield rifle with the Mauser action、画像)が置いてある。壁からそれを外して、ストラップで肩にかけ、アーミージャケットのでかいポケットに弾丸をいっぱい詰め込む。

    (↑M1903-Springfield-rifle/ココから。Model 1903 cartridge/ココから。Army jacket/ココから)

  これほど酔っ払っていても、体の平衡を保つのにドアの脇柱によりかからなくてはならない状態になっていても、心の奥底では、自分がやろうとしていることは正気の沙汰でないことに気付いていた。
    自己保護本能も、頭の中の警告灯も赤信号を点滅させていた。

  ライフルを後部座席の床に置いて、フィールド・ジャケットをその上に被せ、キャトル・ガード(家畜脱出防止溝。牛などを通さないように牧場の中の道路に溝を掘り棒を並べたもの。画像)のところまでやってきた。懐中電灯の光が揺れながら牧草地をこちらに向かってくるのが見え、暗闇のなかでバディが俺の名を呼んでいる。停まってエンジンをアイドリングしながら待つ。汗が顔を流れ、ウイスキー臭い息が鋭く喉を刺す。バディと弟の一人がやってきた。
 
 「どこに行くんだい」。
 答えが口から出ず、ハンドルから手を離して、指で道路の方向を指す。
 「何を飲んでたんだ」。
「ハイウェイの向こうでちょっと寄り道をした」。
 「出来上がってるじゃないか、戻って釣りに行こう」。
「クラップス(サイコロゲーム)で運が向き、金が入った。一緒に飲もうって誘ってきた女がいるんだ」、こう嘘をつく。
 「どこでだ」。
「Eddie'sとか」。
 「俺も行く」、懐中電灯のスイッチを切り、弟に、「ジョー、川には親父と行け、後で会おう」、とバディ。
「ダメだ、女がいる」。
 「車はどうなってもいいが、酩酊運転で豚箱にぶちこまれるぞ」。
「いままで捕まったことはない」。
 「南部のアホ警官たちが違反チケットの書き方を知らないからだ。車を小屋まで戻せ。服を着替える。一緒に行こう」。
「車が要るのか」。
 「おまいをムショに戻させたくないだけだ」。
「息抜きをしなきゃいかん、車が要るんなら、ヒッチハイクで行く」。
 「そうかい、ならしょうがない。おまいの仕事だ。だけど。ぶち込まれても保釈金はないぞ、自己責任でやれ」。
 キャトルガードをごとごとと越える。バディと弟がゲートを閉めてワイヤで止めるのがバックミラーに見えた。

■工場襲撃

 パルプ工場に向かう。
 後ろの車から警笛を鳴らされっ放し。崖にぶつかって石ころがフェンダーにバラバラ。パトカーが2マイルほど追跡してきたが、トラック休憩所に消えていった。
 ビールの缶を開けて腰の脇に置き、ビームズ・チョイス(Beam's Choiceバーボン)をすする。ソールトレイク(Salt Lake)のラジオ放送でチューリップの球根とヒョコ販売のコマーシャルをやっている。

 パルプ工場のすぐ真下、クラークフォーク川に木の橋がかかっている。そこから材木道路が、川を見下ろす山に登っている。山からは、泥の堤防で作った廃液貯蔵池や、黄色いトラックが何台も停めてある駐車場などを見下ろすことができる。
 坂の頂上まで登ると平坦道路があった、松林を進む。温度計が限度を超え、ラジエーターがシュウシュウいっている。方向転換広場で車を停め、フィールドジャケットを着てライフルを肩にする。
 分厚い松葉敷を踏みながら、散在する伐採材木の間を下っていく。いい場所が、松の木の幹に背をもたれさせてライフルの望遠照準から駐車場全域を覗ける場所がみつかった。

 銃尾(breech)を開けて銃を膝に横たえ、銃弾をハンカチの上で数える。ソフトノ―ズ(soft-noseソフトポイント弾)にポケットナイフでx印の切り込みを入れる。親指でマガジンに弾丸を込める。座ったままの姿勢で撃てるように、負皮(おいかわ)と腕のギブスと照準の関係を調整する。

 最初の弾丸はトラックのフロントガラスを貫通し、ガラスに蜘蛛の巣を作った。
 続けて、2発連射する。鉄車体を弾丸が撃つ金属音が響く。
  こちらの目には見えないが、運転席内部で飛び散った鉛が、あちこちに野球ボール大の孔を穿っていることがわかる。
 酊状態のなかでも、被った被害に見合うだけの復讐に留めようと考えていた。
  しかし、途中で止められなくなった。

 重く激しい発射音で耳がガンガン疼き、ボルトから空薬きょうが飛び出して、煙をあげて松葉の上に飛び散る。「ウヮーップ」という音がして、弾丸が2台、3台、4台目のトラックを撃ち砕く。
 バーボンのパイント容器から、グーッとあおる。
 再充填して、狙いもしないで撃ち尽くす。
 反動衝撃から立ち直り、ボルトを引き、チェンバーに弾を充填し、引き金を引く。
 この繰り返しだ。

 最後の弾丸がどこかエンジンの電気系統に当たったようだ。バッテリーかイグニッション配線に。
 フードの下から火花が散り、黄/青色の炎がオイルパンの下でチラチラ揺らめき、フロントウインドウの前あたりで塗装がブツブツ泡立ち始めた。

 オレは、背い皮を外し、空薬きょうを拾う、探しては拾う。熱い。ポケットに入れる。
 下では、トラックに炎が這い上がり、ガスタンクの上部の革シートに燃え移り、遂に、爆発した。暗闇に赤いハンカチを放ったように、炎が前方に飛ぶ。車体が崩れ落ちる、タイヤが炎の輪となって、唸り声を発する。

Photo_7                                    (ココから)

  バーボンボトルをあおり、魅惑されたように光景を見続けた。
 火災の熱で隣接トラックのガラスが割れ、内部に炎が立ち始めている。丘の麓の川に赤い光が反射し、松の木々の黒い幹は、闇に包まれている。
 工場の向こうのハイウェイで、パトロールカーのピンクの光が激情に駆られたように」暗闇の中で方向転換するのが見える。
 ボトルをポケットにしまいこみ、拾い忘れはないかと空薬きょうを探す。手を落ち葉の下に入れて、身体の右側半分を廻しながら、かき混ぜて探す。
 ウイスキーが目の奥でずきずきと疼き、銃の負い皮を斜めに背負って立ちあがろうとし、よろめいた。

 そして・・・、その夜初めて、自分が問題を引き起こしていることに気付いた。
 思考は機能せず、どんな道を通って帰ればいいのか、何も知らず、皆目分からなかった。ハイウェイで、酩酊運転で捕まる虞れ(おそれ)が大いにある。肩にライフルを背負って、車へと、勾配を頂上まで登る。きつい運動に胸が激しく動悸をうち、髪の毛から汗が目に流れこむ。

 ハンドルの前で考える。
 材木道路を登って山を越える手があるが、この酔いだ、おそらく崖から500フィート(150m)墜落するだろう・・・待てよ、道路がどこかに通じているかどうかも定かでない。
 それとも、木の橋を渡ってハイウェイに戻って、捕まり、ディーアロッジ(Deer Lodge)刑務所にぶち込まれ、そこを終えて、再びアンゴラか・・・。
 
 エンジンをかける。ライトは消したまま、ニュートラルで、ブレーキを踏み踏みしながら下る。麓に近付くにつれて松の茂みが薄くなり、川の茶色い流れが見えてきた。橋が、工場の明かりを反映して、平たく厳しく浮かびあがる。渡った側には、パトカーがいる。飛行機ヘッドライト(airplane headlight、着陸用ヘッドライト、→見よよ、見よ)を照らし、屋根にピンクの明かりを点滅させながら。

 下りにさしかかり、ライトを点け、プリマウスをセカンドギアに落とす。やばい、ライフルが、助手席ドアに敬礼しているかのように立っていることを想いだす。  
 どこかに捨てるにはもう遅い。後部座席に放り投げることすらもはやできない。
 保安官補が橋の欄干の傍に立ち、懐中電灯を点滅させてこちらに停まれと命じている。

 ああ、なんてこった・・・しかも、その真っ只中に突入しているんだ。
 俺は減速して、工場駐車場の炎を見遣る。二人の男が消火器の液を火に振りまいている。その影が見える。
 保安官補が懐中電灯を、気短そうに振り回し始めた。
 ヤバイ。
 しかし、数秒後に解放された。
 「早く行け」、言っていたのだった。

 俺はガタガタと橋を進む。突然ヘッドライトで保安官補の茶色の制服、幅の広いガンベルトと弾薬帯、ステッソン帽を間深く被った頭部が見えた。
 俺は相手に頷き、ゆっくりとアクセスを踏み込んだ。

 ハイウェイに入る。ポンコツ車はロッドをゴトゴト鳴らし、車体をガタガタ揺らす。冷や汗が流れている。ウイスキーの残りをゆっくりとあおって、空瓶を屋根越しに放り投げる。
 危いところを前科者のツキで切り抜けた。捕まれば、今度こそ閉じ込められた刑房の鉄扉を溶接されてしまうところだった。その危機に頭に飛び込んできたツキによって、逃れた。
  グレート・フォールズ(Great Falls)ビール6本パックを買って、牧場まで飲みながら帰った。

 俺は、頭がフラフラ心臓がドキドキの勝利感と「全知全能」感を感じていた。あの、朝鮮戦争歩兵隊、チャイニーズ・ヒルの頂上攻略時に、なんとか撃たれずに、死なずに登りつめたときにしか味わったことのない感情を。
 俺は、時速70マイルでセンターライン越えて蛇行運転したり交差点を突っ切っていたりしていたのだが、そんなことはどうでもいいことのように思えた。全身が魔法に包まれ、舞い上がっていたのだ。アルコールとアドレナリンが心に作用して、陰険邪悪な新エネルギーを生みだしていたのだ。

■翌日
 翌朝、猛烈な二日酔い。ビールとウイスキーと煙草の味が口の中でゴチャゴチャ。迎え酒をやる。二本目のビールを飲み干したときに、やっと落ち着いた。
 「昨夜、やれたのか」、バディが訊く。マリファナ煙草を吸っている。

 事の顛末を話す。
 バディはスプリングフィールド・ライフルを持ち出し、裏庭に埋めた。

 15分後、保安官補が二人やってきた。
 「何もしゃべるなよ、金がないから保釈手続きはしてやれない、目いっぱい入ってろ」、
 バディがいう
 俺は後ろ手に手錠をかけられ連行、留置された。

―― Part 16に続く ――


[更新]
2014.6.10
 細かい誤記を訂正した。

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