♪カントリー、シャンソン

2014年1月24日 (金)

♪Wreck of the Old 97(97号列車の脱線事故)というカントリー曲を知った。周辺情報を調べた。えらく興味深く、雑学増大にも大いに役だった。曲の歌詞と日本語訳を掲げ、知り得た雑学のおすそ分けをしよう。

2014.1.17
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James Lee Burke(ジェイムズ・リー・バーク)の世界。おびただしい風景描写、カントリー/ジャズ音楽への深い造詣、南部ルイジアナの沼地、河、川、人工水路に、モンタナの渓流に登場する魚たち――1978年の異色純文学風作品"The Lost Get-Back Boogie"を素材に語る(Part-xxx)。
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 こういうシリーズ記事を書いてきている(→相互リンク機能を付した記事一覧 )。
 その"Part-13、最終場面で(物語の最後に非ず )、 
主人公アイリー(Iry Paret、30歳)がWreck of the Old 97(オールド97の脱線事故)というカントリー曲を弾く。
「注」

  "Ole 97"、"Ole' 97"と表現する例も多く、著者Burkeも"Ole 97"としている。OleまたはOle'はOldの南部的俗表現である。また、著者は "The Wreck of the Ole 97"と、"The"を付しているが、Wikipediaに倣って付けないことにする500万枚売れたという1924年のVictorレコード盤の表示でも(↓に下に画像)、"The"はない。

 モンタナ
州、北部ロッキー山脈西側、Bitterroot Valley(ビタールート)の牧場で、穴を掘ってフェンス支柱を立てるという作業を朝から午後遅くまでやり、牧場正面から斜面底部沼地まで完成させるという目標を達成し、肉体的疲労は感じるが、「まっとうな仕事」をした、という充実感に浸りながら山小屋に戻り、小屋の裏手の渓流で「夕まずめ」時に喉裂き鮭(Cutthroat troute見よ )を釣り、小屋の主人、ムショ友達、アンゴラ(ルイジアナ州刑務所見よ )で知り合った友がニンニク胡椒風味で魚をバター焼きしているあいだ、缶ビールとピックギターを手に正面ポーチに出て、弾く。
 情感溢れる描写のなかで作者が弾かせる曲だ。
 「どんな曲か」。
 当然こうなる。
 そこで、YouTubeで聴き、周辺情報を調べた。
  わあ! 実におもしろい。
 事故がおもしろいといってるんじゃないよ、不謹慎にそんなことをいっているのではない、歌がおもしろいんだ、念のため。

 歌詞と日本語訳を掲げておく、併せて、仕入れた周辺情報を披露しておく。
                                 
 ♪参考資料[歌詞翻訳曲目一覧/ページ相互リンク]


                   Wreck of the Old 97
                              Lyrics: Fred Jackson Lewey, Charles Noell
                  Melody: "The Ship That Never Returned"(by Henry Clay Work, 1865)

Well they gave him his orders in Monroe Virginia,
Sayin "Steve you're way behind time,
This is not 38, this is Ole' 97,
You must put her into Spencer on time."

So he turned around and said to his black greasy fireman
To shovel on a little more the coal.
And when we cross that White Oak Mountain
You can watch ole' 97 roll.
.........................................................
It's a mighty rough road from Lynchburg to Danville.
It's a line on a three mile grade.
It was on that grade that he lost his airbrakes.
You can see what a jump he made.
      
(↓Jhonny Cash/ジョニー・キャッシュはこの部分を次のように唄う。↓YouTubeビデオ)
    
Then a telegram come to Washington station.
        And this is how it read.
       "Oh that brave engineer that run old Ninety-Seven,
        He's a-lyin' in old Danville dead".

.......................................................................

He was goin' down that grade makin' 90 miles an hour.
When his whistle broke into a scream,
He was found in the wreck with his hand on the throttle,
Scalded to death by the steam.

So ladies you must take warnin'
From this time on and learn.
Never speak harsh words to your true lovin' husbands.
They may leave you and never return.

I said ladies you must take warnin'
From this time on and learn.
Never speak harsh words to your true lovin' husbands.
They may leave you and never return,
They may leave you and never return.

                        
 (Wikipediaから。但し、カンマ、ピリオドは当ブログ主による)

                             オールド97の脱線事故 (97郵便急行の脱線事故)
あのな、バージニア州モンローで、司令部は男に指示したんだ。
時刻表に遅れてるからなと、
38便じゃないぞ、泣く子も黙る97便だぞと、 
スペンサーに時刻表通り到着しろと、
スティーブにそう言った。

そこで、機関士はあちこち見まわし、
振り向いて言う、油汚れの黒人火夫に、
石炭をもっとくべろと。
 やがて、ホワイト・オーク・マウンテンの峠を越えると、
列車は転がるように突き進む。
.....................................................................
リンチバーグからダンビルまでは、難所だらけのきつい線路だ、
事故の場所、そこは三マイルの下り坂。
エアブレーキが効かなくなったのはその坂だ。
当然だ、列車はジャンプして転落した。

  (↓Jhonny Cash/ジョニー・キャッシュはこの部分を次のように唄う。↓YouTubeビデオ)
     そして、ワシントン駅に電報が入った。
     こうだ。
     「あの勇敢な機関士、Old 97を運転していた男、
     彼はダンビルで横たわっている。死体で」。

....................................................................

スティーブは、時速90マイル、下り坂を突き進む。
汽笛がブレーキ悲鳴に変わり、
男は、機関車残骸の中で死んでいた。
 スロットルに手をかけたまま死んでいた。
蒸気で死んだ、蒸し焼きにされて死んだ。

 ハハ、だからな、カアチャンたち、
分かったろう、教訓だ、
これからはな、可愛い亭主にな、
 荒々しく迫っちゃ駄目だぜ、うん、何をってか・・・アレ、アレよ。
家を飛び出して、戻ってこないかもしれないから。

  いいかい、カアチャンたち、
分かったろう、教訓だ、
これからはな、可愛い亭主にな、
 荒々しく迫っちゃ駄目だぜ、うん、何をってか・・・アレ、アレよ。
家を飛び出して、戻ってこないかもしれないから。
家出して、戻ってこないかもしれないから。

[翻訳検討など]
1.作詞/作曲
  歌詞は、Fred Jackson Lewey, Charles Noell とした。
 「その歌、俺が作ったんだ」として著作権争いがあったが、連邦最高裁判所で決着がついた。後で詳述する。
 メロディは、1865年にHenry Clay Worという人が作った"The Ship That Never Returned"(「二度と戻らなかった船」の意)という曲のそれを借用しているのだという。
  後で再度触れる。

2."This is not 38, this is Ole' 97"
      (38便じゃないぞ、泣く子も黙る97便だぞと)
  「38」、「97」というのは、その列車が従事する業務を区別するための番号だという。つまり、旅客列車、貨物列車、特殊貨物、郵便列車、各々につき、鈍行、急行、特急、超特急郵便、諸視点からのさらなる細分化といった業務区別、それを表わす番号である。
  この点に関して、機関車の型式(技術仕様)を示す「機関車番号」というのがあるが、それではないという。この機関車は、1102型機関車だった(ココから。そのwebページの記述の一部を後掲)。
 
 Wikipediaによれば、この"97"列車の正式名称は"Fast Mail"(郵便特急、郵便急行、速達郵便列車)だという(見よ)。
 Old 97(Ole 97')という愛称、俗称で呼ばれたのは、次のような用法によるものであろう。 すなわち、My old man went to New York...(おれの親父、わたしの亭主/旦那)とか、"You, old boy, can't you see ......"(おい、お前.......)」と友人などにいう場合の"old"、親しみの意味を込めた"old"であろう(「老いた」とか「古い」という意味とは直接的には関係しない)。

 なお、「泣く子も黙る97便だぞ」としたのは次の理由による。
 すなわち、この列車は、「絶対に遅れない列車、遅れた試しがない列車」という異名をとっていたのである。

3."he lost his airbrakes"
  (エアブレーキが効かなくなった)
  列車のエアブレーキ(圧縮空気ブレーキ)とは、「空気圧縮機で『元空気タンク』と呼ばれるタンクに圧縮空気を溜めておいて、運転席のブレーキ弁でブレーキ力を制御する仕組みのブレーキである(ココから)。

4.Scalded to death by the steam.
 (蒸気で死んだ、蒸し焼きにされて死んだ)
 汽笛の悲鳴と物音と舞い上がる埃で事故を知り、近隣住民が駆け付けた。何体かの遺体を車体残骸から引き出そうとした歳に、皮膚というか肉というか、それが、ペロリと、というよりも「ズルーッと」という表現の方がいいか、とにかく、剥けた(むけた)、骨から剥がれたという情報がある(ココ)。
 そこで、英文は単に「蒸気で火傷(やけ)死んだ」 となっているのだが、「蒸し焼きにされて死んだ」を加えた。
 機関士、スティーブ当人だが、彼は救助隊が到着した際にまだ生きていたという説もある。すなわち、横転した機関車の運転席で構造物に足を挟まれ身動きできない状態であり、脚を切断して助けようとしたが間に合わず、上から垂れてくる熱湯で火傷(やけ)死んだとする。

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 上記「38 vs 97」について情報を仕入れたWebページの記述の一部を掲げておく。
[Answers]
The numbers "38" and "97" were Train numbers on the schedule, not locomotive numbers. Mail train #97 was an important mail train from Washington DC to Atlanta, GA. The mail contract was lucrative ($140,000 per year) but the Southern had a substantial monetary penalty for each minute the train was late. Hence, "you MUST bring put her in Spencer on time."


[返答]
  「38」、「97」という数字は、従事業務を区別するための列車番号であり、機関車の型式番号ではありません。「郵便列車97号」は、ワシントンDCと ジョージア州アトランタを結ぶ重要な郵便列車です。郵便物輸送契約は非常に儲かる仕事でした(年間140,000ドル)。しかし、Southern社(引 用者「注」―Southern Railway社)としては、列車の遅れ時間に対して多額の違約金を支払わなければならないことになっておりました。
 列車をスペンサーに時刻表どおりに、「何が何でも」到着させろ、と指示されたのは、この故なのです。
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Wreck of the Old 97 Johnny Cash (歌詞付き)
 
 (バカでかいサイズにしたが、事故状況がよく分かるようにするためである)

Old97

  [上から下に順に、Washington D.C.(楕円)、Monroe(バージニア州、四角)、事故現場(州境に近いDanvilleという町のそば、小楕円X印)、Spencer(ノース・カロライナ、四角)、Atlanta(楕円)]


971
  ↑
Stillhouse Trestle(スティルハウス構脚の事故現場。「構脚」とは、架台としての堅固な枠組みのことである(見よ)。下り坂の終点あたりが4フィート(1.2m)高さの構脚上を走るようになっており(雑木林のような場所を走り抜けていたようだ)、上の事故現場画像に見る鉄橋に続いていた。この鉄橋はStillhouse Branch(スティルハウス支流)という谷川(峡谷)にかかるもので、列車は鉄橋に入りきれず、谷に転落した。こういうことのようだ。。
 事故の知らせに、近辺の人が救助や見物に集まった。下段左画像は、日曜日の正装をした婦人たちが、救助支援をしているところ。下段真ん中が事故現場の現状。現在は構脚は存在しない。歴史的な鉄道事故現場であることを示す表示板が立っている

 上段左端は、現場から回収して修理した後に再び仕事に就いた機関車、――別路線で就業したのだというが――その機関車のことを報じた、雑誌かなんかの記事、あるいは、博物館資料。

2
                         Lynchburg(上)とDamvill(下)の間の線路は難所続きだったという。Google地図でこの場所を拡大すると、その様子がよく分かる。
                 ずっと、峡谷の中を走っている。

[1102型機関車]
  Old 97列車の機関車は、1102型機関車だった。「4-6-0」形式の10車輪機関車である。その1102機関車は、事故からほんの10ヶ月前にフィラデルフィアのBaldwin Factory(ボールドウィン工場)から納入されたばかりの「新車」であった。

97             (↓下のYouTubeビデオ、アマチュア歴史愛好家による「The Wreck of the Old 97」から)


[1102型機関車]

2011             (1102機関車。↓下のYouTubeビデオ、アマチュア歴史愛好家による「The Wreck of the Old 97」から。

2011_2

      (同じく1102機関車。Southern Railway社は、事故破損機関車を現場から回収して修理した。
      その再生機関車は1930年まで働いた。画像は、修理後の姿だという(ココから)
 

[4-6-0形式]460_5
 
  [4-6-0構造。先輪(leading wheels) → 2x2=4連結駆動輪(Powerd-and-coupled-driving wheels) → 2x3=6
                      従輪(Trailing wheels) → 0]

460_6              [先輪(leading wheels)(赤枠) - 2x2=4車輪は、駆動はしない。カーブ走行制御と
                             ボイラー前部支えの役割をする] (画像はWikipediaから。但し、向きを変えてある)

4600               [従輪(Trailing wheels)。重い負荷を引っ張っての発進時など、臨時の追加動力を必要とする場合に使用する駆動車輪。
                             論じているOld 97、すなわち1102型機関車には備わっていない。すなわち、"0"]
                                  (画像はWikipediaから。
但し、向きを変えてある)

460                      [連結駆動輪。画像はWikipediaから。但し、向きを変えてある]


Wikipediaからの情報

  (記述の一部分を掲げる)
概略
 "Old -97"列車はSouthern Railway(サザン・レイルウェイ)社の列車で、正式名称を"Fast-Mail"(速達列車)という。ワシントンDCとジョージア州アトランタ(Atlanta)を結ぶ列車便で、1902年12月に運行を開始した。
 1903年9月27日、バージニア州(Virginia)のMonroe(モンロー)駅からノース・カロライナ州(North Carolina)のSpencer(スペンサー)駅に向かう途中で、列車はStillhouse Trestle(スティルハウス構脚。州境近くにDanvilleという町があり、その近く)で脱線事故を起こした。
  この脱線事故に基づいて有名な鉄道歌謡が世に現れた。その歌は複雑な著作権訴訟の対象になったが、カントリー音楽の分野で人気となった。

事故
 1102型機関車を運転していた33歳の機関士Joseph A. Broady("Steve")/ジョセフ A. Broady(愛称「スティーブ」)が、列車の遅れを取り戻してスペンサー駅に時刻表どおりに到着させようとして、高速で運転している途中で起きた。
 その日、Old 97列車はワシントンDCを出発した時点で遅れを出しており、モンローに着いた時点で、1時間の遅刻となっていた。モンローで乗組員が交代し、17人が乗ってそこを出発した。機関士(運転手)スティーブもここで乗りこんだ。
 列車がバージニア州Lynchburg駅(リンチバーグ)に到着したときに金庫係が一人乗り込んだので、事故時には総勢18人であった。
 11人が死亡し、7人が負傷した。

  モンロー駅においてスティーブは、「速達列車」をスペンサーに、そこまで166マイルの行程だが、時刻表どおりに到着させよと命じられていた。モンロー/スペンサー間の所定所要時間は4時間15分に設定されていた。平均速度に換算すると、時速39マイル(62.4キロ)である。一時間の遅れを取り戻すためには、51マイル(82キロ)で走らなければならない。スティーブは、通常なら停止することになっているFranklin(フランクリン)ジャンクション(連絡駅)を、その速度で走り抜けろと命じられていた。

 モンローとスペンサーの間は起伏の多い地形で、坂道と半径の短い急カーブとの組み合わせにより、危険な地点がいっぱいある。
  機関士に対して速度に気をつけるように促す表示が各所に掲げられている。しかし
遅れを取り戻そうと懸命なスティーブは、急速度で急勾配を駈け下りようとした。勾配の終着点は4フィートの高さのStillhouse構脚であり、それはStillhouse Branch(スティルハウス支流)をまたいでいる。
 構脚に導くカーブに入ってきたとき、充分にスピードを落とすことができなかったために、列車の全車両が脱線してしまい、下の谷間に突っ込んでしまった。

 脱線墜落後に発生した炎が猛烈な勢いで広がったために、木製車両の残骸は跡形もなく燃え尽きてしまった。地元消防隊は、消火するのに非常に苦労した。焼失のために現場検証の手掛かりがなく、目撃者もほとんどいないので、原因究明は大いに制約された。最終的には、9人が死亡したと結論づけられた。
 郵便物は一部しか残らなかった。そのなかには数羽のカナリアの入った大きな鳥かごがあり、鳥たちは飛び去ってしまった。
1102機関車は回収され、修理された後、1935年に廃棄処分されるまで働いた。


 事故の翌日、Finely副大統領が声明を発し、次のように述べている。
 「列車は2両の郵便車両で構成されていた。一両は速達便、他は郵便物を収納するための貨物車両である――中略――。目撃者全員が一致して述べるところによると、列車は構脚に時速30から35マイルで近づいていったそうである」。

 サザン・レイルウェイ社は事故の原因は機関士ブローディにあるとし、時刻表を守るために可能な限り速く走れと会社側が命じたことの非は無視している。スティルハウス構脚に至る下り坂を時速70マイル(112キロ)超の速度で下っていったと述べている。
 これに対し、数名の目撃者は、50マイル(80キロ)ぐらいであったとする。
 いずれにせよ、会社は、少なくとも、部分的責任を負うべきである。郵便物輸送について("Fast Mail"という列車名はそこから来ている)国営郵便事業と利益の多い契約を交わしていたのであるから。すなわち、契約に盛り込まれている運送遅滞違約金支払条項からして、スペンサー駅への遅刻にもそれが適用されることになっていたからである。Fast Mail列車を運転していた機関士たちは、常にプレッシャーを感じていたのではないか。郵便運送遅滞の違約金を会社が支払う事態が起きないように時刻表どおりに運行しなければならない、というプレッシャーを。
 おそらく、そう結論付けることが許されよう。

  Old 97列車は1903年4月にも別の事故を起こしている。ワシントンDC午前8時発ニューオリンズ行き。ノースカロライナ州Lexington(レキシントン)で軌道上の石とぶつかり、脱線して溝に落ちた。機関士と火夫が死亡した。
 列車を牽引していた機関車の型式は不明だが、1102ではない。1102は、まだ導入されていなかった。

カントリー曲
 事故は歌謡歌手の心を惹いた。最も有名なものは、最初に商業録音された演奏で、バージニア州のミュジッシャンG. B. GraysonHenry Whitterによるものである(↓下にYouTubeビデオ)。
 1924年にVernon Dalhart版が出た(Victorレコード番号19427)。それは、米国レコード業界カントリィ・ミュージック分野での最初のミリオンセラーだといわれることがある(下にYouTubeビデオ)。
 それ以来、大勢の奏者が手掛けている。

  Lynchburg(リンチバーグ)近辺の鉄道従業員、船乗り稼業の人々、モンタナ州に住む感傷的なカウボーイたちのあいだで非常に人気を博した。
 バンジョーとフィドルをバックに、歌詞が入る。態様はさまざまだ。唄われ、呟かれ、裏声で唄われ、口笛混じりで唄われ、ムニャムニャ唸られ、朗読され、あるいは詠じられる。

 歌はHenry Clay Work(ヘンリー・クラーク・ワーク)が1865に作曲したThe Ship That Never Returned(ザ・シップ・ザット・ネバー・リターンド「「二度と戻らぬ船」の意)のメロディーで唄われる。
 このメロディを借用した歌曲は数多くあるという。作者ワークは、「大きな古時計」(My Grandfather's Clock)の作曲者として知られている。

<著作権問題>
 歌詞は当初Fred Jackson LeweyとCharles Noellの共同作詞によるものだとされていた。
Leweyは事故の翌日に書いたと語っている。死亡した二人の火夫のうちの一人が従兄のAlbion Clappだったという。Leweyは構脚の土台になっている地の綿花工場で働いているといい、事故現場に行って犠牲者らを残骸から引き出す作業をしたと語っている。
 その原歌詞をミュージッシャンのHenry Whitter(最初に吹き込んだ歌手/奏者。見よ↓YouTube) が磨いて、Dalhartが唄った版となった。

 ところが1927年に、"Wreck of the Old 97"はDavid Graves Georgeが作詞したものであるという異議が申し立てられた。
 すなわち、1924年にVictor Talking Machine Company(ビクター)社から、この曲のレコードが発売され、よく売れた。それに対して、David Graves Georgeが作詞権を主張して著作権侵害で裁判所に訴えたのである。
 当人は地元住民であり、現場に駆けつけた者の一人である。職業は制動手(ブレーキ係)兼電報係で、唄うことが趣味であるという。目撃した悲劇に触発されて詩を書いた。こう語る。
 長らく決着がつかなかったが、1933年になって、John Boyd判事が、訴えを認め、最終的に原作者はDavid G. Georgeである旨を宣言した。
 これを受けて、ビクターはデイビットに利益の一部を支払わなければならなくなった。レコードは500万枚売れた。デイビッドは、65,295ドル程度を受け取ったという。

 ビクターは3回上訴した。第1、2の上訴審では、裁判所は訴えを退けてデイビットの勝訴とした。第3の審理、アメリカ合衆国連邦最高裁判所は、下級審判決を覆し、ビクター社に著作権があるとした。

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1923 - Henry Whitter - "Wreck of the Old 97"
   唄ヘンリー・ウインター(この曲が世に出た初レコード)

 Tube投稿者の解説によると、Okeh Records社への吹き込みだという(78回転ビニール盤)。
2007.11.20にネット上でWFMU (www.wfmu.org)によってレコードが再演された由で、それを録音したものだそうだ。G.B. Graysonが演奏に加わっているのかいないのか、肯定否定両説があり、投稿者としてはどちらなのか判定しえないが、MFMUは肯定しているという。
 "WFMU"とは何か、と上記アドレスをたどってみると、ニュージャージー州所在の非営利ラジオ局であった(
マンハッタン南端部の対岸あたりにあるという)

WRECK OF THE OLD 97 by Vernon Dalhart 1924
  唄バーモン・ダルハート(このレコードがきっかけになって、作詞著作権侵害訴訟が提起された)

Photo_2 Victor Talking Machine Companyからの1924年レコード (唄、Vernon Dalhart)カントリー界初のミリオンセラーだという(上の著作権紛争関連記述では、500万枚売れたとしている)。


■The Wreck of the Old 97
  (地元のアマチュア歴史愛好家が事故の内容を語る。必見!)

    (聴き取りを試み、語りの日本語訳を後日掲げる、まあ、うまくいけばだが)


 

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2013年3月15日 (金)

♪歌詞翻訳曲目一覧表 ― ジャズ・スタンダード、カントリー、ロック、シャンソン、その他、掲載記事総覧。

2013.3.15
 これまで、折々、ジャズ・スタンダード曲などの歌詞翻訳を試み、その「成果物」と関連調査結果、資料、データなどを記事として載せてきた。
 当ブログ主は、「唄う修行を楽しみながら」生活しているのだが、我がレパートリーに取り込むために「翻訳」、「歌詞解釈」ということをやってきたわけである。歌を唄うには、「上手く」唄うには、その詩の意味を知らなきゃいけないからね。
 あるいは、掲載しようとする記事の題材との絡みで歌詞翻訳に及んだこともある。

  と、まあ、そんなことなんだが、手がけた曲の数が増えてきたので、一覧表を作ることにした。リンクを張って各記事に飛べるようにする。([LK]をクリック)
 曲が増えるたびに表を更新していく。 

[追記]
  なお、
   <<<♪ジャズ・スタンダード(Jazz Standards)とは何か、その1その2その3>>>
 という記事を掲げているので適宜参照されたい。
 「その3」は、ジャズ・スタンダード曲リスト(A - Z、全1089曲)である。

◆◆◆◆◆◆◆◆
                 翻訳曲一覧表 
Ace In The Hole(1909年曲) [LK] 2013.5.22
All Of Me [LK] 2012.4.11
Aint' Misbehavin' [LK] 2012.1.28
Am I Blue [LK] 2010.9.22
April Showers [LK] 201.0.4.6
A-Tisket A-Tasket [LK] 2013.10.9

Backwater Blues [LK] 2010.10.30、[LK]2011.4.8
Blackboard of My Heart [LK] 2012.4.2
Blues My Naughty Sweetie Gives to Me [LK] 2012.3.3
But Not For Me [LK] 2010.8.11
Bye Bye Blackbird [LK] 2012.5.2

Call Me Darlin' [LK] 2012.4.2、[LK] 2012.12.25
Chicago (That Toddlin' Town) [LK] 2011.7.15
Chinatown My Chinatown [LK] 2010.9.29

Darn That Dream [LK]  2013.3.16
Days of Wine and Roses [LK] 2011.4.21
Doctor Jazz [LK] 2011.6.29
Don't Get Around Much Anymore [LK] 2011.6.8
Down by the Riverside [LK] 2010.7.6、[LK] 2012.4.12
Do You Know What It Means to Miss New Orleans [LK] 2012.7.5

Going to Chicago [LK] 2011.5.23、[LK] 2011.5.25

I'll Remember April [LK] 2013.10.15
I'm Gonna Sit Right Down and Write Myself a Letter [LK] 2012.2.17
In the Wee Small Hours of the Morning [LK] 2011.5.25
I Shot the Sheriff [LK] 2011.7.29
It's a Long Way to Tipperary [LK] 2012.4.22
It's Only a Paper Moon [LK] 2012.4.24、[LK]2012.4.27
It's Tight Like That [LK] 2012.3.8
I've Found a New Baby [LK] 2013.6.6
I Want a Little Girl [LK] 2011.5.15

Just Friends [LK] 2012.2.27

Les Feauilles Mortes [LK] 2011.9.19 [LK] 2011.9.21 [LK] 2011.9.25
Lonesome Road, The [LK] 2012.3.26
Lost Highway, The [LK] 2013.4.29
Love Me or Leave Me [LK] 2010.12.16、[LK] 2010.12.21

Mean to Me [LK] 2010.12.15
Menphis Blues [LK] 2011.4.7
My Foolish Heart [LK] 2012.10.29
My Funny Valentine [LK] 2011.2.13, [LK] 2011.2.18, [LK] 2011.2.23, [LK] 2011.2.26, [LK] 2012.2.27, [LK] 2022.3.3
My One And Only Love [LK] 2012.1.5

Nearness of You, The [LK] 2013.3.27
Night and Day [LK] 2013.4.23
Night Has a Southand Eyes, The  [LK] 2012.3.23
Nobody knows you when you down and out. [LK] 2010.5.8 [LK]  2012.1.31
No Moon at All [LK] 2011.6.21

Octpus Garden [LK] 2010.7.16
On a Rainbow [LK] 2012.4.18 (2012年ロンドンOly/Para曲)
On a Slow Boat to China [LK] 2010.9.29 [LK] 2012.3.28
On the Sunny Side of the Street [LK] 2013.8.26

Poor Butterfly
[LK] 2012.2.23

Sharp Dressed Man [LK] 2013.3.6
Singin' the Blues [LK] 2012..2.7
Someday Sweetheart [LK]  2012.4.30
Some of These Days [LK] 2012.7.30
Someday You'll be Sorry [LK] 2012.4.30
Something's Gotta Give [LK]  2012.1.17
Star Dust [LK] 2012.5.19
Sweet Lorrainie [LK] 2012.2.24

Tight Like This [LK] 2012.3.8


What a Wondweful World [LK] 2014.8.24
When It's Sleepy Time Down South
[LK] 2011.1.27

White Christmas (LK] 2014.12.18
Wrap Your Troubles in Dreams [LK] 2010.6.4
Wreck of the Old 97, The [LK]2014.1.17
World is Waiting for the Sunrise, The [LK] 2011.1.1

Yesterdays [LK] 2011.5.3
You Go to My Head [LK ] 2011.1.5、[LK] 2011.5.5
You'd be so Nice to Come Home to [LK] 2012.1.24、 [LK] 2012.12.7

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2011年9月25日 (日)

♪「枯葉」-その3。 Les Feuilles Mortes(レ・フイユ・モルト) ―― フランス語歌詞全訳(第2バースまで)。日本語訳の白眉を目指したが。

2011.9.25
                                                                              ♪参考資料[歌詞翻訳曲目一覧/ページ相互リンク]
 2011.9.21記事、「枯葉―その2・・・・・・」の続きである。その記事を未完成のまま終わらせていたのだが、補完部分を埋め込むと記事のサイズがばかでかくなるので、独立させることにした。
-----------------------------
     [2013.4.8追記] 関連記事のつながりを掲げておく。
   2011.9.19
   ♪「枯葉」―その1。 Les Feuilles Mortes(レ・フイユ・モルト)、シャンソン --  第2バースまで唄っている完全版を探した。
   2011.9.21
   ♪「枯葉」-その2。 Les Feuilles Mortes(レ・フイユ・モルト) --  フランス語歌詞の独自日本語翻訳を試みる
         (第2バースまで)、4者の仏英翻訳を土台にして。
   2011.9.25
   ♪「枯葉」-その3。 Les Feuilles Mortes(レ・フイユ・モルト) ―― フランス語歌詞全訳(第2バースまで)。
     日本語訳の白眉を目指したが。

    2011.9.28
      ♪「枯葉」―その4。Autumn Leaves ― ディジィ・ガレスピーとチェット・ベイカー

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◆◆◆◆◆◆◆◆
■フランス語原詩
      
Les Feuilles Mortes
              作曲 Joseph Kosma, 1945
              作詞 Jacques Prévert, 1946

(バース)
Oh! je voudrais tant que tu te souviennes
Des jours heureux où nous étions amis
En ce temps-là la vie était plus belle,
Et le soleil plus brûlant qu’aujourd’hui
Les feuilles mortes se ramassent à la pelle
Tu vois, je n’ai pas oublié...
Les feuilles mortes se ramassent à la pelle,
Les souvenirs et les regrets aussi
Et le vent du nord les emporte
Dans la nuit froide de l’oubli.
Tu vois, je n’ai pas oublié
La chanson que tu me chantais.

(コーラス)
C’est une chanson qui nous ressemble
Toi, tu m’aimais et je t’aimais
Et nous vivions tous deux ensemble
Toi qui m’aimais, moi qui t’aimais
Mais la vie sépare ceux qui s’aiment
Tout doucement, sans faire de bruit
Et la mer efface sur le sable
Les pas des amants désunis.

(第2バース)
Les feuilles mortes se ramassent à la pelle,
Les souvenirs et les regrets aussi
Mais mon amour silencieux et fidèle
Sourit toujours et remercie la vie
Je t’aimais tant, tu étais si jolie,
Comment veux-tu que je t’oublie?
En ce temps-là, la vie était plus belle
Et le soleil plus brûlant qu’aujourd’hui
Tu étais ma plus douce amie
Mais je n’ai que faire des regrets

Et la chanson que tu chantais
Toujours, toujours je l’entendrai!

(コーラス)
 ――上に同じ――


■異なる訳者による4つの英語訳
      (イ)Coby Lubliner(黒)
       (ロ)lylicstranslate.com(青)    
       (ハ)"Tom the piper's son"というページ(赤)     
           (ニ) johnnymercer.com (by Patrick AUZAT-MAGNE)()
(イ)
Oh, I would like you so much to remember
Those happy days when we were friends, and how
Life in those times was more lovely and tender,
Even the sun shone more brightly than now.
Dead leaves are gathering as in December
You see how one never forgets...
Dead leaves are gathering as in December,
Just like the memories and the regrets.
And then the north wind comes and sweeps them
Into oblivion’s icy night.
You see how I never forgot
That old song that you sang for me.

REFRAIN :
 
A song like us, birds of a feather,
You loving me, me loving you,
And we lived happily together,
You loving me, me loving you.
But life tears apart gentle lovers
Who quietly obey their heart,
And the sea invades the sand and covers
The footsteps of those torn apart.  
 
Dead leaves are gathering, dead leaves are piling
Up just like memories and like regrets.
But still my love goes on quietly smiling
Thankful for life and for all that it gets.
I loved you so, you were ever so lovely,
How can I forget?  Tell me how!
Life in those times was more sweet and beguiling,
Even the sun shone more brightly than now.
You were my most sweet friend and lover,
But regret just isn't my thing,
And I’ll keep hearing all the time
The old song that you used to sing.  
 
REFRAIN  

***********************************************
(ロ)
                 Fallen leaves
Oh I would like you so much to remember
The joyful days when we were friends.
At that time, life was more beautiful
And the sun burned more than it does today.
Fallen leaves can be picked up by the shovelful.
You see, I have not forgotten...
Fallen leaves can be picked up by the shovelful,
So can memories and regrets.
And the north wind takes them
Into the cold night of oblivion.
You see, I have not forgotten
The song you used to sing me.

(chorus)
This song is like us.
You used to love me and I used to love you
And we used to live together,
You loving me, me loving you.
But life separates lovers,
Pretty slowly, noiselessly,
And the sea erases on the sand
The separated lovers' footprints.

                           (第2バースは省いている)
*************************************

●(ハ)
Oh I wish so much you would remember
those happy days when we were friends.
Life in those times was so much brighter
and the sun was hotter than today.
Dead leaves picked up by the shovelful.
You see, I have not forgotten.
Dead leaves picked up by the shovelful,
memories and regrets also,
and the North wind carries them away
into the cold night of oblivion.
You see, I have not forgotten
the song that you sang for me:
 
It is a song resembling us.
We lived together, the both of us,
you who loved me
and I who loved you.
But life drives apart those who love
ever so softly
without a noise
and the sea erases from the sand
the steps of lovers gone their ways.

                                        (第2バースは省いている)
***********************************

●(ニ)
       Oh! I would like as much as you remember
        The happy days where we were friends.
        In this time the life was more beautiful,
        And the sun more burning than today.
        The dead leaves collected with the shovel.
        You see, I did not forget...
        The dead leaves collected with the shovel,
        The memories and the regrets also
        And the wind of North carries them
        In the cold night of the lapse of memory.
        You see, I did not forget
        The song that you sang me.
       
        [ Refrain: ]
        This is a song which resembles to us.
        You, you loved me and I loved you
        And we lived both together,
        You who loved me, me who loved you.
        But the life separate those which love themselves,
        All softly, without making noise
        And the sea erases on the sand
        The Steps of  divided lovers.
       
        The dead leaves collected with the shovel,
        The memories and the regrets also
        But my quiet and faithful love
        Smiles always and thanks the life
        I loved you so much, you was so pretty.
        Why do you want that I forget you ?
        In this time, the life was more beautiful
        And the sun more burning than today.
        You were my softer friend
        But I don't have only to make regrets
        And the song than you sang,
        Always, always I will hear it !
       
        [ Refrain: ]


■4者仏英翻訳の比較
 4人のものを相互に比較しながら、「正しい」原詩解釈に迫ってみよう。
   4者の翻訳を(すでに上でやっているように)、次のように色分けして示す。
     (イ)Coby Lubliner(黒)
       (ロ)lylicstranslate.com(青)    
      (ハ)"Tom the piper's son"というページ(赤)     
        (ニ) johnnymercer.com (by Patrick AUZAT-MAGNE)()
   バース、コーラス、第2バースの区分単位で対比を示すのではなく、各区分を、さらにいくつかのブロックに細分する。
  
[バース]     
()Oh, I would like you so much to remember
Those happy days when we were friends, and how
Life in those times was more lovely and tender,
Even the sun shone more brightly than now.
()Oh I would like you so much to remember
The joyful days when we were friends.
At that time, life was more beautiful
And the sun burned more than it does today.

()Oh I wish so much you would remember
those happy days when we were friends.
Life in those times was so much brighter
and the sun was hotter than today.

()Oh! I would like as much as you remember
The happy days where we were friends.
In this time the life was more beautiful,
And the sun more burning than today.


<<<<検討>>>>
(1)「イ」の構文は、「想い出せ」とする対象が、2つないし3つになっている。

  "remember [those happy days......] and [how life .......tender]...."
 すなわち、①[楽しかったあの日々]のことを思い出せ、②[あの頃の人生がいかに幸せで穏やかだったか]ということを思い出せ、としている。そのうえで、太陽でさえ、今よりも輝いていたとする。
 あるいは①②に加えて、③「太陽でさえ云々」をも、思い出せと命じる対象(
「コレコレのことを思い出せ」とする対象)と見る余地もある。
 「ロ、ハ、ニ」では、想い出せと命じる対象は、[楽しかったあの頃]である。そのうえで文を切って、「あの頃の人生はもっと楽しかった(美しかった)」し、「太陽は今よりも輝いていた」としている。

(2)「ニ」は、"I would like....."構文で稚拙なミスを犯している(like you to do/ doing)(
*1)。「イ、ロ」のように"I would like you so much to remember..."とすべきところである("I strongly would like you to"、"I would strongly like you to"とすることもできようか)。
 「必ず想いだしてみて!」、「ほら、想いだして! 想いだして!」、「ほら、覚えてるでしょう!」と相手に訴えているのである(
「ハ」を見よ)。

  *1.
「二」の人はフランス語を母国語とする人だと推測するが、全体として、「フランス語文法」流の英語に流れるきらいがあり、その故に「初歩的な文法誤りが各所にみられる」。しかし、「原詩の言わんとするところを表わす」という点では優れているように思えるので、「英語翻訳文→日本語訳」作業の土台の一つに採用している(2011.9.19記事で、フランス語原詩を転載させてもらった義理もある)。

    ねえ、想いだして欲しい、
    二人が仲良く幸せに暮らしていたあの頃のこと。
    あの頃、人生は美しく、
    太陽はもっと輝いていた。

()Dead leaves are gathering as in December
You see how one never forgets...
Dead leaves are gathering as in December,
Just like the memories and the regrets.
And then the north wind comes and sweeps them
Into oblivion's icy night.
()Fallen leaves can be picked up by the shovelful.
You see, I have not forgotten...
Fallen leaves can be picked up by the shovelful,
So can memories and regrets.
And the north wind takes them
Into the cold night of oblivion.

()Dead leaves picked up by the shovelful.
You see, I have not forgotten.
Dead leaves picked up by the shovelful,
memories and regrets also,
and the North wind carries them away
into the cold night of oblivion.

(ニ)The dead leaves collected with the shovel.
You see, I did not forget...
The dead leaves collected with the shovel,
The memories and the regrets also
And the wind of North carries them
In the cold night of the lapse of memory.


<<<<検討>>>>
(1)「イ」の"as in December"(落ち葉が、まるで、12月、年の瀬のように積もり続けている)は、凝り過ぎ。
 順にみていこう。
――「落ち葉というものは、いっぱい溜まるものだ。シャベルですくって積み上げるぐらい溜まるものだ」――
 こういうことを述べているのである。作者は、「二人の恋の想い出後悔」と「落ち葉というもの」を対比させながら語っていく手法を採用した。
  (落ち葉はシャベルですくうほどいっぱい溜まる。溜まるけれども、やがて北風が忘却の彼方に吹き散らしてしまう。二人の恋の想い出/後悔も溜まる。だけど、想い出/後悔を忘れることはない、私は忘れない)
 そして、まず、「落ち葉というものは、コウコウだ」と投げかけているのである。
(おそらく、述べている「今現在」も、9月か10月か、11月か知らぬが、秋の、どこかの地点なのであろう。映画に――この歌は、その映画の中で新人俳優イブ・モンタンが唄って世に出たものだが――、映画に登場する人物の服装を見ると、そう推測できる)(当ブログ記事、「枯葉-その1」で掲げているチューブ、Les Portes de la Nuit/邦題「夜の門のビデオクリップを見よ)。

 「イ」は、原詩の趣を大きく掴んでうまく表現しているのだが、"as in December"なんて表現にしたのはいかにも唐突で、やはりここは、原詩 "se ramassent à la pelle"の"pelle"(シャベル、スコップ)を生かしてほしかった。

(2)「ロ」は、「落ち葉というものは云々」の部分を含め、この節をうまく表現している。

(3)「ハ、ニ」は、「()シャベルで積み重ねるほどすくいとられた落ち葉」、「()シャベルで集められた落ち葉」というかたちで、「名詞句を、単にボーンと投げて、そこに置いた」感じになっている。もちろん、詩の世界だから、そのような「ぽっと置かれただけの」名詞/名詞句から余韻というか連想というか、感情を湧き立たせることができるのではあるが、次に来る文との関係が分かりにくい。かくのごとし。
   Dead leaves picked up by the shovelful.
   You see, I have not forgotten. 
(*2)
   Dead leaves picked up by the shovelful,
   memories and regrets also,


   The dead leaves collected with the shovel.
   You see, I did not forget...
   The dead leaves collected with the shovel,
   The memories and the regrets also


   *2."forgoton ......."としていないので("......"とせずに、ピリオドで切っている)、一行目と二行目の文の関係
     が、まったく分からなくなってしまっている。


    シャベルでうずたかく積み上げられる落ち葉・・・・・・、
    わかるでしょ、忘れられるわけないわ、あなたのこと。
    シャベルで積み上げられる落ち葉・・・・・・、
    二人の想い出も、後悔も同じ、いっぱい溜まっているわ。
    落ち葉は、溜まっても、やがて北風が吹き散らす。
    吹き散らして、冷たい闇のなかで忘れさせる。   
  

()You see how I never forgot
That old song that you sang for me.

()You see, I have not forgotten
The song you used to sing me.

()You see, I have not forgotten
the song that you sang for me:

()You see, I did not forget
The song that you sang me.


<<<<検討>>>>
 「ニ」が"did not"としているのはいただけないが(
よく知らぬが、時制表現についての仏英の制度相違から来ていることか)ここは素通りしよう。

    でも、忘れない、分かるでしょ。
    忘れない、あの歌は。
    あなたがよく唄ってくれたあの歌は。


[コーラス]

()A song like us, birds of a feather,
You loving me, me loving you,
And we lived happily together,
You loving me, me loving you.
()This song is like us.
You used to love me and I used to love you
And we used to live together,
You loving me, me loving you.

()It is a song resembling us.
We lived together, the both of us,
you who loved me
and I who loved you.

(ニ)This is a song which resembles to us.
You, you loved me and I loved you
And we lived both together,
You who loved me, me who loved you.

<<<<検討>>>>
(1)「イ」の"bird of a feather"は、辞書で調べたら、「同じ興味(意見、背景)を持った人々、同じ穴のむじな(
小学館、「プログレッシブ英和中辞典」)という意味だという。まあ、一般に知れた慣用句なんだろうけど、当ブログ主は、一見、「ギョッ」としたね。「え、なんだ、なんだ」とびっくり。そのまま唄える英語歌詞としての納まり具合も考慮したんだろうね。つまり、2小節の中にぴったり収まるフレーズを工夫したのだろう。
(「ロ」「ハ」は唄えない。ロは一行目が短すぎる。2小節分ことばが足りない。ハは二行目の後に4小節分のことばが要る)

    [コーラス]
    私たちのこと、こんな風に唄えるわ。
    あなたは私を愛し、私はあなたを愛して、
    二人は、一緒に暮らしていた。
    あなたは私を、私はあなたを愛しながら。


()But life tears apart gentle lovers
Who quietly obey their heart,
()But life separates lovers,
Pretty slowly, noiselessly,

()But life drives apart those who love
ever so softly without a noise

()But the life separate those which love themselves,
All softly, without making noise

<<<<検討>>>>
(1)「ロ、ハ、二」は、「人生というものは、えてして、恋人たちを引き裂く、ゆっくりと(
柔らかく徐々に)、音を立てないで引き裂くものだ」としている。(「ハ」は、ever softly以下がdrives apartにかかるのかloveにかかるのか、はっきりしないが)
 これに対して「イ」は、「ゆっくりと、音を立てないで引き裂く」とはせず、
「人生というものは、えてして、愛情の命じるところに従順に従う恋人たちを引き裂くものだ」とする。

(2)「ニ」の"those which love"はお粗末だが、英語力はないけれども感性は優れている人なのだろうということで済ませよう。

      でも、悲しいことだけど、人生って、恋人たちを引き裂くことがよくあるわ。
      ゆっくりと、音を立てずに引き裂いていく。

()And the sea invades the sand and covers
The footsteps of those torn apart.
()And the sea erases on the sand
The separated lovers' footprints.

()and the sea erases from the sand
the steps of lovers gone their ways.

()And the sea erases on the sand
The Steps of divided lovers.


<<<<検討>>>>
(1)「ハ」の"gone their ways."いいね。

     そして、波が砂に押し寄せ、
     引き裂かれた二人の足跡を消し去っていく。

[第2バース] 
   (ロとハの訳者は、この部分を省略している。この第2バース以降まで唄う歌手が少ないからであろう)
()Dead leaves are gathering, dead leaves are piling
Up just like memories and like regrets.
()The dead leaves collected with the shovel,
The memories and the regrets also


<<<<検討>>>>
(1)「イ」は、現在進行形にしている。最初のバースでもそうしていた。
「ニ」は、「落ち葉というものは、シャベルですくって積み重ねるほど溜まるものだ」ということと「想い出や後悔も同じように溜まっていく」ということとの結びつきをうまく表現できていない。まあ、カミュ、「異邦人」のような「乾いた」感じを感じ取れといわれれば、感じ取れなくもないけどね。
     
     [第2バース]
     シャベルでうずたかく積みあげられる落ち葉、
     想い出や後悔も、落ち葉のように溜まっていく。

 
()But still my love goes on quietly smiling
Thankful for life and for all that it gets.
I loved you so, you were ever so lovely,
How can I forget? Tell me how!
()But my quiet and faithful love
Smiles always and thanks the life
I loved you so much, you was so pretty.
Why do you want that I forget you ?


<<<<検討>>>>
 ここはさっと通り過ぎよう。
    でも、私の恋は、微笑みながら静かに進んでいく。
    後悔しない。人生に、人生が与えてくれるすべてのことにお礼をいうわ。

    あなたを、とても愛しているの。ずっと素敵だもの。
    忘れるなんてこと、できるわけないわ。どうしてできるの、教えて。

 
()Life in those times was more sweet and beguiling,
Even the sun shone more brightly than now.
You were my most sweet friend and lover,
()In this time, the life was more beautiful
And the sun more burning than today.
You were my softer friend


<<<<検討>>>>
 ここも、さっと。
    
    あの頃、人生はすごく甘くて、楽しかった。
    太陽でさえ、もっと明るく輝いていた。
    あなたは、一番の友達で、大好きな恋人だった。


()But regret just isn't my thing,
And I'll keep hearing all the time
The old song that you used to sing.
()But I don't have only to make regrets
And the song than you sang,
Always, always I will hear it !


<<<<検討>>>>
 さっと済まそう。

     恋は終わろうとしているけど、私は、後悔なんかしていない。
     これからも、心の中で聴き続けていくわ。
     あなたがいつも唄ってくれていたあの歌を。


■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■

■確定日本語訳全文

 [バース]
     ねえ、想いだして欲しい、
    二人が仲良く幸せに暮らしていたあの頃のこと。
    あの頃、人生は美しく、
    太陽はもっと輝いていた。

     シャベルでうずたかく積み上げられる落ち葉・・・・・・、
    わかるでしょ、忘れられるわけないわ、あなたのこと。
    シャベルで積み上げられる落ち葉・・・・・・、
    二人の想い出も、後悔も同じ、いっぱい溜まっているわ。
     落ち葉は、溜まっても、やがて北風が吹き散らす。
    吹き散らして、冷たい闇のなかで忘れさせる。
     でも、忘れない、わかるでしょ。
    忘れない、あの歌は。
    あなたがよく唄ってくれたあの歌は。

    [コーラス]
     私たちのこと、こんな風に唄えるわ。
    あなたは私を愛し、私はあなたを愛して、
    二人は、一緒に暮らしていた。
    あなたは私を、私はあなたを愛しながら。
     でも、悲しいことだけど、人生って、恋人たちを引き裂くことがよくあるわ。
    ゆっくりと、音を立てずに引き裂いていく。
     そして、波が砂に押し寄せ、
    引き裂かれた二人の足跡を消し去っていく。

    [第2バース]
       シャベルでうずたかく積みあげられる落ち葉、
    想い出や後悔も、落ち葉のように溜まっていく。
    でも、私の恋は、微笑みながら静かに進み続けていく。
   後悔しない。人生に、人生が与えてくれるすべてのことにお礼をいうわ。

    あなたを、とても愛しているの。ずっと素敵だもの。
   忘れるなんてこと、できるわけないわ。どうしてできるの、教えて。
    あの頃、人生はすごく甘くて、楽しかった。
   太陽でさえ、もっと明るく輝いていた。
   あなたは、一番の友達で、大好きな恋人だった。

    恋は終わろうとしているけど、私は、後悔なんかしていない。
   これからも、心の中で聴き続けていくわ。
   あなたがいつも唄ってくれていたあの歌を。

◆◆◆◆◆◆◆◆
 改めて聴こう、日本語訳を追いながら・・・・・・。

■Mabel Mercer - Les Feuilles Mortes

 ◆歌手について
 Tube投稿者が解説を付している(Wikipediaからの引用のようだ)。
Mabel Mercer (3 February 1900  20 April 1984) was an English-born cabaret singer who performed in the United States, Britain, and Europe with the greats in jazz and cabaret. She was a featured performer at Chez Bricktop in Paris, owned by the legendary hostess Bricktop, and performed in such clubs as Le Ruban Bleu, Tony's, the RSVP, the Carlyle, the St. Regis Hotel, and eventually her own room, the Byline Club. Among those who frequently attended Mercer's shows was Frank Sinatra, who made no secret of his emulating her phrasing and story-telling techniques.

イギリス生まれのキャバレー歌手。アメリカ合衆国、イギリス、大陸ヨーロッパでジャズシーンやキャバレーなどにお いて有名アーチストと共演した。かの伝説的なBricktopが所有するパリのChez Bricktopの看板歌手として活躍したほか、Le Ruban Bleu、Tony's、the RSVP、the Carlyle、the St. Regis Hotelなどでも唄った。最終的には、自分の店、Byline Clubを持った。
 Mercerのショウに何度も出演したアーチストの一人にフランク・シナトラがいるが、シナトラは、Mercerのしゃべり方と話題展開技法を真似て、自己のものとして取り入れたと、公然と明かしている。
-------------------------- 
  ミュージックホールの芸人をしていた若いイギリス白人女性とアメリカ黒人ジャズ・ミュジッシャンとのあいだにできた子だという。メイベルは、父親の名を知らぬ(Wikipedia)。

 

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2011年9月21日 (水)

♪「枯葉」-その2。 Les Feuilles Mortes(レ・フイユ・モルト) -- フランス語歌詞の独自日本語翻訳を試みる(第2バースまで)、4者の仏英翻訳を土台にして。

2011.9.21
                                                                             ♪参考資料[歌詞翻訳曲目一覧/ページ相互リンク]
 一昨日(2011.9.19)の記事で、第二バースまで唄っている完全歌唱のYouTubeを紹介した。Mabel Mercer(メイベル・マーサー)という人の録音だ。その際、フランス語歌詞を掲げるとともに、その日本語翻訳(仏英翻訳からの二次翻訳)まで盛り込むつもりでいた。ところが時間切れで日本語翻訳の掲載は果たせず、「未完成」としていた。
 原記事を補完する予定にしていたが考えを変え、稿を改めてここで掲げることにした。
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  [2013.4.8追記] 関連記事のつながりを掲げておく。
   2011.9.19
   ♪「枯葉」―その1。 Les Feuilles Mortes(レ・フイユ・モルト)、シャンソン --  第2バースまで唄っている完全版を探した。
   2011.9.21
   ♪「枯葉」-その2。 Les Feuilles Mortes(レ・フイユ・モルト) --  フランス語歌詞の独自日本語翻訳を試みる
         (第2バースまで)、4者の仏英翻訳を土台にして。
   2011.9.25
   ♪「枯葉」-その3。 Les Feuilles Mortes(レ・フイユ・モルト) ―― フランス語歌詞全訳(第2バースまで)。
     日本語訳の白眉を目指したが。

    2011.9.28
      ♪「枯葉」―その4。Autumn Leaves ― ディジィ・ガレスピーとチェット・ベイカー

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◆◆◆◆◆◆◆◆
 フランス語の原歌詞を日本語に直す作業は、当ブログ主には、英語翻訳の再翻訳によるしかない。
 そこで、品質のよいもの(仏英翻訳)があるかどうか探した(*1)。日本語訳の土台にするうえで信頼するに足りるものであるかどうかは、英文から判断できる。フランス語は分からなくても、翻訳英語を読めば、原詩の「訴え」が伝わっているかどうか分かる。英語文の質で判断できるのである。
 ただし、原詩とまったくかけ離れたことを書いてある英語文であっても「質の高い英語文」であるということはありうる。そういう場合はお手上げだが、ここでは論外とする。

 先に「訴えが伝わっているかどうか」と表わしたが、それがどういうことを意味するのか(日本語翻訳の土台とする場合の脈略において)、うまい具合にネット上にいい記事があったので、それを借りて説明しよう。
 その記事では、目指す翻訳とはどういうものか、翻訳者として心すべきことは何かというようなことを併せて学ぶことができる。
 もちろん、そこで説いている見解が唯一正しい在り方というわけではないが、――商業的成功を重要視するか否かというような要素が関わってくるわけだが――、ひとつの見識として、筋金入りの見識として、読む価値があろう。

*1.一昨日の記事で紹介した仏英対訳は、こういっちゃ悪いが、英語文の質からして、それ一本で日本語訳の土台にするには不安がある。世話になっておきながら不遜なことをほざき、申し訳ないが)。

◆◆◆◆◆◆◆◆
[このwebページから]
 論者は、カリフォルニア大学バークレイ校、土木・環境工学学部、工学名誉教授という存在のJacob (Coby) Lubliner/ジェイコブ(コビー)・ラブリナ―という人である。
          Jacob (Coby) Lubliner
     Professor Emeritus of Engineering Science
   Department of Civil and Environmental Engineering
       University of California at Berkeley

 この工学畑の肩書きだけで、「なに? 土木工学者がシャンソンの翻訳だって? そんなもの見たくも・・・・・・」なんて考える人がいたら、「ちょっと待て!」だ。
 オペラ曲、タンゴ、シャンソンなど多分野の歌をいっぱい翻訳しているし、しかも、驚くなかれ、原詩の原語はフランス語、ドイツ語、イタリヤ語、カタロニア語、スペイン語、現代ギリシャ語の、6言語に及んでいるんだ。翻訳は、歌だけでなく、小説も手掛けている(ここではイディッシュ語も手掛けている) 。
 さらに、翻訳だけでなくエッセイ小説を何冊も書いている。
 こういう人なんだ。初めて知った人だけど。

Photo
(無断転載だが、記事が目指している目的を多少なりとも側面支援することになるという意味から、許されるのではないかと考えている)

                                      Song Translation
                                             by
                                       Coby Lubliner

I approach the translation of song lyrics in the manner of the profession in which I was educated (though I have not practiced it very much), structural engineering.  It is the structural engineer’s job to translate an architect’s vision into a structure that can be built and that will carry the loads imposed on it.  When I translate poetry that is meant to be sung, the inspiration is the original poet’s; what I try to do is to maintain the original meaning as nearly as possible, but also to approximate the rhyme and meter of the original.  It’s an iterative process, much like old-fashioned (pre-computer) structural design.

In practice, this is what is usually done by translators of musical-theatre works (musicals, operas).  When it comes to free-standing songs, however, the typical practice is to create a virtually new song with only the vaguest connection to the original.

One of the most egregious examples of this practice is the poignant, bittersweet French song Les feuilles mortes, whose lyrics are by the great poet (and screenwriter) Jacques Prévert and which made a star of Yves Montand.  The American music industry, alas, amputated this song of its verses and published only the refrain as the ballad Autumn Leaves, with typically mawkish lyrics by Johnny Mercer.  But since this version was recorded by the likes of Nat “King” Cole, Frank Sinatra, Ella Fitzgerald and their ilk, not to mention countless instrumental performances, it has, like the north wind, swept the original song into oblivions’s icy night, except perhaps in French-speaking cultures.  I have modestly tried to remedy this (in my opinion) travesty.

                  歌詞翻訳について(Coby Lubliner)
 私は歌詞翻訳への取り組みを、私が専攻した専門科目、構造工学の教えるところに従うようにして行っている(構造工学の実務は、そんなに多くはやっていないのだが)。
 構造工学技術者の仕事は、建築家が提示した構想を、建築可能で荷重に耐えられる構造に翻訳していくことである。
 歌として唄われることが意図されている詩を私が翻訳する際には、私がそこで抱くインスピレーション、すなわち、創造的刺激、天来の着想のようなものは、元の詩が持つそれである。すなわち、私が行おうとすることは、元の意味を、可能な限りそれに近く維持することである。しかし、同時に、元の詩の韻と格調(韻律)に近似させるように努めようともする。その作業は、インタラクティブな(相互に影響しあう)プロセスであり、旧式な(コンピュータが現れる前の)構造設計によく似ている。
 
 実務では、音楽劇場作品(ミュージカルやオペラ)の翻訳家は、通常、こういった作業を行う。しかし、独立型の(
「建築の構成要素が独立している、支持のない」という専門用語で比喩的に表わしている)歌においては、オリジナル歌詞とほんのわずかなつながりしか残っていない、事実上新作品といえるような歌を創るというやり方が、一般的な実務慣行となっている。

 この慣行の、最悪の例の一つは、感動的でほろ苦いフランスの歌、枯葉(Les feuilles mortes)について行われた愚行である。偉大な詩人(兼脚本家)ジャック・プレヴェール(
Jacques Prévert)の作詞による歌で、イブモンタンをスターに押し上げた曲である。
 アメリカの音楽産業界は、なんてことか、この歌からバースを切除し、コーラス部分(リフレイン部分)だけを、Autumn Leavesというバラードとして出版したのである。その歌詞としては、ジョニー・マーサー(Johnny Mercer)の手による、あの、氏独特の「変に感傷的」なものが付されている。
 
 にもかかわらず、このバージョンはナット・キング・コール、フランク・シナトラ、エラ・フィッツジェラルドなどなどによって吹き込まれたから、――それとともに、無数の器楽演奏がそれを取り上げたことによる影響があることはもちろんだが――、Autumn Leavesバージョンは、北風のように、原曲を、「忘却の彼方の凍てつく闇」の地に吹き飛ばしてしまった(
*1)。ただし、おそらくフランス語文化圏でだけは、かろうじて原曲が踏みとどまっているものと考えられる。
 私は、この茶番劇を(私の見解では)治療(
修復)しようと、かなわないまでもという気持ちで努力してきている。
 
訳者「注」
    *1.「北風のように.......凍てつく闇」は、原詩からの比喩的引用である。

************************************************


 さて、ということだが、以下、この方の英語訳を土台にして、話を進めていくことにする。
まず、 Lubliner(ラブリナ―)氏の英語訳を日本語に訳してみる。
 その後で、ネットで探した別の三者の英語訳をラブリナ―氏の訳(以下、「ラブリナ―英訳」ということにする)と対比させて、相互の差異、違いの前提となっている原詩解釈などについて検討する。
 最後に、上記の検討を経たうえでの、当ブログ主としての、「フランス語原詩の日本語訳」を掲げる。

◆◆◆◆◆◆◆◆
■フランス語原詩、英語翻訳文、日本語訳
   (フランス語原詩もラブリナ―氏ページからの転載)

LES FEUILLES MORTES (DEAD LEAVES)

Music by Joseph Kosma
Lyrics by Jacques Prévert
Translated by Coby Lubliner

 

Oh! je voudrais tant que tu te souviennes
Des jours heureux où nous étions amis
En ce temps-là la vie était plus belle,
Et le soleil plus brûlant qu’aujourd’hui
Les feuilles mortes se ramassent à la pelle
Tu vois, je n’ai pas oublié...
Les feuilles mortes se ramassent à la pelle,
Les souvenirs et les regrets aussi
Et le vent du nord les emporte
Dans la nuit froide de l’oubli.
Tu vois, je n’ai pas oublié
La chanson que tu me chantais.

REFRAIN:

 

C’est une chanson qui nous ressemble
Toi, tu m’aimais et je t’aimais
Et nous vivions tous deux ensemble
Toi qui m’aimais, moi qui t’aimais
Mais la vie sépare ceux qui s’aiment
Tout doucement, sans faire de bruit
Et la mer efface sur le sable
Les pas des amants désunis.

 

Les feuilles mortes se ramassent à la pelle,
Les souvenirs et les regrets aussi
Mais mon amour silencieux et fidèle
Sourit toujours et remercie la vie
Je t’aimais tant, tu étais si jolie,
Comment veux-tu que je t’oublie?
En ce temps-là, la vie était plus belle
Et le soleil plus brûlant qu’aujourd’hui
Tu étais ma plus douce amie
Mais je n’ai que faire des regrets
Et la chanson que tu chantais
Toujours, toujours je l’entendrai!

REFRAIN

      <<<<<<<英語翻訳文>>>>>>>
Oh, I would like you so much to remember
Those happy days when we were friends, and how
Life in those times was more lovely and tender,
Even the sun shone more brightly than now.
Dead leaves are gathering as in December
You see how one never forgets...
Dead leaves are gathering as in December,
Just like the memories and the regrets.
And then the north wind comes and sweeps them
Into oblivion’s icy night.
You see how I never forgot
That old song that you sang for me.

REFRAIN:

A song like us, birds of a feather,
You loving me, me loving you,
And we lived happily together,
You loving me, me loving you.
But life tears apart gentle lovers
Who quietly obey their heart,
And the sea invades the sand and covers
The footsteps of those torn apart.

Dead leaves are gathering, dead leaves are piling
Up just like memories and like regrets.
But still my love goes on quietly smiling
Thankful for life and for all that it gets.
I loved you so, you were ever so lovely,
How can I forget?  Tell me how!
Life in those times was more sweet and beguiling,
Even the sun shone more brightly than now.
You were my most sweet friend and lover,
But regret just isn't my thing,
And I’ll keep hearing all the time
The old song that you used to sing.

REFRAIN

                          Translation © 2004 by Jacob Lubliner

                    <<<日本語翻訳>>>
  (上記の英語翻訳文の翻訳である。当ブログ主としての、「フランス語原詩の確定的日本語訳ではない。それは後で掲げる)

[バース]
 ねえ、しっかりと思い出して欲しい。
二人が友達だったあの頃のことを。
あの頃、人生がどんなに美しくて穏やかだったかということを。
太陽でさえもが、もっと明るく輝いていたわ。

 落ち葉が、まるで12月、年の瀬のように積もり続けている。
ねえ、人間って・・・・・・決して忘れないのよね・・・・・・。
 落ち葉が、まるで年の瀬のように積もり続けている。

私たち二人の想い出と後悔が溜まってきたように。
 でも、落ち葉の場合は、積り溜まっても、
やがて北風がやってきて吹き散らし、
凍てつく闇に忘れさせようとするわ。
 だけど、私は絶対に忘れない、わかるでしょ、
絶対に忘れないわ、あなたが唄ってくれたあの歌を。

[コーラス]
 私たちの関係を歌で表わせば、こんな風になる。
あなたは私を愛し、私はあなたを愛して、
一緒に暮らしていた、幸せに、
あなたは私を、私はあなたを愛しながら。
 でも、人生は優しい恋人たちを引き裂くのね、
愛の流れに従い、黙って従順に生きる恋人たちを。
 そして、波が砂に押し寄せ、
引き裂かれた二人の足跡を覆い隠す。

[第2バース]
 落ち葉が吹き溜まり、積もり続けている。
ちょうど、想い出や後悔が溜まっていくように
 だけど、私の恋は、微笑みながら静かに進んでいくの。
人生に、人生が与えてくれるすべてのことに、お礼をいうわ。
あなたを、とても愛しているの。ずっと素敵だもの。
忘れるなんてこと、できるわけないわ。どうしてできるの、教えて。

 あの頃、人生はすごく甘くて、楽しかった。
太陽でさえ、もっと明るく輝いていた。
あなたは、一番の友達で、大好きな恋人だった。
 恋は終わったけど、私は、後悔なんかしていない。
これからも、心の中で聴き続けていくわ。
あなたがいつも唄っていたあの歌を

[コーラス]
    -―繰り返し-―

◆◆◆◆◆◆◆◆
■仏英翻訳4者の比較
 さて、翻訳者4人のものを相互に比較しながら、「正しい」原詩解釈に迫ってみよう。
   次のように色分けして示す。
     (イ)Coby Lubliner(黒)
       ()lylicstranslate.com(青)    
      (ハ)"Tom the piper's son"というページ(赤)     
        (ニ) johnnymercer.com (by Patrick AUZAT-MAGNE)()
   バース、コーラス、第2バースの各区分内部においても、いくつかのブロックに細分して対比を示す。
   (ロ)(ハ)(ニ)の訳者の全体翻訳文(細分していない塊)は、末尾に掲げる。 

[バース]     
()Oh, I would like you so much to remember
Those happy days when we were friends, and how
Life in those times was more lovely and tender,
Even the sun shone more brightly than now.
()Oh I would like you so much to remember
The joyful days when we were friends.
At that time, life was more beautiful
And the sun burned more than it does today.

()Oh I wish so much you would remember
those happy days when we were friends.
Life in those times was so much brighter
and the sun was hotter than today.

()Oh! I would like as much as you remember
The happy days where we were friends.
In this time the life was more beautiful,
And the sun more burning than today.

()Dead leaves are gathering as in December
You see how one never forgets...
Dead leaves are gathering as in December,
Just like the memories and the regrets.
And then the north wind comes and sweeps them
Into oblivion's icy night.
()Fallen leaves can be picked up by the shovelful.
You see, I have not forgotten...
Fallen leaves can be picked up by the shovelful,
So can memories and regrets.
And the north wind takes them
Into the cold night of oblivion.

()Dead leaves picked up by the shovelful.
You see, I have not forgotten.
Dead leaves picked up by the shovelful,
memories and regrets also,
and the North wind carries them away
into the cold night of oblivion.

(ニ)The dead leaves collected with the shovel.
You see, I did not forget...
The dead leaves collected with the shovel,
The memories and the regrets also
And the wind of North carries them
In the cold night of the lapse of memory.

()You see how I never forgot
That old song that you sang for me.

()You see, I have not forgotten
The song you used to sing me.

()You see, I have not forgotten
the song that you sang for me:

()You see, I did not forget
The song that you sang me.

[コーラス]
()A song like us, birds of a feather,
You loving me, me loving you,
And we lived happily together,
You loving me, me loving you.
()This song is like us.
You used to love me and I used to love you
And we used to live together,
You loving me, me loving you.

()It is a song resembling us.
We lived together, the both of us,
you who loved me
and I who loved you.

()This is a song which resembles to us.
You, you loved me and I loved you
And we lived both together,
You who loved me, me who loved you.


()But life tears apart gentle lovers
Who quietly obey their heart,
()But life separates lovers,
Pretty slowly, noiselessly,

()But life drives apart those who love
ever so softly without a noise

()But the life separate those which love themselves,
All softly, without making noise


()And the sea invades the sand and covers
The footsteps of those torn apart.
()And the sea erases on the sand
The separated lovers' footprints.

()and the sea erases from the sand
the steps of lovers gone their ways.

()And the sea erases on the sand
The Steps of divided lovers.

[第2バース] 
   (ロとハの訳者は、この部分を省略している。この第2バース以降まで唄う歌手が少ないからであろう)
()Dead leaves are gathering, dead leaves are piling
Up just like memories and like regrets.
()The dead leaves collected with the shovel,
The memories and the regrets also


()But still my love goes on quietly smiling
Thankful for life and for all that it gets.
I loved you so, you were ever so lovely,
How can I forget? Tell me how!
()But my quiet and faithful love
Smiles always and thanks the life
I loved you so much, you was so pretty.
Why do you want that I forget you ?


()Life in those times was more sweet and beguiling,
Even the sun shone more brightly than now.
You were my most sweet friend and lover,
(ニ)In this time, the life was more beautiful
And the sun more burning than today.
You were my softer friend


()But regret just isn't my thing,
And I'll keep hearing all the time
The old song that you used to sing.
()But I don't have only to make regrets
And the song than you sang,
Always, always I will hear it !

  ――「未完―続く」――

[更新] 2011.9.25 ―「未完、続く」としていたのだが、「■仏英翻訳4者の比較」以降の補完部分を、別稿として(2011.9.25記事)独立させることにした。

 
 

  

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2011年9月19日 (月)

♪「枯葉」―その1。 Les Feuilles Mortes(レ・フイユ・モルト)、シャンソン -- 第2バースまで唄っている完全版を探した。

2011.9.19
                                                                            ♪参考資料[歌詞翻訳曲目一覧/ページ相互リンク]
  毎朝落ち葉掃きをやるんだが、頑固なやつには泣かされるね、何度掃いても剥がれない。蔓バラの葉だ。
 掃いても掃いても、よく落ちてくれる。フランソワ・ジュランビル(Francois Juranville)(*1)とかいう名の蔓バラの落葉なんだけどね(もらって挿した枝が生い茂った)。これが、親指の先ぐらいの大きさしかない葉っぱなんだが、これが、ガンコなんだ。普段でもそうだが、雨上がりで濡れているときなど、棕櫚(しゅろ)の毛先の庭箒で何度掃いても動かない。プラスチック製の太い毛先をびっしりと植えた、座敷箒みたいな形の大型のゴッツイ箒で、こすり取るように力を入れて掃いても、アスファルトにしがみついていて、べったりと貼りついていて、金輪際動こうとしない。何度も何度も、角度を変えて挑戦して、やっとなんとか剥がすことができる。こういう状態だ。「ぬれ落ち葉」とはよくいったものだ。
 ひどいね。ものすごい時間の浪費だ。ここで挙げている葉に限ったことではないが、濡れてるときは、まさに、「亡国の枯葉」って感じがするね。
  *1.フランス語発音、日本語表記などについて、末尾に記事を置いているので参照されたい。

 そんなことで毎朝のように腹を立てているんだが、「そういや、『枯葉』って歌、フランス語じゃ『死んだ葉』っていうらしいな、前に何かで読んだが」ということを、腹癒せに、「死んでんじゃん、おまえ」と嘲って、動こうとしない葉っぱを蹴飛ばすみたいな心の動きのなかで、そのようなときに何度か連想したことがあった。
 そこで今朝、掃除、水やり、風呂排水もったいない利用の水汲みなど一連のルーチンを終えて机に向かい、「枯葉」(Autumn Leaves)のフランス語歌詞をネットから引っ張ってきて眺めてみた。いったい、どんな歌詞の歌、シャンソンなのかと。

 そこで、歌詞を眺めてみることにするが、その前に、まず、「死んだ葉」について触れておこう。
 「フランス語じゃ枯葉のことを『死んだ葉』というんだ」と、スタンダード曲解説集とかネット記事やなんかで、いかにも仰々しくおっしゃるんだが(誰かジャズ評論家みたいな人がなんかの機会にそういって、「そうか、そんなもんか」と、仰々しさが大衆に広まったんだろうね)、辞書で調べてみたら、なんのことはない、「死んだ葉」というのは、feuille(葉)、morte(死んだ、植物が枯れた)ということで、文字どおり「枯葉」なんだよね("feuilles mortes"は複数形)。別に、フランス語だけが仰々しいわけではない。考えてみれば、英語だって、dead leaf(leaves)という。「死んだ」ということにこだわるなら、英語だって「死んだ葉」だ。"withered leaf"という言い方もあるようだけどね("wither"は、viで萎れる、しぼむ、vtで萎れさす、枯らすといった意味)。

 要するに、「フランス語じゃ枯葉のことを『死んだ葉』と表現する」云々の話は、次のようなことからきているのではないか。
 すなわち、歌の英語版ではフランス語の原詩を感傷過多の英語で置き換えているとし、その事実を述べるに際して(そういうふうに変容させたことの善し悪しは別にして)、英語版で付した"Autumn Leaves"という題名と元来のFeulles Mortes(枯れた葉)とを対比させてみせ、フランス語の曲名は元々「死んだ葉」である、と述べたことからきているのではないか。ほんとは、"morte"は、「死んだ」なんていう必要はなく、植物の場合には「枯れた」という意味なのだから「枯葉」といえばいいんだが、それを、「死んだ」と表現した。それが、「フランス語って荒々しいな」みたいなことで伝播した。

 - - - - - -今日は敬老の日だったな。プリンタの上に置いてある卓上カレンダーに何気なく目をやったら、赤い字でそう書いてあった。
 枯れたくないね、まだ。
  そうそう、断っておかなきゃいけないが、枯葉を嫌っているわけじゃないよ。掃き集めたものは、サツキの根元やなんかで積み重ね、ちゃんと堆肥にして供養している。

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  [2013.4.8追記] 関連記事のつながりを掲げておく。
   2011.9.19
   ♪「枯葉」―その1。 Les Feuilles Mortes(レ・フイユ・モルト)、シャンソン --  第2バースまで唄っている完全版を探した。
   2011.9.21
   ♪「枯葉」-その2。 Les Feuilles Mortes(レ・フイユ・モルト) --  フランス語歌詞の独自日本語翻訳を試みる
         (第2バースまで)、4者の仏英翻訳を土台にして。
   2011.9.25
   ♪「枯葉」-その3。 Les Feuilles Mortes(レ・フイユ・モルト) ―― フランス語歌詞全訳(第2バースまで)。
     日本語訳の白眉を目指したが。

    2011.9.28
      ♪「枯葉」―その4。Autumn Leaves ― ディジィ・ガレスピーとチェット・ベイカー

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◆◆◆◆◆◆◆◆
 前置きが長くなったが、「枯葉」、次のような歌詞だった。
 フランス語原歌詞と英語対訳を並べて示してくれているweb記事があった。うれしいね、こういうのって(ただし、こういっちゃ悪いが、対訳英語の出来はよくないね)。
 
  念のためにいっておくと、掲げられている英語訳は、あのJohnny Mercer(
ジョニー・マーサー)(画像)が作詞したという、いわゆる「アメリカ版歌詞」、キングコールやシナトラが唄っているあれ、原詩に比べてかなり感傷過多になっていると評されているんだが、あれとは異なる。あくまでも、原詩の翻訳である。"Autumn Leaves"として知られるあれは、ある意味、原詩から離れた「創作」である。

  ついでに触れておくと、Mercerは、なぜか、バースに詩を付けなかった。そのために、この歌にバースがあることを、一般人は知らないような状態になっているとされる(
Wikipedia)。歌が世界に知れ渡っているのは、なんといっても、"Autumn Leaves"に依るものだからね。こういうと怒る人もいよう。フランス語シャンソンとして世界に知られたではないかと。しかし、そういうことはもちろんあるが、ジュリエット・グレコ(Juliette Greco)(画像)、コラ・ボケール(Cora Vaucaire)(画像)、イブ・モンタン (Yves Montand)(画像)、セルジュ・ゲンスブール(画像)などなどによって、あるいは、その他各国のシャンソン歌手によってある程度の広まりをみせたということはあるんだが、アメリカ・ポップス旋風との比でいうと、数字としては小さいからね(バースを唄わないシャンソン歌手もけっこういるし)。

 
曲は1945年にJoseph Kosmaという人がバレー団の劇音楽、"Le Rendez-Vous"  として作曲したもので、翌1946年の「夜の門」(Les Portes de la Nuit)という映画で使用された(映画の画像)。その際に、映画のシナリオを書いたJacques Prévert(ジャック・プレヴェール)が歌詞を付けた。劇中で新人俳優イブ・モンタンが唄った。ただし、映画も歌もヒットしなかったといわれている(Wikipedia)。その後、ジュリエット・グレコが唄って世に認知された。モンタンはこの歌を唄って大受けするようになるが、それは数年後になってのことだ。アメリカには、1949年にキャピトル・レコードによって持ち込まれ、ポピュラー曲Autumn Leavesに変容し、1950年にビング・クロスビーが唄って世に出した。(英語版Wikipediaでは、マーサーは1947年にAutumn Leavesを書き、それを最初に唄った歌手の一人にジョースタッフォード/Jo Stafford/画像がいるとしている)。
 
◆フランス語原歌詞の英語対訳
Photo_2
  さて、,上の画像はココのページをキャプチャしたものだが、以下では、左側フランス語原歌詞、三段に別れているブロックを上から順に「バース1」、「コーラス」、「バース2」と呼ぶことにして話を進めることにする。

 そこで、苦労してみつけたTubeだが、Mabel Mercer(「メイベル・マーサー」というらしい)(画像)という人の録音があった。第1バース → コーラス →第2バース → コーラスと唄っている。
  チューブの下に歌詞を掲げておくので(このページからの転載)、目で追って、味わいながら聴いていただきたい。フランス語知らなくても、当ブログ主も、ほんのかじった程度しか知らないが、「味わえる」のではないか。

■Mabel Mercer - Les Feuilles Mortes
    レ・フィユ・モールト( 枯葉) ― メイベル・マーサー
 

                Les Feuilles Mortes
  (m)Joseph Kosma, 1945  (w)Jacques Prévert, 1946
[Verse]
Oh ! je voudrais tant que tu te souviennes
Des jours heureux où nous étions amis.
En ce temps-là la vie était plus belle,
Et le soleil plus brûlant qu'aujourd'hui.
Les feuilles mortes se ramassent à la pelle.
Tu vois, je n'ai pas oublié...
Les feuilles mortes se ramassent à la pelle,
Les souvenirs et les regrets aussi
Et le vent du nord les emporte
Dans la nuit froide de l'oubli.
Tu vois, je n'ai pas oublié
La chanson que tu me chantais.


[Chorus]
C'est une chanson qui nous ressemble.
Toi, tu m'aimais et je t'aimais
Et nous vivions tous deux ensemble,
Toi qui m'aimais, moi qui t'aimais.
Mais la vie sépare ceux qui s'aiment,
Tout doucement, sans faire de bruit
Et la mer efface sur le sable
Les pas des amants désunis.


[Verse]
Les feuilles mortes se ramassent à la pelle,
Les souvenirs et les regrets aussi
Mais mon amour silencieux et fidèle
Sourit toujours et remercie la vie.
Je t'aimais tant, tu étais si jolie.
Comment veux-tu que je t'oublie ?
En ce temps-là, la vie était plus belle
Et le soleil plus brûlant qu'aujourd'hui.
Tu étais ma plus douce amie
Mais je n'ai que faire des regrets
Et la chanson que tu chantais,
Toujours, toujours je l'entendrai !

[Chorus]
    ------ the same -----

 
 「注]-"Verse"、 "Chorus"、"the same"という英語は、当ブログ主が勝手に付したものである。

                                  <<<<<日本語訳>>>>>
   (他人の仏英翻訳に基づいて、当ブログ主が日本語に訳したもの。土台にした英語翻訳、その翻訳者などについて、当ブログのこの記事この記事参照されたい)
                      
                   枯葉
    [バース]
     ねえ、想いだして欲しい、
    二人が仲良く幸せに暮らしていたあの頃のこと。
    あの頃、人生は美しく、
    太陽はもっと輝いていた。

     シャベルでうずたかく積み上げられる落ち葉・・・・・・、
    わかるでしょ、忘れられるわけないわ、あなたのこと。
    シャベルで積み上げられる落ち葉・・・・・・、
    二人の想い出も、後悔も同じ、いっぱい溜まっているわ。
     落ち葉は、溜まっても、やがて北風が吹き散らす。
    吹き散らして、冷たい闇のなかで忘れさせる。
     でも、忘れない、わかるでしょ。
    忘れない、あの歌は。
    あなたがよく唄ってくれたあの歌は。

    [コーラス]
     私たちのこと、こんな風に唄えるわ。
    あなたは私を愛し、私はあなたを愛して、
    二人は、一緒に暮らしていた。
    あなたは私を、私はあなたを愛しながら。
     でも、悲しいことだけど、人生って、恋人たちを引き裂くことがよくあるわ。
    ゆっくりと、音を立てずに引き裂いていく。
     そして、波が砂に押し寄せ、
    引き裂かれた二人の足跡を消し去っていく。

    [第2バース]
       シャベルでうずたかく積みあげられる落ち葉、
    想い出や後悔も、落ち葉のように溜まっていく。
    でも、私の恋は、微笑みながら静かに進み続けていく。
   後悔しない。人生に、人生が与えてくれるすべてのことにお礼をいうわ。

    あなたを、とても愛しているの。ずっと素敵だもの。
   忘れるなんてこと、できるわけないわ。どうしてできるの、教えて。
    あの頃、人生はすごく甘くて、楽しかった。
   太陽でさえ、もっと明るく輝いていた。
   あなたは、一番の友達で、大好きな恋人だった。

    恋は終わろうとしているけど、私は、後悔なんかしていない。
   これからも、心の中で聴き続けていくわ。
   あなたがいつも唄ってくれていたあの歌を。

 ◆歌手について
 Tube投稿者が解説を付している(Wikipediaからの引用のようだ)。
Mabel Mercer (3 February 1900  20 April 1984) was an English-born cabaret singer who performed in the United States, Britain, and Europe with the greats in jazz and cabaret. She was a featured performer at Chez Bricktop in Paris, owned by the legendary hostess Bricktop, and performed in such clubs as Le Ruban Bleu, Tony's, the RSVP, the Carlyle, the St. Regis Hotel, and eventually her own room, the Byline Club. Among those who frequently attended Mercer's shows was Frank Sinatra, who made no secret of his emulating her phrasing and story-telling techniques.

イギリス生まれのキャバレー歌手。アメリカ合衆国、イギリス、大陸ヨーロッパでジャズシーンやキャバレーなどにおいて有名アーチストと共演した。かの伝説的なBricktopが所有するパリのChez Bricktopの看板歌手として活躍したほか、Le Ruban Bleu、Tony's、the RSVP、the Carlyle、the St. Regis Hotelなどでも唄った。最終的には、自分の店、Byline Clubを持った。
 Mercerのショウに何度も出演したアーチストの一人にフランク・シナトラがいるが、シナトラは、Mercerのしゃべり方と話題展開技法を真似て、自己のものとして取り入れたと、公然と明かしている。
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  ミュージックホールの芸人をしていた若いイギリス白人女性とアメリカ黒人ジャズ・ミュジッシャンとのあいだにできた子だという。メイベルは、父親の名を知らぬ(Wikipedia)。

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1946年映画「夜の門」(Les Portes de la Nuit)での イブ・モンタン(Yves Montand)

3       下のチューブからとった画像。ハーモニカの旋律に合わせて歌詞を作っているのであろう。
      最後の場面で歌詞を書き取りながら少し唄って見せる。
コーラスの末尾、
      「Et la mer efface sur le sable、Les pas des amants désunis.」

        (そして、波が砂に押し寄せ、引き裂かれた二人の足跡を隠す)の部分だ。

Les Feuilles Mortes dans Les Portes de la Nuit(1946)
       1946年映画「夜の門」における「枯葉」 ― イブ・モンタン

 ハーモニカを吹く男は、Jean Vilar(ジャン・ビラ―ル)(画像)という人物だ。俳優兼演出家で、アビニヨン演劇祭の創設者だという。

 映画については全く不知であり何も語れないが、モンタン、若いね、1921年生まれだというから当時25歳か。

◆◆◆◆◆◆◆◆
 上の方の記述で触れたコラ・ボケール(ヴォケール)という人だが、朝からこの記事を書き始めて昼飯で中断し、食べながら新聞を読んでいたら――天下の偏向報道ダメ新聞、朝日新聞だが――家人が、近辺のスーパーの安売り広告を見るために「絶対必要」だというので購読しているのだが――、その新聞の訃報欄に、奇しくもこの人が17日にパリで亡くなった(93歳)と出ていた。
 まったく知らない人だが、冥福を祈ろう。

Photo_3               (画像はここから)
◆◆◆◆◆◆◆◆
■フランソワ・ジュランビル(Francois Juranville) - バラの品種名
 いろいろ分かれるなか、この表記が(「フランソワ・ジュランビル」)一般的のようだが、実際にどう発音するか、教えてくれるページがあった。すごいね、ネットって。
  ココだ。 (つながるまで20秒ほどかかります)
  男女二人の発音を聞けるが、耳で聞きとるかぎりの日本語表記では、次のようになろう。
 (♂)フランソワ・ジュロビ-ル
  (♀)フランソワ・ジュラビユ

 なんだね、こういう環境にありながら外国語の二つや三つぐらいモノにできない現代人って、こちとらがそうだが、怠慢じゃないか。語学に限ったことじゃなくて、学ぼうと思えば、独学でどんなことでもできる。
 やらなきゃな、いろいろと、「枯れる」まで。

 こういうバラなんだけどね。これが、今ごろの季節、毎日毎日、ばらばら、文字どおりバラバラと落ちてくるんだ。生垣のサツキに絡まるような状態でもじゃもじゃと這っていて道路に落ちるから、掃かないわけにはいかない。
Photo              (画像はココから)

[更新]  2011.9.24、16:10
 当初の予定では、フランス語原詩の英語訳に頼って(信頼できそうなそれをネット上で探してきて)、日本語訳(私訳)を掲げるつもりでいた。その作業を果たせなかったので、いずれ補完するつもりで、「未完-続く」としていた。しかし、その予定を変更し、フランス語原詩→英語翻訳→日本語翻訳の部分につき、稿を改めて別記事として載せることにした。
この記事がそれである。

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2010年4月18日 (日)

上海万博CMソング、日本人歌手曲のパクリだと、もっぱらの噂。それを聞いたとたんに思い出した。NHKお昼番組、「ふるさと一番」テーマ曲、限りなくパクリに近い。

2010.4.18
 この「ふるさと一番」テーマ曲は、アコースティック・ギターによるデュオ構成の曲だが、「パフ」という有名なフォークソング曲のパクリだと、当ブログ主はみている。「パクリ」とは、この記事においては、「『盗作』とはいわないまでも、『創作心』において堕落した作曲」という意味である。
 「パフ」とは"Puff the Magic Dragon"という曲で、Peter Paul & Mary (PPM)という「♀+♂+♂」構成のトリオが唄ったミリオンセラーだ(1963年前後)。
 「よくこんな盗作っぽい曲を、つぎはぎだらけの、できの悪い曲をテーマ曲として採用したな」、「公共放送の番組テーマにこんな曲を採用するなんて、パクリ疑惑を感じないのだろうか、ダメなディレクタだな、音楽的無知まるだしだな」と、番組を見るたびに感じてきた。番組は比較的よく見る。先行する12:00ニュースを必ず見る関係もあるし、番組自体は、いい内容であることが多いので。

   パクリだと疑う理由を述べておく。
 まず「パフ」だが4+4=8小節の[AB]、[AB']を延々と繰り返す曲である。この8小節、すなわち4小節+4小節だが、その曲想は、いわば前の4小節(A)が「呼びかけ」部、後の4小節(B)が「応答」部のような構成になっている。

 そこで、「ふるさと」テーマ曲に移ると、そのメインメロディとして、この「パフ」の「応答部」を借用しているのである。借用というよりも、いうならば、「この4小節が先に在りき」で、他の旋律は、頭から無理に絞りだしたような感じで、なんとかこの「Bメロディ」につなげようと苦労して、脈絡のない旋律を無理につぎはぎしてくっつけたという感じである。歌や楽器をやる者なら、瞬間的に肌で察知することだ。言い換えれば、この4小節がなければ、当ブログ主の感性からすれば、「即ゴミ箱行き」みたいな代物なのである。パクった4小節があっても、「つぎはぎ感」の強い、さえない曲でしかないのだがネ。

 まあ、オマージュだのサンプリングだのという概念もあるようだから、著作権侵害にあたる「盗作」とはいえないのであろうが(もっとも、原曲が著作権保護曲なのかどうか調査したわけではない)、実質的には、すなわち、「創作の心は」盗作だね。

 下記のNHK「ふるさと一番」webサイトに、作曲/演奏者と曲の紹介がある。事の性質上敢えて名前は記さないが、作曲者は、曲の出来栄えを自画自賛している。
http://www.nhk.or.jp/furusato/caster/index.html

 

同じように感じている人がいないかどうか、探していたら、いくつか掲示板投稿記事があった。そのうちの一つを掲げておく。当ブログ主の言いたいことを、ぴったりと代弁してくれている、しかも簡潔に、表現力に脱帽だ。

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  2007/06/21(木) 12:13:27
    NHKの昼のふるさと・・・、か何かのテーマ曲の一部が、PPMの「パフ」
    と同じメロ、よくあんなオリジナル性のないの作ったし、使ってるNHKの
    当
センスの無さ、たえられない!!!。ぱくりもぱくり、部品寄せ集めて組
    んだだけ
だ。

***********************

公営放送倫理を自覚することが大切
 上海万博CMソング問題は国家が開催する事業に関係する事項だから事が大きくなっている。他方NHKも、国営放送ではないが、公営放送である。そのNHKの、自局制作番組、しかもその「目玉商品」ともいえる「お昼の『ふるさと一番』」の「テーマ曲」である。選曲に慎重に臨むべきであったろう。上で紹介しているwebサイトで見ればわかるように、そもそも、NHKそのものが著作権問題については非常にうるさい。その意味で、あえて苦言を呈した。
 なお、作曲者自体の問題としていうと、「Puff the Magic Dragonという曲を作曲者がまったく知らなかったこともありうる」、ということがある。ウーン、その場合には、「創作心において堕落」、「創作の心は盗作」ときめつけたことを詫びるしかないが、まあ、こういうジャンルの音楽活動をしているミュージシャンのようだから、「知らなかった」ことは、まず、あるまい。

◆パフ
 http://www.youtube.com/watch?v=Wik2uc69WbU

Ppm
◆ 上海万博テーマソング盗作疑惑
 http://www.youtube.com/watch?v=laIN1O3DrnE

Photo
「注記」
 2010.4.19、8:50、上記上海万博盗作疑惑に関するYouTube動画URLと画像を変更した。当初掲げていたものの埋込みコードが作動しないので対処しようとしたが、その動画をどこから引っ張ってきたのか分からなくなってしまったため。お粗末の一席。
 同、10:00、表現を少しいじった。


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2010年3月 3日 (水)

♪It's a long way to Tipperary、イッツ・ア・ロングウェイ・トゥ・ティペラリー。ある日、アイルランド人の男が、あの大ロンドンにやってきた。街の道路という道路が、なんと、すべて金で舗装されている。だから、人々が喜んでるのってなんのって・・・・・・。

2010.3.3
  昨日一昨日の記事で触れた
VANOC理事長John Furlongs氏は、ティペラリ(Tipperary)出身だという。
     VANOC=2010年オリンピック/パラリンピック、バンクー バー組織委員会
http://www.vancouver2010.com/more-2010-information/about-vanoc/organizing-committee/management-team/john-furlong/john-furlong_88274Zn.html

「あれ」と思い、「It's a long way to Tipperary」という曲を連想した。
 この曲は、いわゆる「トラッド
Jazz」と呼ばれる古いスタイルのジャズ演奏のなかで消化されて、その分野でほぼ「スタンダード」になっているのだが、その関係で思い浮かべたのである。

 YouTubeで検索し、どういう環境で唄われたのかということなど、いろいろ知識を得た。
 そこで、どんな曲か知ってもらうために、YouTubeから演奏をいくつか掲げる。
    (得た知識についての一環を2012.4.22記事で書いているので参照されたい)

◆◆◆◆◆◆◆◆
The Royal Irish Rangers perform "It's a long way to Tipperary".

Photo_3
西部戦線など、第一次大戦の様子をよく表わした画像のもの。

It's a Long Way to Tipperary ist ein Lied der Marschmusik, das am 31. Januar 1912 von Jack Judge geschrieben wurde.」というドイツ語解説で投稿されている。

 「西部戦線異状なし」(レマルク)という本をずっと昔に読んだ。引っ張り出そうとして本棚を探したが、どこかに紛れ込んで見つからなかった。確か、ブルー基調の表紙だったように記憶している。もう一度、ゆっくり探してみよう。
Photo_4

 

John McCormack - It's A Long Way To Tipperary

Longwaytotipperery

 

Red Russian Army Choir - It's a long way to Tipperary

http://www.youtube.com/watch?v=5QkXvDeDdlQ&feature=related


Das Boot(ダス・ボート)

 German u-boat crew singing the Tipperary song.(ドイツUボート乗組員、ティペラリーを唄う)


U

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 ジャズ演奏ものを探したが、数が少なく、できのよいものはなかった。残念だが、どういう感じの音楽になるのかということを示すために、なかで「まあまあ」のものを一つ挙げておく。

■Melody Room Jazz Band



 [Tipperary所在地] 

Tipperaryarea


Photo
Photo_2                                   (ココから)

◆◆◆◆◆◆◆◆

 [歌詞]              (Wikipediaから)
       It's a Long Way to Tipperary
 
  (words & melody) Jack Judge, 1912
                                        
(co-credited, but not co-written, by Henry James "Henry" Williams)

(Verse)
Up to mighty London came

An Irish man one day,

All the streets were paved with gold,

So everyone was gay!

Singing songs of Piccadilly,

Strand, and Leicester Square,

'Til Paddy got excited and

He shouted to them there:

(Chorus)

It's a long way to Tipperary,

It's a long way to go.

It's a long way to Tipperary

To the sweetest girl I know!
Goodbye Piccadilly,

Farewell Leicester Square! 

It's a long long way to Tipperary,

But my heart's right there.


(Verse)

Paddy wrote a letter

To his Irish Molly O',

Saying, "Should you not receive it,

Write and let me know!

If I make mistakes in "spelling",

Molly dear", said he,

"Remember it's the pen, that's bad,

Don't lay the blame on me".


(Chorus)

It's a long way to Tipperary,

It's a long way to go.

It's a long way to Tipperary

To the sweetest girl I know!

日本語訳→ 2012.4.22に、歌詞/日本語訳を独立記事として改めて載せたので、そこを見ていただきたい。

[更新] 2013.6.26
 YouTubeビデオや画像へのリンク方法を変えるなどの修正を施した。

 
 

 

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2010年2月13日 (土)

カナダ・オリンピックとザ・ピーナッツ。メイプル・リーフ・・・・・・ジョプリン・・・・・・ベシェ、サンシャイン、ハッコー、そして、ザ・ピーナツ 、Petite Fleur、プティット・フラー、小さな花 。

2010.2.13

 楓の葉、すなわち、メイプル・リーフ → Maple Leaf Rag、スコット・ジョプリン → シドニー・ベシェ → Petite Fleur(「小さな花」)と来て、→ モンティ・サンシャイン、ピーナツ・ハッコー、そして、→ 伊藤エミ、伊藤ユミ、すなわち、「ザ・ピーナッツ」。 
 

 Sidney BechetPetite Fleur (by Sidney Bechet)
  ―
Monty Sunshine Peanuts Hucco ―「可愛い花」、ザ・ピーナツ


Maple_leaf2                                                        (画像はココから) 

◆◆◆◆◆◆◆◆
一、冬季オリンピックが始まりNHKは、正午のニュースも放り投げて開会式実況放送の入れ込みよう。以前から、「オリンピックはNHKで」というようなことを言い続けていたからな。NHKによるオリンピック放送を国民が一所懸命見ると、つまり、民放の報道よりNHKを優先して見ると、なんかしらんがNHKが儲かるのか、そこらあたりのことはよく分からぬが。(そこら分からぬというのは、もしかして、「劣ってる」のか、おれ。いつも記事の中で、批判する相手を、「劣り」、「劣り」といって侮蔑しているのだが、自分が劣っているのか)

 まあ、「好きなようにやって」ってとこだが、一つだけ疑問にというか、気に食わないことがある。あの、床掃除、「モップで床掃除」みたいなあれ、カーリングというのか、どういう意味だ、とにかく、あれ、「スポーツ」なのかね。
  ゲームとして大会を開き、愛好者どうしで、床をこすりながら点数を競って、ワイワイ楽しむぶんには、こちらは何もいわないが、オリンピックねえ。どうかと思うな。何を考えてんだ、世界の人は。
  まあ、そういうことをいうと怒る人もいようからここで止めておくが、とにかくこちらは気に食わぬ。

 

二、さて、本題に戻って、連想だ
 連想が上記のように進み、ザ・ピーナツに行きついたわけだ。

 途中の「モンティ・サンシャイン、ピーナッツ・ハッコー」あたりは、「年寄りの感傷浸り」がなせる連想連鎖だった。

 そう、高校時代を思い出したわけだ。気が弱ってきているのかなあ。何かにつけて涙が出てきたりするんだが。なぜ高校時代かということは、おわかりだろう、そのころにその曲が流行っていたのだ。町一番の繁華街モールを、当時は「モール」なんてことばはなかったが、とにかくそこを、自転車で走っている。「詰襟」の制服だ。そして、街灯の柱に取り付けられている有線放送のスピーカーから、これが流れてくるわけだ。クリスマス商戦のころだったかな、もう覚えてないが、要するに、この曲にはいつも痺れていたね。

 詳しくいうと、連想は次のように走ったのである。

(1)Scott Joplin(スコット・ジョプリン) Maple leaf Rag(メイプルリーフ・ラグ、1899)を作曲。

 1868年テキサス州生まれの酒場ピアニスト/演奏家/作曲家で(1868-1917)、後に「ラグタイム王」(King of Ragtime)と呼ばれた。他の作品、The Entertainer(ザ・エンタテイナー、1902)という曲はだれでも聞いたことがあろう。
 「ラグタイム」というジャンルの音楽がどういうものかということについては、下に載せている
Maple Leaf RagThe Entertainerの演奏を聞いて想像されたい。

(2)
このMaple Leaf Ragという曲は、Sidney Bechet(1897-1959)が好んで演奏していた。このニューオリンズ生まれの稀代のソプラノサックス吹きは(クラリネットも独特の音色とフレーズですごいのだが)、フランスに移住した後にPetite Fleur(プティット・フラー、小さな花)という曲を作っている(1950年に53歳で移住し、若いむすめと結婚して
[若い愛人とのあいだに] 子をなした。丸々と太って、髪の毛の縮れた子だったな。曲の作曲は1952年か)

[訂正] 2011.9.28
 上記のSidney Bechet(シドニー・ベシェ)説明文の抹消線で消した部分を、「若い愛人とのあいだに」と訂正した。
 1951年に、演奏旅行先のアルジェでElizabeth Zieglerという女性と20余年ぶりに再会し、同年、この女性と結婚した(ベシェにとっては3回目の結婚)。結婚してすぐに若い愛人をもうけ、Jacqueline Pekaldi(ジャクリーン・ぺカルディ)というこの愛人が子を産んだ。Zieglerとは数年後に離婚したという。

  (3つのソース、Americans in Paris, Fall 2010Jazzed in Cleveland、Wikipediaから)

(3)
曲は、各地の「トラッド・バンド」などでとりあげられて演奏されていたようだが、1959(昭和34)にピーナツ・ハッコー(Peanuts Hucko)の演奏で大ヒットした。このヒットに刺激されたか、ベシェ本人のレコードやイギリスのトラッド・バンドによるレコードも売れたようだ。
 後者はクリス・バーバー
(Chris Barber)というトロンボーン吹きのバンドで、モンティ・サンシャイン(Monty Sunshine)
というクラリネット吹きである。「か細い」といった感じの音による「可憐な」演奏で「聴かせる」。容姿も、演奏から窺われるところそのもので、演奏当時30歳前後だと思うが、初々しさが残り、二十歳(はたち)ぐらいにしかみえない。

 イギリスに、アラン・シリトー(Alan Sillitoe)という作家がおり、「長距離ランナーの孤独」という作品を書いているが、なんかしらんが、その主人公を彷彿とさせるような感じの青年だね。青年というには実際には齢がいきすぎているのだが。

 話が飛んだが、「トラッド・バンド」(trad band)とは、トラディショナルナル
(traditional)なジャズ演奏スタイルを志向しているバンドという意味であり、トラディショナル・ジャズ、すなわち伝統的ジャズ演奏スタイルというのは、俗に「デキシーランド・ジャス(Dixieland Jazz)」とか、やや玄人的には「ニューオリンズ・ジャズ(New Orleans Jazz)とか呼ばれているジャンルの音楽である(場合によっては、「ニューオリンズ・ジャス志向」は、「求道的/排他的」色彩までも帯びるほど極端に走ることもある)

(4)
そして、双子女性グループ、「ザ・ピーナッツ」に行きつくわけだ。
 

■スコット・ジョプリン

◆Maple Leaf Rag - Scott Joplin (1899)


Mapleleafrag_5


The Entertainer " (1902)

">

■シドニー・ベシェ
Sidney Bechet - Petite Fleur

■モンティ・サンシャイン(Monty Sunshine solo in 1956) Petite Fleur

 
     (Chris Barber Band)

Monty
   (Monty Sunshine)

 興味のある向きはこちらにどうぞ―Chris Barber写真集

 (Monty Sunshineは、確か、短期間しか在籍しなかった)
 

Peanuts Hucko(ピーナッツ・ハッコー) ―Petite Fleur

 出てくる画像が気に入らないが、途中で現れるtenor saxマン、楽器を斜めに咥えて吹いているのは、有名なLester Youngだ。画面に表示される「ボブ・クロスビー」(Bob Crosby)というのは、一時期人気を博したフルバンド、「ボブ・クロスビー楽団」のバンドリーダであり、あのビング・クロスビー(Bing Crosby)の弟だ。「ボブキャッツ」(Bob Cats)というのは、そのバンドのピックアップ・メンバーによるコンボ・バンド(combo band、小編成バンド)の名称である。なお、ピーナッツ・ハッコーは日本にやってきて、あの「鈴懸の径」の鈴木章治と共演した。

■ザ・ピーナッツ―「可愛い花」 

写真集をどうぞ

 2

Henri salvador (オンリ・サルバドール)

Petite fleur

 次のように唄っている。

 Si les fleurs

 Qui bordent les chemins

 Se fanaient toutes demain

 Je garderais au cœur 

TANGO "LE PETITE FLEUR" / "Маленький цветок"(S. Bechet)

いい演奏だな、画面編集もいい。
 

 ということだ。

 感傷に浸るという話のついでに、余談だが、昔、麻布狸穴に「ガスライト」というバー(ナイトクラブ)があった。そこのウェイトレスというかホステスというか、とにかくそういう女性だが、その人の瞳が深いグリーンだった。今でも瞼に浮かぶ。「ポーランド系か」なんて思ったものだ。当時は映画雑誌が盛んで、それによって女優の目の色なんてことを多少知っていたのだ。 

 ♪"I can't give you anything but love---".とふざけて唄いかけたら、"Baby !"と即応でやり返えされたのだ。そのときに一瞬見つめあった目の色が、鮮やかなグリーンだった。

 「深い」グリーンといっておきながら「鮮やか」なグリーンとは、おかしいではないか。こう問うかもしれないが、「深く、かつ、鮮やか」ということはありうるのだ、とにかく、鮮やかだった。

 こちらは10代の末だったか、それとも、もうちょっといっていたか。あちらは、三十路に入っていたか、とにかくまあ、妖艶、豊満・・・・・・What?、とにかくそういう人だった。

 断っておくが、金があって飲みまわっていたわけではないよ、その逆だ。この場所に行ったのは、仕事みたいなことによってだ。

 ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
三、最後に、政治、政治

 一言ぐらいは政治問題を述べておかないとな。 

・鳩山さんは、検察に説明会見をやるように、「ねじ込んだ」か。法務大臣を通じて。

 東京地検特捜部長は、こそこそ逃げ回ってないで、国民にしっかりと姿をさらしたらどうだね。疾しいことがないのなら、ほんとに「正義を追及する目的で行動した」のなら、えっ、そのことにウソ偽りがないのなら、堂々と国民と対峙して、「かくかくしかじか」と説明したらどうだね。

 とにかく卑怯なんだよな。 

 悪いことをしても処罰されないから、処罰されることはないと思い込んでいるから、つまり、逮捕される、職を失うといった怖い思いをしたことがないから、したこともないし、することもないと勝手に思い込んでいるから、欲望のおもむくままに、放埓に、野放図なまでに、好き勝手なことをする。この「する」という内容が、逮捕/勾留という身柄拘束なんだから、たまったもんじゃないよな、大衆は。

 ――こういうことが噂されている。 

 「O」という政治家を失脚させようとして、その側近三人を、こじつけ犯罪で逮捕する。そうしておいて、結託しているマズゴミと自民党に、次のようにいわせる。

  ―秘書が三人も逮捕されたのだから、議員を辞職せよ―― 

 こういう、笑うに笑えない話が横行しているのだ。

 なんていう国だ。それを責めようともしない、なんて国だ。

 攻めようともしない、なんて鳩山だ。

 何度も何度もいうように、鳩山さんは責めなきゃだめ、攻めなきゃダメだ。「危機管理」がなってない。「闇の動き」も大事だよ、藤田まこと演じる「仕掛け人」だ。「仕分け人」はいっぱいいるようだが、「仕掛け人」も擁していないとな、「政治」をやるんだから。方法は、麻生/漆間がその道の猛者だと噂されているから、あの者らに教わればよい。

[更新]
2010.2.14-10:50
 
ほんの少し記述をいじった。
2010.3.19
 画像を追加した。
アラン・シリトーという作家に関する記述を、当ブログ2010.5.30記事にリンクした。ついでに、YouTubeの埋込方法を変えた。
2011.11.10
 
カタカナの人名に原語名を付すなどの手直しをした。
 S
idney Bechet、Monty Sunshine、ザ・ピーナッツのTubeを差し替えた。元のものが削除されたからである。
 Peanuts Huckoのものも削除されているが、残念ながら別物が見当たらず、差し替えができない。
    


   

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