音楽/ジャズ

2013年6月 8日 (土)

♪「オー・プリバーブ」、「オー・プリバーブ」、「オー・プリバーブ」.....見上げたら、三人の外人が、欄干から身を乗り出して、Vサインで、口々にそう叫んでいた。わあ! えっ、ミュージシャンかい、観光客らしかったが。

2013.6.8
  プー、プーと試しを一吹きくれて、すぐにAu Privave(オ―・プリバーブ)のテーマを吹き始めた。これから臨もうとしているセッションのウォーミング・アップだ。大岡川河口の船着き場、正午過ぎ、すぐ川上にある橋に通行人は多いが、垂直3メートルほど下方にある船着き場には人はいない。幅3メートルほどの板張りの乗り場は、川に沿って海の方向に廊下状に延びている。

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 何かしらんガヤガヤするので、上を見上げたんだ。そうしたら、外人3人が口々に何か言っている。指はVサイン、笑い顔だ。
 「ウン? なに? ......... ああそうか!"Au Privave!"、『オー・プリバーブ』」といっているのか!」
  びっくりしたね、もう。
 一般人が知っている曲ではないのだ、いや、「ジャズ」をやる者でも、jazzにもいろいろあるんだけど、とにかく、全員が知っているような曲ではない。
 わ、わ、何か返事しなくちゃ・・・錆びついた口、頭、とっさにはことばがでない。
      Ah.......You know a lot... ah...."Au Privave," yes....Thank you.
 ブロークンで返した。連中は手を振りながら下流(湾)の方へ去っていった。

Photo
上の画像、横浜、桜木町近く。   
上方(↑)が下流。左側の「廊下」が船着き場(乗り場)。廊下の垂直2メートルほど上方が道路になっていて、下流、MM21方向に通じている。三人はそこを歩いてきて、欄干から下を覗き、声をかけてきたのだ。
 
 しかし驚いたね、なんで知ってんだろ、こんな曲。いずれも男、観光客のようだったけど。
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[Au Privave] (オー・プリバーブ)
 定型12小節ブルースで(F)、パーカー(Charlie Parker)の作曲だという。
 曲名はフランス語風だが、そんな言葉は辞書にないとして、Wikipediaでは、"Au Privave"をどう発音するか、どういう意味かというようなことにつき、ココでの議論を見よとしている。

■Au Privave - Charlie Parker
  チャーリー・パーカー

1951年録音。Charlie Parke(Alto Sax)、Miles Davis(Trumpet)、Walter Bishop Jr.(Piano)、
Teddy Kotick(Bass)、Max Roach(Drums)

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 結局、セッションでは出番の回数などの関係で、この曲をやらなかった、ハハ。
 でも、まあ、いいことがあったような気分で過ごした一日になった。


 

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2012年3月22日 (木)

Groove、Groovin' High、そして、"Murder.... and All That Jazz; 13 Showstopping Stories of Crime and Jazz"(殺人事件、そして、時代背景としての折々のジャズ」 -「犯罪とジャズについての13の短編傑作」)―後編

2012.3.22
 前回記事(2012.3.19)の後編である。
 6年前にmixiの「日記」に書いた記事を再掲する。三日坊主というが、このmixi活動は開始後3カ月ぐらいで停止し、そのままになっている。
 ****線で囲んだ色分け部分がmixi記事。

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■菊名日記-Groovin' High-続き    2006年07月21日14:48
 ばか暑かったり、涼しかったりします。みなさん、身体に変調をきたさないように気をつけてください。
 と挨拶を申し述べて、前稿の続き、「演奏における変調」の話題に入ります。

(一)潔く反省
 実のところ、この数日この「続き」の記述に呻吟している。書いては消し、消しては書き。その理由はひとつ。元々書きたいことは単純な一点しかなかったのに、それをもったいぶって、飾り立てて書こうとしたからである。
 つまり、仰々しく始めてはみたものの、後が続かず、尻切れトンボになろうとしているのである。竜頭蛇尾、羊頭狗肉。後で気がつくバカの知恵。
 なんとかごまかそうとしたが、やはりかなわぬ。ここは、秋田県警の例もあることだから、潔く過失を認めて反省しよう。

(二)結論-いいたかったこと
 次のようなことである。
1.状況設定
次のような状況が起きたと仮定する。
 張り切ってブローするのはよいが、途中で、数拍「喰った」状態になる。当人は気づかず、そのまま「かっこよく」ブローし続けている。--「カッコイイ」なんてことばは、しょせん、こういう軽薄かつ安っぽい場でしか似合わないものよ--。

 それはともかく、リズム隊がやむなく数拍ワープして変調を繕った。ところが、何度も同じことが起きた。そのような状態であるにもかかわらず、件の奏者は延々と6コーラスにも及んでソロを続けた。聴いているこちらは、「いいかげんにして」と感じる。ベースの人は、「放り投げようと何度も考えたが、客がいることでもあるし我慢した」という顔つきをしている。
 (「ブローする」は便宜上のものです。適宜、「吹く」、「弾く」に読み替えてください)
 輪をかけて悪いことには、この奏者の態度を許容、ないし助成するような姿勢が大勢を占めたために、このような事態が数曲にわたって続いた。

2.提言、苦言
(1)無神経に乱調を引き起こすことは止めようではないか。
 あくまでも、「無神経に」引き起こすことについての苦言である。真剣に取り組んでいるにもかかわらず変調、乱調が起きてしまったという場合については、褒められたことではないが、ノープロブレム・アト・オールである。「無神経な場合」は容易に見分けがつく。

(2)周りも、安易に迎合するのはよそう。
 場が弛緩し、安っぽくなってしまう。
 「安っぽさこそ、猥雑さこそJazzだ」といった議論で向かってこないでくれ。平面が異なる。

(3)諫める理由は、次のとおり。
 他流試合的な知的刺激を求めてジャムセッションにやってくる人が多い。というよりも、ある意味で全員がそうだといってよい。立ち合う各自が「真剣に」振る舞わないと知的刺激は生まれない。

 ところで、「ジャズ人」は、ある奏者の技量の巧拙、アドリブにおける発想/アプローチ、学派的嗜好、見解一般といった点について、相手を尊重する傾向が強い。他面ではかなり荒っぽい男(または女)であっても、あからさまに相手を批判するようなことは避ける(異論もあろうが、ここではそうだとしておいてほしい)。
 そのことから、真剣な立ち会いを求めて参加した人が、マイノリティ奏者というか、サイレント奏者というか、声なき声というか、おとなしい奏者、気の弱い奏者、奥ゆかしい奏者というか、なににせよそういう立場になることが多い。言い換えれば、無神経さが表だって咎められることが少ないのである。
 そこで、「無神経な乱調惹起」は、セッション参加者の権利を甚だしく侵害する。

(4)真剣
 ついでに「真剣」の意味について述べておこう。
 「真剣に」という内容は、自ずから暗黙的に定まっている。「いきなり道場にガニ股で飛び出してきて、キエーッなどと叫びながら鎖鎌を振り回す」ような流儀は、仮に当人は「真剣だ」と主張するにしても、それは別世界における真剣にすぎないから、仲間すべてが同一の見解を抱く世界でやってもらうほかはない。
 ただし、そのような世界が存在するかどうかは知らぬ。

 伝え聞くところによると、なんでも、「泥平民河岸」というところに「自由演武道場」というのがあるそうな。そこに数名が押し掛けて、鎖鎌、弓矢、手裏剣、剣先からさらに剣が飛び出す仕掛けの青龍刀などで、まず演武してみせたという。しかし、さらに立ち合いを望んだところ、老道場主から、「ひきとりなさい」と静かに諭されたそうだ。

 「なぜだ、お主、臆したか。ナンデモアリだというではないか」
 こう喚く鎖鎌に、師範代を勤める息子が、これも静かに次のように述べ、連中を外へ導いたそうだ。

--貴公らは錯覚に陥っておられる。前衛を試みる前に伝統を深く学ばねばならぬ。かの李湖荷津先生もそういっておられる。
 統一なくして統一あり。制約なくして制約あり。虚は無にみえて、実は有なり。律なきところ美なし、感動なし--

(三)もう一回続編を置くこと
 「Groovin' High」という題で始めたのだから、それに関連した記述で締めなければなるまい。口調も、多少は冒頭に合わせて終わらせてみたい。よって別稿を置きたい。時間を置かずに掲載することを約す。

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菊名日記-Groovin' High-完    2006年07月21日16:55

(一)基本パルスと規定長
(1)伝統的規約
 テナーサックAとベースBが、ミディアムテンポの12小節形式ブルースをデュオで演奏するとしよう。伝統的ジャズ演奏形式では次のような制約を受ける。
(a)当初の基本パルスが連続的に維持された状態で終わらなければならぬ。
(b)[12 x n]小節という所定の長さで終わらなければならぬ。(意図的な中断や、小節挿入/削減などはないことを前提にしている。「n」は整数。)
 これがいわば規約であり、プレイヤーに課せられた要件である。

(2)基本パルス-潜在的パルス
 説明するまでもないことであるが、念のために、「基本パルス」なるものについて触れておこう。(「基本パルス」という語は便宜上使用しているだけのものであり、権威をもって定義されている用語だということではない)

 上記A、B二人の心の中には、出発点の速度による「ワン・ツウ・スリ・フォ」パルスがその強弱(裏表)波形の連続体として、潜在的な基本パルスとして維持されていく。奏者だけでなく、聴衆の心の中にもこのパルスが維持されていく。演奏の途中では次のような現象が起きる。

(i)Bが「トントントントン」あるいはそれに近い規則的な「4つ打ち」を維持し、Aがそれに乗っかって、自在にシンコペを操り、裏になったり表になったりしながら泳いでいく。
 --Aが強力に攻めてくる場合、Bはしっかり踏ん張っていないと負けてしまう。でも、負けてしまうようでは困るんだな、コレ。

(ii)Aが黙して、Bがシンコペを操りながらソロをとる。
 --Aはしっかり行方を追っていないと現在地を見失ってしまう。ただし、最後の部分をBが、「ンドドードンドン、ドンドンドンドン、ンドドンドンドン、ドッドドンドンドン」などとやってくれると、たいがい救われる。
 こういうベースは偉いね! 好きだなあ、気配りのできるベースは。

(iii)両者がともにシンコペ/変則リズムで、ある長さを進む。
 --ガタガタになる危険が大きい。だが、たいがいはBは見識ある人物だから、崩壊の危険を察知したら、さっと回復に向けて行動する。

(二)とことんまで芸を追求する喜び
(1)奏者は、複雑なフレーズや「乗り」を試みる場合(特にアドリブにおいて)、「乱調」を起こさないようにすることとのオフセット(主張の凹凸的調整)で事を考える。
 より難解なフレーズを、より複雑な変則リズムを駆使して、より新鮮な和声解釈による音構成で成功させたい。
(そういう風に狙うことが、ある目的との関連において適切であるかどうかは一応脇に置いて、とにかく仮にこう考えたとする)
その場合、難解/複雑を狙えば狙うほど、潜在パルス進行から遅れてしまったり、はるか先に飛んでしまったりする危険が大きくなる。そこで、この相克関係を調整するわけである。

(2)リスクが大きいということは、それだけ冒険スリルが大きいということであり、成功したときの喜びが大きいということである。だから、上級者になると、極限状態までこの綱渡りをしてみたくなる。

   --「ヤクでハイになると、超弩級のことができる」--
 麻薬伝説における連中は、このような錯覚にとらわれて手を染め、深みに落ちていった。
(錯覚かどうか、実際のところは知らないのであるが、教育的観点から錯覚ということ  にしておく)

(三)チャーリー・パーカーという男
(1)「俺たちゃこういうことをやろうとしているんだ」
 バップ運動黎明期から隆盛期にかけて、パーカーたちは、世に対してこのように呼びかけ、その内容を示してきた。
 アドリブ重視、和声拡張、リフ旋律テーマ、変調ビートなど、その内容は、ワタシなんかよりみなさんの方がずっとよくご存じのとおりです。

 それはそれとして、連中は、特にパーカーは、このような主張を展開していく側面で、既存体制を次のように挑発してきた。

(2)できるかい、吹けるかい、弾けるかい、やってみな
運動に身を投じるには、楽器操作自体について、高水準の技術(クラフト、クラフトマンシップ)を必要とすることを述べているのである。
 「オレらの仲間に入るには、テクがないとだめだよ」と宣言しているわけだが、大ぴらにいうわけにはいかない。ゆえに、比喩などを用いてほのめかす。

 ジャズの世界に限らず、およそ「前衛」なるものは、既存価値からのいじめと闘争しながら進んでいく存在であることを宿命、本質とする。ゆえに、孤高的優位をもって高い場所から見下ろしつつ現体制を挑発し続ける態度を、ある時期においてとり続ける。
 よって、バッパーたちがそのような挑発行動をとったとしても、怪しむにはあたらないし、責めるべきことでもない。

(3)パーカーという男は、一種独特のとぼけた調子で、このほのめかしを、かなりしつこくやっている。どうも、そのような気がする。
 まず、曲名から暗示させる方法でほのめかしているように思うのだが、どうだろうか。次のような曲名はその類ではないかと思う。
   Confirmation、Constellation, Ornithology
(これらの曲名がなぜほのめかしになるのか、各自じっくりと考えていただきたい。筆者は、曲名の元来の意味と、曲の内容との関係に注目してこのような発想に至ったわけである。はたして、あたっているか。それとも単なるアホな独りよがりか)

 演奏の中でほのめかしている場合もある。
 ニューオリンズJazz古典曲にHigh Society Ragというのがある。行進曲風のものであり、その曲にも、行進曲一般において「トリオ」と呼ばれる部分に相当する32小節部分がある。話が長くなるが、この部分に設定されている一定の旋律(元来は原曲のピッコロ旋律)を吹きこなせるかどうかということが、クラリネット奏者の資格試験として使用されてきたといわれている。すなわち、バンドに採用してもらえるかどうか、あるいは、業界で一人前のクラリネット/リード楽器奏者として認めてもらえるかどうかのテストである。

 さて、パーカーは、自作のWarming Up A Riffという曲のアドリブで(テーマもアドリブも区別がないような曲なのだが)このテスト旋律を吹いているのである。「曲名そのものがすでに一種挑戦的な意図を暗示的に告げている曲」においてである。同じく、自作のKo-Koという曲でもこれをやっている。
 言い伝えられているエピソードを意識したうえで、「ほら、ちゃんとできますよ、反対に、みなさんは、私がいま吹いているような難しいフレーズがこなせますか」とふざけてみせているのである。おそらく。

(四)グルービン・ハイ
(1)バップの心を一言で表したような曲名ではないかと考えている。
--「さあ、いっちょう、やってやろうじゃないか」--
 先に述べたような冒険、挑戦を、それぞれのプレイヤーが極限まで試して成功させ、自分も、バンドも、聴衆も楽しむ。この意味で、「最高の演奏をやってみせよう」と宣言している、あるいは、「最高の演奏をやろうじゃないか」と呼びかけているのである。
 バップ運動の本質的主張を曲名で暗示している例のひとつである。
 (ここでいっているのは、「できるかい」という挑戦の暗示じゃないよ。本質的主張の暗示ですよ。)

ガレスピー
 「どういう題がいいかな」
パーカー
「"Groovin' High"はどうだ」
 「それがいいな、そうしよう」

  こんなことであったかどうか (一般にガレスピーの作とされるが、パーカーとの共作だとする説もある。なお、歌詞が作られているが、本質的には器楽曲であろう。リフ的な旋律に沿って後から適当な言葉を貼り付けていったのではないか)。
 極限まで「芸」を追求するところにバップの真髄がある。そのことこそがGroovin' Highという曲の心なのだろう。

(2)バグズ・グルーブ(Bags' Groove)
 --曲はBillie's Bounce。テナサックスAは、自在にシンコペを操り、裏になり表になり、4ビート強弱拍の溝を縫うようにして、華麗でスリルに富むソロを展開している。たいがい数小節毎に正常乗りに戻すが、場合によってはコーラスの大半を裏乗りのまま進行させ、そのまま次コーラスに突入することもある。
 いずれにしても、nコーラスから成るソロが終わる段階では、ビートを正常に戻して(とりあえず一度は戻して)、次の走者に送り渡し、ヒヤヒヤしどおしだった聴衆を安心させるのだ。一挙に緊張から解き放たれた聴衆はそこで、大きく息を吐き、感動し、拍手を送る。

 聴衆だけでなく、他プレイヤーも安心するのだ。いや、大事なのは自分のことだ。自分自身も、ホッとし、「やったね」、「どうだ、みたか」などと心でつぶやいて密かに自慢してみせるのである。
 「グルーブしたぞ」というこのような心情が、直後の態度からありありと窺える人、あるいは、意識的に表している人もいる。機会があったら、ミルト・ジャクソンの実演録画を観てごらん。
 そういえば、Bag's Grooveという曲もあったな。

(五)終幕 - 1961年、横浜
 アメリカ西海岸でウイルソンがマイルスに振られたこの年、その8月、横浜での出来事である。

 --本牧にあるそのクラブでは、ハウスバンドが熱演を繰り広げていた。バンドには、クリフ・クインテットという名がついている。パーカーに傾倒するYというアルト吹きがバンマスをやっている。Yはこの夜、特別ゲストを迎えていた。「ハマの天才」と呼ばれているモダン・ピアニストだ。

 「ダドゥデドドゥドドゥデ、ディーイー、ドゥドゥ」。
 アップテンポの曲で、アルトとピアノが4バースの掛け合いをやっている。時刻は23時を過ぎたところだ。どうやら、このステージ最後の曲らしい。

 店の入口から右手方向に、壁まで、ゆったりしたスペースをとってバーカウンターが伸びている。ステージは右側面中央部にある。50坪程度か、かなり広い店だ。ほぼ満杯で、外国人男女もあちこちの席に点在している。近辺にいくつもある米軍基地や施設からの人々であろう。

 バーカウンターの、入口に近い場所のスツールに若い男が一人で座っている。よく陽に焼け、短髪、長身だ。白のコットン上下に、ベージュのスエード靴。大きく襟を出したブルー基調のアロハがよく似合っている。男は、バーボングラスを片手に、半身になってステージを眺め、演奏に耳を傾けている。スツールから床に伸びた足が長い。

 「いかすぜこのバンド、なんて曲だい
 男がバーマンに問う。
  「はい、たしか、グルービン・ハイという曲です
 「どういう意味だい」
 「それが・・・・・・前に訊いたことがあるんですが・・・・・・『いかした演奏』とかいう意味だそうで」
 バーマンは、なぜか困惑したような顔つきで、男を下から見上げて告げた。

 男は立ち上がり、くゆらしていたタバコをテーブルの灰皿に押しつぶした。
 バーマンに目を合わせて、にやっと笑った。
      「ハハ、そいつあ、いかすぜ
---裕次郎は、両手をポケットに突っ込み、右肩をしゃくって、大股で出ていった。

-完-
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[補足]
― 上記「五、終幕―1961年横浜」の末尾の記述、意味を理解してもらうために、「前編」から関連記述を引っ張ってきて貼っておく。
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(3)"groove"-俗語表現としての、「いかしたジャズ演奏」、「いかすジャズ演奏をする
 「いかした」、「いかす」とは、一言では説明できないが、あえていえば、まあ、「カッコイイ」とでもいうような意味である。

 余談だが、すこし回り道をする。
 友人にいわせると「いかす」という言葉は死語であるという。初期裕次郎時代の言葉だ。髪を短く刈ったあの若い八重歯顔で、「あんた、イカスぜ」なんて囁かれると、オンナはイチコロで「イッタ」もんだ。いかなかった人は、「うち、不感症かしらん」と病院を訪れたという(真偽は知らぬ)。
  若年層には意味不明の言葉かもしれない。しかし、「カッコイイ」なんていう凡庸な流行言葉とは、格段の品質差のある言葉なのだ。「格好がいい」、「格好の よい」→「カッコイイ」。なんてつまらぬ発想か。なんて短絡か。こういう連中にはろくなアドリブもできまい。「味」というものが理解できないんだから。

 いく,ゆく、行く、逝く、死ぬ、イク、シヌ→イカス(イク状態にさせる)
 こういう構図なのかどうか知らないが、もし当たっているとすれば、なんて奥ゆかしいことか。なんて含蓄か。こう考える見解に賛同する人のアドリブなら、聴きたいね、じっくりと。「味」というものが分かる人なのだもの。

 なんであれ、とにかく、この言葉は、後世に残していきたい。
 集英社『国語辞典』」には、「いかす-(俗)(容姿や服装などが)魅力的である」と記されている。「かっこいい」なんて言葉は載せていない。見識に拍手を送る。(なお、この後の『新英和大辞典』の記述にも注目されたい)

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■過去記事(2011.1.10)
 Photo Billy Tailor(ビリー・テイラー)監修によるジャズ啓蒙シリーズTV番組、The Subject Is Jazz/「ジャズ講座」の一場面――YouTubeビデオ・クリップ、"Groovin'- Billy Tailor"について語っている。
 テイラーがjazz improvisation/インプロビゼーション(即興)について語り、即興から別曲が生まれた一例としての"Groovin' High"を番組バンドが演奏する。
 参照されたい。





Groovin High - Charlie Parker, Dizzy Gillespie
  パーカー/ガレスピー

This superb performance of Groovin' High was recorded by Dizzy Gillespie (tp) Charlie Parker (as) John Lewis (p) Al McKibbon (b) and Joe Harris (d) at Carnegie Hall, NYC, September 29, 1947.
(Tube投稿者が掲げた録音データを、他者が、コメント欄で、誤りであると指摘してして訂正している。上に掲げているのはその訂正版)。

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2012年3月19日 (月)

Groove、Groovin' High、そして、"Murder.... and All That Jazz; 13 Showstopping Stories of Crime and Jazz"(殺人事件、そして、時代背景としての折々のジャズ」 -「犯罪とジャズについての13の短編傑作」)―前編

2012.3.19
  前回記事(2012.3.16)に続いて、倉庫整理の副産物である。すなわち、6年前のmixie日記から。

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 mixiの「日記」に書いた記事である。三日坊主というが、このmixi活動は開始後3カ月ぐらいで停止し、そのままになっている。
 以下、その日記記事に周辺データなど少し付け加えて本日の記事にする。****線で囲んだ色分け部分がmixi記事。

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菊名日記 - Groovin' High    2006年07月14日10:08
(一)物語風に始めよう。
 ウイルソン・チャイルズはいつものように身構えた。
  足を開いて立ち、目を閉じる。テナーサックスを突き出すようにして支える。左足で軽くテンポをとり、「ステラ・バイ・スターライト」(Stella by Starlight)の最初の二つの音を吹いた。
 音が空中に漂うに任せ、ピアノがコードで応答してくるのを待った。

 「ン」。様子が変だ。どうやら、ドラマーがカウントを聴いていなかったようだ。
「なんてこった」。
 リズム隊が、ビートを合わせようと、焦っている。その様子は、後ろを振り向かなくてもよく分かる。「エッ、俺のせいか、俺か」。お互いに顔を見合わせながら責任の所在を問い合っているのだろう。8小節が終わるまでに、軌道に乗せてくれればよいが。
 客に目をやった。混んではいるが、演奏に注意を向けている客は数人しかいない。その者たちさえ、変調に気づいていない。

 ウイルソンは、メロディを操りながら待つ。「乗り」を、裏にしたり表に戻したりしながら、リズム隊のうちの誰かが走行現地点を確定させるのを待った。最終的に、若手ピアノのディーン・ジェームスがコードをいくつか並べて位置合わせの合図を出し、全員がそれに従った。やっと落ち着いた。
 ウイルソンは、予定のソロ順を変えて、ピアノに先にやらせることにした。そのことを、頷いてみせることによってディーンに知らせ、ホーンを口から外した。

 ウイルソンはドラマーを睨みつけたが、当人は素知らぬ顔で、すでに演奏に注意を戻していた。バーの円椅子に、ショートスカートのブロンドが、長い足を組んで座っている。これが、高い位置からドラマーを眺めていた。やつは、これに気を取られていたのだ。

 ウイルソンは腕を組み、ため息をついた。ずっと昔のシーンを思い出していた。同じ店でのことだ。
              ――回想――
 店は大勢のミュージシャンでごった返していた。売り出し中の若手コンビ、ウイルソン・チャイルズとクインシィ・シモンズを聴くために、月曜セッションに集まっていたのだ。
 マイルスもいた。バーで誰かとしゃべっていた。マイルスは、ウイルソンをスカウトしに来ていたのだ。そのことをウイルソンは知っていた。
 当時ウイルソンは、期待を一身に集めた新進テナーだった。洋々たる前途が開けていた。
シモンズはピアノだ。
 コルトレーンが自分のグループを結成するためにマイルスのもとを離れ、マイルスが後釜を探している。街ではそのように噂していた。
 
 ウイルソンは、マイルスがチラッとこちらの顔に目をやったことに気づいていた。シモンズがモンクの「Well, You Needn't」を、一気に3コーラスはじき出した。ベースソロに移ったときにマイルスがバンドスタンドに近寄り、通り過ぎながら、例の落ち着いた声でウイルソンにいった。「よー、チャイルズ、後で電話するよ」。

 マイルスからの電話はなかった。その夜も、その後も。
                            ――回想から覚める――

  ウイルソンは頭を左に傾げてディーンの最後の16小節を聴き、マウスピースを口にして、憑かれたように吹き始めた。怒り狂ったように吹いた。おかげで、ステラが娼婦になってしまった。4コーラス吹いて終えた。バンドのメンバーに活が入った。
 で、後の曲はうまくいった。

 そのステージが終わり、ウイルソンはホーンを席に置いて、控え室に戻った。ディーンだけには肩をたたいて労をねぎらったが、ベーシストとドラマーには口もきかなかった。
ウイルソンは、裏口から狭い路地に出てタバコに火をつけた。25年前、1961年の事件を思い出していた。

[出典]
"Child's Play," by Bill Moody;
Murder.... and All That Jazz; 13 Showstopping Stories of Crime and Jazz, Edited by Robert J. Randisi; Signet Book

   「チャイルズ・プレイ」、Bill Moody著 (下記短編集に収められている作品)
  ――「殺人事件、そして、時代背景としての折々のジャズ」 -「犯罪とジャズについての、13の短編傑作」、Robert L. Randisi監修、Signet社(Penguinグループ)、2004年11月初刊
    (日本語版が出版されているかどうかは知らない)


 上記の文は、この短編の冒頭部分数カ所を摘んでまとめたものである。


[注記]
 作者Bill Moodyは、サンフランシスコ近辺で活躍中の現役Jazzドラマーだという。主に、2つのピアノトリオで演奏しているとされる(たまにテナーが入ることがあるという)。
 なお、題名の"Child's"と登場人物Wilson Childsの"Childs"は別物であり(
もちろん、語呂合わせはしているのだが)、引用者のタイプミスないし頭の混乱ではない。

(二)"groove"という言葉
(1)小説の引用から始めたのは、次のような記述を日記の素材にしたかったからである。

(2)to find the groove - 「溝を探そうとして」 - 「律に合わせようとして」
....without looking back, he could feel the whole rhythm section scuffling to find the groove, glancing at each other with questioning looks-- was it me? --trying to settle in before eight bars had gone by.
 リズム隊が、ビートを合わせようと、焦っている。その様子は、後ろを振り向かなくてもよく分かる。「エッ、俺のせいか、俺か」。お互いに顔を見合わせながら責任の所在を問い合っているのだろう。8小節が終わるまでに、軌道に乗せてくれればよいが。

 ここでの"groove"は、「速度と、乗りの裏表」という意味としての「律」(型)といった意味で理解してよかろう。「乗り」の「裏」、「表」とは、いうならば、ソロなり全体としての演奏なりが、ハイハットの「ウンチャ」に合っているかどうかということである。

(3)"groove"-俗語表現としての、「いかしたジャズ演奏」、「いかすジャズ演奏をする
 「いかした」、「いかす」とは、一言では説明できないが、あえていえば、まあ、「カッコイイ」とでもいうような意味である。

 余談だが、すこし回り道をする。
 友人にいわせると「いかす」という言葉は死語であるという。初期裕次郎時代の言葉だ。髪を短く刈ったあの若い八重歯顔で、「あんた、イカスぜ」なんて囁かれると、オンナはイチコロで「イッタ」もんだ。いかなかった人は、「うち、不感症かしらん」と病院を訪れたという(真偽は知らぬ)。
 若年層には意味不明の言葉かもしれない。しかし、「カッコイイ」なんていう凡庸な流行言葉とは、格段の品質差のある言葉なのだ。「格好がいい」、「格好のよい」→「カッコイイ」。なんてつまらぬ発想か。なんて短絡か。こういう連中にはろくなアドリブもできまい。「味」というものが理解できないんだから。

 いく,ゆく、行く、逝く、死ぬ、イク、シヌ→イカス(イク状態にさせる)
 こういう構図なのかどうか知らないが、もし当たっているとすれば、なんて奥ゆかしいことか。なんて含蓄か。こう考える見解に賛同する人のアドリブなら、聴きたいね、じっくりと。「味」というものが分かる人なのだもの。

 なんであれ、とにかく、この言葉は、後世に残していきたい。
 集英社『国語辞典』」には、「いかす-(俗)(容姿や服装などが)魅力的である」と記されている。「かっこいい」なんて言葉は載せていない。見識に拍手を送る。(なお、この後の『新英和大辞典』の記述にも注目されたい)

 さて、話を戻そう。
 "groove"には俗語表現として次のような意味があるとされる。
名詞形-「調子よく演奏されるジャズ」、「名演奏のジャズ」
動詞(他、自)-「音楽を調子よく演奏する」、「見事なジャズ演奏を聴く」

研究社『新英和大辞典』には、次のような趣旨の記述がある。
 "in the groove"
 レコードの溝に針がぴったりとはまって音がでることから、俗語的に、次のような意味で使用される。
(a)最高調で、至極好調で
(b)[ジャズ] 聞き手を熱狂させるように演奏して(されて)、
  上々の調子で、調子が乗って、 張り切って
(c)流行して、当世風で、すてきな、いかしている

(三)本論
 この稿は、英語解釈についての能書きを垂れるために書いているわけではない。探偵小説を紹介するためでもない。
 演奏における「乱調」、「乱丁」、「落丁」ということについて、二言三言、考えを述べてみようとしているのである。
 
 だが、すでに長く書いた。続きは別稿に廻そう。

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Photo                                                 
(上記の短編選集)
 
 
続きは別稿として掲げる(次回の記事)

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Photo Bill Moody(ビル・ムーディ)
 プロ・ドラマー兼ミステリー作家
 上記の小作品を読んだだけで、他は知らない。
 今考えると怠慢だったね。「ジャズの話題が出てくる探偵小説を読みたい、読みたい」と念じながら過ごしてきたわけだから。
 この全集を買ったのもその流れのなかでのことで、書店で目にしたときに、小躍りしたもんだ。それなのに、つまり、jazzを知る探偵/ミステリー作家を13人も探し当てたのに後を追っかけなかった。怠慢だ。

 改めて調べてみると、この人、いっぱい小説を書いているんだね。書店の棚に常時顔を出している作家ではないけど、amazonで買おうと思えば買えた。
 ――本屋に足を運んで、いろいろと探して、苦労しながら、楽しみながら、思わぬ出会いに「ハッ」と胸をときめかせ、顔を上気させ、頬を染めて、「イヤダ、ヤダ、あったわ」と身をよじって買うのが正道で、醍醐味でもある――
 こういう言い訳も、まあ、できなくはないが、それだと、ミリオンセラー物以外は、なかなか入手できない。現に、いまではamazon.comの上得意になっているではないか。要するに、怠慢だった。
 遅まきながら、いずれ一冊買って、本格的長編でどんな味が出せる作家なのかみてみよう。ただ、ここんとこ、ちょっと「積んどく」解消に忙しんだけど。

Photo_3
 翻訳本が一冊出ているようだ(上画像の左列、最下段の本)
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『脅迫者のブルース』 Solo Hand (1994)
    ジャズ・ピアニスト/エバン・ホーン
    Tr:古賀林幸(Sachi Kogabayashi) Pb:文春文庫(Bunshun bunko)
    1997/10/10
    ISBN4-16-752737-5
----------------------------------
  (「翻訳作品集成」というwebページ)で調べた。今日初めて知ったページだけど、ものすごく便利だ、敬服する。


 
  

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2012年3月 8日 (木)

♪Tight Like This/タイト・ライク・ズィス

2012.3.8
                                                                             ♪参考資料[歌詞翻訳曲目一覧/ページ相互リンク]
 もう40年も昔のことだけど、アール・ハインズ(Earl Hines)というピアノ弾きを知り、強く惹かれた。ルイ・アームストロングのホット・ファイブ(Louis Armstrong And His Hot Five)、サボイ・ボールルーム・ファイブ(Louis Armstrong And His Savoy Ballroom Five)での一連の演奏(1928年6、12月)や、同時期(同、5、6、8月)にジミー・ヌーンと吹き込んだ曲を聴いてのことである(ハインズはこの時代の一時期、Jimmie Noone's Apex Club Orchestraに所属していた。ホット・ファイブ/サボイ・ボールルーム・ファイブというのは、吹き込みのためだけに編成するバンドであるこのあたりの事情につき2012.3.3記事参照)

 当人に注目するきっかけになった演奏のひとつがこれだ。
 このところ古い時代のjazz演奏に関する記事を重ねて書いていることもあり、改めてこれを聴いてみた。

◆◆◆◆◆◆◆◆
Louis Armstrong & His Savoy Ballroom Five - Tight Like This - OKeh 8649
  Earl Hines/アール・ハインズ - Tight Like This/タイト・ライク・ズイス 

 Tube投稿者によるデータ
Louis Armstrong, t, v, speech / Fred Robinson, tb / Don Redman, cl, as, speech / Jimmy Strong, cl, ts / Earl Hines, p, speech / Mancy Cara, bj / Zutty Singleton, d. Chicago, December 12, 1928.

 いいね、ハインズ(ルイがすごいのはもちろんだが、ここでは言及しない)。


 先に掲げたTubeが機能しなくなったので差し替える(2013.3.14)

◆曲名の意味と曲の由来
  ところで、Tight Like This(タイト・ライク・ズィス)というこの曲名、かなりきわどいもののようだ。そのことについて少し書いてみよう。

1.由来
<<It's Tight Like That"(イッツ・タイト・ライク・ザット)という曲>>Photo_2
 この演奏(Tight Like This)を吹きこんだ日(1928.12.12)の数週間前に、McKinney's Cotton Pickers(マッキニーズ・コットン・ピッカーズ)バンドが(Wiki/画像 )、Don Redman(ドン・レッドマン)(Wiki/画像 )の指揮の下に、"It's Tight Like That"/イッツ・タイト・ライク・ザットという、かなり「粗野で、いかがわしい」(rough, suggestive tune/右画像本の著者の言)曲を吹きこんでいた(下に、その歌の歌詞を紹介しているwebページを引用しているが、その記事の記述によると1928.11.23のようだ)。
 この曲は非常に流行って、その後、何人もが後を追って吹き込むことになる。

 そこで、"Tight Like This"に話を戻すと、コットン・ピッカーズのトランペット奏者Langston Curl(ラングストン・カール)がこの"It's Tight Like That"に対する「返答/応答」(rejoinder)として、この新たな曲、"Tight Like This"を書き、ドン・レッドマンがそれをシカゴに持ち帰って、編曲して、吹き込んだのだという。ニューヨーク・タイムズ紙の音楽評論家John S. Wilson(ジョン.S.ウイルソン)がそう語っているのだそうだ。
   (以上、ココから。James Lincoln Collier という人が書いた"Louis Armstrong: An American Genius"という本/右上画像の内容の一部を紹介しているページ)

  ということで、応答曲の題名の意味を考えるには、その「粗野でいかがわしい」と評される元歌、マッキニーズ・コットン・ピッカーズの演奏を、どんなものか聴く必要がある。

McKinney's Cotton Pickers - It's Tight Like That - Victor V-38013
  マッキニーズ・コットン・ピッカーズ/イッツ・タイト・ライク・ザット



  先に掲げていたTubeが機能しなくなっていたので差し替える(2013.3.14)、画像はいただけないけど。利用させてもらっているのに、こういうことをいっちゃいけないけど。

------------------------------------------
 ①曲自体は、Fのブルースだね。 
 ②このwebページで歌詞を載せてくれている。"Heptune Jazz and Blues Lyrics Page"というサイトだ。
 レコードからの聴きとりだという。聴きとりは難しいので誤りがありうると断っている。
 曲によっては著作権侵害の可能性があるから個人的使用と学術的使用以外は控えた方がいいとページ主が警告してくれているが、ここに引用させてもらうのは、まあ、許されよう。
  
             
          It's Tight Like That
 (Dorsey, Whittaker)
Transcribed from McKinney's Cotton Pickers, vocals by George Thomas and Dave Wilborn; recorded 11/23/1928,
From McKinney's Cotton Pickers 1928-1929, Chronological Classics 609.


Listen here, folks, I'm gonna sing a little song,
Don't get mad, I don't mean no wrong;
You know, it's tight like that!
Aw, it's tight like that!
You hear me talkin' to you,
I mean, it's tight like that!

If you see my gal, tell her to hurry home,
I ain't had no sleep since she's been gone;
You know, it's tight like that!
I mean it's tight like that!
You hear me talkin' to you,
I mean, it's tight like that!

Uncle Bill came home, 'bout half past ten,
Couldn't find the key so he couldn't get in;
Aw, it's tight like that!
I mean, it's tight like that!
You hear me talkin' to you,
I mean, it's tight like that!

[Scatting]
Tight like that!
[Scatting]
Oh, it's tight like that!
[Scatting]
Oh, it's ready like that!
[Scatting]
Oh, it's tight like that!
[Scatting]


           ほんとだよ!

 みんな、聴きな、オレは唄うぞ、
怒るなよ、悪気はないんだ。
ほら、わかるだろ、なんてこった。
ほんと、なんてこった。
聞いてるかい、あんたらにいってんだ、
「なってこった」とな、ほんとだよ。

 オレのあの娘に会ったら伝えてくれ、
すぐに家に帰るように、ってな。
あいつが出ていってから一睡もしてないんだ。
分かるだろ、ほんとだよ、
ほんと、ほんとだよ。
聞いてるかい、あんたらにいってんだ、
「なってこった」とな、ほんとだよ。

 あのビル親父がな、家に帰ったんだ、10時半ごろにな、
ところが、鍵がない。家に入れない。
なんてこった、
ほんとだよ、なんてこった、
聞いてるかい、あんたらにいってんだ、
「なってこった」とな、ほんとだよ。

[スキャット]
なんてこった! 
(ああ、太い、きつい)

[スキャット]
ああ、なんてこった!
 (ああ、太い、きつい)

[スキャット]
ほんとだよな。
(ああ、それ、それ、いい、合わせられるわ)

[スキャット]
ほんとだよ、なんてこった
。 (ああ、いい、太い、きつい)

「注記」 
 "It's tight like that"、"Tight like that"を「なんてこった」、「ほんとだよ」などと訳しているが、原文が性的な意味を暗示していることはいうまでもない。「きつく締めつけるxxxのように、確かなことだ」(♂の立場からして)みたいな。ここでは、スキャットへの応答につき、括弧書きで♀の立場から性的含意を掲げてみた。
 歌詞本体のものも含め、"tight like that"の意味を適切につかめているかどうか、つまり、日本語訳が妥当なものかどうか、自信はまったくない。断っておく。


2. 曲名"Tight Like This"の意味
 さて、そこで肝心な曲の意味だ
   It's Tight Like That.←→Tight Like This.
    返答/応答として書いたというのは、こういう関係、つまり、「よし、こういう曲名で曲を作ってやろう」と考えて、そうしたということなのだろう(That←→This)。
  まあ、"tight like that"、"tight like this"の意味は読者の判断に任せよう。

 参考までにいうと、油井正一さんは、次のように書いている。
   ――「我が国・・・・・・人気がある。英語圏であまり語られないのは、あまりにも生々しく、男女の睦言を描写しているためであろう」――
 次のようにもいっている。
 ――「女声がきこえるが、これはドン・レッドマンの裏芸」――
        (「ルイ・アームストロングの肖像1928、CBS/SONY 20AP 1466」というレコードの解説

■Clara Smith - It's Tight Like That
  クララ・スミス


Tube投稿者によるデータを掲げておく。
 Released in 1929 on Columbia 14398D
 Written by Georgia Tom, better known as Professor Thomas A. Dorsey, father of gospel music and composer of gospel gems "Precious Lord Take My Hand" and "Peace In The Valley".


 かなりきわどいことを唄っているようだ。聴きとって、場を改めて紹介したい。今日は、時間がない。

――続く――

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2012年1月21日 (土)

♪バップ(bop)のエキスを超一流に吹く、幻のアルトサックス奏者、David Schildkraut(デイビッド・シルドクラウト)。

2012.1.21
 David (Davey, Dave) Schildkraut/デイビッド(デイビィ、デイブ)・シルドクラウトというアルト・サックス奏者がいたというんだが、「不思議」に包まれた男だ。顔かたちもはっきりしない。ネットを探しても写真がないんだ。どこかに存在するのかもしれないが、とにかく見つけられない。写真のことも含めて、なんか、不思議な男だ。
 しかし、演奏はすごいよ。力量はすごい。初めて知ったが、驚くね。まあ、「知らなかったのはオマイだけ」ということだろうけど。
 「不思議」の理由を探ろうとネット上で少し調査してみた。知り得たことなどを書いてみる。

◆◆◆◆◆◆◆◆
一、 まずは、略歴その他の情報をざっとみていこう。      
1.活動歴
 
1925年、ニューヨーク市Lower East Side(マンハッタン)で生まれる(1925.1.7 - 1998.1.1)。1941年にLouis Prima(ルイ・プリマ)(*1)のバンドでプロの道に入った。その後、Buddy Rich/画像(1946)、Anita O'Day/画像(1947)(唄伴奏バンド?) と続き、Stan Kenton/スタン・ケントン/画像(1953-54)に参加する。Pete Rugolo(ピート・ルゴロ)画像Oscar Pettiford/オスカー・ペティフォード/画像(1954)と続き、1954年にMiles Davisと仕事をしている。どの程度の期間(何カ月)、どのような内容で行動を共にしたのかは不明だが、このときに、マイルスの下で3曲吹き込みをして いる。
 その後、George Handy /ジョージ・ハンディ/画像(1955)、Tony Aless /トニー・アレス/画像(1955)、Ralph Burns(ラルフ・バーンズ)(画像), Tito Puente(ティト・プエンテ)(画像)Johnny Richards(ジョニー・リチャード)(画像)と続き、1959年に再びケントンのバンドに。1960年代から、ニューヨークに戻ってフリーランスで活動した。West End Cafe(ウェスト・エンド・カフェ)にEddie Bert(エディ・バート)(画像)と共に定期的に出演した。齢いってからは、半ば引退したような生活になった。
   (資料、WikipediaARTIST PROFILE UTTERLY RANDUM IN BERLIN)

 *1.ルイ・プリマ(Louis Prima)(画像)
  ニューオリンズ出身のイタリア系白人トランぺッター、歌手、エンタテイナ―。ニューヨーク・マンハッタン52丁目で"Prima and His New Orleans Gang"(Dixielandコンボ) を率いて名を売った後、ロスアンジェルス移住、全国巡業、ビッグバンド編成などを経てラスベガスで活動した。 Keely Smith画像)(4度目の妻、5年ほどで離婚)とのコンビ歌唱で知られる。かの"Sing Sing Sing"の作曲者である。

[マイルスの下で吹き込んだ曲]
   ① SolarLove Me or Leave MeI'll Remember April
     ①②はPrestige版"MILES DAVIS ALL STARS, WALKIN'"というアルバムに収録されており、
        ③は同じくPrestigeの
Blue Hazeというアルバムに入っている。
     (最初に出た10インチのビニール盤"WALKIN'"では①③が入っており、12インチ盤として再発売したときに
         ③のかわりに②を入れたのだという
)(Wikipedia)。

2.バップ派
 
シルドクラウトのプレイは、純粋なビバップ・スタイルに属するものであるが、流動的で輝かしい。それがどれほどのものであるかを示す逸話がある(Wikipedia)。こうだ。
 ダウンビート誌が行ったブラインド・テストにおいてチャールス・ミンガスがシルドクラウトの演奏をパーカーと見違えたという。先に触れたように、シルドク ラウトは1954年にマイルスの下でSolarという曲を吹きこんでいるのだが、Leonard Feather(レオナード・フェザー)(*2)がそのレコードをかけてソロの部分をミンガスに聴かせたというのである。

3.Last Date(死後発売CD)
  2000年に、Endgame Recordsが"Last Date"というVDを発売した。シルドクラウトの唯一のリーダー録音だそうだ(Wikipedia)。
  調べたら、CDはamozonで売っている。商品説明として次のように記されている。
Last_date_2 Alto/tenor saxophonist captures the rhythmic essence of Bird on this album recorded in 1979, feat. pianist Bill Triglia, bassist Jeff Fuller & drummer Frank Bennett.
 Recorded in 1979.
アルト/テナー・サックス奏者David Shildkrautが、バードのリズム・エキスを彷彿させる演奏をみせる。共演、ピアノ Bill Triglia、ベース Jeff Fuller 、ドラム Frank Bennett。

1All the Things You Are            
2.Cherokee                                            3.Now's the Time                         
4.Lover Man            
5.Thou Swell            
6.It Might As Well Be Spring
    Dave Schildkraut IT MIGHT AS WELL BE SPRING Lyrics
7.Confirmation            
8.52nd Street Theme            
9.Polka Dots and Moonbeams
    Dave Schildkraut POLKA DOTS AND MOONBEAMS Lyrics
10.Stars and Stripes Forever

 
直感からして、なかなかよさそうなCDだねえ。買おうか、それとも。YouTubeに現れるのを待つか(10年も経つのに、存在しないね、いくつかの曲であたってみたが)。

*2.レオナード・フェザー/ Leonerd Feather(1914-1994)(右画像の左の人物。この過去記事から)
 Photo_2 イギリス中上流階級生まれのジャズ・ピアニスト、作曲家、プロデューサー。1935年にアメリカを初めて訪問し、本国と行き来しながらレコード・プロ デューサーとして働く。1939にニューヨークに居を構え、1960年にロスアンジェルスに移動。Metronome誌の共同編集者を務め、死ぬまで、 Los Angels Times紙のジャズ評論主任として仕事をした。作曲でも業績を残しているが、ジャーナリスト、評論家、歴史家、などの立場から書いたジャズ関連著作で著 名である。著作を読んだことのない人でも、レコードのライナーノーツを読んだことはあるにちがいない。数百のジャズ・アルバムに書いているから (Wikipedia)。


二、写真がないんだが
 シルドクラウトという人、ネット上で写真がみつからないんだが、このCD、なんで映像をぼかしてるのか。なぜ、はっきりと顔を移さないんだろ。ミステリアスなままにしておこうって魂胆か、商売戦術として。

◆◆◆◆◆◆◆◆
 マイルスの下で吹き込んだ3曲の演奏を聴こう。
"Walkin'"についてのWikipedia記事は、次のように述べている。
----------------------------
   Walkin'はPrestige Records(プレスティッジ)が発売したレコード・アルバムで、1954年4月3日と4月29日にマイルス・デビス率いるグループによって吹き込まれた演奏を収めている。グループは、Miles Davis All-Starsという名になっている。第一セッションはアルトサックスにDavid Schildkrautを擁するクインテットである。しかし、なぜか、シルドクラウトの名前だけ、レコードのカバーに記載されていない。そのために名前が埋もれてしまっているが、他の活動においても、どのような人物なのかほとんど知られていない。
 第二セッションはトロンボーン、J. J. Johnsonとテナーサックス、Lucky Thompsonを入れたセクステットである。リズムセクションは双方同じである。当初発売された10インチ・ビニール盤にはクインテット演奏によるI'll Remember Aprilが入っていた。しかし、12インチ盤として再発売された際に、この曲はLove Me or Leave Meに置き換えられた。このI'll Remember April演奏は、現在では、(同じくPrestigeの)Blue Hazeというアルバムに収録されている。


■Miles Davis' All Stars - Love Me Or Leave Me

    Miles Davis: Trumpet
    David Schildkraut: Alto saxophone
    Horace Silver: Piano
    Percy Heath: Bass
    Kenny Clarke: Drums

■Miles Davis Quintet - Solar


 演奏者は上のTubeと同じ。

 
このソロを聴かせて奏者は誰か当てさせたら、ミンガスが「パーカーだ」と答えたのだという(ダウンビート紙によるテストは1955年のことだとされる情報源ココ)。------- しかし、周辺事情から考えて、「眉唾もの」だという気がしないでもないね。
 というのは、この曲吹き込み一年前の5月に(1953.5)、ミンガスは"Smooch"というマイルスとの共作曲を、自らはピアノを弾いて(ベースではなく)当人と吹き込んでいるというのである(Wikipedia)。ということは、1954年4月時点のことを考えると、マイルスと行ったり来たりしておって、当然シルドクラウトの演奏ぶりも知っていたであろうし、マイルスが当人と吹き込みをしたことも知っていたと推測されるからである(先に触れたように、シルドクラウトが1954年の何月から何月まで在籍したのかは不明だが、とにかく、当時マイルスのバンドにいたのだから)。

 まあ、しかし、作り話だとしてもおもしろい逸話だし、シルドクラウトへの最大の賛辞になるのだから、そっとしておこう。
 その関係で触れておくと、パーカーの模倣からパーカー「もどき」になったのではなく、時代の動きのなかでバップイデオムを追求していった結果として似たような奏法になったのだという。かのソニー・スティット(Sonny Stitt)もパーカーの模倣だといわれるのがいやでテナーに持ち替えたというからね。

Miles Davis Quintet - I'll Remember April

  演奏者は上のTubeと同じ。


――未完、続く――

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2011年5月27日 (金)

♪ランド・オブ・ジャズ、ジャズの都、1920年代シカゴ物語 ― その1

2011.5.27
 1920年代前後のシカゴ・ジャズ・シーン ―― 興味のある人にとって涎の出るようなYouTubeビデオに出くわした。
 ―― America's Music: Chicago And All That Jazz (Dupont, Show of the Week; Season1, Episode 11,  1961)――

 前、前々回と(5月23、25)、"Going To Chicago"についての記事を2本書いたが、その関係でうれしいTubeに出くわした。すなわち、記事を書くための資料調査で"Chicago"という語を何度もGoogleすることになったわけだが、そのことにより、お宝ビデオがYouTubeの場に現れたのである。

◆◆◆◆◆◆◆◆
 "Du Pont Show Of The Week," America's Music: Chicago And All That Jazz(デユポン・ショウ・オブ・ザ・ウィーク、アメリカズ・ミュージック、シカゴ・アンド・アール・ザット・ジャズ)というテレビ番組(*1)のビデオがそれで、6回に分けて投稿されているTubeだ。「デユポン社提供、今週のショウ」というシリーズ番組の一部として制作されたものだ。
 *1.Season 1の Episode 11(放送第一陣、作品11)として、1961年11月26日に放送された(番組に関する下記の説明参照)。

1
2_2

 3回ぐらいに分けて、周辺事情を語りながら聴いていこう。

■America's Music: Chicago And All That Jazz-No.1
   Tubeの名称は、[Chicago & all that Jazz Jack Teagarden, Gene Krupa Red Allen PT 1]

◆"The Du Pont Show Of The Week"について
 音楽バラエティ、演劇ショウ、ドキュメンタリー、特別プロジェクトといった内容のシーリーズ物テレビ番組である。NBCテレビが土曜日夜更けの「力作」番組として、すなわち、利用しうる最高のタレントをスタジオ出演または背景で活用して類のない秀逸作品に仕上げるという触れ込みで制作し、3時期 (Season)にわたって放送した ―― Season 1、Episode1(1961.9.17)から、Season 3, Episode 71(1964.8.30)まで。
 番組制作の狙いの一つは、通信(報伝達、対話)手段としての(as a means of  communication)テレビ媒体(television medium)というものが有する幅(許容範囲、latitude)と可能性を最高限度に追求するというものであった。
   視聴率が低迷したことと、優れたシナリオ作者の欠 落を理由に3年未満で打ち切られた。(TVRage.comというWebページのこの記事から)。
   エピソード(一回ごとの「作品」、「作品題名」、「物語」)一覧は、記事の中の"Show Menu"という欄の"Episode List"という項目をクリックすると現れる。全リストを掲げているページはココ
 

◆司会者はGarry Moore(ゲイリー・ムーア)という人物だ。
 エンタテイナー、TVゲーム・ショウ・ホスト、コメディアンだとされる。"The Garry Moore Show"、"I've Got a Secret"、"To Tell the Truth"といったTVショウ番組の司会者として知られる(Wikipediaから)。

  時間切れのため、ここで中断する。おいおい、補完して完成させる。


◆◆◆◆◆◆◆◆
[追記] ― シリーズ記事の全容、相互リンク
 
2013.11.23、記事整備として、一連記事シリーズ(「その1」から「その8」)の相互リンクを設けることにした。 

************************************
その1、2011.5.27
  ♪ランド・オブ・ジャズ、ジャズの都、1920年代シカゴ物語 ― その1

その2、2011.6.27
  ♪ランド・オブ・ジャズ、ジャズの都、1920年代シカゴ物語 ― その2 。♪♪"Take Me To The Land Of Jazz" ―― Lil ArmstrongとMae Barnes、いい顔で唄うね。続いて、出演者顔見せだ。わくわくするね。

その3、2011.6.29
  ♪これ聴いてよ、見てよMae Barnes(メイ・バーンズ)のDoctor Jazz(ドクター・ジャズ)だ。日本迷走政治の憂さも吹っ飛ぶね。 ランド・オブ・ジャズ、ジャズの都、1920年代シカゴ物語 ― その3

その4、2011.7.12
  ♪ランド・オブ・ジャズ、ジャズの都、1920年代シカゴ物語 ― その4。 ビックス・バイダ―ベック(Bix Beiderbecke)―28歳で夭折した天才。ある意味、「ウェスト・コースト派」の元祖みたいな存在ともいえる。

その5、2011.7.14
  ♪ランド・オブ・ジャズ、ジャズの都、1920年代シカゴ物語 ― その5。"Chicago That Toddling Town"(シカゴ、ザット、トドゥリング・タウン)、結局、"Toddling Town"って、どういう意味だ。

その6、2011.7.15
♪ランド・オブ・ジャズ、ジャズの都、1920年代シカゴ物語 ― その6。 "Chicago (That Toddling Town)" / 「シカゴ(ザット・トドリング・タウン)」の歌詞と日本語訳――"Toddling Town"とは、"Toddling"とはどういう意味か。

その7、2011.7.19
  ♪ランド・オブ・ジャズ、ジャズの都、1920年代シカゴ物語 ― その7。1920年代の終わりとともに、ジャズの都としてのシカゴも終わりを告げることになる。

その8、最終回、2011.7.21
  ♪ランド・オブ・ジャズ、ジャズの都、1920年代シカゴ物語 ― その8、最終回。ウォーッ、Kid Oryが吠える、ウォーッ、Jack-Tが応える、ウォーッー、Oryが吠える、ウォーッ、Jack-T 、ウォーッオーッ、ウォーッ、ウォーッ、ウォーッ・・・・・・Tigar Rag、番組フィナーレだ。いい番組だったな、楽しめたね。

[更新] 2011.6.28
  「"The Du Pont Show Of The Week"について」の項を加筆した。
 この記事を充実/完成させたうえで3回シリーズぐらいの別稿を書こうと考えていたが、予定を変え、補完はここまでで打ち切って別稿に移ることにする。その第一陣がこの記事。ぜひご覧あれ。
 2011.7.20 ― 後続記事との関係で、表題を変えた。

2013.11.23
 一連記事相互リンクを置いた。

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2010年2月13日 (土)

カナダ・オリンピックとザ・ピーナッツ。メイプル・リーフ・・・・・・ジョプリン・・・・・・ベシェ、サンシャイン、ハッコー、そして、ザ・ピーナツ 、Petite Fleur、プティット・フラー、小さな花 。

2010.2.13

 楓の葉、すなわち、メイプル・リーフ → Maple Leaf Rag、スコット・ジョプリン → シドニー・ベシェ → Petite Fleur(「小さな花」)と来て、→ モンティ・サンシャイン、ピーナツ・ハッコー、そして、→ 伊藤エミ、伊藤ユミ、すなわち、「ザ・ピーナッツ」。 
 

 Sidney BechetPetite Fleur (by Sidney Bechet)
  ―
Monty Sunshine Peanuts Hucco ―「可愛い花」、ザ・ピーナツ


Maple_leaf2                                                        (画像はココから) 

◆◆◆◆◆◆◆◆
一、冬季オリンピックが始まりNHKは、正午のニュースも放り投げて開会式実況放送の入れ込みよう。以前から、「オリンピックはNHKで」というようなことを言い続けていたからな。NHKによるオリンピック放送を国民が一所懸命見ると、つまり、民放の報道よりNHKを優先して見ると、なんかしらんがNHKが儲かるのか、そこらあたりのことはよく分からぬが。(そこら分からぬというのは、もしかして、「劣ってる」のか、おれ。いつも記事の中で、批判する相手を、「劣り」、「劣り」といって侮蔑しているのだが、自分が劣っているのか)

 まあ、「好きなようにやって」ってとこだが、一つだけ疑問にというか、気に食わないことがある。あの、床掃除、「モップで床掃除」みたいなあれ、カーリングというのか、どういう意味だ、とにかく、あれ、「スポーツ」なのかね。
  ゲームとして大会を開き、愛好者どうしで、床をこすりながら点数を競って、ワイワイ楽しむぶんには、こちらは何もいわないが、オリンピックねえ。どうかと思うな。何を考えてんだ、世界の人は。
  まあ、そういうことをいうと怒る人もいようからここで止めておくが、とにかくこちらは気に食わぬ。

 

二、さて、本題に戻って、連想だ
 連想が上記のように進み、ザ・ピーナツに行きついたわけだ。

 途中の「モンティ・サンシャイン、ピーナッツ・ハッコー」あたりは、「年寄りの感傷浸り」がなせる連想連鎖だった。

 そう、高校時代を思い出したわけだ。気が弱ってきているのかなあ。何かにつけて涙が出てきたりするんだが。なぜ高校時代かということは、おわかりだろう、そのころにその曲が流行っていたのだ。町一番の繁華街モールを、当時は「モール」なんてことばはなかったが、とにかくそこを、自転車で走っている。「詰襟」の制服だ。そして、街灯の柱に取り付けられている有線放送のスピーカーから、これが流れてくるわけだ。クリスマス商戦のころだったかな、もう覚えてないが、要するに、この曲にはいつも痺れていたね。

 詳しくいうと、連想は次のように走ったのである。

(1)Scott Joplin(スコット・ジョプリン) Maple leaf Rag(メイプルリーフ・ラグ、1899)を作曲。

 1868年テキサス州生まれの酒場ピアニスト/演奏家/作曲家で(1868-1917)、後に「ラグタイム王」(King of Ragtime)と呼ばれた。他の作品、The Entertainer(ザ・エンタテイナー、1902)という曲はだれでも聞いたことがあろう。
 「ラグタイム」というジャンルの音楽がどういうものかということについては、下に載せている
Maple Leaf RagThe Entertainerの演奏を聞いて想像されたい。

(2)
このMaple Leaf Ragという曲は、Sidney Bechet(1897-1959)が好んで演奏していた。このニューオリンズ生まれの稀代のソプラノサックス吹きは(クラリネットも独特の音色とフレーズですごいのだが)、フランスに移住した後にPetite Fleur(プティット・フラー、小さな花)という曲を作っている(1950年に53歳で移住し、若いむすめと結婚して
[若い愛人とのあいだに] 子をなした。丸々と太って、髪の毛の縮れた子だったな。曲の作曲は1952年か)

[訂正] 2011.9.28
 上記のSidney Bechet(シドニー・ベシェ)説明文の抹消線で消した部分を、「若い愛人とのあいだに」と訂正した。
 1951年に、演奏旅行先のアルジェでElizabeth Zieglerという女性と20余年ぶりに再会し、同年、この女性と結婚した(ベシェにとっては3回目の結婚)。結婚してすぐに若い愛人をもうけ、Jacqueline Pekaldi(ジャクリーン・ぺカルディ)というこの愛人が子を産んだ。Zieglerとは数年後に離婚したという。

  (3つのソース、Americans in Paris, Fall 2010Jazzed in Cleveland、Wikipediaから)

(3)
曲は、各地の「トラッド・バンド」などでとりあげられて演奏されていたようだが、1959(昭和34)にピーナツ・ハッコー(Peanuts Hucko)の演奏で大ヒットした。このヒットに刺激されたか、ベシェ本人のレコードやイギリスのトラッド・バンドによるレコードも売れたようだ。
 後者はクリス・バーバー
(Chris Barber)というトロンボーン吹きのバンドで、モンティ・サンシャイン(Monty Sunshine)
というクラリネット吹きである。「か細い」といった感じの音による「可憐な」演奏で「聴かせる」。容姿も、演奏から窺われるところそのもので、演奏当時30歳前後だと思うが、初々しさが残り、二十歳(はたち)ぐらいにしかみえない。

 イギリスに、アラン・シリトー(Alan Sillitoe)という作家がおり、「長距離ランナーの孤独」という作品を書いているが、なんかしらんが、その主人公を彷彿とさせるような感じの青年だね。青年というには実際には齢がいきすぎているのだが。

 話が飛んだが、「トラッド・バンド」(trad band)とは、トラディショナルナル
(traditional)なジャズ演奏スタイルを志向しているバンドという意味であり、トラディショナル・ジャズ、すなわち伝統的ジャズ演奏スタイルというのは、俗に「デキシーランド・ジャス(Dixieland Jazz)」とか、やや玄人的には「ニューオリンズ・ジャズ(New Orleans Jazz)とか呼ばれているジャンルの音楽である(場合によっては、「ニューオリンズ・ジャス志向」は、「求道的/排他的」色彩までも帯びるほど極端に走ることもある)

(4)
そして、双子女性グループ、「ザ・ピーナッツ」に行きつくわけだ。
 

■スコット・ジョプリン

◆Maple Leaf Rag - Scott Joplin (1899)


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The Entertainer " (1902)

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■シドニー・ベシェ
Sidney Bechet - Petite Fleur

■モンティ・サンシャイン(Monty Sunshine solo in 1956) Petite Fleur

 
     (Chris Barber Band)

Monty
   (Monty Sunshine)

 興味のある向きはこちらにどうぞ―Chris Barber写真集

 (Monty Sunshineは、確か、短期間しか在籍しなかった)
 

Peanuts Hucko(ピーナッツ・ハッコー) ―Petite Fleur

 出てくる画像が気に入らないが、途中で現れるtenor saxマン、楽器を斜めに咥えて吹いているのは、有名なLester Youngだ。画面に表示される「ボブ・クロスビー」(Bob Crosby)というのは、一時期人気を博したフルバンド、「ボブ・クロスビー楽団」のバンドリーダであり、あのビング・クロスビー(Bing Crosby)の弟だ。「ボブキャッツ」(Bob Cats)というのは、そのバンドのピックアップ・メンバーによるコンボ・バンド(combo band、小編成バンド)の名称である。なお、ピーナッツ・ハッコーは日本にやってきて、あの「鈴懸の径」の鈴木章治と共演した。

■ザ・ピーナッツ―「可愛い花」 

写真集をどうぞ

 2

Henri salvador (オンリ・サルバドール)

Petite fleur

 次のように唄っている。

 Si les fleurs

 Qui bordent les chemins

 Se fanaient toutes demain

 Je garderais au cœur 

TANGO "LE PETITE FLEUR" / "Маленький цветок"(S. Bechet)

いい演奏だな、画面編集もいい。
 

 ということだ。

 感傷に浸るという話のついでに、余談だが、昔、麻布狸穴に「ガスライト」というバー(ナイトクラブ)があった。そこのウェイトレスというかホステスというか、とにかくそういう女性だが、その人の瞳が深いグリーンだった。今でも瞼に浮かぶ。「ポーランド系か」なんて思ったものだ。当時は映画雑誌が盛んで、それによって女優の目の色なんてことを多少知っていたのだ。 

 ♪"I can't give you anything but love---".とふざけて唄いかけたら、"Baby !"と即応でやり返えされたのだ。そのときに一瞬見つめあった目の色が、鮮やかなグリーンだった。

 「深い」グリーンといっておきながら「鮮やか」なグリーンとは、おかしいではないか。こう問うかもしれないが、「深く、かつ、鮮やか」ということはありうるのだ、とにかく、鮮やかだった。

 こちらは10代の末だったか、それとも、もうちょっといっていたか。あちらは、三十路に入っていたか、とにかくまあ、妖艶、豊満・・・・・・What?、とにかくそういう人だった。

 断っておくが、金があって飲みまわっていたわけではないよ、その逆だ。この場所に行ったのは、仕事みたいなことによってだ。

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三、最後に、政治、政治

 一言ぐらいは政治問題を述べておかないとな。 

・鳩山さんは、検察に説明会見をやるように、「ねじ込んだ」か。法務大臣を通じて。

 東京地検特捜部長は、こそこそ逃げ回ってないで、国民にしっかりと姿をさらしたらどうだね。疾しいことがないのなら、ほんとに「正義を追及する目的で行動した」のなら、えっ、そのことにウソ偽りがないのなら、堂々と国民と対峙して、「かくかくしかじか」と説明したらどうだね。

 とにかく卑怯なんだよな。 

 悪いことをしても処罰されないから、処罰されることはないと思い込んでいるから、つまり、逮捕される、職を失うといった怖い思いをしたことがないから、したこともないし、することもないと勝手に思い込んでいるから、欲望のおもむくままに、放埓に、野放図なまでに、好き勝手なことをする。この「する」という内容が、逮捕/勾留という身柄拘束なんだから、たまったもんじゃないよな、大衆は。

 ――こういうことが噂されている。 

 「O」という政治家を失脚させようとして、その側近三人を、こじつけ犯罪で逮捕する。そうしておいて、結託しているマズゴミと自民党に、次のようにいわせる。

  ―秘書が三人も逮捕されたのだから、議員を辞職せよ―― 

 こういう、笑うに笑えない話が横行しているのだ。

 なんていう国だ。それを責めようともしない、なんて国だ。

 攻めようともしない、なんて鳩山だ。

 何度も何度もいうように、鳩山さんは責めなきゃだめ、攻めなきゃダメだ。「危機管理」がなってない。「闇の動き」も大事だよ、藤田まこと演じる「仕掛け人」だ。「仕分け人」はいっぱいいるようだが、「仕掛け人」も擁していないとな、「政治」をやるんだから。方法は、麻生/漆間がその道の猛者だと噂されているから、あの者らに教わればよい。

[更新]
2010.2.14-10:50
 
ほんの少し記述をいじった。
2010.3.19
 画像を追加した。
アラン・シリトーという作家に関する記述を、当ブログ2010.5.30記事にリンクした。ついでに、YouTubeの埋込方法を変えた。
2011.11.10
 
カタカナの人名に原語名を付すなどの手直しをした。
 S
idney Bechet、Monty Sunshine、ザ・ピーナッツのTubeを差し替えた。元のものが削除されたからである。
 Peanuts Huckoのものも削除されているが、残念ながら別物が見当たらず、差し替えができない。
    


   

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