外国刑事/探偵/捜査小説

2014年3月21日 (金)

James Lee Burke(ジェイムズ・リー・バーク)の世界。おびただしい風景描写、カントリー/ジャズ音楽への深い造詣、南部ルイジアナの沼地、河、川、人工水路に、モンタナの渓流に登場する魚たち――1978年の異色純文学風作品"The Lost Get-Back Boogie"を素材に語る(Part-15)。

2014.3.21
  「Part-14」が2月10日。だいぶ日が空いてしまった。ようやく、その続き、Part 15。 

◆◆◆◆◆◆◆◆
■襲われた日の翌朝
◆病院のベッド、窓の敷居を撃つ雨の音で麻酔から覚める。半覚醒状態ウトウトだ。
 夢を見ている。
 少年の「ころ、父親と朝早くカモ撃ちに行く支度をしている夢。
 朝鮮戦争の凍てつく塹壕の中に立ち、M1ライフルの照準を通じて敵を狙っている夢。
  三発連射する。
「よーし、あの敵は死んだ、撃つな、弾を節約しろ」、軍曹がいう。
 総勢9人、本隊から遅れ、迷い子になっている。
 「敵が支配する前方の丘を迂回して本隊に追いつき、合流しよう。さもなくば置いてけぼりを喰らう」。
 こういう状態だ。敵中突破の途中で、俺は撃たれ、背中を負傷する。

 「どこを撃たれた?」 ........「ヤツの背中は、アア、まるで、・・・・・・」。
 .............. 目が覚める。
  看護婦が背中に軟膏を塗っている。夢だった。

◆看護婦の制止、医師の警告を振りきって病院を出る。
 - - -起きあがろうとして、背中にやけど負っているのを感じる。右手はギブス。
 バディの父親がベッド脇にいた。
 眉毛の皮膚が縫合されていることに気づく。動くと背中が痛い。
 「バディは大丈夫ですか」、訊く。
 「隣の部屋で寝ている。大丈夫だ。意識不明だったが回復した。額を20針縫った。一度目覚めた。話をした。また寝入った」、リオーダン氏。

 「止めようとしたんだけど・・・・・・」、とオレ。
 事件が起きた原因を訊かれる。
 「---バディに訊いてくれ・・・」。
 さらに、押して訊かれる。
 言いにくい、だが結局いう。
 パルプ工場のことだと。

 「夕方もう一度来る。二人とも明日の朝には退院できる。医者がそういっている」、リオーダン氏がそういい、
 「半パイント瓶バーボンを買ってくれ」と要請し、3ドル渡す。

 眠れない。病院を出ることにする。シャツがないことに気付く。患者の世話をしている尼僧がいる。それに強引に頼んで、どんなものでもいいからとシャツを調達させて持ってこさせる。
 会計で費用を尋ねたら、リオーダン氏が「請求書を廻せ」という手続きをしたという。オレにもプライドがある。「リオーダン家の騒動に巻き込まれた結果として入院するはめになったのだとしても、事件を回避するように動かなかったのだから、結局は自分が悪い。
 25ドルを一部として渡す。後刻清算するからと。

 トラック(1961年Fordピックアップ)もマーチンもドブローもない。腕は動かない。明日からどうすればいいか・・・暗澹・・・。
  いや、そのことよりも、易々とぶちのめされてしまったことについての屈辱に苛まれる。
 幼いころ、学校帰りに8学年生に押し倒されて、膝で地べたに押えつけられ、ほっぺたを、なぶるようにパチパチ、これ見よがしにヤツが指先に唾を吐き、その指でオレの耳孔をほじった。くそーっ・・・
 こちらは身動きもできず、何もできない。
 そのときの、屈辱、一生涯忘れない屈辱感を想い起した。

■保安官事務所
◆告訴するも相手にされず。
 翌朝、いい天気。木の幹にぶつけて壊れたまバディが釣り場に放置してあったプリマス(Plymouth)を、なんとか騙しだまし動くようにして山小屋に持ち帰る。事件が起きた場所の警察管轄はラバリ郡保安官事務所(Ravalli County Sherif's Office)である。保安官事務所は郡都(county seat)Hamilton(ハミルトン)にある。
 出かける前、片方のヘッドライトがつぶれ、フェンダーがへこんだ車のエンジン、シリンダーが3つしか動かないのでノッキングを続けている状態のエンジンをかけたままで、ポーチでコーヒーを飲む。リオーダン氏とバディの弟二人がこちらを眺めていた。

Photo  ↑航空写真地図上の赤丸印Aの範囲がラバリ(Ravalli)郡で、右側に貼り付けてある郡分布図では、左端アイダホ州境にあるブルーの突起状の範囲がそれ。左側に貼り付けた地図は、ミズーラ(Missoula)と、リオーダン農場立地点フローレンス(Florence)と、郡都ハミルトンの位置関係を示したもの。ミズーラは、「ミズーラ郡」に所属する。

 保安官事務所、木のベンチで30分待つ。 
 男がドアから顔を出し、顎をしゃくって入れと合図する
 その男、保安官は、茶色の制服を肘までまくっている。片方の腕には、太陽で脱色された毛の下に、消えかかった陸軍刺青、もう片方には海軍刺青が見える。机の上に載せた指はソーセージのように太い。爪は下皮のところまで痛んでおり、挟まった汚れが黒い線をなしている。頭の中心が環状に禿げており、境界にフケが輪をなしている。
 椅子に座れとも勧めないし、直接目を合わせることすらしない。何か抽象的な思考に陥っているような風情で、机上の書類刺しの台で爪をカチカチ鳴らしているだけだ。

  やがて、いう。
  "Yes, sir?" (はい、それで?)

<<シェリフに被害を訴えるが、とりあってくれない>>
-------------------------------------------
                                                      (以下の会話、"S"は保安官)
 Florence(フローレンス)近くで道路から溝に突き落とされた。
S「事故の知らせを受け、保安官補をミズーラの病院に遣った。あんたら、見事に溝に突っ込んで怪我したな」。
 トラックにはギター2本を積んでいた、700ドル相当だ。
S「何をしてもらいたいのかね」。
 トラックを焼いた3人を捕まえてほしい。
S「あの夜、事件後、あの居酒屋で人々から事情を聴取した。あんたもバディ・リオーダンも酩酊していたとみんながいっている」。
 酔っていたために事故を起こしたのではない。突き落とされたのだ。三人のうちの一人が、私のシャツを破いて、その切れはしでガスタンクに火をつけた。
S「トラックも検分した。二本のスリップ跡が道路から溝の中までついていた・・・」
 ---猛スピード、あるいは居眠り運転でハッとして急ブレーキをかけて突っ込んだんだろうと匂わせているのだ。クソッ。

 くそっ、片腕でシャツのポケットから煙草を取り出してマッチを擦ろうとしながらいう。
 なんてことを、いいかい、ドアにWest Montana Lumber Company(西モンタナ製材会社)という表示のある黄色いトラックが俺のトラックのテイルゲートに追突したのだ。その上で乱暴を働いた。どういう連中かは知らないが、1949年ピックアップとギター2本と腕の骨折の賠償責任がある。

S「要するに、喧嘩してぶちのめされたっていうんだな」、
  そういって、机の引き出しから、3枚の書類が挟まったフォルダーを取り出す。
S「あんたが殺したのは黒人かい」。
     ...........オレは煙草に火を点け、保安官の頭越しに、窓の外を見る。青い山脈が見える。

S「つまり、こういうことだ。人を殺しておいて、たったの2年で出ている。モンタナならDeer Lodge(ディーア・ロッジ)刑務所で10年喰らう。相手がインディアンであっても、そうなる」。
 オレはその瞬間、相手に嫌悪を感じた。皮肉な笑みと、目に宿った意味ありげな光に。
 判決は2年じゃなく5年だ。3年残っている。そう書いてあるだろう。
S「ああ、そう書いてある。同時に、ちょっとしたことでも元の刑務所に逆戻りする可能性があるとも書いてある」。
----------------------------------------------

 怒りでハンドルをきつく握りしめながら山小屋に帰った。保安官に、あのうすら笑いを砕くような何か言ってやりたかったが、ただ、黙して事務所を出た。

 バディがポーチに座っている。顔中あざだらけで頭に包帯の鉢巻きをして。オレに笑いかけようとするが痛みで顔をしかめた。
 「あんたがいつ戻ってくるかわからないから、配線直結(*1)で車を借りた」

*1.イグニッション系配線のプラス/マイナス線をくっつけて(エンジンキーを廻すのと同じこと)セルを廻すこと。

「当てようか、保安官事務所に行ったんだろ」。
 「ここらでは、ああゆうクソッタレ保安官を南部から雇ってきているのかい」。
「ここではバーでの喧嘩や、土曜の喧嘩傷害沙汰には警察は関与しない。多勢に無勢であろうと、一対一であろうと関係ない。
 それに、リオーダンという名前は、あそこハミルトンでは糞の臭いのようなものだ、相手にされない」。
 「そうはいかん、トラックも、ギターもない。いつから働けるようになるのかもわからない」。

 バディは、つらいけど、諦めろという。
 住むところは、この山小屋がある。金の心配はしなくていいと。

 「ばかやろうバディ、あいつら、そこらのどこかでヘラヘラ笑ってんだぞ」。
「そうだが、じゃあどうしようってんだ、ああいう何もしない警官を呼ぼうってのか、まあ、座ってビールでも飲めよ」。

 この地を離れたかった。しかし、破産状態だったし、仮釈放との関係の制約もある。
 小屋の中に入ってビールを飲み、気持ちが和らいだ。もう一缶取り出して外にる。
 バディは釣りに。渓流でしばらくそれを見てから、一張羅スーツで出かける。
 ミーズラまで30マイル。居酒屋で停め、弟のエイス(Ace)に電話する。零落れた(おちぶれ)電話をしなければならない気の病みを、ウォッカで中和しながら。
 遺産分割の際、ほんの僅か、4エーカーだけ確保して残りは権利放棄したのだが、その土地を1,000ドルで売る。

■パルプ工場
◆襲撃相手の名を聞きだそうとしたが、相手にされず。
 ミズーラの西方、クラーク川に沿って丘を登る。
 巨大な噴煙が煙突から渦を巻きながら空に昇っている。臭いがし始めた。下水のような臭いだ。風が煙を谷全体に運びやり、草原に鈍い灰色のもや(靄)をたなびかせている。

 受付の女子事務員に訪問の趣旨をいう。隣の席の男、現場木材労働者から班長を経て数年前にやっと念願の事務所ネクタイ族入りを果たしたような人物、地位を失うまいと汲々とする余り、ぎこちない態度としかめっ面が習慣になっている男が、いやいやながら応対する。

--------訪問趣旨を述べる---------------
    一昨日、日曜日の夜、フローレンスの近くでこの会社のトラックに襲われた。三人乗っていた。ピックアップ・トラックと楽器を焼かれ、オレともう一人が負傷して病院に運びこまれ、治療費を負った。会社を訴えるつもりはない。連中の名前を知りたい。
 男はオレの顔を見つめ、腹立たしそうに女事務員の顔を見遣る。手のひらで他方の手の甲をなでる。
「何をいってんだ、いったい」。
    フロントバンパーに赤いペイントが付着しているトラックが駐車場にあるはずだ。そして、夜間会社のトラックをここから持ち出せる者の名をを知っているはずだ、とオレ。
 事務所にいる他の男二人が仕事の手を止めて、こちらを見遣る。女事務員が椅子の車輪をきしませる。
「会社には関係ない。保安官に言え」。
   この会社のトラックだから、会社に責任がある。連中をかくまうのなら、あんたも刑事的に共犯になる。
「気をつけて物を言えよ」。
   トラックの連中の名前を想いだすだけでいいんだ。
「共犯だと? 何さまだと思ってんだ、きさま」。
   こっちは、無茶なことをいっているわけじゃない。
「そうかい、ここに入ってくるなんてのが、考えのない証拠だ、だから、考え直して、帰れ」。
   ちょっと頭を働かせたらどうなんだ。ああいう連中が会社のトラックを乗りまわして、人々に乱暴、怪我させるのを奨励してんのかい。
「聞こえないのか、出ていけ、すぐに」。
   "You ass."(クソッタレ)

 男は受話器を取り上げて内線番号を廻す。もう一方の手を机ガラスの上に広げてきつく押し付け、電話先の応答をせっかちに待つ。
   そうかい、いいだろう、仕事に戻んな、とオレがいうが、相手は聞いておらず、
「ロイドとジャックをここに寄こせ」と電話に命じる。
 俺は事務所を出て暗い廊下を表に向かう。出口のドアが開いて日光が差し込み、ブリキの帽子をかぶった大男が二人、オレの方に向かってきた。
 片方の男が咥えていた煙草を棒のように顎から外し、タバコ唾を親指でぬぐって、オレを睨みつける。
  「早く事務所に行った方がいいぜ、誰だか知らんが暴れまくっている」、
俺はいってやった。
 二人が急いで事務所に向かう。
 男らがドアを開けて外に出てきたときには、俺はすでに駐車場を横切っていた。タバコ男が背伸びして怒鳴る、
 「出ていけ、二度と来るなよ」。
 
■ミズーラで酔う 
 ミズーラに戻り、さきほど弟に電話した居酒屋に再び入った。ビールを飲み、その後「ウイスキーのビール割」にした。
 店の暗がりの、山々からのたそがれの光が窓のブラインドから柔らかく射しこむなかで、南部での少年時代を回想する。アンゴラ刑務所で完成させることができなかった曲を想う。
            --♪ Lost Get-Back Boogie--
 頭の中に曲の構想全体が入っており、コード進行なども分かっている。歌詞だけが浮かばないのだ。
 あらゆることを入れたい。あの牧歌的な時代に、ルイジアナ南部で少年が育っていくあいだに見聞きする私的なこと、無垢なあらゆることを。

 あの、ボトル・ツリ―(bottle tree)――大恐慌時代、人々は水酸化マグネシウム(Milk of Magnecia、緩下剤などに用いられる)の空瓶を次々とハックベリ―(hackberry、アメリカ産エノキ) の木の冬枝に突き刺したものだ。青い瓶が風で鳴り、木全体が音楽を奏でるようになるまで。
Photo          (ボトル・ツリ―のイメージ図。画像はココから。実際には、ハックベリーというもっと大きな木に刺した)

 メキシコ湾の緑の地平線に海を沸騰させながら沈んでいく夕陽。Bayyou Techeの糸杉の下でのザリガニ(crawfish)とザガニ(bluepoint)の夕食。
 (Bayou Teche/バイユーテッシュ川 = ミシシッピー川本流の西方を約200キロにわたって走る支流、その水域.。画像)

Clawfishbluepoint                         ↑crawfish/ザリガニ(上段)、bluepoint crab/ザガミ(下段)、ココココから。

 Southern Pacifuc(サザン・パシフィック)鉄道構内での貨物列車の連結風景、
Photo_2                      (ココから)
 
  霧の中から聞こえる蒸気機関車の汽笛を聞いては、それが湿地帯を通ってニューオリンズ(New Orleans)やモービル(Mobile)といった都会へと旅をする様子を想像したことなどなど。

Photo     ↑中画像は、ルイジアナ州Morgan CityAtchafalaya River鉄橋。右端はSunset Limitted列車がLafayette駅に入ろうとするところココココから)

 まだまだある、製糖工場のそばのあった、黒人ダンス酒場(juke joint。酒、音楽、ダンス、ギャンブルなどの娯楽要素を提供する酒場、主として主として黒人労働者層客相手。駅操車場のそばにほったて小屋が立ち並んでおり、それぞれの小屋の入口に黒人売春婦たちが腰をおろし、バケツからビール瓶を取り出しては口にしている風景などなど。

Juke_joint                        (ココから)

 おそらく、盛り込もうとする要素が多すぎるのが曲の完成しない理由なのであろう。
一曲の中に盛り込めるものではない。おそらく、一冊の本に埋め込むことさえ難しい。

------------------
 ウイスキーの酔いで顔が火照り、頭皮から汗をかいている。頭の中でぶんぶん唸り声がする。バーテンダーが、サイコロの賭けを誘ってきた。バーの上方、横に渡した紐に、洗濯バサミで止めた一ドル札が何枚もぶら下がっている。こちらが勝てば、それが全部取れるという。エースを5個並べ、21ドルをせしめた。
 「ものすごい運を背負ってますね」、バーテンダーがいう。
Beam's Choice 1パイントとビール6本パックをくれ」。
 「おせっかいを焼くわけじゃないけど、とてもじゃないが、運転できる状態じゃないですよ」、バーテンダーがいう。

 帰り道、星が出ている。
 小学生低学年のころ、8年生に押し倒され、唾指を耳に押し込まれながら、抵抗もできずに為すがままにされていた屈辱感、折々想いだす屈辱が、パルプ工場を、これまた為すすべもなく放り出された無力感、屈辱と重なって想い浮かんだ。

■山小屋からライフルを
 バディは小屋にいなかった。母屋に行っているのであろう。
Photo_5
  Photo_2 奥の部屋に、バディの「1903年スプリングフィールド・ライフル、モーゼル・アクション」(03 Springfield rifle with the Mauser action、画像)が置いてある。壁からそれを外して、ストラップで肩にかけ、アーミージャケットのでかいポケットに弾丸をいっぱい詰め込む。

    (↑M1903-Springfield-rifle/ココから。Model 1903 cartridge/ココから。Army jacket/ココから)

  これほど酔っ払っていても、体の平衡を保つのにドアの脇柱によりかからなくてはならない状態になっていても、心の奥底では、自分がやろうとしていることは正気の沙汰でないことに気付いていた。
    自己保護本能も、頭の中の警告灯も赤信号を点滅させていた。

  ライフルを後部座席の床に置いて、フィールド・ジャケットをその上に被せ、キャトル・ガード(家畜脱出防止溝。《牛などを通さないように牧場の中の道路に溝を掘り棒を並べたもの。画像)のところまでやってきた。懐中電灯の光が揺れながら牧草地をこちらに向かってくるのが見え、暗闇のなかでバディが俺の名を呼んでいる。停まってエンジンをアイドリングしながら待つ。汗が顔を流れ、ウイスキー臭い息が鋭く喉を刺す。バディと弟の一人がやってきた。
 
 「どこに行くんだい」。
 答えが口から出ず、ハンドルから手を離して、指で道路の方向を指す。
 「何を飲んでたんだ」。
「ハイウェイの向こうでちょっと寄り道をした」。
 「出来上がってるじゃないか、戻って釣りに行こう」。
「クラップス(サイコロゲーム)で運が向き、金が入った。一緒に飲もうって誘ってきた女がいるんだ」、こう嘘をつく。
 「どこでだ」。
「Eddie'sとか」。
 「俺も行く」、懐中電灯のスイッチを切り、弟に、「ジョー、川には親父と行け、後で会おう」、とバディ。
「ダメだ、女がいる」。
 「車はどうなってもいいが、酩酊運転で豚箱にぶちこまれるぞ」。
「いままで捕まったことはない」。
 「南部のアホ警官たちが違反チケットの書き方を知らないからだ。車を小屋まで戻せ。服を着替える。一緒に行こう」。
「車が要るのか」。
 「おまいをムショに戻させたくないだけだ」。
「息抜きをしなきゃいかん、車が要るんなら、ヒッチハイクで行く」。
 「そうかい、ならしょうがない。おまいの仕事だ。だけど。ぶち込まれても保釈金はないぞ、自己責任でやれ」。
 キャトルガードをごとごとと越える。バディと弟がゲートを閉めてワイヤで止めるのがバックミラーに見えた。

■工場襲撃

 パルプ工場に向かう。
 後ろの車から警笛を鳴らされっ放し。崖にぶつかって石ころがフェンダーにバラバラ。パトカーが2マイルほど追跡してきたが、トラック休憩所に消えていった。
 ビールの缶を開けて腰の脇に置き、ビームズ・チョイス(Beam's Choiceバーボン)をすする。ソールトレイク(Salt Lake)のラジオ放送でチューリップの球根とヒョコ販売のコマーシャルをやっている。

 パルプ工場のすぐ真下、クラークフォーク川に木の橋がかかっている。そこから材木道路が、川を見下ろす山に登っている。山からは、泥の堤防で作った廃液貯蔵池や、黄色いトラックが何台も停めてある駐車場などを見下ろすことができる。
 坂の頂上まで登ると平坦道路があった、松林を進む。温度計が限度を超え、ラジエーターがシュウシュウいっている。方向転換広場で車を停め、フィールドジャケットを着てライフルを肩にする。
 分厚い松葉敷を踏みながら、散在する伐採材木の間を下っていく。いい場所が、松の木の幹に背をもたれさせてライフルの望遠照準から駐車場全域を覗ける場所がみつかった。

 銃尾(breech)を開けて銃を膝に横たえ、銃弾をハンカチの上で数える。ソフトノ―ズ(soft-noseソフトポイント弾)にポケットナイフでx印の切り込みを入れる。親指でマガジンに弾丸を込める。座ったままの姿勢で撃てるように、負皮(おいかわ)と腕のギブスと照準の関係を調整する。

 最初の弾丸はトラックのフロントガラスを貫通し、ガラスに蜘蛛の巣を作った。
 続けて、2発連射する。鉄車体を弾丸が撃つ金属音が響く。
  こちらの目には見えないが、運転席内部で飛び散った鉛が、あちこちに野球ボール大の孔を穿っていることがわかる。
 酊状態のなかでも、被った被害に見合うだけの復讐に留めようと考えていた。
  しかし、途中で止められなくなった。

 重く激しい発射音で耳がガンガン疼き、ボルトから空薬きょうが飛び出して、煙をあげて松葉の上に飛び散る。「ウヮーップ」という音がして、弾丸が2台、3台、4台目のトラックを撃ち砕く。
 バーボンのパイント容器から、グーッとあおる。
 再充填して、狙いもしないで撃ち尽くす。
 反動衝撃から立ち直り、ボルトを引き、チェンバーに弾を充填し、引き金を引く。
 この繰り返しだ。

 最後の弾丸がどこかエンジンの電気系統に当たったようだ。バッテリーかイグニッション配線に。
 フードの下から火花が散り、黄/青色の炎がオイルパンの下でチラチラ揺らめき、フロントウインドウの前あたりで塗装がブツブツ泡立ち始めた。

 オレは、背い皮を外し、空薬きょうを拾う、探しては拾う。熱い。ポケットに入れる。
 下では、トラックに炎が這い上がり、ガスタンクの上部の革シートに燃え移り、遂に、爆発した。暗闇に赤いハンカチを放ったように、炎が前方に飛ぶ。車体が崩れ落ちる、タイヤが炎の輪となって、唸り声を発する。

Photo_7                                    (ココから)

  バーボンボトルをあおり、魅惑されたように光景を見続けた。
 火災の熱で隣接トラックのガラスが割れ、内部に炎が立ち始めている。丘の麓の川に赤い光が反射し、松の木々の黒い幹は、闇に包まれている。
 工場の向こうのハイウェイで、パトロールカーのピンクの光が激情に駆られたように」暗闇の中で方向転換するのが見える。
 ボトルをポケットにしまいこみ、拾い忘れはないかと空薬きょうを探す。手を落ち葉の下に入れて、身体の右側半分を廻しながら、かき混ぜて探す。
 ウイスキーが目の奥でずきずきと疼き、銃の負い皮を斜めに背負って立ちあがろうとし、よろめいた。

 そして・・・、その夜初めて、自分が問題を引き起こしていることに気付いた。
 思考は機能せず、どんな道を通って帰ればいいのか、何も知らず、皆目分からなかった。ハイウェイで、酩酊運転で捕まる虞れ(おそれ)が大いにある。肩にライフルを背負って、車へと、勾配を頂上まで登る。きつい運動に胸が激しく動悸をうち、髪の毛から汗が目に流れこむ。

 ハンドルの前で考える。
 材木道路を登って山を越える手があるが、この酔いだ、おそらく崖から500フィート(150m)墜落するだろう・・・待てよ、道路がどこかに通じているかどうかも定かでない。
 それとも、木の橋を渡ってハイウェイに戻って、捕まり、ディーアロッジ(Deer Lodge)刑務所にぶち込まれ、そこを終えて、再びアンゴラか・・・。
 
 エンジンをかける。ライトは消したまま、ニュートラルで、ブレーキを踏み踏みしながら下る。麓に近付くにつれて松の茂みが薄くなり、川の茶色い流れが見えてきた。橋が、工場の明かりを反映して、平たく厳しく浮かびあがる。渡った側には、パトカーがいる。飛行機ヘッドライト(airplane headlight、着陸用ヘッドライト、→見よよ、見よ)を照らし、屋根にピンクの明かりを点滅させながら。

 下りにさしかかり、ライトを消し、プリマウスをセカンドギアに落とす。やばい、ライフルが、助手席ドアに敬礼しているかのように立っていることを想いだす。  
 どこかに捨てるにはもう遅い。後部座席に放り投げることすらもはやできない。
 保安官補が橋の欄干の傍に立ち、懐中電灯を点滅させてこちらに停まれと命じている。

 ああ、なんてこった・・・しかも、その真っ只中に突入しているんだ。
 俺は減速して、工場駐車場の炎を見遣る。二人の男が消火器の液を火に振りまいている。その影が見える。
 保安官補が懐中電灯を、気短そうに振り回し始めた。
 ヤバイ。
 しかし、数秒後に解放された。
 「早く行け」、言っていたのだった。

 俺は車を減速して上方を見やる。トラック駐車場では炎が燃え盛り、二人の男が消火器で闘っている姿の影絵が見える。
 保安官補が苛立たしそうに懐中電灯を振り回し始めた。胸の鼓動間隔のように、一秒遅れで悟った。早く行けと催促しているのだった。
俺はガタガタと橋を進む。突然ヘッドライトで保安官補の茶色の制服、幅の広いガンベルトと弾薬帯、ステッソン帽を間深く被った頭部が見えた。
 俺は相手に頷き、ゆっくりとアクセスを踏み込んだ。

 ハイウェイに入る。ポンコツ車はロッドをゴトゴト鳴らし、車体をガタガタ揺らす。冷や汗が流れている。ウイスキーの残りをゆっくりとあおって、空瓶を屋根越しに放り投げる。
 危いところを前科者のツキで切り抜けた。捕まれば、今度こそ閉じ込められた刑房の鉄扉を溶接されてしまうところだった。その危機に頭に飛び込んできたツキによって、逃れた。
  グレート・フォールズ(Great Falls)ビール6本パックを買って、牧場まで飲みながら帰った。

 俺は、頭がフラフラ心臓がドキドキの勝利感と「全知全能」感を感じていた。あの、朝鮮戦争歩兵隊、チャイニーズ・ヒルの頂上攻略時に、なんとか撃たれずに、死なずに登りつめたときにしか味わったことのない感情を。
 俺は、時速70マイルでセンターライン越えて蛇行運転したり交差点を突っ切っていたりしていたのだが、そんなことはどうでもいいことのように思えた。全身が魔法に包まれ、舞い上がっていたのだ。アルコールとアドレナリンが心に作用して、陰険邪悪な新エネルギーを生みだしていたのだ。

■翌日
 翌朝、猛烈な二日酔い。ビールとウイスキーと煙草の味が口の中でゴチャゴチャ。迎え酒をやる。二本目のビールを飲み干したときに、やっと落ち着いた。
 「昨夜、やれたのか」、バディが訊く。マリファナ煙草を吸っている。

 事の顛末を話す。
 バディはスプリングフィールド・ライフルを持ち出し、裏庭に埋めた。

 15分後、保安官補が二人やってきた。
 「何もしゃべるなよ、金がないから保釈手続きはしてやれない、目いっぱい入ってろ」、
 バディがいう
 俺は後ろ手に手錠をかけられ連行、留置された。

―― Part 16に続く ――

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2014年2月10日 (月)

James Lee Burke(ジェイムズ・リー・バーク)の世界。おびただしい風景描写、カントリー/ジャズ音楽への深い造詣、南部ルイジアナの沼地、河、川、人工水路に、モンタナの渓流に登場する魚たち――1978年の異色純文学風作品"The Lost Get-Back Boogie"を素材に語る(Part-14)。

2014.2.10
  今日の記事は、本の第5章(Chapter Five)の頭、88ページから105ページまでの内容を書いている。文字量が多い割には話の進みがのろい。そうなっている理由は、パッパと間引きして物語の筋をどんどん先に進めるという手法をとっていないからである。間引き率30%というところか。
1  そうしたのには理由がある。バディという男、物語において、ある意味、主役アイリーと同じぐらい重要な役割を占める脇役、性格役者だが、そのバディがどういう男かという人物描写が、心理描写みたいなものも絡めて、厚く盛り込まれているからである。

 なお、以下の記述で「一、二、三....」と項目番号を振っているが、当ブログ主が勝手に置いているものであり、本にそのような項目立てがあるわけではない。断るまでもないであろうが、念のため。
 (→画像 - Hyperion社Mass market版、ISMN: 0-7868-8934-9。1978年発表作品)

             
                      <<<[関連記事一覧表](相互リンク機能を付しているので適宜参照されたい)>>>
  

************************
「オレはカアチャンと子どもらに会いに行こうと思ってるんだ、日曜日に。ジミー(Jimmie)の誕生日だ、
 あんたとメルビンも一緒に行こうや。ミシシッピー川生まれのこの偽ヒッピーがボナーの居酒屋でEarnest Tubb(アーネスト・タブ、画像)を真似て唄うのを聴こうじゃないか」。
       ......................................
       .....................................

 「いや、まあな、実のところは、行こうと誘ったのには、ほかに目的があったんだ。ほら、オレはカアチャンと縒り(より)を戻そうとしてんだ。まあ、いい考えではないかもしれないが、しかし、子どもらがもう9歳と11歳になる。連中は、学校で、まったくダメ・・・・・・

***********************   

                                                                                             (前回記事、Part-13から)

◆◆◆◆◆◆◆◆
一、バディの妻、別居妻、ベス
 日曜日の朝、俺は、バディ、姉、その亭主と共にミズーラへ行った。バディの息子の誕生日祝いだ。快晴日だ。
 バディは、11歳誕生日のジミーに野球のグローブとスピニング・リール(見よ)を、 下の子には缶切りやドライバーなど付属道具がいっぱいついたスイス・アーミー・ナイフ(見よ)を手土産にした。やつは子煩悩だ。自ら楓(かえで)の木陰にテーブルを据え、ロウソクを立て、アイスクリーム作って皿に盛り、テーブルに並べていく。子どもらは大喜びだ。

 その妻、ベス(Beth)との間では、しかし、バディは成功しているとはいえない。
 ベスの態度は、静かで、バディに親しみのある様子で接する。共通の知識を分かち合っている者同士が示す態度だ。あるいは、というよりも、おそらく、場に応じて振舞っているだけなのであろう。
 しかし、バディがこの子たちの父親でなかったなら、いま目にしているようなほんのわずかな部分でさえバディがベスの生活入り込めることはない。
 俺はそのように感じた。

 バディは腕を振りまわしたり笑ったりしながら、盛んにベスに取り入っている。シャツにもズボンにもアイロンがかかり、ズボンにはビシッとした筋が付いている。
 しかし、ベスはといえば、ともすればバディに対して注意が薄れ、意識がさまよい、子どもの一人がアイスクリームを膝にこぼすと、ハッと現世に戻って素早く対応する、といった態度だ。
 俺は木の幹にもたれて缶ビールを飲みながら眺めているのだが、何か見てはならないものを見てしまったと感じた。特にバディに対して。

 ベスは、実にいい外観をしている。髪は、ところどころ軽く輝きを見せる黒髪で、肌は皺もそばかすもなく、あくまで白い。やや太り気味だが、却って魅力を増している。女子生徒のように膝をくっつけて立つ。
 胃の辺りの滑らかな曲線と大きな乳房を目にし、俺は、驚くほど激しい性夢で真夜中に目覚め、悶々と眠れぬ時を過ごした幾夜かの記憶に引き戻された。

二、ミルタウンでの演奏
 その後、俺たちはミルタウン(Milltown)のバーに行った。オレ、バディ、ベス、姉夫婦である、ベスは子どもの世話をしなきゃいけないとかなんとかいって同行を渋ったのだが、バディは両隣りの家のドアをバンバン叩いて留守中の監視/保護を依頼するという荒っぽい行動に出て、ベスの意表を突き、行かざるを得ない状況に追い込んだ。
 ベスは目に怒りを見せた。
 俺のピックアップ・トラックをオレが運転、真ん中にベス、窓際にバディ、姉夫婦の車が後に続く。ヘルゲート・キャニオン(Hellgate Canyon)を抜け、クラーク・フォーク川に沿ってミルタウンに向かう。
Photo     ↑画像 ― 丸印、左からミズーラ市街、ヘルゲイト峡谷、クラーク・フォークとブラックフット川の合流地点、ボナー(Bonner)。
    ミルタウン(Milltown、矢印の局部地点)は、ミズーラ郡(Missoula County)内の地域で、国勢調査用に設定された区域
   だとされる(見よ)。


 日曜日とあって、何艘もの黄色い娯楽用救命ボート/イカダが、水着姿のビール飲みたちを満載して、唸りをあげて急流を下っていく。水しぶきと陽光を通して喜びと恐怖の悲鳴を谷の壁に反響させながら。

Photo_5                             (ココから)

 リアミラーを見ると、バディの妹の亭主メルビンがハンドルの頂上部分で両腕を組み、手に缶ビールを握っている。車は、崖の縁と山壁をヨタヨタと「くの字」型にいったりきたり。
 危険だ。
 ヤツは、ベスの家での誕生日パーティーで早い時間から飲み始め、出発する前に、すでにビールをウイスキー割にして飲んでいた。

 「停まって、アンタにあの車を運転させた方がいいようだ」、バディにこういうと、
「ダメだ、ヤツは喧嘩を吹っかけてくる。あいつは筋金入りの大酒飲みアイルランド人だ、聞くこっちゃない」。
 今にも谷底に墜落しそうな運転ぶりなのだが、メルビンという男は頑固で、絶対にいうことをきかないのだという。俺は、貨物トラック休憩所に寄ってヤツにコーヒーを飲ませようと提案したのだが、ベスは、
 「そのまま行って、大丈夫だから」という。
 俺は、女の落ち着いた、魅力的な横顔をちらっと眺めた。ほんの瞬時だが、女の股が俺のそれに触れるのを感じた。女性を身近に置いて車に乗ったことはもう二年以上もない。そのことと、それがどんなに気持ちのいいものかということを想いだした。

 なんとか、無事に目的地に着くことができた。
 そのバーにはすでに大勢の午後観衆が集まっている。バンドの誰かがエレキベースのチューニングをやっており、騒音のなかをマイクを通して鳴らしている。
 メルビンは路面のでこぼこを飛び跳ねながら動いてきて、車の尻尾を振ってブレーキをかけ、俺の車のフロントフェンダー3インチのところでかろうじて停まった。
 彼奴(きゃつ)の顔は、ほぼ完璧に真っ白、蒼白で、フィルター煙草を逆さまに咥えていた。俺としゃべるために、助手席の方に身を乗り出してくる。そこに座っている妻は、臭い息を避けるために顔を反らした。
 「これから、Roy Acuff(ロイ・アカフ)をやってこまそうってんだな」、こういう。
 俺は頷いて、窓ガラスを巻き上げて(閉めて)いう。
 「おい、バディ、オレは連中とまだ2回しか演ってないが、いいバンドだ。だから、続けたいと思っている」。
 「ああ、いいじゃねーか、はやく行け、演れよ、Ernest Tubb(アーネスト・タブ画像)をやってくれ」、「この男の面倒はみるから」。
 「そうもいくまい」、オレがいう。
 「中に入んなさい、大丈夫よ」、ベスがこういう。

 バーの中では、ベスはプリンスだった。
 バンドスタンドで俺が最初の曲を始めると、メルビンは、ウイスキーグラスを片手に、ドラフトビールをもう一方の手にしてスタンドの下に立つ。酔っ払って、実に幸せな顔だ。
 フラフラ揺れながら、ニコニコ笑って、アンプで増幅された音響のなかでブツブツ呟きながら。
 ベスがその肘を取り、ダンスフロアに導いていった。

 二曲目にマーチン(Martin)ギターでリードを取った。曲は"I'm Moving on"(アイム・ムービング・オン/俺は家を出る)だ。進むに連れ、席は静まり返った。おれはギターの音響ボックスを顎まで持ち上げ、マイクに直接音を入れて弾く。Hank Snow(ハンク・スノウ、画像)のコード進行を、フレットを上下しながら弾く、深い低音で汽車の音を模し、高音部弦でメロディを奏でながら。終わると場は熱狂的に沸き、拍手と口笛、褒め叫びの嵐だ。
Photo_2                  ↑リード・ギターがソロをやっているところだが、このギターを顎まで持ち上げて音響ボックス(孔の周辺か?)を
           マイクに近づけ音を入れるという奏法をやったというわけだ。


■Hank Snow - I'm Mooving On - 1967

  ハンク・スノウ ― アイム・ムービング・オン(俺は家を出る)

 Im_moving_on_3 Hank Snow(ハンク・スノウ)1950年作曲のカントリー曲。ビルボード(Billboard)カントリー曲シングル盤チャートでトップに昇り、連続21週間その地位を占めた。12小節ブルース曲。この分野のスタンダード曲となっている(Wikipedia)。
      →画像はその1950年シングル盤(Wikipediaから)

 
 そのセットが終わってバディを探すと、便所でラリっていた。目は充血して色が渦を巻き、瞳は石炭の燃えカス色、小便器に向かって壁に手をついている。駐車場でヤクを手に入れたのだという。お前もやれと勧められるが、仕事中だからと断る。
 「オレのカアチャン、どうだい、いい女だろう」。
 「異議なしだ」。
 「お前が色気出しているのを感じたぞ、さっき、トラックの中で、ハンドルの後ろでチンxxおっ立ててただろう」。
 「その学生のやるLSD、手を切った方がいいぞ」、おれはいう。

三、ミズーラ、Eddie's Club(エディーズ・クラブ) 
 バンドの仕事が終った後、ミズーラに戻りEddie's Clubというバーに入った。「そこに寄ってから、山小屋に戻ってみんなしてバーベキューをやろう」というバディの主張に押されたようなかたちだ。
 店は、黄色い照明で強く照らされ、煙が充満し、浮浪者、泥酔したSalish Indian(サリッシュ族インディアン)、玉突きのカチカチ音、ヒルビリー音楽のジュークボックス、モンタナ大学の学生と教員といったものが雑然と同居しているといった場所である。
 壁に人物写真がいっぱい貼ってある。店のバーテンダーはバディがニューオリンズでピアノを弾いていたときに知り合った友人で、秀逸なカメラマンでもあるという。1955年式シボレーを持っていて、ビタールート道路を110マイルで飛ばすとも。その人物を紹介するからといってバディが相手を探しに席を立った。

 ベスと姉夫婦と俺の4人が残った。メルビンは、ライターの炎を煙草の先端に近づけることもできないほど酔っている。店には、他にも、こぼしたビールの溜まりに肘をついていることにも気付かないほど泥酔している連中がいっぱいいる。
 Photo 「モンタナ特製ハイボールをやってみな、
  こういう連中と一緒だ、素面(しらふ)でいようなんて考えんなよ」、
  そういって、メルビンがウイスキー満杯のジガー(ウイスキー計量容器。通常1.5オンス=約30cc)を二本指で挟んで、大ジョッキ・ビールの中に沈め、オレの方にジョッキを押して寄こした。
 「やめとこう」、オレがいうと、男は両手でジョッキを持ち上げて一気に飲み干した。ジガーがジョッキの中で転がり、音を立てた。
 俺は、恐怖に捕われた。(↑画像、ココココから)

 玉突き台の周りで喧嘩が始まった。キュー(突き棒)で殴られた男が床に倒れて運び出されたりしたが、騒ぎに注意を払う客はほどんどいない。

 「何考えてるの」、ベスがいう、微笑みを浮かべて。
 「ここで何をやってんだか、オレにも分かんないや」、とおれ。
 「旅行ガイドのバディとメルによるミズーラ案内ツアーよ、その始まり」、
   パールがいう。弟にも亭主にも腹を立てている。
 「あんた、いい奴だなあ、おい」、とかなんとか、亭主が俺に向かってグデグデいっている。
 「もう二三分したら出るわ」、ベスがいう。

 バディがバーテンダーを連れてきた。紹介劇が済み、「何が起きてんだい」という男の質問に対してバディ一が、
 「この後山小屋に帰ってみんなでバーベキューをやり、こいつがマーティンを弾いてDixie(デキシー、南部、南部諸州)の曲を唄い、どうのこうの」と説明する。
 そんなこんだで、結局、メルがインディアン女性の膝にビールをピッチャーごとこぼしたことによって店を出た。女はスカートを腹までまくりあげて水を絞り、大股や膝にジャアジャア垂らした。怒った亭主がメルのシャツを引き裂く騒ぎになったが、バーテンダーがピッチャー3杯を提供して事は決着した。 

四、帰路にもう一軒事件の火種
 バディとオレはベスをミズーラの自宅で降ろした。山小屋に来てもらいたがって、バディはベスをさんざ口説いたが、ベスは応じなかった。その独特の、女性特有の静かな口調で、子どもらの夕食、明日の学校などなどと、理由を述べて。言い逃れでしかない理由を述べて。

 俺たちは家に向かってビタールート谷を走っていった。川面は暗く、風がコットンウッド(ヒロハハコヤナギ)の木々を吹きぬけていく。雨雲が山々の頂上を横切って動き始め、谷の遙か向こうで乾いた雷鳴がゴロゴロ鳴り、次々と通り過ぎていく松林の丘の上に稲妻がひらめき、揺らめく。空気に、わずかに雨の気配がする。

 バディがポケットからマリファナの吸いさしを取り出して火をつけ、煙を深く吸い込む。そのまま息を止め、歯を食いしばり、ゆっくり吐き出し、また吸い込む。
 「どこで手に入れたんだい」。
 「『エディーズ』でインディアン娘から。おまえも一服やるかい」、そういい、ダッシュボード下についているライターを押し込んだ。
 「バディ、もうやめておけ、もう頭の中で爆弾ができるほどいかれてんだから」。
 「なにいってんだ、オレがいかれて訳わかんなくなったのは、コーク(コカイン)だけだ」、
そういって、吸いさしを赤く熱したライターに押し付けて火をつけ、鼻の下で煙をいぶらせ、深く吸い込む。

 「なあ、おい、オレは見事に振られちまったなあ、カアチャンに、な」。
 「さあ、どうなんだか、おれには分かんないや」。
 「ばかやろう、分かってるくせに」。
 「初めて会った人だ、分かるわけないだろ。子どもの世話をしなきゃいけないといっていたじゃないか」。
 「オレがいってんのはそんなことじゃない。分かってるくせに、とぼけんんなよ、前科者どうしだ、騙そうたってそうはいかん」。
 「俺はバンド席にいた、あんたら二人の間に何があったかは知らない」。
 「だけど、知ってる」。
 「よせ、バディ、あんたら二人だけの間のことだ、俺を引っ張り込むな」。
 「そうだな、だけど、おまいには洞察力がある。あんたは、ムショの庭を何の目的もなくただブラブラしているように歩いていく、塀にハンドボールをぶつけながら歩いていく、監視塔の銃座の下をクールに歩いていく。だけど、そうしていながら、誰かの思考の中にカチッと入り、相手の鼓動と同調して心を読む」。

 バディはそういってライターを通気孔の枠にカチカチとぶつけて灰を落とし、さらに靴底で叩きぬぐった。目の隅が赤く充血している。バディがラリっているときに嫉妬心というかいやらしさというか、そういうものを表わすのを目にしたのは、これが初めての経験であった。
 「おい、アイリー、おまいがステージで唄いはじめたときに見せた動きは、オレにはミエミエだったぜ、ベスやパールに媚びて、気を引こうとした。あの、南部田舎者カントリー音楽はご婦人らにはうけた。そうよ、悪いとはいわん、だけど、オレがいうこと、全部、とぼけた返事しかしないじゃないか」。

 もう何もいうことはない、これ以上しゃべると状況を悪くするばかりだ。
 かといって、黙っていても、事は同じだった。重苦しい沈黙が立ちこめる.........。

 そのとき、バーテンダーの1955年式シボレーが(車種は?)ツイン排気(2本マフラー)の唸り声をあげて通り過ぎていった。ヘッドライトの輝きを瞬間的に見せ、おれの車の前でギアをセカンドに落として一気に加速し、タイヤの焦げる臭いを残して走り去った。
逆気流と真空現象によって、こちらの車が路肩の方へ押し出される。
俺は悪態をついた。
 バディにこれ以上マリファナを吸わせないようにするために、一本くれというと、もうないという。まだ青かったとか、吸ったマリファナがインディアン居住区で豚の糞の中で育てたものだったとしたら、フォークでかき混ぜた脳みそでしゃべることになる、というようなことをバディが語る。
1955_2           ↑画像 ― 左=1955Chevrolet Ber Air/シボレー・ベル・エア。右= 1955 Chevrolet Corvette/シボレー・コルベット。
                ココ(Ber Air)とココ(Corvette)から。

 「あそこのバーで停めろ、ビールを買って帰るから」、バディがいう。
 ネオンサインが、駐車場のレンガ敷きと停めてある乗用車やピックアップ・トラックに、赤と紫を鈍く反映している。
 それは、俺がモンタナにやってきた最初の晩にバディと二人で入ったバーだった(Part-9参照)。

 「やめとこうや、アイスボックスに何本か入っているし、後で買いに来てもいい。
 「停めろ、停めろ、パルプ工場問題のことをウジウジ考えんのは、もう止めろ」。
 「いや、やめとこう」。
 「仮出所保護観察官のことが年中頭にあるから、そういう風に考えるんだ、
 ちょっと待ってろ、買ってくるから」。

 俺は道路際のスペースにトラックを停め、バディが店に入っていった。甲板を歩く水夫のような慎重な足取りでバランスをとりながら。
 煙草に火を点ける。雨が数滴窓ガラスを打つ。遠くの山で暗さの中に長い稲妻が揺らめく。硫黄の臭いのする湿った空気の中で、煙草をピシッと弾いて灰を落とす。
「........そうかい、なら、もうどうなろうと、かまったこっちゃねえ」、
 俺はそう考えて店に入っていった。

 店は混んでいた。バーカウンターのスツールは、カウボーイと材木労働者で埋まっている。身をかがめて、ポーカーダイス(porker dice)やパンチボード(punchboard)に興じている者、もっぱらビール瓶に集中している者など、いろいろだ。

Photo_3                               (ポーカーダイスとパンチボード。ココココから)

 バディはひとつのテーブルの前にビールを手にして立ち、三人の骨ばった男たちと話していた。男らはそれぞれ妻を連れており、妻たちも、みな亭主と同じように鈍重にみえ、風と太陽に焼かれた風貌をしている。
 テーブルには各自の前に食べ終えたステーキ皿が肉汁と血を見せながら並んでおり、バディがしゃべっている間、男たちは、なんとか我慢して怒りの爆発を押えているという風情で、灰を皿に叩き落としながら煙草を吸い続けた。

 ジュークボックスからレイ・チャールスの歌が流れているが、バディがかけたに違いない。というのは、そんな音楽をかけるようなタイプの客は他にいないようにみえたし、バディのしゃべりといえば、ズボンのポケットを叩いて中の釣り銭硬貨をジャラジャラいわせ、唱に合わせて抑揚をつけ、黒人ヒップ言語(hip language、一種のスラング。見よ)を連発的に挟みながらしゃべるというものだったからである。ラリってハイになっている状態であり、バード(Bird)ことパーカー(Charlie Parker画像 )のリズムが頭の中で飛び跳ねているに違いなかった。
 こともあろうに、ヤツは、そうなってはいけない最悪の場面で、それをやっていた。

 「そうかい、それがアンタらの考えかい、おお、いいじゃないか。だけどな、オレの親父にも、自分の考えがあるんだ。すっきりした考えだよ。単に、ちょっと変わった行動をとったというだけのことだ。自分がどういう結果を得たいか、何を止めたいかということに沿って動いただけのことだ・・・」

 俺はカウンターに行き、バディが持ち帰りを注文したかどうか訊いた。
 「カウンターの端に置いてありますから、いつでもお持ち帰りください」、バーテンダーがいう。
 俺はビールの段ボールケースを取ってバディの傍に行き、
 「お客さん、メーターが料金切れになってますよ」、という。
 「ちょっと待て、微妙な形而上学的問題を議論しているんだ」。
 「議論しなきゃいけないのは、俺たちの身の安全だ」。
 「ちょっと待て、じゃあ、決着をつけよう。だから、あそこのあの臭い(くさい)パルプ工場が浄化システムに金を少しかけさえすれば、谷間は、浣腸されたような臭い(におい)を嗅がなくてすむ。そして工場は、世界のあらゆるところに、立派な立派なトイレットペーパーを供給することができる」。

 猪首で鉄のような眉毛をした男、シャツのラペルが糊を利かしたアイロンでパリッとなっている男が、恐ろしい目つきで――俺の方にその視線を向けられるのは絶対にごめんだという目つきで――バディを見遣った。首に浮き出た太い血管と眉毛は、よじれた綱のようだ。まるで消化不良の怒りで引き金を引かれ続けているように、胸で深く息をしている。握りしめた拳がテーブルこすって、往ったり来たりしている。
 男は、瞬きをして壁の遠くの方に視線を写した。そして、いう。
 「おまえの親父に言っておけ、400人の労働者が失業するんだってな。空気がちょっと臭うって、おやじが思うだけのことでな」。
 「まあ、運が悪いときはそんなもんだよ、オイ」、バディが返す。

 俺はビールのケースを持って出口に向かう。ドアで、酔っ払ったカウボーイが店の女に別れのキスをして、表につまづき出るのを待たなければならなかった。軽い雨のなかを駐車場を横切ってトラックに向かい、荷台にビールを置く。開いたドアから射す黄色い光に照らされて、バディがやってきた。
 「乗れよ」、オレ。
 「なんで避難訓練だ、オイ」。
 Photo_8 「次にやるときは一人でやれ、パープルハート勲章(Purple Heart)を取るのなら、俺がいないときに一人でやってくれ」(軍事作戦行動による死傷者に大統領の名で授与する勲章。見よ)。
 「本気で怒ってんのか」。
 「いいから、乗れ、5秒で出るぞ、すっ飛んで」。
 道路に出て、ファーストで目いっぱいアクセルを踏み込んで、セカンドに上げた。油煙がマフラーから噴き出している。
                (↑画像はWikipediaから。主人公アイリーは朝鮮戦争従軍で二度この勲章を授与されている)

五、襲われる。
 「何をやってんだ」、バディはまだビール瓶を手に持っていて、泡を飲んだ。
 「分かんないのかよ、あそこで何をやったか、連中は目を血走らせていたぞ、あの男、もうちょっとでお前を殺すとこだった」。

 「アイリー、おまえはここらの事情が分かっていない。荒くれが実際にパイプを顔に突き刺してくるなんてことはありゃしない。あいつらは年中ああゆう脅かしをやるんだ。
 それにな、あのクソ連中の独りよがりには我慢できん。連邦政府に文句をいい、インディアンに、農場監督に、ニガーに、学生に、あらゆるものに、自分らに似ていない者、誰にでもいちゃもんをつける。もう、やってられないぜ」。
 「ああゆう連中とは関わり合いになるなってこと、学んだんじゃないのか」。
 「おまわりみたいなことをいってんな、今夜は」。
 「そうよ、覚えてるか、アンゴラ刑務所の最初の週に、おまえが教えてくれた教訓を、
 『無害にみえる静かな連中のそばにいろ』、こうだ」。
 「オーケイ、わかった」。
 俺は、煙草を咥えてキッチンマッチを親指の爪でこすって火を点ける。ヘッドライトの光に雨が浮かぶ。煙を吸い込み、ゆっくりと吐きだした。

 「バディ、とことん突っ張って、事を大きくするのはよした方がいいぜ」。
「分かってら」。
 「時には引くことを知らなきゃな、相手にならないで引くことを」。
「もうよせ、分かってる、オレが製紙工場問題で心配しているように見えるかい、オレはまったく冷静だ」。

 俺は、主道路から牧場への脇道に曲がろうとバックミラーを見る。
  後ろからヘッドライトの両目が雨をついて急接近してくる。まるで、俺が減速していることに気付かぬように。
2_3                                                  (画像はココから)
 
  俺はギアをセカンドに落として、加速しながら砂利道の脇道に入っっていった。トラックの車体がスプリングの反動で揺れる。道路脇の木々は黒々としており、道路の小石や砂利車台にぶつかってピシピシガチガチ音をたてる。
 Photo 後のヘッドライトは俺たちに続いて脇道に入ってきた。
 俺はアクセルを床まで踏み込んだ。

 「おい、サーキットレースでもやろうとしてんのかい」、「よせ、タイヤが岩で裂けてしまうぜ」、とバディ。
 俺は返事をしない。
 後ろの車のドライバーは、ヘッドライトを上向きにし、それが、砕けた白炎のように俺の目に反映する。
 車をセカンドに落として加速し、クラッチを踏んでサードに切り替え、そのままアクセルを床まで踏み込んでガスを目いっぱい送りこみ、クラッチを離した。                                  (↑画像はココから)
 瞬間的にタイヤがスリップしたが、すぐに地面を噛んでガーッと加速した。スピードメーターの針が上限位置でブルブル震える。まるで悪夢の一部のように。

 後続車のヘッドライトがテイルゲート(荷台最後尾)のすぐ近くに不気味に現れ、黄色のでかいトラックのフードと全体輪郭が見えた。
 「脇に寄せて、このクソッタレ酔っぱらいを遣り過ごせ」、バディがいう。

 そして、ガツンときた。
 俺のトラックの最後尾が左右に振れて溝に落ちそうになる。
 ハンドルを切り、ギアを落とし、車体を安定させようとする。タイヤで砂利がすっ飛ぶ。
 そして、また、ガツンとぶつけてきた。
 金属が裂ける音がした。誰かがトタン屋根からトタンを剥がしているような音が。
 ヘッドライトが道路脇に並んだ樹木の列を打ち、空に揺らめく。

 俺は車を道路の真ん中に戻すことができない。フェインダーがタイヤに食い込んでいるか、車台そのものが曲がってしまったか。
 バディは覗き窓から後ろを見やっている。後ろのトラックのヘッドライトに照らされて顔が光っている。
 「あと1マイルだ、我慢しろ」、いう、
 「親父のショットガンを持ってきて、クソッタレどもを撃ち殺してくれる。

Snowolow  連中が迫り、こちらのリヤバンパーを、除雪車がやるように捕えた。超弩級エンジンと重量でもって、こちらの車を、まるでそれには自身のモーメンタム(運動量)がまったく存在しないかのように、強烈に前に押しやる。トランスミッション(変速機)の歯車が壊れ、ハンドルは効かず、車輪はあさって(明後日)の方向に押しやられて岩だらけの道路をこすり、轍(わだち)を刻む。

                                             ↑除雪車(除雪機械、snowplow、物語は8月だけど).

  前車輪が溝の縁を越え、中に突っ込みかける。俺は片手でハンドルを握り、もう一方の手をバディの胸の前に置いてヤツを守ろうとする。松の若木がフロントガラスをこする。溝の底がググーッと迫り来て、ラジエーターを押しつぶした。
  バディが、フロントガラスに頭を突っ込んで、蜘蛛の巣のひびを入れ、跳ね返ってシートに倒れ込む。額に十字架のような形をした小さな裂け目ができ、そこから血が噴き出した。
 俺は鳩尾(みぞおち)あたりをハンドルに強くぶつけ、息が止まって苦しんだ後に、やっとのことで息を吐き出し、大きく肺に吸い込んだ。

 連中のトラックがバックして路肩から路上に戻る音がする。
 バタンとドアが閉まる音がし、大男三人が雑草の茂った溝の土手を滑り降りてきた。体のバランスをとる動きによって、湿った土をブーツの靴底で蹴散らしながら。

  俺は座席の下からタイヤレンチ(タイヤ交換工具)を引っ張り出し、先頭の男がドアに手をかける寸前にドアを開けた。しかし、男に向き直ってレンチを振りまわす暇はなく、男が棍棒を(nightstick)俺の腕に振り下ろした。警官やバーの用心棒が使うような棒で、先端に孔を穿って鉛を埋め込んである。俺は、腕の骨が、皿が砕けるように折れたのを感じた。腱が切断されたかのように手の指が開き、タイヤレバーはアホみたいに地面に落ちた。

Nightstick_fight                                           (画像は ココココココから)

 「もう一人の方がリオーダンだ」、二番目がいう。三人とも紺のジーパンに作業ブーツ、洗いざらしフランネル・シャツ姿で、大きな体躯には体力への絶対的な自信がみなぎっている。
 三人はバディを車から地面に引きずり降ろし、車体にもたれて立たせ、拳を顔面に埋めた。連中は俺の存在を無視している。そこいらで迷っている仲間が今にも現れるのを待っているかのように。俺の腕は、すでに皮膚の下に血液が溜まって青黒く腫れあがりはじめており、指は制御が効かず、ブルブル震えている。
 バディは額の裂け傷の血糊に髪の毛がべったりとくっつき、顔は拳の打撲で蒼白だ。

 俺は左手でタイヤレバーを地面から掴みあげて、よろよろとトラックの前部を廻りこみ、灌木の茂みの方に動く。ヘッドライトが目を射る。
 目の前にいる男の背中に、力の限りタイヤレンチを振り下ろした。男の肩が急に真っ直ぐになり、腕が背骨の後ろでひらひらと泳ぎ、股間に恐ろしい痛みを感じているかのように、身体が硬直した。
                                     (→画像はココから)

 襲撃が完了するまでに、もうそんなに時間はかからなかった。
 バディへのブチノメシは終わっていた。ヤツの服に血の縞ができている。
 そこで、三人は注意を俺に向けてきた。
 俺が背中を痛めつけた男は、俺のトラックに片手で寄りかかって、背中を反らせ、拳を丸めて背骨を押えている。痛がっていることが目で分かる。
 「そのクソッタレを、なぶり殺しにしろ」(*1)、
 男はそう怒鳴る。

 最初のパンチが目を撃った。総体重がかかったもので、俺の体は後方に身を回転させながらフェンダーからすっ飛びそうになった。目から火花が散った。
 俺はかろうじてフェンダーに身を維持していたにちがいない。というのは、次のパンチが上から下向きに鼻に来たからだ。瞬間的だが、相手が拳にリングをはめているのが分かった。俺は崩れ落ちた。両手も膝も泥だらけだ。髪の毛に雨が振りかかる。
 「ルイジアナでおとなしくしてりゃ、こんな目に会わずに済んだんだ、くそったれ」、
 ひとりの男がそういう。そうしておいて、俺の股ぐらを蹴った。
 俺は小便を漏らしそうになった。

Photo_2      ブラス・ナックル(brass knuckle)。ナックル(knuckle)、ナック(knuck)、ブラスナック(brass knuck)、
        ナックルバスター(knucklebuster)、ナックルダスター(knuckledusters)などともいう(Wikipedia)。
         小説では"...he had a ring on".となっているから、真ん中の画像のようなものかもしれない。
       余談だが、右端画像はリンカーン大統領のボディガードが大統領のバルチモア通過時警護のときに使用し
       ていたものだという
(Wikipedia)。左2つの画像はココから。

*1.原文を掲げておく。
 Give that son of a bitch his buckwheats .(上掲本104ページ)
 (そのクソッタレを、なぶり殺しにしろ)
  意味をつかむのに苦労したが、おそらくこんなところだろう(見よ)。


六、トラック炎上、愛用楽器も犠牲に
 連中のトラックのドアが閉まりUターンする音が聞こえる。ヘッドライトの光線が木々の幹に反射して、車の側面に書かれている文字が見えた。
  "WEST MONTANA LUMBER COMPANY"
              (ウェスト・モンタナ材木会社)

 起きあがって、バディの方に向かう、ヤツは下生えに膝をついて丸まっている。
 背中が濡れて冷たい。俺は、シャツの袖が片方の肩からはぎ取られていることに気付いた。
 そして見た。

  ガソリンタンクの蓋から細い布切れが垂れ下がっており、よじれたリボンのような炎がチロチロとタンクに燃え上がっている。
 俺はバディに走り寄り、効く方の片手をヤツの両腕の下に廻して抱きかかえ、溝の底を移動して逃れる。枝の松葉が顔と腕を鞭のように叩く。

 赤く細い炎がタンクの蓋に飛び込み、ワップという鋭い音がして、ストロボの光のような閃光が走った。
 車体が蒸気を発しながら収縮し、塗装が疱疹状態に裂めくれていく。
 突然荷台の木の床から炎が吹きだし、黄色い爆発体となって、頭上高い松の大枝あたりまで空中に飛び上がった。
 熱で顔が焼かれ、涙が滲んだ。
 タイヤが燃え後部車軸のグリスがたぎって(滾って)気密ゴムからシューシュー噴き出す。フードが留め金から外れて飛び上がる。

 俺は、マーチンとドブローが車内で壊れ始めた音を聴く。マホガニーとトウヒ材でできたボディ、先細りになったネック、フレットに使用されているドイツ製の銀といったものが黒い煙を吐く炎に包まれる。ドブローの弦が緊張して、プツプツ、次々と切れる。弦が共鳴盤に当たって、まるで噛みあわないペンチで弦が緩められていっているかのような音を森の中に響かせながら。

Photo                          (画像はココココココから)


Photo          
    Milltown(ライブ演奏、頂上部の丸印) → MissoulaのEddie's Clubでさらに飲み→ベスを市内の自宅で降ろし→Bitterroots谷を山小屋(父親の牧場)へと向かう。その途中でもう一軒バーに寄り、荒くれたちの神経を逆なでし、出発後逃げ帰るように急いだが、到着寸前、牧場まで1マイルのところで襲われる。牧場は、Florence(フローレンス)という町の郊外にある(この場面の時点では判然としないが、後からの記述で判明する)。

  ―― Part 15に続く ――

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2014年1月21日 (火)

James Lee Burke(ジェイムズ・リー・バーク)の世界。おびただしい風景描写、カントリー/ジャズ音楽への深い造詣、南部ルイジアナの沼地、河、川、人工水路に、モンタナの渓流に登場する魚たち――1978年の異色純文学風作品"The Lost Get-Back Boogie"を素材に語る(Part-13)。

2014.1.21
 翌日、干し草束作り、フェンス柱の穴掘り、灌漑用水路設置作業をやった。バディと共に。十時には、裸の胸が滝の汗になり、牧草がまみれてベトベトだ。穴掘り具の操作で腹の筋肉が痛い。
                      <<<[関連記事一覧表](相互リンク機能を付しているので適宜参照されたい)>>>  

◆◆◆◆◆◆◆◆
 バディの姉、パール(Pearl)が、ミントの葉と氷を入れたサン・ティ(sun tea)(*1)のピッチャーを運んできた。平床ワゴンの荷台に座って、それを飲み、ハムサンドを食べる。

Photo_4                                             (サン・ティ。ココから)

 姉は、波打つブロンド、ブルージーンズに、サン・ホールター(sun halter)(*2)姿で、カラダを充分に見せてくれており、目のやり場に困る。失礼にあたらないようにするため、注意をサンドイッチに集中し続けていなければならなかった。

Photo_5                      ( 姉の「ブルージーンズ+サン・ホールター」姿。この図からイメージを想像されたい。「波打ちブロンド」髪は、
                            もっと長いイメージなんだけどね、まあ、とりあえず我慢して。画像はココから)


 姉が俺を嫌っていることは分かっている。その明らかな事実を無視した行動にバディが出なければいいが、と俺は祈った。
 「オレはカアチャンと子どもらに会いに行こうと思ってるんだ、日曜日に。ジミーの誕生日だ、
 あんたとメルビンも一緒に行こうや。ミシシッピー川生まれのこの偽ヒッピーがボナーの居酒屋でEarnest Tubb(アーネスト・タブ、画像)を真似て唄うのを聴こうじゃないか」。

 姉はアイスティー・ピッチャーの蓋をして、それをテイルゲイトに注意深く置いた(テイルゲイト/Tailgate=馬車やトラックの荷台の最後尾またはバタンと落ちる仕組みの蓋の部分。画像)
  「メルに訊いてみなきゃ分かんないわ」。

 「やつは、日曜日の午後は、必ず飲む。実際、やつが酔っ払うのは次の日に授業があるときだけだ。大酒を飲んで、教室全体を酒臭くするような息を吐きながら家を飛び出していく」、バディがいう。
 俺は川辺のcottonwood(ヒロハハコヤナギ、北米ポプラの一種。種子に綿毛がある。画像 )の木々に目を遣り、煙草を咥える。バディが次に何をしゃべるかしらんが、それは、オレとしては口にしてもらいたくない内容になるだろうという予感がした。
 案の定、ヤツはいう。

  Photo_7 「まあ、それはどうでもいいが、この田舎もんの、演奏を、まあ、聴いてみなよ」、
  「やろうと思えば、チャーリィ・クリスチャン(Charlie Christian)張りに弾けるのに(*3)、なぜか知らんが、こいつはヒルビリー(hillbilliesPart-10の脚注*1参照)やOkies(オクラホマ出身者による、あるいは同州を題材にしたカントリー・ミュージック)にいかれてんだ。ジミー・ロジャース(Jimmie Rodgers画像)やウッディ・ガスリー(Woody Guthrie)が好きで、ハンク・ウィリアムズのヨーデル(裏声)の真似をする。ビル・モンロー(Bill Monroe)のように爪弾きをやる。
  あの南部料理のグリッツ(Grits)(*4)より、ずっと偉大だ」。
 「よせやい」、とオレ。
 「こいつは、恥ずかしがり屋でな」。
Photo_3                (m右から→Jimmie Rodgers、Woody Gutjrie、Bill Monroe。ココココココから)

Photo_6                                      (グリッツ。ココから)

 「親父さんは、今日中に、沼地まで支柱を立て終えてくれといっていた、さあ、やるぞ」、
   ハムサンドの残りをワックス紙に包んで弁当桶に戻しながらオレがいう。
 「雇い主に忠実なやつでもある。非常に善人だ、こいつは」、
   汗に濡れた俺の肩を手のひらで叩きながらバディがいう。
 俺は、荷台からヤツを放り投げたかった。

 「パール、ちょっと待てよ、メルビンに、行こうっていえよ、そうすれば、ベス(Beth)が一緒に来るかもしれないから」。
 姉は返事をせずに頷いて、牧草地を横切って歩いていった。優美に、いかして、格好よく。サン・ホールター(*2)が風にひらひらと舞い、日焼けした肌の下部で、白のちらつきが目を射す。

--------------------------------------
*1.サン・ティ(sun tea)
   紅茶(葉)と外気温温度の水をガラス製のジャーに入れて、屋外、日光の下に放置して入れる(煎じる)方式の紅茶。南部の風物詩だという(→Wikipediaのsun teaの項画像)


*2.サン・ホールター(sun halter)
  背中と袖のないi、エプロン状のドレス服、ないし、ブラジャー状の上半身服。Halter=端綱(はずな。馬の口につけて引く綱)から来ている。(画像
)

*3.チャーリィ・クリスチャン(Charlie Christian)
 ジャズの歴史において、スイング・ジャズ(Swing Jazz)時代からバップ時代(Bop, Be-bop、modern jazz)への移行に(Charlie Parkerらと共に)重要な役割を果たした天才ギター奏者。24歳で夭折した。モダンジャズ・ギターの祖といわれる(見よ→Wikipedia英語版 )。
 「チャーリィ・クリスチャン(Charlie Christchan)張りに弾ける」→その演奏ぶりを この過去記事に掲げてあるので参照されたい。

  なお、なぜこのような専門的な言及をバディができるのかというと、この男は優れたジャズ・ピアノ弾きなのである。そのスタイルは、バード(Bird)ことチャーリィ・パーカー(Charlie Parker)のリフが年中荒々しく頭の中を飛んでいるというもの、つまり、バップ派(bop, be-bop)である。従って、クリスチャンのこともよく知っているわけだ。
その辺りのことは、Part-9で触れているので参照されたい。

*4.グリッツ(Grits)
  トウモロコシの粉を素材にした食物/料理。アメリカ・インディアン起源のもので、南部住民は、みなこれを食べる。特に、朝食に。現在では、一般的に、Hominy(ホミニー)と呼ばれる加工製品(胚乳部を大粒に挽き割りした食用品→見よ)で作るという(Wikipedia)。

--------------------------------
 
 二人はフェンス支柱の穴掘り作業に戻った。硬い地面にオレが器具を突きたて、バディがバケツで水を注ぐ。
 「オイ、あんなこといってもらいたくなかったな」、と俺。
 ...........バディは、何か土木工事的な問題があるかのように、穴掘り器具の二枚の刃の間にバケツから水を注いでおり、黙して答えない。
 「本気でいってんだぞ、オイ」。

 「いろいろと問題があるんだよ、あんたには分かるまいが。
 パールにあんたのことを悪く思わせるようにするつもりで、いろいろしゃべったんじゃない。
 そうじゃないんだ、アネキはあの大学講師と結婚してんだが、ヤツは、悪い男じゃない。そうではないが、ヤツは頭の中に卵の泡立器みたいなものを持っていてな、ものすごく気まぐれなんだ。それで、姉は、その気まぐれに、どんなことにでも我慢して従う。荷物をまとめて、雪靴を履いてアラスカへ行くとか、アラバマ州の座り込みデモに参加するとかな。あるいは、三日間連続で、夜、ハイファイセットで、大音響でべートーベンをかけるとか。あのときゃ、その都度、親父がベッドから飛び出してきた」。
 バディは、こう語り、続けていう。

 「いや、まあな、実のところは、行こうと誘ったのには、ほかに目的があったんだ。ほら、オレはカアチャンと縒り(より)を戻そうとしてんだ。まあ、いい考えではないかもしれないが、しかし、子どもらがもう9歳と11歳になる。連中は、学校で、まったくダメなんだ。それなのに、ベスはやつらをミズーラの精神分析医みたいなやつのところへ連れていっている。
 刑務所にいたときに心配だったのは、子どもたちのことだけだった。ベスがある晩警察に通報してオレを留置場に入れ、それ以来、オレは父親の務めを放り投げていた。そのまま、ニューオリンズに行ってしまった」。

 俺は穴掘り器具を脇に置いて穴に支柱を立てる。バディが土砂を埋め、その上を小石で固める。その細い背中が汗でテカテカ光り、シャベルで土砂を持ち上げる度に、骨と筋肉が皮膚を引き裂くように浮き出た。

 「まあ、今いうべきことじゃないかもしれんが」、俺はいう、
 「だけどな、昨日オックスフォード(Oxford)という店に寄ったんだが、お前の親父さんは、郡の全員に喧嘩を仕掛けたようなことになっている、そういう気がしたぞ」。
 「あいつらは、ほとんどがオカマ野郎だ。飲み屋でしゃべっていることなんか、いちいち気にする必要はない」。
 「いや、かなり、真剣だったようにみえた」。

 「話はこういうことなんだ」、バディはいう、
 「町の西側にパルプ工場ができたんだ。日によっては、谷に、象が目の前で屁をひったような悪臭が漂う。工場は、トイレット・ペーパーか何かを作っている。
 え、どうだい、オイ、あのきれいなポンデローサ松(bonderosa pine画像 )が、結局、デモイン(Des Moines、アイオワ州の州都)のどこかの家の水洗便所で流される運命になるなんて、えっ。
  とにかく、親父は州裁判所に操業の差し止めを訴えたんだ。もし差止命令が認められれば、工場その他何もかも閉鎖しなければならないことになる。まあ、連中が怒るのも無理はないな。
  とにかく、連中はまったく収入がなくなる。組合は何もしてくれやしない。ここらで他の仕事といえば、季節労働しかない。
 親父は、自分がやっていることの向こう側でどんなことが起きるのか、全然分かってないんじゃないか、オレは時々そう考えることさえある」。

  バディはタバコに火をつけ、俺は次の穴にとりかかった。
 川辺のコットンウッド(Cottonwood、ヒロハハコヤナギ )の木々の葉が風に揺られ、陽に光った。

 「しかし、親父にとっては、真新しいことじゃない。アナコンダ・カンパニー社(Anaconda Company)がクラーク川を汚し始めたときに争ったし、モンタナ東部で野生の馬を捕えてドッグフード会社に売っていた連中の行動を止めさせる争いの支援もした」、
 バディは、そこでバケツを手にしゃがみこみ、しばらくタバコをスパスパとやって、続ける。
 「親父は、いつも、頭の中では正しい決定をするんだが、絶対に譲れないという線を引く人種、妥協しない人種なんだ。そう、コチコチ頭で融通が利かない」。

 二人は、午後遅く、沼地の脇で最後の穴を仕上げた。
 俺は後ろを振り返って、フェンス支柱が連なった長い真っ直ぐな線を、しっかりと分厚く地面に連なった線を眺め、牧場の正面から二人が立っている窪みの底の泥地まで続くその幾何学的な列に誇りを感じた。
 今や、草は川からの風に腰を曲げ、夕日には、山の頂による黒い浸食が現れ始めていた。俺たちは道具をワゴンの荷台に積んで片付け、野原を歩いて山小屋に帰った。肉体的な疲労を感じたが、まっとうな仕事をしたときの喜びがあった。
 山々の影が谷間を横切って動く。丸太小屋の上を、牧草地に散らばる牧草の束の上を動く。石壁の上を、馬小屋の脇に積んである薪の上を動き、やがて光が薄れ、川の向こう岸の樹木の中に吸い込まれていった。

 夕まずめの間、キャビンの裏手のクリークで、ウォーム(worm、ミミズのような虫、または、そのような擬似餌、画像 )による釣りをやり、薪ストーブを点け、喉裂き鮭(カットスロート)を、バターとガーリック・ソールト風味で焼いた。
 俺は缶ビールとマーチン(Martin、ギター、画像 )を手に正面ポーチに出た。バディはフライパンで魚を裏返している。チューニングをDに落とし、親指のピックでベース弦をはじき、ネックまでスーッと上げて、ディミニッシュ(減七の和音)によるブルースコード(見よ)に入った。アンゴラ刑務所でRobert Pete Williams(ロバート・ピート・ウイリアムズ、画像)(*5)に習ったものだ。

 ギター弦が月光に和して鳴り、深い音が指と前腕に振動するのを感じる。あたかも、板が俺の血液の脈を感じ取ったように。
 ブルースからブリッジ(*6)を置いてThe Wreck of the Ole 97(*7)に移った。A.P. Carter(見よ画像 )のように打ち鳴らし、ひっかきながら。弦が月光に震え、自身の金属的共鳴に震えた。

  He was going down the grade making ninety miles an hour
   When his whistle broke into a scream
   They found him in the wreck with his hand upon the throttle
   He was scalded to death in the steam


  スティーブ(機関手)は、傾斜に90マイルで突き進んでいった。
  汽笛が悲鳴に変わる。、
  男は、機関車残骸の中で死んでいた。スロットルに手をかけたままだった。
  蒸気で死んだ、蒸し焼きにされて
死んだ。

    (歌詞の一部。作者が掲げているもの。HYPERION社Mass market版, ISBN: 0-7868-8934-9、87ページ。日本語は独自訳)
  「追記」→歌詞全体と日本語訳2014.1.17記事として掲げたので参照されたい。

------------------------------------------
*5.Robert Pete Williams(ロバート・ピート・ウイリアムズ)
  ルイジアナ州出身のブルース歌手 (1914.3-1980.12)。非伝統的な音楽構造とチューニングで知られ、刑務所服役中の話題を対象にして唄う曲が多い。
  Zacharyで小作人の子として生まれ、学校には行かず綿摘みとサトウキビ切りで少年期を過ごした。14歳のころにバトンルージュに移り木材作業員とし て働く。20歳のころからギターを手にするようになり、何人かに習った。教会の集会やダンスパーティなどで演奏するようになる。その後ずっと、材木作業員 として働く傍らで演奏活動を続ける。
 1956年(41-2歳)に殺人罪でアンゴラ刑務に服役する。地元のクラブで男を殺したことによる。当人は 正当防衛を主張したが認められなかった。服役2年後に二人の民族音楽研究者によって見だされ、服役しながら録音する。歌はすべて刑務所内の出来事を対象に したものであった。二人は仮出所を嘆願する。3年半服役後の1959年に仮出所が認められ世に戻った。5年間ルイジアナ州内での活動に制約された後、 1964年に伝説的なNewport Folk Festivalに出演した。ヨーロッパでも、短期間、演奏したことがある。
(Wikipediaと、その脚注3で引用のウェブページから)。
 なお、アンゴラ刑務所につき、Part-2を参照されたい。


*6.ブリッジ(Bridge)
 音楽用語。楽曲において、ある主要旋律と次に来る主要旋律との間を結ぶ「架け橋(ブリッジ)」のような部分。ジャズ音楽では通常2小節または4小節。

*7.The Wreck of the Ole 97(Old 97列車脱線事故) (画像)
   
Old 97とは(Ole=Oldの南部俗表現))、Southern Railway社の蒸気機関車列車のニックネームで、正式名称は"Fast Mail"という。時刻表厳守、絶対に遅配のない郵便を売り物にしていたことと、そのような列車が脱線事故を起こしたことで超有名になった。機関車は1902年12月に就業し、ワシントンDCとアトランタ(ジョージア州)を結ぶ路線を走っ た。1903年9月、バージニア州Monroeからノースカロライナ州Spencerに向かう途中、バージニア州Danville近くのStillhouse Trestleという構脚(トレッスル、見よ )で脱線事故を起こ した。運転手(機関士)、同助手、車掌、郵便職員など18人が乗っており、11人が死亡、7人が負傷した。Monroeを発つとき1時間ほど遅れており、それを取り戻すためにスピードを出し過ぎたのが原因だという。
 この事故について歌の歌詞が作られ、複雑な著作権騒動を起こした。カントリーミュージック分野で大いに唄われている。
(Wikipediaから)
 「追記」→事故についての詳細2014.1.17記事で掲げているので参照されたい。
--------------------------------------------

 バディが鮭の肉片を指に挟んでポーチに現れ、手すりの上に置いていた俺のビールを飲む。
 「いいな、おい」、唄を褒めて、手すりに腰をかける。月光がその肩で砕け散る。俺は男が指に挟んでいたタバコを取って口にした。
 山々は氷河の陰鬱(いんうつ)のように空に対峙(たいじ)している。

 「おまえが何を考えてるか知ってるぞ」、バディがいう、
 「悩む必要はない、うまくいくさ」。

 それが、木曜日のことであった。


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
■Robert Pete Williams - Scrap Iron Blues
  (クズ鉄のブルース)

   Robert Pete Williams/ロバート・ピート・ウイリアムズ。YouTubeで探した。
 こういう男で、こういうブルースを弾き、唄う男なんだね(→画像 )。


P                      
(上に掲げているTouTubeビデオkら)


■Wreck of the Old 97 Johnny Cash with Lyrics

  (Old 97列車の脱線事故 ― ジョニー・キャッシュ、歌詞付き)


Photo             (機関車残骸。横転から立ち姿に戻っていることからして、数日経過後の写真であろうとしている。Wikipediaから)
       「追記」→2014.1.17記事経路地図や現場写真などを多く掲げた。参照されたい。


―― Part-14に続く ――
 

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2014年1月15日 (水)

「James Lee Burke(ジェイムズ・リー・バーク)の世界・・・"The Lost Get-Back Boogie"を素材に語る」 ― 記事一覧、相互リンクページ。。

2014.1.15
------------------
James Lee Burke(ジェイムズ・リー・バーク)の世界。おびただしい風景描写、カントリー/ジャズ音楽への深い造詣、南部ルイジアナの沼地、河、川、人工水路 に、モンタナの渓流に登場する魚たち――1978年の異色純文学風作品"The Lost Get-Back Boogie"を素材に語る(Part-n)
------------------


1_2                                     ( HYPERION社、Mass market版、ISBN-0-7868-8934-9)
                         
 シリーズ記事の相互参照便宜のためにこの記事を置く。

◆◆◆◆◆◆◆◆
●Part-1(2012.12.24)
 James Lee Burke(ジェイムズ・リー・バーク)について何か書いてみようと考え、その"The Lost Get-Back Boogie"を読み直した。
 5冊全作品が、ニューオリンズ周辺を、南部ルイジアナを、アメリカ南部を物語の主たる舞台にして.........何か書いてみたいと考えたのは、この「地域性」に.........

●Part-2(2012.12.27)
 さて、本論に入って、物語は主人公が刑務所を仮出所する場面から始まる。
 悪名高いアンゴラ刑務所(Angola Prison)である。正式には、The Louisiana State Penitentiary(ルイジアナ州刑務所)という。


●Part-3(2012.12.28)
   前回記事は、仮釈放でアンゴラ刑務所を出て、Baton Rouge(バトンルージュ)から汽車に乗り、ニューオリンズで乗り換え、ミシシッピ川を渡りBayou Lafourshe(バイユー・ラフォーシェ)(画像)を越え、Schriever(シュリーバー)と推測される故郷の駅に到着したところで終えた。
今日は、その道中について、少し記述を膨らませる。

●Part-4(2013.1.3)
  物語の世界は、1962年、オレ、主人公の名はアイリー・パレット(Iry Paret)、31歳。カントリー/ヒルビリー/ブルーグラスのギター弾きだ。演奏中のトラブルでナイトクラブの荒くれ客を刺し服役した(そのいきさつはココ ).............3年弱を残して仮釈放で出てきたところだ。
  さて、 ニューオリンズから乗った汽車がミシシッピ川を渡った。

●Part-5(2013.1.9)
  到着、父の死、モンタナへと。今日は、その一、我が家に到着した場面。
"What you want here?"
 「何か御用ですか」。
 階段の上に、糊の効いた看護婦制服を着た大柄な黒人女性が立っている。黒い股まで巻き上げている白いストッキングが、肉の厚みで破裂しそうだ。
"I'm Mr. Paret's son"
 「パレットの息子です」。

●Part-6(2013.4.28)
  前回までの記事では、まだルイジアナを出発するところまでも至っておらず、中途半端、尻切れトンボで終わっている。モンタナに到着させなければならぬ。そして、さらにその地での生活を語らねばならない。
一、父の死
  さて、家についてみると父親は腸がんの末期症状で床に臥していた。

●Part-7(2013.6.18)
 さて、前作で、ルイジアナを発った。父の形見のフォード・ピックアップ・トラックで............翌朝、オレはテキサス東部を走っていた。
........................................
今日は、この続きだ。
 ダラス(Dallas)まで来たときには、フードの下でラジエーターが蒸気を吹いていた......焼けつくような午後をウイチタ・フォールズ(Wichita Falls)までなんとか走らせたが、そこでウォーターポンプがいかれてしまい........

●Part-8(2013.6.21)
  今日は、やっとモンタナに着く。故郷、南部ルイジアナを発って三日目、
  出発進行!
一、Little Bighorn River(リトル・ビッグホーン・リバー )から(*1)Missoula(ミズーラ/モンタナ州)まで、一気にピックアップを駆った。給油とハンバーガーで停止しただけだ.............
二、モンタナは美しかった..............

●Part-9(2013.6.24)
一、ミズーラ
 道路を南に曲がってBitterroot Valleyへと進み、バディ(Buddy)が書いてよこした地図を頼りにその父親の牧場を目指した..........

  その先、懐中電灯で標識を照らしながら進んでいき、二度道に迷ったが、とうとう目的地に到着することができた。Buddy Riodan(バディ・リオーダン)の父親の場所だ。

●Part-10(2014.1.6)
  ヤツの家に着いて..........在庫ビールを補充しがてら、町に繰り出して一杯やってこようということになった.........
  間もなく、テーブルに座ってる連中や......男がちらちら寄こす視線に気付くようになった......連中の目に冷たい悪意や、挑戦のひらめきを見た。
 何か知らないが、問題があり、オレはその上にどっかり座っていたのだ。

●Part-11(2014.1.10)
   ------しかし、あのバーにいた時点で悟るべきだったのだ。あるいは、少なくとも、物事の一部でも悟るべきだった。
 事が、そこに存在していたんだ、問題が、事が。
..............................................
 前回記事(Part-10)はこう終わった。
 この後、物語は後半に入り、その「事」という存在に触れていくことになる。   
一、バディの家族と対面すること

●Part-12(2014.1.14)
  モンタナ州に着いた日の翌日の午後、俺はミズーラで仮出所保護観察官に移住開始申告を済ませ、たっぷりと残った時間をかけて、その初めての町を探検する。
一、ヤバイ予感
 ...........おれは、Oxfordとか、Eddie's Club、Stockman's Barというような名前の店に入っていった。
 .................その後、ボナー(Bonner)という直線距離で20キロほどの場所にあるパルプ工場城下町に行き、リードギターの仕事を得る。

●Part-13(2014.1.21)
  翌日、牧場労働を開始、農場正面から斜面底部沼地まで、穴を掘り、支柱を立て、フェンス支柱の列を、見事に、完成させる。バディが、別居中の妻、ベス(Beth)への強い未練を吐露する。

Part-14(2014..2.10)
  バディの妻ベスに初めて会う。日曜午後ライブをやる。バディ夫妻、妹夫妻も同行。バディ、マリファナと酒で酩酊。山小屋に引き上げる帰路、木材労働者らに襲われる。腕の骨を折られ、トラックを焼かれる。大事な楽器も灰となる。

●Part-15(2014.3.21)
 バディの父親は、尖鋭的な反パルプ工場行動のゆえに、連労働者から憎悪されている。俺はそういう一派から襲われた。その被害を保安官に訴えるが相手にされない。工場側も聞く耳持たない。クソッ、ライフルを手に仕返しだ。

◆◆◆◆◆◆◆◆
■関連記事
"The Wreck of the Old 97"歌詞と日本語訳(2014.1.24)
  Pary-13の最終場面で主人公アイリーがThe Wreck of the Old 97(97号特急郵便列車の脱線事故)というカントリー曲を唄う。歌詞と日本語訳を掲げ、事故の周辺情報をまとめた。

◆◆◆◆◆◆◆◆
リンク方法を変更したこと}
 次のようにしていた。
--------------------------------
  記事冒頭で
        (末尾に、リンク機能を付した「シリーズ記事一覧」)
という注意書きを置き、
 記事末尾に、下に見るような項を置いた。

.........................................................
<<<「"The Lost Get-Back Boogie"を素材に語る」シリーズ記事一覧>>>
   Part-1(2012.12.24)
  Part-2(2012.12.27)
  Part-3(2012.12.28)
  Part-4(2013.1.3)
  Part-5(2013.1.9)
  Part-6(2013.4.28)
  Part-7(2013.6.18)
  Part-8(2013.6.21)
  Part-9(2013.6.24)
    Part-10(2014.1.6)
....................................................

 このようにしていたのだが、新記事を追加した際のリンクのメンテナンスがやっかいなので、仕組みを変えることにした。すなわち、全記事からこのページに飛んで、ここで一覧表を見る仕組みにした。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2014年1月14日 (火)

James Lee Burke(ジェイムズ・リー・バーク)の世界。おびただしい風景描写、カントリー/ジャズ音楽への深い造詣、南部ルイジアナの沼地、河、川、人工水路に、モンタナの渓流に登場する魚たち――1978年の異色純文学風作品"The Lost Get-Back Boogie"を素材に語る(Part-12)。

2014.1.14
 モンタナ州に着いた日の翌日の午後、主人公、Iry Paret(アイリー・パレット)は、ミズーラ市(Missoula)に出向いて仮出所保護観察官に移住開始申告を済ませる。
 その後、たっぷりと残った時間をかけて、初めての町を探検する。
Photo_3          (左画像=市庁舎/City Hall。保護観察官事務所は、通常、裁判所、警察署などと共に、市庁舎の中にある。右画像=文字どおり、「青く、金色に輝く」午後。画像はココ から)

        ----------------以上、Part-11の末尾------------------

                                                      <<<[関連記事一覧表] (相互リンク機能を付しているので適宜参照されたい)>>>  

◆◆◆◆◆◆◆◆
一、ヤバイ予感
 ミズーラは素晴らしい町だ。東西南北、四面とも山々が聳え立って(そびえ)いる。Clark Fork Riverがビジネス街のど真ん中を流れており、タイヤチューブ(inner tube)やゴムボート(Rubber Raft)に乗った大学生たちが、手に手に缶ビールを持ち、白い水面を下っている。土手で釣りをやっている連中に野次を飛ばしたり、手を振ったりしながら。
 街は楡(ニレ)と楓(カエデ)に包まれている。芝生はあくまで緑にみずみずしく、そこかしこと花壇が散らばめられている。シャツの袖をまくった男たちがガーデンホースで草花に水を撒いている、その様子は、まるで1940年代の記憶を彷彿(ほうふつ)とさせるようだ。

 俺は刑務所に入った時以来、初めて味わう自由、解放感に浸りながら、通りを進んでいった。自宅、親父の家でさえ、想い出を呼び起こさせる遺物が存在する。家の暗さ、壁にかかった祖先の肖像、死、バイユーの浸食作用によって時間と共に1フィートずつ削られていく家族墓地、いつも家に帰る度に脳の中に新しい毛細根を伸ばしてくる、あの脳の中の黒い野菜。そういうものが存在する。しかし、ここでは、歩道全体に陽光が溢れている。その歩道たるや、場所によっては、馬や牛をつなぐ足かせ用のリングの埋め込みを、いまだに温存しているといった驚きもの、優れ物なのである。
 
 おれは、Oxfordとか、Eddie's Club、Stockman's Barというような名前の店に入っていった。それはまるで、ドアを通り抜けて、一世紀後戻りするような感覚の動きであった。カウボーイ(牧童)、パルプ加工工場作業員、木材伐採人夫(きこり)、季節労働者、プロの賭けトランプ師たちが、奥のフェルト張りテーブルでトランプ(カード)をやっている。
 スツール(椅子)を備えていないバー(カウンター)がある。飲むことに命をかけている男たちのためのバーだ。ステーキとジャガイモと生ビールのためのバーがある.。隅の方では、カチカチと玉突きの音がしている。ときどき、怒声が聞こえ、椅子の壊れる音がし、男がパンチを喰らって、トイレの石膏ボード壁に、腹を押えて丸まった姿勢で叩きつけられたりする。
 
 俺は、Oxford(オクスフォード)でオニオン載せステーキを食べていた。脚を失った障害者の男が、おれの隣のスツールに腰掛けるために、身を持ち上げようとした。男は、ローラースケートの車輪を装着した板の台に乗って、通りをずっとやってきて、そして店内へと漕いできたのだ、台車を。脚の切断先端部に装着している止め具がスツールに引っかかって、うまく動きがとれなくなっているので、おれはその身を持ち上げてやろうとした。
 男は虫食い前歯の隙間からトカゲのように舌を出して、チッ、チェッと舌打ちをした。

 「彼は手助けを嫌がるんですよ」、バーテンダーがいう。
「すまん」。
 「この人、耳も聞こえないし、しゃべることもできない。戦争でね、そうなった」、
 バーテンダーはそういい、ライマメ・スープを椀によそって、皿に乗せ、クラッカーを添えて男の前に置いた。
 男がズルズルと音を立ててスープを吸っている。「オエッ」、おれは、カウンタの端の方に目を反らせて自分の料理を食べた。
 バーテンダーが、追加ビールを持ってきた。
「店のおごりです」、こういう。
 そして、マッチを口の端に咥え、無表情な目で、訊いてきた。
「町に滞在されているんですか」。

 「ビタールートの友達の家にいるんだけど、何か仕事がないか探しているんだ。とりあえずは、リオーダン氏の牧場で干草積みをやるかな」。
 つい、名前を出してしまった。ちょうど、湖面の氷が割れないかどうか試すために、体重を軽く載せてみたように。
 相手の反応は、「ちょっと怪訝に感じた」という程度のものであったが、しかし、そこには、反動が確かに存在した。
 「フランク・リオーダンをよく知ってるんですか」。
 「その息子の友達なんだ」。
 「そうですか、で、パルプ工場の問題だけど、フランクは何をやらかそうとしているのかね」。

 「大勢の男を失業させようとしてるんだよ」、カウンターのずっと向こうの男が、皿から顔を上げもせずに答えた。

Photo_4        Oxford、stockman's Barという店の画像がネットに出ていた。下段の画像は上段の店の店内ではなく、Google画像ページから適当に摘まんで載せたものである。画像はココココココから。

 おれは、「しまった」と思った。
 「そのことについては、何も分かりません」、おれは答えた。
 「ヤツも、そのことについて、何もわかっちゃいない」、その男がいう。
 男はブリキの帽子をかぶり、長袖の下着に、格子縞のシャツを着ている。
 バーテンダーは、突然外交官に変じ、公平無私の中立的立場に立った。
 「しばらくフランクに会ってないなあ、前は、たまに土曜日にやってきて、カードをやったもんだ」。
 「今はもう、暇がないのさ」、
   脚なし障害者の隣で食べている男がいう、
 「1,300エーカーもの土地に飼っている牛の群れの上に乗っかって、時給1ドル50セントの労働者に(パルプ工場の労働者)解雇通知書(pink slip)が配られるように仕向けてんだよ。
それが、リオーダンというヤツの正体だ」。

 バーテンダーは俺の前のカウンターを、あたかも、自分の罪を拭き取ろうとでもするかのごとく、雑巾でこすり、
 「煙が糞便臭いという人もいるけど、わたしには、パンとバターのような臭いがしますがね」、といって、笑った。喉の奥から胃潰瘍の臭いを吐き、黄色い歯並びを見せて。
 俺は、両側の男たちの怒りを感じ取った。両側をブックエンド(ブックスタンド)で挟まれた者のように。
Photo                                            ("between bookends"。画像はココから)

 皿にフォークとナイフを置いてタバコに火をつけ、怖がっていないところを見せるためにゆっくりと長くタバコを吸い、そして、通りの陽光へ戻った。

 「リオーダン」という名を出して反応を試すことは、これ以上やるまい」、
 俺はそう思い、問題が重大なものであることをバディに認識させ、対処について、もっと真剣に話し合う必要があるなと考えた。

 その午後、この経験をする前に、俺は、あるバーで、一人のジッポ・ロガー(gyppo logger、零細材木事業者、または、その労働者)から、Bonner(ボナー)の町のカントりーバンドで仕事がみつかるかもしれないという助言を聞いていた。
 そこで、Hellgate Canyon(ヘルゲイト・キャニオン)という峡谷を抜けてミズーラの町を出た。

Photo_2               (Gyppo logger。語源は不明だという。左端はSteam donkey=「蒸気ロバ」。ココから)

二、ボナーの町
 Hellgate Canyon(ヘルゲイト峡谷)は、山塊の裂け目である。そこは、歴史的に、Salish Indians(サリシュ・インディアン)Clark Fork(クラーク・フォーク)川を辿って(たどって)きて、毎年、Crow(クロウ)インディアンとBlaxkfoot(ブラックフット)インディアンに大量殺戮されていた場所だ。
Photo_3             (Salish Indians。ココから。「注」― 著者は"Salish Indians"としているが、その名の単一種族は存在しない。
       集合的にCoast Salish Peoplesと称される多数種族から成る集団、人々である。見よ→Wikipedia)


Photo_4                                     (Crow Indians。ココから)

Photo_5                         (Blackfoot Inndian。ココから)     

 俺はクラーク・フォーク川に沿って山塊の深い亀裂を登っていった。山の斜面に、薄い松の茂み、伐採後の二次生えを見ながら、川がブラックフット川と合流する地点まで。
  合流点は、広い範囲で暗い水が渦を巻いており、コンクリート・ダムの上で水煙と虹をなしている。
 
 ボナーの町はAnaconda Company社の城下町だ。会社は、川べりに造成した巨大な木材加工(パルプ)工場である。煙突から噴煙を噴き上げでおり、それが、ブラックフット峡谷数マイルにわたって空中に漂っている。
 町は一つの通りだけで成っており、こぎれいな庭と、日除け樹木と、均一仕様の家屋が、ずらっと並んでいる。
 俺は、ルイジアナとミシシッピ州以外では企業城下町を見たことがない。

 そこには、空気中にサトウキビ製糖工場の臭いはなく、車のリアウインドウから黒人たちの姿を、――夕暮れ時に弁当箱を片手に砂糖絞り機の前から自宅のポーチ、こぎれいに手入れされた庭と樹木の、均一仕様の木造家屋の自宅の、ポーチに向かう姿を見ることもないけれども――、ボナーは、ルイジアナ州のIberia Parish(アイビーリア郡、イベリア郡)から街並みをチョキンと切り取ってきてロッキー山脈のど真ん中に糊でくっつけたような町である。

4       (丸印、左からミズーラ市街、ヘルゲイト峡谷、クラーク・フォークとブラックフット川の合流地点、目的地のボナー。直線距離で西方10キロというところか)

Photo        Blackfoot River(上段左丸印)とKlerk Fork River(下段)の合流地点。上段右印がBonnerの町。

Photo_2                       (合流地点の昔と今。ココから)

Photo_2  上=Blackfoot River、下=Clerk Fork River。まあ、どちらも同じような趣だね、当然ちや当然だが。下段右端画像は、流域と合流地点を示している。その左上隅がミズーラ市街で、合流地点は画像下段の写真のようになっているとして矢印で示している。ココココから。

三、リードギターの仕事を得る
1.Milltown Union Bar
 俺は踏切のそばにある灰色の風化した建物の駐車場に車を停めた。MILLTOWN UNION BAR, CAFE AND LAUNDROMAT(「Milltown労働組合のバー、カフェ、コインランドリー」の意)というネオンサインが屋根にかかっている。
  バーには、電気製のスロットマシンが何台か置いてあり、黄色い馬蹄や、いくつものサクランボや、金色のBARが盛んにウインクしている。正面ドアの壁上部には野生山岳羊(mountain sheep)の頭部がアクリル樹脂ガラスの半球に覆われて飾られており、ジュークボックスの壁上部には、これまた、ヘラジカ(elk)の頭部が巨大な湾曲したラックに装着して飾ってある。

Photo_6                   (スロットマシン、山岳羊、ジュークボックス。ココココココから)

2.ドブロ(Dobro)が威力を発揮
 「リードギターを弾くんだが仕事はないか」。
     俺はオーナーに訊いた。
 案の定、相手は、「要らないね」と暗に拒絶する仕草で、コーヒーカップを皿に置いたり持ち上げたり、ウデウデやってやる。クソッタレ、おっぽっとけ。
 おれは、トラックに戻って、ドブロとピックギターの入ったダブルケースを持ってきて、――それは、ケースの裏地に南部連合旗(Confederate Flag)がかがってあるやつなんだが――、それを持ってきて据えた。 

 音響孔に装着している金属製共鳴盤が、カンターの後ろの銀紫の照明に反射してキラキラトと泳ぎ、オレは、弦に挟んであったスチール製ピックを外して、それをネックの方からフレットをザザッっと下ろしてきて、そのまま、ハンク・ウィリアムズのラブ・シック・ブルース(Hank's Love Sick Blues) のアタマ(音楽用語)に入った。

[南部連合旗(Confederate Flagと)ドブロー(Dobro)]
          [過去記事、Part-5(2013.1.9)から]
*************************************************************
 オレの部屋は元のまま残っていた。410口径銃身、22マグナム弾仕様の上下二連銃(over- and-under)が部屋の隅に立てかけてある。マーチン(Martin)フラット・トップ・ギターとドブロー(Dobro)が入っているダブル・ギ ターケースがベッドの上に置いてある。その皮のケースには、THE GRATE SPECKLED BIIRDという金文字が浮彫で入っている。ダラスで200ドルかけてあつらえた特注品である。
 ケースを開ける。
 ケースの裏地として施されている南部連合旗(Confederate flag)と、ワックスのかかったギター表面の反射光が目に入り、オレは、しばらく想い出に浸った。
 悲鳴と怒声、震える手に握っている血塗られたナイフの、酒場の想い出に。

Photo_2                                             
  (Confederate flag、ココから)
Photo_4                     
  (Martinフラットトップ、ココから)
Photo_3                                     
       (Dobroギター、ココから)
******************************
引用ここまで****************************

■Love Sick's Blues/ラブ・シック・ブルース
   ハンク・ウイリアムズ(Hank Wikkiams)


 
 -----------------------------------------
   ドブロは、常にやってくれる。必ず、仕事が取れる。
 ヤツは、オーナーは、金曜と土曜日の夜、それと、日曜の午後3時間のセッションに、@35ドル払おうといった。

 俺は、ヘルゲイト峡谷を通って帰路を走った。
 エンジンはフードの下で鼻歌を唄い、夕刻に近い太陽が、峡谷の壁と川の深い流れに赤く輝いている。

-----------------------------------------
[ドブロは必ずやってくれる]
    [過去記事、Part-6(2013.4.28)から]
*******************************************************
 
(モンタナ移住)申請の結果が出る間、あちこち探しまくった後にThibodaux(ティボドー、画像)郊外の道路際ナイトクラブで週4日の仕事をみつけた。リードギターは間に合っているとして、最初は取り付く島もなかった。しかし、オレがケースを開けてDobro(ドブロ)を取り出した瞬間に、オレは仕事を得た。
  Dobroとは、ブルーグラス特有の楽器である。金属製の共鳴器が音響ボックスに埋め込まれた構造のギターで、スチールギターのように横に寝かせて弾く。 南部山岳地帯以外ではほとんど目にしない。カリフォルニア州エルモンテ(El Monte)の業者に特注して400ドルで手に入れたものである。ネックは薄く、光輝くボックス木材は封筒のように軽く手に馴染む。
 「一晩25ドルとチップ(投げ銭)の均等割り」で契約した。バンドの連中とはうまくいった。

Losthighway_2  最初の夜ハンク・ウイリアムズの曲を6曲立て続けにやり、Johny and Jackに移った。"Poison Love"をやり"Detour"、そして、"I'll Sail My Ship Along"(1)をやった。
 場が興奮に割れた。客はジルバを踊りまくり、ハチャメチャなロック踊りをやり、テーブルから叫ぶ。昔馴染んだ曲に出会うと、郷愁に駆られて吠えまくり、銀貨とドル札をチップ用のビンにねじ込んだ。

 次いで、"The Lost Highway"を唄うと、海上油田関係のラフネック(roughneck)たちが、――荒くれ男、ブリキの帽子をかぶり、軒並みビール焼けの顔に、掘削作業の泥を服にこびりつかせた男たちが――、涙にうるんだ目で、厳しい顔つきで、オレの顔を見上げてきた。
 ハンク・ウイリアムズの真似は得意だ。そして、オレのドブロ(Dobro)は、当時のハンクのバンドのスチール、唄うハンクの後方で響くスチールのように鳴った。

                                                   (上掲書43-50ページ)
*1.I'll Sail My Ship Along
  "Along"は、おそらく、"Alone"の誤植。


Photo_4
                      Dobro(ドブロ)ココから
*******************引用、ここまで***************************


  ―― Part-13に続く ――


| | コメント (0) | トラックバック (0)

2014年1月10日 (金)

James Lee Burke(ジェイムズ・リー・バーク)の世界。おびただしい風景描写、カントリー/ジャズ音楽への深い造詣、南部ルイジアナの沼地、河、川、人工水路に、モンタナの渓流に登場する魚たち――1978年の異色純文学風作品"The Lost Get-Back Boogie"を素材に語る(Part-11)。

2014.1.10
  ------しかし、あのバーにいた時点で悟るべきだったのだ。あるいは、少なくとも、物事の一部でも悟るべきだった。
 事が、そこに存在していたんだ、問題が、事が。
--------------------------

 前回記事(Part-10)はこう終わった。
 この後、物語は後半に入り、その「事」という存在に触れていくことになる。
   主人公、「オレ」の名前は、Iry Paret(アイリー・パレット)、現在31歳。カントリー/ヒルビリー/ブルーグラスのギター弾きだ。 
                    <<<[関連記事一覧表](相互リンク機能を付しているので適宜参照されたい)>>> 
◆◆◆◆◆◆◆◆
一、バディの家族と対面すること
 翌朝、太陽が薄青い山の背から姿を表わし、緑に濡れた牧草が光線に映えた。山々の裾を覆う影は冷たい打ち身(打撲傷)のように紫色をなしている。朝が温まり、草の葉から露が蒸発するに連れ、家畜たちは川に沿って生えているコットンウッド(Cottonwood、ヒロハハコヤナギ、画像 )の木々の暗がりの中に移動していった。

Photo_2          (コットンウッド=ポプラの一種。綿のような実をつける。右端の画像は、小屋の左側に松林(パイン)、右側にコットンウッドを擁している。ココから)

 バディと俺はキャビンの裏手のクリークでウェット・フライ釣りをやり(*1)、大きな岩の後ろで渦を巻いている深みで、カット・スロート鮭(cutthroat trout)(*2)を一ダースほど釣り上げた。
  木々の枝から漏れ散らばる太陽光線で、水面に我が身の影を落としてはならない。そこで、尻を地面につけるようにしゃがむ。フライを、ゆっくりと、深みの底まで沈める。突然、喉裂き鮭(じゃけ)のヤツが、底石の蔭から飛び出してきて、輝くようなエラの縁取りが光線に反射する。フライ・ロッド(竿)が、グッと水面まで弧を描き、グッグ、グッっと、激しく脈打つような、力強い引きがくる。

*1.フライ・フィッシング/ウェット・フライ(wet fly)
   フライ(擬似餌、毛針)による釣り。フライにはdry(ドライ)とwet(ウェット)があり、前者は水面に浮いた状態を保つもので、後者は水中に沈むもの。見よ→Wikipedia

*2.Cutthroat trout(カットスロート鮭)    独自訳―喉裂き鮭、ノドサキシャケ、ノドサキジャケ
  北米太平洋沿岸、ロッキー山脈、グレイト・ベイスン(Greate Basin)地域の冷たい川に棲む鮭科の魚。Cut-throat=喉裂き(け)、という名前の由来は、下顎の底部が喉を裂かれた傷のように線状に赤く染まっているところから(Wikipedia)
  「カットスロート」なんて味も素っ気もない訳が定着しているようだが、「喉裂き鮭」とでもしたらどうかね。


Photo
[画像説明]
 
Cutthroat troutにも種類があるという。上段画像はNorthern Rockies(ロッキー山脈北部。画像)に棲む種として掲げられているもので、モンタナ州のものは、だから、これであろう。右側のものは、同種のうちの、ワイオミング州のモンタナ州境に近いYellowstone湖(イエローストーン画像)湖周辺に生息する種だとして掲げられている写真である。「cut-throat=喉裂き」線の謂れがよく分かる。
 下左は、太平洋沿岸種、中は、リオグランデ川種(ニューメキシコ、コロラドなど)、右はGreat Basin地域種(ユタ州Great Salt Lake支流など)。Wikipediaから。


 魚のわた(腸)を取ってきれいに洗い、それを持って、母屋に朝食に行った。
 丸太をチェーンソーで切った槇(まき)が、馬小屋の壁にうず高く積み上げられている。小屋の側面には、錆びついて骨格状態になった蒸気エンジン・トラクターの残骸が放置されており、車輪の隙間からpigweed(アカザ属の総称、→画像)が伸びて茂っている。
 
裏手には、少なくとも50個はあろうか、木の枠にワイヤ張った鳥小屋がいっぱい並んでいる。カモ(ducks)、アヒル(ducks)、ガチョウ(geese)のほか、ライチョウ(grouse)、エリマキライチョウ(pheasant)の、これまで目にしたことのない品種の鳥たちが、庭のあちこちにしつらえた餌小屋や水飲み場を徘徊している。

 「親父の動物園だ」、バディがいう、
「おそらく、州で一番でかいものだ」、「世界中から集めている」、
 「オレが山小屋に住んでいる理由の一つがこれだ。朝四時に、ヤツらが活動し始めたときに、ヤツらがあげる鳴き声を、まあ聴いてみろよ、たまったもんじゃないぜ!」。
Photo           上左=ライチョウ、右=エリマキライチョウ、下左=カモ(オナガガモ)、中=カユガアヒル(cayuga duckアメリカ原産)、右=ガチョウ画像は、順に、ココココココココココから

 おれたちは鮭をバターでいため、バディの母親が巨大な皿にスクランブル・エッグとポークチョプを盛り、トマトの輪切りを添えた。テーブルには油布が貼ってあり、脇を鋲で留めている
 
バディの父親が主座に座り、家族の全員が揃うまで静かに待つ。
 やがて、最初に皿を取って、次々と始めさせた。

 バディの弟が三人、全員が高校生だが、俺の向かいに座っている。兄の前科者の友人を前にして、物珍しそうな顔つきをしているが、礼儀は失っていない。三人とも日焼けしており、体躯に贅肉はまったく存在しない。ブルージーンズに、色褪せたプリントシャツの袖をまくって、若くて力強い腕を見せている。まるで、「これぞアメリカの健康!」といった見本のようだ。

 バディの姉夫婦がテーブルの端にいる。は大学の講師だという。二人は、なんとなく俺を落ち着かない気分にさせる。俺は、男を、農民生活に一時的に魅せられたロマンチストか、あるいは、妻の家族の生活に一時的に旅行してきた東部大学人だとみた。浮かべた笑みも、握手も、過剰に気安く、あけっぴろげであり、願い下げみたいな感じのするものであった。
 妻、バディの姉は、母親似だ。整った体型、色白、素早い光を秘めた青い目をしている。しかし、その顔には、母親の持つ、機嫌のよさ、愉快さは存在しない。日光で漂白された波打ち髪の、美しい手を持つ美人ではあるが、内面の暗さが、すべてを台無しにしている。さらに、弟のバディが刑務所で知り合い、家に連れてきた相手、ノコノコやってきた男だということからくる憤り、敵意を、俺は感じ取っていた。

 しかし、バディの父親は、直観的に、尋常な人物ではないということを悟らせる相手であった。がっしりとした角張った肩、首は日焼けと風曝しでざらざらに強張っている。手のひらの縁は分厚くタコができ、爪には半月形の大工傷がある。

 父親は、齢はいっているけれどもハンサムな男である。茶色の薄い髪を広い額から真っ直ぐに撫でつけている。灰いろの目は、瞬きもせずに、こちらの目を見据える。アイルランド系の男はほとんどが顔の骨格の端に柔らかい部分を持つのだが、この男にはそれがない。背筋を真っ直ぐに伸ばして椅子に座り、その背にもたれることはない。
 やがて、ブルージーンズのポケットから鎖付きの銀時計を取り出し、初めて見るような仕草で、しばらくそれを眺めた。

 「時間だ、束ををトラックに積みあげなきゃいかん、みんな、支度はいいか」、父親がいう。
 弟三人が立ちあがり、父親に続いてキッチンを出ようとする。父親が、まるで思い直したような風情でこちらを振り返って、あのグレーの、瞬きしない目で、俺を見つめた。
 「パレットさん、表におもしろいものがありますが、見ますか」、そう問う。
 バディが、コーヒーカップ超しに俺を見て、ニヤッと笑う。
 俺はリオーダン氏、三人の息子と共に、裏庭に出た。

 今や、谷間全体に陽光が射しており、放牧地に散在する緑の牧草の束と、樹木を通してビタールート川(画像)に反射する光と、峡谷の壁を包む重々しい影の対比が、えも言えず美しい。俺は感動のあまり、立ち止まって胸で腕を組み、大きく息を吐いた。

Photo                       (Bitterroot Valley/ビタールート峡谷。下段右端は航空撮影写真。ココから)

 「こういう動物、みたことありますかな」、リオーダン氏が訊いてきた。
 氏は檻を開けて、大きなヌートリア(nutria、南米原産のげっ歯類。大きなネズミのような動物画像 )を掴み出した。
            ........................................

 「南部ルイジアナ以外では見たことがないですね、寒い気候で生きられるとは思いませんでした」。
「みんなそういうんだが、しかし、ヌートリアに、そのように助言した者はいない。この動物のこと、どれぐらい知ってるかね」。
  俺はパックからタバコを振り出して口に咥えた。..........この先、新しいゲームのルールをいろいろと教えられていくことになるんだな、おれは、そう感じた。

 「McIlhenny tabasco(マキルヘニー・タバスコ、画像 )の一族が1900年頃に南米から持ち帰ったと聞いています」、俺は答える、
 「言い伝えによると、ルイジアナ沿岸約12マイル沖のMarsh Island(マーシュ島)の檻に隔離されていたのが、嵐で檻が壊れ、陸地まで泳いで渡ってきたのだそうです。今では、南部ルイジアナのどこのバイユー(湖沼地帯)、キャナル(運河)にも棲んでいる。連中のいる水に犬が落ちると、犬を殺してしまうし、マスクラット猟のために仕掛けてある罠を、一日で一杯にしてしまう(マスクラット/muskrat=ネズミの一種、画像 )。

 「私は、こいつらを、この地域に定着させて、広げようと思っている。手伝ってくれるかね」。
  「ルイジアナでは、こいつらはペストのように嫌われているんですよ、リオーダンさん。米作りのための灌漑運河を壊してしまうし、ヤツら、さかりのついたミンクのように子を産みまくる」。
 「そうか、まあ、寒冷気候のなかでどう振舞うか、見てみようじゃないか」。

Photo_2  上段がヌートリア、下段はマスクラット。左端=その毛皮で作ったコート、真ん中=猟の罠(ワナ)。画像は、ココココから。

二、殺人前科者、仮出所中の身
 そして、突然訊いてきた、声色も変えずに。
 「あんた、人を殺したんだね」。
             You murdered a man, did you?
 俺は、とっさには返事ができなかった。
 「それは、おそらく、法的な用語定義の問題になると思います。私は、murder(謀殺)ではなく、manslaughter(故殺、非謀殺)で刑務所に行きました」。(*3)
             "That's probably a mutter of legal definition," I said. "I went to prison for manslaughter."
 「その議論は、場合によって、かなり微妙なものになると思うがね」、相手はいう。
 「はい、そうです」。
     (人を殺したいきさつにつき、Part-2を参照されたい)

 「君の仮出獄の居住地変更申請に伴う身元引受人になったのは、バディが頼みこんできたからだ。普段、私は、州政府や連邦政府との関わりを極力避けるようにしている。
 しかし、バディが泣きつくから。
 アレは、君に来てもらいたがった。
 だから、私は、ルイジアナ州当局とこの州の当局の両方と、ある種の契約を交わしたんだ。
 ということは、私も君も、こちら側は、かなりの制約に従って行動しなきゃいけないということになる。
 その意味、分かりますか、ミスター・パレット」。

 俺はタバコを吸いこんで、フェンスの方に弾き捨てた。頭に血がのぼって、手のひらに、血液が脈打ち始めるのを感じた。

 「リオーダンさん、私はこの先3年も仮出所期間を過ごさなければなりません。つまり、仮出所保護観察官がその気になれば、小切手の不渡りとか不就労とか、ちょっとしたことで、気まぐれに刑務所に送り返すことができる、あるいは、所定期日に出頭しなかったというだけで、そうできるのです。胃にガスが溜まり、げっぷが出るとか、前夜飲み足りなかったとか、今朝ベッドで女房に拒否されたとか、なんでもいい。
 ボールペンを動かすだけでいいのです。そうすれば、私は手錠でアンゴラ行きだ」。

 「あんたは、あの刑務所以外で農作業をやったことがあるかね」、相手が問う。
「私の親父は、サトウキビ経営をやっていました」、おれが答える。
 「牧草の束の積み下ろしで、一日10ドル支払おう。昼飯は母屋で出す。秋にも仕事がいっぱいある、もし、豚の屠殺を厭わないのなら」。

 リオーダン氏は、かかとのすり減ったカウボーイ・ブーツで、平床ワゴン車の方へ歩き去った。三人の息子たちが、そこで待機していた。

 俺は、相手がいきなり重い話題を持ち出してきたことと、俺の魂のプライベート部分にずかずか踏み込んできたことに対して、腹を立てたかった。しかし、できなかった。
 というのは、相手は、単に、正直に簡潔に物を言っただけであり、俺の方で対応準備ができていなかっただけのことであったから。 

*3."Murder"と"Manslaughter"
[Murder]
    謀殺 ― "malice aforethought"(予謀)をもって行われた不法な殺人をいう。
    故意の殺人のうち、voluntary manslaughter(故意故殺)を構成する事情がない場合、すなわち、激情状態(heat of passion)に陥って殺したというような事情のないものをいう。
  重大な身体傷害を加える故意で人を殺した場合は、人を殺す意図がなくても"murder"となる。
  著しく重い過失により、非常に高度な危険を有する行為で人を殺した場合にも、"murder"となりうる。
   "felony"(重罪)またはその未遂を犯す際に人を殺した者も、"felony murder"として処罰される。
 多くの州では"murder"を2つの等級(一部の州では3つの等級)に分けて、premediation(予謀)などがある場合や、arson(放火)、rape(強姦)、burglary(不法目的侵入)、robbery(強盗)などの一定のfelonyを犯す過程で行われた故意の殺人を"first degree murder"(第1級謀殺)として、その他の"murder"よりも重く処罰して、いる。
[Manslaughter]
    故殺、非謀殺 ― "malice aforethought"(予謀)なく行われた不法な殺人。
  "voluntary manslaughter"(故意故殺)と"involuntary manslaughter"(非故意殺)の2つの類型に分けることができる。
 "manslaughter"の一般的な訳語は「故殺」であるが、manslaughterには、過失致死罪や、「felony(重罪)にいたらない犯罪の結果としての致死罪」も含まれるので、「非謀殺」(「murder(謀殺)以外の殺人」という趣旨)という訳語を併せて掲げる。

   [参考] "felony"(重罪)とは(米国)、死刑または長期1年を超える定めのある犯罪のことをいう
                 (連邦法と、多くの州の州法で、そう定義されている)

  東京大学出版会、「BASIC英米法辞典」(編集代表田中英夫)による。ただし、一部、表現を少し変えているところがある。


三、町に出る
 俺はその日の午後ミズーラ市(Missoula)へ行って、保護観察官に、到着/移住開始を申告した。今度の観察官は、俺のことを特別問題児であるとみなさない、普通の人物であるようにみえた。そこで、15分後には、再び陽光の通りに立っていた。両手をポケットに突っ込み、青く、金色に輝く午後(blue-gold afternoon)の時間をたっぷりと使って、この見知らぬ町をどう やって探検してくれようかと、浮かれながら。 Photo_3          (左画像=市庁舎/City Hall。保護観察官事務所は、通常、裁判所、警察署などと共に、市庁舎の中にある。右画像=文字どおり、「青く、金色に輝く」ミズーラ。画像はココ から)


   ――Part-12に続く――

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2014年1月 6日 (月)

James Lee Burke(ジェイムズ・リー・バーク)の世界。おびただしい風景描写、カントリー/ジャズ音楽への深い造詣、南部ルイジアナの沼地、河、川、人工水路に、モンタナの渓流に登場する魚たち――1978年の異色純文学風作品"The Lost Get-Back Boogie"を素材に語る(Part-10)。

2014.1.6
 おそまきながら、謹賀新年、今年も拙ブログをよろしく、
 と、ご挨拶して書き初め。
  なんだね、当ブログのこの記事、James Lee Burke(ジェイムズ・リー・バーク)関連記事、見る人誰もいなかったんだけど、ハハ、読んでくれた人が現れた。
 「Part 10を書け」という。ハハ、うれしいね。そこで!"Part 10"。

                                         <<<[関連記事一覧表](相互リンク機能を付しているので適宜参照されたい)>>> 

◆◆◆◆◆◆◆◆
 モンタナ州ミズーラ市(Missoula)の南方、ビタールート谷(Bitterroot Valley)。
 俺は、ここに住む友人を訪ねてやってきた。遙か南、ルイジアナ州から、1961Fordピックアップ・トラックを駆って。ヤツの家に着いて、そこは谷間のド田舎なのだが、在庫ビールを補充しがてら、町に繰り出して一杯やってこようということになった。
 オレのトラックで行った。
 ヤツの車はマス釣りに行った先のクリークに停めっぱなしにしてきたのだという。ヤツ、Buddy Riordan(バディ・リオーダン)は、アンゴラ(Angola Prison、ルイジアナ州刑務所)で知り合った相手だ。

 雑貨ストアの隣にある羽目板造りの居酒屋の駐車場に車を停めた。給油ポンプが2基置いてある。ピックアップ・トラックが何台も停まっており、どれもが、リア ウインドウに装着したラックにライフルとショットガンが立てかけてある。

          ----------------ここまで、Part-9--------------

 店に入り、バー(カウンター)に座ってビールを飲る。持ち帰り用ビールを1ケースとソーテルヌ・ワイン(sauterne)の小瓶を一本頼んだ。
  玉突き台の向こうで、石の暖炉の丸太が、唸りを上げて燃えている。壁にはヘラジカ(elk)やムース(mooseアメリカヘラジカ)の角が掛けられており、床には錆の浮いたフロンティア・ライフル(銃身の非常に長いライフル/画像)が数本、鹿の蹄に横たわっている。

Photo_2          (壁にかかっているライフルは、右端画像に見るように、鹿の爪で作った止め具に載っている。画像は、ココココココから)

 客の男たちはほとんどが、擦れたジーパンにナイロン製あるいはLeviジャケット、擦れ痛んだカウボーイ・ブーツかワークブーツ、色褪せたシャツ、天候に曝され汗がバンドに染みたカウボーイハットといった服装である。
 みな、図体がでかく、力が強そうに見える。大きな、荒々しい手と、風に曝されて荒れた顔をしている。

 玉突きをやっている男たちは、ショットをミスる度に、突き棒のゴムのついた側の端を台に打ちつけてドンと鳴らし、新たにゲームでボールを揃える際には、ガチャガチャとうるさく音をたてる。俺の隣に座っている二人の男は、ポーカーのサイコロを皮のコップで荒々しく振って、バンと音を立ててバーに叩きつける。

 俺は、初めのうちは気付かなかった。あるいは、オレは生れつき、前科者特有のパラノイア(妄想的分裂症)気質を持っているように感じているんだが、そのせいだろうと考えて撥ねつけていたのかもしれない。
 しかし、間もなく、テーブルに座ってる連中や、カウンターのエルボウ(肘、曲がったところ)に座っている男がちらちら寄こす視線に気付くようになった。そして、俺たち二人に原因があるわけではないことを確認しようとしてちらちらっと後方を振り返る際に、連中の目に冷たい悪意や、挑戦のひらめきを見た。
 何か知らないが、問題があり、オレはその上にどっかり座っていたのだ。オレはそう悟った。

Photo_2               (画像は、ココココココからのものの合成。玉突きは、映画Hustle/ハスラーのポールニューマン)

 俺は静かに座ってバディがビールを飲み終えるのを待った。すぐに場を去ろうとしたのだ。しかし、ヤツは、俺が止める間も与えずに、二本の追加を頼んでしまった。

 いまや、連中は、あからさまに、激しく「ガンつけ」をしてくるようになった。オレは目の前にあるパンチボード(小さな穴がいっぱい並んでいる板、ゲームや賭けの道具。見よ↓下画像)をじっと見続ける。

Photo_2                                       (パンチボード、画像はココから)

 その時、オレは不思議な感覚に捕われた。
 ――人の視線というものは、オレの横顔の上をさまよいまわる死神みたいに感じさせることがある、おれは充分成人した男なのだが、それであるにもかかわらず、そういう感情に追い込むことのあるものだ――
 この感覚だ。

 オレは、手にしたタバコを、まるでアホみたいに吸い続けることで、そうしながら、灰皿の中身をあれこれ検分することで、視線/死神感覚をごまかそうとした。
 そして、手洗いに立った。直観的な詐欺師のこっそり歩きで。両手を、ズボンのポケットに低く突っ込み、ハッ、クソッタレ、冷静だぜ、こちとら。肩をやや前かがみにして、両膝をゆったりとくつろがせながら。

 それなのに、カウンターに戻ってきてとき、じろじろ刺す目線は依然として消えなかった。オレはルイジアナの筋金入り不良なんだが、ハ、誰も、そんなこた、屁にも気にしていなかった。
 バディは、アホが、三杯目を飲んでいた。

「おい、これ、どうなってんだ」、
 オレは静かに訊いた。
   「ほっとけ、あんな連中」
「何なんだ」。
  「いいってえことよ、オイ、ところで、おまえ、便所に行くとき、カッコよかったなあ」。
「よせ、おい、バディ、出るぞ」。
  「まあ、落ち着けって、何人かイキがったからって、逃げてられるかってんだ」。
「何がどうなってんだか知らんが、他人の揉め事に巻き込まれるのやだぜ」。
 「分かった、これを飲み終えるまで待て、それで出よう」。

 外でCreat Fallsビールの段ボール箱をトラックの荷台に積み、石畳敷きの駐車場でぐるっと方向転換した。アスファルト道路に出て、ギアをセカンドに入れ、家に向かった加速した。ギザギザ頭の山の切片が月に刺さっている。

Greatfalls                       (Great Fallsビール。ココから)

 「ウン、で・・・何だったんだ、あれ」。
「親父がな、長年にわたって、ここらの住民を悩ませてきているんだ。そして、ここにきて、連中を蒸し焼きにした」。
 「なんで」。
 「パルプ工場ができたんだが、それを閉めさせようとしてんだ。ということは、400人ほどの男が失業することになる。だけど、気にするな、あんたにゃ、なにも関係ない。あそこにいた連中は、マッチョ気取りでカッコつけただけだ、年中やりたがる。

 われわれはキャトル・ガード(家畜脱出防止溝)を渡り、暗がりに沈んだ母屋を通り過ぎていった。建物後方の峡谷の壁が、雲間から射す月光に、険しく灰色にそびえ立っている。

 「明日家族に会わせるからな」、バディがいう、
 「メチャクチャいい家族だ、おれは、馬鹿な事をして、連中にあんな迷惑をかけなきゃよかったって、たまに悔やむことがある」。

 それで俺は、バディが酔っ払っていることに気付いた。というのは、おれが知っているかぎり、ヤツは個人的なことはしゃべらないやつだったからだ。ベンゼドレックス(Benzedrex)をやってラリってるときか、黒人たちからたまに入手するマリファナで浮いてるとき以外はしゃべらない。

 バディはソーテルヌ・ワインを(画像 )シカ肉の鍋に注ぎ、黒コショウとパセリを振りかけた。そのうえで、鉄の蓋を戻して、30分ほど置いてマリネにした。
 そのあいだ、二人はビールを飲み、おれはドブロのチューニングを試みた。血膨れになった耳のように分厚く、鈍くなっている指で。

 「おまえがなんで、ヒルビリー(hillbilly)(*1)なんて音楽にこだわり続けているのか、おれには分からない」、バディはいう、
  「だけど、まあ、上手いよな・・・・・・それで、あれ、作曲中だっていっていたあれ、できたかい」。
 やつの顔からは血の気が引き、タバコは挟んだ指を焦がしそうになっている。

「いや、まだだ、まだ、断片があれこれと浮かんでるだけでな」。
 「"Jolie Blonde"(*2)を演ってくれ」。

■Jole Blon(Jolie Blonde)/ジョリ・ブロン
 Pretty Blonde=可愛い金髪娘、の意だという。元来は、歌手から離れて親許に去っていったブロンドむすめ、今では他の男の腕に抱かれているムスメを唄った歌だという。



        ( この曲をドブロで弾き、唄ったわけだ)
   
 俺は、ドブロ(Dobro)でそれを弾き、下手くそなケイジャン・フランス語(Cajuan French)で唄った(*3)。聴きながらバディは、鍋のシカ肉を木のスプーンで混ぜている。
 やつの白い顔がストーブの熱で火照って、二年前にアンゴラ刑務所の広場で会った男、物想いと孤独に捕われている男のように見えた。
 俺たちはキッチンテーブルをポーチに引きずっていき、ブリキの皿からシカ肉を食べた。ガーリック・バターを塗ったパンと、バディが木製ボールに刻み盛った玉ねぎとビートのサラダと共に。

 鹿肉を食べるのは久しぶりで、キノコとワインのソースは、すごく、いい、うまい。
 山々の頂上から風が雪を吹き飛ばす様を見ながら、俺は思った。すべて、うまくいくだろうと。
   - - - - - -しかし、あのバーにいた時点で悟るべきだったのだ。あるいは、少なくとも、物事の一部でも悟るべきだった。
 事が、そこに存在していたんだ、問題が、事が。

*1.Hillbilly/ヒルビリー
   Hillbilly(ヒルビリー)とは、現在"countly music"(カントリー・ミュージック)と呼ばれている音楽ジャンルの、一時期の呼称(1925-1950年代)である。ただし、ハンク・ウイリアムズなど一部 の層は、その差別用語的な響きのゆえに反対したとされる(元来、主としてアパラチャ山脈などの田舎山岳地方に住む貧困層白人に対する悪意的な蔑称)。現在でも、 フォークソング(old-time music)やブルーグラス(blue grass)などを指すことばとして使用されることがあるという(Wikipedia)。

*2.Jole Blon(ジョリ・ブロン)
 元来はCajuan(ケイジャン)の伝統的なワルツで、その人気ゆえに、ケイジャン国歌ともいわれる。その後、全国的に流行った(Wikipedia)。

*3.ケイジャン(Cajuan)
  ケイジャン(英語: Cajun)とは、「アカディア人」を意味する「アケイディアン」(acadian)の訛り。フランスのアカディア植民地(米国東部メイン州あたりと、国境を挟んだカナダ周辺)に居住していたフランス語系の人々のうち、現在の米国ルイジアナ州に移住した人々とその子孫。
  音楽分野でケイジャンという用語は、白人がアコーディオンなどを演奏する音楽の一分野をさしている。見よ(Wikipedia)



――Part-11に続く――

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2013年12月11日 (水)

ジョン・サンドフォードのマッド・リバーを読んだ(John Sandford's Mad River)。Virgil Flowers series(バージル・フラワーズ)シリーズ第6作だ。

                                                     <<<[関連記事一覧表](相互リンク機能を付しているので適宜参照されたい)>>>
2013.12.11
 ジョン・サンドフォードのマッド・リバーを読んだ(John Sandford's Mad River)。
  サンドフォードのファンだ。この新作(*1)のペイパーバック版が出るのを首を長くして待っていた。
 Virgil Flowers(バージル・フラワーズ)シリーズの第6作だ。
 うーん、題名、"Mad River"とは、直訳すれば、いうまでもないが、「狂気の川」の意味である。だが、それは何を意味するのだろうか。
 物語を貫く「狂気」(Madness)と川、物語の舞台となっている地を東西530キロ(330マイル)に流れるMinnesota River(ミネソタ川)、物語の展開に沿うように流れる川を懸けてMad Riverとしたのか。
 気付いたことなど、二、三書いてみよう。

*1.「新作」と書いたが、最新作ではなく、この2013年10月に"Storm Front"というシリーズ第7作がすでに発表されている。例によって一年間はハードカバー版しか流通させないから、こちらが、当ブログ主のことだが、こちらが読むのは、安価版、ペイバーバックが出てからのこと、来年の今ごろのことになる。
6
  左から第1作: Dark of the Moon (2007)、第2:Heat Lightning (2008) 、第3: Rough Country (2009)、第4: Bad Blood (2010)、第5:Shock Wave (2011)と、 
   第6作:のMad River (2012)--
Simon & Schuster社版、2013.10月発売、ISBN 978-1-47111-180-8。

◆◆◆◆◆◆◆◆
一、粗筋
  .舞台は、ミネソタ州南西部、Yellow Medicine、Lyon、Redwood、Renville(*2)の四つの郡(county、カウンティ)の州境が相互に接触/近接する界隈。なかでも、その交点からわずかに3マイルほどRenvilleに入った地にある小さな町、Shinder(シンダ―)(*3)という名の人口数百人の町、ミネソタ西部プレイリー(草原)の町だが、そこが中心となる。
 季節は4月、まだ寒い。

 この町出身の不良、落ちこぼれ若者三人、学年にばらつきはあるが同じ高校出身の三人組、在学当時から相互に面識のあった三人組が――定職に就かず、無一文、覇気もなく、将来計画も、希望もないダメ三人が――、♂♀愛人カップル(Jimmy Sharpと2学年下のBecky Welsh)、♂一人(Tom McCall。Beckyと同学年)が、つまり、男二人女一人だが、空腹を充たし今宵寝る場所を確保するだけの金さえなく、かといって自ら働き稼ぐ意思もない、三人組が、人を殺していく。次々と。金を奪うために、逃走自動車を奪うために。
 一人、二人、三人、五人、七人...........。

①第一殺人 、一人目。
 夜間民家に押し入り、24、5歳の女性を殺す。金曜日。場所はシンダ―の近くにある都市、郡裁判所庁舎所在地であるBigham(ビッグハム)(*4)。ダウンタウンの足元にミネソタ川(Minnesota River)が蛇行している。
 子6人(♀♂♂♂♀♂、24/5歳←→18/19歳のほぼ年子)の裕福医師一家がある(O'leary家)。その家の長女を殺す。上の男子3人は父親に習って医師の道もうとしている大学生である( University of Minnesota/ミネソタ大学。長兄は卒業後の「医学学校」生)。次女は高校最上級生(4年または3年生)、末っ子四男は高校2年生だ。
 その長女、結婚に敗れて離婚係争、出戻り中の長女、結婚のために大学を3年で中退したが復学して当初の目的どおり医師の道を目指そうとしている長女、AgことAgatha O'learyこれの額(ひたい)を撃ち抜く。
 銃で頭を殴られてベッドから床に転げ落ち、失神状態から覚めて弱々しく膝をついているだけの無抵抗の姿なのだが、その女の額をピストルで撃ち抜く。

 元来は、母親が持っている高価ダイヤモンド・ネックレスを奪うために押し入ったのであったが、目的を果たしもせずに、意味のない殺人だけを犯して逃走した。
 賊は、高校生の次女と出戻り長女が二人で寝ている部屋に入り、気付いた次女が姉に声をかけながら騒ぐ。目を覚ましてベッドに起きあがった長女が、"Get out of here. Get .....!"と叫ぶ。主犯格男がそれを銃で殴り倒す。他の二人が「ヤバイ」として急遽走り逃げたにもかかわらず男はなぜかノロノロ気味。そして、意味もなく、無慈悲に撃ち殺してから去ったのである。
  母親はシンダ―出身者であり、賊は、高価ダイヤモンド・ネックレスの存在を知っていた。♀犯が、あるきっかけからその知識を得ていたのである。

②二人目
 第一殺人の直後、若い黒人男を撃ち殺す。
 逃走用自動車を手に入れるために、男を撃ち殺す。
 第一殺人事件で、三人組は自分たちの車を、それはCities(ミネアポリス/セントポール)から乗ってきたのだが、それを少し距離のある場所、丘を越えた向こう側みたいな場所に停めて行動した。何棟ものアパートが立ち並ぶ場所の駐車場に。事件後そこまで駈け戻り、いざ逃げようとするときに、自分たちが乗ってきたポンコツ車のエンジンがかからない。主犯格は惑乱状態に陥る。そのとき、一棟の出入口から若い男が鼻歌交じりで道路に向かって歩いてきた。路上に停めてあった車をリモート装置でウインクさせている。主犯格男が、それを追い掛けていき、ことばもかけず、気配に顔を見上げた男を6フィート距離から撃ち殺した。
 奪った車、Dodge Charger(ダッジ・チャージャー画像)で生地Shinder(シンダ―)に向かう。

③三人目
 主犯格男が、これ、Jimmy Sharp(ジミー・シャープ)という名だが、実の父親を撃ち殺す。
 ジミーが二人を引き連れて、隠れ場所確保のために生家に戻る。父親になじられ、撃ち殺す。
  三人は、Bighamから生地Sinderに逃げ走り、真夜中に到着する。ジミーの生家に行き、車を、第二殺人で奪った「チャージャー」を車庫に隠そうとしているときに、二階の窓から親父が怒鳴る。

"Who the hell is that?"
    「誰だ?」
"It's me." 
  
「俺だ」。
"What the hell do you want?"
 
  「何しに来たんだ」。
"Need to come in for a while. We could use some breakfast."
 
 「ちょっと寄る必要があってな、朝飯も食わなきゃいかんし」。
"Get the hell out of here, you little fart. I don't have anything for the likes of you. Now, scat."
  
「ばかやろう、出ていけ、おまえらのようなやつに用はない、失せろ!」
"Scat, my ass," Jimmy shouted. He turned to the other two and said
"C'mon. Door's never locked."

  「失せろだってか、くそったれ」、ジミーが怒鳴る。他の二人に振り返り、いう、「来いよ、ドアは開いてる、いつも開いてる」。
"Get the fuck away from my house."
  
「出ていけ、オレの家から」と父親。
Jimmy went through the backdoor, Becky behind him, Tom holding back. In the kitchen Jimmy flipped on the light...

  ジミーが勝手口から家に入る。ベッキ―がその背に続く。トムはためらう。キッチンでジミーが明かりをつける。冷蔵庫に行き、牛乳のプラスチックボトルを取り出し、「流しの脇の戸棚にオートミールがあるはずだ」とベッキ―にいう。
 戸棚を開けるとQuaker Oatsの円筒型容器があった。          

She took it out and was holding it in her hands when the oldman storming down the stairs and into the kitchen.

 ベッキ―がそれを取り出して手に持っているときに、父親が階段を駆け下りてきて、キッチンに入る。
"You fuckers get out of here, " he said. He waved his hand at Jimmy, a dismissive gesture.

  「出ていけ、クソッ」、
    そういい、ジミーに向かって手を振る。お前なんかクソ喰らえという印だ。
"You got no rights here no more. Give me that oatmeal."

    「ここにゃ、もうお前の居る場所はない。そのオートミール、食うんじゃねえ、返せ」
"Stay awy from her," Jimmy said.

    「女に手を出すなよ」、ジミーがいう。
"Shut the fuck up."

    「黙れ、この」
"No, you shut the fuck up, I'm tired and we got some trouble over in Bigham, and I'm not putting up with any shit anymore. We are gonna have breakfast and figure out---"

  「お前こそ黙れ、オレは疲れてんだ、ビッグハムでヤバイことになっているしな。もうどうでもいいんだ、我慢なんかしねー、飯を食って、この先どうするか・・・」。
"I'm gonna throw your ass out," the oldman said. He took two steps toward Jimmy, and Jimmy pulled out the gun and pointed it at his forehead. The oldman stopped, and sneered at him and said,
"You got a gun? You think that makes you a man?"

  「おっ放り出すぞ」、
 父親はいい、ジミーに向かって二歩踏み出した。
 ジミーがピストルを取り出し、父親の額を狙う。父親は歩みを停め、嘲笑っていう、
  「ピストルを持ってるってか、それで度胸がついたってか?」
"Don't know about that, but I know that there're some dead folks who don't worry about that no more, " Jimmy said.

  「さあ、どうかな、だけど、そんなこといって、何人か死んだぜ」、ジミーがいう。
"Dead folks, you ain't got the guts." Then a wrinkle appeared in the oldman's forehead and he asked,

  「死んだってか、お前にそんな度胸ありゃしない」
  .............父親はそういい・・・、額に皺をよせ、問う。

"What the fuck you done?"
  「お前、何をやったんだ」
"Killed a white girl and this black dude over in Bighum," Jimmy said. "I hate your old ass and I got half a mind to kill you, too."

  「白人むすめと、あの黒人やろうを殺したのよ、ビッグハムで」、ジミーはいう、
  「おのれなんかクソ喰らえだ、殺すぞ」
"Gimme that fuckin' gun," the oldman said. He made the mistake of taking step toward his son, and Jimmy shot him in the forehead.

  「銃をよこせ」、父親はいい、息子に近寄るミスを犯した。
 ジミーはその額を撃った。

 父親は即死したに違いないであろうが、その身体はそのことに気付いていなかった、明らかに。父親はかかとでトットッと四歩後ずさりして、居間への入り口に倒れた。

Becky looked at Jimmy and said, "Crazy old fuck."
  ベッキ―がジミーの顔を見ていう、
 「くそジジイ」。
Tom came in, looked at the body, and said, "Jeez, you killed your pa."
 トムが入ってきて、死体を見ていう、
  「なんてこった、父親を殺したのかい」。
"And it felt pretty fuckin' good," Jimmy said. "Help me drug his ass into the living room. I want to eat some oatmeal, and I don't want to look at him while I'm doing it.
  To Becky he said, "Come on. Cook us up some oatmeal."  

 「そうよ、いい気分だぜ」、ジミーはそういい、
 「居間に運び込むのを手伝え、オートミールを食う。ヤツの死体を見ながら食いたかないからな」という。
 ベッキ―に向かっていう。
 「ほら、オートミール作ってくれ」。


 その後、
 トムは寝ようとしても死体が階下にあると思うと落ち着かない。とうとう、車で寝ることに決め、毛布を抱えて向かう。
 ジミーとベッキ―は一階の元のジミーの部屋で寝る。ベッドはかび臭かった。
 ベッキ―がセックスを強いる。ジミーは気乗りがしないが、ベッキ―は承知せず、鼻を鳴らしてぐずつく。男はとうとう折れる。
 一緒にシャワーに入るが、男は勃起しない。興奮剤にならないことを知っているのだ。  
 ベッドルームに戻る。ベッキ―が男のモノに口で迫るが、それでも機能しない。
 男は、「起たないことを他人にばらすと殺すぞ」と脅してから、女の股間に顔をうずめる。
 ばらせばまちがいなく殺されるだろうと女は思う。今夜見た殺戮劇と、居間にある死体のこと考えると、そう思うが、しかし・・・・・・
 ――女は悲鳴を上げる、5回、6回、8回・・・・・・
 もう死体のことなどどうでもよかった。この男、起ちはしないけど、口と手は上手い。  

      (前掲書67-69ページ)

④四、五人目
 ウェルシュ夫妻(♀犯の両親)を撃ち殺す。
-------------------------------------
 落ち着かない睡眠を数時間とった後、一味はキッチンで合流、またオートミールを食べる。
     - - -この先どうする・・・・・・。
 寒くて寝られないので車のヒーターをかけたらガソリンが少ししかなく、一時間でエンジンが止まった、この車は使えない、金はない、給油できない、どうする、トムが語る。
 驚いたことに、ジミーはかなりの金を持っていた。
 ポケットから札を掴みだして見せた。昨夜女を撃ち殺して部屋を出ようとしたとき化粧台の上に札束が乗っていたので掴みとってきたのだという。
 「ほんとう、いくらあるの」、とベッキ―。
 「かなりだ」
 「どれ、見せて」
 「お前にゃ関係ねーよ」、ジミーは金をポケットにしまい込む。

 「動き続けなきゃいかん、ハリウッドに行こう、あそこにいきゃ大丈夫だ」。
ジミーがいう。
 「アタシんちから、いくらかむしり取れるかもしれない」、
 ベッキ―(BeckyWelsh、
Rebbeca Welth) がいい、両親、ウェルシュ夫妻の家に行く。

"You little fuckin' brat, I raised you and feed you and now you come around with your peckerwood(*5) friends with your hands out....
 「このガキ、飯を食わせて育てたあげくが、無一文で、こんなペッカーウッド(貧困層白人)連中を連れてきやがって」。
 父親はなじる。
 
"You just call me a peckerhead?"(*5)
  「なに、このやろう、ペッカーヘッドだと」。
"Peckerwood," the oldman said. "I said peckerwood. But you want me to call you a peckerhead? Okay, you're a peckerhead."
 「ペッカーウッドっていったんだ。それがどうした、ペッカーヘッドっていってもらいたいのかい、オウ、いってやろう、オメーはペッカーヘッドだ」。

 ジミーは、父親の胸を撃ち、逃れようとする母親の後頭部を撃つ。 
-------------------------------------

⑤その後も次々と。
 人を殺す・・・。

二、現代版「ボニーとクライド」、Bonnie and Clyde。
Photo_2  事件報道後、人々は、Bonnie and Clyde、「ボニーとクライド」をいう。
   そっくりだと(見よ→「俺たちに明日はない」)。

画像、ボニー(♀)とクライド(♂)
   (
Bonnie Elizabeth Parker、Clyde Chestnut Barrow)
Bonnie and Clyde in March 1933, in a photo found by police at the Joplin, Missouri, hideout.
1933年3月のボニーとクライド。ミズーリ州Joplinの隠れ家で警察が発見した写真。(Wikipediaから)
Photo_3画像 ― ルイジアナ州Bienville Parish(Parishとは他州のcounty、郡に相当する行政区域)での最後(1934.3.23)。銃撃のすさまじさに、捜索隊は午後いっぱい急性難聴に悩まされたという。(Wikipediaから)。

三、ミステリー味もある。
 この作品、めずらしく、ミステリー味もある。
 「謎解き的興味」のことだが、それもある。
 この作者、サンドフォードは、謎解き的興味では勝負しない人だ。これまでいっぱい読んできたが、総じてそういえる。たいがい、物語の顛末は、最初の数ページで分かる。
  ところが、本書では副題的な殺人疑惑を設定して謎解き性を盛り込んでいる。
 すなわち、「ボニーとクライド」ばりの逃走劇、追いつ追われつのスリルを主題にしながら、その脇に副題的な殺人疑惑を設定している。
 第一殺人の被害者「アグ」、Agatha O'learyだが、その夫、離婚係争中の夫に、不審な点、犯罪の匂いがするのである。

*2.物語のなかでは"Bare County"という架空名になっているが、Renville郡のことであろう。
*3.架空名の町。Marshall(マーシャル)から30マイル、Mankato(マンケート)から75-80マイルだという(上掲Simon & Schuster版、20ページ)。
 マーシャルはバージルが生まれ育った町で、両親が今でも住んでいる。父親はルーター派の牧師で、群最大級の教会を営んでいる。マンケートはバージルの現住地
(厳密にはNorth Mankato)
*4.架空名である。
*5."peckerwood"
  貧困層白人、最下層白人を指す蔑称。ただし、単にwoodpecker=キツツキの方言として語られることもある。
  "peckerhead"
      One who has a penis for brains, and no social skills(Urban Dictionaryから)
   チンxxの頭脳しかなく、社会順応性に欠け、仕事もなにもできない男。


Photo       Minnesota River/ミネソタ川。サウスダコタ州北東部、ミネソタ州南西部、両州の境界線上あたりにあるBig Stone Lake(ビッグストーン湖)を水源とし、両州とアイオワ州の3州にまたがって流れている。ミシシッピー川の支流である。画像は(Wikipediaから)。


――仕掛り、未完――

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2013年11月 9日 (土)

エルロイ(James Ellroy)が手痛いミス ― Mackinlay Kantorの1948作品"Midnight Lace"を1960年同名映画"Midnight Lace"の原作だと解説している、これ、大きな誤り。

2013.11.9
 エルロイ(James Ellroy)が手痛いミス。
 Mackinlay Kantor(マッキンレイ・カンター)の1948作品"Midnight Lace"を1960年同名映画の原作だと解説しているが、これ違うんだよね、大きな誤り。
 専門家たる「作家」としての、すなわち、「この小説はコレコレに映画化云々」、あるいは、「この映画は、コレコレの小説を原作とするもので云々」を論じる場合には、作家たるもの、その真偽に細心の注意持って臨むはずであると期待されているのだが、そういう人種としての、さらには、輪をかけて、撰集編者としての、より一層の精密注意が要求される「編集者」としてのミスだからね、痛いぜ!!!
 「ろくに調査もしていないのか」、こう非難される。
 暗黒小説撰集The Bst American Noir of the Century2010, Houghton Mifflin Harcourt Publishing Company )においてのことだ(題名は、「今世紀暗黒小説傑作集」の意 )。

◆◆◆◆◆◆◆◆
一、本論
1.作者紹介文
 ジェイムズ・エルロイ(James Ellroy)がこの撰集(→見よ)の編集者となっており(*1)、そこに、Mackinlay Kantor(マッキンレイ・カンター)という作者の"Gun Crazy"(1940)(*2)という作品が収録されている。
 この撰集では、各収録作品の前置きとして、編集者が1ページを割いて、作者の経歴や作品列挙などの人物紹介をしている。
 その紹介欄で次のように述べている(↓下の画像の"Mariner Books edition 2011"、45ページ)。
 ----------------------
His most famous crime novel is Midnight Lace(1948), the suspenseful tale of a young woman terrorized by an anonymous telephone caller, it was filmed twelve years later, starring Doris Day and Rex Harrsion.

 当人(Kantor)の最も有名な犯罪小説は、Midnight Lace(1948)である。若い女性が、誰だかわからない相手からかかってくる電話で恐怖に圧倒される、というサスペンスに満ちた物語で、12年後に映画化された。ドリス・デイとレックス・ハリソンが主演している。    
-----------------------

Photo_2
                                (Mariner Books edition 2011: ISBN 978-0-547-57744-9)


2.映画
Midnight_lace_poster_2  言及されている映画は、1960年のアメリカ映画、Midnight Lace(邦題、「誰かが狙っている」)というものである。
 その内容、粗筋についてはココ(映画.com、「誰かが狙っている )を見てもらいたいが、要は、エルロイ解説にあるように、サスペンス物語である。舞台はイギリス。主役は同国人(レックス・ハリソン)と結婚したアメリカ人新婚妻(ドリス・デイ)、莫大な遺産の相続予定者。これが怯える。名乗らぬ相手からの電話による殺害脅迫、ビルの屋上からの鉄材落下、エレベーター閉じ込め、背中を押されてバスに惹かれそうになるなどなど。

 しかし、この映画は、同名ではあるが、Mackinlay Kantor1948年小説とはまったく関係のないものだとされている。原作は、Janet Greenという劇作家による"Matilda Shouted Fire (「アマチルダは火事だと叫んだ」)という劇脚本(*3)だという。
 右の画像は原ポスターとしてWikipedia記事に掲げられているものだが、画像の下に次のように記されている。
------------
Written by Ivan Goff and Ben Roberts.
Based on play Matilda Shouted Fire by Janet Green.

原作 ― ジャネット・グリーンの脚本、「マチルダは火事だと叫んだ」
------------

 
 だとすると、エルロイは大きなミスを犯したことになる。

3.ほんとにミスか
 しかし、最初、この齟齬に気付いたとき、「待てよ」と考えた。
 ――<<<当人は職業作家である。原作問題を論じる場合には、神経をとがらせ、最新の注意を以って臨む人種である。しかも、撰集編者として搭載作品作者の紹介文を書いているのだ、こんな重大な誤りを犯すはずがない。しかも、しかも、エルロイは膨大な量のデータ調査を駆使しての作品作りで知られる作家、秀でたデータ調査で定評のある作家である。そのような者においてをやだ。
 だから、Kantor小説を原作とみる余地もあるんじゃないか。エルロイは独自説を立てたのではないか、変わり物作家だとされていることでもあるし。Green脚本のことは一応措いて、このKantor小説も、映画プロットと類似点を含むサスペンス物語なのではないのか>>>――
 こう考えたわけだ。

 そこで、小説の内容を知ろうとネットを探した。
 あった、苦労したけど、あった。KIRKUSというwebページにこの小説の書評が載っていた。
 残念ながら、映画とはまったく異質内容のもののようだ。
 要約すると次のごとし。

[マッキンレイ・カンターの1948年小説、Midnight Lace] 
 主人公はシカゴ出身の怪しげな出自の娘。これが、手遅れにならないうちになんとか将来の安心を確保しようと画策する。架空の優雅な出自を騙り、無邪気な娘の振りをしてあれこれと動く。一方の手で金鉱掘りをし、他方で町一番の独身男をモノにする。
 どのよう出自を考えつくか、どのように動くか、奇想天外という要素がおもしろさの中心であるが、地方政治ボスの悪だくみの犠牲になるなどの話題もからむ。
 1911年という時代とアイオワ州の小さな町という状況設定が風味を添える。
    小説はWoman's Home Companion誌(1873 - 1957のアメリカ月刊誌)(画像)に連載された。

 こうなると、エルロイの記述が誤りであることは、疑う余地のないものとなる。
 エルロイは、一般に出回っている作家/作品一覧データベースのような資料を参考にして紹介文を書いたのであろう。記述内容をそのまま転写して。実物は読んでいない。よって、誤りを認識していなかった(出版後に気付いたかどうかは知らない)。

4.エルロイは責められるべきか。  
 撰集掲載作家の紹介文において、「当人にはこういう作品がある」などとして作品群に言及する場合、それを実際に読んだうえのことでなければならない。
 一般的には、こんなことはいえない、そこまでは望めない。数十人の、数千もの作品があるのだから。
 しかし、例えば、「内容はこうだ」、などと特定的に言及する作品については、既存の外部資料を転載する場合でも、少なくとも実物にざっと目を通すぐらいのことはすべきであろう。
すなわち、次のように書いているのである。
------------
 当人(Kantor)の最も有名な犯罪小説は、Midnight Lace(1948)である。若い女性が誰だかわからない相手からかかってくる電話で恐怖に圧倒されるというサスペンスに満ちた物語で、12年後に映画化された。ドリス・デイとレックス・ハリソンが主演している。  
------------
 参照した資料を鵜呑みにしたのであろうが、正確性を信用したのであろうが、運が悪かった。 

5.誤りを指摘するネット記事

 エルロイには言及していないが、この「小説―映画」の関係に関する誤りを指摘している記事があった。
  "MacKINLAY KANTOR AND THE POLICE NOVEL" (by John Apostolou)
       (「マッキンレイ・カンターと警察小説」)
 「ミステリー作家がピューリッツアー章を獲得したことはないが、受賞者のうち何人かはミステリーを書いている――中略――その一人がマッキンレイ・カンターである」――このような書き出しで始まる記事で、その中に次のような節がある。

-------------------------
Some errors about Kantor's work have crept into mystery reference books. Diversey, his first novel, is erroneously called a crime novel about Chicago gangsters. The gangster characters play a small part in the book, which is clearly not a crime novel. Kantor's novel Midnight Lace has also been incorrectly labeled a crime novel because it has the same title as a 1960 thriller movie, which starred Doris Day. But there is absolutely no connection between Kantor's book and the film MIDNIGHT LACE. The film is based on a play by Janet Green.

  カンターの作品について、ミステリー小説資料集(
参考書)に、いくつか誤りが浸透している。その第一作小説、Diverseyについて、シカゴのギャング群を描いた犯罪小説だと解説されているが、誤りである(*4)。この本では、ギャング特性はわずかの位置しか占めていない。本が犯罪小説ではないことは明白である。
 小説Midnight Laceについても、ずっと、犯罪小説であるとして誤りのレッテルが貼られている。1960年スリラー映画と、それはドリス・デイ主演の映画だが、それと同じ題名であることが、誤りの起きた原因となっている。同じ題であるが、カンター作品と映画"Midnight Lace"との間には、結びつきは、全くない。映画は、Janet Greenによる劇脚本を原作とするものである。
-------------------------

              

*1.名目上は共同編集、すなわち、"The Best American"シリーズの元来の胴元編集者、Otto Penzlerとの共同編集となっているが 、実質的には客員編集者としてのエルロイに采配を委ねているものと推測する。

*2.映画化されており、その邦題は「拳銃魔」となっている。

*3.この劇脚本の内容を知ろうとネット調査したが、叶わなかった。
 
Dramatist's Play Service社というところから出版されている1961出版本の広告は出ているが(例えばココ)、内容を記したページは見当たらない。同じ社から、題名を"Murder, My Sweet Matilda"と変えて2011年12月1日にペイパーバック本が発売されているのだが--(Murder, My Sweet Matilda (Formerly listed as MATILDA SHOUTED FIRE)--、内容は掴めない(ココ)
 [追記] 粗筋を書いているページが見つかった!! 下に、稿を改めて記す(「項目6」)。


*4.エルロイは所与の作者紹介文において、この点についても、この「誤り」を書いている。
He wrote numerous crime stories, as well as several novels in the genre, such as Diversey(1928), about Chicago gangsters.....
(上掲書45ページ)

6.演劇、Murder, My Sweet Matilda(「マチルダは火事だと叫んだ」)の粗筋
Photo  神経過敏な若い女性、レスリー(Lesley)に、「お前を殺す」という謎の脅迫電話がかかってくるようになる。当人は幼いころに嘘をつくことで知られていた子どもであったために、その中年の夫も、性悪の叔母も、訴えを信じようとしない。しかし、電話はかかり続け、遂には、自宅に、不吉な様相の見知らぬ男が訪ねてくる。
 劇は急速に動き、疑わしい犯人候補を大勢抱えたまま、クライマックスに達する。
 しかし、驚き、驚き!
  殺そうとはかったのは夫だった。
 夫は金目当てでレスリーと結婚したのだった。父親の事業から得られる予定になっている金を目当てに。さらには、レスリーの最も親しい友人女性と秘密の関係をもつに至っていた。
 最後まで謎解きが残り、緊張が高まる。
――以下省略――

        (このwebページで掲げている劇批評新聞記事画像から。1968年10月4、5日に英国WatfordのSt Michel's Hallで公演された劇についての、West Herts Postという新聞紙上の劇批評)

二、このミスに気付いたいきさつ
(1)上述の"Gun Crazy"、暗黒小説撰集The Bst American Noir of the Centuryに収録されている一編だが、その冒頭に置かれている「作者紹介」を読んでいて、同じ作者、Mackinlay Kantorによる1948年小説"Midnight Lace"が1960年のドリス・デイ主演映画になっているというくだりを(↑上掲)、「ふーん、あ、そう」と読み流した。
 まあ、「読み流したと」いっても、記憶に残るか残らないかという微妙な状態だったんだね、後から考えると。

(2)その後しばらくして、MailOnline紙の記事、「91歳になるドリス・デイが云々」の記事を目にした。その記事に、「39本の映画を残してハリウッドを引退した」というくだりがあった。
 ウン? 映画、そういえば、エルロイの全集に、なんか出ていたな、映画化、ドリス・デイ主演の映画になった、どうのこうのって・・・。

(3)そこで、撰集を行きつ戻りつ、ペラペラめくりながら調べて、それがMackinlay KantorのMidnight Laceという掲載小説であることを探し出し、どのような映画なのかを知るためにWikipediaにあたった。
 ウン? ? ? そうしたら、原作として別作品が記されていた。

三、MailOnline紙記事
 上で触れたドリス・デイ記事について2回にわたってブログ記事を載せているので、暇があれば覗いてやって(2013.10.312013.11.5)。

 この新聞記事をブログ題材にとりあげたのは、この人のファンだとかなんとか、そういうことからではない。次のようなことから、なんとなく記事としてとりあげる気になったのである。
(1)ジャズ・スタンダード"Love Me or Leave Me"について記事を書いた際に、関連映画化作品として、この女優の主演映画(Love Me or Leave Me、邦題「情慾の悪魔)について触れた(2010.12.16記事)。
(2)上記MailOnline記事に、Paul McCartney(ポール・マッカートニー)が絡む事項が書かれていた。マッカートニーについては、以前の記事で触れたことがあった("I'm Gonna Sit Right Down and Write Myself a Letter"、 "Kisses on the Bottom")(2012.2.17記事)。
(3)この、マッキンレイ・カンター1948作品"Midnight Lace"とドリス・デイ主演1960年映画との「原作-映画化」誤りを発見したこと。

 ――だけど、後でえらく後悔するはめになった。
 ジャンク記事なんだよな。91歳って、実際には、89歳だっつーじゃないか。他にも、ブログ記事を書くにあたっていろいろ調べてみると、真偽の疑わしい内容がいっぱいある。
 こんな題材とりあげなきゃよかった、こんな記事(当ブログ記事)書かなきゃよかった、と臍(ほぞ)を噛んだ。

四、問題の映画の「予告編」がYouTubeに出ていたので掲げておく。
   「予告編」って、1960年当時、53年前のことなんだけどね、ハハ。 
■All Vintage Films - Midnight Lace (1960) Trailer

 

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2013年9月30日 (月)

♪ "than any Russian play could guarantee"、 どういう意味か。チェーホフ(Chekhov)の演劇、セリフがくどいことで知られているのか。

2013.9.30
 九月最終日、今月一つも記事を載せていない。
 異常に暑くて、熱い夏に、夜に、昼も夜も茹()でられたような熱気に、日本の、地球の狂いざまに、頭がやられたせいかな。
 そういう日がまた、いつまでも続いたんだよな、だらだらと。

 まあ、そのせいにしておくが、とにかく、「ひと月ゼロ記事」になりかけている。それはまずいだろ、どう言い訳しても・・・。

 ということで、急遽、これ、最後の日に。

◆◆◆◆◆◆◆◆
一、論題
     ------- "than any Russian play could guarantee" ------
(イ) これ、 どういう意味か。
    ガーシュイン(1)But Not Fpr Meの一節だが。
                            *1.George Gershwin(ジョージ、兄)作曲、 Ira Gerswin(アイラ、弟)作詞。

     ---With love to lead the way
       I've found more clouds of grey

       than any Russian play could guarantee.---
              
こういう文章の中の一部(節)だ。

(ロ)チェーホフの演劇のセリフは、総じて「くどい」ことで知られているのか。

 この2点について書いてみる。両者は相互に関係する。というか、(ロ)は(イ)を論じるうえでの、意味を探るうえでの一つの考慮点であり、下位に属する論点なんだが、まあ、2点とする。

二、議論
1.(イ)につき、以前はこう考えた
     -----ロシア演劇は暗いものが多いけど、恋に夢中になってしまった私は、
        もっと暗く沈んでしまったわ
-----


  以前、このジャズ・スタンダード曲について記事(2010.8.11)を書いたことがあり、その際に歌詞と日本語訳を掲げた。そこでは上のように訳した。
 こういう理由からである。
(i)直訳すると次のようになる。
       With love to lead the way
                   
恋に導かれるままに身を委ねて(恋に先導されて)
           I've found more clouds of grey
                  (私は、もっと)たくさんの灰色の雲を見つけた(深く陰気な気分に陥った)
            than any Russian play could guarantee.
                    いかなるロシア演劇をもってしてもその量の多さを保証しえないと思われるほど
                   (請け負えないであろうほどあるいは、量の多さを凌駕しえないであろうほど)。

(ii)そうすると、「ここで『ロシア演劇』」という語で表わしている概念、つまり、その語(「ロシア演劇」)がそういう概念の象徴であるということが「所与のものとして」捉えられている概念とは何か」、ということになる。

(iii)そこで、その概念とは何か、うん、
  →[ロシア演劇 = 暗い(暗い物語)]と考えたわけだ。
  特にこれといった根拠があってのことではない。というよりも、まったくそこらは門外漢分野であり、「さて困った」のだが、まあ、なんとなくそう考えた、「カラマゾフの兄弟」なんかを頭に浮かべて。何か考えなきゃ話が進まないからね。
  その結果、上記のような訳にした(末尾にその全体訳を掲げている)

2.エルロイ小説の記述

   ――ロシア演劇(Russian Play)は、セリフがくどくどしい――

 James Ellroy(ジェイムズ・エルロイ)の小説を読んでいて(2)、このようなことを述べている記述に出くわした。え、ほんとかい、初めて知った!!
 驚きだ。

 あれ! あれ、まてよ・・・とすると、あの曲の、But Not for Meのあそこ・・・・・・あのとき、いろいろ頭をひねったて、「えいやっ」で訳したが、そうではなく、こういう意味になるのか・・・・・・なーるほど。
 ――「いくらくどくどいっても言いきれないほど、暗い気分に沈んでしまったわ」――

 とっさに脳がパチパチ、そう閃いた。
 「『ロシア劇のセリフはくどい』――こういうことが定説になっているのか、常識かい、知らなんだのはアンタだけか」――うん、ネットで調べなきゃいかん。

 こう考えた。そして、「印をしておかなきゃいかんな」と、つまり、読んでいた本のそのページのその記述に、後から探したときに(参照、引用などの必要性から)すぐ発見できるように、「赤鉛筆で印をしておかなきゃいかんな」という意識が強く働いた。
 というのは、こういうことだからである。

 <<<後から探す必要が生じたとしても、だいたい、話の脈絡のなかでここらへんだということを記憶しているから、パラパラとめくって、さっと読んで、すぐに見つけられるだろう、おそらく――と考えて、印も何もしない。
 ところが、やっぱ、探すとなると探せない、見つからない。
 これまで、ずっとそうだった。その繰り返しで生きてきており、その都度、反省していた。
 そういう経験を、いやというほどしてきた>>>

 それなのに、今回も、それをしなかった、怠ってしまった。アホだね!!
 「ああ、すぐ探せるだろう」と考えて。
  いやな予感はしたんだが。

 
*2.この過去記事(2003.8.26)参照

3.チェーホフ演劇
 さて、ロシア演劇のセリフは概して「くどい」のか、それが定説か。
ネットで調べた。
 いろいろと知った。

(i)Russian Playとは、チェーホフの演劇を指す。
(a)まず、"play"とは「演劇」のことだという・・・はっ?
 そして、"Russian play"とは、チェーホフの演劇のことを指すのだ・・・ええっ!
 こういうことが書いてある。
 「ロシアの「演劇」って、チェーホフの演劇のことなのよ。
 そうか。

(ii)チェーホフ劇のセリフ = くどいのか。
 そこで、そのことをネットで検証した、確認をとろうとした。
 ところが、そんなこと書いてないね。
 まあ、なんとなく、そう認識することについて、そいう合意ができているような雰囲気もあるんだが、識者ないし論者のあいだで、「まあ、そういえばそうだな」、「そういうことにしておくか」みたいな合意が、うん、半ば、ししぶしぶ合意みたいな空気ができているようだが、いいかげんな合意、いいかげんだね、連中、
 まあ、そういうことだが、とにかく、
 「パチッ」とはいかない。つまり、定説になっているとはいえない。

4.アイラ・ガーシュインの着想
 ------- "than any Russian play could guarantee" ------
 おそらく、「上記のような議論が存在するといういう状況を、というか空気を、『機敏に』察知して、歌詞に引っ張ってきた。
  ・Russian Play(ロシア演劇) = 暗い、暗い劇
    ・Russian Plya(チェーコフ演劇の)=セリフがくどい
  ・その他
 聴く側がどう惑おうと、どう考えようと、意味の把握にどう困惑しようと、その人々に委ねる・・・これだ。鋭い、作詞家として。

三、「桜の園」は悲劇か喜劇か。
 こういう議論がある。
 劇解釈 (喜劇)= 演出→結果としての作品→興行採算面からの評価。
 深くは立ち入らない。 

四、結論
      "than any Russian play could guarantee"
    ――チェーホフ演劇が、いくらくどくど言ってみても追いつかないほど―――

 ということで、But Not for Meの件の一節、その日本語訳を上のように訂正する、というか、置き換えることにする。

 ロシア演劇は暗いものが多いけど、恋に夢中になってしまった私は、もっと暗く沈んでしまったわ。
    ↓ (変更)
  恋に夢中になってしまった私は、あのチェーホフ演劇のセリフが、いくらくどくど言ってみても追いつかないほど、暗い気持に沈んでしまったわ。

◆◆◆◆◆◆◆◆
 -------------------------------------------

 参考までに、以前載せた詞/翻訳を掲げておく。

[過去記事から}

                But Not For Me
                              
 George and Ira Gershwin, 1930
(Verse)
Old man sunshine listen you!
     Never tell me, "Dreams come true!"
Just try it and I'll start a riot.

Beatrice Fairfax, don't you dare
  ever tell me he will care;
I'm certain it's the final curtain.

I never want to hear from any cheerful Pollyannas,
    who tell you fate, supplies a mate; it's all bananas!

 (Chorus)
They're writing songs of love, but not for me.
A lucky star's above, but not for me.
With love to lead the way
I've found more clouds of grey
than any Russian play could guarantee.

I was a fool to fall and get that way;
Heigh-ho! Alas! And also, lack-a-day!
Although I can't dismiss the mem'ry of his kiss,
I guess he's not for me.

He's knocking on a door, but not for me.
He'll plan a two-by-four, but not for me.
I know that love's a game;
I'm puzzled, just the same,
was I the moth or flame?
I'm all at sea.

It all began so well, but what an end!
This is the time a feller needs a friend,
when ev'ry happy plot ends with the marriage knot,
and there's no knot for me.


******------******------******------******

[バース]
お日さま、よくお聞き。「夢は必ず実現する」なんていわないで。
   もし言おうとしたら、暴動を起こすわよ。
人生相談のベアトリス・フェアファクスさん、彼が私のこと今でも気にかけてるなんて、絶対にいわないでよ、おざなりを。
 もう幕が下りたのよ、私知ってるわ。

 安請け合いばっかり言う楽天家連中は、きっといいことがある、恋人ができるなんて、必ずいうけど、みんな嘘よ、聞きたくないわ。

[コーラス]
  作曲家はラブソングを書くけど、私のためじゃない。
空には幸運の星が輝いているけど、私のためじゃない。


 ロシア演劇は暗いものが多いけど、恋に夢中になってしまった私は、もっと暗く沈んでしまったわ。
    ↓
 恋に夢中になってしまった私は、あのチェーホフ演劇のセリフが、いくらくどくど言ってみても追いつかないほど、暗い気持に沈んでしまったわ。

 あんなに夢中になるなんて、そして失恋するなんて、愚かだったわ。
「あーあ」、「やれやれ」、おまけにもう一つ、「なんてこと」。
彼のキスを忘れられないけど、でも、おそらく、あの人って存在は、私のためじゃない。

 彼がドアをノックしている。だけど私のためじゃない。
彼は、ツーバイフォーの家を計画するだろうけど、私のためじゃない。
そうね、恋はゲームね、それは知ってる。でもね、考え込むことがあるわ、私は蛾だったんだろうか、それとも、私が明りだったんだろうかって。
 まったくうまく始まったのよ、それが、あんなひどい終わり方をするなんて。
こういうときこそ友が必要なのよね、ハッピィエンド物語はすべて結婚で終わるのに、私だけはそうならないときって。

---------------------------------------

| | コメント (0) | トラックバック (0)

より以前の記事一覧