映画・テレビ

2013年11月 5日 (火)

ドリス・デイ(Doris Day)の齢を、2つも鯖を読んで91歳だと報じる英国有力紙、MailOnline、何か魂胆があってのことか。

2013.11.5
 ドリス・デイ(Doris Day)の年齢は89歳7ヶ月のはずなのに、MaiOnlineが紙が最近の記事で二度にわたって(2013.10.142013.10.25、姉妹記事)、91歳であると報じている。
 前回(2013.10.31)に続き、もう一度「Doris Day MailOnline記事」を取り上げる。

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(イ) Wikipediaによればデイの生年月日は1924年4月3日だとされている。これでいけば、現在89歳7ヶ月である。あれこれとあたって精査確認したわけではないが、Wikiが示しているこのデータは正確なもの、一般的に通用しているものとしてよいであろう。
 それなのに、二度の記事において、91歳だとしている。

(ロ)「うっかり勘違いした」という単純ミスによるものとは思えない。なぜならば、最終掲載原稿としてOKが出る前に、数次の編集/推敲/データ・チェック/誤字脱字チェックという課程を経るはずだから、人物描写における最も基本的なデータである年齢が誤ったまま見逃されるということは、まず考えられないからである。しかも、記事の内容は、「現在91歳という超高齢に達したドリス・デイが云々」として、「91歳」という点にかなりの焦点を当てた内容のものである。だから、必ずチェックが入る要素である。
 さらには、別々の記者による別々の記事において、――同じ題材を扱った姉妹記事だが――、二度とも「91歳」だとしている。

(ハ) だとすると、同紙が独自に、「正しい」生年月日を、「隠れた真実」を掴んだのであろうか。
 いや、それもない。そんな「大スクープ大騒ぎ」はしていない。両記事は一種のスクープ記事、40年余にわたってドリス・デイに仕えてきた元使用人がこの伝説的大女優について世に知られざる事項を語るというスクープ記事なのだが、「正しい生年月日を暴露する」という騒ぎ方はしていない。「91歳」を強調はしているけれども、そういう面からのことではない。
 やはり、単純ミスか。そうだとすれば「お粗末極まりない」が。
 お粗末極まりないうえに、後続記事もそれを繰り返しているのだから、お粗末もお粗末、低質なジャンク記事、ダメ新聞といういうことになる。、

(二)ややこしいことには、「91歳」としながら、記事中には、上記の一般通用生年月日に基づいて年齢計算をしている箇所がある。すなわち、2013.10.25記事には、「1968年にハリウッドを引退したとき、まだ44歳だった」というくだりがある。
 だから、やはり単純ミスなのか。
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  記事の内容については、当ブログ2013.10.31記事を参照されたい。

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 わけのわからない記事だ。
 ある事情から、この新聞記事を ブログ題材に取り上げたのだが、どうも後味が悪い。この年齢の点以外にも、一般的認識から離れた「独善的断言」、興味を惹かんがための「誇張」みたいな要素が点在している。そういうことには、ブログ記事を載せた後から気付いたのだが、しなきゃよかったと後悔している。

{2013.11.13追記]
   「ある事情」――2013.11.9記事で書いたのでそこを参照されたい。

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2013年10月31日 (木)

あのDoris Day(ドリス・デイ)が91歳(???)で生き永らえているというのだが、ここにきて、おざなりみたいな看護/介護の餌食になりかけていることもあり、健康維持が危ぶまれているという。

2013.10.31
  見せかけのような低質の看護/介護のために、超高齢ドリス・デイ(Doris Day)の、――長い隠遁生活のなか、91歳(*1)で生き永らえているというのも驚きだが――、この超弩級ハリウッド女優のさらなる長生きが危ぶまれているという。MailOnline(メイルオンライン)紙が危惧を報じている(2013.10.142013.10.25)。

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Dorisday90yold5                                                                                      (MailOnline紙2013.10.25記事から)
          (画像説明)
          隠遁 ― 2008年7月に撮影された写真で、その後公共の場で写真に撮られたことはない(*2)。

                                     

********************************************************************Dorisday90yold1
MailOnline      News
Terrible twilight of Doris Day: Concerns raised over the beauty who has hidden from the world for 45 years
  ・Day, now 91, is one of Hollywood's greatest legends in Hollywood history
  ・ But the reclusive star has not been photographed since 2008
  ・This week her former housekeeper lifted the lid on her secretive life


By Tom Leonard
PUBLISHED: 23:11 GMT, 25 October 2013 | UPDATED: 11:21 GMT, 26 October 2013
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 ドリスデイの悲惨な終末期。45年にわたって隠遁生活状態を送ってきた「美」女優(*3)に危難が降りかかっているのではないかと危ぶまれている。
・ドリス・デイ、91歳になるドリス・デイは、ハリウッド映画史上における最高の伝説的女優の一人である。
・だが、この隠遁生活スターの姿は、2008年以来、写真に現れていない(*4.)。
・今週、元の家政夫が、デイの秘密に充ちた生活の蓋を開けてみせた。


Tom Leonard 記者
2013.10.2523:11分(グリニッジ標準時)/更新2013.10.26、11.21分
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*1.*5.
一般的データ(Wikipediaや諸々のネット記事)によるかぎり(1924年4月3日生れだとする)、89歳6ヶ月のはずである。なぜ「91歳」としているのか、理由はまったく分からない。
 記事中に「1968年に引退したとき年齢はまだ44歳であった」というくだりがあるが、そこでは一般データどおりの年齢になっている。→見よWikipedia(ドリス・デイ/Doris Day)


*2. あくまでも「公共の場では(in public)」撮られたことはないということであろう。つまり、町を歩いたり買い物をしたりしている姿を撮られたことはないということであり、まったく写真がないということではない。この記事は、全体として、読者を、「写真がないから2008年(4月3日を境に83か 84歳)以後どんな姿をしているのかまったくわからない」という誤解に導くような書き方をしている。
 当人は2011年9月(87歳)にほぼ20年ぶりにアルバムを出したが("My Heart")、 そのCDは、若々しい姿の大写し写真で飾られている。同じく、同月、アルバム発売前にポール・マッカートニー(Paul McCartne)と会ってそのアルバムのことなどを話し合っているが、その対談内容を自ら手記として
2011.9.1のThe Telegraph紙に載せており、当時の 若々しい写真(発売予定CDの販売促進用に撮影されたもの)が紙面を飾っている(この件については、後で改めて触れる)。

*3.ドリス・デイのことを"the beauty"と表わしているが(『「美」女優』とした)、おそらく次のようなことからであろう。すなわち、当人は常々「」(beauty)ということについて語っており、そのことで知られているいるのであろう。
 この関連で、上で触れたポール・マッカートニーとの対談に、次のようなくだりがあるので掲げておく。
PM:
 I think your fans will go crazy with it. It's a nice album with beautiful emotions. Is it true when you sing Joe Cocker's You Are So Beautiful you are singing about the beauty you find in animals?
DD:
 Well I do find the beauty in animals. I find beauty everywhere. I find beauty in my garden.
(マッカートニー)
 あなたのファンは大喜びすることでしょうね。情緒に充ちたすばらしいアルバムです。あなたは、"Joe Cocker作曲のYou Are So Beautifulを唄うとき、動物のなかに見る「」ということについて唄っているといわれていますが、ほんとにそうなんですか。
(デイ)
 そうね、見るわ、私は、動物のなかに「」を見るわ。私は、いたるところに「」を見ます。私の庭に「」を見ます。

                                                                              (2011年.9月1日のThe Telegraph紙)

*4.無造作に断言しているが、「*1」でも述べたとおり、おそらく、誤りである。

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 2013.10.25記事には上記のような見出しの下に、次のようなことが書いてある。
 Mail Online紙から怒られそうだが、以下、概略を転載する。
記事は総体的に、「隠遁生活」、「秘密の生活」、「世に隠れた姿」といったことを過度に強調する点で、バイアスのかかったものになっているようだ。種々のネット記事をみると、隠遁めいてはいるが世界と没交渉ではなく、それなりに活動しているように思える。
 何よりも、89歳6ヶ月のはずの年齢を91歳と報じているのだが、その理由がまったく分からない。単純ミスとみることは、まずできない。なぜ「91歳」としているのか。

  ↓下の画像が記事の全容である。

20131025

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 カリフォルニア州のCarmel Valley。美しいこの地に建つ要塞のような邸宅、ドリスデイの家の巨大な門の前に立っていると、ときたま犬の鳴き声が聞こえる。ハリウッドのスター女優と生活を共にしている連中だ。

 ドリスデイが、――現在91歳だというのだが(*5)、世に隠れて生活していることで知られるこの人物が――、まだ生き永らえていることを知ると人々は驚くであろうが、この人は、かつて、真夜中に家の近辺の町を人目を忍んで動きまわることを(ジョギングなど運動のために)生活習慣にしていた。それから、数年になる。

 野良犬や痩せ猫をみつけては、車で家に連れ帰っていた。50匹もの犬がいたこともある。邸宅の門の外に犬/猫を捨てていく者も現れた。このハリウッド大女優は必ず引き取り、放置することはなかった。
 きびきびした、艶のある若々しい顔つきの、ファン受けのするブロンド女優は、Rock Hudson(ロック・ハドソン画像 )との共演によるPillow Talk(邦題「夜を楽しく)でオスカーを取った。James Stewart(ジェームス・スチュアート画像 )との共演による The Man Who Knew Too Much(邦題「知り過ぎていた男」)で唄ったケセラセラ(Que Sera Sera)でも受賞している(当ブログ主「注」―アカデミー歌曲賞/Best Original Song)。

 しかし、問題まみれの4回の結婚/離婚、――暴力沙汰が絡んだこともあったが――、その出入りの後、男関係とは縁を切った。その後は犬と暮らした。ただ、噛まれやしないか、怪我をしないかと不安を感じてもいたという。友人がそう語っている。
 この、負傷や疾病への不安の問題は、当人がChristian Scientist(クリスチャン・サイエンス、科学者キリスト教会、キリスト科学者)宗教の信者になっていたために、切実なものとなっていた。近代医学に頼るのではなく、祈りによって病を癒すべきであると説く宗教である。

 この理由で、一度、死にかけたことがあった。
  当人が出血を続けていたのに、クリスチャン・サイエンス教信者であった夫が、医者にかかることを数週間にわたって禁じたからである。検査の結果、腸に腫瘍ができていた。子宮摘出手術を受けるはめになった。それから数年後には、その身辺の世話をした友人が語るには、当人自身、この信仰から、アスピリンを飲むことすら嫌がるようになっていた。

  数ヶ月前、当人の介護人の一人が、ハーブ系の(草本)治療薬を買うところを目撃されている。おそらくは、デイの尿感染や腎臓疾患を治療するために使用するものと推測されるが、医師ならば、当人のこの年齢を考えると、そんなものは処方しないであろう。そういう類いのものである。

 当人は病気にかかると神への祈りにすがるという。地元クリスチャン・サイエンス教会の有力者がそう語っている。現在は、かつて熱心に通っていたCarmel所在の教会を訪れることはないというが、「母なる教会」への寄付を依然として続けている。

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 今週になって、かつて当人に献身的に仕えたハウスキーパーとして知られるSydney Wood(シド二ィ・ウッド)が、この崇拝するアイドルの身を心配する声を寄せてきた。ウッド氏はイギリス人であり、20年余にわたって、信頼される相談相手、被使用人として当人に仕えてきた人物であるが、公の場で発言することはこれまでなかった。
 しかし、ここにきて当人の身を案じる懸念を語るとともに、ドリス・デイが数十年にわたって過ごしてきた秘密的な隠遁生活の蓋を初めて開けてみせた。

 ドリス・デイは1968年にハリウッドを引退した。その時、すでに39本の映画を残してこそいたが、齢はまだ44歳だった。それなのに、自らの身に沈黙の壁をめぐらした。
 しばらくのあいだ、あれこれのテレビ番組に出演したが、徐々に公共の目から消えていった。
 ウッド氏は、East Anblia(イギリス東部のNorfolk、Sufforkなど4州を含む地域)で育っていた若者として初めてドリス・デイの唄を聴いてからこの方、ずっとこのスターを崇拝している人物であるが、ここにきて、相手のことを、孤独で弱弱しい存在であると描写している。当人の友人、人間の友人は、そのほとんどが亡くなっており、動物の友人、身を取り巻く犬たちについても、自身ではもはや適切に世話することもできない状態になっているとして。

 かつては、忠実な召使たちによる内部軍団が、スポットライトを避けようとする当人を数十年間よく支えてきたが、その者たちは去ってしまった。
 当人の家族についていえば、最愛の一人息子として愛情を注いできたTerry Melcher(テリー・メルチャー)、ミュージシャン、は2004年に死亡しており、唯一の孫であるRyanは、当人と疎遠になっていることで知られている。

 以前は身辺の世話する適切な人々に囲まれていた。私のような者たちだ。金のためでなく、愛情から働いた者たちだ。ウッド氏はそう語る。
 ウッド氏は7年ほど前に当人との雇用関係から離れたが、当人との連絡をとり続けようと努め、少なくとも、当人のために働いている人物の一人とはずっと連絡を取り続けている。そう語る。
 「連中が彼女の元にいるのは、彼女がスターであるという打算的な理由からのことでしかない。適切に世話をしていないんじゃないか」と心配している。

 かつて、磨かれるように手入れの行き届いていた住居は、今では、だらしのない、ひどい状態に陥っている。紙の皿で料理をだしたりもしている。ウッド氏は語る。「彼女は、住まいをきちんと運用していくことについて、大きなプライドをもっていた」、そう語る。
 清潔さということについて過剰なほど捕われ、自分のベッドルームに洗濯機を置き、アイロンかけも自ら行うほどだった女性は、我が身の肉体外観維持にも気を使っていた。じっと座っていることなんか、まずなかったぐらいだ。しかし、昔の姿はない。今では、家にじっと閉じこもっている。
 実際に、隣人二人はいう。彼女の体調が良くないことは仲間内では知れ渡っている事実だと。これまでは、何人か地元の人々を家に招いたりしていたのに、それもしなくなったと。
 公の場で写真を撮られたのは2008年が最後で(上の脚注4参照)、顔は帽子とサングラスで隠れている

 彼女のファンは、――それは、イギリスからの者が多いのだが――、カーメル(Carmel)にある当人の共同所有となっているホテル(「注」当ブログ主― おそらくココ) に投宿する。そこに行けば、ドリス・デイの姿を見ることができるのではないかと考えてのことだ。しかし、がっかりする。
 当人は、巨大な建物に、住み込み看護婦と二人だけで暮らしている。もちろんペットの動物もいるが、それも、今では二、三匹の犬だけになっている。当人に怪我をさせる虞のあるような大きなペットは追いやられた。
 以前の共演主役男優のなかで今でも生きている者としては、ウッド氏は一人しか想いだせない。James Garner(ジェームス・ガーナー)である。ドリス・デイと2本の映画で共演したスターで、かつて、デイのことを、「ものすごくセクシーな女性だ、だけど、そのことに気付いていない」と評した。

 ドリス・デイは、大勢の昔からのファン層を大切にする気持ちを抱き続けているが、個々のファンレターに返事することは、負担が重くてできない状態になっている。

 シドニー・ウッド氏は現在71歳、メイン州でボーイフレンド、Cliffと生活している。このスタ-女優の回想を語っているが、その内容は、必ずしも、へつらいを述べるだけではない。
 ウッド氏は、サフォーク州とロンドンで育ったが、この胸の豊かな金髪スターがスクリーン上で演じる姿は50年代の意気消沈したロンドンに必要な陽光の炸裂であった、と回想する。
 氏はDoris Day Fan Club in Britain(ドリス・デイ英国ファンクラブ)を設立し、1976年に初めて憧れの人に会った。相手がロンドンのDorchesterホテルに滞在中のことである。
 デイは、ウッドを、カリフォルニアに来て自分のために働くように説得し、1979年にそうなった。ビバリーヒルズにあった旧宅とCarmelの住居(当ブログ主「注」、おそらくココ)の両方で働くという仕事である。

 驚喜のウッド氏は、あらゆることをやった。プール掃除から電話応対まで。氏自身は、無料奉仕同然でも喜んで働く気でいたが、ドリス・デイは、使用人に対してほんの小額の賃上げさえ渋った。ウッド氏はそう回想する。デイは、金銭問題では短気だった。「ワーナーブラザースで働き始めた時、私は、たった週300ドルで働いたのよ」、よく、こういったものだ、ウッド氏はこういい、「だけど、当時はガソリンが10セントだった時代だからね」と苦笑する。
 彼女は「金の問題」については非常に神経をとがらした、ダンサーとして苦労していた頃に貧乏で苦労したからだと思う、ウッド氏はこういう。買い物のときでさえ、クーポン(割引券など)がないかと探しまわり、それを利用した。
 そうしておいて、蓄えた金をペット基金に寄付した。

  引退した後、ショービジネス界との絆を断ち切ろうと努めてはいたが、完全に過去との縁を切ったわけではなかった。有名人が立ち寄ったり、電話をかけてきたりした。ドナルド・レーガン大統領は50年代に共演したボーイフレンドだが、大統領時代にも電話を寄こした。
 ある新聞が、レーガン大統領について、ホワイトハウスで飼うのが面倒になったペット犬を自分のカリフォルニア州牧場に連れてきたと報じた。
 このニュースに対して、ドリス・デイは、ある雑誌の記事において、その犬がちゃんと世話してもらえるように望むという談話を表わした。そうしたら、レーガン大統領から電話がかかってきて、犬は大丈夫だから、心配しなくていいと言って寄こした。
 ウッド氏はこう語っている。

 Paul McCartney(ポール・マッカートニー)が訪れてきたこともある。デイとは初対面であった。ある日の午後、電話をしてきて、ウッド氏が応対した。デイは、どうせ騙り電話だからうっちゃっておけといったが、数日後にマッカートニーが当時の妻、Heather Millsと一緒にやってきた。鉢植えの植物とビスケットを手土産に。マッカートニーは当時ロスアンゼルスに滞在していたのだが、ドリス・デイが主演した映画Calamity Janeの昔からの大ファンだったので、その主役女優に会おうと決心したのだという。
 デイとマッカートニーは現在でも電話で話し合う仲である(*5)。

 野良犬救助など動物への献身的な世話のために、家政は大変だった。缶詰ドッグフードは禁止である。当人は毎朝早く起きてきて、使用人と一緒になって餌作りをした。鶏肉を処理し、骨を取り去って与えるのである。
 ベッドに七ハ匹の犬を上げて一緒に寝ることもあった。
 ドリス・デイは動物福祉基金を設立したが、毎日、午後はその仕事に当てられ、さらなる募金活動をした。
 

*5.マッカートニーとの関係を述べているこのくだりは、ちょっと「おかしい」ような気がする。下に項を改めて記す。

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[ポール・マッカートニーとの関係]
 2011.9.1のThe Telegraph紙に、同日付けのドリス・デイ自らの手記記事が載っているThe Telegraph---注意!!、リンク処理が完全に終わるまでじっくりと待たないと、ハングアウトする危険がある)。その年、カリフォルニア州Camel(カーメル)のデイの自宅でマッカートニーと対談したのだが、その内容を逐次的に記したものである。内容は、87歳になるデイが17年ぶりに出す新アルバム、"My Heart"についての話題が中心である。
 対談でマッカートニーは、冒頭、次のように述べている(マッカートニーは1942.6.18生れ、71歳)。

 <<<60年代に、Calamity Jane(1953映画)を観た後であなたに電話したことを思い出します。最高の映画で、最高の演技だということを伝えたくて電話したことを>>>
   I remember ringing you up after watching Calamity Jane in the Sixties to tell you it was the best film and you were the best character.


 なお、この記事にその当時のデイの写真(発売目前CDの販売促進用に撮影したもの)が載っている。となると、MailOnline紙では先に掲げたように「2008年以後公の場で(in public)写真を撮られたことはない」とか、「だが、この隠遁生活スターの姿は、2008年以来、写真に現れていない(冒頭見出し)」と述べているが、それは誤りであることになる。

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[17年ぶりのニューアルバム"My Heart"]

Myheart                                       アルバム"My Heart"(Wikipediaから)

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2013.10.14 MailOnline紙記事からの若干の補足

Mailonline_2
EXCLUSIVE - My fears for my darling Doris Day: Confidante who spent 40 years with the reclusive Hollywood star, now 91, worries about the hangers-on who now share her home - as he reveals unseen photos of their time together
"    Sydney Wood tells all about life with the Pillow Talk star - and his worries for her now
"    The British caretaker admits: 'Doris isn't what she used to be and she's now confined to her house for much of her days'-
"    He reveals secret visits by Sir Paul McCartney - and phone calls from her ex-love, President Ronald Reagan, from the White House
"    Doris Day has not been pictured in public since 2008


By Chris White
PUBLISHED: 17:39 GMT, 14 October 2013 | UPDATED: 21:58 GMT, 14 October 2013
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独占記事――愛するドリス・デイのことが心配。
 隠遁生活を続けるハリウッド・スター女優、91歳に達した女優を、共に40年以上を過ごしてきた親友が案じている。デイの住居にたかる寄食者らによって害を受けていると嘆いている。共に過ごした往時の未公開写真を開扉しながら。
・Sydney Wood氏が、Pillow Talk(邦題「夜を楽しく」、1959年映画」)主演女優の生活についてすべてを語り、その現状の心配事を明かす。
・Sirポール・マッカートニーが訪れたという秘密を明かし、以前の愛人、ロナルド・レーガンからの電話、ホワイトハウスからの電話を明かす。
・ドリス・デイは2008年以来写真を撮られていない。


Chris White記者
グリニッジ標準時間17:39、2013年10月14日


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 このような見出しから始まる記事であり、上に掲げた2013.10.25記事とかなりの部分が重なる内容のものである。
 10.25記事の補完材料となるような事項などをいくつか掲げておこう。

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 シドニー・ウッド氏はドリス・デイの下で約40年働いてきた。現在71歳。2000年にドリスの家を出た。お互いにお互いの神経に触るようになっていたからである。
 ウッド氏はイギリス、サフォーク州(Suffork)で生まれ育った。ドリス・デイのファンクラブを立ち上げ、手紙や電話で当人とやりとりした。1979年にデイから、自分の下で働いてくれといってきた。

 ドリス・デイは1968年、映画界から引退し、カリフォルニア州カーメルに立地する11エーカーの敷地の住居に移り住んだ。忠誠な使用人たちに助けられて世間の目から逃れる生活を送ることができた。名前をClark Kappelhoffに変えさえした。元来の名前がDoris Mary Ann Kappelhoffだったからである。
 めったにないことであるが、たまに、外に出て、景色のいい自宅周辺一帯を散歩した。メーキャップなしで、つばの広い帽子をかぶり、ジョギングパンツにスニーカーといういでたちで。

 かつては適切な使用人たちに適切に世話されていたが、いまでは異種の人々に囲まれている。連中は当人がドリス・デイというスターだからという打算的な理由で寄食しているだけで、当人の世話をしていない。
 実際、デイは、引退後も最近まで数十年にわたってずっと同じ家事使用人を維持し、その者たちを親しい友達のように扱った。ところが、今はこのざまだ。紙の皿で料理を出したりしている。以前には考えられなかったことだ。きちんとした家事運営に誇りをもっていた人だ。
 きれい好きで、ベッドルームに洗濯機を置き、いつも、自分ほどアイロンかけのうまい人はいないと自慢していた。箒を持たせたら放さない。私が表で掃いていると箒を奪い取ったりするのである。
 ウッド氏はカーメルの住居で、二度働いた。1919から1992と、2000年代の6年間である。

 ビートルズのスター、ポール・マッカートニーが突然電話してきたとき、デイに取り次ぐと、デイは、ウッド氏が冗談をいっているのだと思った。
  「ビートルズ? よしてよ、誰かのいたずら電話よ」。
その後、90分間も話をして、電話を切り、こういった、「ここに来たいっていうのよ、犬たちに会いたいって、私の映画のうちのある一つが気に入っているって、来て、私がやってきた仕事について語りあいたいって」。
 Sirポールは当時の妻と連れだって、鉢植え植物とGirl Scoutクッキーを手土産にやってきて5時間滞在した。ポールは今でも電話してくる。

 ドナルド・レーガン大統領のこと、1950年代初期に二人が共演していたころ、デイはドナルドを愛していた。当人がいうには、レーガンはそのころから政治を語っていた。運命が上手く運んでいれば、大統領夫人になっていたかもしれない。
 レーガンのことを偉大な大統領だと評価していた。デイは根っからの共和党員である。

 ドリスは4月3日に91歳の誕生日を迎えた。
 ウッド氏は、デイがみせる齢を感じさせぬバイタリティについて冗談をいったことを想いだす。
 「いつもいったもんです、『永久に生きるんですね、誰よりも長生きする』と。そうすると彼女は笑い流して、冗談はよしてというのです」。

 (イ)91歳だということと、(ロ)2008年以後写真を撮られたことはない、ということについては、10.25記事と同じである。
 先にも触れたが、なぜそう論じているのか、断じているのか、理由はまったく分からない。一般的見解からすれば「事実と反する」ことを、二度にわたって論じているのだから、何か理由があるはずだ。それは何か。

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↓下の画像が記事の全容である。

Photo
   2                                                                            (MailOnline2013.10.15記事)

{追記]
 続き記事 ― 2013.11.5にこの話題について「続き記事」を載せたので参照されたい。
 関連記事 ― このMailOnline記事をブログ題材にとりあたのには訳があるのだが、そのことについて2011.11.9記事で触れているので参照されたい。

―― 完 ――

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2012年2月 2日 (木)

♪ビックス・バイダーベックのジャズ・ミー・ブルース、「暴力教室」、憎々しげなチンピラ、ビッグ・モロー、そして一転、「コンバット」、我らがヒーロー、サンダース軍曹 。

Bix Beiderbecke's "Jazz Me Blues," "Blackboard Jungle"and that hateful punk, Vic Morrow....... But hey!  Now, here comes the "Combat!," comes our hero, Sgt. Saunders.

2012.2.2
 昨日の記事でビックス(Bix Beiderbecke)のジャズ・ミィ・ブルース(Jazz Me Blues)をとりあげた。その関係でネットをあちこちうろついていたのだが、あるところで、アッと声を上げて、あることを想いだした。

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Photo In Blackboard Jungle, a 1955 film starring Glenn Ford and Sidney Poitier, Beiderbecke's music is briefly featured, but as a symbol of cultural conservatism in a nation on the cusp of the rock and roll revolution. (Wikipedia)

1955年のグレン・フォード(画像)とシドニィ・ポワチェ(画像)主演による「暴力教室」に、バイーダーベックの音楽が、短時間ではあるが、話題として現れている。ビックスの音楽が、今まさにロックンロール革命一色に染まろうとする世相における文化的保守主義の象徴として提示される。

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 この記述に出会ったのである。

 ああ、あれか!
 映画は観た。そのシーンも覚えている。(右画像はWikipediaから)
→映画"Blackboard Jungle"(邦題「暴力教室」)ポスター。
  上ではグレン・フォードト、シドニー・ポワチェ主演と紹介されているが、俳優Bick Morrow(ビック・モロー)のデビュー作でもある(この点については改めて後で触れる)。

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 教師が(数学の教師か)携帯蓄音器と愛蔵レコード・コレクション(SP盤レコードがいっぱい詰まったケース)を教室に持ち込んでおり(学校備え付けの教材か)、その一枚を聴いているのだが、それがビックスのJazz Me Bluesなのである。
 チンピラどもが入ってきて、教師をなぶりものにしようとする。
 「あのな、音楽は数学に基づいて........次のクラスの授業で・・・・・・」
      ――あれこれ――
 「かけてくれよ、頼むよ」
 「---いいだろう、かけよう・・・・・・ビックス・バイダーベックのジャズミー・ブルースだ」
 「ああ、なんだ、そんなの・・・・・・・」
 「まあ、聴け、そうすりゃ分かる」
 教師は説明し始めたが、チンピラたちは、コレクションを全部割ってしまう。
************************
                    →  ↓  →
Photo_2
映画、Blackboard Jungle/暴力教室 (1955)

 聞き取れる範囲で、冒頭部分の、チンピラ生徒どもと教師の会話をを掲げておこう。
     P=チンピラども(punk、pupil)
      T=教師
     「xxx」は、聞き取れない部分であることを表わす。かなり誤りがありうることを断わっておく。 

*************************
   <<生徒らが入ってくる>>
(P) What you get, T?  (
T=teacher、省略した呼びかけ)
   先生、なんだいそれ。
(T) Music. 
  音楽だ。
(P) xxxx xxxx xxxx?
(T) For the next class.
   次回の綬業で使う。
            <<一人が机上に横たわっている一枚を手に取ろうとする>>
(T) Oh, just keep your hands off the records.
  お、レコードに触らないでくれ。
(P) I beg your pardon. 
     ああ、そりゃ、どうもすみません。(
小馬鹿にした風情で)
          <<がやがや>>
(T) You see, music is based on mathematics  and  just xxx the next class a littele more about that.
   うん、あのな、音楽は数学に基づいてできている xxxx 次回の授業でもう少し詳しく話をする。
                      <<がやがや>>。
(T)All right take your seat.
   いいだろう、席に座って。
          <<がやがや>>
(P)Please.
    お願いしますよ。
          <<教師ためらう>>
(P) Oh, come on, T.
   なあ、頼むよ、先生。   
(T)Wel, ...........all right.
   そうだな・・・・・・
         <<手にしたレコードを置いて、別のものを取り上げ>>         
   いいだろう。 
    It's a xxx xxx Beiderbecke doing "Jazz Me Blues."
   これは、xxx xxx(
レコードのレーベルに言及しているのであろう) バイダ―ベックのジャズミー・ブルースだ。
(P) Ah, how about the xxxx ? (bop)
  ああ、なんだ、そんなの、xxx をかけてくれよ(
xxxの部分、"bop"といっているのか)
(T) Listen!  And you'll learn.
  まあ聴け、そうすりゃ分かる。
                    <<針を置くと、ビックスのソロが流れる>>
(T) Let's taste
(?) that cornet.
    Beiderbecke came before James and xxxx.
    このコルネット、よく味わってくれ(
推測)。
   バイダ―ベックは、ジェームスやxxx xxx よりも前に現れた人物だ。
******************************


 救い難いバンダリズム(vandalism)だ
  バンダリズム=(故意または無知による)芸術文化の破壊、(公共施設、公共物などの)破壊、汚損。
   Wikipediaの記事から"vandalism"ということばを知った。ひどいねこいつら、日本にも同じようなのがいっぱいいるが。
 このシーン、「ああ、なんてことを」と、強烈な印象を受けたことを思い出す。教師の無力感を、やりきれない思いで感じ取った。
 なぜこのレコードを宝物のように扱っていたのか。
(SP盤は落とすと割れるし、溝が爪で壊れたり、指先の汚れで潰れたりする。したがって、慎重に扱わなければならないのだが、「宝物云々」は、そのこと自体を、つまり扱い方のことをいっているのではない。今風に言うと「コンテンツ」のことをいっているのである。
  横道にそれるが、LPレコードでも、両手を縁に添えて持つというやり方をしないと、「指紋が付く」なんて、怒鳴られたものだ
)

 そう、なぜ、宝物なのか。こうだ。
 ジャズの世界において、時は(1955)、スイング全盛期(1930年代、ベニー・グッドマンに代表される商業フルバンド・スイング) からその衰退、バップ(bop, bebop)革命を経て、いわゆる「モダン」jazz最盛期に入っていたが、といっても、他方で、バップ/モダンというものを好まず、伝統に沿っていわゆる「中間 派」として歩んでいった人々や、1940年代初頭に起きたニューオリンズ・リバイバルの波が一部の流れとして存在していたのだが、とにかく、この教師は、そのようななかで、多分にジャズ史研究的立場からの古典ジャズ愛好家としてビックスを愛していた。1920年代の、いわゆる白人「シカゴ・ジャズ」に惹かれ、ビックスの音楽性に惹かれていた。 
 そして、特に、このJazz Me Bluesの演奏、なかんずく当人のソロを愛でていた。

(ビックスの生い立ちなど関連情報につき、2010.9.9記事2011.7.12記事を参照されたい。前者にはDavenport Blues、後者には、有名な自作曲"In a Mist"/イン・ナ・ミストの演奏を掲げてある)

Photo_2
2
■Blackboard Jungle(1955)
   (邦題、「暴力教室」)


■Bill Haley - Rock Around The Clock (1956)
   ビル・ヘイリー、ロック・アラウンド・ザ・クロック

 この映画(Blackboard Jungle)のおかげで、斯界において不動の地位を獲得し、"The National Anthem of Rock'n' Roll.'"(ロックンロールにおける国歌)と呼ばれるようになったという(*1)

"The Legends of Rock & Roll"というDVDからのクリップだという。Tube投稿者のコメントによると、 DVDによる解説では1955年のTV番組からとなっているが、実際には1956年にニューヨークのワシントンスクエアで開催されたショウからのクリップだという。

*1.映画(1955)の前年にシングル盤のB面曲として世に出ていたのだが、まったくさえない存在であった。映画制作にあたっ て、監督のRichard Brooksは、映画で描こうとしているような若者たちがどんな音楽を聴いているのか探るために、主役グレン・フォードの息子からレコードを何枚か借り た。そのなかに、"Bill Haley and his Comets"というバンドによる Rock Around the Clockが混じっていた。こうして、監督はパーフェクトな音楽を探し出し、映画の随所で使用した。曲は一挙にビルボード誌チャート第1位に躍り出て、 8週間トップの座を占めた。
 この音楽によって大量のティーンエイジャーが映画に押しかけ、熱狂的な反応は、時として過激に走り、映画館などの上映施設において暴動やバンダリズムを引き起こした。この意味において、この映画は、20世紀後半に顕著にみられるようになった十代若者の反抗時代を画すものと認識されている。
(Wikipedia)。


◆◆◆◆◆◆◆◆
■COMBAT TV Show Intro/コンバット
 
泣く子も黙るビック・モロー(Vic Morrow)だ、サンダース軍曹だ(Sergeant Saunders)。  

 上掲「暴力教室」の筆頭チンピラ役、ビック・モロー(Vic Morrow)(画像)のその後の姿だ。
"Cpmbat!"(コンバット)、1962-1967にかけて152劇が放映されたABC-TV製作の超人気テレビ劇だ画像

        「コンバット! スターリング、ビック・モロー、.......」
        (Combat! Starring Vick Morrow and ...)
         (コンバット、主演、ビック・モロー、リックジェイソン)

 この声で始まる一時間ものテレビ(46-52分)、男は夢中になって観た。
 第二次世界大戦、フランスの戦場でドイツ軍と戦うアメリカ軍分隊(小隊の下位部隊)の過酷な日常を描く名作だ 
 小隊を率いるGil Hanley少尉をRick Jason(リック・ジェイソン)、分隊を率いる"Chip" Saunders(サンダース)軍曹をビック・モローが演じた。
 しかし、知る人はもう少ないだろう、昭和40年前後のことだ、ああ、年が過ぎたね、仕方ないことだが。
 この映画については、これでおしまいにしておこう。興味のある読者はYouTubeの場へどうぞ。
Photo                                           (ココから)

―― 完 ――

 

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2012年1月17日 (火)

♪Chances are some heavenly star-spangled night. ― どういう意味だろうか。"Something's Gotta Give."(サムシングズ・ゴッタ・ギブ)歌詞の一節だが。

2012.1.17
 前回の記事で(2012.1.12)"Something' Gotta Give."という歌について書いた。その出だしの歌詞に触れ、「長くなるので、残りは別の機会に掲げることにしよう」と述べた。そこで、本日の記事、歌詞の日本語訳を試みる。
                                                                     ♪参考資料[歌詞翻訳曲目一覧/ページ相互リンク]

◆◆◆◆◆◆◆◆
一、作者、作曲目的など
 まず、作曲に至ったいきさつなど、周辺事情をみていこう。前回記事の関連部分を再度掲げる(多少編集を加えている)

    -------------------------前回記事から-------------------
(1)ジョニィ・マーサー(Johnny Mercer画像)(
*1)作詞作曲による1954年の歌である(エアロスミス/Aerosmithの同名異曲がある)。
 Daddy_long_legs_film_poster_2 翌1955年の20世紀フォックス社ミュージカル・コメディ映画"Daddy-Long- Legs"(邦題「足ながおじさん」)(
*2)のために作った。この映画で、フレッド・アステア(Fred Astaire)(画像)が唄って世に出した。相手役女優はレスリー・キャロン/Leslie Caron(画像)

 アステラ扮するアメリカ人富豪が、キャロン扮するフランス孤児院の快活な18歳娘に匿名で(John Smith)奨学金を提供し、娘はフィラデルフィアの大学に留学する。娘は富豪に、「あしながおじさん(Daddy-Long-Legs)」と名づけて手紙を送り続ける。いろいろ曲折を 経て、大学卒業後、最終的に、20代前半の娘と50代の富豪は結ばれる。(
右の画像はWikipediaから)

  
*1.酒バラ(Days of Wine and Roses)、サテン・ドール(Satin Doll)、枯葉(Autumn Leaves、英語歌詞)などの作詞家として知られる。ソングライター、歌手としても活動したという。
  
*2.ジーン・ウェブスター(Jean Webster)の1912年小説、Daddy-Long-Legs(あしながおじさん)に基づくもの。"Daddy-Long-Legs"という題は、"daddy longlegs"=ザトウムシ(クモ類)、ないし、ガガンボ(蚊を一回り大きくしたような昆虫)からきている。

(2)この歌/曲、これまで聴いたことはなく、最近になって、初めて知るに至った。 曲の題名だが、どういう意味だろうか。基礎英語を復習しておこう。
 "Something's Gotta Give"は、"Something has got to give."のくだけた言い方、会話調である。
 「's」は、"something has"を縮めた形で、 "gotta"は、"have got to" のことである。

 have to (do)=must(
ほぼ同義だが、やや柔らかい言い回し)。 つまり、"I have to go =「行かなきゃいけない」、英語の授業でこう習う。そして、この"have to"は、会話では、"have got to"と言い換えられることが多い。その場合、"have got"は、単に"have"というのと同じである。"got"はgetの過去分子だ。
  さらに、"have got to"は、会話では、面倒だから"gotta"(ゴッタ、ガッタ)っていう(
または、「've gotta」とも)。映画やなんかを観ていると、"Gotta go"(「いかなきゃいけない」)(IないしI'veが省略されている表現)と言って、部屋から出ていったり、場所から立ち去ったりする場面がよく現れる。
 で、"has"だが、上記の"I've gotta"という表現との対応で、Somethingが主語だから、「動詞の三人称単数現在形」、いわゆる「三単現」として、have→hasとなっている。なんだか、高校進学塾の講義みたいになってきた。

 そして、学習の最後、"give"だけど、ここでは、「与える」という意味ではなく、自動詞として、「屈する、譲る、妥協する、我慢する」という意味である。
 My One And Only Loveという歌に、"I give myself in sweet surrender"=「降参だわ、喜んで降伏するわ」(
歌詞の最後の部分)という美しいくだりがあるが、いわば、この"give in"の意味だね(1月5日記事参照)。  ということで、結論として、"Something's Gotta Give"は、「何かを譲歩しなければならない妥協しなければならない何かで折り合いをつけなければいけない」こういう意味になる。

(3)Wikipediaには曲の解説 として次のように書いてある。
 
こ の歌は、不可抗力についてのパラドックス(逆説、矛盾)を面白おかしく用いている。すなわち、「不可抗力」(irresistible force、抗うことのできない力)が「断固とした対象(どんな力に対しても屈することのない不動の対象、immovable object)に出会ったとき、物理的にどういうことが起きるであろうかということである。それは、「活き活きとして、元気で、快活で、陽気な女性」と、 「肉体的精神的に疲れ切った年配男」との間に起こりうる関係の比喩として描かれている。
 男が、どうしても心の誘惑を抑えきれずに(
ブログ主「注」 ― 甚だしい年齢差があるのだから、抑止しなければいけないのに)女性にキスをする行動に出てしまう(つまり、恋行動、恋を告白する行動に走ってしまう)。歌詞では、このことが示唆されている。
 遠慮がちな50代の男(Fred Astaire)が20代前半の女性(Leslie Caron)と恋に落ちるという、小説「あしながおじさん」(Daddy-Long-Legs)の筋を反映した内容である。
 

 歌詞をみてみよう
  When an irresistible force such as you
  Meets an old immovable object like me,
  You can bet just as sure as you live.
  Something's gotta give,
  Something's gotta give,
  Something's gotta give.

 歌はこのように始まる。
***********************
  強力な魅力の女(ひと)が、不可抗力のような魅力が、例えば、君のような人が、
  感動の鈍った老いぼれの前に、ぼくのような男の前に現れたとしよう。
  そして、心を捕えたとしよう。
   さあ、どうする、どうする、決まっているよね、
  澄ましてなんかいられない、常識あっちいけ
  齢の差関係ない、オレは突っ走るぞ、
  君に向かって、心からの愛に向かって。
***********************
 長くなるので、残りは別の機会に掲げることにしよう。

   
----------------------前回記事引用終わり-----------------

二、翻訳作業
1.
英語歌詞
 手持ちの楽譜集に載っていないので、歌手の名を冠した歌詞としてネットに載っているものをいくつか集め、比較照合し、各人の唄を聴きながら検証して、誤記などの誤りを潰した。
 一般的に、ネット上に載っている歌詞には、細かい誤りがけっこうある。
権威あるもののようにみえる英文ウェブページも例外ではない。だから、盲信は禁物。無断転載みたいなことをしておいて口はばったいけど。

*****************************************
                        Something's Gotta Give
                                                         Melody & Words Johnny Mercer, 1954
                                                
 
When an irresistible force such as you
Meets an old immovable object like me,
You can bet (just) as sure as you live.
Somethin's gotta give,
Somethin's gotta give,
Somethin's gotta give.

When an irrepressible smile such as yours
Warms an old implacable heart such as mine,
Don't say no, because I insist.
Somewhere,
Somehow,
Someone's gotta be kissed

So, en garde, who knows what the fates might have in store?
From their vast mysterious sky?
I'll try hard ignorin' those lips (that) I adore.
But how long can anyone try?

Fight, fight, fight, fight, fight it with all of our might.
Chances are some heavenly star-spangled night.
We'll find out (just) as sure as we live.
Somethin's gotta give,
Somethin's gotta give,
Somethin's gotta give.

――間奏――

Fight, fight, fight (fight, fight) it with all of our might.
Chances are that some heavenly star-spangled night.
We'll find out just as sure as we live.
Somethin's gotta give, 
(イ)
Somethin's gotta give, 
(ロ)
Somethin's gotta give.
(ハ)

Somethin's gotta give,
(ニ)
Somethin's gotta give,
(ホ)

(掛け声) Aww, let's tear it up! (ヘ)
 

 
エラ(Ella Fitzgerald)は、イ、ロで"give"を伸ばし、ハニホを一挙に唄う。
 シナトラ(Frank Sinatra)は、ハを伸ばし、ニホと続け、掛け声で終わる(前回記事に掲げてあるTube参照)。
      (あくまでもYouTubeで観た版について語っていることである)

**************************************

2.表現の検討
(a)"Something' gotta give."の意味
 前回すでに検討を済ませている。

 
何を譲歩するか、妥協するのか ―― 甚だしい年齢差のことを考えれば(Jean Websterの1912年小説では30歳ほど違う)求婚を控えるべきなのだが、そのような「世間常識」、「良識」みたいなものを捨て去り、純粋に恋に走ろうと決意した。つまり、「本来は常識/良識に従わなければいけないのだが(そう行動するように友人に諭されもする)、「良識に応じない」という妥協(道徳的後退という妥協)をして、従わないことにする」、こういう意味である。

 ただし、
この映画(Daddy-Long-Legs))の中で唄われる歌としてはそういう意味であるが(下に掲げてあるDaddy-Long-Legs/足ながおじさんのYouTube参照)、その後スタンダード曲の地位を獲得して多く唄われるようになると、時代とともにその意味するところは「変遷」してきているのではないかと推測される(多分に、題名を借用しただけで元来の物語とは無関係な複数の後続映画のために使用された結果として)。すなわち、"gotta give"、何を譲歩/妥協するのか、その意味は、唄われる時と場合によって異なる。
        
([2013.4.7]  歌詞の意味、歌詞解釈の変遷ということにつき、2012.12.7記事参照)

(b)"
Someone's gotta be kissed."
 直訳すると、「誰かがキスされなければならない」ということであるが、いわんとするところは、この大金持ちの「年寄り」にキスをおくれ、愛しておくれということであろう。

(c)"en garde"
 フェンシング用語で、主審が試合開始直前に選手に対して命じる「構えて」という号令だそうだ(フランス語から)(小学館プログレッシブ英和中辞典)
 
"garde"は保管、保護/監視/警戒といった意味の名詞(f)であり、"en garde"は、保管中/保護下/警戒中といった意味、フェンシング用語で、「構えの姿勢にある」という意味を表わす(旺文社「ロワイヤル仏和中辞典)

(d)"From their vast mysterious sky?"
 「広大な、摩訶不思議な天空のことだ、運命も無限にある、どんな運命が待ち構えているかわからない」。
  こういうことであろう。

(e)"Chances are (that) some heavenly star-spangled night."
   「誘惑と、唇にキスしたい誘惑と戦え、克服せよ、戦え、全身全霊で戦え」、
   (Fight, fight, fight, fight, fight it with all of our might.)
   というのだが(自ら心に命じる)、
 ――戦っても結局は無駄で(何故って、不可抗力のように強力な魅力をもつ君だし、その唇なのだから)、誘惑に負け、キスしてしまう。しかし、その結果、相手(君)も喜び勇んで 求愛に応じて(それを待ち望んでいるのであろうから)、二人は星空の下で天国のような至福の時を過ごす―― 
 こういう意味であろう。そう解釈した。

 アステア扮するジャービス・ペンドレトンIII世(Jervis Pendleton III)という50歳代男の富豪が、自分に恋心を寄せている(そのことは分かっている)ジュリ・アンドレ(Julie Andre)20歳代前半娘に対して、相手を目の前にして、恋心を訴え、唄い、口説くのである。年齢差について葛藤に葛藤を重ねたあげく、そのことはもう考えないことに覚悟を決めて、訴えているのである。

三、日本語訳


   サムシングズ ゴッタ ギブ (世間体なんか気にするな)
不可抗力のような魅力が、例えば、君のような人が、
  感動の鈍った老いぼれの前に、ぼくのような男の前に現れたとしよう。
さあどうする、どうする、訊くまでもなく決まっている、
恥も外聞もない、
世間体なんて気にするな
恋を打ち明けろ、正直に。

不可抗力のような笑顔が、例えば、君のような笑顔が、
 老いて凍てついた心を溶かしたとしよう、私のような。
君、ダメっていっちゃいけないよ、私は聞かないから。
どこかでね、
誰かさんがね、
キスを受けることになる。

だから、いいかい、心の準備、
 どんな運命が待ち受けているかわからないから。
不思議が広がる無限の天空だもの(運命も無限にある)。
 ああ、憧れのその唇、
 ぐっと歯を食いしばって、キスの誘惑に耐えるけど、
時間の問題だね、無駄な抵抗だね。

ファイト、ファイト、ファイト、ファイト、ファイト、力のかぎり戦うけど、
 おそらく結果は、星空の下、二人は歓喜のキスを交わす。そうなるだろう。
 訊くまでもなく決まっている。
恥も外聞もない、
世間体なんて気にするな
恋を打ち明けろ、正直に。

――間奏――

ファイト、ファイト、ファイト、力のかぎり戦うけど、
 おそらく結果は、星空の下、二人は歓喜のキスを交わす。そうなるだろう。
 訊くまでもなく決まっている。
恥も外聞もない、             
(イ)
世間体なんて気にするな、
(ロ)
恋を打ち明けろ、正直に。
  (ハ)

世間体なんて気にするな、  (ニ)
恋を打ち明けろ、正直に。 
(ホ)

二人で、世間体を撃ち砕こう!  (掛け声)

◆◆◆◆◆◆◆◆
Daddy-Long-Legs(足ながおじさん)―Something's Gotta Give
 

■Royal Crown Revue ― Something's Gotta Give
  まったく知らないグループだが、おもしろいのがあった。
 いい演奏だ。画面もいい。

 ロスアンゼルスで活躍しているバンドらしい(参考資料画像)

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2012年1月12日 (木)

♪"Something's Gotta Give"(サムシングズ・ゴッタ・ギブ)あれこれ― 歌、映画、足ながおじさん、女房は生きていた、恋愛適齢期、マリリン・モンロー、肉色ビキニボトム、Happy Birthday Mr. President 、ケネディ大統領、ディーン・マーチン、ドリス・デイ、そして、エアロスミス。

2012.1.12 
 最近、ある関係で"Something's Gotta Give"/サムシングズ・ゴッタ(ガッタ)・ギブという歌について、少しものを書いた。その内容を多少膨らませて、記事として載せることにした。下調べのなかでいろいろ知識を仕入れたので、紹介しておきたいと考えた。
                                                                              ♪参考資料[歌詞翻訳曲目一覧/ページ相互リンク]

◆◆◆◆◆◆◆◆
I.Something's Gotta Give―
 映画Daddy-Long-Legs主題曲

(1)ジョニィ・マーサー(Johnny Mercer画像)(*1)作詞作曲による1954年の歌である(エアロスミス/Aerosmithの同名異曲については後述する)。
 翌1955年の20世紀フォックス社ミュージカル・コメディ映画"Daddy-Long- Legs"(邦題「足ながおじさん」)(*2)のために作った。この映画で、フレッド・アステア(Fred Astaire)(画像)が唄って世に出した。相手役女優はレスリー・キャロン/Leslie Caron(画像)

 アステラ扮するアメリカ人富豪が、キャロン扮するフランス孤児院の快活な18歳娘に匿名で(John Smith)奨学金を提供し、娘はフィラデルフィアの大学に留学する。娘は富豪に、「あしながおじさん(Daddy-Long-Legs)」と名づけて手紙を送り続ける。いろいろ曲折を 経て、大学卒業後、最終的に、20代前半の娘と50代の富豪は結ばれる。

  *1.酒バラ(Days of Wine and Roses)、サテン・ドール(Satin Doll)、枯葉(Autumn Leaves、英語歌詞)などの作詞家として知られる。ソングライター、歌手としても活動したという。
  *2.ジーン・ウェブスター(Jean Webster)の1912年小説、Daddy-Long-Legs(あしながおじさん)に基づくもの。"Daddy-Long-Legs"という題は、"daddy longlegs"=ザトウムシ(クモ類)、ないし、ガガンボ(蚊を一回り大きくしたような昆虫)からきている。

(2)この歌/曲、これまで聴いたことはなく、最近になって、初めて知るに至った。 曲の題名だが、どういう意味だろうか。基礎英語を復習しておこう。
 ①"Something's Gotta Give"は、"Something has got to give."のくだけた言い方、会話調である。
 ②「's」は、"something has"を縮めた形で、 "gotta"は、"have got to" のことである。
 ③have to (do)=must(ほぼ同義だが、やや柔らかい言い回し)。つまり、"I have to go =「行かなきゃいけない」、英語の授業でこう習う。そして、この"have to"は、会話では、"have got to"と言い換えられることが多い。その場合、"have got"は、単に"have"というのと同じある。"got"はgetの過去分子だ。
  さらに、"have got to"は、会話では、面倒だから"gotta"(ゴッタ、ガッタ)っていう(または、「've gotta」とも)。映画やなんかを観ていると、"Gotta go"(「いかなきゃいけない」)(IないしI'veが省略されている表現)と言って、部屋から出ていったり、場所から立ち去ったりする場面がよく現れる。
 で、"has"だが、上記の"I've gotta"という表現との対応で、Somethingが主語だから、「動詞の三人称単数現在形」、いわゆる「三単現」として、have→hasとなっている。なんだか、高校進学塾の講義みたいになってきた。
 ④そして、学習の最後、"give"だけど、ここでは、「与える」という意味ではなく、自動詞として、「屈する、譲る、妥協する、我慢する」という意味である。
 My One And Only Loveという歌に、"I give myself in sweet surrender"=「降参だわ、喜んで降伏するわ」(歌詞の最後の部分)という美しいくだりがあるが、いわば、この"give in"の意味だね(1月5日記事参照)。

 ということで、結論として、"Something's Gotta Give"は、「何かを譲歩しなければならない、妥協しなければならない、何かで折り合いをつけなければいけない」こういう意味になる。

(3)Wikipediaには、曲の解説 として次のように書いてある。
  この歌は、不可抗力についてのパラドックス(逆説、矛盾)を面白おかしく用いている。すなわち、「不可抗力」(irresistible force、抗うことのできない力)が「断固とした(不動の)対象」(immovable object)に出会ったとき、物理的にどういうことが起きるであろうかということである。それは、「活き活きとして、元気で、快活で、陽気な女性」と、 「肉体的精神的に疲れ切った年配男」との間に起こりうる関係の比喩として描かれている。
 男が、どうしても心の誘惑を抑えきれずに(
ブログ主「注」 ― 甚だしい年齢差があるのだから、抑止しなければいけないのに)女性にキスをする行動に出てしまう(つまり、恋行動、恋を告白する行動に走ってしまう)。歌詞では、このことが示唆されている。
 遠慮がちな50代の男(Fred Astaire)が20代前半の女性(Leslie Caron)と恋に落ちるという、小説「あしながおじさん」(Daddy-Long-Legs)の筋を反映した内容である。
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 歌詞をみてみよう
  When an irresistible force such as you
  Meets an old immovable object like me,
  You can bet just as sure as you live.
  Something's gotta give,
  Something's gotta give,
  Something's gotta give.

 歌はこのように始まる。
          ***********************
  強力な魅力の女(ひと)が、不可抗力のような魅力が、例えば、君のような人が、
  感動の鈍った老いぼれの前に、ぼくのような男の前に現れたとしよう。
  そして、心を捕えたとしよう。
   さあ、どうする、どうする、決まっているよね、
  澄ましてなんかいられない、常識あっちいけ
  齢の差関係ない、オレは突っ走るぞ、
  君に向かって、心からの愛に向かって。
            **********************

 長くなるので、残りは別の機会に掲げることにしよう(ココで掲げた)。
 元祖アステアとシナトラの唄を掲げておこう。どんなメロディーか分かりやすくするために、シナトラを先にする(アステアの唄は劇中の歌唱なので、テンポが一律でなかったりして旋律の全体像が掴みにくい)。

Something's Gotta Give- Frank Sinatra

    [2013.4.7]  ↑上のTubeが機能しなくなっていたので↓下のものに差し替えた。


同、Fred Astaire版―映画のクリップ(劇中で唄う)



◆◆◆◆◆◆◆◆
II.Something's Gotta Give ― 題名借用映画 (2003年、邦題「恋愛適齢期」)
 Something's Gotta Give―
2003年ミュージカル・コメディ映画(邦題「恋愛適齢期」)(画像)
  ジャック・ニコルソン(Jack Nicolson)(画像)、ダイアン・キートン(Diane Keaton)(画像)主演。
 題名は上記のJohnny Mercerの歌からとったといわれているが、話の内容は無関係である。
 歌そのものも、映画の中では出てこないのではないか。映画はコロンビアとワーナーの共作で、サウンドトラック集も両社から出ているとして、その曲リストがWikipediaに記載されているが、その中にこの歌は含まれていない。
 ただし、YouTubeに載っている映画予告編では、男性歌手の唄うこの歌が背景に流れている。宣伝効果を狙って特別に予告編だけに歌をもってきたのではないか。映画を観ていないので、実際には分からない。

[粗筋]
 ニューヨークの実業家大立者(雑誌、音楽関係の会社10社を保有)、独身貴族プレイボーイ、Harry Sanborn(ニコルソン)は、63歳だが、現在でも、30歳未満の女性しか狙わない。40年間、ずっとその主義でやってきた。現在 は、Marin Klein(アマンダ・ピート/Amanda Peet)という29歳のむすめといい仲になっている。Erica Barry(ダイアン・キートン)という有名な女流ブロードウェイ劇作家(バツイチ独身、56歳)の子だ。HarryとMarinは、Ericaが所有するニューハンプ州ハンプトン(Hampton)の海岸別荘にやってきた。二人きりで過ごそうとしたのだ。ところがそこには母親とその妹(コロンビア大学の女性学/女性研究教授)がいた。夕食後、ニコルソン扮する男は、娘とふざけ半分の前戯の途中で心 臓発作を起こしてしまう。
   (娘)Your pants please. ズボン脱いで。
   (男)Ladies first. お先にどうぞ。
   娘がジッパーに手をかけて脱ぎ、パンティ姿で、爪先にズボンを引っかけて男に投げかける。

 予告編にこんな場面が出ている。

 ドタバタ紆余曲折の末に、ニコルソンはパリで母親キートンと結ばれる。娘は別の男と幸せに結婚し子も産まれている。めでたし、めでたし。
 おもしろそうな映画だ。DVDが出ているようだ。YouTubeに予告編が載っている。

予告編



◆◆◆◆◆◆◆◆
III.Something's Gotta Give ― 題名借用映画(マリリンモンロー主演、死亡により未完成、没)
 Sonething's Got to Give ― マリリン・モンロー画像)の1962年未完成コメディ映画
 「女房は生きていた」という邦題が予定されていた。
 相手役男優はディーン・マーチン(Dean Martin)(画像)。

[粗筋](Wikipediaから)
 モンロー扮するEllen Ardenは二人の子のいる既婚写真家であるが、太平洋遭難で行方不明になっていたために死亡宣告が出されていた。夫Nick(マーティン)は再婚した。新妻と自宅でハネムーンを過ごそうとしているところにEllenが6年ぶりに帰ってくる。飼い犬は主人のことをしっかりと覚えていたが、子らは母親だと気付かない。しかしこどもらは、女性に好感を抱く。さて、ニック、マーティンはどうすべきか・・・・・・。

 1962年4月23日から撮影が開始された映画は、同年8月5ににモンローが死亡したために、未完成、没となった(誕生日6月1日、36歳)。ただし、1963年のドキュメンタリー、"Marilyn"や、同じく1990年 の"Marilyn: Something's Got to Give"で一部が公開された。さらに、1999年に、お蔵入りしていたフィルムをデジタル処理して、37分物の記録映画にまとめた。これは、 Marilyn: The Final Days(「マリリン―最後の日々」)という2時間ドキュメンタリーに埋め込む材料として作成されたものである。これが2001年6月にTV公開された。 DVDも作成された(Wikipedia)。
 YouTubeの場には、こういったクリップが何本も載っている。

  上記の歌との関係だが、"something's got to give part 4"というクリップの末尾(おそらく、上記のDVDの末尾であろう)、モンロー、マーティン、監督、制作スタッフその他を字幕表示して流す謝辞/賛辞部分で、背景にシナトラの唄が流れている(他にもあるかもしれない)。
           Dedicated to the memory of
          Marilyn Monroe(1926-1962)
      「マリリン・モンロー(1926-1962)の想い出に捧げる」
 から始まる部分だ。

未完映画クリップ(末尾でシナトラの唄)

同、プール・シーン
 夜、プールで泳いでいるモンローが二階の寝室にいるマーチンに呼び掛け、プールに入るように誘う。マーチンは窓に来てモンローにプールから出るようにいうが、女がふるちん(真っ裸)で泳いでいることに気付き驚く。
 映画にはこういうシーンがある。
 このシーン撮影のために、スタッフはボディ・ストッキングを作った。しかしモンローは嫌がり、肉色のビキニ水着ボトム(乳房は露出)だけの姿で演技した。スタッフ側は部外者立入禁止措置を講じたが、モンローは写真家たち(William Woodfieldなど)を呼びいれた。フィルム撮影終了後、ビキニボトム姿で写真家たちに写真を撮らせたが、しばらくして、ボトムも脱ぎ、完全なヌードで撮影させたという(Wikipedia)。

 なお、この未完映画は、1940年の"My Favorite Wife"(邦題「ママのご帰還」)という映画(主役、、ケイリーグラント/Cary Grant、画像)とアイリーン・ダン/Irene Dunne、画像)の改作版として制作していたものであった。

●My Favorite Wife(ママのご帰還)1940年


 さらにいえば、モンローの、1962年5月19日ニューヨーク、マジソン・スクエア・ガーデンにおける、有名な、ケネディ大統領への45歳誕生日"Happy birthday Mr. President"歌唱は、この映画撮影中に起きたできごとである。
 このとき、ピアノ伴奏をjazzピアニスト、ハンク・ジョーンズ(Hank Jones)が勤めたが、
 2005年にハンクは当時のことに触れて、この悲劇の人気女優が不安でドキドキしていたと語っている。「非常に緊張して、あがっていた。大統領にハッピィ・バースデイを唄おうとしているんだから、あがらない方がおかしいが」と。
 ハンクが NPR(National Public Radio Inc.)にこう語ったと、ハンク逝去を伝える2010年5月17日Daily News紙ネット記事に出ていた。(2010.5.18過去記事参照)

ハッピィ・バースデイ・トゥ・ミスター・プレジデント(Happy Birthday to Mr. President)

"Happy Birthday to Mr. President"に続いて"Thanks for the Memory"という曲の断片を唄う。自分が作った歌詞の替え歌として。
  Thanks, Mr. President 大統領ありがとう、
  For all the things you've done; あなたがしてくれたすべてに対して、
  The battles that you've won、勝った戦争、あのいくつかの戦争、
  The way you deal with U.S. Steel, U.S. Steel社へのあのような対処、
   And our problems by the ton. そして国民に残されている数万トンもの問題について。
   We thank you so much." 心からお礼をいうわ。

           Everybody Happy Birthday! (Wikipediaから)

    *「U.S. Steel社へのあのような対処」とは、大統領がインフレに危機感を抱き、価格上昇を抑制するように
       鉄鋼業界に圧力をかけたことをいっているのであろう(推測)。


Photo                                               (Wikipediaから) (ドレスの下はスッポンポンだという)

◆◆◆◆◆◆◆◆
IV.Move Over Darling(邦題「女房は生きていた) 、1963年映画
    <<< ドリス・デイ(Doris Day)、ジェームス・ガーナー(James Garner)による再制作>>>

 撮影を激しくサボルなど、モンローの態度が悪いので、監督はこれをクビにして代役で完成させようとした。しかし、ディーン・マーチンはモンロー以外との完成を頑なに拒否したいいぞ、おれ、この男好きだね。にやけているようで、けっこう芯があるんだ、実際のことは知らないが、そう思える
 会社は、「監督をすげかえろと」いうモンローの要求を飲み、ギャラを値上げし、数本の将来映画を約束するなどしてモンローと和解し、映画を完成させる方針に切り替えたが、やんぬるかな、すったもんだしているうちにモンローが死んでしまった。結局この映画は没になった。
 その後、ドリス・デイ/ガーナーの主演によって再制作された。一部、先に撮影してあった映像/フィルムを活かしたという。

 ――YouTubeでちょっと観たが失敗作 のように思える――

 心に訴えるものがないように思える。
 よって、この作品については、言及はこれで打ち切り。
 
◆◆◆◆◆◆◆◆
V.Something's Gotta Give ― エアロスミス(Aerosmith)の同名の別歌
  同名異曲が存在する。
  エアロスミス(Aerosmith)とは、ボストンを中心に活動するハードロック・バンドだという。
 まったく知らぬ分野だから、何も書けぬ。 

 ―― 完 ――

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2011年11月 3日 (木)

ルーカス・ダベンポート(Lucas Davenport)とマーク・ハーモン(Mark Harmon) ― USA Network社製作、明明後日(2011.11.6))封切の、"Certain Prey。"ジョン・サンドフォード(John Sandford)の"**Prey"シリーズ第10作、"Certain Prey"の映画化作品。

                                                   <<<[関連記事一覧表](相互リンク機能を付しているので適宜参照されたい)>>>
2011.11.3
  一昨日の記事で触れたように、ジョン・サンドフォード(John Sandford)の"**Prey"シリーズ(邦題、「獲物」シリーズ)第10作、"Certain Prey"(「確実な獲物」の意)の翻案映画ができたのだという。
 このシリーズはルーカス・ダベンポート(Lucas Davenport)という異色のミネアポリス市警察官(刑事)を主人公にする警察/犯罪捜査小説である。
 一連の小説のおもしろさは、この主人公のおもしろさに80%負っているといってよい。
 そこで、映画化ということになると、その役を誰が、どんな役者がやるかということが興味の的となる。

◆◆◆◆◆◆◆◆
 上に主人公ルーカスのことをミネアポリス市警察官といったが、厳密にはそうでないときのこともある(第4、5作)。さらには、警察官としても、その身分/地位はシリーズの進展につれて変わっていく。
 そこらのことを、過去記事の引用によって説明しておこう(元の記事どおりということではなく、かなり手を加えている)。

****************************
    (2010.9.8記事から)
2.John Sandford(ジョン・サンドフォード)という作家の「**Prey」という一連のシリーズ物作品がある(日本では「獲物」シリーズとして刊行されているらしい。ただし、実物を見たことはない)。警察小説というか刑事ものスリラーというか、そういうものだ。ツイン・シティ(ミネアポリス/セントポール、ミネソタ州)周辺を舞台に、ミネアポリス警察署のLucas Davenport(ルーカス・ダベンポート)という刑事が、殺人等の凶悪事件解決に活躍する。

「警察署」の「刑事」と表現しているが、シリーズが進むに従って(2010.9.8現在、20作)身分が変わる。最初は、ミネアポリス警察署の一匹狼的な刑事だった。すなわち、ポン引きだのヤク密売人だのという、自らが自家薬籠中のものとしている街の情報網を駆使しながら事件を解決していく敏腕警部補(lieutenant)だ。
  業務の特異性から、自ら街に出て一匹狼的に活動するのであるが、組織の上では、OSI(Office Of Special Intelligence、特別犯罪捜査部、諜報/情報収集部)という部門を率いるかたちになっている。
 硬骨漢で、女好きで、女にもてる。大学時代はアイスホッケーをやっていた。趣味でやっているコンピュータ・ゲーム作りで富を築き、ポルシェを乗り回している。とにかく、「異色」なんだこの男、いずれ別記事で、おいおい触れていくが。

 
 次には、ある事情で半ば強制的に辞職させられた後に、政治的配慮/考慮に基づく任命(political appointment)による「副署長」(deputy chief)(
*1)として署に戻ってくる。独自のインテリジェンス部門(特別犯罪捜査、諜報/情報収集部門)を指揮する。
 民間人として暮らしたこの数年間に(2-3年)、
コンピュータ・ゲーム開発の会社を興し軌道に乗せる。捜査活動その他のシミュレーション・ソフトウェアがよく売れた。その後会社を売却して莫大な利益を得た。
 この間も、ニューヨーク市警察署の臨時任命による嘱託/顧問上級刑事として、幹部警官を含む複数の同署警察官がからむ私的処刑殺人陰謀の解決に活躍したり(第4作)、ウイスコンシン州で臨時任命郡保安官補として、小児性愛がらみの殺人事件捜査で保安官を補佐したりする(第5作)。

  さらに進むと(第14作、"Naked Prey")、ミネソタ州公安局傘下の犯罪捜査部というところで(Minnesota Department of Public Safety's 、Bureau of Criminal Apprehension)政治的に微妙な事件について州知事の特命を受けて犯罪を解決する捜査官となる。

 「注」 ― これは、ここでとりあげている第10作の後に起きることであるが、参考までに触れておく。

*1."Deputy Chief"という職の者は数名いる。例えば、"Deputy Chief, Patrol =パトロ-ル部門担当副署長、Deputy Chief, Investigations =捜査部門担当副署長とか。なお、「署長」のことを"Chief of Police"というので(大部分の州では)、厳密にいえば「チーフ」とは署長を指すことになろうが、このDeouty Chief職の者は、通常、部下や報道記者などから「チーフ」と呼びかけられる。「副署長」といった感覚であろう。多くの場合、Deputy ChiefはBuerau(Patrol Bureau, Investigations Bureauなど、「課」、「部」、「部門」みたいな組織的存在)の長に就く。その意味では、時と場合によって、「部長」という意味合いになることもままあろう。

 政治的配慮/考慮に基づく任命(political appointment)とは、こういうことだ(推測だが)。
 まず、話の前提として、
署長は市長が任免する(通常は、市警察官として長年歩んできた人材の中から任命する。任命は、市議会の承認を要件とすることが多い)。その下位の職員は、市条例で定める一定の選考手続きを経て、署長が任免する。
 
 さてそこで、政治的配慮/考慮だが、例えば、麻薬取締強化を求めて市長/警察署長を責める市民の叫びに応えるために、あるいは、批判、非難をかわすために、取締り補強のための特別部署を組織して、その長に外部から強力な人材を招聘して据えるというようなことである。
  いうならば、市長の再任選挙のための、あるいは転身しての知事立候補/選挙対策のための任命である。同時に、市長が転ぶと署長も連動して地位を失う結果になることが多いので(新市長が別の人物を署長に据える)、署長にとっても選挙運動(地位保全運動)である。あるいは、署長から市長への転身を狙っているよ うな場合も考えられる。さらには、署長を追い落として自分がとって変わろうと画策しているDeputy Chiefに対抗するための所内抗争自陣強化策としての場合もあろう。


  市警察署の警察官は署長も含めて、市の職員(「公務員」、civil service, civil servant)であるが、一般的な市警警察官採用(若年定期採用。巡査から始まって、巡査部長、基部補、警部というように上がっていくコースでの採用)との対比における「特別職」としての採用ということになるのであろう。

 そこで、最後に、このdeputy chiefとしてのルーカスを、(政治的配慮/考慮でもって)誰が任命したのかという問題が残る。署長なのか、市長なのか。町の実力者からルーカスの罷免を迫られて
Rose Marie Roux(ローズ・マリ・ルー)という署長が、「いえ、辞めさせません」と拒否するシーンがある(第7作目の"Mind Prey")。そのことから推測すると、署長が任命したと考えてよいようにも思えるが、おそらく、「署長が任命するのだが、市長の承認を要件とする」ということではないか。
********************************


◆◆◆◆◆◆◆◆
 さて、ということだが、演じる役者はマーク・ハーモン(Mark Harmon)だという。
■Certain Prey/サーテン・プレイ(「確実な獲物」の意)-USA Network社製作、2011年11月6日封切予定
  予告編

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■こういう役者なのだが、果たして、原作小説で描かれているルーカスのイメージと合っているか。アメリカ本国では圧倒的人気を誇るといわれるシリーズ、警察官にも人気が高いとされるシリーズの愛読者が心に抱いてきたイメージと合っているか。
 下に判断材料を掲げて、読者各位の、この記事を読んでくれている読者だが、その判断に委ねよう。

(一)人物像概説    
        <<<ルーカス・ダベンポート(Lucas Davenportの人物像>>>
この第10作の時点で、年齢は46-7歳あたり。
父母ともにいない。父親は小学5年生のときに心臓発作で、母親は、ルーカスが大学を卒業した後、しばらくして乳がんで亡くなった。
色黒、四角い顔にたくましい顎、濃いブルーの瞳、細身、身長6フィート2、3インチ(185-7cm)。ミネソタ大学では4年間アイスホッケー選手として鳴らした。学校には5年在籍。
ポリス・アカデミーをクラス首席で、おそらくは全校でも首席級で卒業。
女好きで女にもてる。喧嘩好き。
ミネアポリス市警察で、パトロール3年を経て刑事畑を歩き、難事件を次々と解決した。規則を捻じ曲げることがままあるなど、型破りの一匹狼型凄腕警部補刑事として名を売る。
若いころからずっと上司的な存在であった男が警察署長となり、その下で働いてきたが、ある事件においてその署長が犯した重大犯罪的失態の秘密を握ったことから、いわば、辞職を余儀なくされる結果となる(第3作、"Eyes of Prey")。
ゲーム創作の才能があり、当初は、趣味で制作していた戦争軍事展開などのゲーム、コンピュータ化してからは、警察緊急時対処や展開戦術に関するシミュレーションその他のソフトウェアが商業ベースで売れることにより、かなりの金を稼いでいた。その後、その関係のソフトウェア開発企業を興し、短期間で軌道に乗せた。会社設立6年後にその会社のIPO(新規株式公開)で税引き後利益1,000万ドルを手にする。
その後、件の警察署長が替わり、新署長による政治的配慮任命によって、特別犯罪捜査/諜報担当副署長(部長、deputy chief)として署に戻った。
その後、さらに進むと、ミネソタ州公安局傘下の犯罪捜査部(Minnesota Department of Public Safety's 、Bureau of Criminal Apprehension; BCA)というところで、政治的に微妙な事件について州知事の特命を受けて犯罪を解決する捜査官となる。
 ただし、それは、ここで取り上げている第10作より後のことである(第14作Naked Preyから)。
この第10作までに、7-8人の犯人を射殺している。
黒のポルシェ911を乗り回す。
ものすごくおしゃれで、服に金をかける。
詩を読む。ロックを聴く。自分なりの「ロック100選」をこさえ、その妥当性について同僚などとあれこれ論じたりする。
飛行機に乗るのを極度に怖がる。
幼稚園時代からの幼馴染で、現在修道尼、所属修道院の系列大学で心理学教授をしている無二の親友がいる。初恋の人だ。お互いに心を許し合い、難事件に遭遇した際に犯人像プロファイリングなどについて助言を受けることがある。
時に重度のウツ(鬱)状態に陥ることがあるが、シュリンク(精神科医)の治療には頑として応じない。一年ほど前に、同棲婚約者女医との仲が結婚式寸前に破綻したことによって、かなりのウツ状態に陥っていたが、殺人課女性刑事/巡査部長マーシー・シェリル(Marcy Sherill)との「愛慾と論争の40日」によって、すっかり恢復した(第9作)。

(二)人物描写の例
ルーカスは、セントポールの馴染みの本屋で競馬予想紙とエミリー・ディキンソン(Emilly Dickinson)の詩集を買って、ミネアポリスに戻った。詩集は、店の出口の安売り陳列台で見つけたものだ。幸運だった。市庁舎(City Hall)の通りを隔てた斜め前にある公共立体駐車場に車を停めて、古い赤褐色花崗岩の外壁をぐるっと廻って、通りを横切り、プールの横を通ってヘネピン郡庁舎(Hennepin County Government Center)に入った。エスカレーターでカフェテリアに降りて、自動販売機でリンゴを買い、地上に戻って、敷地の外れにある芝生にきた。8月の暖かい日差しの下で、二本の白樺の木の間に腰をおろし、リンゴをかじりながら詩集を読み始めた。

***********************
……but no man moved me till the tide
Went past my simple shoe
And past apron and my belt
And past my bodice too,
And made as he would eat me up
As wholly as a dew
Upon a dandelion's sleeve
And then I started too.


・・・・・・潮が片方の靴を越えて満ち、
エプロンを越え、
ベルトを越え、
ついにはベストを越えて、
私を飲みこもうとするかのように、
タンポポの柄の袖に神聖な露をこしらえるまで、
誰も私の身体を移そうとしなかった。
 そこで、私も出発した。
   **********************


 ルーカスは微笑んでリンゴにかぶりついた。目を上げたとき、黒髪の若い女性が二人乗り乳母車を押してプラザを横切っているのが目に入った。双子は同じピンクの服に包まれ、母親が押し歩くにつれて、身体を横に揺らしている。
 ママは胸が大きくウェストは細い。黒髪が色白の頬で、カーテンのように前後に揺れる。
プラム色のスカートに、絹のベージュのブラウスを着ている。思わず美しさにみとれて、ルーカスは再度微笑んだ。幸福感が全身を、じわっと包んでいく。

 そして、もう一人。反対方向に歩いていく。ブロンドの髪を、短いパンク調のカットにして、身体の線をぴったりと示すニット・ドレスを着ている。愛きょうのあるけばけばしさだ。

 ルーカスは、白のテニスシャツ、カーキー・スラックスのいでたちで、膝まであるブルーのソックスに、長い革ひものついたスリッポンの靴を履いている。シャツは、拳銃を隠すためにズボンにかぶせている。
 細身で色が黒い。髪の毛は真っ直ぐな黒髪で、こめかみのあたりにグレーが混じっている。鼻が長く、ゆがんだ笑いをみせる。
 上の門歯が一本、上部がかけたままになっている。わざとかぶせようとしないのである。目が青くなければ、インディアンにみられるかもしれない。その目は、暖かく、寛容さを表わしている。寛容さは、額の生え際から垂直に走る白い傷跡によって、ある種、強調されている。傷痕は、右目の瞼に走り、目を飛び越して頬から、口の端まで伸びている。
 傷痕は、いくらか野卑な雰囲気を与えるけれども、その裏に、無邪気さのタッチを残している。いわば、Captain Blood(海賊ブラッド)のErrol Flynn(エロール・フリン)のようだ。


 ルーカスは、若い娘らに、その傷はバーの喧嘩でできたものだと吹聴したい。スービック湾(Subic Bay、ルソン島)のバーの喧嘩で、割った酒瓶をかざしてきた相手と対峙した時にできたものだといいたい。あるいは、バンコクのバーで。しかし、どちらにも行ったことがない。傷は、Croix川で、フライ釣りの道糸が弾けてできたものだ。

 
その目は暖かいが、笑うと印象が一変する。
 ルーカスは、かつて一度、ある女性とナイトクラブに行った。その女性は、動物園の飼育係をしている人であることが後で分かったのだが、その相手と、セントポールのナイトクラブに行った。そこは、地下のトイレで児童相手にコカインを売っているところだ。クラブの駐車場で、ばったり、Kenny McGuinnessと出くわした。てっきり服役中だと考えていた相手である。


オレに構わないでくれ、ダベンポート」。男は後じさりしながらいう。
 駐車場は、突然、感電したように時間が止った。ガムの包み紙から、0.25グラムのコーク袋まで、あらゆるものが針のように鋭く、目に飛び込んできた。
「出てきたこと、知らなかったぜ、おい、こら」。
 笑いを浮かべながら、ルーカスが応じる。

 飼育係は、やりとりを眺めている、驚きに目を大きく開いて。
 ルーカスが男に近寄り、そのシャツのポケットに二本の指を差し込んで、ゆっくりと引きよせる。二人が旧知の友人同士で、お互いに想い出を語ろうとするように。ルーカスが、かすれ声で囁く。
「町を出ろ、ロスアンジェルスに行け。ニューヨークに行け。消えなきゃ、ぶちのめすぞ」。
「仮出獄中だ、州を出るこたできない」、男は叫ぶ。
「なら、Duluthに行け、Rochesterに行け。一週間やろう」、ルーカスが囁く。
「親父に話せ、爺さんに話せ、そして失せろ」。
 ルーカスは飼育係の方に向き直った。笑みを浮かべたままだ。男のことは、もうすっかり忘れ去っているようだ」。


びっくりしたわ、あなたって、恐いのね」、
 クラブに入り、女がいう、
「何のことなの、いったい」。
「奴は、少年をやるんだ。10歳の子どもを相手に、その尻をクラック(コカイン)で買う。
「ああ」
 女はそいう話を聞いたことはあるが、漠然としか考えたことがない。ちょうど、自分がいずれは死ぬ運命にあるということを納得する程度にしか信じていないのである。まだ突き詰めて分析する必要のない、遠くの存在、可能性としか捉えていない。

 しばらく後で、女がいう。
あの微笑、嫌い。あなたの笑い方。動物園の獣みたい」。
「ああ、そう、何の動物だ、キツネザルか」。
 女は下唇を舐めてから、
ウルバリン(クズリ、wolverine)を考えていたんだけど」
こういった。


 氷のような笑みが目の温かさを圧倒することが時としてあるとしても、社会生活上での障害になるほど頻繁に起きるわけではない
 そんなことだが、ルーカスはいま、パンク系のブロンド娘が群庁舎の角を曲がるのを眺めている。そして、視界から消える直前に、娘が振り返って、ルーカスに、ニコッと笑った。
 なんてこった。眺めていることを知っていたのだ。女たちは、常に意識している。立ちあがって、後を追え。一瞬考えたが、そうしなかった。いい女がいっぱいいる、みんないい。ルーカスはため息をついて、草の上で再びねっ転がり、エミリー・ディキンソンの詩集を取り上げた。
  ルーカスは満足を絵にかいたような存在であった。いや、絵どころではない。
  写真だ。

      (Rules of Prey; Berkley Introduction edition, ISBN 978-0-425-20581-5、17-23ページ。第1作である)

市庁舎(City Ha1l、緑屋根の建物、この中に市警察署がある)、ヘネピン郡庁舎l(Hennepin County Government Center、市庁舎と5th Stを挟んで対峙するツインタワーのようなビル)、駐車場(右隅の、格子組のような構造になっている建物)そして、ルーカスが座り込んで詩集を読んだ芝生。円形に植え込まれた芝生がそれであろう。
3                                (画像はGoogle地図から)  

                       海賊ブラッドのエロール・フリン
Photo_3                                                  (画像はYoutubeの画面から)


                   ウルバリン(クズリ) 画像はWikipediaから
Photo_2

ルーカスは、背の高い、厳しい顔つきの、肩幅の広い男で、日焼けの跡を残している。片方の眉毛から頬にかけて、細い傷痕が走っている。釣りの道糸のような傷だ。喉にも傷が横に走っている。それは、ある友人がジャックナイフで、とっさの気管切開手術をした跡だ。
  黒髪で、老いの兆しのグレーがいく筋か混じっている。目は、ちょっと考えられないほどの濃いブルーだ。黒の絹セーターシャツを着ており、フレンチ・ブルーの シャツの襟が覗いている。ジーンズを履き、その下には、ズボン内部装着型リグに0.45インチ拳銃を帯びている。皮ジャケットを腕に抱えている。
  
     Lucas was a tall man, hard-faced, broad-shouldered, showing the remnants of a summer tan. A thin line of a scar dropped through one eyebrow onto a cheek, like a piece of fishing line. Another scar slashed across his throat, where a friend had done a tracheotomy with a jackknife.
     His hair was dark, touched by the first few flecks of gray, and his eyes were an unexpectedly intense blue. He was wearing a black silk sweatshirts showing the collar of a French-blue shirt beneath it, jeans, and a 0.45 in an inside-the-pants rig. He carries a leather jacket.

      ("Secret Prey", John Sandford; Berkley international edition, February 1999, ISBN: 0-425-17077-2、15ページ。第9作)
***********************

「注」
 ここでは、喉に大きな傷跡ができている。先に掲げた第1作時の描写にはなかった傷だ。
 第5作、"Winter Prey"において、喉に撃ちこまれた0.25口径拳銃の弾丸を、アーミーナイフ(多機能折りたたみナイフ)の切っ先でえぐり出した傷である。銃弾が気管内に留まって窒息しかけていたところを、現場に居合わせた女性外科医が、とっさの機転でそうしたのである。傍にいた保安官補が携帯しているスイス製アーミーナイフで。
 ルーカスはこの女医に惚れ、やがて婚約し同棲する。相思相愛アツアツで過ごしていくが、結婚を目前にして仲が壊れ、ひどいウツ状態に陥る(第8作、"Sudden Prey")。
 殺人課巡査部長刑事、マーシー・シェリル(Marcy Sherill)と「愛慾と論争の40日」を過ごした結果(第9作)、ウツは治った。
 そして、現在、第10作"Certain Prey"にいるわけである。

 ルーカスと女医は依然として互いに好き合っており、ぐるぐる回りみたいなことを重ねて時間を無駄にしてしまうけれども、最終的には結婚する。男児ができ、女児ができる。
女医の名は、ウェザー・カーキンネン(Weather Karkinnen)という。
 ウェザーとのあいだの物語については、ここでは触れない。


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2011年11月 1日 (火)

ジョン・サンドフォード(John Sandford)の"*** Prey"シリーズ(邦題「獲物」シリーズ)第10作"Certain Prey"、「USA Network社」が映画化し、この11月6日(U.S.時間)に封切される。予告編You Tubeが存在する。眺めてみよう。

                                                      <<<[関連記事一覧表](相互リンク機能を付しているので適宜参照されたい)>>>
2011.11.1
 ここしばらく、この"*** Prey"シリーズ関連の記事を書いてきている。その関係で関連事項をいろいろとネット調査していて、第10作"Certain Prey"(「確実な獲物」の意、日本語版が出ているのかどうか知らない)が映画化されることを知った。この11月6日(U.S.現地時間)に封切られるのだという。USAネットワーク(USA Network。米国の、ケーブルテレビ向け娯楽専門テレビ放送局)の自主制作によるもので、NICS(人気連続テレビドラマ)で知られるMark Harmon(マーク・ハーモン画像)が主役を演じるのだという。USA Networkという会社もNICSという番組も、Mark Hamonという役者も、すべて初めて知る存在だ。

 ということになると、当ブログ主にとって一番気になるのは、マーシー・シェリル(Marcy Sherill)の役をどんな女優が演じるかということであった。
 「変な女をあてがわないでくれよな」、「イメージ壊さないでくれ」、
 こういうことだ。
 もちろん、ルーカス・ダベンポート(Lucas Davenport)役も大いに気になるところだが、シェリルを恋する身としては、なんといっても、シェリル、シェリル、そのことが気になる。

   この第10作Certain Preyについては、内容等について一昨日の記事で書いているので、参照されたい。

なお、関連記事のこれまでの流れは次のようになっている。
          ■マーシー・シェリル(Marcy Sherill)が死んだ。愕然、絶句!(10月19日)
          ■シェリル追想 ― その1(10月20日)
          ■シェリル追想 ― その2、(1)(2)(3)(4)(5)---10月21日10月22日10月25日10月27日10月28日)
          ■シェリル追想 ― その3(10月30日)

◆◆◆◆◆◆◆◆
■Certain Prey

  おお、すごいね、すごいね、すごいね!!!
 ぴったりだ、ぴったしだ。
 シェリル、シェリル、ああ、シェリル。

1
 これがシェリル、マーシーだ。ひざまずいて死体を見ているのは、もちろん、ルーカスだ、ダベンポートだ。(画像は上に掲げてある予告編Tubeから取ったもの)


4_2  「すごいね、ぴったり、ぴったし」というのは、上の画像だけに基づいていっているのではない。しかし、この予告編ビデオでは、シェリルはこの場面一カ所しか現れない。ならば、何に基づいてそんな結論を下しているのか、「ピッタシ」だなんて。
 それは、役者の名を知ったからである。ネットでその姿をいろいろと見た。
Athena Karkanis(アシーナ・カーカニス)という女優なのだそうだ。このページで知ったのだが、そこに示されている写真を拡大すると、この顔が現れる(→)。
 そして、"Athena Karkanis"でGoogleすると、こういう画像が現れる(↓)(画像を2個入れ替えている)。

3                    (画像はココから)

  どうだね、え、すごいね、胸がキュンとなる。
 シェリル(Marcy Sherill)は第7作"Mind Prey"から現れるのだが(殺人課の刑事)、それ以降の作品にでてくる数々の場面での姿を、彷彿とさせてくれる。笑い、怒り、冗談口を叩き、反抗し、武闘し、逮捕し、撃ち、撃ち殺し、撃たれ、重傷を負い、回復後なおもまた逮捕し、撃ち、撃たれ・・・・・・撃ち、撃たれ、そして・・・・・・kuso!、死ぬ、死んでしまう、kuso!。
 もちろん、この集合画像のそれぞれは、すべて、ここで論じている映画に現れるものではないのだが、雰囲気の点で、どれかが、第20作までの作品のどこかの場面にあてはまる。

 ルーカス(Lucas Davenport)役はMark Harmon(マーク・ハーモン)という俳優だそうだが(画像)、これも、まあ、小説のルーカス像にあっているね。
 なぜ、「まあ」程度なのか、そこらのことは改めて論じることにしよう。

 とにかく、きょうはシェリルだ。いいなあ、いいなあ、シェリル、シェリル。
  ------ それなのに・・・・・・kuso、死なせやがって、殺しやがって、サンドフォード、恨むぜ。

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2011年5月 1日 (日)

ロイヤル・ウェディング(英国王室結婚式)/ウイリアム王子とキャサリーン(ケイト)・ミドルトン(Prince William and Catherine "Kate" Middleton)→ イギリス→ ビートルズ(The Beatles)→ イエスタデイ(Yesterday)→イエスタデイズ(Yesterdays)

2011.5.1 
 最高の季節の初日だ。「5月1日」。なんとなく縁起のいい響きがある。だから、なんか、記事を載せておかなきゃいくまい、験を担ぐ意味でも。ここんとこ、さぼってばっかりで、「空き日」が目立つようになっているし。

◆◆◆◆◆◆◆◆
   ということだが、世界はこの数日、「ロイヤル・ウェディング」(Royal Wedding、英王室結婚式)の話題で賑わった。その関係で、次のように連想が走った。
 イギリス→ ビートルズ→ Yesterday(イエスタデイ)→ Yesterdays(イエスタデイズ、jazz スタンダード)
 そこで、この2曲のTubeを掲げることにする。

■Yesterdays(イエスタデイズ)
   (m)Jerome Kern(ジェローム・カーン)、 (w)Otto Harbach(オットー・ハーバック)。1933年ブロードウェイ・ミュージカル"Roberta"(ロバータ)のための曲として作られた作品だという。Wikipediaでは、その劇においてIrene Dunne(アイリーン・ダン)が唄って世に出たとしているが、おそらく誤りである。ダンは1935年の同名映画で主役を務めた女優であり、その映画のなかで唄っているが(下に関連Tube)、ブロードウェイ劇には出演していない。「ジャズ・スタンダード1001」(1990年スイングジャーナル社)によると、ブロードウェイ劇では、フェイ・テンプルトン(Fay Templton)が唄ったとしている("Roberta"のWikipedia記事にも、配役一覧のなかにその名がある。ただし、同じく当人についてのWikipediaによると1865年生まれだというから当時68歳という高齢であり、唄えたかどうか、疑いなきにしも非ず)。劇開幕一週間後にレオ・ライスマン楽団(Leo Reisman and His Orchestra)のレコードが発売され(歌手フランク・ルーサー/Frank Luther)ヒットしたという(JazzStandard.com)
 なお、1933年ブロードウェイ劇、1935年映画については、2011.5.3の補足記事で詳しく触れている。

◆Clifford Brown(クリフォード・ブラウン)

      弦楽器オーケストラをバックにしての独奏だ(いわゆる、「ウイズ・ストリングス」、"with strings")

◆Irene Dunne(アイリーン・ダン)
 1933年ブロードウェイ劇は1935年に映画化されたが、そのなかで主役女優アイリーンが唄った。
               [追記]2012.3.23 ― ココ(2011.5.3記事)で歌詞と日本語を掲げている。 


 Billie HolidayやHeren Merrilの唄が有名なのだが、これを掲げる。メロディが分かりやすいから。
  ベッドに横たわっているのはHenly Westly(ヘンリー・ウェストリー)(画像)で、パリにやってきた主人公ジョン(Randolf Scott/ランドルフ・スコット)(画像)の叔母の役。当地で"Roberta"というおしゃれなガウン・ショップを経営している。唄っているアイリーン・ダンは、その店のチーフアシスタント兼「隠れ主任デザイナー」である。叔母は急死し、ジョンが思いがけず遺産を継ぐことになる。

■Yesterday(イエスタデイ)
  いわずとしれたビートルズの名曲。Paul McCartney(ポール・マッカートニー)とJohn Lennon(ジョン・レノン)の共作(作詞作曲)、1965年。ただし、実際にはマッカートニーの作だといわれる(Wikipedia)。
◆The Beatles(ザ・ビートルズ)

  マッカートニーが弦楽四重奏楽団をバックにして唄っている。

◆Lee Morgan(リー・モーガン)

Tube投稿者によるデータから主要演奏者を掲げておく。
  Lee Morgan:Trumpet、Wayne Shorter:Tenor Sax、McCoy Tyner:Piano、Bob Cranshaw:Bass、
  Philly Joe Jones:Drums、 April 8, 1966


■そしてロイヤル・ウェディング
Photo_2                      新夫婦の公式写真のひとつ(上)
2   「ケイト、もう一度キスだ」(群衆の歓声に応えて)(The Sun紙)



4  花嫁付添人(bridesmaid)のGrace van Cutsemちゃんは、ウイリアムとケイトの最初のキスに群集が割れるような歓声で応えると耳を覆った。(Mail Online紙から)


3
         ハリー王子とピッパ・ミドルトンとはうまくいっている。
「プレイボーイ」の異名をとるハリー王子だが、新しくできた義理の姉、ピッパ・ミドルトンをからかわずにいられなかった。屈みこんで、こう囁いた。「今日はすごく、すごくきれいだね、いや、ほんとに」。
(The Sun)
 *ピッパ(Philippa Charlotte Middleton/フィリッパ・シャーロット・ミドルトン)は1983年9月生まれの27歳、ハリー王子(Prince Harry of Wales、Henry Charles Albert David)は1984年9月生まれの26歳である。
 なお、ついでに触れておくと、新郎ウイリアムは1982.7.21生まれで、満28歳、新婦ケイトは1982.1.9生まれで満29歳。現在のところ、一つ年上の姉女房ということになる。


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2011年4月21日 (木)

Days of Wine and Roses (酒とバラの日々)、歌詞の考察(後篇) ― 最強の日本語訳を試みよう。ネットには「ちょっと違う」みたいなものしかないようにみえるので。

2011.4.21
                                                                                                       ♪参考資料[歌詞翻訳曲目一覧/ページ相互リンク]
 ジャズ・スタンダード歌曲の独自日本語訳をネットに載せようとする人は、「実証的」な検討を丁寧にやったうえで事に臨んでもらいたいね。一般的にいって、この世界、次のような風潮がみられるようだ。

 すなわち、ネット記事をあちこち探して、いくつかの先行日本語訳を参照し、そのなかから、しっかりした翻訳にみえる、あるいは、「まあまあ」のようにみえるものを引っ張ってきて(これを便宜上「模倣素材」と呼ぼう)、それを土台に据え、枝葉をいじって自分の訳を完成させる。そのうえで、いくつもの先行記事を参考にしながら、もっともらしい、あるいはもったいぶった講釈を――人生観だの恋愛観だのにからめて――ひとくさり述べる。「人によって解釈がいろいろありうる」なんて逃げを打ちながら。
 文法的な検討や、語句の意味を辞書に当たって丁寧に調べる作業、背景/周辺事情の丁寧な調査といった「実証的」検討/解釈が伴っている作品は、ほとんどない。女心だの男心だのという視点からの感覚的、情緒的な要素だけに基づいて解釈に関する能書きを述べているものがほとんどである。

 ここで、その日本語訳の内容が、基本的な柱の部分で「正しい」ものである場合には、このようにしたからといって、何の問題もない。しかし、まずいことに、実証的検討がないものだから、 「模倣素材」に「誤り」があっても、それをそのまま踏襲してしまうという現象が起きている。これがやたらに多い。

 この"Days of Wine and Roses"(酒とバラの日々)の歌詞日本語訳についても、上記のことが妥当する。
 まあ、どんな日本語訳を載せようと勝手だが、「ちょっと違う」みたいなものしか存在しないというのは困る。「正答」ものもないといけない。
 そこで、それを試みる。なお、「前編」(2011.4.19)を適宜参照されたい。

◆◆◆◆◆◆◆◆
 廻りくどくなるが、映画の粗筋に触れたうえで、英文法/語句解釈論みたいな作業をやり、最後に訳文を掲げる。

■映画の粗筋(元になった1958年TVドラマもほとんど同じ)
 アルコール依存症(中毒)が若いカップルの結婚生活を徐々に蝕み、ついには結婚生活を、あるいは、人生を、さらには人間そのものを破滅に追い込むというモチーフを中心に展開する物語である。
 粗筋紹介は、予告編YouTubeを掲げることによって済まそう。


 映画の予告編(trailer)。ジャック・レモン(Jack Lemmon)(画像)の語りが入っているが、この部分はDVD版で追加したものだという。なおレモンの相手役(秘書/妻、Kirsten)を演じる女優は、リー・レミックLee Remick(画像)という人だそうだ。

[解説を少し]
This is Joe Clay, public-relations man. Public-relations is a difficult and demanding job. There are many aspects to modern public-relations.
 これは、ジョー・クレイだ。会社の広報担当者だ。広報は、困難で厳しい仕事だ。現代の広報業務には多局面の様々な要素がからむ。

And this is Kirsten Arnesen, secretary. Being a secretary these days has its complications, too.
 そして、これはカーステン・アーネセンだ。秘書(*)をやっている。今日、秘書の仕事に従事するということは、同様に、独特の複雑さがからんでくる。
  *おそらくクレイの秘書であろう。映画は2回観たのだが、そこらのことは忘れた。先の場面でジョーがパーティ会場から電話をかけている相手は、このカーステン秘書だと思う。
 取引先だか上役みたいな年配者を(自動車からよろけながら降りてくる男)セクハラじみた状況で世話しなくてはならぬ状況の映像ついで、翌朝の会社エレベータの中。ジョーが「昨夜のあのザマは何だ、特別の世話だってか」となじり、パチンとビンタを喰らう。

Joe and Kirsten, they fall in love. Completely in love. These are their "Days of Wine and Roses."
 ジョーとカーステンは恋に落ちる。完璧に落ちる。
 これが(
このような生活、世界が)、彼らの"Days of Wine and Roses"(酒とバラの日々、社交と快楽の日々)なのだ
 干し草の上に倒れ込んで抱き合う二人。(「これが」とは、社交とアルコールに明け暮れる日々や、干し草の上で抱き合う姿に象徴されるような、安易で楽な快楽生活のことを指す)

 そして、妻カーステンの父親が手塩にかけて育てている植物栽培温室に入り込み、父親が娘の手から奪って植木鉢の中に隠しておいたボトルを錯乱状態で狂気のように探し回るジョー。


This is the same man. How can he be so different? What happened to Joe Clay?
 これが同一人物だ。なぜ、そんなに変われるのか。ジョー・クレイに何が起きたのか。


Here is the star of "Some Like it Hot" and "The Apartment," Jack Lemmon to tell about new role.
 スター登場だ。「お熱いのがお好き」、「アパートの鍵貸します」のジャック・レモンが、新しい役について語る。
 「やあ」。マイクに向けて指をパチパチ。「入ってるかい、聞こえますか」。

 キッチンドリンカ―に陥った妻を責めるジョー(おそらく、自分が立ち直った――禁酒支援団体の支援を得て立ち直るのだが――その後の場面)
 二人が結婚する前に、前途を危うんだ父親。演じるのは、
Charles Bickford(チャールス・ビックフォード、画像)。"Playhouse 90"シーリーズ番組としての1958年TVドラマでも父親を演じた。そのTV劇とこの映画の両方に出演した唯一の(おそらく。少なくとも主要役割のなかでは)俳優である。
Photo_3
 「Days of Wine and Roses/社交と快楽の日々/酒とバラの日々」の映像、社交パーティ場面の映像を再び提示してエンド。


2_2       (左)酒とバラの日々 = 社交と快楽の日々(女性はカーステンとは別人)  (右)「社交と快楽と、そして君のいる日々」、その日々にぼくを誘うきっかけとなった"golden smile"(ゴールデン・スマイル)

■文法、語句解釈
             Days of Wine and Roses
                                             (m)Henry Mancini, (w)Johnny Mercer, 1962

The days of wine and roses
laugh and run away like a child at play
through a meadow land toward a closing door,
a door marked "nevermore" that wasn't there before.

The lonely night discloses
just a passing breeze filled with memories
of the golden smile that introduced me to
the days of wine and roses and you.


 曲はABAB'の32小節であり、ABとAB'にそれぞれ一つの文(センテンス)が対応している。すなわち、歌詞は、2文から成っている。それぞれ「前半」「後半」と呼ぶことにする。

一、前半
1.まず、前半後半を通じて、文章が現在形記述になっていることに注意しておこう。
2.さて、そこで、"days of wine and roses"はどういう意味か。
(1)細かいことだが、"of"は「同格関係のof」である。つまり、"days"と"wine and roses"は同格である。だから、"days of wine and roses"は、「"wine and roses"の日々」ということになる(「修飾/比喩のof」とも解せるか)。

(2)そこで、"wine and roses"とはどういう意味だろうか。
(i)この点に関してまず、押さえておかなければならないのは、題名(1958年TVドラマ、1962年映画、曲の歌詞)がイギリス人詩人/作家Ernest Dowson (アーネスト・ドーソン)の詩からきているということである。したがって、"days of wine and roses"の意味を検討するにあたっては、まず、この詩の内容を吟味しなければならない。
 ということで、その作業を前編でやった。
 結論として、その意味は、「社交と快楽」、「社交と快楽の日々」という意味であるとした。
上の予告編Tubeで、ナレーションが、These are their "Days of Wine and Roses."(これが彼らの"Days of Wine and Roses"/酒とバラの日々、社交と快楽の日々なのだ)と語っているとおりである。

  ただ、「酒とバラの日々」はすでに定着しているものであるし、いい日本語訳なので、「社交と快楽の日々」という意味だよという前提で、「酒とバラの日々」という表現自体は、そのまま使うことにした。

(ii)前編には書かなかったが、「社交と快楽」としたのは、次のような一般論的語句考察の結果である。
(a)何か成句ないし慣用句としての"wine and roses"という用法が存在するのだろうか。まずこういう疑問が沸くが、辞書で調べてもそれらしきものは見当たらない。
  *たった一つ、
["roses and wine(or sunshine)" = すばらしいこと、好都合]というのが見つかったのだが(下のrose"の意味検討欄参照)、これについては、脇に置いて考えないことにする。
 なお、断りがないかぎり、辞書とは「小学館プログレッシブ英和中辞典」のことであり(研究社の「新英和大辞典」、ネットの、"Urban Dictionary"などにもあたっている)以下に出てくる英単語/イディオムの意味の記述は、この辞書からの引用である。ただし、引用は、必ずしも一字一句同じではない。かなを漢字に変えたりしている。

(b)そこで、"wine""rose"にはどんな意味があるか検討することになる。
[wine]
 (名詞)
1.ぶどう酒、ワイン、果実酒
   
   2.元気を与えるもの、活力源、喜ばせる(酔わせる)もの
       3.(
)ぶどう酒が出る社交の集い、(特に大学生が催す)ぶどう酒パーティ
   (
動詞)
           (vi.)wine and dine/dine and wine
食べかつ飲む
           (vt.)(
人を)気前よくもてなす。 He wine and dined his friends.友人を派手ににもてなした。

[rose]
  ①バラ、バラの花
 ②
安楽な生活、快楽、成功
    *a path strewn with roses
 バラの花を敷いた道、安楽な生活
    Her life was a path strewn with roses.
彼女の一生はすべてバラの花を敷いた道のように思われた。
   *a(the) bed of roses (
おもに否定文で)安楽な生活、身分、境遇
   *be not all roses
 気楽な(楽しい)ことばかりではない。Life is not all roses.
   *come up roses 
成功する、うまくいく
   *gather (life's) roses
 快楽(人生の歓楽)を求める(追う)
   *
roses and sunshine(or wine)すばらしいこと、好都合

(c)さて、そこで改めて考えると、「ワインとバラの花の日々」、「ワインとバラの花に溢れた日々」、「ワインとバラの花に明け暮れた日々」、ひいては、「社交と安楽の楽しい日々」、少し否定的な苦みをきかして「社交と快楽に明け暮れた日々」ということになろう。

3.構文
 次に、"laugh"、"run away "は、三人称複数主語を受けた現在形動詞で、The days....laugh and run away.(日々が、笑い、逃げる)という構文である(*1)。

4."closing door"の"closing"とはどういう意味か。分詞形としての「閉じかかった」か、それとも形容詞の「終点の」か。後者にも惹かれるのだが、「閉じかかった」でいくことにしよう。

5."a door marked 'nevermore' that wasn't there before"
(i)"wasn't there before"(以前には存在しなかった)は何にかかるか。つまり、関係代名詞"that"の先行詞は何か。答えは、「ドア」にかかる。「以前には存在しなかったドア」ということである。"
a door that wasn't there before"、こういう構文なのである。「閉じかかったドアに向かって。そしてそれはどんなドアかというと、以前には存在しなかったドアだ」こういうことである。

(ii)「"nevermore"という表示が以前にはなかった」という意味ではない。
・[a door marked with words (of, or, read, or reading) "nevermore" that wasn't there before]、あるいは

・[a door marked with "nevermore" that wasn't there before]

 こういうことなら関係代名詞"that"で受けることができるが("nevermore"を)、そうなっていない。
 ここでは、[a door marked "nevermore" that wasn't before]となっており、"nevermore"は副詞句である。関係代名詞"that"で受けることはできない(*2)

 ネット上の日本語訳は、知るかぎりにおいてすべてが、「"nevermore"という以前には存在しなかったことばが記載されているドア」と解している。"nevermore"が先行詞でありうるためには、上に述べたような構文になっていなければならない

 前編で検討したErnest Dowson (アーネスト・ドーソン)の詩も、この解釈を補強する。

They are not long, the days of wine and roses:
    Out of a misty dream
    Our path emerges for a while, then closes
    Within a dream.
ワインとバラの日々(社交と快楽の日々)は、長くは続かない。
その日々への経路は、霧のようにもやっとした夢のなかから現れ、
しばらく留まり、そして門を閉ざす。
再び、夢に消え去ってしまう。


 この"path"というのがここで検討している「door、扉」に相当するのだ。その扉はどこからともなく現れて、しばらくは留まっているが、人が(ジョーと、カーステン)扉に入ってしまうと、つまり、ルビコンを渡ってしまうと、――それは、アルコール依存症に陥るまで堕落してしまうと、ということだが――、消えてしまうのだ。
 つまり節度を保って扉のこちら側で生活している分にはいいのだが(この場合には扉は眼には見えないかたちで存在している)、深酒の連続を続けていると、扉が姿を現し、やがてアルコール中毒に陥ってしまうと、それは扉をまたいでこちら側の世界、アル中の世界に入り込むということだが、扉が姿を消し、扉が消えてしまうと、もう、元の世界、素面の世界には戻れない。アルコール中毒で破滅への道を辿るだけだ。
 こういうことである。 (詩の全体について、前編参照されたい)

*1.これまでずっと次のように考えていた。すなわち、"The days of wine and roses"から後の語句はすべて「酒(ワイン)とバラの日々」を修飾するものだと。次の如し。
   The days of wine and roses,
   laugh
and run away(runaway), like a child at play,
   through a meadow land toward a closing door,
   a door marked "nevermore" that wasn't there before.

 つまり、主語+動詞にはなっていない文章だとみていたわけである。"laugh"は"名詞形と理解し(=laughter)、"run away"を"runaway"と思い込んでいたのである。振り返って考えてみればおかしなことだが、ぜんぜん疑問に感じていなかった。ただ、いまでも、そういう表現の仕方自体はあると考えている。
  遊び戯れる幼児のように、笑いと追いかけっこに包まれたあの日々。酒とバラの日々。
  牧草地を通って逃げる先には閉まりかかった扉が。「二度と戻れない」と書いてある扉、
  以前にはなかった扉があった。

 こういうことだ。

*2.関係代名詞"which"の場合には句、節、文あるいはその一部を先行詞とする場合がある(非制限的用法に限られる)。話が細かくなるのでこの論はここで打ち切るが、とにかく、「ドア」にかかるという説でいく。

二、後半
                 The lonely night discloses just a passing breeze.....
1.まず、議論を分かりやすくために仮定文(仮定的に置く文章)を掲げておこう。
       The lonely night [creeps in] just [like] a passing breeze
          filled with memories
          of the golden smile that introduced me to
          the days of wine and roses and you.
(2行目以降は詩とまったく同じ)
   あの酒とバラの日々に、そして君に僕を誘った(いざなった)あの輝くような笑顔。その笑顔の想い出に満ちた微風のように、寂しい夜が忍び寄る。

2."discloses"
 この翻訳作業の最大の難関だ。
(i)目的語は何か。
 "disclose"は他動詞だから目的語を伴わなければならない。文法的にいえば、この点は揺るがせない。では、目的語は何か。それは、"passing breeze"である。そうみるしかない。ネット上では、「吹きすぎる微風のように」という訳が100%だが、この目的語固執立場でいくかぎり、それは誤りである。"passing breeze"は、暴露される、暴かれる対象なのである。こうみなくてはいけない。
 ただ、その場合、 "the"でなくて、"a" passing breezeとなっているのが気に食わない。なぜそうなっているのか。"just"で補っているので、"a"にしてもいいということなのか。こういう悩ましい問題があるにはある。

(ii)自動詞的に用いていると考えることができるか。
 "disclose"を、特別に自動詞的に用いていると考えることができれば、翻訳はうんと楽になる。以降の文言は、"disclose"する様(さま、態様)を修飾するものにすぎなくなるからである。つまり、上に掲げた仮定文と同じことになる("just like"の"like"がない点は措いて)。
 ただ、この場合、"disclose"をどう訳すかという問題がある。「思い出す」(remind of、recall)とか「連れてくる」(bring)というような訳にすることはできない。「何を」思い出すのか、「何を」連れてくるのかということになるからである。つまり、目的語の問題である(remind, recall, bringはすべて他動詞)。したがって、仮設文で掲げたように"creeps(up, in, into, over)(忍び寄る、忍び込む)とか、"appear"(現れる)みたいなことにしなければならない(creep、appearは自動詞)。

 ――カーステンのいない孤独な夜は・・・・・・輝くような笑顔の思い出に満ちた、吹きすぎる微風のように忍び寄る(現れ出る)――

 こういうふうに。そして、このように自動詞的に処理する場合には、"just a passing breeze"は、"just like"とはなっていないが、「吹きすぎる微風のように」と訳すことになろう。

(iii)立場
 ということだが、ここでは、原則に従い、上記(i)の立場でいくことにする。

3."just"はどういう意味か
 ネット上では、知るかぎりにおいて、すべての先行訳が「just "like" a passing breeze」の意味で訳しているが、ここでは"just like"とはなっていない。"just"だけである。"just"単独でも、「のように」の意味になることがありうるだろうが(「まさに」、「ちょうど」)、"a passing breeze"を"disclose"の目的語とする場合には、問題外である。
  では、その場合、"just"の意味は何か。
  a「まさに」、「ちょうど」、b.ほんの少しで、ようやく、やっと、c.(話)ただ、ちょっと、・・・だけ、ほんの何々にすぎない、d.(話)(強調的)ほんとに、実際に(actually)、全く(quite)
 ここでは、"a"の「まさに」とみることになる。「まさにpassing breezeを暴く」、こうだ。

4."passing breeze"の意味
(i)"disclose"の目的語なのだから、暴く対象物なのだから、「吹きぬける微風」ではうまくない。
 そこで、"passing"は、 「過ぎ去ろうとしている」、「過去のものになろうとしている」という意味に理解しよう。
 "breeze"の意味はどうか。a微風、b.ごたごた、けんか  c.容易なこと、楽なこと d.風聞、うわさ。
 "b"を採用しよう。すると、"passing breeze"は、「過去のものになろうとしている、あのゴタゴタ続き」、「過ぎ去ろうとしている、あのゴタゴタにまみれた日々」というような意味にとれる(かなりコジツケがましいが仕方がない)。
       The lonely night discloses just a passing breeze.....

 ――妻 カーステンのいない、一人でいる孤独な夜は、いまや過去のものになろうとしているあのゴタゴタ続きだった日々のことを、まざまざと思い出させる――

 こういう意味になる(物語の最後では、夫のジョーは酒を絶って立ち直っているが、妻は中毒のまま巷を放浪している。二人の間の子、まだ幼い娘だが、それはジョーが引きとって育てている)。

(ii)上記の"d"風聞、噂と理解することもできる。その場合"passing"を「それとなく」という意味にとって、「それとなく聞こえてくる芳しくない噂を暴露する(その噂たるや、・・・・・・輝くような笑顔の想い出に満ちた噂だ)ということになる。一応、可能性として指摘しておこう。 

 ....... filled with memories of the golden smile that introduced me to the days of wine and roses and you.

5."golden smile"とは何か
(i)恋に落ちた当時のカーステンのそれか。
 いまや過去のものになろうとしている、あの「社交と快楽と、そして君という存在のいる日々」を過ごすきっかけになった、あの輝くような笑顔(会社で、秘書をやっていた当時の)
こういうことであろう。

(ii)構文の分析だが、 [introduced to "the days of wine and roses] and [introduced to you]、こういう構造だと思う。それが普通の考え方だ。
 「僕を、酒とバラの日々に、そして君に誘うきっかけになった笑顔」、こうだ。
  しかし、ここでは、 [introduced to <the days of "wine and roses" and you>]
 こういう構造のように訳したい。すなわち、「社交と快楽と、そして君という存在のいる日々」を過ごすきっかけになった・・・・・・。こう訳したい。

 ということで、"golden smile"は、溌剌と秘書役をこなしていた当時の、あるいは、その後の恋仲となって結婚した後、アルコール中毒に陥る前までを含めた、カーステンのものである(事のついでに述べておくと、知り合った当時、カーステンは絶対的禁酒主義者/teetotalerであった)。

■完成版日本語訳

     Days of Wine and Roses
                                               
  (m)Henry Mancini, (w)Johnny Mercer, 1962
The days of wine and roses
laugh and run away like a child at play
through a meadow land toward a closing door,
a door marked "nevermore" that wasn't there before.

The lonely night discloses
just a passing breeze filled with memories
of the golden smile that introduced me to
the days of wine and roses and you.


      酒とバラの日々
酒とバラの日々、そう、社交と快楽の日々は、
 こちらを振り向いて笑い、そして逃げていく。
 追いかけっこをしている幼児のように。
草原を通りぬけ、閉まりかかった扉の中に消え失せようと。
 扉には「二度と現れない」と書いてある。
 以前にはなかった扉だ。

君のいない孤独な夜は、
 過ぎ去ろうとしている出来事を暴いてみせる。
 輝くような笑顔の思い出に満ちた一連の出来事を。
そう、あの酒とバラ、社交と快楽、そして君のいた日々に、
 僕を誘った(
いざなった)ゴールデン・スマイル、君の笑顔、
 あの笑顔がきっかけで始まった出来事を。


■さて、出来栄えはどうか
 最強の日本語訳といえるか。
 いや、いえません、いえません、とてもとても。単なる私訳、試訳です。
 かなり、こじつけがある。独断に満ちている。

 やはり、後半部分は、文法にはこだわらず、仮定文として掲げたような構文と解釈して、次のように訳すのが無難かもしれない。
 偉そうな能書きを垂れまくっておいて逃げるようだが。

君のいない孤独な夜は、
君のあの輝くような微笑の、
  あの酒とバラの日々、社交と快楽の日々に、
  そして君に僕を誘った黄金の微笑の、
その想い出に満ちた微風のように、
そっと忍び寄ってくる。

 謙虚にいかないとな、世の中、それが一番。

[更新]
2011.4.22、21:40 ― 大幅に加筆して記事を完成させた(「未完」としていたが、これで完成したものとする) 
2011.4.23、9:00  ― 翻訳分析に関する記述を一部修正した。
2011.5.1、10:00 ― 項目番号の体裁を一部修正した。
2011.10.28、9:00 ― 掲げていた映画のYouTubeクリップ(予告編)が消されていることに気付いたので、別の投稿者による同じものと差し替えた。投稿日付を、2011.4.20→2011.4.21に直した。

 

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2011年4月19日 (火)

Days of Wine and Roses(酒とバラの日々)、歌詞の考察(前編) ― Vitae Summa Brevis Spem Nos Vetat Incohare Longam。歌詞の日本語訳を試みるには、何はともあれ、イギリスの詩人/作家Ernest Dowson (1867-1900)のこの詩(1896)がいかなるものなのかという考察をしなければなるまい。

2011.4.19
                                                                                                    ♪参考資料[歌詞翻訳曲目一覧/ページ相互リンク]
 作曲者も作詞者も、映画の題名が意味する暗示から、作品はまったく苦労することなく、一挙にできあがったという。
 ――映画の題名からして、メロディはすでに決まったようなものだった。どんな曲にするか、製作者側から注文なんかなかったよ。旋律が自然に浮かび、自然に転がり出たのだ。
 作曲者(Henry Mancini、ヘンリー・マンシーニ)はこういう。
 ――次々と言葉が浮かんできて、書き取るのが追いつかないぐらいだった。
 作詞家(Johnny Mercer、ジョニー・マーサー)はこう語る。
(JazzStandards.comから
Photo                              Henry Mancini                        Johnny Mercer

 そして、その題名というのは、そう、"Days of Wine and Roses"は、脚本家JP Miller(James Pinkeney Miller、ジェイムス・ピンクニー・ミラー)
が イギリスの詩人/作家Ernest Dowson (アーネスト・ドーソン、1867-1900)の詩(1896)、"Vitae Summa Brevis Spem Nos Vetat Incohare Longam"の一節からとったものなのである。

 すなわち、ミラーはこの映画(1962)の4年前に、CBSテレビの企画による"Playhouse 90"という名のアンソロジー(anthology/選集)シリーズ番組(1956-1961)のために同名のTVドラマ、"Days of Wine and Roses"を書いた。この、1958年に放映された90分ドラマは、ある会社の野心的な広報担当役員Joe Clay(ジョー・クレイ)と妻のKristen(クリステン、結婚前は同じ会社で秘書として働いていた)の結婚生活がアルコール中毒のために徐々に崩壊、破滅していく姿を鋭く描き出す問題作として人気を博したが、その題名をドーソンの詩からとったのである。
 その詩は、「デカダンス」生活を送るなかでアルコールに蝕まれて夭折した作者当人の心を詠ったものである。
 映画の台本は、このドラマの脚本を元にして、同じくミラーが書いたものである。

 したがって、この歌詞の日本語訳を試みる場合には、この詩の意味の考察が不可欠の前提条件となる。先行した話題作TVドラマからして、――もちろん撮影が進行中の映画の内容からもそのことは分かるわけであるが――、作曲家も作詞家も、題名の意味するところを充分に知っており、その脈絡のなかで作品を仕上げたとみてよいからである。

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■Earnest Dowsonの詩
Vitae Summa Brevis Spem Nos Vetat Incohare Longam
   (The brief sum of life forbids us the hope of enduring long)
 

    They are not long, the weeping and the laughter,
    Love and desire and hate;
    I think they have no portion in us after
    We pass the gate.

    They are not long, the days of wine and roses:
    Out of a misty dream
    Our path emerges for a while, then closes
    Within a dream.


      人生は、しょせん儚い(はかない)、長くは生きられぬ
泣くのも、笑うのも、長くは続かない。
愛も、欲望も、憎しみも、
三途の川を渡るまでのこと、
あの世ではすべて消える。

ワインとバラの日々(
社交と快楽の日々)は、長くは続かない。
その日々への経路は、霧のようにもやっとした夢のなかから現れ、
しばらく留まり、そして門を閉ざす。
再び、夢に消え去ってしまう。

          (詩はWikipediaからの引用。題はラテン語である語訳ココからの引用。日本語訳は当ブログ主独自のもの)

 Photo_3 ドーソンは、オックスフォードのQueen's Collegeを中退後、家業の乾ドック業に従事しながら文筆活動にも手を染めていた。父親が結核で亡くなり、母親も結核を苦に首吊り自殺。その後退廃的な生活を送るなかでアルコール中毒に陥る。乞食同然の日々を過ごしているところを友人に助けられたが、32歳で死んだ。23歳のときに、ポーランド人食堂経営者の娘、11歳の少女に恋をした。しかし、相手は、19歳になったときに食堂の階上に住む洋服仕立屋と結婚してしまう。ドーソンはこの失恋で深く傷ついたという。
   右の写真がドーソン(Wikipediaから)








Tv2                   1958年TVドラマ「酒とバラの日々」(Wikipediaから)

Photo_2       1962年映画 「酒とバラの日々」のYouTube画面合成
     Jack Lemmon(夫、Joe Clay、警察署独房に拘束収容された姿)とLee Remick(妻、Kirsten Arnesen Clay、絶対禁酒主義者だった女性がこの姿に)

―― 「後篇」に続く ――

[更新] 2011.4.21、18:40 ― 1962年映画の画像(最下段)を差し替えた。


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