スポーツ

2012年1月22日 (日)

日曜日は酒を抜く日にしているのだが、バルト(把瑠都)が優勝したので飲むことにした。

2012.1.22
 日曜日は酒を抜く日にしているのだが、バルト(把瑠都)が優勝したので飲むことにした。祝福だ。特に応援しているというわけではないが、いいお相撲さんだ。ちょっとしたいきさつもある。いや、なに、以前記事にしたことがあるというだけのことなんだけどね、「大いに活躍してもらいたい」と結んだからね、そのとき、うれしいやね、やっぱり(この記事)。

◆◆◆◆◆◆◆◆
 母親ティーナさんが日本にやってきたそうだ。
 母親は場所前に、「落ち着いて臨め」と助言したそうだ。息子はそれを守り、優勝を決めた日(13日目)母親に電話で報告して、そのことばのおかげで優勝できたと伝えた。
  Photo  母親は日本に発つ。息子と共に喜びあう、というか、息子を褒めてやるために。
  Photo_2   どうだね、ビデオを見ながら、涙を止められなかったね。
    9                   青年はこういっていたんだ。

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 ものすごい異国で、ものすごく異なる環境での修行だ。いろいろと愚痴をこぼしたんだろう、母親に、電話で。
11  母親は、受け止めてやる。
 そして、大関昇進がやってきた。
Photo_3 けがをしないように――喜びのなかにも我が子を気遣う。
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 「お相撲さんは怖いと思っている人が多いから、お相撲さんも明るい人でしょうというメッセージを皆さんに送りたい」。根のやさしい男なんだよね、2メートルに近い巨漢なんだけど。大関昇進時にこう述べている。

7  あちらの市民も大喜びだろう。
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 おふくろさん、ティーナさん、おいしいものをいっぱい食べていってください。我が子と語り、一緒に食べ、苦労を振り返り、抱きしめ、甘やかし、甘え、またおいしいものを食べる。
 日本のおいしいものを、いっぱい食べ、我が子と、小さな男の子と、じゅうぶんに幸せを分かち合い、そして帰ってください。
 道中気をつけて。

◆◆◆◆◆◆◆◆
 ――解説もいい、元横綱北の富士、向こう正面、元小結舞の海、すべてが揃って、久しぶりに気分のいい時間を過ごした。晩メシ料理も、うまくできた――

 前回の記事でこう書いたが、期せずして今回も(1月22日千秋楽)この二人だった。
Photo_4
――完――

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2012年1月 3日 (火)

箱根駅伝、ゴール前中央大選手、極限精神力の凄まじさに感動。

2012.1.3
 今年の記事、箱根駅伝話題で出発することにしよう。

◆◆◆◆◆◆◆◆
 中央大学の選手だ。
 ゴール前、おそらく左足が痙攣していたのであろう、半分びっこをひくような感じで、しかも、脳による均衡制御が利かないために左右によろける状態に陥りながら、それでもラストスパートをかけた。ダッシュした。

 「あああ、倒れないでjくれ」、
 「はやくはやく、ゴールよ早く」、
 「もういい、もういい、ゴールさえすればいい」、
 「えい、まどろっこしい、ゴールはまだか」。
はらはらしたね。
 祈るような気持ちだ。

 ところが、ところがだ、
 またダッシュだ。
 三人が競り合っているのだが、よろけながらスパートをかけるのだ。
驚くねえ、
 「もういい、もうやめな、無事ゴールだけを目指してくれ」、
こう思うのだが、やる。
 そして、またやるのだ。

 もう、こちらは、涙が止まらないやな。
 極限精神力の凄まじさを見た。
 「鬼神もこれを避く」って感じだ。こういう場合に使う表現ではないかもしれないが、そう感じた。「鬼神」――精神力からして、形相からして(恐い感じじゃなく、ちょっと優しいんだけどね、それでも、まあ)、ガッツからして、そう感じた。
 いいものを見せてもらった。

◆◆◆◆◆◆◆◆
 昨年は、何人かを抜き去り、シード権を走り奪った瞬間に笑みを浮かべた青山学院選手のことを書いたが、その青学、今年は5位だ、すごいね、健闘したね、躍進したね。

 選手たちにあやかって、こちらもこの一年、気合いを入れて走り抜こう。
 まあ、齢だから、休み休みしながらだけど。

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2011年1月 3日 (月)

箱根駅伝、青山学院だが、9区だったかで前を抜いて10位に上がった瞬間、選手、走者は笑顔を見せた。いい笑顔だった。感激したね。

2011.1.3
  必死で走っており、追い上げてきており、苦しいにもかかわらずだ。笑った。一人笑った。笑顔を見せた。シード権を意識してのことだろう。
 いい笑顔だった。感激したね。涙が出た。
 何十年ぶりだかでの出場だそうだ。そのシード権も見事獲得した。
 部外者だが、晩飯どきに一人盃を上げて、選手に、チームに、杯をかかげて、祝いを述べよう。

 昼飯の支度をしながら、ちょうどその前後を見たのだ。

◆◆◆◆◆◆◆◆
[更新] ― 2011.1.3.、21:15

 ――何十年ぶりだかでの出場だそうだ。そのシード権も見事獲得した――

 ここらの認識にかなり誤りがあったようだ。
 「晩飯、祝杯」。予定どおりこれをやり、うまい酒を飲んだのだが、それを済ませた後にネット記事を眺めていて気付いた。
 "I'm sorry."だが、述べたかったことは伝わるだろう。
 関係者に謝罪しておく。
 

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2010年5月21日 (金)

Happy Retirement, Grandpa!  おじいちゃん、定年退職おめでとう。「2012年ロンドン・オリンピック/パラリンピック」マスコット、ウエンロック(Wenlock)とマンデビル( Mandeville)

2010.5.21
一、定年退職の日、製鉄所溶鉱炉での仕事を終えたジョージ。「40年か・・・・・・」、感無量だ。同僚が、"Happy Retirement George"(定年おめでとう)の幕を張って送り出してくれる。そこに、製銑、延鋼を経て出来上がった太い鋼管がクレーンからぶら下がって下りてくる。菅の表面に、"London Olympic Stadium, 060705"と刻されている。オリンピック・スタジアム建造に使用される鋼材なのだ。「ジョージ、記念に名前を刻んでいったらどうだ」。職長が勧める。「060705」の下側に"George"と書く。床に高炉から飛び散って固まった銑鉄のクズが落ちている。塊を二つ拾った。記念に持ち帰るのだ。
 同僚の拍手が沸く。温かく送り出されて、職場を去る。

 沈む夕日を正面に見ながら自転車で岐路に着くジョージ。坂を下り、やがて我が家に。そこには、老妻と孫たちが待ち構えていた。「おじいちゃん、早く、早く・・・・・・」。二人の孫が手を引っ張る。テーブルの上に待っていたのは定年退職を祝うケーキだ。"Happy Retirement, Grandpa!!"のクリーム書きが。

 気が高ぶって眠れぬジョージ。
 「そうだ・・・・・・」
 夜中に起きだして、作業小屋に籠るジョージ・・・・・・・。妻が事情を察してお茶を持ってきた。作業が進む。溶接バーナーから飛び散る火花・・・・・・「コツコツ」と鉄槌の音。やがて朝が来た。
 二人の坊やの前に、祖父母が一個ずつ箱を。
 「何が入ってるの・・・・・・」。

 こうして ウエンロック(Wenlock)とマンデビル( Mandeville)が誕生したのである。




二、このTubeを見ていて、Alan Sillitoe(アラン・シリトー)の「土曜の夜と日曜の朝」を想いだした。


 事情により、ここで中断。続きは次回。

**************************************
 下の記事がその「続き」である。
 2010.6.16 ― 「アランシリトー、「土曜の夜と日曜の朝」(Saturday Night and Sunday Morning, Alan Sillitoe, 1958) ― その1」 

 なお、2012.4.16に、上掲フィルムの続編2編とマスコット曲のYouTubeを載せた記事を掲げた。ご覧いただきたい。

[更新] 2012.4.16 ― 区切りの[*****]線から下の部分を加筆した。

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2010年3月28日 (日)

「『勝つ相撲』をとらない、『深いはなし』だが」・・・・・・感激だね。求道者の風貌、風格、白鳳、いい横綱だ。バルトもいい、技能賞だってね、大いに頷ける。解説もいい、元横綱北の富士、向こう正面、元小結舞の海、すべてが揃って、久しぶりに気分のいい時間を過ごした。晩メシ料理も、うまくできた。

2010.3.28 
 強いね、いい横綱だね。双葉山連勝記録に挑戦し、相撲勝負の道を極めんとする。

[NHKアナ]
 負けない相撲を目指して・・・・・・。
[横綱]
 負けない相撲ではなくて、勝つ相撲・・・・・・・
[NHKアナ]
 勝つ相撲を目指して・・・・・・
[横綱]
 そうではなく、「勝つ相撲」をとらないということ、深い話だが・・・・・・

 NHKアナの「毎回ワンパターン質問」に、しかもだらだらと長い質問に、ややうんざりした風情だったが、見ているこちらもうんざりしていたのだが、それはそれとして、こう応えた。
 いや、感動したね。オウ、
21世紀相撲道の上泉伊勢守信綱(新陰流の祖)、「勝つ相撲をとらない」、「深い話」。
 いつだったか、連勝中だったのであるが、立ち合いから一挙に攻めて
9割方勝っていたところを、力みすぎ、勇みすぎで逆転負けしたことがあった。そのとき、星を落として悔しがる表情をみせたのはもちろんだが、それに加えて、というか、それよりも強く、勇みすぎを悔やみ、うなだれ、自制しきれなかった自分を強く戒める厳しい顔つきをした。

 「勝つ相撲をとらない」という意味は、「勝ちにいく」、「絶対に勝とうとする」と、「勇み」や「力み」でポカ負けすることがあるので、とにかく、そういうことが起きないように、しかも勝負としては絶対に勝つような相撲――具体的にどういう相撲かと問われるとこちらには答えられないが、そこらへんが「深い話」なのだが――そういう相撲をとるように心掛けているということではないか。素人の推測だが。

 いい横綱だ。
 大阪の人々に応援してもらったおかげだ、という趣旨のことを述べた後に、「大阪は『験のいい』場所ではないか」と
NHKアナに訊かれて、ハイといい、「大阪は元気のいい」云々といっていた。正確には質問の意味を理解できなかったとしても、気持ちは観客に通じる、大きな拍手が沸いていた。
****************◆◆***************

 バルト(把瑠都)強くなったね、成長したね、顔つきも良くなった。
  圧倒的な体格を武器に、腰高姿勢で、「ドテドテと押して、ひねられて、す転んで負け」みたいな相撲とりだと思い込んでいたのだが、違った。認識不足を詫びなければならない。四つに組んでの動きにも、おっつけなど周到な芸を見せるし、秀逸だ。技能賞だってね、頷ける
(敢闘賞も併行受賞)。突っ張りというか突きというか、爆発的な威力をみせはじめたと感じ、腰にも粘りがでてきたようだとみていたのだが、調べてみたら、元々四つ相撲を得意にしている力士だったようだ。
 大いに活躍してもらいたい。


 もう15年以上も前の話だが、バルト三国の航路標識が荒れ放題になっているので緊急に対策を講じなければならないというようなことを耳にしたことがあった。航路標識とは、灯台とかブイとか、ああいうものだ。ソビエット連邦崩壊によって独立を回復した国だが、まだ国力を充分に回復していないころのことで、支援が必要であるということだった。

 エストニアという国を意識したのは、そのときが初めてだった。その後、経済はどうなっているのだろうか。冬景色なんか、まるでおとぎの国のようだね、この国は。

 玉ねぎ微塵切りバター炒めに、牛乳浸しパン粉に、溶き卵に、合挽きに、塩コショウにナツメグ、これをこねて丸めてフライパンで焼くという晩メシ料理を作りながら5時過ぎから観たのだが、不思議なことに、おそらく、いい気分のなかで仕事をしたからであろうが、「非常にうまくできた」。
 相撲も、解説も、本質を大事にしながら仕事をしてるから、見る側、聞く側もいい気分になる。波及効果として、料理がうまくいき、豊かな気分になる。ハッピーだよ、国民は。
 鳩山さんに教えてあげたいね。とにかく、出発点は「本質を大事にすること」だということを。

  そうだ、鳩山さんといや、どこでなにしてたんだろうな。内閣総理大臣賞を下賜する儀式を平野官房長官が代理でやっていたが。

 いい相撲の連続で、真剣な熱闘に、精神に、館内の観客が酔い感動し、テレビ前の国民も気分 が高揚し感動する。社会の空気が快く張りつめたこいうときこそ、パフォーマンスを演じ、人気を高める絶好のチャンスなのだ。
 おそらく、鳩山さんが出てきておれば、5%ぐらい支持率を回復できたであろう。

 だめだね、平野さんなんか出すなよ。どうしても所用で出られないのなら、菅さんだよ、副総理でもあるんだから。
 館内に一気に「ブー」の声が沸き起こったのではないか。平野氏は、いつにも似合わず大きな 声で賞状を読みあげて、はしゃぎ気味のようだったが、自分がそんな場に出てくると鳩山支持率を下げてしまうことにも気づかぬ劣りぶりだ。まったくダメだ ね。

 支持率低下の後押しをわざわざやるお粗末もさることながら、当ブログ主としては、せっかく いい気分でいたのに、この男のためにぶち壊され、腹が立った。
 以前から、この人物を内閣官房長官の座から外さないと政権の命取りになると何度か警告して おり、ネット上でも同趣旨の声が多いが、鳩山さんはまったく意に介してないね。
 「普天間移設問題は私に任せてほしい」と請うて沖縄基地問題検討委員会の委員長に就けても らったように、この総理大臣杯授与儀式も、平野氏が晴れやかな場に出たがった故ではないかと推測するが、政権が置かれている状況がまったく理解できてない ね、鳩山さんも、平野氏も。
 いろいろ言いたかったんだが、眠くなった、ここらで止めよう。

「注」

上記の総理大臣賞を「下賜する」は、「授与する」とすべきかもしれない。「下賜する」とは、身分の高い人が下位の者に物を与えることを意味するのだが、内閣総理大臣は、「身分」が高いとはいえないから。

◆産経ニュース

http://sankei.jp.msn.com/sports/martialarts/100328/mrt1003281740005-n1.htm

 

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Kitanofuji_3 写真出典

◆バルト
http://mainichi.jp/enta/sports/general/sumo/news/20100328k0000e050032000c.html
◆舞の海
http://talent.yahoo.co.jp/pf/detail/pp6487

◆北の富士
http://sumo.goo.ne.jp/kiroku_daicho/mei_yokozuna/kitanofuji.html


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◆スポニチSponichi Annex

http://www.sponichi.co.jp/sports/flash/KFullFlash20100328120.html

把瑠都関の故郷エストニアで母、兄が大関昇進を祝福 

 大相撲春場所で大関昇進を事実上決めた東関脇の把瑠都関(25)=本名カイド・ホーベルソン=の故郷エストニア北部ラクベレ郊外にある実家では28日、母のティーナさん(47)や兄のプリートさん(27)らが千秋楽の一番をインターネットの動画中継で観戦、「昇進決定」を祝福した。

 実家は首都タリンから東に約130キロ離れたラクベレ郊外のロフ村にあり、家の周辺は一面の銀世界と森が広がる。心配そうな表情で取組を見守ったティーナさんは、勝利を見届け拍手。「今場所の最大の変化は、息子が相手を怖がらず自信をつけたということ。本当によくやった。早く会いたい」と満面の笑みで話した。ガッツポーズの兄プリートさんも「大関が決まれば、次は健康に気を付けて横綱を目指してほしい」とエールを送った。

 実家には、日本のマスコミ5社が集まったが、エストニアからは地元紙の記者1人。同国では把瑠都の知名度は高いが、今場所に大関昇進が懸かっていたことはあまり知られておらず扱いはまだ大きくないという。同記者は「相撲はエストニア人になじみのないスポーツだが、これから大関、横綱と昇進すればメディアの関心はもっと高まっていくはずだ」と話した。(共同)[ 20100328 20:36 ]

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02344x
Europmap
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http://images.google.co.jp/images?client=firefox-a&rls=org.mozilla:ja:official&channel=s&hl=ja&q=%E3%82%A8%E3%82%B9%E3%83%88%E3%83%8B%E3%82%A2&lr=&um=1&ie=UTF-8&ei=rXGvS63uDsqGkAXgjZ2-DQ&sa=X&oi=image_result_group&ct=title&resnum=5&ved=0CDUQsAQwBA

 








 

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2010年3月 2日 (火)

2010冬季オリンピック閉会式、VANOC委員長挨拶文 ― 2010.3.1記事の補足

2010.3.2
 昨日の記事で、次のように書いた。
 ――VANOCのJohn Furlong(ジョン・ファーロング)という人(理事長)が閉会の挨拶をしていた。長くて、ややくどい感じがした。内容を活字で確認したら、蜂蜜だらけ、飴だらけ、けれんがすぎるってところだ。
―中略―。内容は、ちょっと世界に「おもねすぎ」、というか、「自分に酔っている」って感じじゃないかな――

 掲載されている文を翻訳してみた。参考までに掲げておく。批判は一部あたっているようでもあり、あたってないようでもあり。
 なお、Googleして分かったことだが、この人物は、ある種、「日本チャチャチャ」と共通するような愛国心の持ち主のようだ。
 30余年前にアイルランドから渡ってきた移民であり、入国する際に入国管理局職員がかけてくれた、「温かい言葉であり、かつ、特定の意味を持つ言葉」をずっと心に抱き続けているという情熱家である。それは、次のようなものだ。
   ――カナダへようこそ。国をよくしてください――
 ゲーリック・フットボール、バスケットボール、ハンドボールなどを国際試合レベルで演じたスポーツマンだという。
http://www.vancouver2010.com/more-2010-information/about-vanoc/organizing-committee/management-team/john-furlong/john-furlong_88274Zn.html

******------******
CT.V.VANCOUVER
http://www.ctvolympics.ca/news-centre/newsid=54782.html?cid=rssctv
2010.2.28- 10:21掲載

VANOC- The Vancouver Organizing Committee for the 2010 Olympic and Paralympic Winter Games
             (2010オリンピック/パラリンピック冬季大会バンクーバー組織委員会)

ジョン・ファーロング委員長閉会挨拶


閣下、
 国際オリンピック委員会、ムッシューRogge、
 カナダ国首相、
 国家元帥、
 州首相、
 市長各位、
 世界運動選手、
      (以上、フランス語で呼びかけ。「国家元帥」、「州首相」についてはwikipediaの記事を参照されたい。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%AB%E3%83%8A%E3%83%80

  ボンソア、グッドイブニング。
 私たちは、すべて、同じ家族の一員です。2010年オリンピック競技は、私たちが60億のばらばらの人間ではないことを教えてくれました(仏語)。
Photo_3

 この記念すべき17日の間、私たちは相携えて、世界の人々に対して、スポーツの偉大なパワーを示してきました。
 まず、なによりも、人間社会を統一し、鼓舞し、開放することのできる美しい力が存在すること――絶望を希望に変え、人間の魂に点火することができる力というものが存在するということを見てきました。
 その力こそスポーツです・・・・・・オリンピック競技という舞台でのスポーツです。
そして、ここでスポーツが行われたということは、同時に、そこには平和が存在したということを意味します。
 今回のオリンピック競技は、平和と友愛の下に展開いたしました(仏語)

 しかしながら、残念なことに、お別れをいわなければならない時がやってまいりました。お礼を述べる時が。
 そして、おそらく、このオリンピック大会が始まるまでのカナダと現在のカナダとを暫くの間比較する時がやってきました。

 私が思いますには、わたしたちカナダ国民は、今夜この時、以前よりも強い人間となっており、より統一され、カナダという国をより強く愛するようになっており、国民どうしがお互いに、かつてないほど強く結ばれています。繰り広げられてきたオリンピック競技が私たちを高揚させているからです。
 開会式の夜には、カナダとはどういう国だろうとかと、いくらか不思議がる気持ちを抱かれた方がいたかもしれません。しかし、もうそのようなことはありません。
 もう、いまでは、カナダという国や、私たち国民のことをよく分かっていただけたと思います、いかがですか。

 これまで、カナダという国は、目立たない存在だったかもしれませんが、いまや注目を浴びる国になっています。
 これまでは、カナダは、国家の誇りについて、時としてはそのような誇りの存在を自認するのをためらうほど静かで控えめな姿勢を保ってまいりましたが、そのような誇は、(このオリンピック大会において)最も美しい種類の愛国心が国中にはじけていくにつれて、大手を振って歩くようになったように思えます。
 メイプルリーフ(カナダ国旗、象徴)が、次々と、いろんなものに適用されました。微笑みと嬉しさを与えてくれるものがたくさんできました。
(この部分は意味がつかめない。So many new and dazzling applications for the Maple Leaf - so many reasons to smile and be joyful.)

  カナダ国民のみなさん、みなさんは、共通のお祝いのなかで互いに交流し、あちこちの国から来たお客さんと交流しました。明るく希望と喜びに満ちて、自然にそうなり、平和のうちにそうなって。

 私たちVANOCにとって、みなさんは私たちの翼を押し上げてくれる風のような存在でした。(VANOC=2010年オリンピック/パラリンピック、バンクーバー組織委員会)

 みなさんは、単に応援してくれただけではありません。それだけではなく、みなさんは、あたかも、みなさん自身が金メダルに向かって競争しているかのように、一つ一つの輝かしい瞬間を過ごしてきたのです。
 みなさんは、私たちが望んできた、いわば控え選手席の強さです。戦われてきた競技において、ディファレンス・メーカーの役割を果たしてきました。
 「注」 ― difference makersとは、"make difference"(make a difference) という語句からきているものと思う。"make difference"とは、「一味違ったものにする」(「もの」とは結果、業績など、すなわち、異例ともいうべき優れた結果や業績を達成するという意味である)、「かつてなく優れたものにする」、「差別化をはかる」 といった意味のことばである。したがって、この大会のかくまで偉大な成功は国民の支援のたまものだということをいっている。あるいは、観客の盛り上がりや応援ぶりによって、選手が異例の力を発揮して大記録を達成することがあるが、そのような背景環境/力になったということをいっているのかもしれない。

 アレクサンドル君、きみがもたらしてくれたカナダ最初の金メダルによって、われわれは、チャンピオンのように感じ、チャンピオンのように振舞うことができました。
 そして、最後に取った金、あの金メダルは、何世代も記憶されることでしょう。
 「注」― アレクサンドル選手は、モーグル選手。最後に取った金メダルとは、言わずと知れたアイスホッケーでのそれ。

 ブルーのジャケットのみなさん(*ボランティアへの呼びかけ)、男も女も、みなさんは疑いもなく、大会競技のヒーローです。まさに、「2010年クラス」(優れた等級の意)です。
完璧なチームです。みなさんは、偉大なる尊厳をもって行動してくれました。すべての仕事に心と魂を注ぎこみました。
  みなさんは微笑み、応援し、お客様の心を友情と善意で満たしてくれました。
 多くの方に裏方として働いていただきましたが、みなさんにはお礼のいいようがありません。

 みなさんは、頑固な山を全力で引き受けてくれました。その結果は、1対0でブルージャケットの勝ち、サイプラス山天候を下したのです(Blue Jackets-1,Cypress Mountain Weather-0)です。
(頑固な山とは、競技場であるCypress Mountainのことで、雪不足や雨の荒れ模様天候にもかかわらずボランティア作業員が整備に全力を尽くしたということであろう。「1対0」とはアイスホッケーの試合に例えたもので、「ブルージャケット」チームが「サイプラス山天候」に勝った、死闘の末、僅差で勝ったということである)

  みなさんは、固く決意した人間の心による猛攻に対してそれ自体を支えることができる力が存在するということを何度も何度も証明し、毎日、私たち全員にそのことを悟らしてくれました。(この部分、意味不明。You were tested again and again and reminded us all every day that there is a force that can sustain itself against the full thrust of a determined human heart.)
この大会へのみなさんの貢献は、きっと、みなさんの一生を通じて、名誉のバッジとして胸に輝いていることと思います。
 なぜならば、みなさんは、奉仕の仕事を通じて、誇り高き、寛大なカナダ国民とはどういう姿であるかということを、眺める全員の目に明らかにしてくれたからです。

 多くの友人と信頼しうるパートナーのみなさん、私たちバンクーバー組織委員会は、みなさん一人一人に、その多大な貢献に対して、敬意を表します。
 そちらに座っている指導者のみなさん(IOC委員長などの来賓)、この偉大なる冒険に信頼を寄せていただいたこと、実行許可を与えていただいたことに対してお礼を申しあげます。

 現場作業に携わっていただいた方、バスの運転、料理、その他、数百万もの仕事に日夜従事してくれた人々に申し上げます。みなさんが将来迎える日々において、今大会の成功が、きっと勲章として胸に残り続けることでしょう。

 ホスト地として競技を迎えていただいた地域のみなさん、みなさんの貢献は偉大でした。魔法のように偉大でした。
 各国から参加された応援団、観覧のみなさん、みなさんは礼儀正しい、考え深い、自発的なお客様であり、情熱的なファンでした。メルシ、ビアン。ありがとうございます。
 保安を担当していただいたセキュリティ部隊のみなさん、みなさんは、「すばらしい」仕事ぶりでした。

 IOC(国際オリンピック委員会)のみなさん、私たちバンクーバー組織委員会を信頼していただいたことに対して、私たちの成功に向けてあれほどまでに情熱を傾けて支援していただいたことにお礼を申しあげます。

 ホスト国として世界の人々を迎えたことは、我が国の大いなる名誉とするところであります。私たちのビジョンに信頼していただいたことに、感謝いたします。私たちは最善の努力を尽くしました。

 ソチから来られている友人たち、私たちは協力を惜しみません。2014年の成功を祈ります。

 グルジア国のみなさん、貴国が失ったことに対して心からお悔やみを申しあげます。カナダ国民と、この場に集まっている者全員が、みなさんの悲しみを分かち合っています。貴国の、あの英雄、Nodar Kumaritashvilliのことは決して忘れません。彼の伝説は、きっと、世界中の若者を、人生においてチャンピオンになるように鼓舞していくことと思います。

 世界のアスリートたち、みなさんはフェアにプレイすると約束し、それを実行しました。
 みなさんの手に、みなさんの決意を通じて、私たちは想像しうるかぎりの感情を感じ取りました。わたしたちは、みなさんの悲哀と歓喜を、まるで自分自身が競技しているような気持で、共有してきました。
 みなさんは、実例を以って、世界中の若者の生活に希望を注入してくれました。明日から、みなさんの後を継いでくれる若者の生活に。

 皆さんが会うこともない少年少女たちが、いまや、夢のパワーを通じて偉大さを達成することが可能であることを悟りました。
 みなさんは、偉大なチャンピオンの次世代層への架け橋となるコースを設定したのです。みなさんは、世界をよりよくしていくための最高の大使として、それぞれの国に帰ります。みなさんが将来を築くのです。
 世界の若者たちは、みなさんのリーダーシップと模範を待ち受けています。

 そして最後に、競技を見続けてきていただいた世界の人々に対して申しあげます。このオリンピックを楽しんでいただけたでしょうか、私たちバンクーバー組織委員会が織りなしてきたこのつつましやかなカナダの物語を楽しんでいただけましたでしょうか。
 みなさんが当地に送り込んできた若い男女は、いま帰国の途につこうとしています。この若者たちを、どうか誇りに思ってください。
 今回のオリンピック大会は、多くのすばらしい遺産を残すことでしょう。そのなかで、一つだけ、どうしてもいっておきたいことがあります。

 それは、カナダのすべての児童、こどもたち――その出身地が、Chicoutimi、 Moncton、 Grand Prairie、 Sqamish、Niagara Fallsなど、どこであろうと――このこどもたちが、ひとり残らず、スポーツの喜びを感じるように成長していって欲しいということです。
 そして、世界のオリンピック組織ファミリーは、すべての児童が地球上で縦横に競技する権利が確保されるまで、心の休まることがない、ということです。

 さようなら、みなさん。.
 ロベール・シャルボアがいうように、「さようなら、君のことはいつまでも最高の思い出として残っている」(Comme le disait Robert Charlebois, Adieu, tu seras toujours mon plus beau souvenir.)

ありがとうございました、さようなら(メルシ・ブック、アボアール。Merci Beaucoup, Au Revoir)。
カナダ・万歳(Vive le Canada)
カナダよ、ありがとう。

「注」
   *ロベール・シャルボア(Robert Charlebois)は、ケベックを中心に活動している歌手/作曲家/俳優/ミュジッシャンだとされる――wikipediaによる)。

Photo
自国開催の五輪で初めての金メダルをもたらしたカナダの男子モーグル代表、アレクサンドル・ビロドー(ロイター)
産経ニュースから

http://sankei.jp.msn.com/vancouver2010/photos/100215/oae1002151159016-p1.htm
Photo_2                     アイスホッケー優勝
YOMIURI ONLINEから
http://www.yomiuri.co.jp/olympic/2010/news/other/news/20100301-OYT1T00173.htm

◆優勝して狂喜するカナダ国民、写真をどうぞ(最下部にも、その中から3枚掲載)
http://www.afpbb.com/article/sports/winter/IceHockey/2704098/5423845

◆◆◆◆◆◆◆◆
■スピーチ原文
(当初は、冒頭部に掲げてあるように、スピーチ内容の引用ソースとして"CT.V.VANCOUVER"にリンクを張っていた。ところが、いつのことかはっきりしないが、その後、「用済み」という理由からであろう、そのwebページから記事が削除された。そこで、このブログ記事を目にする読者の便を考え、ファイルとして保存してあった原文を掲げることにした。2010.8.20)
 VANOC- The Vancouver Organizing Committee for the 2010 Olympic and Paralympic Winter Games

John Furlong Closing Ceremony Speech
Posted Sunday, February 28, 2010 10:21 PM ET

Excellences.... Chefs
Monsieur Rogge.... Membres du CIO
Monsieur le Premier Ministre
Chefs d'Etat
Les Premiers Ministres des Province
Maires et Mairesses
Mesdames et Messieurs
Athletes du Monde
Bonsoir - Good Evening

Nous sommes tous membres d'unde meme famille. Les Jeux Olympiques de Deux Mille Dix nous ont appris que nous ne sommes pas six millards d'individus.

Over these remarkable 17 days we have together demonstrated the remarkable powers of sport to the human world. We have seen first hand that there is indeed a beautiful force that can unite, inspire and liberate - a force that can replace despair with hope and ignite the human spirit.
This force is sport... in the arena of the Olympic Games.
And because we had sport here - we too had peace.
Ces Jeux se sont deroules dans la paix, ils se sont deroules dans l'amitie.

But the time has come to say goodbye...
To say thank you... de vous dire merci.
And to perhaps compare for a moment the Canada that was with the Canada that now is.

I believe we Canadians tonight are stronger, more united, more in love with our country and more connected with each other than ever before. These Olympic Games have lifted us up. If the Canada that came together on Opening night was a little mysterious to some it no longer is.
Now you know us, eh!

If we were once the few we are surely now the many. That quiet, humble national pride we were sometimes reluctant to acknowledge seemed to take to the streets as the most beautiful kind of patriotism broke out all across our country. So many new and dazzling applications for the Maple Leaf - so many reasons to smile and be joyful.

Canadians, you joined each other and our colourfu international visitors in common celebration - radiant, jubilant, spontaneous, peaceful.

For us you were the wind beneath our wings. You did not just cheer - rather you lived every glorious moment as if you yourselves were competing for gold.
You were the bench strength we had hoped for - the difference makers at these Games.
Alexandre, your first Gold Medal gave us all permission to feel like and behave like champions. Our last one will be remembered for generations.

To the men and women in the blue jackets you are the undisputed heroes of these Games. The class of 2010. A perfect team, you have behaved with great dignity, poured your hearts and souls into every task.
You smiled, you cheered and you filled the hearts of our visitors with friendship and good will. For many of you who toiled behind the scenes no thanks will ever be enough.
You took on a stubborn mountain with all your might. The result, Blue Jackets-1, Cypress Mountain Weather-0.

You were tested again and again and reminded us all every day that there is a force that can sustain itself against the full thrust of a determined human heart. May your contribution here be worn as a badge of honour for the rest of your lives. For you have, through your service, defined for all to see what it is to be a proud, generous Canadian.
To our many friends and trusted partners, we tip our hat to each of you for a magnificent contribution.

To our leaders, sitting over there, full credit for believing in and empowering this great adventure.

To those who built the venues, drove the busses, cooked the food and toiled day and night to complete a million tasks - may the success of these Games be your reward for all your days to come.

To the people of the host region you were magnificent - Votre contribution a ete magique.
To our international visitors you were gracious, thoughtful, spontaneous guests and spirited fans, merci bien.
To our security team for keeping us safe, you were in a word "terrific".

To the IOC, thank you for trusting us and investing so passionately in our success.
It has been our great honour to host the world and we thank you for believing in our vision, we did our best.

To our friends from Sochi we are in your corner and wish you every success in 2014.

To the people of Georgia, we are so sad and so sorry for your loss. Your unimaginable grief is shared by every Canadian and all those who have gathered here. May the legacy of your favourite son Nodar Kumaritashvilli never be forgotten and serve to inspire youth everywhere to be champions in life.

Athletes of the world, you promised you would play fair and you did. At your hands and through your determination and tenacity we have felt every imaginable emotion.We have lived the agony and the ecstasy with you as if we ourselves were competing.
By your example you have injected hope into the lives of youth everywhere. Youth that will rise tomorrow ready to emulate you. Boys and girls you will never meet now know that it is possible to achieve greatness through the power of a dream. You have set the course for the next generation of great champions. You return to your homes as the best ambassadors we have for a better world. You are the future. The youth of the world await your leadership and your example.

And finally to those who have watched us all over the globe, we hope you enjoyed these Games and the telling of our humble Canadian story. The young men and women you sent here are coming home. You can be very proud of them.
The Games will have many wonderful legacies. I wish but for one.

That every Canadian child - be they from Chicoutimi, Moncton, Grand Prairie, Sqamish or Niagara Falls - will have the chance to grow up to experience the pleasure of sport - no one left out.
And that we of the global Olympic family will not rest until the right of every child to play across this planet is secured.

Good bye to you all.

Comme le disait Robert Charlebois, Adieu, tu seras toujours mon plus beau souvenir.

Merci Beaucoup, Au Revoir
Vive le Canada
Thank you Canada.

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   (画像は、AFP BBNews記事画面から、[PrtSc/SysRq]でキャプチャ合成したもの)

Photo

[更新]  2010.8.20、

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